【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅲ): 情報化時代の波にどう乗るか?

東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」 で講演を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長

編集ノート:
 NTTドコモ副社長、ミライトホールディングス社長を歴任された鈴木正俊氏は、日本のインターネットの黎明期を支え、IT時代の発展を一貫して引っ張ってこられた経営者の一人だ。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年6月5日、鈴木氏を迎え、情報技術の急速な進化にどう対処するかについて伺った。

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情報の歴史は傍受の歴史


鈴木:情報の歴史とは、傍受の歴史だ。傍受とは、盗聴だ。盗聴の歴史で1つだけ、申し上げておきたいことがある。昔のケーブルでの通信ではイギリスと、ヨーロッパのノーザンテレコムが回線を支配していたが、途中で情報が抜かれてしまった。

 電信は江戸時代までは、のろし、飛脚、伝書鳩、手旗信号、鉄道などでやっていたのが、電気でやると、瞬間に情報が伝わるようなった。天候も関係なく、昼でも夜でも関係なく、情報が通じるようになったのが、明治時代。アメリカなどとの国で結ばれた不平等を解消する予備交渉という大義名分を持って、岩倉使節団が明治4年にヨーロッパを視察した。これからの日本を作るためにはどうしたらいいか勉強に行った。

 その時に、横浜からサンフランシスコにたどり着いた視察団が、「ちゃんと無事にサンフランシスコにつきました」という通信を東京に向けて打った。

 当時どういうルートで東京まで届いたかというと、サンフランシスコから、ニューヨークまで大陸の中の通信を使って、電信を使ってニューヨークに行き、ニューヨークからロンドンまで海底線ケーブルに伝わり、ロンドンからまた海底線ケーブルで、ロシアのサンクトペテルブルにつながり、シベリア大陸をずっと横断してウラジオストックに通信が来て、ウラジオストックから海底線で長崎まで来ているという歴史がある。

 当時、長崎から東京までの間を連絡するのは飛脚だった。だから、サンフランシスコから長崎まで、ほぼ一日で通信が来たが、それを東京に送るのに飛脚でやって、計14日かかっている。日本にはそういう通信がなかった。世界の中で日本は閉じていた。海底線自身も海外の会社を引いているため、通信が東京に行かず長崎に行ってしまった。

周:電信の国際通信と飛脚の国内通信との組み合わせだ。

鈴木:歴史を見ると、通信を持っている人間は、必ず途中で情報を見る。岩倉具視がワシントンに行った時に、条約の交渉をしてもいいが、まずは日本国政府から全権の資格をもらえとアメリカ大統領から言われた。交渉できるのであればもらうと言い、岩倉は全権を取ろうとした。ところが、東京は禁止だと言った。アメリカ大統領は全権をもらえと催促してくる。この時点で岩倉は、通信をアメリカに見られていることに気づいたことが、記録に残っている。東京からの返事がいつもノーだという通信が来ていることをアメリカに知られているから、大統領が催促してくるのだと気づいた。催促をするタイミングが良すぎた。

 通信は必ず盗聴されているのだということを前提にやらないとダメだと岩倉は気づいた。太平洋戦争も同様だが、全部盗聴されていく歴史があり、それを互いに防御し合ってきた。

オープンなだけでは戦えない


鈴木:通信は便利だからいい、公明正大にやればそれで済むとは言うが、本当に今、力のある人、アメリカのトップ、中国トップ、ロシアのトップ、大国のトップは、みんな自分で考え、自分でやり、他人を信用しきってやる感じではない。中国は子供のころにお年寄りから「だまされるなよ。だまされてはいけないよ」としっかり教育される。韓国・朝鮮は「負けるなよ、負けてはいけないよ」と教育される。日本人は「とにかくうそをつくな、他人に迷惑をかけるな」と教育されて育つ。日本はうそをつかず、絶えずオープンの場でものを言うよう教わってきた。しかしそれでは今日の国際競争では勝てないというのは半分冗談話ではある。が、日本は社会に頼ってやっている部分が大きいので、ある面、身内にはオープンだ。でも、それだけでは世界で戦えない。会社をシステムだけで運営するというのではいけない。

周:政府やマスコミの話を信じる日本の国民性はこのようにして出来上がったのかもしれない。しかし政府やマスコミは常に正しいとは限らない。政府やマスコミが誤った事を煽る時、日本の国民性はネガティヴに働く。

鈴木:東京経済大学を創始した大倉喜八郎が非常に苦労し、明治時代に自分で稼いだ財力でいろいろな産業をやり、学校を創ったのがこの東京経済大学の前身の商業高校、専門学校だ。財産を成しただけでなく、お金を使い学校を創ったこのモデルは海外のシステムと同様だ。アメリカの会社も稼ぐが、社会とmentionする。

周:財閥で教育機関を設立し、大学に発展させたのは大倉喜八郎だけではないが日本では極めて珍しい。

鈴木:中国も外で行って稼いだ華僑が故郷に投資し、これから生きていく人の役に立っていく。大倉喜八郎がやったような日本のシステムは、非常に海外との親和性がある。戦後日本で、日本国憲法ができてから、いい意味でも悪い意味でも、平等化社会を目指そうとした。

 でも、現実には社会にはある程度の格差がどうしても出来ていき、そのことによって社会が進展するという事実がある。明治時代の財閥の役員の給与は、どう決まっていたか、ある方に訊くと、昔は、利益の半分は役員、半分は従業員に分けた。半分の役員は数が少ないから給与が高い。明治時代の従業員は数が多いから、1人当たりの給与は少なかった。その代わり役員は自分が使う車の運転手もすべて自分個人で調達したと言う。   

 戦前の財閥世界がいいと言っているわけではないが、今は、日本のサラリーマンは接待費を会社で出さなければならない。接待費の基準や役員の待遇など頭を悩ませられ非常に限られた基準になっている。

 情報というのは、自分の活動のために取ることが多いので、日本の情報は、すべてアメリカが見ている。「スノーデン」の告白を見てもわかるように、インターネットでも全部覗かれている。これが日米交渉のプロセスであったということは、はっきりしている。力の世界だから、仕方がないという感じはするが、情報に対する感性はしっかり持ちながらグローバルな世界の中で生きていかなければならない。若い人はいろいろな情報を取りながら勉強したらいいと思う。

周:情報を収集し判断する力は、今の時代に最も必要な能力だ。実はインターネットで公開されている情報の海から十分価値のある情報をキャッチし、それに基づいてかなりの判断が出来る。

鈴木:通信が広がったことによって、AIで自動翻訳ができ、今はニューヨークタイムズは瞬間に日本語に翻訳できる。フェイクメールも区別がつかない。東京電力や銀行からを語ったフェイクメールかどうか区別のつかないようなものが、東京の中でありふれて流れる。それに対する対策もやっていく必要がある。

 言語でだけ認識すると、現実の世界とは違っている。言葉で理解するアメリカと現実のアメリカは違う。アメリカ人はすごく付き合いやすい。フランクな人が多い。それが歴史の過程で社会が違ってきている。今トランプがアメリカは海外に利用され被害者になっているから国を閉じると言っている。しかし現実的に閉じることはできない。サプライチェーンが回っている。

 自国で自給をしていて明るい国もある。食料自給率100%、エネルギー100%のフランスがそうだ。日本のような食料自給率40%、エネルギー自給率3%の国は、海外との交流を断ち切られたら、もうお手上げ状態になる。日本には納豆があるじゃないかなどというが、大豆は90%以上が輸入だ。そういう中で生活が成り立っていることを理解することが、いろいろな面で大事だ。学校にいる時に、情報を集約すれば、実体験はなくても、社会にいろいろなことがあることを、ぜひ知識として持ち関心を持っていただきたい。

東京経済大学・進一層館と創設者・大倉喜八郎像

信用に足る実践こそ肝要


周:鈴木さんは2012年北京で私が主催したシンポジウムに来てくださった。シンポジウム終了後、レセプションに参加せずに「私はこれからヨーロッパに戻ります」とおっしゃったので驚いた。実はその日、鈴木さんはわざわざ出張先のヨーロッパから北京に飛んできてシンポジウムに参加してくださり、また急いでヨーロッパにお戻りになった。鈴木さんは「信用も資本」とおっしゃった。それを鈴木さんは本当に実践されている。

鈴木:信用は大切だ。半導体の会社の社外取締役をいまやっているが、半導体の世界は、軍事技術もあれば、AIの世界的な競争も激しい。半導体の会社のロジックにはさまざまな種類があるが、アメリカでもCEOをやっている人にはインド系、パキスタン系、イラン系、台湾系のアメリカ人が多く、アングロサクソンの人はあまり見ない。競争が激しいので、頭はいいが社会的には恵まれずエリートコースには乗らない人が半導体の世界を引っ張っていることも多い。

 私が役員を務めていた日本の企業のCEOのところに、海外の相手先CEOが来た時、大抵、昼飯か夕飯を一緒にする。いつも飯を食いながら雑談している。世の中がいまどうなっていて、アメリカとの関係をどう考えていて、中国はどうなっていて、日本の中でどう見ているか等、半導体とは関係のない話をしょっちゅうする。

 CEOがそうやって来るようになるのが1つの大事なところだ。CEOが来るとスピードが速くなる。「この半導体の工場を作れるか」と問われ「問題はあるが、やってみる」と返事をすると、ほぼ話は決まる。その中で、やはりこいつは信用できるなと思うようになる。仕事をよく知っているやつだから任せられる。その代わり、信用で契約をして進めても結果として期限までに完成品が作れないことがある。作れなかったら、もう次はない。信用できない。

 だから、信用というのは事実によって裏付けられないといけない。「知り合いだから受注しているのだ」と外から僻む(ひがむ)人間がいるが、そんな生易しいものではない。互いに依存し合って生きているから、自分が立派な技術を実現していかなければ、もう次のステージでは、仲間に入れてもらえない。厳しい世界だ。

 スタート地点で、従来の技術を説明しているだけでは、最先端のことはできない。今はない新しいモノを作り出す必要がある。「おまえを信用して契約する」という世界だ。半導体のような最先端のところから、そうした事実が現れていると実感している。信用されるということは厳しいことで、実際の力がないと、必ず次はダブル返しで持っていかれてしまう。

周:空間的なバリューチェーンを実際につなげているのが信用だ。

鈴木:勘違いする人がいる。友達の友達は友達だとか、どこの高校出身、大学の出身だからあいつはいいやつだよとか、「俺はあの社長を知っているから頼めばなんとかなる」等は、個人や集団によって違いがあるが、そういうものを手段として使う人が現れるが、そんな甘いものではない。1回か2回成功することがあるが、重なると最後まで続かない。そういう人は各国にいるが、日本は特にそういう人が他国と比べて多い。公と私が分かれていない。仕事とプライベートが正直あまり分かれていない。

周:日本人は出身大学、所属企業のブランドを自分の信用力に安易に置き換えていく傾向が確かに強い。本当の信用は自分で勝ち取るものだと解っていない人たちが多い。それは世界では通用しない。25年前、産業政策の大御所の清成忠男法政大学総長と私は、シリコンバレーにおける日本人と中国人のパフォーマンスの違いに関する議論をした。日本人が組織にしがみつくことを清成先生が随分嘆いていらした。

2012年3月24日、北京で開催の国際シンポジウム「中国の生活革命と日本の魅力の再発見」にて交流する鈴木氏と周教授

ビジネスは技術だけでは進まない


周:東京経済大学の昨2024年11月30日開催のシンポジウムに岩本敏男NTTデータ元社長がいらした(【シンポジウム】岩本敏男:ビッグイノベーションIOWN計画でGXをリード)。NTTグループは、いま取り組むIOWNがうまくいけば、再度、世界企業時価総額トップ10入りにもどってくるかも知れないと思っている。そうなるにはどうしたらいいか? ひと昔前、日本の次のドル箱になるべき半導体、太陽光パネル、液晶などが韓国、台湾、中国などによる圧倒的な投資競争に負けた。本来、資本力は日本の方があったはずだ。しかし資本集約産業で何故か日本は負けた。何か問題があるはずだ。今のIOWNに匹敵するような技術の開発には中国も取り組んでいる。国際競争の中どうしたら勝てるのか?液晶の二の舞にならないような、打つ手があるのか?

鈴木:反省も含めてだが典型的な例がある。1970年に大阪万博で展示し10数年かけて第2世代2G、第3世代3G、第4世代4G、今5Gと10年単位で進めた。私がドコモの副社長をしていた時は3Gだった。当時ヨーロッパに行くと通信事業者の集まりの中で「お前たちは何故3Gという進んだ技術をやるのか?」と文句を言われた。「通信モバイルで電話機が小さくなり持ち運べるようになり今、広まっているではないか。3Gだと基地局の方式を新しく転換しなければいけない。投資が必要になる。放っておけば携帯電話は沢山売れる。通信の投資だけでリターンは大きい」と返した。にも関わらず、「お前らは勝手に最先端技術で便利にし、音声以外に文字もファイルで転送できるようになって便利だというが大きな迷惑だ。お前らはビジネスが分かってない」と相当言われた。

 彼らが何を言っているかというと、「ビジネスというのは技術ではない、技術ではあるけれども、技術ではない」ということだ。需要があって投資をしてもリターンがあるということで、営業力、事業の構想力が大事だ。事業をやるために必要なことは何かというと、ものを作る人、運ぶ人、売る人も必要だ。徳川家康が言ったのは、輿に乗る人、担ぐ人、わらじを作る人など、いろいろな役割を持った人が集合しないと物事は動かないということだ。技術開発があり、それをメーカーの人が理解して作る。それを早く運送できる、販売網がどんどんさばいていく、故障したら問い合わせできるネットワークを作る。それをグローバルでどう作るかの知恵がないといけない。それは、技術力という最初のところを擁護しすぎた。技術が進んでいれば、おのずとついてくるといった思想が若干、日本にはあった。

 家電の世界で、ソニーのウォークマンをやったら凄く売れるようになり、事業力があると言われたが、ソニーの人に言わせると「ソニーなんて技術力がないんだ」と。その代わりに、トータルに事業をデザインすることが上手だ。味方を作り販売店を増やせる。  

 ビジネスの成り立ちは、技術はもちろん大事で、技術がだめだと裏切られたときに全然相手にされない。しかし、技術は必要条件だが十分条件ではない。十分な条件とは、いろいろなビジネスプロセスがあるということだ。

 サプライチェーンもできると同時に、儲けをどこで得るか、販売だけが儲けるのではなく、サプライチェーンの途中で儲けることでいいわけだ。正直言うと、利益は必ずしも売った時だけのものが利益ではなく、事業者間の取引の間に、サプライチェーンが儲けることがある。

周:おっしゃるとおりに、技術力に酔ってしまう場合は、すごく良くない。

鈴木:そうだ。

周:実際はマーケティングが要になる。あとは投資の決定権がどこにあるのか、ということも大事だ。私の親友の1人が、10数年前、中国のTVメーカー最大手TCLの社長をやっていた。この人は液晶をシャープと一緒に組んでやりたいと思った。お金は全部TCLが出し、中国で工場を作って世界を制覇しようとした。一生懸命にシャープを説得したが結局振られた。

 当時シャープは自社の技術力に酔っていたのだと思う。「俺たちの技術は世界一だ」と。しかし、相手は巨大なマーケットを持っていた。その後、あまり時間が経たないうちにシャープの経営は行き詰まり台湾の鴻海精密工業に身売りされた。ちなみにTCLはいま世界の液晶生産のトップメーカーの一つに大成長した。

経営者にはIT技術進歩のリズム感が重要


鈴木:周先生の話は本質をついている。そこに最近は規模というのが出てきた。GAFAM5社は東京証券取引所に出ている約2,000社の時価総額に匹敵する。投資能力が違えば、世界的な規模で投資して回収すると、単価規模が10万、100万、1,000万、億の単位になり1個当たりの単価が全然違ってくる。日本が栄えたのは1億2,000万人口という小さくないマーケットで成功したモデルを持っていたからだ。今それをグローバルマーケットに持っていったらまずい。大規模な百万、千万台を相手にすると、いきなり単価の競争力の違いが生じ、規模の経済力で負けてしまう。そうすると、大きい投資をやって失敗したら自分は当然首を切られ、金も貸してもらえない、会社は倒産する。倒産だけは済まなくなる。日本自体の投資規模が、アメリカの会社などと比べると、殆ど小さくなってきた。世界のGDPの15%だったのが今5%ぐらいになってしまった。世界にとっての日本は小さくなって大きな投資はもちろんできなくなる。自分の体力でできるGAFAMはどんどん広げていき、技術的に優秀で、単価の安いものを作る。                   

 それから、人材が今アメリカに集まっていることも日本とは大きな違いだ。日本は技術力、質で勝るものを探し求めているが、なかなか難しい。本当におっしゃるとおり、競争の質が違ってしまっている。

周:日本の半導体産業や液晶産業が失敗した最大の原因は、投資の決断力が韓国、台湾、中国に負けたことだと思う。例えば、韓国の場合は、自国のマーケットを日本ほど持っていないが積極的な投資を続けた。半導体需要の波(シリコンサイクル)を乗り越え勝ち抜いた。日本の各社は投資に慎重し過ぎ、萎縮した。

鈴木:台湾でも、アメリカのテキサスインストルメントに人材を送り、技術担当の副社長になったのを、今度は台湾に戻した。台湾の中で育成されたのではなくアメリカのビジネスをやり副社長になった人を台湾に引っ張り、産業発展を支えてもらう。アメリカのトランプが「台湾に技術を盗まれた」と言っているが、技術を盗んだのではなく、台湾の人が台湾に戻っただけだ。

周:鈴木さんが指しているのはTSMC(台湾積体電路製造)創業者の張忠謀だ。ただ彼は台湾がアメリカに送り出した人材ではない。中国江蘇省寧波で生まれ、自ら渡米しMITの機械工学学士号と修士号、スタンフォード大学の電気工学博士号を取得し、テキサス・インスツルメンツに入社し、副社長に上り詰めた。まさしく自力でアメリカ半導体の世界でトップになった人だ。台湾は張忠謀氏をヘッドハンティングし、TSMCを作らせた。

 トランプの「盗まれた」という言い方、捉え方が良くない。華人がアメリカの半導体発展に多大な貢献をしている。今、アメリカ半導体トップ4社NIVIDIA、Broadcom、AMD、IntelのCEOはすべてチャイニーズ(華人)だ。

 私自身は元々工学系出身なのでどうしても工学系の人の肩を持ちたくなる。日本企業はテックカンパニーであっても経営トップに工学系ではない人も多い。台湾では企業がお金を出し合って協会を結成し、MIT(マサチューセッツ工科大学)に高額な寄付をして最新の技術動向を台湾の人に伝授してもらうことをやっていた。2008年に当時MIT客員教授だった私に声がかかり、同協会の要請でMITを代表して台湾に講演に行った。講演会には台湾のテック企業大手のオーナーがわんさと来た。全員工学系だった。面白かったのは、息子と娘婿は連れて来てもサラリーマン経営者は連れてこなかった。最高で最新の情報は、息子と娘婿だけに聞かせることを徹底させていた(笑)。

鈴木:技術が何か、ということが再び問い直されている。日本では技術というと、製造業をすぐ連想する。ものづくりのところに技術がある。だから、日本は非常に微細加工というが、国際的に限って今の先端技術の、例えば、3ナノとか2ナノと言ってやっているような事だけが技術ではない。Softwareが大事だ。Softwareで半導体の力をいかに活かせるかがポイントになっている。

 匠の技術だけではなくSoftwareの発想力があるかどうかで、物事が動いている。Softwareの技術とは、技術の範囲をもっと広げて考えなければならない。技術の裾野が変わってきている。システムそのものの組み方も技術になっている。

周:おっしゃる通りだ。日本での技術の捉え方を、IT時代の捉え方に置き換えておかないと、うまくいかない。会社の経営陣に技術者をもっと抜擢した方がいいと私は思っている。IT技術進歩のリズム感は文系出身の人にはなかなか理解できないところがあると思う。例えば半導体の進化には「ムーアの法則」がある。「ムーアの法則」では、半導体が1年半ごとに倍の能力をつけ値段は半分になるという。ハイテク技術出身者の皆さんには常にこのスピード感に追われている感覚がある。これは財務、法務出身の皆さんにはなかなか伝わらない感覚だ。

 半導体、通信、AIなどのIT技術が急速に進むことを前提に物事を考えられる。それが、経営者には物凄く大事だと思う。

【激論】武田信二・鈴木正俊・周牧之:コロナ危機で加速する産業のデジタル化(※画像をクリックすると動画ページに移動します)

課題をイメージし解決の組み立てを


鈴木:大変重要だ。私たち現場サイドで考えると、例えば、自動運転の車は今、サンフランシスコで試験を受けて一時止まっていたのが動き出し、先月からロスアンジェルスで自動運転のタクシーが始まることなった。来年はロサンジェルスだけでなくフロリダでこのサービスが進むことになる。

 3〜4年前ぐらいは、自動運転は実現しないという議論がまだあった。バッテリーだから冬になると、ニューヨークから北の寒い地方はバッテリーを使ったらすぐに寿命が来てしまう。だからニューヨークから北のユーザーには売れない車だと言われた。と同時に、ドローンと同様で爆弾を積んで自動運転で走らせれば、走るテロ兵器になる。そんなものを解禁したら、大変なことになると言う。

 例えば自動運転の車に爆弾をセットし、ビルの1階に突っ込ませるとする。遵法で信号があったら待ち、高速道路へ入ったら一定速度で走ると捕まえようがないが、実は載せているのが爆弾で、最後は突っ込むということになる。そんなものはとてもやれない、自動運転はどうしても利用者側のニーズ、国のニーズから言っても限界がある、したがって、技術が進んでも社会的に受け入れないという議論だった。

 そんな極端なことを考えることはなく、日本であればお年寄りを乗せれば、病院に自動的に行ってくれるから、凄く良いサービスだといってプラスの面だけ考える。アメリカはプラスの面からアプローチする力が強い。技術的な進展上の問題という社会の受け止め方の解決を、同時に自分でどんどんやっていける。

 そういうことがイメージできるかどうかだ。社会に入ると、課題をイメージし、1つずつ解決法を組み立てていけることが非常に大切になる。

周:大変に大事な話をしていただいた。やらない理由を言う人たちが、日本では実は非常に多い。技術開発でも、マーケットの開発でも新しい取り組みをするのでも、やらない理由を強烈に並べる人が沢山いる。

 実際、技術者のリズム感は違う。特にエンジニアは問題解決的思考だ。つい最近まではバッテリーは冬に弱いと言われていたが、いまはそんなことはなくなった。

 ロボタクシーをすでに運営している会社は米中に複数ある。テスラの自動運転ソフトのFSDが物凄いスピードで進んでいる。

ラスベガスで運行中のアマゾンの自動運転ロボットタクシー

ネットワーク力が物を言う


鈴木:優秀だということと、仕事ができて仕事をやっている事は、また別の次元という気がする。

周:例えば日本の官僚は優秀だがビジネス経験者からのし上がる人がいない。でかいプロジェクトを実際にやったこともない。だからちょっと違った優秀さだ。

鈴木:それもそうだし、どういう政治家と出会うかといった縁も大事だ。本人が優れているのは基本的なことだが、いい人に巡り合っていくことが大事だ。そういう外的な要因が大きい。かといって、外的な要因で損したとだけ言っている人は多分、本人の力不足がある。私は出会いが大事だったと感じる。

