【ランキング】〈中国都市総合発展指標2019〉全297都市ランキング


 中国の春節(旧正月)が明けた直後、雲河都市研究院は、中国地級市及びそれ以上の297都市 (都道府県に相当)の中国都市総合発展指標2019における総合ランキングを発表、環境、社会、経済三大項目のトップ100都市ランキングも公表した。趙啓正、楊偉民、周其仁、邱暁華、杜平、明暁東等著名な専門家が特別に寄稿し、中国都市総合発展指標の意義と中国都市発展への期待を寄せた。


趙啓正
中国人民大学新聞学院院長、中国国務院新聞弁公室元主任

 中国都市総合発展指標は都市を理解し、マネジメントするための理念、コンセプト、フレームワークを提供したと、私は確信している。私は同指標が、中国の各都市の市長をはじめとする政策担当者にとって非常に有用な参考書となると思う。1990年代には私自身、上海市副市長を務め、浦東新区の主任及び書記を兼務し、浦東新区開発の重責を負っていた。残念なことに当時は、同〈指標〉のような良い参考書はなかった。

 今日、人間の成長は数多くの指標によって表される。私たちが人間ドックを受ける際には、少なくとも数十の指標を用いる。今なら一般市民にとって馴染み深い健康指標も、30年前の中国では我々自身はもとより医師でさえ、それについて知識を持たなかった。つまり、自分の体を「科学的に管理」しようがなかった。

 30年前、中国人の平均寿命は70歳に至らなかった。それが今は、80歳に近づいている。健康指標の功績は大きい。

 同様に、数十年前、私たちは都市という「大きな体」を、どのような指標で測るかについてあまり意識していなかった。ただごく単純に政治、経済、文化などのマクロ的視点で、都市発展の計画を制定した。今振り返れば一種粗雑で、独断的ですらあった。

 今日、もし都市について緻密な計画と管理とで臨もうとすれば、まず都市に対しての明晰な理念と研究が必要である。そのための、総合的な指標による分析が欠かせない。従って、中国の都市発展には〈中国都市総合発展指標〉が提供する理念、合理性そして総合分析のフレームワークが貴重である。このような指標の精密なデータをもとに、研究を重ね、都市をどうマネジメントしていくかを模索するべきである。これは時代の要請である。


図1 中国都市総合発展指標2019 総合ランキング1-100位都市


楊偉民
中国全国政治協商会議常務委員、中国共産党中央財経領導小組弁公室元副主任

 中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院の研究成果である中国都市総合発展指標は、これまで私が目にした中国都市発展状況を測るものの中で、最も時代性、国際性、実用性に富んだ総合評価である。同〈指標〉は、中国都市の健康状況を見極める総合的な「健診報告」と言ってもいいだろう。そこから各都市は自分のどの指標が健全で、どこが劣っているか、あるいは不健全であるかが見て取れる。各都市はこれによって健康を保持し、都市病を予防し、病症をいち早く治すことができる。

 「健診報告」である以上、毎年「健診」を重ねることが肝要である。新しい指標を絶えず追加し、新しい状況を反映させ、新たな課題を見出すことも大切である。

 都市化は中国経済社会発展の原動力である。中国の都市化の道のりはまだ遠く、長い。中国経済はすでにハイクオリティを目指す発展段階に至った。都市は経済発展の主体であり、またハイクオリティ発展の空間でもある。都市のハイクオリティな発展が、中国全体のハイクオリティな発展につながる。

 中国都市総合発展指標は、環境、社会、経済の3つの視野で都市の発展を評価し、都市空間における均衡発展を重視する真の意味での都市の総合発展評価である。このような都市発展評価は、まさしく科学的かつ包括的な評価であり、中国の都市の持続的な発展に大きく寄与する。

 中国の都市は、生態文明の理念を堅持し、生態環境を重視する都市発展を進めなければならない。土地、水、エネルギー等の資源を節約し、自然へのダメージを最小限に抑えなければならない。生態安全を重視し、森林・湖沼・湿地などの環境生態空間の比重を増やし、さらには汚染物質の排出総量を減らすことも肝要である。

 中国都市総合発展指標は、応用可能な環境、社会、経済指標を体系的に示している。各都市は自らの指標を精査し、どの分野で滞りがあるかを見出し、改善に向けて努力すべきである。中国都市総合発展指標はただの評価指標ではなく、都市の今後進むべき道を指し示すものでもある。


周其仁
北京大学国家発展研究院教授

 都市間の競争は、都市文明を向上させる原動力である。故に都市間で何を比較し、競争するのかが都市発展の方向とクオリティに関わる一大事である。

 これまでの経験では、正しい目標の選択が行われた場合、いわゆる正しい“指揮棒”を手に入れた場合、都市は順当に発展し、強い競争力を獲得できる。その意味では、周牧之教授が率いるチームが貢献した中国都市総合発展指標は、中国都市のハイクオリティ発展に貴重な礎を打ち立てた。各地の市民、観光客、ビジネスマン等は同指標が描く“都市画像”から、生活やビジネスの決め手となる参照を得られる。各都市の政策担当者も同指標を使い、より正確な都市発展の目標や競争戦略を描き、中国都市を一層健全に発展させるであろう。


