【シンポジウム】徐林:中国経済成長の新たな原動力となったGX

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。徐林氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」のパネリストを務めた。


徐林 中米グリーンファンド会長

■ 中国はイノベーションで太陽光・風力発電コストが削減、政府補助金が不要に


 中国は、GXを「生態文明」という高い次元にまで引き上げた国です。このような取り組みは、他の国では多く見られません。中国は単にスローガンを掲げているわけではなく、実際に行動を起こしています。2024年7月に開催された中国共産党第20回三中全会では、中国の生態文明建設に関する内容に新たな表現が出されました。第一に緑を増やす、第二に汚染を減らす、第三に二酸化炭素を削減、第四には成長という4つの目標を一纏めにして掲げました。これは大変重要だと思います。

 過去10数年間、中国は環境改善と炭素排出削減のために、非常に厳しい措置を採ってきました。実際、企業の発展に犠牲を強いることもありました。経済成長にも影響を与えました。第20回三中全会の新しい表現は、過去のやり方を修正する非常に重要な一歩だと私は考えています。

 環境政策において中国は一体具体的に何をしたのでしょうか?これについて先ほど楊偉民主任と邱暁華局長から紹介がありました。例えば、緑を増やすことでは、中国は森林カバー率を上げ続けてきました。ご存じのように日本の森林カバー率は非常に高いです。約68%です。アメリカは約35%です。中国は目下、25%しかありません。これは、過去40年かけてようやく約12%から25%まで増加させたのです。森林面積は倍増しました。つまり、過去40年かけて100万平方キロメートルのグリーン空間を増加させました。これは、日本の国土面積(約38万平方キロメートル)の約3倍に相当します。仕事量も投資量も非常に大きかったです。現在、中国の森林による二酸化炭素の吸収は12億トンに達し、それは中国の年間二酸化炭素排出量の10分の1に相当します。緑を増やすこと自体が炭素排出削減に大きく貢献しています。

 汚染削減の角度から見ると、先ほど楊偉民主任が紹介されたように、中国は第11期五カ年計画で汚染物質排出削減を拘束性のある目標として以来、毎回の五カ年計画で新たな削減目標を掲げてきました。幾度の五カ年計画の努力を重ねた結果、中国の生態環境状況は、大きく改善されました。水の澄み具合、空気の清浄度、各種汚染物質の排出状況のいずれも顕著に改善されました。

会場風景

 二酸化炭素削減の角度から見ると、非常に困難を伴います。中国は、イノベーションを進め、主な領域でそのペースを加速させています。先ほど邱局長はエネルギーGXに関する数字を沢山紹介しました。実際、中国は水力、原子力、風力、太陽光をグリーンな低炭素電力と見做しています。現在、これら電力設備の容量は全国電力の55%以上を占めるようになりました。これらの発電量の合計は今年末には35%に達すると見られています。今後も、風力や太陽光、原子力の発電能力の建設スピードは更に加速される予定です。

 しかし、この新エネルギー設備の建設スピードは、現在の電力需要の増加に十分に追いついていません。DXの加速により、中国の電力消費の増加は顕著だからです。例えば、2024年全国の電力消費量は5〜6%増加したのに対して、デジタル経済とインターネット関連の電力消費量は約30%以上増加しています。中国は将来的にグリーン低炭素電力への転換スピードを非常に速くしなければなりません。言い換えれば、グリーン電力に置き換えるスピードは、電力消費拡大を上回る必要があります。これについて中国の今後には期待できます。なぜなら中国の太陽光発電技術と風力発電技術は絶えず進歩し、コストも下がり続けています。これらの分野での投資は、既に利益を出すことが出来ています。いかなる政府補助金も不要です。商業投資に多くの機会をもたらしています。

 成長の角度から見ると、かつてGXを成長圧力と見做していましたが、現在ではイノベーションが進み、グリーン電力投資のコストダウンで益々多くの投資家が、中国ではGXが圧力ではなく投資と成長の相当大きなチャンスをもたらすと判ってきました。GXは未来の中国にとって新たな経済成長の原動力となっています。

ディスカッションを行う邱暁華・中国統計局元局長(左)、徐林・中米グリーンファンド会長(中央)、田中琢二・IMF元日本代表理事(右)

■ 中国の新エネ技術、発展途上国でも商業的に成功の可能性


 中国は一貫して地球気候問題において積極的な姿勢を示しています。もちろん中国は発展途上国として、先進国と共同且つ区別のある責任を果たすと言い続けています。しかし私は中国がより多くの事ができると思います。なぜなら中国は世界で最も多くの二酸化炭素(CO2)を排出している国であり、これは世界の排出量の約30%を占めています。世界の3分の1のレベルです。もし、中国が自身のCO2削減がうまく出来れば、実際に世界全体のCO2削減に対して巨大な貢献となります。だから、中国は先ず自身の二酸化炭素排出コントロールを更に進める。目下の中国の進展をみると、私個人の見方はポジティブです。中国は早期にピークアウトを、さらにはカーボンニュートラルを実現できると思います。

 中国は発展途上国により多くの貢献が出来ると思います。中国自身も発展途上国ですが、小さな発展途上国と比べると比較的工業化の進んだ国です。CO2削減及び新エネルギーなどの分野で中国は優れた技術があります。これらの技術は発展途上国のグリーン低炭素エネルギーへの移行に大いに活用できると思います。

 私はいま投資家でありビジネスマンです。ビジネスマンの観点からすると、中国の新エネルギーの技術を他の発展途上国のグリーン低炭素エネルギー代替に活用することは、投資の良いチャンスがあります。必ずしも政府の援助資金を使って発展途上国の二酸化炭素削減を支援する必要はありません。たとえば、最近私のところに、とある太平洋の島国における太陽光発電プラス蓄エネルギーのプロジェクトが持ちかけられました。この島国は現在、ディーゼルを燃焼させて電力供給を満たしています。電気のコストは非常に高いです。もし中国の太陽光発電技術と蓄エネルギー技術を利用し、エネルギー代替をすれば、現在の電力コストの三分の一で済みます。これでグリーン低炭素エネルギーへの転換を実現でき、この国の電力供給において大幅なコストダウンが出来ます。ですからこのような領域において中国は更に多くの努力を発揮できる機会がたくさんあります。

 もちろん中国は気候基金においても先進国と共同で気候関連プロジェクトに融資を提供できます。未来において中国はより多くの努力と貢献ができると確信しています。ありがとうございます。

徐林 中米グリーンファンド会長

■ EUの国境炭素税で中国企業が炭素削減を


 欧州連合(EU)の国境炭素税にしろ、アメリカのインフレ抑制法案にしろ、いずれも貿易保護主義の考え方が含まれています。しかし、実際アメリカは完全にそうではない。たとえば、アメリカは以前、中国からアメリカへ輸出する太陽光パネルに関税をかけましたが、最近その関税を撤廃しました。その理由は、アメリカがAIビッグモデルの開発で多くの電力を使うため、電力不足で新しい発電能力が必要だからです。しかし、新しい電力を火力に依存すると二酸化炭素が出てしまいます。

 中国は世界で最も変換効率の高い太陽光パネルを作っているので、アメリカは妥協しました。この件を見てもわかるようにアメリカは、自分の利益を考えると同時に、他の要素にも配慮しています。ですから、私はここで直接アメリカが利己的だと批判したくありません。但し総体的にアメリカの気候変動に対する態度にはブレがあります。世界最大の先進国としてこうした態度はあまり評価できません。

 EUの国境炭素税については二つ問題があります。1つは、保護貿易をするために炭素税をもってEUの産業を守ろうとします。あるいは他国の産業をEUに誘致します。しかし実際には、多くの産業がEUに集まることでEU内での二酸化炭素の排出が増やします。工業企業は多くのエネルギーを消費し、そのような側面もあります。

 貿易にはマイナスの影響が出ることは間違いありません。もちろん域内への生産力の移転をもたらしますが、炭素削減に必ずしもプラスとは言えません。その意味で国境炭素税の性格は複雑です。

 中国の立場からすると、EUの国境炭素税の貿易へのマイナスの影響をより重く見ています。しかし私は投資家としての観点からすると、EUの国境炭素税は中国の多くの企業に既に制約を与えています。多くの中国企業はサプライチェーンのカーボンフットプリント問題を益々意識するようになりました。自分のサプライチェーンのカーボンフットプリントを削減していきたいのです。

東京経済徐林 中米グリーンファンド会長

 その影響として、中国の工業生産能力の一部は西部地域に移りつつあります。なぜならこれらの企業は、グリーン低炭素電力を使いたいです。中国で低炭素電力が最も豊富なのは西部地域です。昔、私が中国国家発展改革委員会で楊偉民主任と共に西部大開発戦略に取り組んだとき、中国の一部の企業を西部へ投資するよう推し進めました。しかし、企業はほとんど行きませんでした。いまEUは国境炭素税をかけることで、企業は自ら西部に投資するようになりました。こうしたEUの国境炭素税は、制約条件として中国の産業に、他の国の産業にも、より良い技術あるいは生産拠点シフトで、炭素削減していく契機となりました。その意味では(EUは国境炭素税)も積極的な好影響があります。

 この問題には公平性も関わってきます。炭素税は生産者にかけるべきか、それとも消費者にかけるべきか?工業製品が二酸化炭素を多く出して作られている場合、消費者も責任を持つべきではないでしょうか?それともすべて生産者に責任があるのでしょうか?これは真に公平公正なのか?この点について私の考えはまだまとまっていません。しかし、生産者だけに負担させ、消費者の責任を考えずに、そうした製品を消費することで炭素排出に貢献している責任を負わなくていいのか?この問題も私は議論するに値すると思います。

 日本も中国も工業製品を多く輸出する国です。実際、同じ問題に直面しています。私は、少なくとも私たち日中両国は下記の分野で協力すべきだと思います。

 例えば、気候変動問題が全人類共通の課題である以上、我々はWTOの枠組みの下で、地球気候変動に対処するための技術や製品、サービス、投資も含め、貿易の自由化と投資の利便化を推し進める制度の確立に努力すべきです。実際は、いまはまだこうした制度は存在していません。

 アメリカの関税措置を見てください。すべての新エネルギー関連製品が含まれています。こうした行為は、地球気候変動対策にはマイナスです。日中両国はさまざまな分野で協力して手を携え、地球気候変動対策の制度作りを推し進めることができます。

 


プロフィール

徐 林Xu Lin

 1962年生まれ。南開大学大学院卒業後、中国国家計画委員会長期計画司に入省。アメリカン大学、シンガポール国立大学、ハーバード・ケネディスクールに留学した。中国国家発展改革委員会財政金融司司長、同発展計画司司長を歴任。2018年より現職。
 中国「五カ年計画」の策定担当部門長を務め、地域発展計画と国家新型都市化計画、国家産業政策および財政金融関連の重要改革法案の策定に参加、ならびに資本市場とくに債券市場の管理監督法案策定にも携わった。また、中国証券監督管理委員会発行審査委員会の委員に三度選ばれた。中国の世界貿易機関加盟にあたって産業政策と工業助成の交渉に参加した。

 編書:『環境・社会・経済 中国都市ランキング—中国都市総合発展指標』(2018年、NTT出版、周牧之と共編著)、『中国城市総合発展指標2016』(2016年、人民出版社〔中国〕、周牧之と共編著)。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】田中琢二:地球気候変動対策に貢献し国の経済成長を図る

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。田中琢二氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」のパネリストを務めた。


田中琢二 IMF元日本代表理事

社会的弱者、地域への配慮必要


 私は2年前までワシントンにあるIMFの日本代表理事をしていました。そこでやはり環境問題が非常に議論されました。私は今日、日本の取り組みと国際的な見方、どんな事が焦点になっているのかを中心にお話ししたいと思います。

 また、今日は邱先生、徐先生、周先生とご一緒させていただけることを喜びとしています。ありがとうございます。

 まず、これまでの気候変動問題への対応についてですが、日本で2030年度の温室効果ガス削減目標はマイナス46%であり、2050年にはカーボンニュートラルを実現するという話を中井次官、鑓水次官からいただいたところです。こうした中、ウクライナにおける戦争や中東での紛争を背景に、旧来型の資源に頼ることなく、再生エネルギーを始めGXの実現に向けて早期に取り組む必要がより高まったことがみなさんお分かりだと思います。

 日本政府は新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画において、GXの投資が盛り込まれ、先ほどの話のように昨年2月に、GX実現に向けた基本方針が出されました。

 これについて話します。IMFあるいは世銀で議論する時の環境問題は、グローバルには「ミティゲーション(抑制)」「アダプテーション(適応)」「トランジション(移行)」の3つが要素だと言われます。司会の南川先生から適応についてコメントするようお話をいただきましたので申し上げたいです。この基本方針に三要素が非常にうまく組み込まれています。