周:鈴木さんのいまの言葉は大事だ。ここで鈴木さんの話が聞ける学生の皆さんは幸せだ。鈴木さんに出会い、そのお話を聞けるということが幸せだ。

鈴木:私は周先生との出会いで学んだことが多い。

周:私が大学生の時に出会った素晴らしい方の一人に、中国の経済学の大御所、于光遠先生がいる。当時の中国の国師のような存在だ。この方との出会いは私の人生を変えた。私が工学から経済学に進んだのは于先生の勧めだった。

 だから学生の皆さんはアンテナを張って鈴木さんの話、さまざまな人の話を聞き、そこから触発されることだ。

鈴木:人生でいろいろ出会った他の世界の人に言われたことが、当時はわからなくても、自分がそのことに直面したときに「ああこれを言っていたのか」と分かる時がある。多少記憶に残ったことがあるベースを持っていると腑に落ちる。自分でわかるまでは仕方がない。日本の教育が立派だと思ったことがある。昔アフリカのことが分からないまま、チュニジアに行ったことがあった。当時は、「そういえばイブン・バートゥータと言う人がここにいたと習ったな」くらいに思っていた。

 それで、現地で秘密警察の人が来てなんだか引っ張られそうになった時に、「この銅像はイブン・バートゥータなのか」と言ったら、周りの人が親切にしてくれた。私はイブン・バートゥータという名前しか知らなかったが、その名を口走ったらいきなり世界が変わってきた(笑)。こんなところで役に立つんだなと思った。

 くだらない話だが、ちょっとした引き金があるかどうかは大事だ。日本の教育は大して深くはない。浅く広くダーッと広げていくのを、試験をやるので覚えている。当時は正直、大して思いがあったわけではないが、それが役に立った。

 でもいっぺんには分からない。やはり自分があちらこちらに分け入って、砂漠の真ん中に行ってようやく分かったというようなことだ。後々付いてくる。そういう意味では本を読むのも、読んだ当時はそう思わなくても、経験に出会うことによって或いはある人に出会うことによって、腹に落ちるようにわかる。それはものすごく大きい。ああそうだったのかと気づく。今役に立つかということではない。

周:静かに人生を変えてくれる。

鈴木:良い言葉だ。

周:鈴木さんのような方と出会えるのは周ゼミのいいところだ(笑)。

鈴木:みなさん、周ゼミで小手川大助さんのような人が登場するというのはめったにないことだ(笑)。

周:平成で最も仕事した官僚のひとりだ。先々週5月22日にも周ゼミにゲスト講義にいらした(【対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅲ):トランプ政権でアメリカ復興成るか?)。

鈴木:小手川さんの話を聞くのは面白い。日本人も実際はしっかりやってきているんだと痛感する。そうした人は沢山おられる。私の尊敬する人で経産省を退官された方がいる。彼はヨーロッパで例えば翌日に国際決議をするに当たり本当に困った時は、夕飯に各国の外交官、審議官らを呼び、飯を食わせるという。そうすると、次の日うまくいく。その夕飯にはよくジューリッシュ(ユダヤ人)を呼ぶそうだ。国が違ってもユダヤ人ネットワークがある。そこにつながるのだと言っておられた。そういう付き合いが出来る役人が日本にいる。そうした人的交流を、どう日本のためにやっていくかが大切だ。

周:国際的な仕事はまさしくそうしたネットワーク力が物を言う。

講義を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長(右)と周牧之・東京経済大学教授(左)

プロフィール

鈴木 正俊 (すずき まさとし)
NTTドコモ元代表取締役副社長、ミライト・ホールディングス元代表取締役社長

 1951年静岡県生まれ。1975年東北大学経済学部卒業、日本電信電話公社入社。NTTドコモ取締役広報部長、同取締役常務執行役員、同代表取締役副社長。ミライト・ホールディングス代表取締役社長、ミライト代表取締役社長、ミライト・ホールディングス取締役相談役などを歴任。

【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅱ): IT革命の本質はテックパワーの民主化

講義を行う鈴木正俊 ミライト・ホールディングス元社長

編集ノート:
 NTTドコモ副社長、ミライトホールディングス社長を歴任された鈴木正俊氏は、日本のインターネットの黎明期を支え、IT時代の発展を一貫して引っ張ってこられた経営者の一人だ。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年6月5日、鈴木氏を迎え、IT革命の本質と行方について伺った。

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IT革命が個人の能力を無限大に


周牧之:鈴木さんには前回、デジタル時代、インターネット時代の本質のお話をしていただいた(【講義】鈴木正俊: 激動する時代を生き抜くための要件とは)。この時代の本質は「テックパワーの民主化」だと私は思う。私が通信のパワーを、自分の人生の中で初めて感じたのは1985年、中国の経産省とも言える機械工業部(省)に配属された時だった。自分の机の上に、世界のどこへでもかけられる国際電話があった。当時は、中国ではまだ地域間の通話料金が高く、長距離電話がなかなかかけられなかった。個人が当時、海外へ自由に電話できるような状況にはなかった。机の上から国際電話がかけられるのは凄いパワーだと実感した。

 いまは皆SNSどこへでも通信できる。これは一種の通信パワーの民主化だ。コンピューティングパワーからすると、鈴木さんがおっしゃっていたように今のスマホは、20年前の大型コンピュータの数台分のコンピューティングパワーを持っている。誰でも物凄いテックパワーを持てるようになった。これはテックパワーの民主化だ。

 大学での私の専門はオートメーションだったので、この40年間、IT革命とは何かとずっと考えて研究していた。私はIT革命の本質は、「個人の能力を無限大にすること」と考えている。コンピューティング力、通信力、発信力…。SNSで個人でも数百万のフォロワーを集めることができる。つい最近まで考えられなかったことだ。これは素晴らしい話だ。

 しかし、個人のテックパワーは無限大になったが、格差はむしろ広がっている。大型コンピュータ数台分のパワーを持つ携帯電話を所有するだけで、みんながスーパーマン並みの潜在力を持つこととなった。しかし、このスーパーパワーを十分に使いこなせるかが問題だ。学歴や才覚そして努力を結合させ、テックパワーを活かし、富を作れる人が沢山出てくる。もちろん、こうしたテックパワーを破壊的に使う人もいるだろう。

 テックパワーを活かせる人たちと、潜在力を持っていながら活かせない人たちとの間に、当然格差が起きる。国と関係ない。昔は、日本国民或いはアメリカ国民である以上は、中国やインドの人々よりは、良い生活が保証されていた。今そういう時代ではなくなった。中国にも億万長者はいっぱいいる。インドもいる。新しい産業を興している人たちがどこの国にも現れている。他方、アメリカの白人も貧困化し、スーパーマン的な可能性を持ちながら、貧困が急激に進む人が増えている。こうした中、若い人はどうしたらいいか?

世界で格差問題による分断


鈴木正俊:これは難しい問題だ。いま世界で注目されるトランプ政権の本質的なところは何かを考えたい。アメリカ建国の父が独立宣言で自由と民主主義と書いた。自由で、公平で差別がない世界を目指した。それから200年間経って、差別はなくならない。建国当時は自由と民主主義は、ヨーロッパでは動きがなかった。王がいて、革命勢力がいるかもしれないが、投票で政府が決まっていくこともなかった。アメリカという国を、大きなフロンティアとして、貧しいながらも自由と民主主義の理想的な国を世界に作ると言った。今トランプが掲げた鎖国のような「アメリカンファースト」は、歴史の中でいくつも現れてきた。

周:実はアメリカの独立宣言に民主主義という言葉は書いていない。建国の父とされている人たちの中には、むしろ民主主義に対して強い警戒心や懐疑的な見方を持つ人が多かった。彼らが強調するのは独立だ。一種の「アメリカンファースト」とも言える。

鈴木:モンロー主義のようにアメリカは、ヨーロッパにアメリカの市場を使われているだけだ、関係を断って関与しない、アメリカは独立していなければいけない、と言うことは度々あった。黒人を差別してはいけないとリンカーンは宣言したが、現実を見れば今も相変わらずある。理想と現実のギャップで、みんな悩んでいる。アメリカは、ものすごい金持ちがいる反面、自動車産業の労働者は報われない、いつも差別されている。そこにトランプが登場し、製造業と労働者を主人にしようというギャップを埋める運動が始まった。

周:アメリカの非農業部門の雇用者のうち、製造業で働く人の比率は第二次世界大戦直後の40%弱から一貫して減り続け、現在数%しか残っていない。今からこの傾向を反転させるのはそう簡単ではない。

鈴木:その前の時代の民主党はあまりに理想的だった。米軍の女性士官に日本大使の富田浩司氏が「最近アメリカの女性の司令官がどんどんパージされ、解職させられていく。これは、女性は軍隊にはいられないということなのか」と質問した。「アメリカはDEIすなわちDiversity=Inclusion で、多様性、公平性、公正性を考え、女性士官は勿論、属性を割り当てなければならない。有色人種は黒人も主要なポストに入らなきゃいけない」と答えた。ところがトランプになってから、有色人種の閣僚はいない。黒人の閣僚は1人もいない。女性が軍隊に行っても、女性を登用しなければいけない代わりに、本来登用されるべき男がなれなかったという不満が軍の中でもの凄く多い。しかし世界は変わっている。

 女性を地位につけたことでなるべき人がなれなかったという不満が大変に大きいことで、政府が制度を変えるといったことも起こっている。キャスターが国防長官になるということも出てきた。

 そうした矛盾は、ものすごく出ている。多様性を言ったら建前ばかりになり、そんな政治をするから惨めな人たちが出るとする勢力が大勢いてトランプ革命につながった、と解説をする人が多い。理想と現実のギャップがあり、周先生がおっしゃった格差もある。

 中国も勿論格差がある。インドも世界の金持ち上位10位内に必ずインド人が2〜3人入っている。その格差はものすごく大きい。中国もお金のある方は沢山いる。日本に大勢観光に来ている。

 アメリカも格差が激しい。紙屑だらけの街があり、この通りから向こうは危険なので行ってはいけないとされる街も沢山ある。

周:アメリカの街の中ですら、格差によってかなり分断されている。

鈴木:世界を見れば、微動だにしないような不公平性がある。日本は格差がまだ小さいというが数字的には多少格差が広がってきている。

ニューヨークで行われたDEI支持のデモ

エリートをどう選ぶかが大事


周:鈴木さんは、前の授業で、日本の大卒の初任給がどの人も大体同じことが本当に良いことなのか、と言っていた(【講義】鈴木正俊:通信の世紀、サイバーの時代)。先週、ここでIMFの日本代表理事だった小手川大助さんがゲスト講義をされた時に、日本では相続税が高すぎたかどうかについて学生と議論された。どこの国でも歴史上常に格差と平等の話がある。

 格差を是正するには如何に公平にエリートを抜擢するかが最も大事だ。中国は紀元前356年商鞅の大改革(変法)で秦国に世界で最初の官僚システムをつくった。世襲をする貴族ではなく、官僚が地方を支配し国政をするシステムで、約2370年前のことだ。後に官僚政治の導入で強くなった秦国による中国統一で、秦王朝は官僚制を一気に全国へ導入した。しかし、官僚をどう選ぶかの模索にその後千年もかかった。隋の時代にようやく科挙制度が出来た。科挙試験に参加し成績がよければ、貧乏人でも、外国人でも、選ばれる。遣唐留学生だった阿倍仲麻呂(中国名:晁衡)も科挙に合格した。その後中国では永遠に続く大門閥がなくなった。社会末端の出身者も官僚そして首相にまでなれる道が開かれた。

鈴木:戸籍問題がまだ残っている。

周:中国では戸籍問題は現在だいぶ緩和された。計画経済の中で戸籍問題が一番厳しかった時でさえ、地方貧農の息子でも大学試験に受かれば幹部になれる。試験成績だけではなく、仕事も頑張るヤツが出世するシステムになっている。例えば私は大卒後、機械工業省に入った。何千人ものいる役所の中で課長クラス以上の幹部出身地はどこが多いのかについて、仲間たちが冗談半分で数えたことがある。結果、北京出身の人はほとんどいなかった。地方から出て来た御上りさんたちが出世していたわけだ。

鈴木:日本の役所も一緒だ。

周:日本の初任給が皆な同じことは工業化時代での仕組みだ。しかし情報化時代では 大問題だと思う。才能のある人、結果を出す人を無視するような仕組みは、IT革命以降日本の発展を邪魔している。例えば私は経済学博士号を取っているが、そのことが私の給料に反映したことは一度もない。そうした個人の教育投資を評価しない風潮のせいで、主要国の中でも日本は博士号取得者数が少なく、さらに減少傾向にある。

鈴木:就職する時にアメリカとのギャップで悩むのが、初任給だ。日本では大学を卒業すると、初任給は工学部卒でも経済学部卒でもどの学部でも一緒だ。こんな国は世界にない。IR(Investor Relations:インベスター・リレーションズ)で、仕事に賃金がリンクし、博士号取得者は給与が違うのが当たり前のアメリカやイギリスの投資家に説明に行くときに、日本の初任給の話は通用しない。日本の場合は、会社はドクターだろうがマスターだろうが一律だ。これは海外では説明できない。グローバル化しなければいけないのに困っている状態にある。

 皆さんも就職するときに、会社に行くとしたら、初任給が一律であれば技術を持っている人間は不満なはずだ。日本はいい国だが、非常に特殊なところもたくさんある。

 大学で勉強するときに、国の現実が違うという点は認識をする。日本で働いていても、お客さんは海外かもしれない。遠洋漁業ビジネスもある。近海漁業だけ食べてるわけではない。

2012年3月24日、北京で開催の国際シンポジウム「中国の生活革命と日本の魅力の再発見」にて参加者と交流する鈴木氏と周教授

各国に各社会制度の理由有り


鈴木:確かに平等ではないことがどこの国でもある。イスラム諸国に行ったことがあったが、イスラム文化圏は相続税が無い。だから金持ちの息子に生まれたら金持ちで、いい大学に行けて、社会的地位が高い。日本は三代続くと無一文になる。金持ちの息子は金持ちではなくなる。

周:日本の高い相続税はいいシステムだ。

鈴木:日本はシステム的に珍しい。皇室があるが、こんなに金のない皇室は世界で珍しい。イスラム諸国では大学も国王がお金を出して作っている。自分の私財がある。イギリスの王室も土地を持っている金持ちだ。デンマークもそうだ。国家の予算だけで何も財産を持っていない皇室は珍しい。皇室を讃美するために言っているわけではない。システムとして日本は珍しい国だ。

 力のある人間がいた方がいいと民衆が信じているのは、例えば、ロシアや中国で、トップの人は力がものすごく強い。ある意味独裁制といわれるかもしれない。強い人がいる方が、やはり社会が安定すると思っている。いつも社会が混乱にまみれていると被害を被るのは庶民だと。日本はすぐ内閣総辞職などして総選挙を使ってやるが、人々の間に絶対的な違いのある社会を是とはしない。

周:それぞれの国にそれぞれの社会制度の理由がある。他国の制度を鵜呑みにして導入すると大変なことになる。例えば日本は消費税を上げる議論の時、北欧諸国も消費税が高いじゃないかという話がよく持ち出された。だから日本も消費税を導入するんだ、という結論につなげた。小選挙区導入するときも、北欧の話が取り上げられ根拠にされた。しかしそれは、最初から議論を間違えている。人口数百万人の北欧の国と、人口1億3千万人の日本はサイズが違う。サイズの桁が違う国の制度を一緒に考えてはいけない。これを間違えると大惨事になる。

 中国では、秦という初めての統一帝国があった。官僚制度を導入した帝国だ。秦は中国を統一したが10数年しか持たなかった。なぜ10数年しか持たなかったのか?これはその後2000年間ずっと中国の為政者を悩ませてきた大きなテーマだった。最近、その理由について「サイズ」だという新説が出た。つまり、戦国時代に秦王国は数百年かけて自分の諸侯国で自国の制度を磨いてきた。秦は他の諸侯国を倒し中国を統一したことを機に、自国の制度を一気に中国全土へ導入した。しかし、一諸侯国の制度で、膨らんだ国土と人口を統治しようとした途端、システムはパンクし、王朝崩壊につながった。

 日本は、人口は一億人強だが、人口10億人を超える国の社会制度が自国のそれとはかなり違うことを意識する必要がある。ましてやサイズだけでなく、陸続きのユーラシア大陸の国の在り方と、島国の国の在り方は全然違う。

鈴木:オーストリアの人口は700万人、スイスは900万人。1,000万人以下の国が一国としてみんな成立している。ヨーロッパは、フランス、ドイツ、英国、スペインを除けば小さく少数単位でやっている話し合いの国と、やはり14億人いる国は違う。日本の1億2,000万人は世界で12番目の人口規模で、決して少なくない。

周:少なくない。ただ、小選挙区でうまくいった国はサイズが小さい。村社会型だ。

鈴木:村社会だ。

周:日本は1億人以上が暮らす国で、決して小さい国ではない。税金をたくさん集めてうまくやれるのは小さい国だ。やっていることが皆に見える国だ。人口が1億人ぐらいになると霞ヶ関が、永田町が実際何をやっているのかが人々には見えなくなる。それで予算規模がどんどん大きくなっている。

鈴木:見えない。官僚組織という中間層が多くなって、現場と上の間が全然見えない。台湾ではコロナ禍で、オードリータンというIT大臣がコロナの情報を集約し活躍したが、彼が言っていたのは、台湾は透明性があり、下から見ても上から見ても何をやっているかが分かる。

東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」 で講演を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長

小選挙区と消費税導入が日本停滞へ


鈴木:テーマが少しずれてしまうかもしれないが、インターネットの世界ではグローバル化がガンガン進み、国境がないようにも思える。日本企業の例ではカメラのオリンパスは今、主力製品は胃カメラだ。胃カメラで、世界の圧倒的なシェアをオリンパスが持つ。カメラではなく、医療機器でトップを走っている。

 オリンパス本社は東京だが、法務担当はワシントンにいる。何故ワシントンにいるのか?マーケットがグローバルだから、日本の法律担当がいても役に立たない。アメリカの法に触れるかどうかがわかる人が必要だ。健康に対してアメリカは厳しいので、事故が起きて医療機器として安全を守っているかどうか対策をやらなければいけない時に日本でやっていても駄目だ。ワシントンのヘルスケアでOKになれば、グローバルでもOKとなる。だから本社は東京でも、グローバルに適応する法務担当はワシントンにいる。

 マーケットが日本で、会社も日本にあり、社長も日本人で成立するのは、日本に閉じているから成り立つ。だから、Amazonのように、東京で注文すると、注文はアメリカのサーバーに行き、アメリカのサーバーから世田谷に住む鈴木に発送しろという指示だけが千葉の倉庫に飛び、千葉の倉庫に集めたものが配達される。

 政府の審議会で言ったら、それはおかしいと。アメリカに注文したら消費税がかからず日本のスーパーに行ったら消費税がかかるのはどういうことだと。税金を直してもらわなきゃいけないと。当然だが日本の消費税に合わせて、アメリカが修正するわけでもない。税率も違う。

 でもマーケットは世界になり、商品がどこの国のものかよくわからなくなっている。安全、税など社会システムに密着しているものが、国境がグローバルに広がっている中で、端境期の不整合性が今起こっている。

周:日本の消費税は名前と実態がかなりかけ離れていて、実際は取引税だ。関税も取引税だ。これらの取引税金は分業を妨げる。社会の活力を損なわせる。グローバリゼーションで関税が限りなく低くなっていく中、日本は消費税を導入した。その途端、経済成長が止まった。日本の失われた30年の原因についていろいろな人がいろいろな事を言っているが、私はその一番大きな原因は、消費税と小選挙区制の導入だと思う。

【激論】武田信二・鈴木正俊・周牧之:コロナ危機で加速する産業のデジタル化(※画像をクリックすると動画ページに移動します)

■ 利益率低い製造業をアメリカ自ら切り捨てた


周:トランプは持っている帳簿が違う。例えば、日本ではデジタル赤字が今6.7兆円あるが、トランプはその話に触れない。日本のデジタル赤字のほとんどが実はGAFAが稼いでいる。モノの貿易だけに注目しているのが今のトランプ政権だ。アメリカの製造業が衰退したのは、中国のせいでもないし、日本のせいでもない。30年前は日本のせいにして、今は中国のせいにしているがそれは事実ではない。

 クリントン政権の2期目にルービン財務長官がいた。クリントン政権の変質は実に面白かった。1期目は日本の製造業と競争するためドル安円高政策を掲げた。しかし1995年にゴールドマン・サックス会長だったルービンが財務長官になると、ドル高がアメリカの国益だと言い、ドル高政策を進めた。日本では、内閣官房長官だった加藤紘一らがそれに合わせて、円安政策を進めた。

 実はその瞬間、アメリカは製造業を捨てたことになった。つまり、アメリカはお金を世界中から集め、IT産業に突っ込む政策を取った。ITバブルにつながったがIT産業は今やアメリカで大成功した。

 トランプはアメリカ自らが捨てた製造業を、もう一回復活させると躍起になっている。しかしその政策はアメリカの半導体や、ソフトウエアなどの中国への輸出に制約をかけるものとなっている。アメリカのITの王者たちはトランプの政策に困惑している。例えば、INVEDIAのCEOは中国マーケットに入れないことを大いに嘆いている。

鈴木:アメリカのIRを見ればよく分かる。Investor Relationsは、投資家に年に一回、説明に行く。彼らの考えている利益率は違う。利益率が20%ぐらい。日本の中では抜群に高い。しかしアメリカに行くと、お前は経営する能力があるのかと非難される。アメリカの携帯電話会社は利益率30%が当たり前だった。

 日本の当時の製造業の利益率は3%だ。日本の製造業のいろいろなメーカーとはアメリカとはこの辺の価値観が違う。アメリカは利益率が高いところに向かうムーブメントができるのが、経営者として優秀であるとなる。そうすると、製造業は、実際のものを作っているので、利益率が低い。だから、利益率の低いところは、極端に言えば、アメリカにとっては製造業は日本とか中国とかアジアに作らせてやればいい。結局、金融だ。株式投資や投資リターンというものを売る、会社をM&Aをやって買収するなど金融の世界、物の形のない世界の方が、利益率が高い。

廃墟となったデトロイトの自動車工場

周:利益率が低いものづくりをどんどん辞めて利益率が高いハイテクや金融に集中していたのはアメリカ自身の選択でした。

鈴木:モノの形をしたものを製造する時は自分たちで外に出してしまっている。それをトランプになって製造業を戻せと言うが、製造業を戻すとしても技術もないと同時に、経営者としては、そんなに低い利益で国内に持ってくることは出来ない。これは投資家との関係でいけば、自分のポストを自分でクビにするようなものだ。そこでアメリカ自身も矛盾を抱えている。利益率の価値観は国によって、ものすごく違う。

 日本は、稼がなくても社会に貢献しているからいいではないかというのが、十分まかり通っている。逆に、ちょっと利益率が高いと、お前ら暴利を貪っているという。今のコメ騒動もそうだ。なぜ米が出回らない。安くしたら農家が困るからもっと高くしろ、安くすればいいということではない、ということになってしまう。価値観が、国によって物凄く違っているということは、頭に入れておいた方がいい。

