
■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。小手川大助氏はセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」のコメンテーターを務めた。

周牧之(司会):このセッションの登壇者三人(岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事)には共通の特徴が一つあります。それは、御三方がいずれも日本のグローバル化を推し進める旗手であるということです。国際人であるだけでなく、それぞれの企業グループのグローバル化を、猛烈に推し進めてきた方々です。
■ 環境対策と産業競争力の両立が鍵
小手川大助:私の方から、環境問題について若干、地政学的な観点から説明申し上げます。先ほど話に出た2024年11月5日がアメリカ大統領選挙でしたが、それと同じくらい重要だったのが、2024年11月9日にドイツの政権が破綻したことでした。理由は、財務大臣を務めていた自由民主党党首のリントナーが、環境予算の継続と、ウクライナに対する支援の継続の二つに最後まで反対したため、ショルツ首相がその財務大臣を解任したからです。
その結果、ドイツ政府は瓦解し、2025年1月中旬に総選挙になりました。実はこの問題が生じる前に、ドイツでは2024年9月に3つの州で州選挙があった。そこでこれまで極右と言われていたドイツのための選択肢(AFD)と、半年前に出来たばかりの新しい党で極左と言われているザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)という、女性が作った新しい政党BSWの、二つの党が大勝利しました。そして、三つの州全てで。緑の党と自由民主党の議席がゼロになりました。
いま言いました極右・極左の二つの政党に共通している政策があります。一つは、ウクライナ戦争反対、ドイツはウクライナに対して支援をするべきではないということ。もう一つは、行き過ぎた環境政策をすぐに止めるべきである、という二つでした。
なぜかと言うと、この環境政策のために、ドイツの主要企業の60%が海外へ行ってしまったからです。先週ドイツの有名企業フォルクスワーゲンが中国の工場を閉めると発表しましたが、いよいよ今晩のうちに合意をしなければ、明日からフォルクスワーゲンの組合はストライキに入ります。
そういうことで、ドイツは、環境政策やウクライナ支援より経済重視に大きく舵を切ってきていますので、これは非常に注目しなければいけないと思います。
ちなみに2025年1月に総選挙があったらどうなるか。予想ですが、もともと政権を持っていたキリスト教社会民主同盟(CDU)はおそらく第一党で残るだろう。一方で、緑の党と自由民主党はほぼ議席はゼロになると言われています。それに代わってドイツのための選択肢(AFD)がおそらく社会民主党を抜いて第二党になる。それから新しい政党であるBSWも、下手をすると社会民主党を抜くかもしれないと言われています。
まず、ヨーロッパの環境政策の一つの中心であるドイツが、大きく変わっていきそうだということになります。
周:環境問題と国内産業の競争力を両立できるかどうかが鍵です。ヨーロッパもアメリカも、いまうまく両立できずに大変に揺れ動いています。
一方、中国ではEV(電気自動車)、そして自然エネルギー等々の環境関連産業がいま大発展し国際競争力がかなり身についた。むしろ、環境問題と国内産業の競争力が両立できるような形になりつつあります。

■ 大口献金者から見えるトランプ政権の政策志向
小手川:第1ラウンドでヨーロッパの中心であるドイツの話をしましたので、第2ラウンドでは当然ながら、アメリカの話しになります。2024年11月8日、私どもが思っていた通り、圧倒的にトランプが勝ちました。
実は、2016年の時も、私とフジテレビの木村太郎さんの二人だけが当時トランプが勝つと言っていました。日本に比べると、アメリカの選挙は物凄くお金がかかります。前回2020年の大統領選挙、上院議員選挙、下院議員選挙で使われたお金は2兆2000億円です。
これは、日本でキックバックの問題になっている安倍派が使ったとされるお金が5年間で5億円というのと比較すると、アメリカの選挙資金の莫大さがお分かりになると思います。
アメリカの場合、政治活動委員会「PAC」ポリティカル・アクション・コミッティがあり、PACは、どのような趣旨のお金がどう使われたかを、一応全部発表しています。
しかも、PACはどんな団体がお金を入れてきたかも発表します。ところが、いまアメリカで何が行われているかというと、PACにお金を入れる団体が、殆ど免税団体になっています。いわゆるNPOです。NPOにどういう人たちがお金を出しているかは全く匿名です。大口の献金者等の名前は全然出てこない。

2020年のときと比較すると、バイデンの献金者はほとんどが大口です。軍事産業とウォール街の銀行で、面白いのは、2020年の時から、トランプの献金者はほとんどが小口です。献金者の数が多いのです。今回もその傾向は基本的には変わっておりません。ところが、その中にひとりだけ大口献金者がいました。これは有名なテスラのイーロン・マスクではなく、日本では全然名前が知られていない石油関係の方で、中東と非常に良い関係があった方です。
いますでに交渉が水面化で始まっていまして、2025年1月20日にトランプが大統領に就任したら、現在ロシアが占領している地域と、ウクライナとの間にいわゆる朝鮮半島形式で約5キロメートルの緩衝地帯を置き、そこにPKO(平和維持軍)を入れる。いま交渉しているのは、PKOを誰にするかという話と、それからウクライナが将来も含めてNATOに入るか入らないか、そこのところの文言を水面化で交渉している状況です。
ウクライナとの停戦が行われると、何が起こるかというと、いま経済制裁の関係で、一般のマーケットに出てきていないロシアの石油天然ガスがどんどん出てきます。
従って、基本的に一般のマーケットでは石油価格が下がります。そうすると困るのが、いま言ったような中東の国です。しかも今度の政権のエネルギー長官の第一候補は、アメリカのシェール産業の一番のリーダーです。当然、シェール産業の生産も増えます。そうすると石油の供給量が世界的に増えますから、ほっておけば当然価格は下がっていきます。
それでは最大の献金者も困るだろということで、政府の唯一の方法は消費を増やすことです。アメリカの国内の石油の消費は相当に増えると思います。
その延長線上に、アメリカがパリ協定から脱退する話が決められてくるので、そこがこれから非常に注目に値するところではあるとは思います。