 最初のGX実現に向けた基本方針は、エネルギー安定供給の確保を大前提にし、まずは中小企業の省エネ支援強化、住宅の省エネ化支援などを徹底した省エネの推進です。これは1970年代以降日本の得意ワザだと思います。そして二番目、系統整備の加速、洋上風力の導入拡大、再エネの主力電源化、これも非常に急速に行われています。そして、次世代核革新炉への建て替え具体化、運転期間の延長等、これは国民的な理解が必要ですが原子力の活用、そして水素、アンモニア、これは今コストが非常に高いですが、これの研究開発、そして余剰LNGの確保といった重要な事項を行うこととしたのが基本方針です。

 二番目、成長志向型カーボンプライシング構想等を実現するとしているが、日本政府の成長志向型カーボンプライシング構想は経済成長と脱炭素化社会の実現を同時に目指すという政策だということは中井次官、鑓水次官からお話があったところです。

 この構想の実現には、成長志向型カーボンプライシングによるGX投資インセンティブに加えて、GX経済公債などの金融商品を通じて脱炭素化に向けた投資を促進する新たな金融手法の活用が大事です。こういう形で金融というキーワードが出てくるわけです。

 このGX経済公債とは政府が発行する債券を利用し、企業や地方自治体が再生可能エネルギーや省エネ技術に投資できる資金を調達する仕組みです。これによって、民間投資をさらに引き出していく。そして全体としてGX を加速するためのインセンティブあるいは資金を得るということになります。

 先ほど福川先生よりお話があったように、途上国の資金需要は非常に高い、これをどういう形で金融的なアプローチで解決していくのか。これがこれからの問題です。

田中琢二 IMF元日本代表理事

 次に、国際的な戦略です。日本そして中国は、国際的な気候変動対策に貢献して自国の経済成長をはかるための枠組みを構築することが求められます。これには国際的なカーボンプライシング制度との連携や、海外市場への再生可能エネルギー技術の輸出促進が含まれます。この点について中国は非常に進んだ国だということは先ほどのお話から伺えます。

 そして公正な移行という言葉がございますが、とくに社会的弱者や地域経済への配慮が重要です。脱炭素化による影響を受ける労働者や地域に対して、適切な支援策を講じることで、経済的格差を縮小しながら、持続可能な成長を実現することが求められています。中小企業の支援も大事だと思います。こういった要素は相互に関連していて、日本政府はこれを統合的に推進し、さらに進捗状況を評価することも大事です。こういう形で成長志向型カーボンプライシング構想を実現していこうではないか。というのが日本の今の状況だと是非みなさんお分かりいただけたらと思います。

 次に、具体的には令和6年度の予算では、こういったようなことを実現しようと環境省を中心に、国民のみなさんにどんどん知っていただこうということかと思います。

 具体的には蓄電池の製造サプライチェーンの強靱化、次世代型太陽電池のサプライチェーンの構築、あるいは鉄、化学等製造業の製造プロセスの転換、こういったところに予算を振り向けていることをぜひご理解いただきたいと思います。

 先ほど46%という話をしていました。2030年度の温室効果ガス削減目標は、2013年が14億トンだったのを2030年度に7.6億トンに減らす計画です。これは、その中で、最も比重が高いのがエネルギー起源のCO2であり全体として39.8%を占めています。46%と比較しますと、39.8%というのは86%を占めているので、エネルギー関連のCO2削減が一番メインになることがお分かりいただけると思います。それをさらに分解すると、電力由来が25.1%、電力由来以外が14.6%で、これを46%と比較すると、電力由来の25.1%というのは、電力由来のCO2削減が全体の半分を占めていることがお分かりいただけると思います。日本の電力の電源構成は2022年ベースで天然ガス、石炭、再生エネルギーの順になっています。2030年には再生エネルギーが一番の電源構成になる計画になっています。こういう電源構成というようなことも一つ頭に入れながら、みなさんにご理解を深めていただきたいと思います。

■ 日本は二国間クレジットや新技術で貢献


 私からは日本の国際的な取り組み、そしてアジア全体でどういうことが行われているか、さらには国際機関、世界銀行、IMFでどういうことが行われているか。この3点についてお話ししたいと思います。

 1点目、日本の二国間クレジット制度があります。Joint Crediting Mechanism(JCM)は、気候変動対策の一環として、途上国との協力を通じて温室効果ガスの削減を目指す重要な取り組みです。JCMの基本的な概念は、日本が提供する技術や資金を活用し、途上国での温室効果ガスの削減を実現し、その成果を日本とパートナー国で分かち合う仕組みです。

 優れた脱炭素技術や製品、システム、サービス、インフラの普及を通じて、途上国の持続可能な開発に貢献するのが理念です。このプロセスによって逆に日本も自国の温室効果ガス削減目標の達成にも寄与するのではないかという精神で行われているのがJCMです。

 2024年時点で、日本は29カ国との間でJCMに関する二国間文書を締結しています。これはモンゴル、バングラデシュ、エチオピア、ケニアなどが含まれています。これらの国々との協力を通じて、日本は2030年度までに累積で1億トンCO2相当の排出削減・吸収量を確保することを目指しています。

 最近の進展として、2024年10月には地球環境センター(GEC)がJCMを通じて水素などの新技術導入事業において一定のプロジェクトを採択されたと伺っています。また今月19日にはタイでJCMを通じたGHG(温室効果ガス)排出削減の貢献をテーマにしたセミナーが開催されるとも伺っています。このセミナーでは、日本とタイの政府関係者が集まり、JCMの最新情報やタイ国内におけるT-VER(タイ voluntary emission reduction)について共有することになっているそうです。

田中琢二 IMF元日本代表理事

 また、アジア全体では、AZECがあります。これは、アジアゼロエミッション共同体で、アジア地域全体の気候変動対策において効果が期待できる枠組みです。AZECは日本が主導する国際的な協力の枠組みとも自負しており、参加国が連携してカーボンニュートラル社会の実現を目指していこうというものです。

 AZECの主な取り組みには、再生可能エネルギーの普及促進、エネルギー効率の向上、グリーン技術の開発と導入などが含まれ、地域全体の脱炭素化を加速することを目的としています。2050年までのカーボンニュートラル達成を目指して参加国間での技術協力あるいは知識共有を促進します。

 特に日本が持つ先進的な環境技術が新興国に移転されることで、各国の脱炭素化が加速していくというビジョンを描いています。例えば、インドネシアやベトナムでは、日本企業との協力によって再生可能エネルギーや低炭素技術の導入が進行中だと伺っています。

 最後に、世界銀行(WB)と国際通貨基金(IMF)の融資制度です。IMFと世界銀行は、長い説明は省きますが、世界銀行はいろいろな形のプロジェクト融資をしています。IMFは国の短期的な国際収支支援が役目でしたが、IMFもちょっと変わり気候変動や自然災害など割と長期的な取り組みに対して融資制度を作ろうということで、Resilience and Sustainability Trust(RST)という新しい融資制度を2年前に発足させました。これは気候変動対策をやろうということで、再生可能エネルギーへの投資に対する融資、あるいは先ほど話しましたミディゲーション、アダプテーション、トランジッションでいきますと、アダプテーションの気候適応インフラ整備、あるいはトランジション、移行ファイナンスに対する知識の普及に対して、積極的に取り組んでいこうと。

 もともと世銀は非常に積極的でしたが、国際通貨基金(IMF)もこうした取り組みにいま、協力あるいはコミットしていこうとしています。もともとはマクロエコノミックだけ、経済の本流の政策は大事だといっていたIMFですが、気候変動そのものが経済の本流の政策になってきていることがお分かりいただけると思います。私からは以上です。

田中琢二 IMF元日本代表理事

■ 金融移行債の拡大が必要


 いまの徐林さんのカーボンプライシングの公平性は勉強になりました。ありがとうございます。気候変動対策を進める上で、先ほど南川さんがおっしゃったアメリカのインフレ抑制法が何故環境と関係があるのか。インフレを抑制するために、国内の補助金をどんどん出し、その補助金が気候変動に対処するところに出すというのがインフレ抑制法です。非常に大量のお金があってそれを国内産業保護に充てているという問題があります。さらに欧州のカーボン国境調整措置(CBAM)が、内向きの投資の政策として批判されることがあります。

 さらに、2024年9月に欧州委員会は「ドラギレポート」という欧州競争力報告書を出しました。これにおいて環境問題のリーダーだった欧州が、成長とのバランスで、ちょっとこのスピード感を調整するのではないか、それを意図する報告書だったのではないかとの見方も出ています。そういう意味で環境問題全体のスピード感がこれからどうなるか。これはいま南川さんがおっしゃったように、トランプ新政権がどうなっていくかということで、非常にわれわれは注目していかなければいけない話だと思います。

 ただし、気候変動あるいは自然災害への対応の問題、パンデミックへの対応の問題は、一般的な経済問題とは違い、本当に国際的な、人類全体に関わる問題です。ここをどう共通の課題として全人類が認識し対応していくのか。ここが非常にトップレベルでの対話が必要です。そういう意味で、リーダーである中国、そしてアメリカの、トップクラスでの議論、対話を我々としても期待しますし、それを日本としても、或いは他の国々もぜひバックアップしていきたいと、個人的に念願しています。

 いずれにしても国連気候変動枠組み条約あるいはパリ協定といった国際的な、いままで必死に環境省を中心に日本で頑張ってきた国際的な枠組みを、是非とも堅持していくことが重要です。その中で、民間サイドでは、どういうことかというと、先ほど出た金融サイドの取り組み、「金融移行債」などの市場をどんどん大きくしていくことが、実は政治的な影響力をより緩和する方向にいく、ある種の抑止力となると思います。いろいろな形での移行債、金融の新たな仕様をどんどん考えていこうとの流れも必要です。

 特に途上国ではこれからの資金需要が大きいですから、これをどういう形で市場と先進国政府が協力して対応をしていくのか考えたいと思います。

 最後に、一つちょっとお見せしたい資料があるのですが、これから太陽光発電やタービンが必要となってきます。その時に要るのが希少資源です。グリーンエネルギーの移行問題については、いろいろな形で鉱物希少資源が必要です。銀、リチウム、コバルト、ニッケル、マンガン、この上位三カ国生産国の割合を右横に書いているが、50%から90%を超える希少資源が多いです。その中で中国が生産する鉱物資源が比較的多いです。従って、例えばパンデミック時に見られたように供給途絶があると、一生懸命リチウム電池を作ろう、或いは太陽光の羽を作ろうとしても作れない事態が起こりかねない訳です。

 従ってここは中国の方も充分に認識されていると思いますが、いろいろな形での鉱物資源の相互利用にもご配慮いただき、全世界的な気候変動対策に向けた技術、生産力を維持向上していったらいいのではないか。


プロフィール

田中琢二(たなか たくじ)/IMF元日本代表理事

 1961年愛媛県出身。東京大学教養学部卒業後、1985年旧大蔵省入省。ケンブリッジ大学留学、財務大臣秘書官、産業革新機構専務執行役員、財務省主税局参事官、大臣官房審議官、副財務官、関東財務局長などを経て、2019年から2022年までIMF日本代表理事。

 現在、同志社大学経済学部客員教授、公益財団法人日本サッカー協会理事。

 主な著書に『イギリス政治システムの大原則』第一法規、『経済危機の100年』東洋経済新報社。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】邱暁華:中国炭素排出量ピークアウトは早くも来年に?