周:自国が切り捨てた製造業を取り戻すために全世界に高関税をかけようとするトランプのやり方は理不尽だ。

鈴木:脱線するが、先月息子の嫁さんと孫がカナダのオタワから帰って来た。アメリカではトランプが登場した瞬間に、テスラのイーロンマスクが気に入らないから、アメリカ製品不買運動をやり、テスラは全然売れなくなった。カナダを第51番目の州などと言ったものだから、カナダでは抵抗運動になっている。アメリカ製品のボイコットをやっている。カナダの家の近くのスターバックスはガラガラだ。ボイコットだから、暴力を使っているわけではなく、みんな行かないことで意識を示している。東京に来ると、スターバックスの店が満杯で、日本ではトランプがいいのか悪いのかどうでもいいようで、あまりにも日本人はのんびりしていると言われた(笑)。世の中で起こっていることが、身近なことに置き換えられるというのは、やはり凄いと思う。

周:日本人はもう少し世界の変化に敏感になった方がいいと思う。急激に進むパラダイムシフトは身近な変化につながっている。この自覚のある無しが重要だ。

【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅲ): 情報化時代の波にどう乗るか?に続く)

講義を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長(左)と周牧之・東京経済大学教授(右)

プロフィール

鈴木 正俊 (すずき まさとし)
NTTドコモ元代表取締役副社長、ミライト・ホールディングス元代表取締役社長

 1951年静岡県生まれ。1975年東北大学経済学部卒業、日本電信電話公社入社。NTTドコモ取締役広報部長、同取締役常務執行役員、同代表取締役副社長。ミライト・ホールディングス代表取締役社長、ミライト代表取締役社長、ミライト・ホールディングス取締役相談役などを歴任。

【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅰ):通信の世紀、サイバーの時代

講義を行う鈴木正俊 ミライト・ホールディングス元社長

編集ノート:
 NTTドコモ元代表副社長、ミライトホールディングス社長を歴任された鈴木正俊氏は、日本の情報通信業界を引っ張ってきたビジネスリーダーの一人だ。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年6月5日、鈴木氏を迎え、「通信の世紀、サイバーの時代」と題して、情報通信という日本戦後経済史上まったく新しい一時代を、総括していただいた。


牧之きょうは通信業界のビジネスリーダーである鈴木正俊さんに通信史から見た世界と日本の過去、現在そして未来についてお話しいただく。

海底ケーブル切断がもたらす緊張感


鈴木正俊:私はNTTの前身、電電公社に勤めていた。その後、通信建設を行うミライトホールディングスの社長をし、今は半導体企業の社外取締役を務め、一貫して通信関係のそばにいた。

 最近の新聞記事を見ると、海底ケーブルが頻繁に切られている。先々月、台湾の海底ケーブルを切ったのは中国だろうとも言われる。ケーブル切断は、ちょっと古い2018年から23年迄の5年間で、世界で27本切られている。バルト海に中国貨物船がいたということで電力送電線、海底送電ケーブルもバルト海のところで切られた。戦争が始まる前は必ず通信を切るところから始まる。日清戦争の前日も日本海海底ケーブルを切っている。要するに通信を遮断したところから実は戦争が始まっている。通信は非常に大事な情報のためプラスの面もあるが、マイナスの面では戦争時の武器になっている。それが頻繁に今起こっている。

 いまは放送、通信の世界の中で99%が海底光ケーブルだ。そこを切られると情報は全然止まる。皆ネットを普通に日本語で見ているかもしれないが、アメリカのサーバーから経由しているものが非常に多い。だから、通信ケーブルが切れると、パッと見えなくなるサイトがたくさんある。これは日本の中のサイトで見ていてもアメリカ経由できている、あるいはヨーロッパから来ている。通信の状態は、生活の環境が日本で日本語を使っているから日本の活動なのかと言われると、必ずしもそうではない。 あるいは日本で発信し、アメリカ経由で日本に来るということだ。

 Amazonで買い物する時は、今はだいぶ変わったが、当初は注文するとアメリカ大陸のサーバーに行った。靴を買いたいとなってサーバーに入ると、注文が千葉の倉庫に行き、千葉の倉庫から家に宅配される。注文したら翌日すぐに届くため、自分では日本国内で注文し送付されているつもりになる。

 アメリカに注文すると何が違うか?消費税がかからない。日本のリアルのスーパーでは、10%消費税がかかる。ネットであれば国際ルールが消費税で統一されていないため、国の制度設計によって、その分の収入はアメリカに上がる仕組みになっている。それでいいとか悪いとか申し上げているわけでは無く、そうした世界に私たちの生活がかなり深く入っていることを申しあげたい。

 ケーブルの切断事件が最近頻発をしていることは、非常に緊張感があり、軍関係の方はアメリカ軍もそうだが、海底ケーブルが切られたら翌日から戦争が始まるんじゃないかという物凄い緊張感がある。そういうことが歴史の前提としてある。

民間企業がサイバー戦の立役者に


鈴木:ロシアとウクライナ戦争もある。2022年の開戦以来、2014年のクリミア併合をテレビなどで翻って見ると、当時はあっという間にクリミア半島が占領されてしまった。ロシアは元々自分の領土だとし侵略したとは思っていないかもしれないが、ウクライナになっていたところを占領し、セバストポリという海軍の軍港をロシアが取り戻してしまった。そこから戦争が続き、2022年にロシアが攻め込んで徹底的にウクライナの自由革命をひっくり返そうとした。

 2014年の時は、ロシアがまずサイバー戦をやり、軍あるいは政府の情報をみんな遮断した。だから、ウクライナは何が起こっているか分からず気がついたらクリミアにロシアの軍隊がいた状態だった。そこで反省し、アメリカ、イギリスの応援を得て、マイクロソフトなどの民間企業が応援し、サイバー戦への対抗を10年間ずっとやっている。

 従って2020年ロシアは、前段で通信遮断をしようとし、実際の部隊がキーウに進軍すれば終わりだと考えて来た瞬間、反撃に遭い死者を出して撤退した。そこから戦争が続いている。ロシアは2014年に味を占めたが、いわば麻酔が効かず、覚醒剤をソフトで作ったのでロシアの的が外れ、戦いが長引いているのが今の実態だ。軍隊だけでない。マイクロソフトの社内報は、ロシアとウクライナのそれぞれの軍隊組織のあり方の特集を組んでいる。これが民間企業だろうかと思うような状況がある。そこにサイバー戦が出てきているのが実情だ。

 目に見える画像では大砲を撃ったり、ミサイルを打ったりだが、その裏の半分はサイバー戦を戦っている。そこで、通信が遮断されたので、イーロンマスクがスターリンクという低軌道衛星を使い、それをウクライナに開放した。ウクライナは諸外国と交渉なり連絡ができるようになった。陸上経由ではできなくとも低軌道衛星経由で各国と話ができる。イーロンマスクは「赤字だ、費用をもらっていない」と騒いでいるが、それがいまある現象の一つだ。

東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」 で講演を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長

■ 身近に広がるサイバー攻撃


鈴木:もう1つは、新聞、週刊誌でたくさん報道されているサイバー犯罪だ。金融機関や政府がDDoS攻撃(Distributed Denial of Service attack/分散型サービス拒否攻撃)をされ通信機能を麻痺させられる。或いは、ランサムウェアという「身代金をよこさないと通信を回復しない」という犯罪被害に遭っている。これは日本で頻繁に起こり昨年は約220件あった。

 インターネット空間を利用した犯罪もある。インターネットバンキングのフェイク画面が出てくる。「Amazonから請求があります」とか、銀行からの「口座を確認しなければいけないので返信してください」の通知に返信した瞬間に情報を取られることが身近に頻繁にある。インターネットバンキングの被害総額が87億円という古い統計があるが、いまはこんなものでは済まなくなっている。フィッシング被害は昨年171万件だった。私もドコモが止まったのでドコモに電話をしたら3件怪しい送金履歴があったので止めた。「そこで買い物した記憶がありますか」と聞かれたが無い。通信会社に止めてもらったお陰で助かったが、アイルランド経由通信だと分かった。現実に身の回りで起こっている。サイバー犯罪の頻発、SNSの拡散、参議院選挙でもどうSNSの不正選挙を防げるのかに取り組んでいる。

 能動的サイバー防御法、アクティブサイバーディフェンス(Active Cyber Defense: ACD)の法律が今年成立した。早く攻撃を受けた発生源を先制的に止めに入り、そのための通信管理を行うものだ。国内通信は対象外だ。サイバー犯罪の99%は国外から来ているからだ。外から日本に、日本から外に行く、あるいは日本をホップして外から日本、日本からまた海外へとサーバーをホップする。その情報を、政府が一元的に救い、情報の内容は見ないという制度を作っている。一応恣意的な運用を始めるための制度がある。情報を先制攻撃して止めるという法律が5月16日に出来た。

 インターネットの利用率は一昨年で86%、9割近い人が使っている。今日話すことは皆さんの身の回りで起こっている、全体で起こっている現象を自分で理解できるように歴史を紐解いていきたい。個別現象と全体の仕組みは、ますます裏表の密接な状態になっている。そういう思考を持っていただくことが大事だ。

電信で世界が1日で情報を伝え合う


鈴木:日本の通信事始めを言うと、電線導線1本で昔の電報のような信号送りが最初にできたのは明治2年、1869年だ。 そこで東京-横浜間で電信網が出来た。その翌翌年、1871年、明治4年、明治政府になってからウラジオストックー長崎―上海まで海底ケーブルができた。ノーザンテレコム社というデンマークの会社が引いた。日本はまだ東京―横浜間ぐらいしかできていなかった。 彼らは国際通信網で、長崎とウラジオストックを結んだ。それは、南回りの回線をイギリスのグレートイースタンテレコム社、オールレッドルートにイギリスが情報網を引いたことに対抗した。ドイツやロシアがこれを承認し自分がアジアに対して通信網を持たなければいけないとしてデンマークの会社がやった。

 デンマーク王室には王女が2人いて、1人はロマノフ王朝に、1人はイギリスの王朝に嫁いだ。デンマークは国が小さいから情報を取っても戦争にならないということで、デンマークの会社が担い、ロンドンからサンクトペテルブルク、ロシアのシベリア大陸を通り、ウラジオストックまで出ていった。

 日本はウラジオストック経由でロシアに発信できる、上海へもノーザンテレコムという会社の投資で通信ができるので認めた。まだ日本国内はそれができない時に、次から次に、イギリス対その他フランス、ロシア、ドイツの戦いが通信網を巡ってあった。

 1980年以降どんどん海底ケーブルが増えてきた。現在、太平洋に光ケーブルが入っていて、いま通信業をやっている人たちにはNTT、ソフトバンク、KDDIなどの通信会社があるが、一番多いのグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフトなどいわゆるガーファム(GAFAM)の会社だ。彼らが独自に海底ケーブルを使う。太平洋の海底ケーブルの7割はガーファムが使っている。

周:つまり一番通信需要の多いGAFAMが自ら海底ケーブルを次々敷いている。NTTのような通信インフラをベースとした企業にとっては大変な脅威だ。

鈴木:日本の通信も世界の中に組み込まれている。典型的な通信網がここに象徴されている。ケーブルの結節点がグアムなどいくつかにあり、非常に重要な地域になっている。

 電信が現れたのは早くは1851年と言うが、日本は明治時代からようやく電信が現れた。電信は情報を電気信号に変えることだ。電気信号に変わる前までは狼煙(のろし)、駅伝、飛脚、手旗信号、伝書鳩などが通信手段だった。日本は飛脚と船がほとんどだった。

 船は、例えば長崎から東京まで大体3日は最低かかった。が、電気信号に変えると1時間で行く。世界も1日で行く。目に見える通信は雨の日か晴れの日か天候により見える時と見えない時あった。また、夜になると手旗信号や狼煙は見えにくかった。ところが電気信号は天候も昼夜の別も全く関係なく、瞬間的に伝わる。モールス信号しかりだ。

 日本で言えば1870年の明治が始まって少ししてから、情報伝達が月日単位から時間単位に変わる画期的なことが起こった。国際間をつなぐ海底ケーブルができてから、世界が1日で情報を伝えるようになった。

■ 電信と切っても切れない暗号


鈴木:伝送技術の観点では、有線通信即ち線のある通信か、あるいは電波による無線通信かで、各々長所と短所がある。イギリスが有利になったのは盗聴が出来たからだ。電報が読まれ、信号の途中で情報が抜かれる。情報を持っているところが圧倒的有利になることは、近年までずっと続いている。通信ケーブルにすると高いと言われ、無線にした時代もあったが無線は途中で電波が捕まると聞こえてしまう。情報が取られることになる。

 最初はイギリスが海底ケーブルでやっていた。無線に転換しても秘密が漏れる。また海底ケーブルに戻る、を行ったり来たりしている。現在は海底ケーブルが99%で、量的にも経済的にも非常に重要な存在になっている。

 有線通信の欠点は、例えば、台湾海峡のケーブルを傷けられると通信ができなくなる。切断されるとつながらなくなる。無線通信は切断されないが、盗聴や傍受には弱く情報戦が非常に複雑になる。暗号を使い分からないようにすると今度は暗号解読の戦いが始まる。第二次大戦も含めずっとこの歴史が続いている。最近ネット見ていると、中国のある大学の方が海底線ケーブルを切断する技術を学会に論文で発表したとあった。そんな技術をどうするのかと思うが、世界はみんなやっている。

 電信にとって切っても切れないのは暗号だ。暗号表を使い、いろいろなことが起こっている。岩倉具視対外使節団の時も世界のこの動きを認識したが、第二次大戦の時もそうだった。一方のタイプライターで打つと、他方のタイプライターには暗号化された情報が出てくる。それを送り合うので第三者が見ても分からない機械式暗号だ。

 日本は、開戦暗号があった。真珠湾攻撃時に「ニイタカヤマノボレ一二〇八」だった。「ひとふたまるはち」という。何言っているかわからないが日本で一番高い山、当時台湾にあった山が新高山だった。

 ドイツのエニグマなど機械式の暗号があった。今インターネットになると秘密キーがある。ネットスケープが組み込んだSNL暗号がある。htttpでなく、htttpsと書いてあるのがある。これはインターネットで疑似的な、秘密暗号式が入っている。これはほとんど解けてしまうので、次世代の暗号合戦が起こっている。通信の裏側には他人に見られるということがある。これは通信が始まった時から起こっている問題だ。

ユダヤ資本が情報をカネに


鈴木:通信社が誕生し、世界にAP通信社、ロイター、アバスなどが出来た。通信社は、国際的な情報で何を送ったのかをみんな収集する。収集された情報の中から国別の各新聞社が情報を拾い、新聞紙面に載せる産業だ。アバスもAP通信もロイターもみんなユダヤ系がやっている。情報が早ければカネになる。相場情報、株価、金、先物の情報は、昔から非常に大事だった。フランクルトの相場が動くと次はロンドンの相場に反映する。ロンドンの相場とパリの相場が連動する。最初は伝書鳩を飛ばし、その日の終値はフランクフルトが引け値だとロンドンで同じ金融商品を買い、この値段から始めるような事をやっていた。通信は非常に金融情報と密接だ。伝書鳩の時は、時間がかかることも着かないこともあった。電信ができたら瞬間的に伝わる。フランクフルトに相場が回ったら、次はロンドンの相場が始まる。 次はニューヨークの相場が始まる。地球は回っているので相場が時差によって生まれてくることが非常に盛んになった。

 最初の1850年代に、ヨーロッパに三大通信社すなわちフランスのアバス通信社 、ドイツのヴォルフ電報局、イギリスのAFPの前身のロイター通信社があった。この三社が 独占した。アジア地域はロイター通信社の管轄範囲にしようと、3社がそれぞれ特派員を派遣するのは無駄だとし、 アジアのロイター通信が発する通信が現実になった。だから、ロイターがどう情報を出すかによって、日本、台湾、香港などアジア全体の情報がヨーロッパやアメリカに伝達されることになっていた。秘密協定でロイター社が日本のことを伝えるのが独占だと知らなかった。これが後に日露戦争に非常に大きな影響をもたらした。日本が有利なのか、ロシアが有利なのかの情報は全部そのロイター社が出す。ロイターが出す情報によって、お金を調達しなきゃいけない。 高橋是清が「借金をしないと戦争が継続できない」と言う。ロンドンやニューヨークで金利をいくらにするか情報で決める。日本が勝っているか勝っていないかで金利が上下に変化する。戦争に対する情報は全てロイター社だったことが日露戦争そのものにも影響が出た。

日本海海戦で日本が世界に先駆けて無線通信


鈴木:明治時代、有線通信で電報しか通じなかった時に日本海海戦で日本が世界に先駆けて無線通信をやった。無線通信で連合艦隊の機動あるいはバルチック艦隊が来ることを探知するのを世界で初めてやった。日本の技術は実用化に向いていた。それまでは手旗信号をしたが手旗信号は晴れていないと見えない。対馬海峡は広い。敵の近くに船を並べるわけにいかないので、発見した船が無線で直ちに連絡する警戒体制を世界で初めて取った。信濃丸が、戦艦三笠に、敵の第二艦隊が二〇三地点に現れたと暗号方式を用いて明治36年製の無線機で連絡をした。これが非常に画期的な通信方式だった。 

 ただ、その旗艦三笠は朝鮮にいて、そこから東京の大本営に連絡しなければならない。この大海戦で負けたら日本は敗戦しロシアの艦隊に蹂躙され滅亡すると危機感で、東京の大本営に海底ケーブルで連絡するが無線ではできなかった。当時できた海底ケーブルを通じて広島まで送り、広島から東京までの陸上ケーブルを使い電信が行き「敵艦隊見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動、これを撃滅せんとす。本日天気晴朗にて波高し」と海底ケーブルの有線で電報を打った。無線の1世代前の通信方式だった。

 次にバルチック艦隊と戦う時に「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」と指示を発した有名な言葉がある。旗艦三笠にZ旗を掲げると、これから戦闘が始まる合図と認識する。古い方式だ。国際信号旗といって船は国を越えていくので信号機を国際的に取り決めていた。文字型の一次信号の組み合わせでAから順番にBC と続き、最後はZ。それぞれの旗に意味がある。本来のZ旗の意味は、「港に入る引き船をよこしてくれ」だ。日本の軍部が勝手に変えてしまった。これは軍だけでなくて民間でも使っていた信号だ。ちなみに、ニュースで見るとロシア軍がウクライナに侵攻した時、戦車の後ろにZ旗がかかった。昔ウクライナはソ連だったので、ロシアもウクライナも同じ戦車を使った。そうすると、どれが敵かどれが味方か分からないからZ旗を掲げたのがロシア軍で、Z旗が無い戦車はウクライナのだと識別用に使っただけだった。

1890年日本で電話サービス開始、大倉喜八郎は最初の加入者


鈴木:1890年、明治23年に東京―横浜間で電話サービスが始まった。この電話サービスは開始当初、東京で155加入、横浜で42加入だった。お客さんがかけると交換手が出て、相手につなぐ。1番、2番、3番、4番という電話番号だ。今のような03から始まって桁数が多いのではなく、あの人は1番、あの人は2番という具合だった。東京府庁という今の都庁は1番、2番は電報局、 3番は司法省、と役所まで軒並みだった。内務省、外務など。155加入には個人もいた。例えば渋沢栄一とか。その中に159番に大倉喜八郎という名前が出てくる。東京経済大学の創設者、大学に銅像が立っている。最初に電話が始まった当初に入っている個人はごく少数だった。司法省も一回線だけであり、大倉さんも自宅に一回線あった。日本で初めての電話サービスの加入者だ。

周:これはお金を払っているのか? それとも特権なのか?

鈴木:払っているが、ある種の特権だ。ほとんどの財閥が入った。入っているのは官庁すなわち役所、日銀、第一銀行など一部だ。十五銀行が入っていた。軍、新聞社など日本の骨格となるところもだ。一社1本で、渋沢栄一が入っていたのは第一銀行の役員であると同時に、非常に財界の力があったからだ。大倉さんの位置付けも非常に高かった。産業の世界でいろいろなことを手掛けて相談事も引き受けていたからだ。

 様々な通信方式が起こったが、最初は銅線1本だった。マレーシアで見つかったゴムの樹脂のようなものを銅線の周りに巻き海底に沈めると水が入ってこない。それに回線を張って信号を送る。1分間に20文字送れればいい方だ。非常に貴重で、暗号で取り決め通信をやれば通信料が安くなり、非常に便利だったのが有線の歴史だ。無線、有線、衛星、光ケーブルと、いろいろな変遷をたどってきた。

 ようやく1970年の大阪万博の時に、モバイル、携帯電話の原型が、いまから55年前に出た。当時は電話を申し込んでもなかなか全国につながらない。遠距離は交換手がつなげた。

 私は電電公社に入社し、最初は鹿児島に赴任した。郵便局に「3番からかかってきた」と言われて行くと「酒屋の5番だ」と交換手、つまり人が伝えていた。その時代に私は入社した。1970年代で大型の交換機がビルの2フロア全部が1つのシステムだった時代だった。ようやくモバイルの原型が出てきた。 

 1980年代になると自動車電話、モバイル電話が出た。自動車電話は自動車の中で通話ができる。なぜ自動車電話かというとバッテリーが大きくトランクにしか入らないからだ。バッテリーの能力がよくないため、自動車で電話しないとバッテリーがもたない。最大のクレームはバッテリーを自動車電話につけることで、ゴルフバッグが乗らないからゴルフに行けない、なんとかしろというのが1980年代の一番のクレームだった。

モバイルは40年間で通信速度が100万倍に


鈴木:コンピューターが小さくなりネットワーク化され1990年にインターネットの商用利用が始まった。1995年にウインドウズ95という画期的なパソコンOSがあり、そこからはインターネットの革新が始まる。1990年代には携帯電話がどんどん広がった。携帯電話機の最初は、今のようなスマホではなく小さな肩掛けカバンのようなもので新聞社や政治家が提げていた。モバイル電話が出てきてインターネットが始まった。1997年にネットワークがデジタル化した。0と1の記号で、一文字を1ビット8桁で表現する。情報を数字の組み合わせに置き換えられるようになったことが非常に大きい革新だった。ネットワークを整備するNTTが急速に光ケーブルを進めた。2000年代にブロードバンド、ADSLという銅線を使ったインターネットで光ファイバー、モバイルが3Gに進化してきた。2010年のスマホの能力は1970年の大型コンピューターの能力と同等で、電池は小さくなり能力は高くなった。2010年ぐらいから急速にスーパーコンピューターが始まった。2020年になり低軌道衛星でAIが広まり、大阪関西万博にも出ている。サイバーは、インターネットが形成する情報空間で、サイバースペースと呼ぶ。情報空間で起こっているテロをサイバーテロという。サイバーセキュリティは、インターネット空間でのセキュリティ問題、テロ問題で大きくなっている。

 1970年に携帯を出来てモバイルでは40年間で通信速度が100万倍と、情報あたりの速度がもの凄く速くなり映像が使えるようになった。インターネットは1990年代から30年間に急速に進んだ。インターネットが意味するのは、国境のないグローバルな情報、社会のシステムだ。とすれば、日本語、英語、フランス語は表現上いくらでも違うが、システム上はグローバルにつながってしまう。夜中に電話がかかって国番号を見ると、ヨーロッパの国の電話だ。ガチャンと切ると次はポーランド、次はイタリア、次はイギリスの国番号で、犯罪者にとって国境は関係ない。TCP/IPというプロトコル(通信手順)がインターフェースを決めたことにより、世界でこれを統一しさえすれば、通信ができる。一時期、インターネットは原爆を落とされてもアメリカの通信が途絶しないようにするため作ったとの話が出た。これは都市伝説だ。アメリカでも軍用インターネットを民間に開放した。日本では大学で使っていたのを民間の我々が使えるようになったのが1988年だ。