図2 中国都市総合発展指標2019 総合ランキング101-200位都市


邱暁華
マカオ都市大学経済研究所所長、中国国家統計局元局長

 中国都市総合発展指標は、大変意義のある取り組みである。私なりに下記の4つの意義をまとめた。

 第1に、これは都市発展の羅針盤である。同指標は中国の都市発展にディレクションと目標を示したことで、都市発展の方向性を指導している。

 第2に、これは都市発展の年鑑である。毎年出し続けられる同指標は、中国都市発展の軌跡を記述し、都市発展の変化を記録している。

 第3に、これは都市発展の診断書である。同指標は毎年、都市の「健康診断」を実施している。各都市の健康状況を明らかにし、都市政策の当事者や研究者の状況判断を助けている。

 第4に、これは都市発展の成績表でもある。さまざまな指標から都市の成績を明確に示し、且つ、297都市の違いを一目瞭然にしている。

 中国都市総合発展指標2019の全ランキング公開は中国都市の年度総括であり、年度健診でもある。こうした総括と診断によって中国都市発展の進展と不足が認識できる。これを踏まえ各都市は未来志向で不足を解決し、一層の発展を促し、中国と世界のさらなる良好な関係を築き上げるであろう。


杜平
中国国家戦略性新興産業発展専門家諮詢委員会秘書長、中国国家信息センター元常務副主任

 今回が第4回目の発表となった中国都市総合発展指標は、国内外で好評を博している指標システムである(すでに中国語版、英語版、日本語版が出版)。同指標は、中国の政策担当省庁、地方政府、学界および経済界に重要な参考と啓発を与え続けている。

 中国都市総合発展指標の独自の長所について私なりにまとめてみた。

 一つは、データの欠陥と歪みの問題を解決したことである。これまで中国での指標研究のほとんどは、統計データやアンケートデータにしか使えなかった。これらデータの設計、採集、集計から来るデータの欠陥と歪みは問題が大きかった。

 結果、同指標では、データ源の約30%は統計データ、約30%が衛星リモートセンシングデータ、約40%がインターネット・ビックデータとなっている。これによって、統計データで生じる歪みを是正することができた。さらに、これまで統計データではカバーしきれなかった領域も数字化できるようになった。こうした努力により中国都市総合発展指標が都市を評価するために必要なデータは、質量ともに確保できた。

 二番目に、中国都市総合発展指標の「3×3×3構造」が挙げられる。中国春秋時代の思想家老子は、「一から二が生まれ、二から三が生まれ、三から万物が生まれる」という宇宙観を説いた。都市という複雑かつ巨大なシステムをはかる指標の「3×3×3構造」はこのような思想に合致している。

 中国都市総合発展指標は、そのデザイン理念、指標間のロジック、システムにおいて、実に簡潔かつ合理的である。環境、社会、経済という3つの大項目を立て、9つの中項目、そして27の小項目を置き、878のデータで定量化した。

 よって、同指標は都市の変化を趨勢として捉えると同時に、細部までの変化も網羅する。これは都市の現状や課題を明らかにし、戦略や政策の策定の大きな助けになる。

 三番目は、中国都市総合発展指標がこれまで中国にはなかった指標を開発し、都市発展の趨勢を促す手立てとなったことである。例えば、「DID人口」を用いて、都市発展の規模と質を見極めた。また、「輻射力」という概念を提起し、都市の外部への影響力を様々な分野から検証できた。さらに輻射力と都市機能との相関関係の分析により、各産業がそれぞれ求める都市の機能を明らかにした。

 四番目は、国際比較である。中国都市総合発展指標は中国だけでなく、海外の都市も評価可能となっている。例えば、北京と東京両大都市圏の比較がリアルにできることで、中国の都市発展の目標が一層定まった。

 以上述べたように中国都市総合発展指標は先見性と戦略性を持ち、ハイクオリティな発展を求める中国の都市にとって実用性の高い政策・計画ツールである。


図3 中国都市総合発展指標2019 総合ランキング201-297位都市


明暁東
中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元一級巡視員、駐日中国大使館元公使参事官

 中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院が共同で研究開発した中国都市総合発展指標(以下〈指標〉と略称)の、2019年度ランキングが、正式に発表された。これは2016年度の初めての発表以来4度目になる。〈指標〉は近年、中国の都市発展の歴史を記録し、都市の高品質発展、空間構造の進化などプロセスをも捉えている。

 ハイクオリティ発展において、〈指標〉は環境、社会、経済の3つの軸から878のデータを精選し、都市の持続発展能力を総合的に表現している。とりわけ〈指標〉は、イノベーション、産業構造の高度化などについて経済大項目の中に「イノベーション・起業」という小項目を置き、都市の新たな活力を捉えている。指標の公表以来5年間、中国の都市発展のクオリティは明らかに向上し、都市化率も上昇し、約1億の農業人口が都市へ移動した。毎年1,300万人を超える都市部への就業増が実現した。都市の軌道交通も迅速に発展し、運行距離は5,500キロメートルに達した。都市の環境マネジメント力も強化し、汚水処理率は95.6%に達した。生活ゴミの無害処理率も大幅に上昇した。スマート化、グリーン化は、人文化への追求によって都市の在りようは一新された。