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。邱暁華氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」のパネリストを務めた。


邱暁華 中国統計局元局長

■ 中国経済の「三大変革」


 再び美しい東京経済大学に来る機会を得て、大変嬉しいです。

 先ほど楊主任が中国経済について、既に紹介されました。私のテーマは元々「中国経済とGXの実践」です。中国経済についてはこれ以上あまり触れません。いくつかのポイントだけをお伝えします。

 一つ目は、本日のテーマと関わるもので、中国は「三大変革」の只中にあります。これは「デジタル化」「スマート化」「グリーン化」の3つです。これらの変革の中で、中国経済は高品質な発展を目指しています。これは中国経済全体の大きな流れです。三大変革の過程で、中国の経済は以前とは全く異なる姿を見せています。

 一方では、中国経済が現在置かれている国際環境は大きく変わっています。100年一度の世界大変局は、二つの方面で中国に挑戦とチャンスをもたらしています。一つは、地政学的な変化が進み、中国とアメリカを始めとする西洋諸国との経済・政治関係に、大きな変化をもたらしました。中国は、アメリカを始めとする西洋諸国から強い競争圧力を受けています。他方、中国は新興経済や発展途上国の従来型産業の市場、資源、資金を巡り、競争に直面しています。三大変革の過程で、国際的に二重の競争圧力を受けています。

 第一に、中国の人口構造の変化については、よくご存知だと思います。中国の人口は成長傾向から縮小傾向へとシフトしました。中国人口は2022年に85万人、2023年に208万人減少しました。恐らく2024年もこの縮小傾向が続くでしょう。目下、中国の結婚人数は、昨年と比較し500万カップル減少しました。もちろん今年は特別な年です。中国伝統の農暦(旧暦)では今年は「春のない年」です。今年の立春は春節(旧正月)の前です。中国の農村、あるいは中小都市など多くの地方では、結婚に相応しい年とはされていないのです。今年は「未亡人の年」とされています。結婚者数の減少はこれと大きく関係があるかもしれません。

 大都市はこれとは関係ないでしょう。大都市ではむしろ子育ての条件、環境、ストレスと関係しています。いま大都市では若い人たちの間に、「四つの不(NO)」現象があります。不恋(恋愛しない)、不婚(結婚しない)、不育(子供を産まない)、不買(家を買わない)の現象です。人口構造の大きな変化の中で、中国の従来型産業の成長は大きな挑戦を受けています。

 第二に、中国経済は従来の数量拡張が主な成長要因だった段階から、品質と収益で成長追求する段階になりました。数量拡張の段階では、資本投入と消費に依存するのに対して、品質を求める段階では創新(イノベーション)が必要です。中国のイノベーションは大きな進展を見せていますが、同時に新しい挑戦にも直面しています。イノベーションの進展に国内外の影響を受けています。一方では国際的な影響を受けています。他方では中国のミクロ経済主体の生産経営上の困難が影響しています。これは二番目の変化です。

セッション1の会場風景

 第三に、中国の市場も大きく変化しています。過去には中国は、モノ不足の市場でした。現在はモノが相対的に過剰な市場となっています。市場環境の変化で中国がいま直面している最も大きな課題は内需の不足です。さきほど楊主任が、経済成長率が5.3%から4.6%へ減速したと紹介しました。その最大の原因は、内需不足にあります。内需不足は主に今年以来、中国の企業も家庭も自ら銀行融資を減らしていることに現れています。ミクロの主体の銀行融資の削減は、マクロ的な消費不足をもたらしています。これは大きな変化です。目下中国では企業の融資額、家庭の融資額共に鈍化しています。この鈍化は、資産バランスシートの圧力が主な要因で、銀行融資の減少をもたらしています。従ってマクロでは、中国の国内消費、国内投資共に鈍化しています。これは第三の変化です。

 また、中国経済は、高速成長から高品質成長への転換の中で、従来型産業の勢いが弱まり、新しい産業や業態の発展がこれを充分に補ってはいません。これが、経済成長鈍化の圧力となっています。つまり新産業や新業態が生み出す新しいエナジーは、従来型産業の減速にヘッジできていません。これが中国経済の減速をもたらしています。中国経済は、過去の高度成長から中速成長に移り、いまや5%の成長率を達成するために大変な努力が必要です。つまり中国経済発展の内部環境も大きな変化がありました。

 このような状況を踏まえ、中国政府は2024年9月に短期と中長期を組み合わせた政策を発表しました。中長期的には、「デジタル化」、「スマート化」、「グリーン化」を進め、新しい生産力と競争力のある産業の発展を目指しています。また、短期的にはミクロ的な主体を救済する、つまり、企業により良い経営環境、家庭により良い生活環境を作り出そうとする政策を実施しています。

 2024年9月24日から中国が発表した政策として第一に資本市場の振興、第二に不動産市場の安定、第三に消費拡大の推進、第四にイノベーションの推進で、経済成長を維持しようとしています。いま、これらの政策パッケージは徐々に実行され効果が出始めています。最大の変化は、中国の資本市場の人気がさらに増し、ミクロ主体の自信が回復したことです。多くの企業家は、ようやくマクロ政策にもたらされた温度を感じ始めたと言っています。これまで存在していたミクロ主体とマクロとの体感温度の差異に、ようやく変化が見られています。こうした状況を踏まえ、中国経済の第4四半期の成長は皆の予想を超える可能性が高いです。いまの状況から見ると、5%前後になります。第1四半期は5.3%、第2四半期は4.7%、第3四半期は4.6%という減速の傾向を変え、上昇傾向になるでしょう。これが目下の中国経済に関する私の報告です。

邱暁華 中国統計局元局長

■ 中国のGX実践


 次に、中国のGXについてお話しします。中国のGXは、過去10数年間で最も大きな変革の一つだと思います。国内外の環境変化、国際社会および中国の民衆の期待に応じ、中国政府はGX政策を明らかに加速させました。政府は、2030年に二酸化炭素排出をピークアウトし、2060年には排出量の実質ゼロを目標に掲げています。GXにおいて一連の政策措置を打ち出しました。炭素排出の二重制御制度のシステム構築の推進、再生可能エネルギーの推進や、低炭素省エネ投資の推進などを含みます。経済発展を実現させると同時に、生態保護を重視し、経済構造とエネルギー構造のグリーン化を推進します。環境に優しい省エネ社会を構築します。これらの政策は、多領域の協力とイノベーション、汚染物質の排出減少、生態破壊の抑制、資源利用効率の向上、持続可能な社会への邁進などの効果をもたらしています。いま中国は、空がより青くなり、水がより澄み、空気がより新鮮になり、人々の生活や職場環境が不断に改善されています。

 GXにおいて、中国はどのような努力をしてきたのでしょうか?第一にエネルギー構造の高度化を進め、非化石燃料の比重を高め、特に風力や太陽光などの再生可能エネルギーを発展させています。第二に産業構造の高度化も進めています。循環経済発展、グリーン低炭素の生産と生活を提唱し、さらに生態環境保護を強化させます。重点地域、重点産業、重点企業の汚染防止措置を実施します。さらに政府は、環境保護関連の法整備や、環境標準の引き上げ、グリーン技術イノベーションの奨励、グリーン金融の発展、グリーン発展の長期メカニズムの構築などにおいて、力を入れています。第14次五カ年計画以来、中国の非化石燃料の発電設備規模は累積で78.5%増加しました。(非化石燃料)発電設備の比重も継続して増えてきました。2020年の44.8%から2024年8月末時点の56.2%になりました。今年8月末時点で、中国の再生可能エネルギーの発電設備規模は、風力発電、太陽光発電、バイオマス発電を含め、12.7億キロワットに達し、全発電容量の40.7%に達しました。6年半前倒しで、12億キロワットの目標を達成しました。これは新エネルギー発電の急速な発展を示しています。炭素削減目標達成のための重要なキャリアとして、新しい電力システムの建設も進展し、新エネルギー発電の高効率な吸収を支え、電力のグリーン化を推し進めています。グリーン電力の取引規模は急速に増大しています。10年間で、中国の非化石エネルギー消費の増加における世界の貢献は40%を超えました。非化石エネルギーの年間発電量は、2.2兆キロワット増加しました。約20億トンの二酸化炭素の排出量減少に相当します。社会全体の二酸化炭素の排出増加傾向も顕著に抑制されてきました。国際エネルギー機関のデータによると、いまから2030年まで世界の再生可能エネルギー新設設備容量において中国は約60%に達すると予測されています。これは、なんと誇らしいことでしょう。

ディスカッションを行う邱暁華・中国統計局元局長(左)、徐林・中米グリーンファンド会長(中央)、田中琢二・IMF元日本代表理事(右)

■ 発展途上国へどう支援をしていくか?


 中国政府の立場は非常に明確であり、GXを実現するため各国と協力し推進していきます。中国は国際的な場で、各国が発展段階や経済水準の違いに基づいた対策を進めるべきであると繰り返し強調しています。数字だけで見ると、確かに中国は、世界第2位の経済大国であり、最大の温室効果ガス排出国です。しかし、一人当たりの経済水準とCO2排出量はまだ発展途上国のレベルであり、先進国の水準には達していません。このため、中国の政策と態度は引き続き堅持します。一方で中国は国際社会からの要求や呼びかけに積極的に応じ、出来る限りのことを実施しています。他方、中国は積極的に自分の能力に見合う支援を、一部の発展途上国の新エネルギー開発、環境改善、新産業発展などに行なっています。第三に、人材育成の分野で中国は国際社会とりわけ発展途上国への支援を惜しみません。

 先進国の態度について、中国は様々な国際的な場で、アメリカがイニシアティブを取るべきだと繰り返し呼びかけています。アメリカは世界第2位の温室効果ガス排出国であり、また最大の経済体です。先進国は歴史上、国際社会に多くの環境問題を残してきました。国際社会が環境問題を解決するにあたり、堆積してきた環境問題の歴史を忘れてはいけません。歴史的な観点からすると、先進国は多くの責任を負うべきです。道義的な観点からもそうするべきです。

 経済的な能力の観点からも、先進国はより強い経済力を持っています。先ほど日本の事務次官は日本が200億ドルの国際社会の炭素削減取り組みを支援する予定だと紹介しました。これは大変素晴らしいことです。中国も、(このような支援を)賞賛すると同時に、自身の経済力に応じて国際共同の取り組みに参加します。パリ協定を中国は一貫して積極的に支持し賛同しています。

東京経済大学

中国炭素排出量のピークアウトは来年か?


 先ほども簡単にお話ししたように、中国は二酸化炭素の排出削減に対する姿勢は明確です。新エネルギーの発展から、産業構造の向上、環境の改善、そして法律の整備までの四つの分野で、多くのGX政策を実施し、実践を重ねてきました。中国はすでにこの分野において世界に多大な貢献をしています。

 中国の国際的な立場は、応対、イニシアティブ、支援であると明確にしています。国際社会の提唱に中国は応対し、GXにおいてイニシアティブを発揮し、できるだけ他の国を助けます。中国の新エネルギー産業発展自体はCO2削減への国際貢献です。

 将来について、先ほど南川先生がご指摘されたトランプの再登板で何が起こるかについて、実際トランプの一度目の政権で既にパリ協定から脱退しました。二度目の政権で再びパリ協定から脱退するのか?恐らく脱退するでしょう。これまでのトランプ政策に関する分析から見ると、恐らく第一に、国内において減税するでしょう。第二に国際的に関税を引き上げるでしょう。第三はアメリカの製造業の再建でしょう。第四は金融規制及び他の規制の緩和でしょう。トランプがこれらの措置を取った場合、国際社会で展開する炭素削減の動きにはマイナスの影響を与えるに違いありません。中国は世界第2位の経済体として責任を持つ大国として国際社会と共に引き続き協力しながら、中国の2030年に炭素排出量のピークアウト、そして2060年のカーボンニュートラル実現という二つの目標を堅持します。決して逆戻りはしません。

 目下の状況から見ると、国際社会は、中国の現在の努力を高く評価しています。昨日、私は冗談を交えてある新聞で読んだことについて話しました。中国は炭素排出量のピークアウトは来年あるいは再来年達成できるだろうとありました。これ国際調査会社による33人の国内専門家と11人の国際専門家への調査で、そのうち44%の答えで、来年中国はピークアウトを実現できると予想しています。来年、中国の石炭消費量がピークに達し、その後下がっていきます。国際社会は、こうした中国の実際の努力を評価しています。

 他方、トランプのパリ協定脱退の可能性もあり、国際社会は中国がイニシアティブを発揮するよう更に高い期待をしています。

 中国、日本、ヨーロッパの大きな経済体が協力して行動し、GXを堅持し続ければ、トランプはパリ協定を脱退しても、国際社会のGXは継続すると確信しています。


プロフィール

邱 暁華(Qiu Xiaohua)

 1958年生まれ。アモイ大学卒業後、国家統計局で処長、司長、局長を歴任。その間、安徽省省長補佐、全国政治協商会議委員、全国青年連合会副主席、貨幣政策委員会委員などを務めた。現在、マカオ都市大学経済研究所所長。経済学博士。

 主な著書に、『中国的道路:我眼中的中国経済』(2000年、首都経済貿易大学出版社)、『中国経済新思考』(2008年、中国財政経済出版社)。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】南川秀樹:ブロック経済化に向かわない形でどう気候変動対策を進めるか?