固定通信の仕組みは地域割


鈴木:1990年にようやくWWW(ワールド・ワイド・ウェッブ)の仕組みが出てきた。つい30年ちょっと前のことだ。日本はウインドウズ95で、インターネットが爆発的に広がった。基本的に使っているものは光ファイバー、電線、無線通信、あるいはそこにルーター、サーバーがつながっている。学術あるいは軍のネットワークから日常生活のインフラに転換した。インターネット以前の仕組みは電話だった。それぞれ電話をすると、その都市内の交換局に行く。例えば国分寺市の交換局が大阪に通信し、大阪の高槻市の利用者に電話が入る。順番に回線を辿り通信がいく。東北の例をあげると加入者の方が古河市の電話局を通じて仙台に上げて、仙台から東京に行く。こうした回線を取っていく仕組みが日本全国にある。局番が振られていて、北海道はゼロ1から始まる。東北は02から始まる。 東京は03、04は関東、05号は東海、06は大阪、07は中国地方、09は九州のように番号が土地に応じて振られている。最近、電話による詐欺が起こっている。電話番号が地元の交換局についているので、物理的にお金を取りに行くには、その地域でやらざるを得ない。携帯電話でやるとどこにいるか分からず電話が北海道につながったりするのでお金を取りに行けない。必ず地域ごとに発生するのは固定電話を使うからだ。自宅の地元警察から、「防犯のために固定電話は留守番電話に設定してください」と言われる。「私はこの電話をつける仕事をずっとやってきた」と思わず言いたくなるが、言えずに留守番電話に切り替えて通じないようにしている。固定通信の仕組みは、地域割りになっている。 携帯電話も全国どこでも動けるようになるが、一応その地域の移動通信局があり、そこから通じている。 例えば北海道だと札幌の基地局から光ファイバーで東京まで行き、東京の基地局から個人のところに無線でいき電話をし合う仕組みだ。

 インターネットは無秩序とは言わないが、ルーターがバラバラで、ルーターも日本の中だけでなく世界のルーターがつながっている。アメリカも通じている。世界のルーターがITPCの仕組みの中で、ルーターを使い合って通信ができている。土地にくっついていない。どこにこのルーターがあり、どこにサイバーがあるのかと問われる。金融決済をネットで決済すると、今シンガポールにAmazonのサーバーがあり、互いに隣同士で「周さんが今日これを買います」といった情報を計算し、シンガポールでお金が出たり香港でお金が出たりしている。決して日本で決済しているから日本にお金が入っているわけではない。インターネットの世界は、こういうものが非常に完成されてきている。

現実社会とサイバー空間が融合


鈴木:今まで衛星通信は3万6,000キロの上空にあり、地球の自転と同じで地球が回ると衛星も一緒に同じように回るので、衛星を通じて通信をする。しかし3万6,000キロも離れているので大きなアンテナが必要になり、放送設備は大きいものが要る。3万6,000キロの距離を往復すると、画像が悪かったり、アメリカと国際同時通訳をテレビでやると音声が遅れ、ディレーする。しゃべってるうちに日本語がどんどん遅れていく状態が起こるのは、やはり距離が遠いからだ。

 それに対して、Elon Musk氏が率いるSpaceX社の低軌道衛星スターリンクは、高度550キロぐらいまで上がる。いま地球の周りを7,000基ぐらいのスターリンクが飛んでいる。アメリカの連邦通信委員会FCCの 許可を得ている1万2,000基のうち7,000基だ。さらに許可が下りて、今後4万基まで増やしたいと言っている。

 Amazonも独自に衛星を打ち上げた。1つのロケットに60個ぐらいの衛星を載せ一度に打ち上げ宇宙空間にばらまいている。中国もインドも2030年までにやると言われている。2030年を予測計算すると大体10万機ぐらい上がっているのではないか。今は7000基にならずまだ5,000基ぐらいと思うが日経新聞に載った図を見ると、夜空に衛星の軌道がピュンピュン飛んでいる。これが10万機になるとどんな夜空になるだろうと思う。iPhoneの15、16、17は直接通信する機能が載っている。これからはその510キロの衛星であれば動画はゆっくりになるかもしれないが、ファイルだったら自由に直接できるようになる。

 これだけのものが打ち上がった時、どういうことになるか。情報が途中から入れることになると、当然その会社は見ることが出来る。情報も全部知られることも可能性として高い。

周:衛星で世界のどこでも通信サービスが受けられるとNTTのような通信インフラ企業にとっては大変な脅威になる。

鈴木:今の現実の社会で起こっていることと、自分ではちょっと確認できないサイバー空間で起こっていることが、融合してくる。スマホを使いながら生活すると、リアルな世界からではないサイバー空間が残っていることを認識せざるを得ない。ヘルスケア、自動運転もそうだ。アメリカのロサンゼルスで自動運転が開放され、次にフロリダ、ニューヨークだという。順番に来年、再来年とアメリカで自動運転の車が実際走っていく。タクシーは日本はどうなるか?

周:テスラを始め、いま米中のEVメーカーは争って自動運転のロボタクシーサービスを開始している。タクシーの無人化がすでに現実となっている。問題は規制大国の日本がいつこれを受け入れるかだ。

プライバシー保護の対策が要


鈴木:インターネット社会は、少なくとも概念上は国境がない。利便性が非常に高い。だが、脆弱性を持ちサイバー攻撃があり、社会的なものが麻痺する危険性は非常にある。日本ではあまり身近に感じないがテロ対策が重要だ。インターネットは社会的にも基本的にもまだ安定していない。商取引でもプライバシーをどう守るかが非常に大事な問題だ。インターネットでは多くのサーバーがアメリカにあるということだ。アメリカが確実に情報の中心になっている。政権が変わり様々なことが起きている。通信アプリのシグナルを大統領補佐官が使い、入れてはいけない仲間がシグナルに入りホワイトハウスの情報が漏洩した事件が起こった。脆弱性と隣り合わせだ。通信の秘密は、日本は憲法上検閲してはならない。実際にどうするかを考えていかなければならない。

 ハッカーの世界に簡単に触れたい。ちょうど独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が挙げた情報セキュリティの重大脅威2025が出た。この中で1番目に挙がっているのがランサム攻撃、身代金だ。身代金ビジネスの攻撃と被害が脅威になっている。2番目はサプライチェーンの中から情報を抜いたり紛れ込ませたりすること。3番目はシステムの脆弱性を突いた攻撃だ。最近心配なのは地政学的リスクに起因するサイバー攻撃だ。誰が攻撃しているのか分からないが何となくわかりそうなところがある。ロシアはGDPで言えば日本の二分の一ぐらいの規模しかないがサイバー攻撃が技術的に強い。北朝鮮も韓国の1/30しかGDPがないが、この分野が強い。大元をたどるとロシア、北朝鮮、中国あたりらしいとわかる。日常的な脅威がある。

 一企業からすると毎回起こるわけではないが、社会全体とすると結構な件数だ。サイバー攻撃が進化している。最初は 環境団体がどこかを訴える、或いは中国を攻撃するなどが多かったが、最近は人権侵害、攻撃の右傾化が目立つ。フェイク事件もAIを使った攻撃も多い。少し前はロボットが様々なものを分散する通信が多かったがだいぶ変わってきた。これらが丸ごと起こり ディスコードもランサムウェアもある。

 ランサムコードの例では、サイバー攻撃というと1人か2人でやっていると思われがちだが、基本的には身代金を取る脅しをするのも組織的にやっている。客を集める人、専用の情報を集める人も、事業者が沢山いて、このビジネスが成立している。身代金を請求する者、集める者、攻撃する者など分業体制が、1つの業界を形成している。身代金を払うと次はあまりやらない。警察の人に聞くと仁義がなければ身代金を払ってもなお攻撃が来る。すると新しいお客さんが身代金を払わなくなり効率が悪いという。いったん身代金を払っていただいた方は終わりにし、次の人にする。ビジネスのようだが信用がそれなりに大事な世界だ。サプライチェーンは情報を取ると次の取引先のところにジャンプしていく。その取引先から情報を取るとき一斉に送りつけるとみんなの情報が企業から漏れる。金融機関から漏れていつも申し訳ないと記者会見をしているが、あの情報はいろいろなところに蓄積している。それをポンと投げる先のリストを一生懸命作っている。

 サイバー攻撃は普通の戦争、犯罪と一緒だ。無作為にやることはない。斥候や偵察隊を出し、どこをやれば効果的であるかを考えている。私の友人に聞くと、車は絶対に傷つけられない方法がある。駐車場へ行ったらものすごくゴージャスな車の隣に止める。家を建てる時は、屋敷の隣に小さい質素な家を建てる。犯罪者は絶対に、同時に2つはできず、効率の高いところから行くから、防犯のためにはその逆を行けばいいと言われる。だから目立つやつが横にいると被害が少ない。サイバー攻撃は、ソフトウェアの斥候ファイルのようなものが出て、いろんなところにいて探っていく。そうすると、ある場所の取引額が多くシステムが弱いことがわかる。脆弱性のある企業がわかったら、そこに向かって本体が攻撃に行く。

 サイバー会社の仕事は斥候すなわちソフトが飛んでくるのを如何に早く発見するかにある。発見し偵察隊がいるうちに遮断することだ。警備会社と一緒の仕事だ。パトロールが大事なのは交番と一緒だ。サイバーの世界だからといって、やってることは突拍子もないことではない。現実の世界で人間のやることを置き換えてやっている。手順があり防ぎようがある。と同時に技術的に追いかけるのが大変だ。普通に入社した企業との間のやり取りから入っていき、その企業に穴を見つけ、そこから侵入し斥候隊を送る。この企業のシステムは脆弱だと思えばドーンと入る。偽サイトも含め、サイバーセキュリティについては、アメリカの標準化団体がフレームワークを作っている。それぞれリスクを特定し防御をどんな形でやるのか考え、脅威があれば検知する。検知したら対処法は実はいくらでもあるのでそれで復旧させていく。

被害情報収集からの防御法


鈴木:今の日本の話をすると、サイバーテロで先ほど防御法を話した。サイバーディフェンスの確立について前述したが、今の日本に対するサイバー攻撃では統計を取ると99%は海外からだ。すべて影響があるかどうかわからない。海外の1カ所ではなく何カ所かホップしてくる。被害は年々増加しているのが現実だ。情報通信機構がとった統計では 13秒に一回ずつ攻撃が来ている。攻撃が来てすぐ被害が現れるわけではないが、現実は攻撃が日本でもかなり頻繁になっている。電力設備、銀行の金融システムなどインフラになるところに入られると、影響がものすごく大きい。ウクライナでも攻撃は電力設備、製鉄所、製造工場を狙っていく、あるいは放送局を狙うなど目的はかなり特定されている。

 能動的サイバー防御として防御法が完成した。実を言うと政府、警察では既に起こっていることが分からない。個別の企業や個別の人間に起こっているため被害があると認知できない。そのため認知できるように被害のあった企業は、情報を上げてくださいという法律だ。航空会社、電力会社でも被害があったら知らせ、それを解析し、みんなの情報をひっくるめて相手を特定し、そのサーバーを事前に防御するのが前提の仕組みだ。軍隊のように戦争が起こって戦地に行くというのではない。どこで起こるか分からないのがサイバーの世界に難しいところなので、法律で担保をしないと実際に活動できない。実際に無害化する行動は、警察や自衛隊など専門的なところがやる。前段の状況は国内の協力がないとできないので法律が出来た。とくにインシデント情報、携帯インフラの会社から電子計算機の情報を取る。あるいは通信情報を取る、行政機関の中から被害情報を取るなど、いろいろな情報を集め分析をしていくのは第一歩だ。

遅延の無い新通信技術で文化を体感


鈴木:2025年の3次元の空間を、前の万博をやっていた吹田からNTTパビリオンという夢の島のあるところに3次元伝送をし、空間を伝送する実験をやろうとしている。新しい通信のシステムはどうなるのか。IOWN (Innovative Optical and Wireless Network)構想という光技術、無線のネットワーク技術を革新的にやろうという光電融合だ。電気の信号ではなく光の信号によって通信をやっていく技術を実験的にやっている。吹田でやり、台湾ともやった。台湾は京劇、日本は歌舞伎をIOWNパビリオンでやる。非常に文化的な融合が現実に出てくる。知らないものを目で見ることにより、単なる音声で聞く或いは目で見るだけではなく体感的に感じることができる可能性が非常に大きいと言う。このシステムで実現しようとするのが省電力だ。情報データセンターの電力問題だ。関東周辺では、データセンターを作るのは電力的に限界になりつつある。電力を百分の一ぐらいに抑えるような仕組みを考えなければいけない。これが1つの技術の問題で、伝送容量も125倍、遅延は200倍、 1/200だ。この前、大阪万博で北海道から九州まで日本全国合唱団が歌を歌った。万博会場で1つの音楽にして流したところ違和感が全くなかった。演奏会場の同期の技術だ。次の技術がどうなるか。非常に時間がかかり、2030年までにうまく行けばいいような息の長い話になる。

 通信の歴史はこの150年、インターネットはこの30年で劇的に変わった。150年前の時間と今とは、時間単位が全く違う。岩倉使節団は明治4年、不平等条約を直す手はじめにするため、あるいは欧米の各国の現場を調べるため、日本から52人が船に乗り、120日間で世界を一周してきた。岩倉がサンフランシスコに船が着き、東京の政府に無事にサンフランシスコに着いたと知らせることになった。長崎県知事に向けて日本政府に知らせてくれとの文章を電信で打った。当時は太平洋ケーブルがないので、実はサンフランシスコからニューヨークまでアメリカの陸路を横断して電報を打った。ニューヨークから海底ケーブルでロンドンへ行き、ロンドンから海底ケーブルでロシアのサンクトペテルブルグ、当時のロマノフ王朝の首都に行ってそれからシベリアをイルクーツクからウラジオストックを出て長崎へ行ったので、長崎県知事に送ることになった。この長崎知事宛への電信が一日で来た。ところが長崎から飛脚で東京まで10日間かかった。翻訳をしなければならないから合計14日かかって東京に行き、「サンフランシスコに無事到着した」との知らせが届いた。ネットワーク自体はノーザンテレコム社のネットワークを通じて行っているが、日本はそれくらいの遅れ、ギャップがあって、長崎などの海底線のおかげで、ようやく連絡がついた。飛脚で行ったのが明治の実情だ。そこからたどたどしく開発が始まった。日本の最初の国際通信は、デンマークの会社が日本との通信をやったことに始まる。

 インターネットができてから30年、大変な変化を引き起こした。これからの時代に更にどれくらい変化があるかわからないが、非常に情報量が多い世界になってくる。急速にスピードが速くなっているところに立ち至っている。

サイバーでもリアルでも外と付き合うことで逞しくなる


周:鈴木さんに150年の時間軸で、壮大なスケールで情報の時代を語っていただいた。150年前の人類の情報伝達は本当に限られていた。私の最初の専門はITで、博士論文のテーマは50年前から爆発的に成長した電子産業についてだった。情報の伝達を扱う電子機器機械が今から50年くらい前に爆発的に発展した。テレビ、コンピューター、携帯電話、半導体など、いまは当たり前のものが半世紀前にはほとんど存在しなかった。情報の伝達も早くなったと同時に、それを処理するハードウェアも大発展した。

 アジア工業化を一番引っ張った産業が電子産業だった。電子産業が日本、中国、ASEAN、NIES、NEICSで発展した。地政学的に大きな変化が起こったのは、情報伝達がスピードアップし、さらにそれを扱う電子機器を生産する産業が世界最大産業となったからだ。さらにハードウェア、ソフトウェアのネットワークのスピードが上がり、コンテンツ産業もものすごく発展した。世の中が変わるスピードはどんどんアップし、基礎の部分は、鈴木さんが大きな貢献をしてくださった通信産業だった。今日はこの歴史を非常にクリアにまとめていただいた。

鈴木:日本は難しいなと今思う。通信は、技術的にはものすごく進んだが例えば日本語は非常に特殊な言語だ。日本語は、主語が出てこない。例えば、紫式部が書いた『源氏物語』には主語が出てこない。人との関係で誰が話しているかを判断する。敬語、丁寧語、あるいは命令などの言葉によって、誰が誰に向かって話しているかをはっきりわからせる言語だ。例えば求婚をする時に、英語では「アイラブユー」、日本語の中ではそのフレーズを今の若い人は使うかもしれないが、「 私はあなたを愛しています」ということは言わない。「好きです」とか「結婚してください」だろう。極端な話、互いに向かい合いベンチに座って月を見て夏目漱石のように「今晩の月がきれいだ」など、何を言ってんだろうかと思うわけだ。互いにいい空間にいるねと知らせる。日本語は主語が出てこないゲームだ。

 ところが通信を媒介すると、誰が誰に向かって何をするか、物事を構成をするものが大事になる。皆は親しければ親しいほど同じ空間にいるから分かる。同じ空間にいるからどこかへ行こうとか言うが、違う空間にいた時には通じない。日本語が通じる中にいるから、そうした言葉でしゃべっても非難されない。日本語のように国に1つだけの言語という国は珍しい。中国も最近はマンダリンで統一化しつつあるが、地方によって全然言葉が通じないことはしょっちゅうある。インドの標準語はヒンズー語でも3億人しかしゃべっていないという。英語は3億4,000万人話している。違う言語で話をしていると、例えばジュネーブのお土産屋のおばさんは、フランス語も 英語も完璧にしゃべる。もちろん生活用語だ。そういうことに慣れていないまま日本語だけでやっていると何の違和感もなく会話がパンパン進む。

 だが、サイバーの世界、通信の世界は、誰が何をしているか、はっきりしないとわからない世界だ。ましてや国際間の自動翻訳が出てきた。どうするか? このあいだある会社でCEOが怒り狂っていた。「うちはマーケットの8割が海外なのに、海外の株主からみると日本の経営は解らない」。初任給制度は日本しかなく、経済学部、教育学部、工学部、どこであれ大学を卒業すれば、同じ初任給だ。海外で「一律初任給を2割上げた」と日本人が言ってもそんなことは通じない。要するに職業の能力によってそれぞれ給料が違う。大学を卒業した人も当然ながら給料が違うのは当たり前なのが世界の標準だ。言語の問題以前だ。

 言語の主語の問題も含め、日本のシステムは、いい制度といいシステムがたくさんある。が、日本のシステムは世界とは異なることを、自分の頭の中に認識をしておくことだ。言葉のやりとりを含め、ソフトウェア的なものが 非常にこれから大事になる。技術的な話だけではない。翻訳ができればできるほど分からない。英語でやっていたから互いに通じていた。だが自動翻訳を通じてやると間違える。

周:日本は本当に幸せな島国だ。同じ島国でもイギリスと比べ歴史上攻めてくる外敵もあまりなく外から受けた攻撃があっても神風が吹いて助かると言う。こういう国はユーラシア大陸から来た私から見るとすごく幸せだ。幸せの国で何が起こるか。例えばインドネシアあたりの島で原始人が絶滅した原因は、外と交流しなかったため脳がものすごく小さくなってしまった。外からの攻撃を受けた途端たちまち絶滅した。内に閉じこもる幸せに浸りすぎると思考力がなくなる。だから、そういうサイバー空間でさまざまなところと付き合うことでむしろ若者はさらに鍛えられ、逞しくなっていくと良い。

【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅱ): IT革命の本質はテックパワーの民主化に続く)

講義を行う鈴木正俊 ミライト・ホールディングス元社長(左)と周牧之 東京経済大学教授(右)

プロフィール

鈴木 正俊 (すずき まさとし)
NTTドコモ元代表取締役副社長、ミライト・ホールディングス元代表取締役社長

 1951年静岡県生まれ。1975年東北大学経済学部卒業、日本電信電話公社入社。NTTドコモ取締役広報部長、同取締役常務執行役員、同代表取締役副社長。ミライト・ホールディングス代表取締役社長、ミライト代表取締役社長、ミライト・ホールディングス取締役相談役などを歴任。

【シンポジウム】楊偉民:GXを見据えた中国発展モデルの大転換

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。楊偉民氏は基調講演をした。


楊偉民 中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任

■ 野心的なカーボンニュートラル目標が産業構造変革を


 今回の会議のテーマ「GXにかける産業の未来」は中国にとっても大変重要な課題です。実は、私が策定担当をした第十一次五カ年計画において、当初から強調していた目標があります。それは、GDP当たりエネルギー消費を20%削減すること、そして主要な汚染物質を10%削減することです。この目標は、持続可能な発展に向けた初期の試みとして、当時非常に注目されました。同計画策定から約15年、私たちはさまざまな改革を経て、いま新たな目標、すなわち「カーボンピーク」と「カーボンニュートラル」を掲げています。

 中国の習近平国家主席は、2030年までに二酸化炭素の排出ピークを迎え、2060年までにカーボンニュートラルを達成するという野心的な目標を2020年に発表しました。これは単なる数値目標にとどまらず、中国がグローバルな気候変動対策においてリーダーシップを取るための重要な一歩です。これらの目標は、中国経済の将来を決定づける重要な枠組みとなり、中国の産業構造にも大きな変革をもたらします。

 これまで、中国は風力や太陽光発電などの再生可能エネルギーを急速に拡大してきました。今年のデータによると、中国の風力発電と太陽光発電の設備容量はすでに12億キロワットに達しました。これは当初の目標より6年前倒しでその目標を実現したことになります。現在、中国の発電設備の約40%がグリーンエネルギーとなり、その普及が進んでいます。もちろん、まだ完全な再生エネルギー転換には時間がかかるものの、この分野は確実に進展しています。

楊偉民 中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任

 今日のテーマGXに関連する内容は、私の後に登壇される中国の専門家がさらに深掘りしていきます。そのため、私は中国経済の現状とその将来に向けた課題について、少しご紹介します。

 まず、現在の中国経済についてお話しします。今年、中国政府は中央政治局会議と全国人民代表大会常務委員会という二つの会議を追加開催しました。二つの会議では、中国経済が抱える困難をどう乗り越えるか、また今後の経済政策について重要な議論が交わされました。中国は、世界経済の中で重要な位置を占めており、中国経済の不安定は、世界全体に波及する可能性があります。日本を含む世界各国が、中国経済の動向を注視していることは言うまでもありません。

シンポジウム当日の東京経済大学 大倉喜八郎 進一層館

■ 中国経済の動向と構造的な課題


 現在の中国経済は、短期的、周期的な要因の影響を受けていますが、長期的、構造的な要因によるものもあります。

 まず、短期的な経済状況です。2024年の中国経済は、第1四半期は比較的良好でしたが、その後成長率はやや低下し、第3四半期には4.6%となりました。これにより、当初の目標である5%の成長を達成するためには、かなりの努力が求められています。

 次に、長期的な構造的課題についてです。中国は現在、世界第2位の経済規模を誇る国であり、非常に大きな潜在力を持っています。産業基盤や人材資源、インフラの整備状況など、中国の強みは他国と比べても際立っています。

 しかし、40年近くにわたる経済成長の中で、従来の経済モデルには限界が見え始めています。特に、過去経済成長の原動力であった投資依存型のモデルから、消費中心のモデルへの転換が求められています。加えて、環境問題や社会福祉の充実など、構造的な課題の解決が今後の経済成長にとって重要な鍵となります。