 空間構造において、〈指標〉は297の地級市およびそれ以上の都市を網羅し、中国都市の空間的な分布をすべてカバーし、中心都市とメガロポリスを軸にした中国の空間構造をきちんと捉えている。〈指標〉は、「輻射力」指標のシリーズを設定し、さまざまな分野における都市の影響力を顕にした。過去5年間で、人口集積と産業集積においてメガロポリスの存在が更に顕著になってきた。現在19のメガロポリスは75%の都市人口をかかえ、80%以上のGDPを貢献している。都市圏も急速に形成されている。中心都市の輻射力は増大し、圏域内におけるインフラ整備、公共サービスの提供、産業の連携は進んでいる。

 都市と農村の関係において、中国の都市行政区域の中には都市空間と農村空間双方が存在しているため、〈指標〉は都市を対象としているが、環境、社会、経済各大項目の中に農業、農村、農民に関わる指標を数多く設置している。とくに、経済大項目の中に「都市農村共生」という小項目を置き、都市の発展と農村の振興とのバランスを測っている。過去5年間で中国における都市と農村との協調発展の政策体系がより整備され、都市と農村における基本公共サービスの連携が一層深まった。農村部での水、電力、道路、ネットワークなどのインフラ整備水準が向上し、都市と農村の住民の収入比は2014年の2.75から2019年の2.64へと縮小した。

 中国都市総合発展指標2019は、中国都市発展の新たな変化も捉えている。前年度と比べ、東北地域の長春、ハルビン両市は総合ランキングのトップ30から転落した。主な原因は社会大項目での指標成績が悪化したことにある。相対して中部地域は、南昌と西部地域の貴陽の両市は、同トップ30への仲間入りを果たした。

 中国都市総合発展指標2019で、CO2排出量への評価を導入したことにより、環境大項目においてはランキングの変動が大きい。前年度と比較し、上海、広州両市の順位が向上し、深圳に次いで全国第2位と第3位を勝ち取った。これは、環境マネジメントの強化でメガシティでも環境問題を改善できることを示した。相対して温州、龍岩、黒河、天津、南平、莆田、泉州、フルンボイル、臨滄など都市はトップ30から転落した。

 社会大項目においては、そのランキングは経済大項目との相関度が高い。これは経済成長が社会発展の礎であることを意味する。相対して、海口、石家荘、南昌、ラサ、ウルムチ、蘭州、呼和浩特、銀川、西寧など省都・自治区首府がトップ30入り出来なかった。

 経済大項目においては、順位の変化はあったものの、トップ30の都市には古参メンバーが多く見られた。強いものが常に強いという局面が現れている。相対して、常州と煙台両都市はトップ30から脱落した。

 中国都市総合発展指標2019ランキングにおける変化からいくつかの構造的な特徴が見て取れる。①中国の経済分布が基本的に安定し、経済の重心が依然として東南地域に偏っている。②生態環境が全体として改善されたものの、個別では伝統的に環境が優れていたいくつか都市の環境データが悪化した。③社会発展が安定的に進んでいるものの、経済発展への依存が依然として強い。

 以上から見て取れるように、よく体系化され、適切な指標を選定した中国都市総合発展指標は、都市の主な発展分野を網羅し、中国都市発展の方向性を明確に示す重要な政策ツールである。


図4 中国都市総合発展指標2019 環境ランキング1-100位都市


図5 中国都市総合発展指標2019 社会ランキング1-100位都市


図6 中国都市総合発展指標2019 経済ランキング1-100位都市


中国網日本語版(チャイナネット)」2021年3月11日

【ランキング】「中国中心都市&都市圏発展指数2019」都市ランキング 〜36中心都市発展パフォーマンス大公開〜

 国際シンクタンクの雲河都市研究院が作成した中国中心都市&都市圏発展指数2019がこのほど発表された。総合ランキングのトップ3は北京、上海、深圳。第4位から第9位は順に広州、天津、成都、杭州、重慶、南京となった。

 2018年のトップ10都市と比べ2019年は第1位から第9位まで順位の変化は無かった。中心都市ではない蘇州が第10位に仲間入りしたことで武漢がトップ10から転落した。トップ10以外の都市では、寧波、鄭州、済南、福州、貴陽、石家荘、南寧、銀川などの都市の順位が上がった。

 中国中心都市&都市圏発展指数は中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司の依頼で開発された中国都市総合発展指標をベースにバージョンアップされ、同計画司と雲河都市研究院が共同で開発した中国都市総合発展指標の派生指数として、36の中心都市の評価に特化したものである。今回は、2017年以来の3度目の発表になる。

 中国中心都市&都市圏発展指数2019のランキングでは東北三省の転落が目立つ。前年度と比べ、同地域における瀋陽、長春、ハルビンの3省都はそれぞれ2つ、1つ、3つ順位を下げ、それぞれ第21位、第26位、第29位となった。新中国の重化学工業基地としての雄姿と今日の中心都市間競争における落ち込みぶりとが大きなギャップを感じさせる。