周:2007年から2009年の間に、私はアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で客員教授をやっていました。当時、IMF日本代表理事をお務めだった小手川さんと、アメリカでも交流を重ねていたのですが、ちょうどその時、アメリカではオバマが大統領選に出ていて非常に面白い現象が起こった。オバマに使いきれない程の金が集まった。
相手の共和党のマケインは、最後は金が底をついてコマーシャルが出せなくなった。一方のオバマはコマーシャルを分単位でなく30分単位でバンバン流していました。民主党政権の変質がひしひしと感じられた経験でした。
小手川さんとは、ここ数年、本学のゲスト講義で議論を重ねてきたのですが、やはりアメリカという世界の唯一の覇権国家のブレ、選挙によるブレの、世界に対する影響は極めて大きいと痛感しています。このブレはおそらく、中国国内にいる皆さんが感じる以上に、世界的な影響が非常に大きい。それがGXにどう影響されてくるのか?
周其仁先生の仰る通り、我々は飲むべきものを乾杯して飲んでいくしかない。GXに関しては、我々はやれることからやるしかないと痛感しているところです。

■ トランプ氏は個人的な交渉や取引を重視
小手川:やはり日中は、地理的にも近いですし、経済的な関係も非常に深いので、当然今後仲良くやっていく必要があります。が、残念ながら日本の後ろには怖い怖い姑さんがいます。姑さんは、日本は自分の最大の同盟国とは言っているのですが、なかなか難しい人ですから、どうしてもこの姑さんがどういうことを考えているのかを、しっかり捉えていくことが重要だと思います。
そんな観点からいうと、トランプさんは商売人です。戦争が大嫌いです。オバマやバイデンと違い、人権、民主主義、それからLGBTQなどへのドグマはありません。とにかく商売が好きで、しかも彼は自分の経験から一対一での交渉が大好きです。マルチの交渉、マルチの機関、IMFや世界銀行は大嫌いです。
従って彼はとにかく一対一の交渉の場に出れば、自分が絶対に勝てると思っていますので、とにかく彼にとっては、どうやって相手を交渉の席に引っ張り出すかが最大の課題になります。
そのため彼は物凄く高いボールを投げます。ところが実際に交渉の席につきますと、非常に話のわかる人に変わってしまい、とにかくディールをしたいというふうになってきます。
トランプはニューヨークのちょっと東のクイーンズ地区の出身です。クィーンズ出身の人のことをニューヨークの人たちはどう言っているかというと、「Don’t listen to him」彼が言うことには耳を傾けるな。「Watch what he does」彼が何をするかを見ておけ、です。
要するにトランプが色々な事を言っても全然気にする必要はない。実際彼が何をやってくるかが一番重要です。
もう一つ付け加えますと、私も1980年代から90年代にかけて、アメリカを相手とした二国間交渉を嫌というほどやりました。相手は米財務省やUSTRで、当時のUSTRは、大体75名くらいいました。
ところが2016年にトランプ大統領になり、ライトハイザー等がやってきて交渉に入ったのですが、その当時のUSTRは、なんと25名しかいませんでした。それで、どうなるかと言いますと、日本の外務省が作った合意案文を全部ほぼ丸呑みで、少しだけ変えてくるのですが、充分検討するような人間もいないようで非常に簡単に交渉がまとまりました。当時の外務省の人たちは万々歳だったことだけちょっと申し上げたいと思います。

小手川:最後にひとこと。先ほどのセッションで徐林先生がおっしゃったことに関係しますが、アメリカは、最後は物凄く利己的になります。例えば、いまウクライナの関係で(ロシアに)経済制裁をやっているのですが、経済制裁にもかかわらずアメリカはずっとロシアから輸入しているものが三つあります。一つはウラニウムの鉱石、二つ目はディーゼルオイル、三つ目は化学肥料の原料になるケイ素です。とにかくアメリカは常に自分中心ですので、ルールとかはあまり考えない方がいいと思います。
周:アメリカは、ユーラシア大陸から見ると「島国」なんです、彼らの対ユーラシア政策も、イギリスという島国の伝統的な考え方、戦略でやっています。日中関係もアメリカの影響をかなり受けます。GXもアメリカの影響をかなり受けます。やはり周其仁先生がきょうおっしゃっていたように、我々はやるべきことをやっていくしかありません。

プロフィール
小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事
1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。
■ シンポジウム掲載記事
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