楊偉民 中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任

 産業構造については、過去10年間で最も成長に貢献した産業は、主に3つのカテゴリーに分類されます。1つは金融、不動産、建設です。2つ目は製造業です。3番目は、行政、医療、教育です。特に住宅などの家計消費の増加、政府支出における教育と医療の増加はこれらの産業を牽引しています。

 今後の産業政策の基本的な方向性は、新興産業を積極的に発展させ、未来の産業を育成し、伝統産業をアップグレードすることです。特に消費産業の発展により注力されるべきだと私は考えています。それにより、経済発展のニーズの家計消費へのシフトが加速するでしょう。

 空間構造については、都市化の進展が今後の成長にとって重要です。中国の都市化率はまだ先進国に比べて低く、都市化は今後数十年にわたる経済成長の大きな原動力となります。特にいま約3億人口が都市に移動したにもかかわらず戸籍などの原因で未だ十分な社会福祉や公共サービスを受けられていません。これらの人々の社会福祉の向上や不動産購入などの資産能力の向上は、経済発展に大きな可能性をもたらすでしょう。

 過去10年間の中国の国土構造の変化を見ると、現在、長江デルタ、珠江デルタに中国で最も発展する都市が集中しています。両デルタ地域が中国経済に占める比重が、今も向上し続けています。また過去10年間、新たに7000万人の人口が、メガシティに移動しました。これらの国土構造の変化が中国経済発展の効率を一層高めていくでしょう。

福川伸次・元通商産業事務次官と楊偉民・中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任

■ 改革の加速で、高度な社会主義市場経済体制の構築を


 中国共産党第20期中央委員会第3回会議(以下、三中全会)は、都市・農村の二元構造の緩和を提唱しています。このため、より多くの雇用を創出し、農村人口の都市への移転を促し、人口の都市化率を高めていく必要があります。同時に、農村から来た人々の、都市での就労定住問題にも重点的に取り組みます。さらに、農村の土地制度を改革し、所有権、請負権、請負地の経営権を分離することも必須です。中国独自の財産権制度の改革により、農民が自宅を賃貸し投資できるようにし、住宅用地の価格を下げ、農民の収入も増加できるでしょう。

 中国の構造問題を解決するには、改革を加速し、高度な社会主義市場経済体制の構築を加速することが最も重要であると思います。これは、2024年夏開催の三中全会で出された全体目標です。すなわち市場主導の資源配分と政府の役割をより発揮できる体制を作り上げること。資産権については更なる属性と責任の明瞭化、保護の厳格化、売買のスムーズ化の制度を完備すること。中央政府と地方政府との間に、より明確な財権と責任分担体制を整えること。イノベーションを奨励し、質の高い新たな生産力を持続的に生み出す体制を作ること。新たに、より効果的な生態保護、環境対策を進める体制を整備すること。国際的なルールに則った全面開放体制を整えること。これらの改革を一層進めていきます。


プロフィール

楊 偉民 (Yang Weimin)

 1956年生まれ。中国国家発展改革委員会計画司司長、同委員会副秘書長、秘書長を歴任。中国のマクロ政策および中長期計画の制定に長年携わる。第9次〜第12次の各五カ年計画において綱要の編纂責任者。中国共産党第18回党大会、第18回3中全会、同4中全会、同5中全会の報告起草作業に参与した。同党中央第11次五カ年計画、第12次五カ年計画、第13次五カ年計画提案の起草に関わるなど、重要な改革案件に多数参画した。

 主な著書に、『中国未来三十年』(2011年、三聯書店(香港)、周牧之と共編)、『第三の三十年:再度大転型的中国』(2010年、人民出版社、周牧之と共編)、『中国可持続発展的産業政策研究』(2004年、中国市場出版社編著)、『計画体制改革的理論探索』(2003年、中国物価出版社編著)。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】索継栓:起業でイノベーションの可能性を拓く

索継栓 中国科学院ホールディングス元会長

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。索継栓氏はビデオでセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」のパネリストを務めた。


周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」

 私は中国科学院の索継栓です。仕事の都合により本日の会議に直接参加できず、大変残念です。ビデオを通じて皆さまと交流し、学べることを光栄に存じます。

 今回の会議テーマはGX、中国語でいう「双碳(カーボンピークアウト、カーボンニュートラル)」です。これは世界が共通して関心を持つテーマで、「双碳」は中国政府が打ち出した地球規模の気候変動に対応する重要な取り組みです。

■ イノベーションでGXと低炭素発展に貢献


 「双碳」の実現は、エネルギー転換、低炭素発展を促進し、経済の高品質で持続可能な発展のための重要な手段です。今後の発展理念と生態文明建設への中国の決意を表し、国際社会への責任ある大国としての姿勢を示すものです。

 中国科学院は、中国の科学技術戦略の主幹として、GXと低炭素発展を推進するため数々の措置をとり、一定の成果を上げてきました。

 「双碳」戦略を実施するため、イノベーションに支えられる行動計画を発表しました。ビックイノベーションの突破にフォーカスし、特に0から1へのイノベーション、すなわち革新的な基盤技術の突破に注力しています。企業と研究機関との協力で、基礎研究から重要技術の突破、そして総合的な実証まで一体化した発展システムを築いています。こうした行動計画のもとで、中国科学院は、化石エネルギーのクリーン化、再生可能エネルギーの核心技術、先進的な原子力システム、気候変動対策、汚染防止と総合的環境管理など、多くの分野で世界的にもオリジナルな成果を挙げました。沢山の重要な実証プロジェクトを実施し、数多くのイノベイティブスタートアップ企業も育成しています。

 中国は「石炭が豊富、石油が不足、天然ガスが少ない」というエネルギー構造を持っています。毎年5億トンを超える石油を輸入する一方で、石炭資源が化石燃料全体の90%以上を占めています。石炭のクリーン且つ効率的な利用は、GXのカギとなります。これは、従来の石油を原料とする化学工業の発展経路をシフトさせる重要課題でもあります。中国科学院は石炭による合成油、オレフィン、エタノーなどの精製に関する多くの技術上の難題を克服しました。

 これら技術に関しては、中国科学院山西石炭化学研究所が長年にわたる研究開発を通じて、多くの技術において、世界をリードする成果を上げました。こうした成果をもとに中科合成油公司を設立し、技術移転と応用を進めています。現在、千万トン規模の石炭による油精製工業装置を建設し、石炭資源の効率的かつクリーンな利用に有効なアプローチを獲得しました。

 また、中国科学院大連化学物理研究所が、石炭によるオレフィン精製技術を数十年にわたって研究してきました。現在、この技術は内モンゴル、陝西、新疆、寧夏といった主要な石炭産地で実用化されています。すでに23基の大規模工業装置が稼働し、オレフィンの年間生産規模は年間3,000万トンを超えました。

 再生可能エネルギーや蓄電技術においても、中国科学院は大きな成果を上げました。再生可能エネルギーの拡大にあたっては、蓄電技術のイノベーションが不可欠です。蓄電技術は、大規模な再生可能エネルギー発電を電力網へ接続する際の不安定性を緩和する基盤です。

中国科学院

 中国科学院物理研究所は、蓄電分野において、長期にわたり研究を積み重ね、特にリチウム電池で顕著な成果を収めています。中国のリチウム電池産業の発展は、同研究所の研究成果に大きく支えられていると言っても過言ではありません。

 2016年に衛藍新能源を設立、固体リチウム電池製品を開発し、電気自動車、ドローン、電気船舶など多くの分野に応用され、広範な将来性を持っています。例えば、衛藍新能源の固体リチウム電池を搭載した蔚来(NIO)の電気自動車は、航続距離が1000キロを超えました。また、低空経済をはじめとする新たな分野においても広い応用の可能性を秘めており、さらに蓄電分野においても大きな発展余地を有しています。

 同時に、中国科学院はナトリウムイオン電池の開発に力を入れ、すでにエネルギー貯蔵産業において大規模な実証を行い、中国エネルギー貯蔵産業の発展に基盤を築いています。

 中国科学院工程熱物理研究所は、圧縮空気エネルギー貯蔵分野で継続的に研究開発を行い、大きな成果を上げました。2021年と2024年には、それぞれ世界初の100メガワット級、300メガワット級の圧縮空気エネルギー貯蔵実証プロジェクトを完成させました。

 さらに、中国科学院は、フロー電池、核融合などのエネルギー技術で大きな成果を上げています。

 中国科学院はイノベーションを通じて、GXと低炭素発展に大きく貢献し、中国の「双碳」目標の実現と、経済社会の持続可能な発展を支えています。

中国EVメーカー 蔚来(NIO)

■ レノボに代表される起業家精神が開花


 中国科学院は、中国の戦略科学技術の主幹として、中国の科学技術進歩を推進し、高水準の科学技術自立自強を実現する重要な使命を担っています。特に起業家精神を発揮し、イノベイティブなスタートアップ企業を奨励するために、一連の取り組みを進めてきました。

 まず中国科学院の投資企業については、中国科学院の研究成果の市場化、産業化という重大な使命を担っており、新たな生産力を育成する重要な「イノベーションの発信拠点」として、また産学研融合を推進する重要な「インキュベーション拠点」としての役割を果たしています。これら企業は、新興産業に焦点を当て、重要なコア技術分野での研究開発に取り組んでいます。そのことによって、中国の経済社会発展を支える科学技術基盤を提供しています。

 中国科学院が出資する企業は1900社を超え、その多くはAI、半導体、ソフトウェア、環境保護などの分野に集中しています。現時点で、そのうち52社が上場しています。これら企業はそれぞれの分野で業界をリードする存在になりつつあります。中国科学院の成果を基盤として設立された企業は、技術を改良・高度化するため、科学院との連携を緊密に保っています。中国科学院高能物理研究所が2021年、国科控股と共同で設立した企業国科中子が一つの好例です。同社は加速器を用いたホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の成果を産業化しました。

 2015年の「科学技術成果転化促進法」の改正が研究者の起業意欲を大いに喚起し、企業と研究機関との人材交流を促進しました。それ以降、中国科学院の直接投資で555社の企業を設立し、そのうち90%が科学技術成果の産業化を目的としたものです。

 起業を促す制度保障、資金支援、人材育成などの政策も打ち出しました。まず人事や評価制度に関する政策を策定し、研究者が科学技術成果の産業化に積極的に参加できるよう奨励し、その権益を保障します。資金支援の面では、科学技術成果の産業化を促す行動計画を立ち上げ、重要な科学技術成果の実用化を後押しします。さらに人材育成と交流の面では、大学や企業と協力し、科学技術産業化の専門人材を育成、各種交流活動を行い、企業と研究機関との交流・協力を強化し、イノベーション企業に人材的支えを提供しています。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2会場

 皆さんもよくご存じのレノボグループ(Lenovo:聯想)は、実は中国科学院から生まれた企業です。1984年、柳伝志氏は中国科学院計算所の研究者10人と共に、わずか20万元の設立資金で、聯想の前身となる「中科院計算所新技術発展公司」を創立しました。創業初期、聯想は主にIBM、HP、SUN などの海外ブランドの販売代理を手掛けました。当時の中国産業はまだ非常に遅れていたため、聯想は積極的に事業を模索しました。同時に、研究開発を強化し、独自に「聯想式漢字カード」を開発、英語のオペレーティングシステムの中国語翻訳に成功しました。これが聯想発展の基盤となりました。

 聯想は2004年、 IBMのパーソナルコンピュータ事業を買収し、本格的に国際化の道を歩み始めました。IBMのPC事業は世界的に大きな影響力を持っていたからです。当時、零細企業聯想が大企業IBMを飲み込んだとして大きな話題になりました。この買収を通じ、聯想はより広大な市場と先進的な技術を獲得し、産業システム化によって国際競争力を一層高めました。

 その後、聯想は 2011年にNECのノートパソコン事業を買収し、さらに2014年にはグーグルからモトローラ・モビリティを買収しました。そして2017年には富士通の完全子会社FCCLの株式51%を取得しました。聯想は一連の国際的な買収を通じて、グローバルな経営体制を整え、世界のPC市場でチャンピオンとなりました。聯想は、国際市場を積極的に開拓し、自ら挑戦し続ける、いまや中国企業の代表的存在となりました。

 レノボグループの発展は、まさに起業精神に満ちた奮闘の歴史です。また中国科学院の成果の産業化、そして国際化への一つの典型的な事例です。これらの企業は、中国のイノベイティブなスタートアップに貴重な経験を提供し、中国の科学技術分野に大きく貢献しました。

レノボ社製品

■ 日中技術交流に更なる可能性拡げるGX


 私は、日中両国が科学技術分野において、広範な協力基盤があると確信しています。日中両国は低炭素・GXに向けて共通の目標とニーズを有し、幅広い共通利益と協力の余地を持っています。

 石油や天然ガスといった化石エネルギーは、その埋蔵量の有限性、地理的依存性、分布の不均衡性から、強い地政学的属性を帯びています。日中両国はいずれも化石エネルギーの対外依存度が高く、輸入先が集中しているため、資源獲得をめぐる競争は不信感やエネルギー安全保障の不安を招きやすい状況にあります。それに対して、風力、太陽光、グリーン水素、原子力といったクリーンエネルギーは、その供給力がイノベーションに依存し、気候変動緩和とエネルギー安全保障の両立を支える柱です。したがってGX分野は、今後さらに両国の産業構造やエネルギー構造に大きな変化をもたらし、相互補完と相互依存を一層強め、技術交流と協力に可能性を拡げるでしょう。GX分野における協力は、日中両国の共通の利益に合致しています。

 中国は広大な市場を有し、再生可能エネルギー設備、省エネ技術、二酸化炭素回収・貯留(CCS)など日本の技術に大きなマーケットを提供できます。中国における社会実装は日本企業に豊富な技術応用シナリオや実証機会を提供し、技術の絶え間ない改善と高度化に寄与します。

索継栓 中国科学院ホールディングス元会長

 水素エネルギーを例に挙げると、日本はいち早く同分野の技術開発に取り組み、高分子電子材料、電磁力、極板などの重要技術において世界をリードしています。他方、中国は重化学工業のサプライチェーンが強く、水素エネルギーの大規模産業化において優位性を持っています。中国政府も現在、水素利用を強力に支援し、大規模な水素利用に必要な条件を備えています。水素産業の発展で、日中両国のカーボンニュートラル目標の達成に大きく寄与するでしょう。

 中国が新たな発展段階に入るにつれて、科学技術分野における日中協力の可能性は更に拡がります。産業協力で両国はそれぞれ強みを持ち、相互補完性も高いです。日本はマテリアルサイエンス、特に高性能複合素材や特殊金属素材の分野で顕著な優位性を持ち、さらに高精度測定機器、光学機器、産業用ロボットなどの先端装備製造においても豊富な蓄積があります。また、省エネ・環境保護技術、エネルギー管理や資源循環利用の分野で豊かな経験を有しています。他方、中国は5G通信やビッグデータなど情報技術の分野で急速に発展し、新エネルギー産業化でも顕著な成果を挙げています。特に太陽光発電や風力発電の設備容量は世界最大規模となりました。EV、リチウム電池、太陽光発電製品はいまや中国の輸出における新“三種の神器”となっています。

 日中両国は、幅広い共通の利益を持ち、広大な協力の可能性を持っています。両国の科学技術分野、とりわけGXでの協力は、必ずやアジアの発展、さらには人類の発展に重要な貢献を果たすものと確信しています。


プロフィール

索 继栓(さく けいせん) 
中国科学院ホールディングス元会長

 1991年中国科学院蘭州化学物理研究所で理学博士号を取得。蘭州化学物理研究所国家重点実験室副主任、精細石油化工中間体国家工程研究センター主任、所長補佐・副所長、中国科学院蘭州分院副院長を歴任。2014年より中国科学院ホールディングス取締役に就き、その後党委書記董事長(代表取締役)を務める。2023年より現職。その他、中国科技出版伝媒集団董事長、北京中科院ソフトウェアセンター董事長、深圳中科院知的財産投資董事長、上海碧科清潔能源技術董事長を兼任し、レノボの非執行董事・監査委員会委員も務めた。蘭州市科学技術進歩賞(二等)、甘粛省科学技術進歩賞(一等賞)を受賞。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】岩本敏男:ビッグイノベーションIOWN計画でGXをリード

岩本 敏男 NTTデータグループ元社長

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。岩本敏男氏はセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」のパネリストを務めた。


周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」

■ センシング技術で世界をカバーするデジタル3D地図


 岩本敏男:NTTデータグループの岩本と申します。今日は、周先生の司会で、小手川さんにコメントをお願いし、石見さん共々このパネルに参加できることを大変光栄に思っています。よろしくお願いします。私は画面を使いながらお話ししますので、画面を見ていただければと思います。NTTデータグループといっても案外ご存知ではない方もおられるので、簡単にご紹介させてください。NTTデータの前身は電電公社の中に出来たコンピュータ開発部隊です。電電公社は1985年に民営化してNTTになり、私どもNTTデータはその3年後に最初に分離独立してできた企業です。

 NTTグループはこの2年ぐらいで大きく集約をしていて、一つはドコモとコミュニケーションズを中心としたグループ。もう一つは地域会社の東日本、西日本の国内通信を手掛けているグループです。そして、最後が私どものNTTデータグループです。つい最近は海外の事業を全てNTTデータグループが引き受けることになりまして、約4.4兆円の売り上げになっている。こういう企業グループになっています。

 私が社長を務めたのは2012年からでありますが、NTTデータは1988年、昭和63年が分離独立の年で、昨年まで35期ありますが一度も減収を経験していません。毎年増収に次ぐ増収で、先ほど申し上げたように2023年度で約4.4兆円です。2025年度が中期の最終年ですが5兆円近い売上まで達成する見込みです。海外の展開も、私が社長の時に思い切ってグローバル化にアクセスを踏みましたので、今ですと50カ国以上、従業員数は20万人に近い数です。日本の従業員が約44,000人なので、4倍くらいが海外、合わせて20万人ぐらい、こういう企業グループになっていると考えてください。

 今日テーマになっているグリーントランスフォーメーションも世界のいろいろなところで非常に重要なことになっています。私たちはITビジネスの観点から、この達成をお手伝いしています。

 一巡目のプレゼンテーションでは、グリーンとは直接は関係ないかもしれませんが、みなさんにお伝えしたいNTTデータグループが持っているイノベーションの例を二つ紹介します

NTTデータグループ売上高推移

 岩本:まず一つ目は、全世界デジタル3D地図の活用です。これはJAXAのだいち、ALOSという衛星を打ち上げそのデータをIT処理し、三次元のデータ地図を作っています。そこに書いてあるように様々な用途で使われます。もちろんセンシング技術が入っていますので、当然GXは大変重要な一つのファクターです。映像を見ながらご説明します。

 これはエベレストです。別に飛行機で撮ったわけではありません。先ほど申し上げた衛星から撮影したものを画像処理し、こうした形にしています。衛星にはいくつものセンサーを積んでありますので、高さ方向のデータも全部撮ることができます。かなり細かい形で立体地図ができます。使われているのはこうした自然災害のビフォー&アフターですとか、或いは鉄道を作る、或いは自動車道路を作るというようなインフラの造成にも役立っています。

 このシステムの分解能ですが、最初は5mでしたが、今は都市部ですと50cm分解能まで可能です。例えば無線通信のアンテナ設置を設計するとき、どのビルのどこに無線アンテナを置くと、5Gがうまく通信出来るかというようなことのシミュレーションに役立ちます。いま世界中125カ国に輸出していて非常に使っていただいています。

 GXでは山林の利用が大変重要です。よくテレビでブラジルのアマゾンの森林がすごいスピードで消滅していることが放映されますが、こうした衛星からの撮影データを画像処理することで、手に取るようにわかってくる事例もあります。

エレベスト3Dデータ

■ バチカン図書館の文化遺産をデジタルアーカイブ


 岩本:もう一つ、これは直接GXとは関係ないかもしれませんが、私自身も携わったのでご紹介したい話があります。バチカン図書館のデジタルアーカイブ・プロジェクトです。バチカン図書館、みなさんご存知だと思いますが、ここには羊皮紙、パピルス、和紙などに書かれたマニュスクリプト、手書きのものが貯蔵されています。手紙もありますし、絵もあります。日本からのものも沢山あります。オペラ発祥の地、イタリアにありますので、楽譜などもあります。そういったものも羊皮紙、パピルス、和紙などに書かれていますから、放っておくと壊れてしまうこともあります。デジタルアーカイブするプロジェクトですが、この下に書いた3行は、私が言ったことではなくバチカンの人が言ったことです。「これらのマニュスクリプトはバチカンのものではない。バチカンの宝ではなく、人類の遺産である。」これをデジタルアーカイブすると、インターネットで世界中の研究者の研究室に届けることができます。それまではローマやギリシャを勉強したい研究者は、バチカン図書館に来て手続きを経て実際に見ていくわけですが、その必要がない。

 私はローマに行って塩野七生さんともいろいろお話しをしましたが、彼女もここでいろいろな文献にあたった上で、ローマ人の物語、ギリシャ人の物語を書いているわけです。

 これがバチカン図書館の中の様子でありまして、私は何回も入っていますが素晴らしい美術館のようなところです。一般の人は入れませんが、私は仕事柄入ることができました。実はここにこういうものがあります。何だかお分かりですか?そんな大きなものではありませんが、和紙に金箔が張ってありました。金箔はかなり無くなっていましたが、ラテン語が書いてあり、右下に伊達陸奥守政宗と書いて花押が押してあります。

 2011年の大震災は大変でしたが、400年前、まったく同じところで、月は違いますが1611年12月に大地震と大津波が起こっています。そしてその時の領主が伊達陸奥守政宗です。彼が実はローマ法王パウロ5世にあてて親書を出し、遣いを出しています。それが支倉常長という男です。彼は太平洋を渡ってアカプルコからメキシコに上陸し、その後スペインに渡り、国王に会おうとしました。なかなか会えなかったのですが。そして、地中海を抜けてローマに行くわけです。

 これは伊達政宗がローマ法王パウロ5世に当てた手紙です。実はこれのレプリカが仙台の博物館にあり、私はラテン語で書かれた横書きの手紙を見ていたのです。伊達陸奥守政宗は達筆だったので、祐筆を使っていません。いろいろな手紙をほとんど全部自ら書いていました。ラテン語が書けるわけがありませんので、横書きの親書は政宗が書いているわけではありません。実はバチカンに行ってみると、縦書きの和文があったのです。

 つまり、縦書きの和文と、横書きのラテン語の手紙が2通あったのです。いずれも伊達政宗の直筆のサインと花押が押されていました。

 伊達政宗の直筆の書に何と書いてあるか。伊達政宗が支倉常長をパウロ5世に派遣したのは、震災復興プロジェクトです。彼は実はメキシコと貿易をやりたかった。メキシコはスペインの植民地でしたから、スペイン国王に、ぜひメキシコとの貿易をさせてくれということを頼みたかった。

 パウロ5世には何と書いたか。嘘もいっぱい書いてあり、「もしこれを認めてくれたら仙台に教会を建て宣教師を迎える」と書いてあります。でもその頃、徳川幕府はキリスト教禁止令を出していますからあり得ないのですが、「ローマ法王パウロ5世もスペイン国王のフィリップ3世に、ぜひ日本との貿易をするように促して欲しい」ということが書かれていて、もし助力してくれたら先程のようなことをすると書いてある手紙ですね。こういったものを、デジタルアーカイブしたことが、私にとっても大変記憶に残ることです。