 中国中心都市&都市圏発展指数の大きな特徴は、中国の4大直轄市、22省都、5自治区首府、5計画単列市の計36都市を「中心都市」とし、全国297の地級市以上の都市の中で評価した点にある。同指標の分析によると、これら36の「中心都市」は全国GDP規模の40.5%、貨物輸出の51.3%、特許取得数の48.6%を占め、全国の常住人口の24%、DID人口の42%、メインボード上場企業の67.5%、全国の981&211高等教育機関(トップ大学)の94.8%、5つ星ホテルの57.8%、三甲病院(最高等級病院)の48.1%を有している。

 中国中心都市&都市圏発展指数2019は「都市地位」、「都市圏実力」、「輻射能力」、「広域中枢機能」、「開放交流」、「ビジネス環境」、「イノベーション・起業」、「生態環境」、「生活品質」、「文化教育」の10大項目と30の小項目、114組の指標からなり、包括的かつ詳細に、中心都市の都市圏発展を指数で診断し、中国中心都市の高品質発展を促す総合評価システムである。

 中国中心都市&都市圏発展指数中国都市総合発展指標の878の基礎データから438の基礎データを精選し、中心都市の都市圏発展を評価するための指標システムを構築した。これら基礎データは、統計データだけではなく、衛星リモートセンシングデータやインターネットのビッグデータも取り入れている。中国中心都市&都市圏発展指数はある意味では五感で都市を感知するマルチモーダルインデックス(Multimodal Index)である。例えば衛星リモートセンシングデータによるDID(Densely Inhabited District:人口集中地区)分析は、都市圏人口の規模、分布、密度を正確に把握し、それらと経済発展、インフラ整備、ガバナンス、生態環境マネジメントとの関係を多面的に分析でき、都市圏研究レベルを一挙に引き上げた。これはまさしく斬新なスーパーインデックスである。

 二酸化炭素排出量を中国の都市圏評価に取り入れたことは、中国中心都市&都市圏発展指数2019の一大進化である。長年の努力により雲河都市研究院は、衛星リモートセンシングデータの解析とGISの分析を用いて各都市の二酸化炭素排出量を正確に算出した。これにより都市圏評価の精度と分析幅を格段に上げた。

1.「都市地位」大項目

 北京、上海は「都市地位」大項目ランキングのトップ2であり且つ偏差値の高さで他都市を大きく引き離している。ランキング第3位から第10位までは順に天津、重慶、広州、深圳、南京、杭州、成都、武漢が入った。2018年と比べ北京、上海の順位は不動であり、天津、重慶、深圳の順位は上昇した。とくに深圳は、2018年の第9位から2019年には第6位へと躍進した。

 「都市地位」大項目は行政機能のレベルだけでなく、メガロポリスにおける中心都市の役割、そして“一帯一路”、“長江経済ベルト”、“京津冀協調発展”など国家戦略におけるパフォーマンスをも評価する。

 そのため、同大項目は「行政機能」、「メガロポリス&都市圏」、「一帯一路」の3つの小項目指標を設置し、「行政階層」、「大使館・領事館」、「国際組織」、「メガロポリス階層」、「中心都市階層」、「都市圏階層」、「一帯一路指数」、「歴史的地位」など8組の指標データで構成される。

 (1)「行政機能」小項目:北京、上海、重慶は同小項目のトップ3である。第4位から第10位までの中心都市は天津、瀋陽、広州、杭州、南京、成都、武漢であった。首都、直轄市、省都が行政機能小項目において優勢であった。

 (2)「メガロポリス&都市圏」小項目:北京、上海、深圳が同小項目のトップ3を飾った。第4位から第10位までの中心都市は広州、天津、杭州、南京、成都、重慶、合肥であった。メガロポリス&都市圏小項目では、長江デルタ、珠江デルタ、京津冀、成渝の四大メガロポリスの都市の得点が高い。

 (3)「一帯一路」小項目:北京、上海、深圳は同小項目のトップ3であった。第4位から第10位までの中心都市は広州、ウルムチ、昆明、南京、ラサ、西安、天津だった。2018年と比べ北京、上海、深圳、南京の順位は維持されたものの、広州、ウルムチ、昆明、ラサ、西安の順位が上がり、一帯一路の拠点都市であることに加え、貿易・投資や人の往来の活発な都市の得点が高い。

2.「都市圏実力」大項目

 「都市圏実力」大項目ランキンングトップ3は北京、上海、深圳である。偏差値からみると他都市と比べ、この3都市の優位性が突出している。他にトップ10入りした中心都市は広州、重慶、天津、杭州、成都、武漢の6都市であった(トップ10内に36中心都市ではない都市が含まれる場合がある。以下同)。

 2018年と比べトップ10都市のうち北京、上海、深圳、広州の順位は不動だった。重慶は1位、杭州は2位順位を上げた。このほかにも寧波、鄭州、福州、済南、昆明、貴陽、石家荘、西寧、銀川、フフホト、ラサなど都市の順位が上がった。