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。南川秀樹氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」の司会を務めた。


南川秀樹 元環境事務次官

 私自身、しばらく前にここ東京経済大学で4年間、客員教授をさせていただきました。国分寺に来ると、富士山が近いことをいつも感じています。今日も先ほど、きれいな富士山が見えて、大変幸せな気分になりました。

 まず気候変動問題は大問題です。皆さんもご承知ですし、これまでの方からもお話がありました。気候変動の問題は、これまでの環境問題とは大きく異なります。これまでの環境汚染は、誰かが問題があり、人々が影響を受けるということでした。気候変動問題について言えば、CO2やメタンを排出する人がいる、国があり、影響は全ての人、全ての国が同じように受けるということで、原因者と被害者が全く切り離されているというところで、非常に対策のプレッシャーがかかりにくい分野であることが大きな特徴です。

 そうした中で、先日COP29がありましたが開発が進んでいない多くの発展途上国から、「CO2をたくさん出して経済成長した国が、自分たちのことを応援してくれない」という不満が沢山聞こえました。

発展途上国の側から見て、先進国は自分達でCO2などの汚染物質を出す、途上国は経済発展はしないのに被害だけを受ける、これについて発展途上国は自分達が対策をとる資金を応援してほしい、被害の補償もしてほしいというリクエストが非常に強いです。今回のCOP29もほとんどそれに議論が終始しています。

南川秀樹 元環境事務次官

 そういった中で、私も10月に北京へ行き議論してきました。中国ではベルトアンドロードイニシアティブ(BRI)の中で、発展途上国の応援もし、その中にエネルギー対策も大いに入っていると伺いました。また、日本でもJCM(Joint Crediting Mechanism)というクレジットメカニズムを使い、お金を出し削減を応援していますし、またアジア全体のゼロカーボン化を進めようとの構想もあります。

 またさまざまな国際的な金融機関やアジア会議をはじめとしたところの機能もこれから大事だと思います。

 私自身、毎年何回か中国を訪れ、世界的な国連機関或いはNGOの方を含め一緒に議論をしています。その中で、中国に対する評価、また日本に対する評価もいただいていますが、かなり環境NGOの方からも、中国もしっかりやっているし日本もやっているとの話をいただいています。特に中国の場合で申しますと、実際これまで国際的な取り組みの中で大きなステップとなったCOP21のパリ協定、それから昨年のCOP28で出た化石燃料からの移行というトランジッションアウェイについて、事前に中国の解振華さんとアメリカの担当トップが事前に調整をする中で世界的なフレームが出来ました。中国が果たした役割も非常に大きいというのが、多くの方々の評価です。

 日本についても、ありがたいことに京都議定書を生み出した国であり、尚且つ震災があったにもかかわらず頑張ってCO2を減らしているということも評価を受けているところであります。

南川秀樹 元環境事務次官

 只、いま非常に最近の動きで多くの環境の問題に取り組む関係者が悩んでいるところが、ヨーロッパの動きでありアメリカの動きです。

 アメリカについては、インフレ抑制法という法律が出来、それに基づいて環境対策、とくに気候変動対策が進められていますが、その内容があまりにも極端に言うとアメリカ生産のものを使え、それを使うものだけを優遇すると。それを使って気候変動対策をしようとしている。従って海外から輸入しない。(自国の)製品でCO2を減らすことを強く謳っています。

 また、EU(欧州連合)も最近動き出している「国境環境税」をかけることにより、EU並みの対策を採っていない国からの製品については、EUに入る時に関税をかけるということで対応すると言われています。それにより、EUで真面目に炭素削減に取り組む企業が、EUの外に出ていくことがないようにしようとしています。

ディスカッションを行う南川秀樹・元環境事務次官(左)と周其仁・北京大学教授(右)

 それについて言いますと、環境面から見ると心配だ、要は環境という名前を使いながら半分は自国産業を守るということで、ある意味でブロック経済化に向かっている、その手段として環境対策が使われているのではないかという議論が、相当強く出てきています。

 そういった中でこれからトランプ政権も動き出します。どうやって日本も中国も努力し全世界的にブロック経済化に向かわない形でいかに環境保全を進めていくか、気候変動対策を進めていくか。とても難しい課題です。


プロフィール

南川秀樹 (みなみかわ ひでき)

 東京経済大学元客員教授、日本環境衛生センター理事長、中華人民共和国環境に関する国際協力委員、元環境事務次官

 1949年生まれ。環境庁(現環境省)に入庁後、自然環境局長、地球環境局長、大臣官房長、地球環境審議官を経て、2011年1月から2013年7月まで環境事務次官を務め、2013年に退官。2014年より現職。早稲田大学客員上級研究員、東京経済大学客員教授等を歴任。地球環境局長の在職中は、地球温暖化対策推進法の改正に力を尽くした。また、生物多様性条約の締約国会議など多くの国際会議に日本政府代表として参加。現在、中華人民共和国環境に関する国際協力委員を務める。

 主な著書に『日本環境問題 改善と経験』(2017年、社会科学文献出版社、中国語、共著)等。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】中井徳太郎: GX政策は産業政策や経済政策との連携で

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。中井徳太郎氏は基調講演をした。



 ご紹介いただきました中井です。老朋友の楊偉民先生をはじめ中国の先生方、企業の方々をお迎えし国際シンポジウムが出来ますことを、心からお喜び申し上げます。

 冒頭、鑓水環境事務次官に日本のGX政策の各論をかなりご説明いただきましたので、その部分も触れますが、私は大きく日本のGXを取り巻く大きなグランドビジョンについて、環境という切り口から、どうサステナブルな社会を描いていくかを、皆さんと共有できればと思います。

 その前提として、気候変動の世界の厳しい現状について、地球の温度はこの100年で0.7度上がっている、二酸化炭素(CO2)の濃度は2000年を超えたら濃度が400ppmを超えるなど、考えられないことが本当に起こっています。これはまさしく、いままでOECD諸国が主に出してきたCO2が、現在ではアジア、グローバルサウスが蓄積しているということになります。この結果、温暖化、気候変動において我々が日々困難に立ち向かっています。

 日本の状況は、台風、梅雨の時期の線状降水帯の豪雨、暴風雨で人災が起こっています。農業、一次産業においての大きな影響がいま出ています。作柄が悪化する、魚が獲れなくなる。そして珊瑚のような海の自然の生態系も影響を受けています。デング熱という熱帯性の蚊が媒介する伝染病が来ることにも繋がっています。3年を超え苦しんだCOVID-19も環境省では環境問題という捉え方をしています。

 この気候変動自体、日本は非常に厳しい認識をしていて、2020年に環境省が気候危機宣言をしまして、日本では国会において非常に厳しい認識を世界に出しております。このCOVID-19を含め気候変動の荒くれた状況、これが大きく環境問題だという捉え方ですが、これはSDGs(持続可能な開発目標)の考え方にもなってくるわけで、私たちの人間の活動が社会の経済システムに支えられ、そのベースに自然、生態系、地球そのものがあります。

 私たちの産業革命以降の営み、活動がまさしく地球に負荷をかける形で来た澱が溜まった結果としての今の状況です。気候変動や生物の絶滅、廃棄物の問題、これを人間の体に例えますと、肝臓、腎臓に負担がかかります。地球を人間に例えますと、人口が100億を目指して増えていく中では、人間の肺に当たるような機能のCO2を、酸素で、光合成で出してくれている。だが都市化の弊害で、熱帯雨林を切ってきている。これで身体が痛む、内臓が痛むという慢性病の状況です。

 従って、慢性病に対する症状を改善するには、抜本的な体質改善、地球という規模で人類が地球生態系についての抜本的な体質改善ができるかにかにかかっています。社会変革という大きなテーマをやりつつ症状は慢性病ですから続きます。症状と付き合いながら体質改善をはかる。これが21世紀の局面で出来るのか、という問題になっていると思います。

 パリ協定の2015年COP21はCOPメイキングの年でした。「2度目標」に続き、「1.5度」を目指そうという方向になりました。2018年にIPCCのスペシャルレポートが出てからは、世界で何としても1.5度に食い止めたいという機運が高まり、COPなどで議論になっています。

中井徳太郎 元環境事務次官

 日本はそういう状況の中で、2020年、先ほど鑓水次官から報告がありましたが、前の前の菅政権の下で、2050年までにカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする)を国家目標として掲げ、国際公約いたしました。そして、その本気度が試される2030年の目標は、温室効果ガスを46%2030年までに減らす。できれば50%の動議をする。こういうコミットメントをしていきます。

 しかも従来の日本の環境政策的な発想ですと、産業発展するものに対するコストとして環境対策を考えるというやり方でした。これが大きく転換いたしまして、このような体質改善をはかる産業への投資、イノベーション、こういうもので成長する、いわば環境GX政策で経済を成長させる。こういうコミットメントを政府として明確にしているのが特色です。

 そしてこの約束を真面目に守るのが日本という国柄であり、2030年の46%に向かってオントラックで減っているのが現状であります。2020年の後に岸田政権になり、先ほど鑓水次官から報告があった日本の政策、GXが展開します。法律も通し、当面10年間、官民合わせて約150兆円のGX投資、政府としては20兆円の先行支援を、成長志向型のカーボンプライシングという構想でやっていくことが今の柱です。

 このことは具体的にはカーボンプライシングでは2026年からの排出量取引の本格導入、また2028年からの炭素負荷金、実質上の炭素税のようなものが入り、マーケットメカニズムを活用しながら、国に税収のようなものが入るものの、手当を前提とした国としての債権、国としてのトランジションボンドで20兆円を確保し、どんどん先行的に支援していく。こうしたマーケットメカニズムと政府の支援を抱き合わせたセットのパッケージ。これが今後、本格的にGXを進める上で、途上国などにも参考になる方法だと思います。

 少し大きな絵を考えます。先ほど社会変革が大事だと申し上げました。いまGXということで、脱炭素社会の目標を立てるのは非常に分かり易い世界です。2050年に日本の場合、ゼロにするというコミットメント、これは言ってみますと必要なエネルギーを、地球に負荷をかけない形にするというコミットメントです。それを実現するためにも、あと二つのことと抱き合わせで、三つセットで展開していくことを、環境政策上言っています。

 一つはサーキュラーエコノミー(循環経済)、リニアな発想ではなくすべてが循環する仕組みで経済を変えていこう。もう一つは、ネイチャーポジティブの自然生態系との調和。この三つは、環境の観点からサスティナブルな社会を描いた時の大事な要素です。

 この三つが統合的にインテグレートされ、シナジー効果を上げ、私たちが社会をイメージし、企業の皆さんにも向かう方向をイメージしながら企業活動をやっていただきたい。政府としてもこの三つが同時達成される世界を描くということです。

シンポジウム当日の東京経済大学 大倉喜八郎 進一層館

 それを可能にするためにも、身体で言うと血液に当たるお金の流れを、投資の流れにつなげるSDGs がある。これを日本の政策として言っていますが、世界全体の話になるので、国際的な視点で協力をしていこうという枠組みであります。

 サーキュラーにつきましては、従来の大量生産、大量消費、大量廃棄で、自然資源を使ってやってきた世界が、捨てられてしまうプラスティック問題の典型として、海洋プラスティック問題が起こっています。が、上流の製造の部品の選択や、途中のループが回せるものはどんどん回すというところで、資源を無駄にしない。そういう発想でやりますと、資源へのコストも節約されるし、経済的にもメリットがある中で資源節約ができる。ネイチャーポジティブということになると、劣化している自然環境を回復させる。むしろ人間が関わる企業や政府の活動が、自然に森林を整備したり、海洋の藻場の回復のようなことをやったり、そういうことで、自然の価値が高まる方向に持っていくことが、ネイチャーポジティブということです。これも世界的に今大きなテーマになっています。この三つをしっかりやっていこうということです。

 脱炭素は、地域という目線が非常に大事であるということで、環境省が所管しております日本の1700の自治体は、いま押し並べてエネルギーの収支は赤です。これは大きな電力を、化石燃料として輸入しているものから、電気として各地方が買っております。そういう構造で所得が外に出ている。脱炭素の目標は数字目標ですから分かり易いのですが、それが地域に何の意味があるのかが、逆に問われます。そういう観点から、地域の脱炭素を進めるための再生エネルギーを入れることで、その地域に資源を担う企業ができれば、雇用にもつながります。所得になります。

 また災害が多発する中では、マイクログリッド、再生エネルギー、蓄電システムを整えると、停電にならない。台風が来ても地震が起きても、レジリエンスを高めることになります。省エネの構造の断熱など、いろいろな取り組みは、健康の質を高めます。脱炭素の目標は数字目標なので分かり易いですが、実益、ご利益が目に見える世界を作るということで進めていく。

 そのような三つの概念が合わさった言葉を、英語ではRegional Circular and Ecological Sphere、地域循環共生圏と言い、この構想は閣議決定をした第5次基本計画に出しております。この5月に第6次基本計画がまた閣議決定されましたが、そこでも踏襲されている概念です。いまのような三つの移行、三つのトランジッション、すなわちエネルギーの観点からの脱炭素、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブを同時に進めていく。

 いま既に都市部、農村山村部という構造になっていますが、分かれている中で地域の資源として、エネルギーや食料や水回りをとらえ、観光資源をとらえ、極力自活をしていく、自給していく発想、自立分散型の発想、足りないところは互いのネットワークで補う構想を環境省が出しています。ボトムアップ型でそれぞれの地域のポテンシャルを活用するのにGXやさまざまな技術を使う発想です。

中井徳太郎 元環境事務次官

 冒頭、地球環境を身体に例えましたが、まさしくそういう発想を持っておりまして、人間の身体の37兆個の細胞が一つひとつ有機的につながり血管ができ、心臓ができ、身体の仕組みができている。こういう構造であることは実は地球全体、社会もそうなっている。

 そういう意味で、いま地域循環共生圏で申しているところは、この構想をみなさんに知っていただき、うちの地域、うちの企業も頑張ろう、ポテンシャルを持ってやろう、技術を色々取り入れてやろうと、そういう元気の輪が広がるようなボトムアップアップ型の声がけをしています。

 しかもこの循環のネットワークシステムは、ある意味で階層性になっています。一番ベースの友人、家族、地域から大きなエリア、流域、国全体、アジア全体など適正なところでの循環というものがあると思います。小さい視点、ボトムアップを大事にしていますが究極はアジア全体、グローバル全体です。これは、日本の経験で言っても、かつて国内をかなぐり捨てて世界のことを見るような時が無いわけではありませんでした。いまや国内課題としての技術を使い、循環する発想を持ちながら、世界へ貢献していく、世界のカーボンニュートラルに貢献していく発想です。図式化しますと、この自然生態圏、ネイチャーポジティブの世界は、山から海に至る水の循環に象徴されます。この循環系の中に川から海に行き、蒸発し、また雲から雪や雨になり、降りていく。この中に私たち全ての営みがあるわけです。この循環の中から水回り、食料、エネルギー、観光資源をいただいている発想で、これを調和していくのです。