バチカン図書館所蔵・伊達政宗がローマ法王パウロ5世に当てた手紙

■ GHG排出量の可視化C-Turtleプラットフォームで排出量削減を


 岩本:NTTデータグループが、GXでどんなことをしているか、そして将来どういうエネルギー分野でどんなビジネスを考えていかなければいけないか、ということについてお話ししてみたいと思います。先ずGXで当社がやっていることは国と同じく、2050年カーボンニュートラルを達成するということを公表したのですが、2023年に10年早めて2040年にはカーボンニュートラルが出来るということを公表しています。

 これからお話しをする様々な取り組みは当社自身もそうですが、当社のサプライチェーンの上下流には多くのIT企業がいますので、そういうメンバーを巻き込みながらやれるかなということです。

 カーボンニュートラルは、はっきり言うとCO2を排出することと、CO2を吸収することとの差分を実質ゼロにすればいいと言うことになるわけですので、この原則を見ながら議論する必要があるかなと思います。

 排出量の概要をいまさらお話しするわけではありませんが、GHG(温室効果ガス)は二酸化炭素だけでなく、他にもさまざまなものがあります。これらを二酸化炭素に換算すると、最近の統計では日本は11億トンレベルまで削減しているはずです。これを算定するのが重要なので、繰り返しで恐縮ですが、GHG排出量は活動量と排出原単位をかけたものだということを確認しておきます。

 企業のGHG削減計画は、国の指導もあって大体は2050年カーボンニュートラル、2030年はその半分ということです。このことをサステナブル報告書で公表しているのが日本のほとんどの大企業です。

 お分かりの通り、「Scope1」と「Scope2」は、いい悪いは別にして、分かりますし、やればいいんじゃないかと。「Scope1」と「Scope2」だけで十分だという人もいます。皆がやれば全部なくなるのだからということですが、でもそれだけでは十分ではないので、上流と下流のいわゆる「Scope3」というのがあり、これにどう対応するかが企業として一番悩んでいるところです。

NTTデータの温室効果ガス削減目標

 岩本:どうやって計算するのか、本当にそれで削減につながるのか、というのが大変な課題になっているのは皆さんもご存知だと思います。

 二種類のGHG排出量の可視化、見方が違うと言ってもいいわけですが、一つは企業全体の排出量を可視化するということと、もう一つは企業が生み出す製品やサービス別の排出量の可視化。これはどちらも重要です。

 この右側は、カーボンフットプリントと言われるわけですが、どちらも重要です。さらに言うと、それぞれには良い点と悪い点があります。目的によっていろいろ使い方を変えなければいけないのですが、いずれにせよ全社ベースで出すものと、其々の製品或いはサービスごとに出すフットプリントをちゃんとやらないとわからない、ということです。

 そこで、可視化のプラットフォームをNTTデータはかなり前からご提案して、多くの企業に使っていただいています。

 つまり、先程申し上げた上流から下流にいくサプライチェーン、原料を買ってきて、自分の資本材を作る、自分のところでいろいろなScope1或いはScope2で出すのと、実際製品として出荷した後、それを消費する人、或いは最後は廃棄まで行くわけですが、そこでどのくらいCO2が排出されるか、このトータルをマネージしないと本当の意味でカーボンニュートラルにならないのです。

 とはいえ、企業にはさまざまな課題があります。つまり、どう算定方法を出せばいいのか。細かくやればやるに越したことはないが、それをやる人の事務負担はたいへんで堪らない。

 それから、何のために可視化をするのかと言えば、CO2削減するためにやるわけですが、2次データを使って、この製品で大体このくらいの排出量だと計算するわけです。

 例えばパソコンを購入する例です。先ほどのレノボの話もありましたが、単にコストや能力だけでパソコンを買ってくるのではダメです。パソコンメーカーがカーボンフットプリントの観点で、自分のところのパソコンはこうだと出してくれると、それによってコストは高いがこちらの製品を買うかという判断ができます。

 鉄もそうです。水素還元で製造した鉄を買うと値段は高いがカーボンニュートラルの観点からはそちらを買うか、ということが出来るのでCO2削減ができる。

 Scope1或いはScope2はもちろん大きな意味があります。問題なのはScope1、Scope2ではなくScope3です。私たちが提案しているC-Turtle のプラットフォームを使うと、自分のところ以外で排出される温室効果ガス、先ほど申し上げたように活動量✕排出原単位15カテゴリーがあることを皆さんご存知でしょうけれど、これが簡単に算出できます。  

 重要なのは一番上と二つ目です。買ってくる製品・サービス、或いは自分のところの資本材を作る。ここが凄く大きいので、これをどうやるかということですが、さきほど申し上げたように算出のやり方はさまざまですし、最初は皆さんエクセルなんかでやっていたのですが、とてもやり切れないわけです。従って私共のC-Turtle を提供することになったわけです。

 ちょっと簡単にまとめてみましたが、左側に書いてあるのは、N年度のサプライヤーの排出量です。このScope3をきちんと計測できるようになると、次の年にはサプライヤーからそれぞれ自分のところがこれだけ排出量が減りましたということが出てくる訳です。

 そうすると、それが自分のところのScope3の排出量削減につながるので、この仕組みを大きな負荷をかけないでやれるようにする。しかもこれが国際的なプラットフォーム、例えばCDPとかいろいろなところと連携をしながら、単に日本だけの独りよがりでは無い形にしていく。これが私どものC-Turtleのプラットフォームです。現在、多くの方々にご利用いただいています。

 実際に私どもでやってみると平均の排出原価単位が40%くらい改善できました。これは我々のサプライチェーンにつながる方々と、こういうことを理解してもらい、そうしたソフトプラットフォームをやってもらわないと出来なかったことです。

NTTデータグループでの削減実績

■ 膨大な電力を消費するAI時代への対処


 岩本:二つ目。我々はデータセンターを山のように持っています。先ほどもNVIDIAの話がありましたけれど、AIもあり今データセンターは世界中で物凄い需要があります。NTTデータグループは、延べ床面積がたぶん世界でNo.3のデータセンターを世界中に保有しています。このデータセンター自身をグリーンにしていくというのは、大切なことです。

 東京都三鷹市に私が社長時代に建てたデータセンターがありますが、このデータセンターは最初から自然界のエネルギーを最大限に使う。もちろん太陽光パネルもそうですが、外気温が低い時は自然の外気温の冷却空気をうまく使う。ホットアイルとコールドアイルを上手く使うということが仕掛けられています。

 さらに、これはうちのデータセンターだけではありませんが、いろいろなデータセンターの中にサーミスタを置き、ワイヤレスでこの温度センサモジュールをコントロールすると、データセンター全体で、どこがどのくらいの温度になっているかが、可視化出来ます。これが可視化できれば、何故そういうことになるのか手を打つことが出来るので、こういう地道なところからデータセンターのグリーン化が進められています。

 もう一つ、最近のAIの使用にも関係して、一般的に空調は実際の負荷がどのくらいあるかということとあまり関係なしに、ある一定の冷媒を流すようなことをやっています。つまり冷房用の消費電力が高止まりしているのですが、実際の温度は先ほどセンサーにサーミスタを付けると、どこがどのくらい時間別に発熱しているか分かるので、出来ればそれに合った形で、実際の冷媒を出すという形がいいわけです。こうしたことによってかなりの削減効果が得られてきています。

 それから、ショートサーキットも、ちょっと専門的ですがお話しします。データセンターの中にラックがあり、そこにいろいろなパネルが入っているのですが、全部埋まっていないで空いているところがあると、(排熱が)漏れてきてしまい、冷房能力が低下します。簡単な話、そこのブランクを詰めてしまうと、いわゆるショートサーキットが起こらない。こうした地道な事もやりながら、データセンターの電力を下げる努力をしています。これがショートサーキットの防止で、付ける前の状態と、付けた後の状態では大きな差があります。

 それからもう一つは、オンプレミスで、自分のところでデータセンターを構築したり、自分のところでプライバシークラウドを作ることがあるのですが、最近は、いわゆるオープンクラウドに移ってきています。この時も、出来るだけカーボンニュートラルが進んでいるパブリッククラウドへの移行をしていくとか、或いは、消費電力効率の高い最新のデータセンターを選択する、ここには当然ディザスタリカバリの装置なども考える必要がありますが、こういったこともトータルのカーボンニュートラルを削減する意味では大きな効果があると思います。

世界のIT関連機器の消費電力予想

 岩本:このデータセンターの電力消費で面白い仮説をお話しします。2016年の全世界の電力使用量は、せいぜい1ペタワット(1000テラワット)くらいです。ペタは1000倍ですから。これはIT関係の電力使用量ですからデータセンターだけでなく、いろいろな通信に使う設備などを全部入れています。

 これが2030年だと、たぶん42ペタワットくらいになるのではないかと言われています。さらに、2050年には桁違いに使うのではないかと言われています。消費電力がIPトラフィックに単純に比例したらという前提ですが。

 実際は、こんなことは起こらないです。何故かというと、2016年が1.1ペタワットくらいだと言いましたが、実際に世界中で発電される量は2016年が25ペタワットくらいで、2023年度は29.7ペタワットくらいです。だから2030年の世界発電量は多分伸びて、おそらく40ペタワット位まで行くのかもしれません。それでも2030年には世界発電量の全てをITだけで使うということになり、そんなことはあり得ません。現在、全世界の発電量の中で、ITでの使用率はせいぜい数%くらいです。

 ただ、トラフィックは間違いなく伸びますし、データ量も圧倒的に伸びていきます。いまのは単純な試算値ですので、ITで全世界の発電量全てを使うなどということは起こらないですが、このくらいIT系、デジタル系で使う電力が増加していくということです。

 最近は、AIのデータセンターの電力使用量がものすごく多いと言われています。チャットGTP-4o(オムニ)は、公式な発表はありませんがパラメータ数が1兆を超えてきています。GTP3は1750億個のパラメータでしたが、そんなに時間がかからず人間の脳に匹敵する10兆、あるいはそれ以上なると思います。AIは大量のデータを学習させます。チャットGTPもそうですが、学習させるというのはNVIDIAなどの半導体を駆使し、大量のコンピュータパワーを必要とします。つまり、電力をものすごく必要とします。大体、原発1基分です。

 さきほど周牧之先生が、NVIDIAがなぜ急激にL字型で伸びたかと言いましたが、元々彼らはゲーム用の半導体メーカーです。ゲーム用の画面処理をするので、パラレルコンピュータ、パラレルプロセッシングできるように考案されたグラフィックプロセッサーです。GPU(Graphics Processing Unit)というのです。CPUと言わないです。ところが、AIが登場して爆発的に伸びてきたのです。AIの学習もかなり並列的な処理ですので、これが使えるということです。

 AIは膨大な電力を消費することがわかってきています。学習だけでなく、使うときもそうです。例えば、皆さんがGoogleで一つ検索を出すと大体0.3ワットくらいです。だがチャットGTPでやると10倍くらい、3ワットくらいかかるのです。

講演を行う岩本敏男氏

■ IOWNで究極のデータセンターGXを


 岩本:冒頭申し上げたように、世界中で、日本でもそうですが、DC(データセンター)の需要はものすごい勢いで増えてきています。世界中で要請があります。たぶんDCを次々と構築しても足りないくらいです。DCの構築には電力問題を解決していかなければいけない。電力会社からの必要電力の供給を保証してもらうことが重要です。

 結論、電気を使うからいけないのです。電気を使わなければいいのでは、というので、NTTグループが提唱しているのが「IOWN(アイオン)(Innovative Optical and Wireless Network)」計画です。つまり、光を使う。

 皆さん方も、通信に光が使われているのは、当たり前のように知っています。FTTH(ファイバー・ツー・ザ・ホーム)で、家までも光で入ってきています。光はそれほど電力は必要としません。でも昔は光で通信するとき、途中でルートを変更して中継するとき、一旦電気に落として、また電気から光というステップを踏みました。いま通信は中継なども含めて全部光で行います。

「IOWN(アイオン)(Innovative Optical and Wireless Network)」計画

 岩本:最近出たIOWNの1番目のステージは、もうすでにサービス開始しましたが、これは遅延も少なく、大変素晴らしいネットワークです。次のような実験しています。東京に指揮者がいて、大阪のオーケストラを振る。ここには音楽に詳しい人がいると思いますが、ちょっとした遅延があっても、音楽家は絶対だめです。ところが、IOWNを使うと、音楽家の敏感な耳ですら、違和感を覚えないほどの低遅延ですので、東京の指揮者が大阪のオーケストラを指揮することができるということです。  

 ここまでだったら、なんだ、通信の話か、ということになると思うのですが、従来の銅線を使った通信もそうですが、電気通信技術でした。それを光と電子を融合する技術、光電融合技術(フォトエレクトロニクス)を使うと、とんでもない良い事が出てくる、ということになります。

 IOWN計画は、さきほど申し上げたように大容量、低遅延、低消費電力などを実現するのですが、IOWN1.0、オールフォトニクスネットワークは、すでに動き出しています。これができると、データセンター同士をつないで、ディザスタリカバリをやるのでも、遅延問題がなかなか大変でしたが、問題なく解決できるようになります。

 遅延問題では金融取引所でも数十ミリ秒くらいの遅延ですら問題になっていました。だから取引所サーバーの横に、其々の証券会社のサーバーを置かしてもらって取引をすることが起こっています。

「IOWN(アイオン)(Innovative Optical and Wireless Network)」計画

 岩本:IOWN1.0でも凄いのですが、ステージは2.0、3.0、4.0と上がります。2.0はサーバーの中のボードとボードの間を光で結ぶ。これも出来るかもしれません。3.0はボードの中の半導体のチップのパッケージ同士を光で結びます。最後は、チップ中も光でやってしまう。つまり光半導体を作ることですが、技術的には出来る見込みです。ただ問題は、製造技術であるとか、品質のコントロールとか、コストとか、そこまで考えると私は実現までには2つ3つまだ課題があると思っています。

 ここまで行くとエネルギーは電気の100分の1になります。ということは、先ほどこんなことは絶対ありませんと言ったものの、100分の1なので、IT分野でのコンピュータパワーの大幅な伸びがあっても、電力はそれほど伸びないということになりますので、十分賄えるということになります。

 これは大きなイノベーションを起こすということです。周先生の先ほどの指摘とちょっと違うのは、大企業だってやれます。ベンチャー企業だけがやるのではありません。とくに日本の場合は、大企業はやります。日本製鐵ですら、水素還元を頑張ってやっています。まだ出来ていませんが、技術的には実現可能です。でも将来はコスト的にも実用化できるレベルに達すると思いますので、ぜひ頑張っていただきたいと思います。

「IOWN(アイオン)(Innovative Optical and Wireless Network)」計画

 周牧之(司会):大企業でもやれるというのは、岩本さんのような方がいるからこそやれるのです。こういうチャレンジャーのリーダーシップのもとで、大企業のリソースが十分使えるのです。

 岩本さんが言っているIOWNは、最先端の技術です。いまは世界的にAIブームです。AIブームはいま投資競争です。NVIDIAのチップを買って、ガンガン皆投資しています。何に投資しているかというと、データセンターです。これが「AI軍備」大競争です。

 アメリカはNVIDIAのチップすら中国に買わせないようにしているんです。この大競争の中で大問題が浮上していまして、エネルギー問題です。膨大な電力が必要とされます。かつデータセンターは熱をバンバン出して、冷やすのも大変です。これは計算していくと仕方がない程のエネルギー規模になっていきます。原子力復活論に繋がってきていまして、原子力ブームにまで繋がる大問題です。

 これを解決するには、岩本さんたちがいまやっているIOWNは、光技術を使いエネルギーはあまり消耗しない。究極のデーターセンターのGXです。

 これは人類の歴史をひっくり返すくらいのインパクトを持つビックイノベーションです。私はこれが実現できれば、実際マーケットに投入してうまくいけば、NTTはもう一回時価総額世界一のカンパニーになる。平成元年から30数年後に、もう一回世界一の時価総額カンパニーになるのは間違いない。何故かというと今、NVIDIAはいま時価総額で世界一です。IOWNがうまく出来たらNVIDIAがひっくり返される。NTTデータが世界一になります。期待しましょう。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2会場

民間ベースでの協力とルール作りを


 岩本:私自身、中国との歴史は30年ほど前に世界銀行の50億円くらいの融資を使い、中国人民銀行さんの決済システムのパイロット版を作ったことから始まりました。そして今日まで、100数十回ぐらい中国を訪問しています。今でも、中国には10カ所くらい拠点があり、4千人くらいの従業員がいますので、ついこの間も、北京、上海、無錫に行ってきました。来週、周先生もよくご存知の、今年で第20回目になる「東京―北京フォーラム」というフォーラムが東京で開催されます。今回、中国側からもかなりの大物の方々が来られて、20回目の大会ということもあるのでしょうけれど、色々なテーマで議論をします。私はそこではデジタル分科会で、AIのガバナンスについて、議論させていただくことになっています。 

 私の長年の中国との個人的なつきあいも含めて考えてみますと、このGXにおいても、基本的には双方のルールをお互いにどう認識し合うのかということだと思います。いろいろな政府同士の取り決めもあるでしょうが、ベースは民間だと思っています。民間ベースがいろいろなビジネスをする上で、必要なものは契約に書かれてくる訳ですが、さきほど言いましたようにサプライチェーンの問題もありますから、それなりに手を突っ込んだ議論をしなければならないところもあります。互いにこういうことをしようと言うルールをagreeすることが第一歩だと思います。

講演を行う岩本敏男氏

 岩本:ルールをagreeすることは、そのルールを互いに守っているよねということを認め合う、或いは、場合によっては、検証するようなことも必要になります。モニタリングといってもいいですが、こういった仕組みを、双方の政治体制が違うことも前提の上で、agree出来るかどうか。私はできると思います。

 それから、さっき小手川さんからも何回も出ているように、世界中で、今年は選挙の年で1月から毎月のように、インドネシアがあり、ロシアがあり、インドがあり、フランスがあり、イギリスがあり、今回のドイツもあり、他にもいくつもありますが、本当に選挙の年です。日本もありましたが。

 こういう世の中が大きく変わる年に、私は昔からこれをパラダイムシフトといっているのですが、凄い大きなパラダイムシフトの来る時代だからこそ、民間ベースのルールを作ってお互いに認め合って、それをモニタリングして検証していくという、こういうプロセスをお互いが尊重し合う。これが一番だなと思っています。私の今までの付き合いから見ても、充分、中国のさまざまな企業との間では出来ると思っています。


プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

 1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】周牧之:起業家精神でムーアの法則駆動時代GXを加速

周 牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論、未来に向けた提言をした。周牧之氏はセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」の司会を務めた。


周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」

■ ムーアの法則駆動時代


 周牧之:1965年、後のインテル創業者のひとりになったゴードン・ムーアが、半導体集積回路の集積率が18カ月間ごとに2倍になる、そしてその価格が半減すると予測をしました。これが所謂「ムーアの法則」です。

 ムーアの法則は、物理的な法則ではありません。一つの目標値に過ぎないです。しかしムーアの法則を信じ、多くの技術者出身の企業家が半導体産業に沢山投資し続けてきました。その結果、半導体はその後60年間今日まで、ほぼムーアの法則通りに進化しました。これまで無かった製品やサービス、産業が生まれました。既存の産業も大きな変化を余儀なくされました。

 私はこの間の人間社会を「ムーアの法則駆動時代」と定義しています。ムーアの法則駆動時代では、ハイテクをベースにしたイノベーションが社会発展の原動力となります。

ムーアの法則

■ ムーアの法則駆動産業が世界経済をリード


 周:「ムーアの法則駆動時代」で、世界の産業構造はがらっと変化しています。時代が昭和から平成に切り替わった1989年、当時の世界時価総額ランキングトップ10企業の中で日本企業は7社も占めていました。GICSという世界産業分類基準の中分類から見ると、これらトップ10企業は、「銀行」の中分類は日本興業銀行、住友銀行、富士銀行、第一勧業銀行、三菱銀行5社が入っています。「石油・ガス・消耗燃料」に、エクソン(Exxon)、シェル(Shell)の2社が入っています。「電気通信サービス」はNTTの1社。「公益事業」は東京電力の1社、「ソフトウェア・サービス」はIBMの1社が入っていました。この第6位のIBMが、当時トップ10企業の中で唯一のテックカンパニーでした。

 これに対して、35年後の2024年1月のデータでは、世界時価総額ランキングトップ10企業の構成は完全に塗り替えられました。テックカンパニーの存在感は一気に高まり、GICS産業中分類で見ると、首位のマイクロソフト(Microsoft)は「ソフトウェア・サービス」の中分類に分類され、第2位のアップル(Apple)は「テクノロジー・ハードウェア及び機器」です。第6位のエヌビディア(NVIDIA)が「半導体・半導体製造装置」です。この三つはいずれもGICSでは、「情報技術」という大分類に属しています。つまり、この3社は典型的な「ムーアの法則駆動産業」のリーディングカンパニーです。

世界時価総額ランキングトップ10企業(1989年・2024年)

 周:「メディア・娯楽」に中分類される第4位のアルファベット(Alphabet、グーグル)と第7位のメタ(Meta、旧Facebook)は歴然としたIT企業です。第5位のアマゾン(Amazon)は「一般消費財・サービス流通・小売」に中分類されていますが、ネット販売、データセンター、OTTのリーディングカンパニーです。第9位のテスラ(Tesla)は「自動車・自動車部品」に分類されていますが、この4つの企業は、すべて実は情報技術を使って既存産業の在り方を転換させたテックカンパニーです。なぜかというと、テスラは自動車メーカーというよりは自身をIT企業だと一生懸命アピールしています。実際もトップ級のIT企業です。つまりこの4社は、まさしくDXでこれら伝統的な産業を「ムーアの法則駆動産業」へと置き換えたリーディングカンパニーです。

 これらテックカンパニー7社の時価総額は、いま12兆ドルを超え、世界の時価総額合計の13%弱を占めています。これはどのくらいの規模かというと、東証の全ての企業の時価総額の合計の約2倍に相当します。

「Magnificent 7」時価総額

■ スタートアップテックカンパニーがパラダイムシフトの主役


 周:このテックカンパニー7社は圧倒的存在感から、アメリカでは「Magnificent 7」(マグニフィセント・セブン)と表現されています。注目すべきは、マグニフィセント・セブンがすべてスタートアップテックカンパニーだったことです。

 ムーアの法則のもとでの成功は、斬新な製品・サービス及びビジネスモデルを描く想像力が必要です。また、開発に膨大な時間とリソースが要るため、企業を起こし、自分でリスクを引き受けられるリーダーシップと、それを支えるチーム力が欠かせません。

 対する大企業は、日本だけでなく国を問わず、何故かムーアの法則駆動時代でのパフォーマンスが、精彩に欠けています。

 これは大企業が組織の性格上、リスクテイクが苦手であること、また個人をベースにした想像力、リーダーシップの発揮がしにくいからでしょう。

 スタートアップテックカンパニーは、リスキーで長いトンネルを抜けた後、ようやく成功にたどり着きます。マグニフィセント・セブンは全てに、いまこのエヌビディアの株価で見られるパターンがあります。長い間非常に低迷し、急に伸びてくる。これは、(成功に至るまでの株価曲線が)左側に倒れた“L”字に見えるため、私はこれを「L字型成長」と定義しています。

「NVIDIA」時価総額推移

 周:1989年の世界時価総額ランキングトップ10企業で、第6位のIBMは、当時は唯一のテックカンパニーでした。しかし当時IBMはすでに100歳に近い巨大な古参企業で、斬新な製品・サービス及びビジネスモデルにチャレンジできる体質を持っていませんでした。世界に君臨したIBMは沢山のチャンスを逃し、業績が低迷し、現在、世界時価総額ランキングで、第79位に後退しました。