 「都市圏実力」大項目は「経済規模」、「都市圏品質」、「企業集積」の3つの小項目を設置し、都市の経済と人口規模、そして都市圏の人口集約度とその構造、さらにはその経済中枢機能を評価する。

 そのため、同大項目は「GDP規模」、「税収規模」、「固定資産投資規模指数」、「電力消費量」、「常住人口」、「DID人口」、「常住人口増加率指数」、「人口流動」、「DID面積指数」、「都市圏人口集中度」、「都市圏構造」、「フォーチュントップ500中国企業」、「中国トップ500企業」、「メインボード上場企業指数」の14の指標データで支えられる。

 (1)「経済規模」小項目:上海、北京、重慶が同小項目のトップ3を飾った。偏差値からみて他都市に比べ同三都市は優位性が明らかである。トップ10ランキング入りの中心都市は他に深圳、広州、天津、成都、武漢、杭州の6都市であった。深圳、広州の経済規模はすでに天津のそれを超え、四大直轄市にひけをとらない経済力を有している。2018年と比べ、2019年は36中心都市中、同小項目のトップ10都市の順位は変わらなかった。鄭州、寧波、長沙、西安、合肥、福州、済南、昆明、太原、ウルムチ、蘭州、フフホト、銀川、西寧、ラサなど都市の順位は上がった。

 (2)「都市圏品質」小項目:上海、深圳、北京が同小項目のトップ3を飾った。ランキングトップ10入りした中心都市は他に、広州、天津、武漢、成都、杭州の5都市であった。297の地級市以上の都市のうち、2019年は重慶が同小項目で順位が第31位と振るわなかったものの、2018年の第43位と比べると上げ幅は大きく、これが「都市圏実力」大項目での順位アップの由来であった。同小項目では杭州が2018年の第13位から2019年には第10位に上がったことが、同市の「都市圏実力」大項目での順位上昇につながった。

 (3)「企業集積」小項目:北京、上海、深圳は同小項目において圧倒的な優位でトップ3位を占め、同3都市の企業本社集積規模の強大さは突出していた。ランキング10位入りした中心都市は他に広州、杭州、南京、寧波、重慶、福州の6都市であった。36中心都市全体からみると、2018年に比べ広州、寧波、福州、アモイ、済南、青島、鄭州、銀川、フフホトなど都市が順位を上げた。

3.「輻射能力」大項目

 「輻射能力」大項目ランキング第1位の都市は北京であり、そのゆるぎない力で、同大項目における各小項目ランキングでも軒並み1位を獲得した。上海、深圳、広州、成都、杭州、南京、武漢、西安の8中心都市もトップ10入りした。2018年と比較し、トップ10のうち北京、上海、深圳、杭州、南京の順位は不動で、広州、武漢の順位は僅かに上がり、成都、西安は順位を下げた。天津はトップ10から弾き出された。

 中心都市が「中心都市」たる所以は、周辺地域や全国への輻射力の大きさにある。このため、都市の輻射力をはかることが中心都市評価のキーポイントとなる。「輻射能力」大項目は、まさに中心都市の各機能が全国及び周辺地域に与える影響力の強弱をはかる指標である。同大項目は、都市の産業、科学技術、高等教育など分野の輻射力をはかるだけでなく、都市での生活サービス分野の輻射力を特に注視し明らかにしている。

 同大項目では「産業輻射力」、「科学技術・高等教育輻射力」、「生活文化サービス輻射力」の3つの小項目指標を立て、「製造業輻射力」、「IT産業輻射力」、「金融業輻射力」、「科学技術輻射力」、「高等教育輻射力」、「文化・スポーツ・娯楽輻射力」、「医療輻射力」、「卸売・小売輻射力」、「飲食・ホテル輻射力」など9組の指標データから構成される。

 (1) 「産業輻射力」小項目:北京、深圳、上海がトップ3の雄姿を示した。トップ10入りした中心都市は他に成都、広州、杭州、南京、アモイの5都市であった。36中心都市全体からみると、2018年と比べ北京、深圳、上海、成都、アモイ、福州、寧波の順位は維持された。広州、重慶、武漢、合肥、海口、瀋陽、太原、石家荘、西寧、ウルムチ、南寧、フフホトなど都市の順位は上がった。

 (2) 「科学技術・高等教育輻射力」小項目北京、上海、深圳は同小項目のトップ3を占め、とくに北京の優位性が際立った。ランキング第4位から第10位までの都市は広州、南京、天津、成都、杭州、武漢、西安であった。36中心都市全体からすると2018年と比べ北京、上海、長沙、大連、合肥、瀋陽、太原の順位は変わらず、深圳、南京、天津、杭州、済南、青島、寧波、長春、アモイ、福州、石家荘、銀川など都市の順位は上がった。

 (3)「生活文化サービス輻射力」小項目:北京、上海、成都が小項目のトップ3を占め、北京の同小項目での優勢が突出していた。ランキング第4位から第10位までに入った中心都市は広州、杭州、武漢、南京、深圳、天津、西安の7都市だった。深圳は第7位から第8位へと順位を下げた。