地域循環共生圏

 この絵は日本の地域にも当てはまりますが、ひょっとしたら大きな意味で中国全土をどう考えるか、アジアの視点ではこれはどうなるか。先ほどの循環の階層性の発想から見ますとボトムアップの、私たちができる回りの循環を考えながらも、どんどん大きくしていくことが大事だろうと思っております。

 そういう意味でいまの構想は、環境省が閣議決定という形で政府全体のサスティナブルな環境の切り口から構想で出しておりますが、それをやるためにも、やはり今日のような日中の協力の場、人と人のイノベーション、オープンな場での交流。そしてデジタルトランスフォーメーション、AIも含めて電気がかかるわけですが、これは賢く使えば、地域循環をやる大事な道具になります。ここでかかる電気自体は、賢く地球に負荷がかからない形で獲得する。

 こういう大きな構想の中で、皆が共有感を持ってそれぞれ頑張る。政府、官、民も頑張る。こういう構想で日本はやっていることをご紹介したいと思います。今日はこれのさらなる展開を期待しております。ありがとうございます。


プロフィール

中井 徳太郎(なかい とくたろう)/日本製鉄顧問、元環境事務次官

 1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官、環境事務次官を経て、2022年より日本製鉄顧問。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。鑓水洋氏は開会挨拶をした。



 ご紹介いただきました環境省の鑓水でございます。本日は、このような機会を頂戴し、大変光栄に思っております。また、国際シンポジウムの開催、誠におめでとうございます。

 私からは、福川さんがご紹介されたように、日本政府が推進しているグリーントランスフォーメーションのコンセプトや今後の方向性についてご紹介させていただきます。その前に、COP29の結果について簡単にご報告いたします。2024年11月11日から24日まで、アゼルバイジャン共和国のバクーで開催されたCOP29では、気候変動に関する新たな数値目標が設定されました。特に、途上国支援については、2035年までに年間約3000億ドルを支援することを目指すと決まりました。さらに、公的資金や民間資金を合わせて、途上国向けの資金を2035年までに年間1.3兆ドル以上に拡大することが求められました。

 また、温室効果ガス排出削減対策としては、地方自治体との連携強化や、都市建物の脱炭素化の重要性が強調されました。日本からは、浅尾慶一郎環境大臣が出席し、1.5度目標の実現に向けて、国が決定する貢献、いわゆるNDCの着実な実施が重要であると訴えました。また、我が国が気候資金支援を2025年までの5年間で、最大700億ドル規模で実施していることや、温室効果ガスの排出削減が着実に進んでいることを報告しました。

鑓水洋 環境事務次官

 さて、GXの経緯やコンセプトについて、少しお話しさせていただきます。日本では、2020年10月、当時の菅義偉内閣総理大臣が、2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。それ以降、脱炭素化に向けた国内の議論が活発化しました。これに関連して、日本におけるグリーン・トランスフォーメーションは2022年5月、GX投資を促進するための新たなイニシアティブを支持することから始まりました。これは、温室効果ガスの排出削減に向けた国際公約と産業競争力の強化、経済成長を同時に達成するために、10年間で150兆円を超える官民投資を実行することを目指しています。その中心となるのが「成長志向型カーボンプライシング構想」です。

 この構想には3つの重要なポイントがあります。1つ目は、GX経済公債という新たな債券を発行し、その資金を調達して、150兆円を超える官民投資を実行するために、国として長期的かつ複数年度にわたる投資促進策を講じることです。具体的には、10年間で20兆円規模の国債を発行する予定で、これは世界初となる「トランジションボンド」として注目されています。今年の2月からは、個別銘柄の「クライメート・トランジション・利付国債」を5回にわたり発行し、合計で約2.65兆円を調達しています。

鑓水洋 環境事務次官

 2つ目は、カーボンプライシングによる先行投資インセンティブです。これには2028年度からの化石燃料付加金制度の導入、2026年度からの排出量取引制度の本格稼働などが含まれています。これにより、企業が脱炭素化に向けた投資を積極的に行うよう促進しています。

 3つ目は、新たな金融手法の活用です。具体的には、今年設立されたGX機構による債務保証などの官民金融支援を強化し、トランジションへの国際的理解の促進や、グリーンファイナンス市場の発展を目指しています。

 また現在、政府は「GX2040ビジョン」の検討を進めています。これは、エネルギーの量や価格の安定供給、DXの進展、電化に伴う電力需要の増加、そして経済安全保障の要請などを踏まえて、将来に向けた不確実性に対応するためのビジョンです。このビジョンでは、エネルギーの脱炭素化や水素関連産業の集積、GX製品の国内市場の創出などが重要な課題として議論されています。特に、グリーン鉄やグリーンケミカル、CO2吸収コンクリートなどの素材は、性能が変わらないものの、製品のコストアップが課題となっており、これに対応するため、カーボンプライシングを加えてGX製品の価値を見える化し、需要創造や市場創出に取り組んでいくことを目指しています。

シンポジウム当日の東京経済大学キャンパス

 これらの取り組みは、政府としての脱炭素に向けた重要な施策であり、環境省としても積極的にサポートしています。さらに、環境省では「循環経済」や「ネイチャーポジティブ(自然共生)」など、社会の変革に取り組んでいます。循環経済は産業競争力の強化や経済安全保障の確保、地方創生、質の高い暮らしの実現に貢献すると考えており、年内には政策パッケージを取りまとめる予定です。

 また、ネイチャーポジティブについては、優れた自然環境を守りつつ、上質なツーリズムを実現し、自然の保護と利用の好循環を生み出すことを目指しています。この取り組みを通じて、国内外からの観光客を促進し、滞在型観光を推進するための魅力拡大にも取り組んでいます。

 以上、環境省の取り組みと、GXを中心とした政府の政策についてご紹介させていただきました。引き続き、皆さまのご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。本日はご清聴、誠にありがとうございました。


プロフィール

鑓水 洋(やりみず よう)/環境省大臣官房長。

 1964年山形県生まれ。1987年東京大学法学部卒業後、大蔵省入省。大蔵省主計局総務課長補佐、熊本県総合政策局長、財務省大臣官房企画官、主計局主計官、財務省大臣官房付兼内閣官房内閣審議官、財務省大臣官房審議官、理財局次長、国税庁次長等を経て、2021年から現職。

■ シンポジウム掲載記事


GX政策の競い合いで地球環境に貢献
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2024-12/30/content_117632819.htm

気候変動対策を原動力にGXで取り組む
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-01/02/content_117641894.htm

GXが拓くイノベーションインパクト
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-01/02/content_117641551.htm

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。福川伸次氏は開会挨拶をした。



 福川でございます。今日は東京経済大学で、「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」という壮大なテーマのシンポジウムが開催されることを心からお喜び申し上げます。本日は中国側から私の長年の友人である楊偉民先生、日本側からは中井徳太郎元環境次官をはじめ、さまざまな方々が参加し、素晴らしい議論が展開されることを楽しみにしています。COP29の後の状況について、これからどのように展開されていくのか、皆様も注視していることと思います。

 話は少しそれますが、グリーンストランスフォーメーションに加えて、現在進行中のデジタルストランスフォーメーションも非常に重要です。デジタル化が進む一方で、エネルギー消費が増える可能性があり、この点をグリーンストランスフォーメーションとどう調和させるかが大きな課題となります。世界のエネルギー消費の弾性値は1990年代の0.29から2020年代には0.51に上昇しています。デジタル化の進展に伴い、グリーン化の対応が一層求められています。

 国際情勢も厳しく、ロシアのウクライナ戦争やイスラエルとガザ地区の情勢などでエネルギー市場が混乱し、環境問題への関心が薄れている危険性があると感じています。米国ではトランプ氏の再任により、環境問題への関心が薄れる懸念もあります。グローバルサウスの国々は経済成長を重視しており、地球環境問題に対する意識が乏しいのではないかという危惧があります。これにどう対応するかが問われています。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」会場

 産業の発展を振り返ると、産業革命以降、世界は大量生産・大量消費・大量廃棄・大量汚染のシステムで発展してきました。これをどのように解決していくかが今後の重要課題です。このままでは現行の産業活動や生活環境を維持するのは非常に困難です。

 グリーントランスフォーメーションは単に化石燃料をグリーンエネルギーに置き換えるだけでなく、産業社会や構造全体の変革を含む新しい取り組みが必要です。地球社会の存続を考えると、産業のグリーン化をどのように実現するかが重要です。エネルギーの供給・需要面において革新的な技術開発が求められます。

 まず、エネルギー供給構造の革新が重要です。太陽光や風力の利用拡大、安全性が確認された原子力の拡大、水素やアンモニアなどの利用も必要です。さらに、産業活動や生活の省エネルギーを加速し、電気自動車や自動運転システム、ドローン配送システムの導入が期待されています。将来的には、高速道路におけるソーラー発電と自動走行充電道路の融合なども検討すべきです。

福川伸次 東洋大学総長、元通商産業事務次官

 次に、排出権取引の国際展開が重要です。過去の経験を生かし、どのように活用するかを模索すべきです。そして、資金調達の問題もあります。グリーントランスフォーメーションには膨大な資金が必要です。発展途上国への資金援助や技術革新には資金が不可欠で、どのように調達するかが大きな課題です。私は、温暖化ガスの排出に応じた資金供給メカニズムの検討が必要だと考えています。経済成長と排出量がある程度相関しているなら、排出量に応じた資金供給を行い、その資金を技術開発や発展途上国への支援に充てるべきです。

 日本では1970年代から取り組みが始まり、現在ではCOP21の合意を実現するため、2030年までにCO2排出量を46%削減する目標を掲げています。その一環として、2023年にはグリーントランスフォーメーション関連の2法案が成立しました。排出取引制度の本格稼働や炭素付加金制度の導入が検討されています。また、原子力発電の再開、洋上風力発電の促進、水素エネルギーの拡大も進められています。現在、政府はエネルギー基本計画の再検討を行っています。

シンポジウム会場・東京経済大学「進一層館」

 アジアでは多くの国が脱炭素社会実現を表明していますが、未だに石炭や天然ガスに依存している国が多いのが現状です。2050年までのカーボンニュートラル実現を目指していますが、経済成長を重視する中でそれをどう実現するかが大きな課題です。2023年12月には、アジアゼロエミッション共同体(AZEC)の首脳会議が開催され、脱炭素に向けた原則や政策策定が議論されました。日本としてどのように支援していくかが問われます。

 中国は二酸化炭素の最大排出国ですが、ソーラーパネルや電気自動車、風力発電の分野では世界をリードしています。中国の地球環境改善に期待しています。また、日中両国は脱炭素に向けて協力を強化しています。技術革新、政策協力、サプライチェーン強化、環境教育・人材育成、第三国への協力など、さまざまな形で協力が進んでいます。

福川伸次 東洋大学総長、元通商産業事務次官

 私は、日中協力が今後大いに発展することを期待しています。この分野での成功は、GXの実現にかかっており、それが世界の産業発展の中心となると考えています。このシンポジウムが有益な成果をもたらし、日中協力が進展することを心より期待しています。


プロフィール

福川 伸次(ふくかわ しんじ)/東洋大学総長、地球産業文化研究所顧問

 通商産業事務次官、神戸製鋼所代表取締役副社長・副会長、電通顧問、電通総研代表取締役社長兼研究所長、日本産業パートナーズ代表取締役会長、東洋大学理事長、機械産業記念事業財団会長、日中産学官交流機構理事長、日本イベント産業振興協会会長など歴任。


■ シンポジウム掲載記事


GX政策の競い合いで地球環境に貢献
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2024-12/30/content_117632819.htm

気候変動対策を原動力にGXで取り組む
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-01/02/content_117641894.htm

GXが拓くイノベーションインパクト
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-01/02/content_117641551.htm

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【講義】神津多可思:金融財政政策が結果に結びつかなかった訳

2023年12月21日、東京経済大学でゲスト講義をする神津多可思氏

■ 編集ノート:

 神津多可思日本証券アナリスト協会専務理事は、日本銀行の調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融機構局審議役(国際関係)、リコー経済社会研究所所長を歴任し、現在まで一貫して日本の金融、財政の第一線で活躍されてきた。

 東京経済大学の周牧之教授の教室では、リアルな学びの一環として第一線の経営者やジャーナリスト、官僚らをゲスト講師に招き、グローバル経済社会の最新動向を議論している。2023年12月21日、神津多可思氏を迎え、日本の金融財政政策を解説し、これからの日本経済を展望について講義をして頂いた。