 これに対し、マグニフィセント・セブンは鮮度が高い。創立順で見ると、マイクロソフトは1975年、アップルは1976年、エヌビディアは1993年、アマゾンは1994年、アルファベット1998年、テスラは2003年、一番若いメタが2004年です。7社の平均年齢は32歳です。特に創業者がCEOを務めるテスラ 、エヌビディア、メタの 3社は勢いがすさまじい。これら企業の鮮度の良さは、イノベイティブな体質を保つカギだと私は思います。

 日本、米国、中国3カ国それぞれの時価総額トップ100企業を最近私は比較分析しました。この分析で3カ国の企業の鮮度に大きな違いがあると判明しました。

 日本は、2024年の時価総額トップ100のうち1980年以降の創業は僅か5社。その中に岩本さんのNTTデータが入っています。しかし、21世紀創業の企業はゼロでした。大企業の官僚化で、リスクのある新規事業に消極的になりがちです。ですから結果、ムーアの法則駆動産業の発展が遅れ、日本は海外のテックカンパニーに支払うデジタル赤字が、2023年5.5兆円にまで膨らんだ。5年間で2倍増となりました。

 対照的に、米国トップ100企業のうち、1980年以降の創業は何と32社にのぼります。そのうち21世紀創業の企業は、8社もあります。これら鮮度の高いスタートアップカンパニーこそ、ムーアの法則駆動産業を牽引しています。

 中国はトップ100企業のうち1980年以降の創業は82社にも達しています。そのうち21世紀創業の企業は、4分の1の25社にものぼります。中国のトップ企業の鮮度の良さは極めて顕著です。創業者のリーダーシップでイノベーションや新規事業への取り組みが素早いです。

 つまり、今日の世界における企業発展のロジックは完全に変わりました。技術力と起業家精神に秀でたイノベーティブなスタートアップ企業が、世界経済パラダイムシフトを起こす主要な勢力となっています。

各国トップ100企業のうち、1980年以降及び2000年以降に創業した企業数

■ なぜ欧州では環境政策に逆風が


 小手川大助(パネリスト):私から、環境問題について若干、地政学的な観点から説明します。2024年11月9日にドイツの政権が破綻しました。理由は、財務大臣を務めていた自由民主党のリントナーが、環境予算の継続と、ウクライナに対する支援の継続の二つに最後まで反対したことで、ショルツ首相がその財務大臣を解任した。結果、ドイツ政府は瓦解し、2025年1月中旬に総選挙になりました。

 実はこの問題が生じる前に、ドイツでは2024年9月に3つの州で州選挙があった。そこでこれまで極右と言われていたドイツのための選択肢(AFD)と、その半年前に出来たばかりの新しい党で極左と言われるザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)という新しい政党BSWの、二つの党が大勝利しました。

 この極右・極左二つの政党に共通している政策があります。一つは、ウクライナの戦争反対、ドイツはウクライナに対して支援をするべきではない。もう一つは、行き過ぎた環境政策をすぐに止めるべきである。

 なぜかと言うと、この環境政策のために、実はドイツの主要企業の60%が海外へ行ってしまいました。それで、ドイツは、環境政策やウクライナ支援よりは、やはり経済であると大きく舵を切っていますので、これは非常に注目しなければいけないと思います。

 周:環境問題と国内産業の競争力を両立できるかどうかが鍵です。ヨーロッパもアメリカも、いまうまく両立できずに大変に揺れ動いています。

 中国では、EV(電気自動車)、そして自然エネルギー等々の環境関連産業がいま大ブレイクし、国際競争力がかなり身についた。むしろ、環境問題と国内産業の競争力が両立できるような形になりつつあります。

ディスカッションを行う小手川氏(右)と周牧之教授(左)

ビックイノベーションIOWNはゲームチェンジャーに


 岩本敏男(パネリスト):NTTグループが提唱している「IOWN(アイオン)」計画が、大容量、低遅延、低消費電力などを実現するのです。IOWN1.0、オールフォトニクスネットワークは、すでに動き出しています。ステージは2.0、3.0、4.0と上がります。2.0はサーバの中のボードとボードの間を光で結ぶ。3.0はボードの中の半導体のチップのパッケージ同士を光で結びます。最後は、チップそのものも光でやってしまう。つまり光半導体を作ることが、テクニカルには出来ています。

 IOWNプロジェクトが成功すれば、データセンターの電気消費は100分の1になります。周先生のご指摘とちょっと違うのは、大企業だってイノベーションをやれます。ベンチャー企業だけがやるのではありません。とくに日本の場合は、大企業はやります。日本製鐵ですら、水素還元を頑張ってやっています。まだ出来ていません。技術的には出来ています。でもコスト的にも出来ると思っているのでぜひ頑張っていただきたいと思います。

 周:大企業でもやれるというのは、岩本さんのような方がいるからこそやれるのです。こういうチャレンジャーのリーダーシップのもとで、大企業のリソースが十分使えるのです。岩本さんが言っているIOWNは、最先端の技術です。いまは世界的にAIブームです。AIブームはいま投資競争です。NVIDIAのチップを買って、ガンガン皆投資しています。何に投資しているかというと、データセンターです。これが「AI軍備」大競争です。

 アメリカはNVIDIAのチップすら中国に買わせないようにしているんです。この大競争の中で大問題が浮上していまして、エネルギー問題です。膨大なエネルギーが必要とされます。かつデータセンターは熱をバンバン出して、冷やすのも大変です。これは計算していくと仕方がない程のエネルギー規模になっていきます。原子力復活論に繋がってきていまして、原子力ブームまで繋がる大問題です。

 これを解決するには、岩本さんたちがいまやっているIOWNは、光技術を使いエネルギーはあまり消耗しない。究極のデーターセンターのGXです。

 これは人類の歴史をひっくり返すくらいのインパクトを持つビックイノベーションです。私はこれが実現できれば、実際マーケットに投入してうまくいけば、NTTはもう一回時価総額世界一のカンパニーになる。平成元年から30数年後に、もう一回世界一の時価総額カンパニーになるのは間違いない。何故かというと今、NVIDIAはいま時価総額で世界一です。IOWNがうまく出来たらNVIDIAがひっくり返される。NTTデータが世界一になります。期待しましょう。

ディスカッションを行う岩本敏男氏(左)と石見浩一氏(右)

■ ムーアの法則で水平分業加速


 周:2007年から2009年の間に、私はアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で客員教授をやっていました。その時、小手川さんはIMFの日本代表理事だったので、アメリカでも交流を重ねていたのですが、ちょうどその時、オバマが大統領選に出ていたんです。非常に面白かったです。オバマに使いきれない程の金が集まった。相手の共和党のマケインは、最後は金が底をついてコマーシャルが出せなくなった。一方、オバマは金を残してもしょうがないので、ばんばんと分単位でなく30分単位でコマーシャルを流していたんです。民主党政権の変質がひしひしと感じられた経験だった。

 近年、小手川大助さん、田中琢二さんとも、本学のゲスト講義で議論を重ねてきたのですが、やはりアメリカという世界の唯一の覇権国家のブレ、選挙によるブレの、世界に対する影響は極めて大きい。おそらく、中国の国内にいる皆さんが感じる以上に、世界に対する影響が非常に大きく、それがGXに如何に影響されてくるのか。おそらく周其仁先生の仰る通りに、我々は乾杯して飲むべきものは飲んでいくしかない。GXに関しては、我々はやれることからやるしかないと痛感しているところです。

 産業というのは、ムーアの法則駆動型になっていくと、実はその成長が大きく加速していくんです。さらに投資も巨大化し、世界市場とグローバル分業に依存せざるを得なくなってきます。つまり、ムーアの法則駆動産業は、グローバリゼーションを後押しします。

 私の分析では、ムーアの法則に沿った半導体の60年間の進化と世界の貨物商品輸出拡大との相関関係は一致しています。要するに、グローバリゼーションがいわばムーアの法則で急拡大しています。私はグローバリゼーションの本質は、ムーアの法則が駆動していると結論付けています。しかし今の話の中で出てきていますが、アメリカが中国に対するハイテク分野、そしてGX分野での貿易規制などを発動し、いま中国の電気自動車がアメリカになかなか入れない。太陽光パネルなどの輸出にもいろいろな制約をかけています。

 すなわちアメリカ自らグローバリゼーションに急ブレーキをかけています。世界の一番政治力を持っている国が、グローバリゼーションに急ブレーキをかけています。

 とはいえ、温暖化という地球規模の課題に、世界が一丸となって対処すべきなんです。

 石見浩一(パネリスト):エレコムブランドの93%は中国で作っています。私たちはファブレスメーカーです。ですので、私たちで開発、デザインをし、中国のメーカーと一緒になってモノを作る。その営業をエレコムが担うことで、日本の量販店や、B to Bの市場で売っている形です。

 エレコムでGXを推進するとき、私自身が一番重要だと思うのは「協働」です。グループ会社や、中国の製造会社と、どれくらい私たちの目的、やるべきこと、実際やることによって得られるものが協働できるか、そこがGXを進める上で一番重要な要素だと思います。

ムーアの法則駆動時代

■ 企業の成長にはリーダーシップと支援者が必要


 周:起業家精神とは、企業を興す起業家精神です。GX時代も、まさしく起業家精神の有る無しに、かかっています。

 このセッション登壇者の皆さまのNTTデータ、そしてエレコム、また中国科学院ホールディングス傘下のレノボ(Lenovo)は、すべて1980年代に創業したテック企業です。

 石見: きょうは学生さんが結構いらっしゃるので、起業家精神を私なりにまとめました。

 私自身が起業の時にすごく重要だと思ったのは、やはりビジョン、何になりたいのか。10年後20年後に何になりたいのか。それは何の目的のためにやっているのか。そして使命は何なのか。その企業の、要するにカルチャーも作る企業の将来の方向性なしでは、起業家精神が本当の形では生まれないです。

 さっき周牧之先生の文献も読ませていただいたのですが、「L字型の成長は、新しい製品やサービス及びビジネスモデルを開発し、そして既存の産業の再定義をする。それによってL字型の成長が生まれてくる」。これは要するに変わり続けることです。市場の動向、市場の状況、競合の動き、そういう部分でチェンジマネージメントをしない限り、優位性は出ない。ベンチャーはお金がないから、変わり続けたスピードで勝つしかないです。 

 周:石見さんは若い時に香港で最初のスタートアップ企業を自分で作ったんです。企業を創業した経験も、また普通の企業を巨大企業に育てた経験もおありです。さらに200社以上の企業の面倒を見ている。沢山のスタートアップ企業を育成しています。その気力もすごいなと思います。私はとても200社は頭に入らないと思います。日本のスタートアップがいまちょっと少ないという、ある意味で日本社会の大問題がある中、一番大事なのは彼のような存在です。スタートアップの面倒を見て、育てていく。本当に貴重な存在です。

 岩本さんも、大企業の社長はみんなが岩本さんのような方ではないので、日本においても世界においても貴重な存在です。

 私の隣の小手川さんも、貴重な存在です。財務省の高級官僚でした。財務省は、中国では財務部と国家発展改革委員会を足したような役所です。財務官僚時代に産業再生機構を作り、バブル以降問題となっていた大企業、ダイエーなど40社を再生させた実績があります。退官された後も、中国の日本に進出している企業を含め沢山の企業の面倒を見てこられた。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2会場

■ 交渉好きのトランプとどう付き合う?


 小手川:トランプは商売人です。戦争が大嫌いです。オバマやバイデンと違い、人権、民主主義、それからLGBTQなどへのドグマはありません。とにかく商売が好きで、しかも彼は自分の経験から一対一での交渉が大好きです。マルチの交渉、マルチの機関、IMFや世界銀行は大嫌いです。

 従って彼はとにかく一対一の交渉の場に出れば、自分が絶対に勝てると思っていますので、とにかく彼にとっては、どう相手を交渉の席に引っ張り出すかが最大の課題になります。

 そのため彼は物凄く高いボールを投げます。ところが実際に交渉の席につきますと、非常に話のわかる人に変わってしまい、とにかくディールをしたいというふうになってきます。

 周:トランプが交渉好きということは、中国の皆さんもよくその話を議論していまして、実は中国人ほど交渉好きな民族もあまりないです。市場のおばあちゃまからビックカンパニーの社長たちまで、政治家まで、みんな交渉が大好きです。問題は、交渉の相手が信用できるかどうか。交渉した後は信用できないで、また全部違う話になってくると、これは信用できません。信用出来ない人間とは交渉してもしょうがありません。

 小手川:さっきのセッションで、徐林先生がおっしゃったことで、アメリカは、最後は物凄く利己的になります。例えば、いまウクライナの関係で(ロシアに)経済制裁をやっているのですが、経済制裁にもかかわらずアメリカはずっとロシアから輸入しているものが三つあります。一つはウラニウムの鉱石、二つ目はディーゼルオイル、三つ目は化学肥料の原料になるケイ酸というやつです。とにかくアメリカは常に自分中心ですので、ルールとかはあまり考えない方がいいと思います。

周 牧之 東京経済大学教授

■ 日中、交流進化が問題を解決


 周:アメリカは、ユーラシア大陸から見ると「島国」なんです。彼らの対ユーラシア政策は、島国、といっても日本ではなくイギリスという島国の伝統的な考え方、戦略でやっています。

 日中関係もアメリカの影響をかなり受けます。GXもアメリカの影響をかなり受けます。我々はやはり周其仁先生がきょうおっしゃっていたように、やるべきことをやっていくしかないです。

 私は日中関係を非常に楽観的に見ています。今回のシンポジウムに、中国から70名くらいの企業家、政府関係者、学者が来ています。泊まるところが大変でした。ホテルニューオータニに数十名入れるというのはとんでもなく予約が取れない。最後は中国大使館の力を借りて、ようやくニューオータニに無事泊まることができました。

 何故かと言うといま日本には沢山の中国の皆さんが来ています。おそらく今年は1,000万人を超えるでしょう。日本と中国の人と人との交流を重ねていくと、まったく話が違ってきます。3,000万人になった場合、5,000万人になった場合、これはかなり近い将来の話です。

 5,000万人の中国の皆さんが毎年日本を訪ねてきた時に、日中関係のいままで我々が憂鬱になっていた話は、全部ふっとんでしまうと私は信じています。

 きょうは素晴らしいパネリストとコメンテーターに恵まれ、イノベーションや企業家精神、そして国際協力に至るたいへん示唆に富んだ話をしていただきました。

 GXに取り組む若い世代、あるいはこれからのグローバリゼーションに取り組む若い世代には、大変参考になります。


プロフィール

周 牧之(しゅう ぼくし)
東京経済大学教授

 1963年生まれ。(財)日本開発構想研究所研究員、(財)国際開発センター主任研究員、東京経済大学助教授を経て、2007年より現職。財務省財務総合政策研究所客員研究員、ハーバード大学客員研究員、マサチューセッツ工科大学(MIT)客員教授、中国科学院特任教授を歴任。〔中国〕対外経済貿易大学客員教授、(一財)日本環境衛生センター客員研究員を兼任。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】小手川大助:激動の世界を見つめたGXを

小手川 大助 IMF元日本代表理事

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。小手川大助氏はセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」のコメンテーターを務めた。


周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」

周牧之(司会):このセッションの登壇者三人(岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事)には共通の特徴が一つあります。それは、御三方がいずれも日本のグローバル化を推し進める旗手であるということです。国際人であるだけでなく、それぞれの企業グループのグローバル化を、猛烈に推し進めてきた方々です。

■ 環境対策と産業競争力の両立が鍵


小手川大助:私の方から、環境問題について若干、地政学的な観点から説明申し上げます。先ほど話に出た2024年11月8日がアメリカ大統領選挙でしたが、それと同じくらい重要だったのが、2024年11月9日にドイツの政権が破綻したことでした。理由は、財務大臣を務めていた自由民主党党首のリントナーが、環境予算の継続と、ウクライナに対する支援の継続の二つに最後まで反対したため、ショルツ首相がその財務大臣を解任したからです。

 その結果、ドイツ政府は瓦解し、2025年1月中旬に総選挙になりました。実はこの問題が生じる前に、ドイツでは2024年9月に3つの州で州選挙があった。そこでこれまで極右と言われていたドイツのための選択肢(AFD)と、半年前に出来たばかりの新しい党で極左と言われているザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)という、女性が作った新しい政党BSWの、二つの党が大勝利しました。そして、三つの州全てで。緑の党と自由民主党の議席がゼロになりました。

 いま言いました極右・極左の二つの政党に共通している政策があります。一つは、ウクライナ戦争反対、ドイツはウクライナに対して支援をするべきではないということ。もう一つは、行き過ぎた環境政策をすぐに止めるべきである、という二つでした。

 なぜかと言うと、この環境政策のために、ドイツの主要企業の60%が海外へ行ってしまったからです。先週ドイツの有名企業フォルクスワーゲンが中国の工場を閉めると発表しましたが、いよいよ今晩のうちに合意をしなければ、明日からフォルクスワーゲンの組合はストライキに入ります。

 そういうことで、ドイツは、環境政策やウクライナ支援より経済重視に大きく舵を切ってきていますので、これは非常に注目しなければいけないと思います。

 ちなみに2025年1月に総選挙があったらどうなるか。予想ですが、もともと政権を持っていたキリスト教社会民主同盟(CDU)はおそらく第一党で残るだろう。一方で、緑の党と自由民主党はほぼ議席はゼロになると言われています。それに代わってドイツのための選択肢(AFD)がおそらく社会民主党を抜いて第二党になる。それから新しい政党であるBSWも、下手をすると社会民主党を抜くかもしれないと言われています。

 まず、ヨーロッパの環境政策の一つの中心であるドイツが、大きく変わっていきそうだということになります。

周:環境問題と国内産業の競争力を両立できるかどうかが鍵です。ヨーロッパもアメリカも、いまうまく両立できずに大変に揺れ動いています。

 一方、中国ではEV(電気自動車)、そして自然エネルギー等々の環境関連産業がいま大発展し国際競争力がかなり身についた。むしろ、環境問題と国内産業の競争力が両立できるような形になりつつあります。

北京市内を走るEVタクシー

■ 大口献金者から見えるトランプ政権の政策志向


小手川:第1ラウンドでヨーロッパの中心であるドイツの話をしましたので、第2ラウンドでは当然ながら、アメリカの話しになります。2024年11月8日、私どもが思っていた通り、圧倒的にトランプが勝ちました。

 実は、2016年の時も、私とフジテレビの木村太郎さんの二人だけが当時トランプが勝つと言っていました。日本に比べると、アメリカの選挙は物凄くお金がかかります。前回2020年の大統領選挙、上院議員選挙、下院議員選挙で使われたお金は2兆2000億円です。

 これは、日本でキックバックの問題になっている安倍派が使ったとされるお金が5年間で5億円というのと比較すると、アメリカの選挙資金の莫大さがお分かりになると思います。

 アメリカの場合、政治活動委員会「PAC」ポリティカル・アクション・コミッティがあり、PACは、どのような趣旨のお金がどう使われたかを、一応全部発表しています。

 しかも、PACはどんな団体がお金を入れてきたかも発表します。ところが、いまアメリカで何が行われているかというと、PACにお金を入れる団体が、殆ど免税団体になっています。いわゆるNPOです。NPOにどういう人たちがお金を出しているかは全く匿名です。大口の献金者等の名前は全然出てこない。

シンポジウム当日の東京経済大学キャンパス

小手川:2020年のときと比較すると、バイデンの献金者はほとんどが大口です。軍事産業とウォール街の銀行で、面白いのは、2020年の時から、トランプの献金者はほとんどが小口です。献金者の数が多いのです。今回もその傾向は基本的には変わっておりません。ところが、その中にひとりだけ大口献金者がいました。これは有名なテスラのイーロン・マスクではなく、日本では全然名前が知られていない石油関係の方で、中東と非常に良い関係があった方です。

 いますでに交渉が水面化で始まっていまして、2025年1月20日にトランプが大統領に就任したら、現在ロシアが占領している地域と、ウクライナとの間にいわゆる朝鮮半島形式で約5キロメートルの緩衝地帯を置き、そこにPKO(平和維持軍)を入れる。いま交渉しているのは、PKOを誰にするかという話と、それからウクライナが将来も含めてNATOに入るか入らないか、そこのところの文言を水面化で交渉している状況です。

 ウクライナとの停戦が行われると、何が起こるかというと、いま経済制裁の関係で、一般のマーケットに出てきていないロシアの石油天然ガスがどんどん出てきます。

 従って、基本的に一般のマーケットでは石油価格が下がります。そうすると困るのが、いま言ったような中東の国です。しかも今度の政権のエネルギー長官の第一候補は、アメリカのシェール産業の一番のリーダーです。当然、シェール産業の生産も増えます。そうすると石油の供給量が世界的に増えますから、ほっておけば当然価格は下がっていきます。

 それでは最大の献金者も困るだろということで、政府の唯一の方法は消費を増やすことです。アメリカの国内の石油の消費は相当に増えると思います。

 その延長線上に、アメリカがパリ協定から脱退する話が決められてくるので、そこがこれから非常に注目に値するところではあるとは思います。

ディスカッションを行う小手川氏(右)と周牧之教授(左)

 周:2007年から2009年の間に、私はアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で客員教授をやっていました。当時、IMF日本代表理事をお務めだった小手川さんと、アメリカでも交流を重ねていたのですが、ちょうどその時、アメリカではオバマが大統領選に出ていて非常に面白い現象が起こった。オバマに使いきれない程の金が集まった。

 相手の共和党のマケインは、最後は金が底をついてコマーシャルが出せなくなった。一方のオバマはコマーシャルを分単位でなく30分単位でバンバン流していました。民主党政権の変質がひしひしと感じられた経験でした。

 小手川さんとは、ここ数年、本学のゲスト講義で議論を重ねてきたのですが、やはりアメリカという世界の唯一の覇権国家のブレ、選挙によるブレの、世界に対する影響は極めて大きいと痛感しています。このブレはおそらく、中国国内にいる皆さんが感じる以上に、世界的な影響が非常に大きい。それがGXにどう影響されてくるのか?