4.「広域中枢機能」大項目

 「広域中枢機能」大項目ランキングの第1位は水路輸送、陸路輸送、航空輸送いずれも上海が優勢を誇り、偏差値から見て他都市を大きく引き離した。ランキング第2位から第10位までの中心都市は広州、深圳、北京、天津、青島、寧波、アモイ、重慶、南京だった。2018年と比べ第5位までの都市に変化はなく、青島、アモイの順位はやや上がり、重慶は2018年の第11位から2019年には第9位へと上昇し陸路輸送の貢献が大きかった。

 交通中枢は中心都市の重要な機能で、これは他のセンター機能が成り立つ土台でもある。広域中枢機能は都市の水路輸送、陸路輸送、及び航空輸送のインフラ条件と輸送量を測る大項目である。

 同大項目は「水路輸送」、「航空輸送」、「陸路輸送」の3つの小項目を設置し、「コンテナ利便性」、「コンテナ取扱量」、「水運輸送指数」、「空港利便性」、「航空輸送指数」、「鉄道利便性」、「鉄道密度指数」、「高速道路密度指数」、「国道・省道密度指数」、「道路輸送指数」など10組の指数データで構成される。

 (1)「水路輸送」小項目:上海、深圳、寧波は同小項目のトップ3をとなった。ランキング10位内に入った中心都市は他に、広州、青島、天津、アモイ、大連の5都市で、臨海都市が同小項目の上位を占めた。

 (2)「航空輸送」小項目:上海、北京、広州が同小項目のトップ3であった。いずれも中国最大の航空輸送中枢都市であり、偏差値から見た優位性が顕著である。深圳、成都、昆明、重慶、西安、杭州、鄭州は第4位から第10位までを占めた。西南・西北地域の航空輸送依存の高さが、成都、昆明、重慶、西安など都市の航空中枢地位を高めた。

 (3)「陸路輸送」小項目:広州、深圳、貴陽が同小項目のトップ3であった。ランキング10入りした中心都市は他に、北京、上海、南京、重慶、武漢の5都市であった。同小項目の中で西南地域の貴陽のパフォーマンスは目を見張るものがあった。

5.「開放交流」大項目

 「開放交流」大項目ランキングトップ10入りした中心都市は上海、深圳、北京、広州、重慶、天津、成都、寧波、杭州の9都市である。2018年と比べ、トップの上海は首位の座を維持し、深圳、重慶、成都、寧波は順位をあげた。

 開放交流はグローバリゼーションを背景に、都市と世界との人、カネ、モノの交流交易を推し量る重要な指標である。同大項目は「国際貿易」、「国際投資」、「交流業績」の3つの小項目指標を立て、「貨物輸出」、「貨物輸入」、「実行ベース外資導入指数」、「対外直接投資」、「海外旅行客」、「国内旅行客」、「国際旅行外貨収入」、「国内旅行収入」、「世界観光都市認定指数」、「国際会議」、「展示会業発展指数」など11組の指数データから成る。

 (1)「国際貿易」小項目:上海、深圳、北京が同項目でトップ3を飾った。トップ10入りした中心都市は他に広州、寧波、天津、アモイの4都市だった。2018年と比べ、寧波、成都、合肥、長沙、済南、昆明、南寧、海口など都市の順位が上がった。

 (2)「国際投資」小項目:上海、深圳、北京がトップ3だった。ランキング第4位から第10位までの中心都市は順に天津、重慶、寧波、青島、成都、大連、武漢であった。2018年と比べ、ランキングトップ10入りした中心都市の中で、上海、深圳、寧波、成都、大連、武漢の順位が上がった。

 (3)「交流業績」小項目:上海、北京、広州が同項目のトップ3となった。偏差値から見ると、トップ3都市の値が他都市を大きく引き離した。ランキング第4位から第10位までの中心都市は順に、深圳、重慶、成都、杭州、武漢、西安、アモイだった。2018年と比べ、ランキングトップ10入りした都市では、杭州、武漢、西安、アモイの順位がアップした。

6.「ビジネス環境」大項目

 「ビジネス環境」大項目ランキングトップ3の都市は、北京、上海、広州であった。深圳、成都、南京、天津、武漢、杭州、重慶が順に第4位から第10位となった。2018年と比べ、トップ10入りした中心都市の中で北京、南京、武漢、杭州の順位が上がった。

 ビジネス環境は、都市の交流交易経済を開花させる大切な要素である。同大項目は純粋なビジネスサポートを測るだけでなく、都市の政策的なサポートも評価する。市内交通を、ビジネス環境を測る重要な指標としている点は特記すべきである。

 同大項目は、「園区支援」、「ビジネス支援」、「都市交通」の三つの小項目指標を設置し、「国家園区指数」、「自由貿易区指数」、「平均賃金指数」、「事業所向けサービス業従業員数」、「ハイクラスホテル指数」、「トップクラスレストラン指数」、「1万人あたり公共バス利用客数」、「都市軌道交通距離」、「都市歩道・自転車道密度指数」、「公共交通都市指数」など10組の指数データで構成する。