■ 安定化を狙う金融財政政策


神津多可思: 経済は、好況のときもあれば不況のときもある。金融財政政策が本来やることは、景気が良くなり過ぎた時に凹ませ、悪くなり過ぎた時には推し上げ、景気の変動の振れをなだらかにすることだ。テンションが高くなったり低くなったりすると、経済活動の中で企業が疲れる。消費者も景気がいいと借金して高いものを買い、景気が悪くなるとバイト代も下がり、クレジットが返せなくなり疲弊する。このため、景気の振幅がなるべく無い方が良いと考えられている。

 金融政策と財政政策の双方を合わせてマクロ安定化政策と呼ぶ。経済は長い目で見ると拡大する流れの中で凸凹があり、それを平準化するのがマクロ安定化政策の基本的な発想だ。つまり景気が良いときは金利を上げ、財政を出さない。景気が悪いときは金利を下げ、財政を出す。

 日本のバブル崩壊の後始末は2005年に終わったと言われる。その後、マクロ安定化政策は、経済成長の傾きを高めようとした。バブル崩壊後、成長スピードを上げるため金融緩和し、財政赤字を出した。成長のトレンドを高くするよう努めたものの、思ったほどうまくいかなかった。

 日本銀行が四半期に1回、ディフュージョン・インデックス(DI)もある短期経済観測調査を発表している。大企業1万社にアンケートを出して得た統計データだ。その中の業況判断DIは「あなたの会社は今景気がいいか、悪いか、どちらとも言えないか」の三つの選択肢で聞く。いいと答えた人、悪いと答えた人の双方の割合を計算し、引き算をしたのがDIだ。

 このDIを一定の期間でみると、景気が良くなっているのか悪くなっているのかを数字で見ることができる。

 意外に景気の実態を捉えているのが、この業況判断DIと呼ばれる日銀の短観データだ。景気が悪い時は金融財政政策で経済を下支えし、景気が良い時には、下支えをとり景気が過熱しないよう、またインフレにならないよう金融財政政策が考えられてきた。バブルが崩壊し景気が悪くなった後も、興味深いことに景気には上下があった。バブル崩壊後2005年ぐらいまでバブルの後始末をしていたが、その間にも景気が良い時、悪い時があった。

全国企業短期経済観測調査結果推移(製造業・非製造業)

[出所]日本銀行(2024年3月)「全国企業短期経済観測調査」

■ 叶わなかった実力相応の好景気実現


神津:特に問題なのはバブルの後始末が終わった後の金融財政政策だ。金融財政政策は、バブルが壊した日本経済を何とか元通りにしようと懸命になった。金融財政政策はバブル崩壊後の成長トレンドの低下を元に戻そうとして、かなり経済を刺激したが、ついこの間まで持続的なインフレにもならなかった。

 日本経済を2%の成長に戻すのが多くの人の希望だったように思う。しかし今1%そこそこの成長しかない。2005年以降、企業がどの程度景気がいいと感じたかを先ほどの業況判断DIでみると、バブル前に企業が景気はそこそこいいと感じていた頃と変わらないくらいのDIの水準もあった。

 2010年代の非製造業の業況判断DIは、バブル前の水準に比べむしろ高いくらいだった。しかし、いま日本経済が絶好調との話は聞かない。バブル時代が羨ましいと社会に出た若い人たちは言う。バブルの時代を思い起こせば、皆元気だったことは事実だが、同時に多くの人は疲れ果てていた。あまり良い思い出が残っていない。日本経済の実力相応の好景気を実現できなかったという大きな反省が残っている。

 バブルの後始末が終わった後、経済はまずまずいいと企業が思っていた時に、政府日銀はなぜ更に良くするべきだと考えたのか?それは答えがない問いだ。政策に携わる人の多くが日本経済の実力はもっとあるとの気持ちを根底に持っていたのかもしれない。客観的な企業の景況感と、経済社会全体が持つ経済が不調だという感じは、うまくフィットしない。

 人口が伸びていた頃は、経済成長率も高かった。人口の増加率が下がると、低い成長率になる場合が多い。人口が増える時と、減る時では経済の様子が違う。確かに人口増加率が1%の時の経済成長率の幅は広い。このことからは、経済成長率は人口の増加率だけが決めているわけではないことが分かる。したがって、人口増加率がマイナスでも、経済が成長することは十分あり得るが、働く人数が増えている時よりも高い成長を経済全体として遂げることは難しい。日本国内だけを見れば、金利を下げ、財政の支出を増やせば、経済成長率も上がると単純に考えていた。それが、うまくいかなかった最大の理由ではないか。

実質経済成長率と人口増加率の関係

[出所]内閣府ホームページ「国民経済計算」、総務省ホームページ「人口推計」

■ 進む少子化と新技術への期待


神津:厚生労働省の白書から「日本の平均的な家計」の変化を示したものを抜粋した。バブル前の1985年は、「父母と子」が平均的な家庭の姿だった。私の両親の世代は3〜4人兄弟が多かった。3人兄弟が各々結婚すれば、合計6人の子が4人の親の老後を支えればよかった。

 今は大きく変わった。一人っ子が多くなり、結婚すれば2人で老親4人の世話をしなければならない。現役の若い世代にとっては大変だ。今は昔と違い、AI、スマホ、ロボットがある。単純に割り算して「自分らの将来は大変だ、暗い」と思う必要はない。しかしコストを念頭に置き、成長率を元に戻すにはどれくらいコストがかかるかを考えなければいけない。

 統計で見ると、今の若い人は結婚しなくなった。高齢者の単身世帯が増え、結婚せずに高齢者になる人も多くなった。年をとった両親たちは、ご飯3杯は食べない。春夏秋冬ごとに新しいファッションを買うこともしない。車は次第に運転できなくなる。タンス、冷蔵庫を買うこともめったにしない。消費しない世代が増えてきている。結婚し子供をつくり、家や家具、食品も買おうと考える世代はどんどん減少している。

 マクロ経済学の悪いところは、常に代表的な家庭、平均的な家庭を考えるところだ。40年間、同じ家庭のままだとの仮定をする。しかし日本の場合、平均的な家庭のイメージは30年で大きく変わった。消費が以前のように元気にならないとは考えなかった。

 とはいえ、日本の社会は結構いい線で変化したのかもしれない。悪いところばかり見えるようだが、良いところは良い。だからこそ悪いところを直せる。

 日本経済に何が見合っているかをみる上では、何歳の人間が何人いるかを見る人口ピラミッドをみると良い。

 GDPは、働く人が生み出す新しい付加価値を金額で表現したもので、働く人が減れば、日本全体として生み出される価値の額は減る。20歳から64歳の人は1990年から2020年までの間に672万人減った。65歳以上でも20歳以下でも働いている人はいる。しかし、主力の働き手の数が672万人減った中で、1980年から90年までの間と同様の経済成長を2020年の時点で成し遂げようとすれば、減った働く人たちの数を補わない限り、同様の成長はできない。

 1990年代は法律が変わり、労働時間の上限が下がった。あまり長時間、過重な労働をしてはいけないことになったので、働く人の数が減っただけでなく、1人の人が働く時間も減った。経済成長率が下がっても、働かなくて済むような社会であれば、悪い社会ではない。悪い社会ではないが、成長率がより高まるともあまり考えられない。

 推計では、2020年から2025年は、働ける人の数の減少スピードが少々緩やかになり、300万人ぐらいしか減らない。しかし、2040年まで推計を伸ばすと、1000万人ぐらい減る。2040年、いまの大学生が社会に出て最先端で働く時期に、働く人は大きく1000万人減る。

 だからといって萎縮してはいけない。インターネットは1990年代、スマートフォンiPhoneが出たのが2000年代。技術進歩がありインターネットとスマホを前提にした様々なビジネスが出た。働く人が1000万人減る時代に、こうした技術進歩が経済成長率にどう影響を及ぼすだろうか。

神津多可思(2022)『日本経済 成長志向の誤謬』日経BP 日本経済新聞出版

■ 中国を始めとする新興国の経済大躍進と課題


神津:もうひとつ日本経済が考えなければいけなかったのが、新興国経済の大躍進だ。1980年代までの日本は、米ソが対立する東西冷戦構造の中で、経済が高度成長した。

 1989年ベルリンの壁が崩壊し、ロシアも中国も一斉に世界経済の中に組み込まれた。日本経済にとってはアジア、アメリカ経済にとっては南米、ヨーロッパ経済にとっては旧社会主義国だった東欧が、一斉に同レベルで経済活動の中に入ってきた。

 賃金の水準は、例えば2000年は日本の方が高かった。しかし、中国で日本と同じものが作れる時代が到来し、日本企業は賃金の安い中国で作ったものを輸入した。

 日本企業は、中国だけでなく世界で一番儲かる場所に工場と支店を作り、グローバル化のプロセスに入った。モノは輸出したり輸入したりできるが、サービスはなかなか輸出入ができないので、まずモノから始まった。その後中国でより安く作れるものは日本では作らないことになった。日本だけでなく世界中が中国に投資した。

 13億人口の中国が経済の大躍進を遂げた。かつての日本経済の「奇跡の成長」と、中国のそれとは、スケールが全然違う。グローバル化の影響を見れば、隣国中国からの影響は、日本経済にとって大変大きい。昔と同じやり方では日本は成長できない。

周牧之:神津さんの話はその通りだ。2000年から2022年の間に中国の輸出は14.4倍になった。その一部は日本に輸出した。中国は経済成長と同時に都市化が進んだ。私は中国各都市の人口問題を分析している。今、中国では日本より早いスピードで少子化、高齢化が進んでいる。

 2009年、中国経済が日本経済と同じ規模に達した時、私はハーバード大学のエズラ・ボーゲル教授と対談し、日本と中国は経済が台頭したときの条件が同様に輸出拡大だったと話した。輸出拡大で中国は元気の良い時期が続いたが、都市化が進んだ現在、問題となっているのは、その人口構造だ。

神津:日本の高齢化の急速な進展は1990年代後半からだ。生産年齢人口すなわち15歳〜64歳の人口が減り始めたのは1990年代後半だ。日本はバブルの後始末に追われた時で、人口減問題の重要性にあまり着目しなかった。当時の日本と同じぐらいのスピードで2010年代後半から中国は高齢化が進んだ。日本が気づかず失敗した要素が、中国の今後を左右するだろう。

 中国都市化で一つ知っていた方がいい言葉に「ルイスの転換点」がある。日本にも「ルイスの転換点」はあったと言われる。日本の都市化は地方から都市に人を集めることによって起こり、高度成長を実現させた。1950年代後半から60年代、列車に乗って地方から集団就職で向かった先の東京、大阪、名古屋など大都市で、今と比べれば厳しい条件で人々は働いた。統計をみると、都市部への人口流入が止まる点が必ずある。都市化が進むと「ルイスの転換点」を通過したかどうかが重要になる。中国は、ルイスの転換点を通過したか否かが議論されているだろう。

 北京、上海など大都市は完成した大都市になった。それ以外の各省の都市を都市化し、農村部にいる人たちを集め、経済成長の原動力にしようという努力を、中国はこの十年くらい懸命に取り組んだ。だが、人口の少子化、高齢化による経済成長率へのマイナス影響は、日本も中国も同じだ。

 ただ、中国が大変なのは人口が日本の10倍ある点だ。国家運営は本当に大変だ。中国は日本の10倍大変なはずだ。

周牧之、エズラ・ヴォーゲル対談『ジャパン・アズ・ナンバースリー』『Newsweek 』2010年2月10日号

■ 新グローバル化の影響とIT産業参入の遅れ


神津:以上が日本の経済成長を制約した2つ目の要素であるグローバル化の話だ。ロシアと中国は、これまでのグローバルな企業活動から、現在、どちらかというと自国の中での完結した企業活動に向かおうとしている。日本の企業がこれまで味わってきたグローバル化の影響が、今後少々違う形で出てくるかもしれない。

 日本の経済成長を制約した3つ目の要素は新しい情報通信技術の発展だ。日本は、その新しいテクノロジーに乗り遅れた。この10年間、インターネットとスマートフォンを中心にさまざまビジネスが出て、第3次産業革命とも呼ばれている。インフォメーション、コミュニケーションのテクノロジーのイノベーションに関連して、10年おきに1990年、2000年、2010年、2020年の大きな企業のデータを拾った。2021年の段階で、世界の時価総額トップ10企業には、Apple、マイクロソフト、アマゾン、アルファベット(Google)、フェイスブックなどGAFAMと呼ばれるアメリカのテック企業が並ぶ。他に石油会社のサウジアラムコがあり、中国はデジタルビジネスのアリババとテンセント、アメリカ自動車メーカーのテスラ、台湾はチップメーカーのTSMCだ。

 1980年代後半、バブル崩壊前の世界時価総額トップ10企業には日本企業が6つ入っていた。NTT(日本電信電話)、日本興業銀行、第一勧業銀行、富士銀行(今のみずほ銀行) 、住友銀行、三菱銀行だ。しかし日本経済は30年かけて変わり、現在の世界時価総額トップ10企業に日本の企業は1つも入っていない。日本だけでなくヨーロッパの企業も入っていない。