 周其仁先生の仰る通り、我々は飲むべきものを乾杯して飲んでいくしかない。GXに関しては、我々はやれることからやるしかないと痛感しているところです。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2会場

トランプ氏は個人的な交渉や取引を重視


 小手川:やはり日中は、地理的にも近いですし、経済的な関係も非常に深いので、当然今後仲良くやっていく必要があります。が、残念ながら日本の後ろには怖い怖い姑さんがいます。姑さんは、日本は自分の最大の同盟国とは言っているのですが、なかなか難しい人ですから、どうしてもこの姑さんがどういうことを考えているのかを、しっかり捉えていくことが重要だと思います。

 そんな観点からいうと、トランプさんは商売人です。戦争が大嫌いです。オバマやバイデンと違い、人権、民主主義、それからLGBTQなどへのドグマはありません。とにかく商売が好きで、しかも彼は自分の経験から一対一での交渉が大好きです。マルチの交渉、マルチの機関、IMFや世界銀行は大嫌いです。

 従って彼はとにかく一対一の交渉の場に出れば、自分が絶対に勝てると思っていますので、とにかく彼にとっては、どうやって相手を交渉の席に引っ張り出すかが最大の課題になります。

 そのため彼は物凄く高いボールを投げます。ところが実際に交渉の席につきますと、非常に話のわかる人に変わってしまい、とにかくディールをしたいというふうになってきます。

 トランプはニューヨークのちょっと東のクイーンズ地区の出身です。クィーンズ出身の人のことをニューヨークの人たちはどう言っているかというと、「Don’t listen to him」彼が言うことには耳を傾けるな。「Watch what he does」彼が何をするかを見ておけ、です。

 要するにトランプが色々な事を言っても全然気にする必要はない。実際彼が何をやってくるかが一番重要です。

 もう一つ付け加えますと、私も1980年代から90年代にかけて、アメリカを相手とした二国間交渉を嫌というほどやりました。相手は米財務省やUSTRで、当時のUSTRは、大体75名くらいいました。

 ところが2016年にトランプ大統領になり、ライトハイザー等がやってきて交渉に入ったのですが、その当時のUSTRは、なんと25名しかいませんでした。それで、どうなるかと言いますと、日本の外務省が作った合意案文を全部ほぼ丸呑みで、少しだけ変えてくるのですが、充分検討するような人間もいないようで非常に簡単に交渉がまとまりました。当時の外務省の人たちは万々歳だったことだけちょっと申し上げたいと思います。

講演を行う小手川氏

 周:トランプの交渉好きについては、中国の皆さんもよく議論しています。実は中国人ほど交渉好きな民族もあまりないです。市場のおばあちゃまからビックカンパニーの社長、そして政治家まで、中国人はみんな交渉が大好きです。問題は、交渉の相手が信用できるかどうかです。交渉した後、交渉とは全部違う話になってくると、これは信用できません。信用出来ない人間とは交渉してもしょうがありません。

 小手川:最後にひとこと。先ほどのセッションで徐林先生がおっしゃったことに関係しますが、アメリカは、最後は物凄く利己的になります。例えば、いまウクライナの関係で(ロシアに)経済制裁をやっているのですが、経済制裁にもかかわらずアメリカはずっとロシアから輸入しているものが三つあります。一つはウラニウムの鉱石、二つ目はディーゼルオイル、三つ目は化学肥料の原料になるケイ素です。とにかくアメリカは常に自分中心ですので、ルールとかはあまり考えない方がいいと思います。

 周:アメリカは、ユーラシア大陸から見ると「島国」なんです、彼らの対ユーラシア政策も、イギリスという島国の伝統的な考え方、戦略でやっています。日中関係もアメリカの影響をかなり受けます。GXもアメリカの影響をかなり受けます。やはり周其仁先生がきょうおっしゃっていたように、我々はやるべきことをやっていくしかありません。


プロフィール

小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事 

 1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
 1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
 IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
 1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】石見浩一:アジアのバリューチェーンでGXを推進

石見 浩一  エレコム社長、トランス・コスモス元共同社長

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。石見浩一氏はセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」のパネリストを務めた。


周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」

■ THINK ECOLOGYでGXを


 石見浩一:周牧之教授の文献を読ませていただいて、実際1979年までの世界CO2排出量が、現在の蓄積の約54%に相当し、1980年から99年の増加分は現在の蓄積の15.3%、2000年から2019年までの20年間の増加分は現在の蓄積の30.7%を占め、もう世界は至急の状態になっていることが分かります。また中井徳太郎さんによると0.03%くらいが産業革命時の全大気の中のCO2量だったのが、今もう0.04%を超え、(CO2濃度)400ppmを超えて急激に進んでいるとのことです。実際GXの取り組みはマクロの部分では大勢の方が話していただいたので、私は1100億円くらいの企業のトップですから、そういう企業がこうしたことを積み重ねないとより良くならないのではないかという、何かヒントになるような話が出来たらと思います。

図 世界におけるCO2排出量拡大の推移

 石見:私の簡単な自己紹介から入らせていただきます。私自身は味の素とトランス・コスモスとエレコムの3社に在籍し、新しい事業の創造や海外事業の発展、経営に携わってきました。実質156カ国にビジネスとして訪問しその市場を見、事業を作ってきました。CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)や関係会社の経営や取締役を200社近くさせていただき、いろいろな形で上場企業も含め経営を見てきた経験があります。よりGXのグローバル化への取り組みは重要だと身をもって感じます。

 エレコムは、創業38年周年目に入り、葉田順治という創業者と共に経営を一緒にしています。エレコム自身はPC、モバイルなどの製品を開発、発売し、BtoCからBtoBへ事業拡大し、今はグローバル事業への発展を取り組んでいる企業です。最近、調理家電やペット家電、ドライヤーなど通電系の事業も広がりを見せ始めています。

 エレコムブランドの70%以上は中国で製造しています。私たちはファブレスメーカーですので、私たちが開発、デザインをし、中国のメーカーと一緒になってモノを製造する。そして販売、営業をエレコムが担うことで、日本の量販店、B to B市場へ販売しているという事業プロセスです。

 石見:エレコムの企業の目的である「Better Being」とその取り組みとしてここで書いています。ポイントでは、製品開発、調達面はエレコムが担い、よりお客様にご満足いただける製品やソリューションを提供する。中国も含めたサプライチェーンを一緒にきちんと実行することにより、より価値の高い製品やコスト効率の良い製品を生産する。そしてそれらの製品を日本のみならずこれからグローバル市場という成長の高い市場に提供していきたい。海外市場販売はまだ全体の3%の売上です。次の5年間でグローバル市場を20%まで持っていきたいと考えています。事業の根幹である従業員、「人」が一番重要だという経営感を私は持っています。Better beingをパーポスにし、これからもより良い製品、より良いアクションを続けていきたいと思っています。

 エレコムグループが最初にGX活動らしく進めていることの一つに、森を再生することです。これは結構時間がかかります。2009年と2012年に海辺と山に対して、再度森林を再生の取組を実施しています。10年、15年単位で森を、防風林を、再生していく。これを実際進めることによって、他の場所にも広げられるパターンを作りつつあり、各自治体とも話をし、エレコム自身のノウハウとして今後も進めていきたいとと考えています。

 また、棚田100選に選ばれた丸山千枚田という景観を維持、広げる活動も実施しています。この棚田は熊野にあります。実際自治体へ寄付する中でこの素晴らしい景観をより早く、継続的に再生していきたいと感じ取り組んでいます。実際行っているときに知見のある方が言われていたのは、棚田を守ることだけが答えではない。棚田と上流にある山、森が繋がっているのでその森、山からどの様に水が下りてきて、棚田と連携しているかの循環を見据えて設計しないといけない。森の適宜伐採も含め進めていかないと丸山棚田がきちんと管理出来ていることにならないと指導を受けました。森からつながって、田んぼがあり、結果としてお米ができるという点を私自身が認識しました。

 石見:現在のエレコムがGXの主流が、CO2排出を吸収できる取組、森をつくる、棚田を再生する活動を中心に進めています。今後さらにサステイナビリティを考える上で、強力に実現していけないと考えていることが、(エレコムグループGX活動)2と3です。

 2と3は実際私たちが再生エネルギーを使って、モノを作っていく。日本にも松本と伊那に工場があり、湘南国際村に研修所があるので、そこは太陽光の発電パネルを中国から仕入れ、そこで再生エネルギーを使って動く取組を進めています。

 また石油由来のプラスチックをなるべく減らしたいということから、2021年に、「THINK ECOLOGY」というブランドをエレコムとして作りました。そのTHINK ECOLOGYが付く製品をより多く出していこうということを、凄く今考えてやっています。例えば、ケーブルですが、このケーブルは土に還ります。とうもろこし由来のプラスチック再生を使っています。ただ、こういう製品にかかるコストが1.3倍から1.4倍くらいになるので、製品の意味を伝えて高く製品を販売できる消費者を作るとか経済的な形をどう作っていくかが、大きな課題だと思います。

 「THINK ECOLOGY」ブランドで、パッケージやプラスチックの再生や、マニュアルのWeb化を、2021年と比して、10%、20%落とした製品であればこのマークを付けて良いと決めて、いま全型番の52%まで来ています。これが100%になっていくことを目指し、そして従来より今プラスチック74トン分くらいは効率化で使わなくなってきていますので、そうしたことを迅速に実行していくことが企業として大切に考え、動いてる最中です。

周牧之(司会):ありがとうございます。このセッションの登壇者三人(岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事)には共通の特徴が一つあります。それは、御三方がいずれも日本のグローバル化を推し進める旗手であるということです。国際人であるだけでなく、それぞれの企業グループのグローバル化を、猛烈に推し進めてきた方々です。

起業家精神の極意


 周:今日の世界における企業発展のロジックは完全に変わりました。技術力と起業家精神に秀でたイノベーティブなスタートアップ企業が、世界経済パラダイムシフトを起こす主要な勢力となっています。

 ここでいう起業家精神とは、企業を興す起業家精神です。GX時代も、まさしく起業家精神の有る無しに、かかっています。

 NTTデータ、そしてエレコム、また中国科学院ホールディングス傘下のレノボ(Lenovo)は、すべて1980年代に創業したテック企業です。

 石見:いま岩本敏男さんがおっしゃっていたScope1と2、これは自社内なので、ある程度出来ます。どうしてかというと私たちがルールを決めて、私たちが測って、私たちが課題に対して対応策を取れるからです。

 一番重要なのは、PPTの右側の小さいものですが、(CO2)90%はメーカー、中国、台湾、ベトナムのメーカーで出てきます。ですから、この90%のScope3に手を付けないと、結局ファブレスのようなメーカーは最終的な答えが充分出ないです。そこをどういうやり方、どういう取組、ルール化を進めていくかは将にこれからが重要だと思って進めていきます。

 ですので、メーカーを選ぶ時に、原料から全部指定して対応するとか、製造工程をきちんと見させていただいてから動くなど、私たちは深圳の福田区にR&Dセンターを作りました。そこからきちんと中国メーカーと共にScope3に対応を進めていきたいと思っています。

 石見:きょうは学生さんが結構いらっしゃるので、起業家精神を私なりに、全部英語で書きました。私が経営を携わり200以上の企業と関わる中で、重要なことを記しました。前職のトランスコスモスでは、中国にもメンバーが7000人くらいいましたから、投資をした様々な企業の方々にもお会いし、中国でも上場企業の社外取締役を勤めました。

 当時日本で最短で一部上場までいったマクロミルという会社が、2003年から従業員が数10人ぐらいだった時から社外取締役をやり、その経営のプロセスをみてきました。当時どういうことが起きていたかを考えた時に、Entrepreneurship、起業家精神は、どういうことかとで、最初に僕が浮かんだのは、経営は実行であるということです。Discipline of Getting things done、実行ができなかったら経営ではない。ここが私の中では一番重要なポイントです。

 実行をするためにどうするのかを、起業家精神の中では考え続けることが重要です。

 これは左と右に分けています。左は、計画策定など考えること、起業をするときに、企業を大きくするときに考えること、プランニングするところです。もちろん市場調査、戦略戦術を練るところもあります。

 私自身が起業の時に重要だと思ったのは、ビジョン、何になりたいのか。10年後20年後に何になりたいのか。何の目的のためにやっているのか。そして使命は何なのかです。その企業の、カルチャーも作る企業としての将来の方向性なしでは、起業家の精神が本当の形では生まれない。そればかり話していたのが、マクロミルを始め重要な成功しているベンチャー企業の経営陣でした。

 石見:その部分があってStrategy、タクティクス(戦術)があり、そして、なおかつ市場は動き、テクノロジーも動きますから、そこを考えていくところが計画です。

 それにも増して一番重要なのは右側です。Executionです。これは実行力、実行あるのみという部分で、先ず浮かぶ四つの言葉は、リーダーシップです。

 中国の企業家でもあった、中国のマイクロソフト代表と会い、マイクロソフトと上海最大ベンチャーキャピタルと一緒になってウィクルソフトとJV会社を作り、その後そのCSサポートを実施するJVを作った会社を買い取り、その後大きくなり5000人を超える会社になったとき、彼らの優秀さと、彼らの権限移譲されたディシジョンの速さに、リーダーシップの強さ、その場で決める力は、日本の企業を凌駕していることを感じました。そこがEntrepreneurshipの中で重要なポイントです。

 あとは、ベンチャーをスタートして3年5年のときに、さっき周先生の文献も読ませていただいたのですが、L字型の成長は、新しい製品やサービス及びビジネスモデルを開発し、既存の産業の再定義をすることで生まれてくる。

 要するに変わり続けることです。市場の動向、市場の状況、競合の動きのところでチェンジマネージメントをしない限り、優位性は出ない。ベンチャーはお金がないから、変わり続けたスピードで勝つしかないです。

シンポジウム当日の東京経済大学キャンパス

 石見:チェンジマネージメントのスピードをやりながら、どうビジネスのスケールをアップしていくか。この市場に入るとこのスケールがある程度取れるから、インターネット市場調査をやって大手企業に食い込んでいこうか等、スケーリングを大きくするためにすることが次の成長を考える上で重要です。

 チャレンジと変革、そしてもう一つ、レジリエンスをやっていても、事業というのは失敗します。ときに転びます。転びながらも復活力、回復力で強い意志を持ち続け、次のステップにいく。それはリーダーシップの重要な取組の一つでもあります。

 エレコムでGXを推進するところで、私自身が一番重要だと思うのは「協働」です。GXを実現するには意味があるわけで、グループ会社や中国の製造会社と、どれくらい私たちの目的、やるべきこと、実際やることによって得られるものが協働できるか。そこがGXを進める上で、一番重要な要素だと心から思っています。この協働がきちんとすべてのScopeで対応できていくことが重要だと思います。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2会場

 石見:政府のレギュレーション、政府の助成金、政府の考えている項目は、企業にとっては重要です。そこにきちんとキャッチアップし対応していく。あとはビジネスの機会への発想、ビジネスの機会があるから、このGXを進めていく、また、CSRやコストの効率化で持ち続けること。そして経済との新しい価値の連動、エレコムの中ではGPIFもそうですし、再生材のコストでより高い価値の製品を作ることもそうです。

 そうした発想を、経済と新しい価値の創造をしていかないと、なかなか価格の転換はできないので、この三つの協働、ビジネスの機会への発想転換と行動、そして経済との新しい価値創造を視点に、私自身がGXをより進めていきたいと思います。

パネリストの岩本敏男氏、石見浩一氏

日中協力でアジアのバリューチェーンを


 周:最後に、GXそして二酸化炭素削減に向けて、日中の協力の可能性についてお話ください。

 石見:中国は、私たちのビジネスには欠かせないので、逆に言うと、どう一緒にやらせていただくのかが一番重要なイシューです。

 前述の通り、90%近い製造を中国のメーカーさんに担ってもらっている。深圳に私たちは新しくR&Dセンターを作り、いまどんどん中国との取引、ビジネスも広がっています。そこで多くの製品の品質を検証する。そしてその製品を持って日本市場、もしくはアセアン市場、その他の市場、米国市場に持っていく形もあります。

 これは笑い話ですが、脱中国だということで中国メーカーではないところに形を作ろうと言っても、中国の技術は圧倒的なので、アセアン、ベトナムやフィリピンへ行っても、中国メーカーがそこで製造している、そういう状況がほとんどです。

 石見:ですから逆に、どう一緒に世界の市場を開拓していくか、そして(世界の)GDP も大体60%くらいはアジア、インドを含むところから今後出てきますから、アジアの市場は、やはり中国と共に、より形を作っていく。グローバリゼーションは、いろいろな事が起きても最終的には続くと私は思っています。

 ですから、其の時に、アジアで、中国と日本、日本と中国で、どうバリューチェーンを作り、そして実際アジアの市場で戦っていくのか。グローバル市場で戦っていくのか。そこを模索し続けること。いろんなことは起きても、模索し続けることが結果としてGXの取り組みを協働することが重要です。

 再生可能エネルギーやエネルギーの使用量減はすぐできますし、いまも太陽光パネルは中国から調達し進めています。蓄電も、リチウムも圧倒的です。2月に私たちも中国の技術を使ってナトリウム電池を初めて発売しますが、リチウムとナトリウムの電池を中国で開発し、アジアで販売を強化していく。

 最終的にはグローバル化につながって、私たちはよりアジアの市場できちんとプレゼンスを残していきたいと考えています。

 エレコムのパーポスは、「Better being」です。より良き製品、より良きサービス、より良き会社、より良き社会を一緒になって作っていきます。


プロフィール

石見 浩一(いわみ こういち)

1967年生まれ。92年イリノイ大学院 修了、93年4月味の素入社。2001年3月トランスコスモス入社、02年6月同社取締役、03年6月同社常務取締役、05年6月同社専務取締役、06年6月同社取締役副社長、20年6月同社代表取締役副社長、22年6月同社代表取締役共同社長、23年4月同社顧問(現任)。23年7月エレコム副社長執行役員(現任)、24年1月ELECOM KOREA CO.,LTD. 代表理事(現任)、ELECOM SINGAPORE PTE.LTD. Managing Director(現任)、ELECOM SALES HONGKONG LIMITED. Director(現任)、ELECOM(深せん)商貿有限公司 董事(現任)、24年2月groxi代表取締役社長(現任)。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】周其仁:地球環境問題には先ず各自の取り組みが肝要

周其仁 北京大学教授

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。周其仁氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」のコメンテーターを務めた。


南川秀樹・邱暁華・徐林・田中琢二・周其仁:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション1「GXにおける日中の取り組み」2024年11月30日

■ 日中を含む各国GX経験の情報開示こそ鍵


 第1グラウンドの議論は大変有意義でした。先ず南川先生は鋭い問題を提起されました。気候問題は、被害が深刻であると同時に全人類に及びます。同問題は非常に難しいです。地球温暖化の加害主体と被害主体との間には、この問題に対する見解に大きな相違があります。発展段階の違いにより、先進国と新興工業国、そして後進開発途上国では、同問題に対する見解が大きく異なります。したがって、この問題は人類が直面する非常に大きな難題です。

 続いて邱暁華局長、徐林先生、田中先生、そして南川先生は、中国と日本による気候変動への対応、GX(グリーントランスフォーメーション)の経験について紹介しました。これは非常に印象深いものでした。この2カ国は、国家戦略目標、国民意識、政策措置、そして培ってきた経験のすべてにおいて、GXの分野で、人類全体にとって有益且つ具体的な経験を数多く生み出しています。

 シンポジウムに参加いただいている皆様も私と同様、日中を含む国々がこの分野で積極的な措置を講じた結果、地球温暖化に対して、どう影響を及ぼし、どの程度の効果を生んだのか、高い関心をお持ちだと思います。これらの情報の開示こそが、この問題に対してまだ積極的でない国や人々を説得し、積極化させるための鍵となるでしょう。 同時に、私たち自身がGXを継続する自信を強化することにもなります。

会場風景

■ 具体的な成果を見せることで環境問題への関心向上を


 皆さんのお話を聞くと、最大の努力を払い、気候変動やCO2排出問題を国際経済政治の摩擦・衝突のテーマにならないようにしていくべきです。最大の努力で、国際経済協力のテーマや、国際共同のイノベーションに変え、新たに挑戦に向き合わなければなりません。徐林さんが先ほど述べたプロジェクトは非常に重要です。最終的に各国の人々にこの取り組みに参加するよう説得が必要です。発展途上国にしても先進国においても、です。効果の見えるプロジェクトが重要です。より多くの人々の説得に役立ちます。

 また、田中先生が先ほど紹介した国や国際機関の取り組みも、非常に深い印象を受けました。一国が自らの努力で成果を上げると同時に、できるだけ他国を説得し、多くの国が共同で努力することが大切です。例えば、ゼロエミッションの共同体では、共に目標を設定し共に新しい技術を活用し目標を達成する。このようなアプローチは説得に役立ちます。これは人類の挑戦だからです。

 しかし、全人類が今のところ一斉に同じ行動をとることは不可能です。このようなことを調整する世界政府も存在しません。部分的なことから始めるしかありません。部分だからこそ効率重視でスタートすべきです。効果をもってより多くの国と人々を、こうした取り組みに参加するよう説得できます。

周其仁 北京大学教授

■ 気候問題、まず大国間で協力模索を


 トランプの再任で、気候変動や炭素削減について一体どの程度の衝撃と影響があるのでしょうか?これはオープンクエスチョンです。短期的にはっきりとした結論が出る問題ではありません。

 例えば田中さんが、大国のリーダーの間でよく話し合ってほしいとおっしゃったことは私もそう望みます。問題は、大国の指導者の中で、とある非常に大きな国の指導者は、地球温暖化の傾向を根本から信じていません。これをナンセンスだとさえ思っています。これで指導者同士がどう話し合って意見をまとめることができるでしょうか?主要大国が合意できなければ、世界的な合意にいたることは不可能です。

 この問題に与えるトランプの衝撃を緩和させるには、別の方法が考えられます。グローバルな枠組みの合意達成に向けた期待を、あまり高く持たないことです。

ディスカションを行う南川秀樹・元環境事務次官(左)、周其仁・北京大学教授(右)

 人類は、大きな問題を協議で解決するようにはなっていません。まだそこまで進化していません。いま局地的な戦争が起こっています。こうした局地的な戦争よりさらに解決の難しい環境問題について、すぐに合意に至ることはあまり期待できません。国連があっても世界各地で戦争が絶えません。万人単位の命が消えていっています。戦争問題も解決できないのに、どうやって地球環境のような長期的な問題を解決できるのでしょうか?

 世界的な合意に対する期待を抑え、どの国、どの国民、どの団体も、この問題の解決が必要だと思ったらすぐに取り組むべきです。効果が出たら、それが現実的な解決策になるかもしれません。

 これは昨晩、皆さんがお酒を飲んでいる場面を見た時の感じと似ています。私は飲めませんから皆さんが飲んでいるのを見て、「他人に飲ませず、先ず自分が先に飲んでしまう飲み方を賞賛したい」と思ったわけです。皆さんありがとうございました(会場爆笑)。


プロフィール

周 其仁(Zhou Qiren)

 1950年生まれ。中国社会科学院、中国国務院農村発展中心発展研究所での勤務を経て、英国及び米国へ留学し、UCLAにて博士学位取得、1995年帰国。北京大学中国経済研究中心教授、同中心主任、北京大学国家発展研究院院長、中国人民銀行貨幣政策委員会委員など歴任。

 主な著作に、『発展的主題:中国国民経済結構的変革』(1987年、四川人民出版社(中国))、『農村変革与中国発展 1978−1989 』(1994年、オックスフォード大学出版社(香港))、『中国区域発展差異調査1978−1989』(1994年、オックスフォード大学出版社(香港))、『数網競争:中国電信業的開放和改革』(2001年、三聯書店(中国))、『産権与制度変遷』(2004年、北京大学出版社(中国))、『挑灯看剣:観察経済大時代』(2006年、北京大学出版社(中国))、『真実世界的経済学』(2006年、北京大学出版社(中国))、『収入是一連串事件』(2006年、北京大学出版社(中国))、『世事勝棋局』(2007年、北京大学出版社(中国))、『病有所医当問誰:医改系列評論』(2008年、北京大学出版社(中国))、『中国做対了什么』(2010年、北京大学出版社(中国))、『貨幣的教訓』(2012年、北京大学出版社(中国))、『競争与繁栄』(2013年、中信出版社(中国))、『改革的逻辑』(2013年、中信出版社(中国))、『城郷中国』(上)(2013年、中信出版社(中国))、『城郷中国』(下)(2014年、中信出版社(中国))。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?