 (1)「園区支援」小項目:深圳、上海、アモイがトップ3都市となった。トップ10入りした中心都市は他に、海口、天津、重慶、西安の4都市あった。2018年と比べ、トップ10中心都市の中で深圳、海口、天津の順位が上がった。

 (2)「ビジネス支援」小項目:北京、上海、深圳がトップ3となった。トップ10入りした中心都市は他に、広州、成都、杭州、天津、南京、重慶の6都市であった。2018年と比べ、トップ10都市のうち深圳、南京の順位が上がった。

 (3)「都市交通」小項目:北京、上海、広州がトップ3を占めた。ランキング第4位から第10位までの都市は順に深圳、武漢、成都、南京、蘭州、杭州、ウルムチだった。2018年と比べ、北京が上海に代わって第1位となった。成都、蘭州、杭州の順位が上がった。

7.「イノベーション起業」大項目

 「イノベーション・起業」大項目では深圳が北京を追い落として第1位を獲得した。トップ10入りした中心都市は他に、北京、上海、広州、杭州、成都、南京、天津、武漢の8都市だった。2018年と比べ、トップ10都市の中で深圳、広州、成都の順位が上がった。

 イノベーション・起業は交流交易経済の融合、再編の重要手段であり、都市発展の主要な原動力である。よって同大項目は研究開発への投入だけでなく、その成果も重視する。また起業の活力を見据え、さらに政策支援も評価した。

 よって同大項目には「研究集積」、「イノベーション・起業活力」、「政策支援」の3つの小項目指標を置き、「R&D内部経費支出」、「地方財政科学技術支出指数」、「R&D要員」、「中国科学院・中国工程院院士指数」、「創業板・新三板上場企業指数」、「特許取得数指数」、「国家改革試験区指数」、「国家イノベーション模範都市認定指数」、「情報・知識産業都市認定指数」、「国家重点研究所・工学研究センター指数」など10組の指標データから構成される。

 (1)「研究集積」小項目:同小項目ランキングトップ3を飾った都市は、北京、深圳、上海だった。偏差値からみると同3都市のパフォーマンスが他都市をはるかに上回った。トップ10入りした中心都市は他に広州、南京、杭州、天津、武漢、成都の6都市だった。2018年と比べると、トップ10都市の中で、深圳、広州、南京、杭州、成都の順位が上がった。

 (2)「イノベーション起業活力」小項目:トップ3の都市は深圳、北京、上海であった。中でも深圳、北京両都市の偏差値は他都市を大きく引き離した。トップ10入りした中心都市は他に広州、杭州、成都、南京の4都市だった。2018年と比べ、トップ10入りした中心都市には順位をあげた都市はなかった。

 (3)「政策支援」小項目:同小項目ランキングトップ3都市は北京、上海、重慶であった。トップ10入りした中心都市は他に天津、成都、武漢、青島、西安、深圳の6都市で、直轄市の政策支援の手厚さが目立った。2018年と比較すると、トップ10入りした中心都市では成都、武漢、西安、深圳の順位が上がった。

8.「生態環境」大項目

 上海、深圳、北京が「生態環境」大項目のトップ3を飾った。トップ10入りした中心都市は他に広州、重慶、成都、アモイ、武漢の5都市だった。2018年と比べ、36中心都市の中で深圳、重慶、成都、武漢、南京、長沙、貴陽、昆明、ラサ、西寧の順位が上がった。

 都市にとっては、生態環境の品質や資源利用の効率の重要性はますます高まっている。同大項目指標は環境品質と資源効率を重視すると同時に、都市の環境努力への評価も行う。特記すべきは、今年度、初めて二酸化炭素排出量の評価を導入した点である。

 これにより、同大項目は「環境品質」、「環境努力」、「資源効率」の3つの小項目指標を置き、「気候快適度」、「空気質指数」、「1万人当たり水資源」、「森林面積」、「自然災害による直接的経済損失指数」、「地質災害による直接的経済損失指数」、「災害警報」、「公園緑地面積」、「環境努力指数」、「環境配慮型建築設計評価認定項目」、「国家環境保護都市認定指数」、「DID人口指数」、「GDP当たりCO2排出量」、「一人当たりCO2排出量」、「市街地土地産出率」など15組の指標データで構成される。

 (1)「環境品質」小項目:36中心都市の中で同小項目トップ30入りしたのは、3都市に限られ、海口の第15位、ラサの第17位、昆明の第27位であった 同項目において中心都市の成績は芳しくなかった。2018年と比べ、36中心都市の中で、重慶、寧波、南寧、杭州、成都、南京、蘭州、西寧、合肥、長沙、武漢の順位が大幅に上がった。

 (2)「環境努力」小項目:北京、上海、深圳が同小項目のトップ3を飾った。トップ10入りした中心都市は他に重慶、広州、鄭州、南京、天津、成都の6都市だった。2018年と比べると36中心都市の中で深圳、鄭州、南京、成都、アモイ、済南、寧波、西安、貴陽、長春、銀川、太原、ウルムチ、フフホト、海口、西寧の順位が上がった。