 日本の企業は新しいテクノロジーに噛めなかった。昔からやっているモノ作りにしがみついたところがある。そこに成長率を高められなかった理由の三つ目がある。

世界株価時価総額トップ10企業 1989年 vs  2023年

 [出所]米ビジネスウィーク誌(1989.7.17号),「THE BUSINESS WEEK GLOBAL 1000」(2020年8月末)、各種データをもとに雲河都市研究院作成

■ 供給構造の変化に遅れ


神津:そもそも何が起きていたのか再度考えてみたい。日本はデフレだと言うが価格がなかなか上がらないのは、日本中の総需要と総供給を考えたときに需要が弱いからだ。需要が強ければインフレになる。

 人口動態の話で言うと、免許を持つ人数は減るにも関わらず2シーターのオープンカーの生産を増やすことはあり得ない。もっと言えば環境問題が深刻な時にガソリンを使った内燃エンジン車をどんどん作ること自体が大問題だ。

 人口動態の変化があり、また日本では既に作っても儲からないものがあり、日本以外で作らないと儲からないもの、輸出ができなくなるものなど、需要には入れ替わりがある。

 人々が皆スマートフォンを持つことで様々なサービスを受けている。それに支払う費用は海外に行き、日本の国内供給は新しい需要に対応したものに変わる必要があるのに十分変わらない。金利を下げ財政を出すなど景気の刺激を一生懸命やってきたが、高齢化、グローバル化、IT化に追いつけない。古い供給が残り、需要は新しい方に移り、物価は上がらない。供給の入れ替えは難しい。昨日まで道路工事をやっていた人に急にゲームソフトを作れと言ってもできない。企業が倒産するか人員がクビになるかだ。

 供給構造を変えることは大変だ。リスキリング(職業能力の再開発、再教育)が最近言われ出したのは、供給構造を変えなければならないことに気づいたからだ。変化する世界の中で、日本国内だけが従来同様なら、国内での儲かるビジネスは先細りになる。失業の増加に繋がる。その危機感がリスキリングにも表れている。

■ 利下げは供給構造の変換に繋がらず


神津:金融政策を考える際イールドカーブという言葉がある。例えば国債の金利について、1年物の国債から40年物の国債までの金利、つまり短い金利から長い金利まで繋ぐ裾のようなものをイールドカーブと言う。

 銀行同士が「今日はお金が余った」「今日は足りない」というのを調整するインターバンク・マーケットがある。異次元緩和が始まる前は、そこで形成する今日から明日への1日分の短い金利を、日本銀行は誘導していた。それが、10年物国債の金利がマイナスになるまで金融緩和を強化したのが、ここ30年間の金融緩和の歴史だった。特徴は、長い金利を下げたことだ。それが設備投資や住宅投資に影響が及ぶからであり需要を刺激する。

 国債の金利は日本で一番信用できる金利だ。例えば長期10年の金利の上に、信用できない人からは高い金利を取る。信用できる人からは低い金利を取るという色々な金利がある。まあ、マイナスの金利では貸さない。住宅ローン金利は下がってきたとはいえプラスだ。

 これまでの金融緩和では、あらゆる金利を下げようとしてきた。金利が下がれば、経済活動が刺激されるが、しかし金融政策で金利を下げただけでは供給構造変換がうまくいかなかったのが、過去の反省だ。

 そうした金融政策をやってきて、どういうことになったか。財務省が昨年9月に作った統計では、発行された国債の残高は1,065兆円で、半分は日本銀行が持っている。つまり日本銀行が圧倒的に国債の金利に影響を与えている。日本銀行は国債を沢山買った。国債の需要が強くなれば、低い金利でも売れるようになるから金利は下がる。短期の金利がゼロになってしまった後は、長期金利を気にしながら、金融政策をやらざるを得なかった。

 昔は、日本銀行が調節するのは長期金利でなく短期金利とされた。今では、金融市場で金融資産を売買する人の経済先行きの予想に応じて長期金利が決まればいいとは言えない。マイナス金利はほとんど意味のない政策であるにもかかわらず、日本銀行がマイナス金利の解除に躊躇したのは、国債の需給への影響を気にしたからだと思う。

1990年以降のイールドカーブの変化

[出所]神津多可思(2022)『日本経済 成長志向の誤謬

■ 社会保障費増大が国債の膨張に


神津:財政政策はどうだったか。コロナ前の2020年の数字で、政府の債務残高の対名目GDP比率は、日本はギリシャ並みで200%を超えていた。日本国民全員が無給で2年働かないと今の借金は返せないということだ。

 1年間の財政赤字を国の経済の大きさとの対比で見ると、アメリカはものすごく赤字が大きい。バイデン政権の大きな政府政策の現れだ。日本より遥かに赤字幅を大きくし、経済を刺激する財政政策をやったため、インフレになったとも言われている。コロナが明けた後、インフレになり金融を引き締めなければいけなかったのは、2020年に今言ったようなことをしていたからという側面がある。

 日本について、財務省の数字で、1990年度の当初予算と2023年度の当初予算を比較した。ここで特例国債とは、赤字国債のことで、税収で賄えないほど歳出を膨らませたときに発行する国債だ。1990年度は、特例国債が発行されなかった最後の年だった。

 今はその赤字国債を約30兆発行しないと予算が組めない状態だ。以前と比較して一番大きく膨れ上がった歳出は社会保障だ。年金、医療、介護の分野にお金を使っている。11兆だった社会保障費がいま36.9兆円だ。増加分は25.3兆円。特例国債を出さなければならない理由の一つは、この社会保障の増大にある。社会保障の三つの柱、年金、医療、介護はどれも保険だ。

 具合が悪くなる人とならない人がいる。長生きする人としない人もいる。亡くなる最後の数年間に、介護が必要な人と必要としない人がいる。その見通しはつかないため、みんな同額を出し、助けを必要とする人はみんなの積立金の一部をもらう。その出すお金と使うお金のバランスをとるのが保険だ。そうでなければ保険会社はみんな倒産してしまう。

 しかし社会保障の保険三つに関して言うとそうではない。積み立てる保険金以上に、医療費を出し、年金を出し、介護費用を出している。政府が借金をして調達したお金で国民は年金、医療、介護のサービスを受けている。社会保障は命と健康の値段なので、借金して良いサービスができるならそれでいいとも言える。GDPの200%、2倍の借金を抱え何か悪いことが起きているわけではないという話にもなる。良い薬や治療法が出れば高額でも保険でまかなえるなら保険料は上がり、政府の税投入も増える。本格的に速いスピードで高齢化が進むのはこれから数十年だ。社会保障政策の維持が可能かどうか問われる。ここでは意見が分かれ、問題なしと言う人もいる。だが古今東西の歴史を見れば、大きな財政赤字を抱えて長く栄えた国は無い。

財政赤字の国際比較

[出所]神津多可思(2022)『日本経済 成長志向の誤謬

■ 社会保障費節約か?税負担増か?


神津:国債というと近代的に聞こえるが、そもそも国家が借金を始めたのは、戦費の調達のためだ。占領された地域の人たちは収奪されて借金を返すために酷い目に遭わされた。アメリカやヨーロッパは、歴史上、出た借金は先に返しておかないと次の戦争ができないという感覚があるのだろう。今日、日本以外の先進国は、借金が多い状態を放置できないという感覚が強い。借金が増えれば増えるほど、うまくいかなくなったときが大変になる。いくら借金をしても構わないといった議論はしない方がいい。

 OECDは、先進国クラブと呼ばれる32カ国がメンバーの組織だ。それぞれの国で財政支出と租税収入はどれくらいかを、GDP対比で比較できる形にして比べてみる。社会保障費、社会保障費以外の政府サービスを、どれくらい出しているか。社会保障費以外の政府サービスは防衛費、文教費、公共事業などだ。

 日本は先進国の中では社会保障費の割合は中程度だ。しかし社会保障以外の歳出は抑えている。他方、租税収入は少ないというバランスだ。例えば、フランスは社会保障費の支出比率がトップだ。社会保障費以外の支出は第9位、税金の取り具合は第4位。つまりフランスは沢山税金を取り、それを使っている。そうした政府のあり方をフランス国民は選んでいる。

 一方でアイルランドは社会保障を出さない。社会保障以外の支出もしない。しかし税金も取らない。国民は勝手にやり、政府は何もやらないことをアイルランドの国民は選んでいる。日本はあまり税金を取らず社会保障は出している。先進国の常識からすれば日本は租税収入を増やし、社会保障以外の支出を増やし、社会保障費は抑制するといいバランスになる。

 文部科学省の科研費など政府による研究助成はギリギリに削られ、学会出張すらできない先生がいる。出すか出さないかの議論が割れる防衛費もある。老朽化した橋や道路などインフラも改修しなければならない。日本には台風は来るし地震も多い。日本は社会保障だけにお金を使える国ではなく、バランスが必要だ。社会保障は命の値段といってもいい。単にサービスを減らすのは解決にはならない。しかし高額な薬を保険でもらえ、病院に行くと使いもしない貼り薬をもらえ、病気でもないのに友達に会いに病院に行く人が多いといったことがあるなら改善の必要がある。そこで節約した分を学校の教育、子育てに使い、壊れた道路や橋の補修に使うのがいいバランスだ。それができないなら租税負担になる。消費税、所得税など税金の取り方は様々あるができるだけ経済成長に影響を与えない形で、税負担を増やすのが一つの鍵になる。

OECD諸国・社会保障以外の歳出比較

[出所]財務省(2023)「これからの日本のために財政を考える」

■ 過度の国債発行は円安、インフレをもたらす


神津:財政が悪化するか否かの判断で大事なことは何か。銀行の窓口で融資を申し出ると銀行は、まず返済可能かを考える。所得と融資額を対応させ何年で返せるかを見通してお金を貸す。国の場合は、ほぼ税金の収入はGDPに比例している。GDPそのものは国の収入ではないが、GDPと借金の残高を割り算したとき、借金の残高が租税の収入に対して増え続けていくような場合には、金融市場でいつか国債を売れなくなる。なぜなら返ってこないお金は貸さないし、金融商品は買わないからだ。

 内閣府が出した借金残高の対名目GDP比率は、日本政府がこれから得る収入と、今の借金残高の割り算をしたものを近似している。これが上昇し続けるなら見限られる。もうこれ以上貸せない、つまり銀行が国債を買わなくなる。

 2030年ぐらいまでを展望すると、多少上に向かっていてもその数字は発散しないので、すぐにはひどいことにはならないとも思われる。が、経済同友会のタスクフォースで、2050年まで伸ばした2021年実施の試算を見ると、2030年代は上にぐんと上がる。圧倒的に高齢者が増えるからだ。高齢者が増えれば年金は増える。人間は死ぬ前の1年間の医療費が一番高い。今後高齢化が進むと医療費は確実に増える。介護も高齢化に伴い増えるという試算になる。

 そうしたことが明確になると、民間銀行は日本政府が発行する国債を買わなくなる。金融市場で必要な国債の発行が十分できなくなると、日本銀行しか国債を買わなくなる。政府が発行する国債を全額日銀が買うような国債は、全く人気がないということだ。人気がないので国債の金利を高くしなければ、誰も買わない。政府は金利を上げ、高金利となる。

 国民は、政府が発行する国債を直接大量に持っている訳ではない。しかし、民間銀行が国債を買っているので、銀行に預金のある人は間接的に国債を持っていることになる。預金の一部が国債に向かっているのである。

 従って、国債に人気がなくなれば、皆そんな国債を買っている銀行にお金を預けようとは思わなくなる。アメリカの株を買い、ドル預金をしようとする。それが進むと、円安になる。ドル建ての投資信託を皆が買えば、円をドルに替える動きが強まり、円安になる。円安になればインフレになる。民間銀行が国債を買わなくなる時点で、インフレ、円安になり、円安がまたインフレを呼ぶ。70年前の日本と同様のことが起きうる。そんなリスクはコントロールした方がいい。借金残高の対名目GDP比率が上昇し続けるような政策はしない方がいいとの主張だ。

公債残高の対名目GDP比率長期予想

[出所]経済同友会(2021)「持続可能な財政構造に向けて」

■ 緩和超過で為替レートに皺寄せ


神津:2023年4月に新しい日銀総裁になった植田さんが直面する問題の一つは為替レートだ。円、ユーロ、スイスフラン、英国ポンドなどを様々な国の通貨を加重平均した為替レートのことを実効為替レートという。英語ではeffective exchange rate(EER)だ。

 また実質為替レートとは、例えば円をドルに変えニューヨークで使う際にどれだけ買えるかを見たものだ。パリ、ローマ、ロンドンなどでも同じように考えて、貿易のウェイトで加重平均したのが実質実効為替レートだ。それを見ると1980年に円が持っていた力を今は持っていない。1980年は私が大学を卒業した年で、卒業旅行でカリフォルニアに行った。当時買えた土産すら今は買えない。日本の金融政策で金利を低くしている結果、その影響が自由に動ける為替レートの方に皺寄せとして現れている。

 今為替レートは安くなりすぎた。金融市場の為替レートを使い、日本とアメリカの1人当たりの名目GDPを比較した。アメリカには3億人ぐらい人がいて経済規模も3倍ぐらいあるので、日本との比較には、1人あたりを比べる。アメリカに住む人1人が、1年間に生み出す新しい付加価値と、日本に住む人1人が1年間に生み出す新しい付加価値を比較した。

 人口には赤ちゃんから老人までいるので、そういう働けない人も含めての平均的な1人だが、今、日本は3万5000ドルぐらい。アメリカは7万ドル。1人当たりの名目GDPは、日本はアメリカの半分ということになる。いくら何でも半分はないだろうとの実感がある。1990年代は円高で苦しかった。名目実効為替レートでは1990年代はとんでもない円高だったわけではない。が、当時の円高は実は日本の1人当たりの名目GDPの方がアメリカより高いという評価になるぐらいの円高だった。企業にとっては大変だった。GAFAMも全部アメリカの企業で、新しいビジネスを生み出す経済であるにもかかわらず、日本の方が一人当たりの付加価値生産額が高いのは、何となく妙だ。

 今は為替レートが75円であればアメリカと同じになる。大手輸出企業に話を聞くと、110円ぐらいなら居心地がいいというのが本音のようだ。日本は金融を緩和し過ぎて2%を上回るインフレで為替レートに皺寄せがいっていることが、植田さんが抱える宿題の一つだろう。

植田日銀の金融政策

[出所]神津多可思(2022)『日本経済 成長志向の誤謬

■ 10年先を見据えた設備投資を


神津:経済成長率を高めるためにはどうしたらいいのか。潜在成長率という概念があり、経済の成長の実力をさまざまな格好で推定するものだ。日銀が推計したものをみると、三つの要素に分かれている。

 経済成長の生産関数の中に入ってくるのは資本と労働、それから技術の進歩である。TFPというのはトータル・ファクター・プロダクティビティと呼ばれ、技術の進歩を表す。資本投入は企業が設備投資をし、機械を入れ、オフィスを増やすなどのことだ。労働投入は、人が一定時間働いて付加価値を生むことだ。労働投入は1990年代に潜在成長率を下押しした。当時、働く人数が減っていないのに下押しをしたのは法律によって労働時間が短縮されたからだ。昔は、就職すると長時間働かされていた。いまは働く時間が短くなっている。そうなれば、1人の人間が生み出す付加価値の額も小さくなり、それによって成長率が下がってくる。

 また、トータル・ファクター・プロダクティビティについては、どうすればその成長に対する影響が大きくなるかは研究の対象だが、今これが結構いいところまで来ている。労働投入つまり働く人の数と働く人の時間は、高齢化に伴い労働市場から抜ける人がいる為、昔に比べて経済成長を押し上げられない。

 2%の経済成長まで来るためにはどうしたらいいか。昔と今で一番違うのは資本投入だ。資本投入とは企業が設備投資をして、新しいビジネスをすることだ。古いことに設備投資するのは駄目だ。GX、DXの時代で、今後10年商売を続けていける分野を探し、積極的に投資をすれば日本経済の成長実力は上がる。財政がそれを手助けし、金利が低い方がそれをやり易いとの発想で2005年以降も金融緩和をし財政赤字を重ねてきた。

 財政赤字は社会保障から生まれたと言ったが、社会保障で配るお金は老人たちが医療費や、介護で使う。使うこと自体は需要が出てくるので経済成長に寄与する。だが、次の成長の種にはなっていない。次の成長の種を蒔くには、企業が設備投資をしなければならず、儲かる話に投資をしなければいけない。儲かるということの意味は、長く続く商売になるということだ。

 これまで懸命に金融政策と財政政策は成長率を押し上げる工夫をしてきた。が、十分ではなく、これからは、企業がどれくらい頑張れるかが大事になり焦点になる。一生懸命、企業がかんばらなければ駄目だと東京証券取引所も言う。金融庁も、高いコストで集めたお金を、定期預金に置いたままではいけないと言う。企業もそれに応え、新しい時代に次の成長の種となる設備投資を始めたというのが、現時点だ。

日本の潜在成長率

[出所]日本銀行(2024)「経済・物価情勢の展望:潜在成長率」

■ スタートアップ企業が続出する社会へ


周:1989年の世界時価総額トップ10の企業に、日本の企業、特に銀行がたくさん入った時の特徴の一つは、イノベーティブなベンチャー企業がゼロだったことだ。第6位のIBMは科学技術力があっても100歳近い古い企業だ。

 2023年で見てみると、テック系のベンチャーが8社も入っている。創業が一番若いのは、2003年のテスラと2004年のフェイスブックだ。若く、技術のイノベーション、ビジネスモデルのイノベーションに一生懸命だ。旧勢力の企業と新勢力の企業とは性格が全く違う。神津さんの話を表現を変えて言うと、日銀がやってきたことは旧勢力に金を注ぎ込んだものの経済効果に繋がらなかった。その原因は、新勢力についてあまり意識してこなかった点にある。

 結果は2023年日本企業時価総額トップ30、平均年齢104歳。1960年以降創業したのは5社だけ。1980年代以降創業したのは1社で1986年のソフトバンクだ。日本の政策は旧勢力に気を配りすぎた。しかし、旧勢力は未来が見えず投資しない。米中の新勢力企業によって世界の産業地図が大きく変わった。

神津:日本銀行は直接企業に金を貸さないので、今の周先生の話を正確に言うと、日本の銀行がこういう人たちばかりに結果的に貸していたということだ。

周:スタートアップ企業にどうお金を流せるかが課題だ。

神津:学生が就職するとき、ぽっと出のベンチャーに、来てくれよ、一緒に頑張ろうと言われ内定もらっても、旧勢力の方に行ってしまうことはあるはずだ。日本の銀行、日本の政策、あるいは金融庁の金融指導に問題があったのはその通りだが、日本は試行錯誤を許さない面も強い。1回失敗したらなかなか浮上できないような社会のあり方、企業組織のやり方がある。ベンチャーには千三という言葉があり、一千回やって三つあたれば御の字という意味だ。アメリカのベンチャーに何故お金が行くのか?金を持っている人がいて、千投資をして三つOKでもいい、面白いから投資するといったことが行われているからだ。

 日本の経済は残念ながらそこまでは豊かになっておらず、そこまでなかなか金が回らない。今は、例えば商社、KDDI、日立、ホンダなどが、口を出さず千のうち三つ成功すればいい分野に、お金の一部を選り分けるようにはなった。日本社会全体として、試行錯誤を許さないような風土では、若い企業が育たない。

 もう1つ日本の弱点は、IPOをやったらそこで終わってしまう人が多いことだ。大きい会社にならない。何か新しいことを思いついて、ビジネスを起こし、東証に上場する。未公開株を持っているところに値段がついて金持ちになる。そこでゲームオーバーにし、企業をさらに大きくする人が少ない。

 オイシックスの高島社長は「売上高を1桁増やすためには、いろいろに階段がある」と言う。「100億、1000億、1兆円と売り上げを増やす段階で、それまでと同じ事をやっていたのでは企業は拡大しない」と。Appleも最初はガレージでパソコン作り始めたところから生まれた。階段を上るためには、経験のあるさまざまな新たな人材を入れる必要がある。日本は試行錯誤も、リスクを取ることも奨励してこなかった。同時に、ちょっと成功したらもうこれでいいやと思う人が多かったところにも問題がある。

 以上のことは日本でもずっと議論になってきた。古い企業でも失業しなければいいとみんなが思っているときに、いやダメだ、リスクを取って新しいビジネスに挑戦しようと言っていても、例えば両親や学校の先生に就職先を相談したときに何と言われるか、という点から変えていかないとアメリカのようなダイナミックなケースにならない。あるいは中国のようなダイナミックな経済にはならない。我々の世代はそんな社会を作ってしまった責任を感じる。若い力がそこは少しずつでもいいから直してほしい。

 もう一点、いい人材は、古いタイプの企業に入社しても3、4年経つと辞めるケースが増えている。彼らはベンチャーに行くことが増えた。失敗が許されない文化で百年運営している会社の中で、あれが駄目これが駄目、お前は間違えただろうといったことを3年言われれば、嫌になってしまう人が出てきても仕方がない。魅力的に映るのは、意味のないことで怒られたりしない会社だ。ベンチャーは、雇用は不安定かもしれない。だが働き手にとっては、仕事は面白い方が良い。

日本企業・時価総額トップ30社(2023年6月)

 [出所]strainerデータベースより雲河都市研究院作成

■ 国際金融マーケットの整備を


神津:日本の証券市場に何が起きているのかと言うと、日本国内の金融市場のルールを、ニューヨークやロンドンに近いものにしようとしている。規制を部分的にやめて、さまざま金融取引を自由化してきたのがもう一つ。それから、日本国内でアメリカやイギリスの銀行、証券も活動できるようにしていく。非居住者も居住者と同じような活動ができるようにしたことがこの三つ目のトレンド。ほとんどやり尽くし東京のマーケットの国際化は形としては成し得た。

 では、なぜアメリカの銀行、ヨーロッパの銀行が入ってこないのか。それは失敗したくない日本人の国民性にも関係している。日本のポートフォリオ、つまり日本の家計がもつ金融資産の合計は2000兆円を超している。その中の半分以上が現預金だ。アメリカではたった13%、英国では30%だ。日本の銀行がまだ力を持っているため外国の証券や銀行が入ろうとしてもビジネスチャンスが日本においてはない。日本は金融資産立国を目指しているが、私の考えでは英国タイプになるだろう。アメリカ国民の多くが個別株を持っているが、日本人には投資信託、年金などに積み立てる方が合っているのだろうか。貯蓄から投資へ日本人の行動が変わっていけば、外国の証券会社もチャンスがあるので入ってくる。

 インベストメント・チェーンと政府が呼んでいることで、金融機関はアドバイスをし、アドバイスをされる側も勉強し、一体自分は何のために金融資産を形成し、何歳でいくらぐらいの金融資産がどういう目的で欲しいのかを自分でも考えてみる。個別株を持つのは大変だとすると、投資信託や年金基金にお金を預ける。良い資産運用、アセットマネジメントの会社に、資産の運用を頼むようにする。一方で、投資される企業は、株主の利益を意識し、無駄なお金を定期預金で積み上げず、株配当として還元し、賃金として還元する行為が一体となって、資産運用立国が出来上がるという考え方だ。若い人も考えることが大事だ。自分で10年後20年後30年後にこういう目的でお金がいるから資産を作りたい、定期預金やNISAなど比較をしながら、自分のポートフォリオを考えることだ。

 東京都は、国際金融都市構想を立ち上げている。東京で活動する企業が沢山あれば都は税収が得られる。東京都が今おそらく一番力を入れているのは東京を英語で暮らして不便がないような都市にすることだ。子供の教育や、病気になったときの医療サービス、あるいは市役所、区役所での手続きを欧米並みに簡潔化し英語が可能な環境にし、海外の人たちを呼び込んで金融都市を作る国際金融都市構想だ。

周:東京都のこの構想はたいへん良い。だがこれは東京だけではやれない。香港のマーケットの時価総額が1997年から大きく伸びた。中国の内陸の企業をたくさん上場させたからだ。香港には世界中からお金が集まる。東京は、世界中からお金を呼び寄せるためにアジアから元気のいい企業を呼び込み、アジアの企業を次々上場させることだ。東京の立地条件は素晴らしく、これにより高い成長が有り得ると私は思う。アジアの企業が成長してアメリカでなく、東京を目指すときに、日本の繁栄がもう一度来る。

 私は中国にある日中の合弁会社の世話してくれと言われ、行ってみたら、最初は全然話にならなかった。日本の本社とのコミュニケーションはうまく取れておらず、取締役会もペーパーすら出てこなかった。どうたて直したか?私はこの企業に、北京の新三版という中小企業にとって上場し易いマーケットに上場するようアドバイスした。その結果、証券会社が来て企業を指導し、同社の経営スタイルは大きく変わった。これも金融市場の一つ重要な役割だと思う。

 日本のスタートアップ企業が1回上場してゲームオーバーするのは、マーケットに問題があるからだ。上場するのにエネルギーを使い果たしてしまう。また、上場を維持するのも大変だ。東証がマーケットのあり方を改革するだけで、大きな可能性が出てくるだろう。 

神津:特区を作り、日本のルールとは違うマーケットを作れば、今の問題は一気に解決する。それを実現するためには、英語が通じる都市になる必要がある。片言でもいい。発音もアクセントが正しければ通じる。英語をコミュニケーションの普通の言葉として使えるようにしていくことだ。

講義をする神津氏と周牧之教授

プロフィール

神津 多可思(こうづ たかし)/日本証券アナリスト協会専務理事

 1980年東京大学経済学部卒、同年日本銀行入行。金融調節課長、国会渉外課長、経済調査課長、政策委員会室審議役、金融機構局審議役等を経て、2010年リコー経済社会研究所主席研究員。リコー経済社会研究所所長を経て、21年より現職。主な著書に『「デフレ論」の誤謬 なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか』『日本経済 成長志向の誤謬』(いずれも日本経済新聞出版)がある。埼玉大学博士(経済学)。