 (3)「資源効率」小項目:上海、深圳、北京が同小項目でトップ3を飾った。トップ10入りした中心都市は他に、広州、武漢、成都、長沙、南京の5都市だった。2018年と比べ、36中心都市の中で、長沙、重慶、貴陽、ラサの順位は上がった。

9.「生活品質」大項目

 「生活品質」大項目では北京、上海、広州がトップ3となった。杭州、成都、重慶、南京、武漢、天津、深圳が順に第4位から第10位までとなった。2018年と比べ、トップ10のうち前から3位までは不動だった。杭州、成都、重慶、武漢の順位は高くなった。

 ハイクオリティな生活は都市を評価する最重要ポイントのひとつである。高い生活水準を支えるサービス業も都市発展の重要な支柱となる。また都市の住みやすさや安全性も一大関心事である。生活消費水準の評価や医療福祉の水準も重視する。

 同大項目は都市の「住みやすさ」、「生活消費水準」、「医療福祉」の3小項目指標を設置し、「住みやすい都市認定指数」、「文明衛生都市認定指数」、「安全安心都市認定指数」、「中国幸福感都市認定指数」、「交通安全指数」、「1万人当たり社会消費財小売消費額」、「海外高級ブランド指数」、「1万人当たりホテル飲食業営業収入額」、「1万人当たり通信費額」、「1万人当たり住民生活用水量」、「平均寿命」、「医師数」、「三甲病院(最高等級病院)」、「高齢者福祉施設ベッド数」など14組の指標データで構成される。

 (1)「住みやすさ」小項目:同小項目では上海が首位、成都が第3位だった。ランキングトップ10入りした中心都市は他に、杭州、北京、寧波、南京、西安、長沙の6都市だった。2018年と比べ、トップから第4位までの順位は変わらなかった。36中心都市の中で、多数の都市が順位を上げた。特に西安、広州、鄭州、昆明、済南、福州、ラサ、貴陽、ハルビン、南昌、フフホト、蘭州、太原、西寧の順位の上げ幅が高かった。

 (2)「生活消費水準」小項目:北京、上海が同小項目の1位2位を獲得した。トップ10入りした中心都市は他に広州、海口、ラサ、アモイ、深圳、南京の6都市だった。2018年と比べ、トップ10都市の中で北京、上海の上位は変わらず、海口、ラサ、アモイが順位を引き上げた。

 (3)「医療福祉」小項目:北京、上海、重慶が順に同小項目のトップ3だった。広州、成都、天津、杭州、武漢、済南、南京が順に第4位から第10位となった。2018年と比べ、トップ10都市では重慶、成都、済南の順位が上がった。

10.「文化教育」大項目

 「文化教育」大項目のランキングでは北京、上海、広州が上位3位を占めた。特に北京、上海の偏差値は他都市を大きく引き離し、両都市の文化教育資源の厚みが突出していた。南京、武漢、成都、杭州、天津、重慶、深圳が順に第4位から第10位となった。2018年と比べ、36中心都市中、前から6番目までの順位は変わらなかった。杭州、深圳、鄭州、合肥、福州、昆明、石家荘、太原、ラサの順位が上がった。

 文化教育は都市の精神世界を形作る。「文化教育」大項目は都市文化娯楽生活の場所と関連消費を測るだけでなく、国際性、全国的な文化パフォーマンス、教育投資と傑出人材育成も評価する。

 同大項目では「文化娯楽」、「文化パフォーマンス」、「人材育成」の三つの小項目を立てた。同大項目は、「映画館・劇場消費指数」、「博物館・美術館指数」、「スタジオ指数」、「動物園・植物園・水族館」、「公共図書館蔵書量」、「世界トップ大学指数」、「傑出文化人指数」、「オリンピック金メダリスト指数」、「地方財政教育支出指数」、「1万人当たり幼稚園在園児童数」、「インターナショナルスクール」、「高等教育指数」、「傑出人物輩出指数」など13組の指標データから成る。

 (1)「文化娯楽」小項目:北京と上海は同小項目で1位と2位を飾った。両都市の偏差値は他都市を大きく引き離した。両都市の文化娯楽分野での突出ぶりが明らかである。トップ10入りした中心都市は他に重慶、広州、深圳、成都、杭州、南京、天津の7都市だった。2018年と比較し、36中心都市の中で北京、上海の王者ぶりは変わらなかった。重慶、南京、鄭州、長沙、済南、寧波、福州、ラサの順位はアップした。

 (2)「文化パフォーマンス」小項目:北京、上海、南京がトップ3を飾った。とりわけ北京の高偏差値は他都市を引き離し、北京はその分野で突出していた。第4位から第10位までは広州、武漢、西安、長沙、天津、杭州、成都であった。2018年と比べ、36中心都市の中で、深圳、太原、昆明、寧波の4都市の順位の上げ幅が高かった。

 (3)「人材育成」小項目:北京と上海が同小項目の1位、2位を飾った。両都市の偏差値の高さは他都市を引き離していた。第3位から第9位までは順に広州、天津、南京、杭州、成都、武漢、深圳だった。2018年と比べ、前5位までの都市の順位は変わらなかった。36中心都市のうち、杭州、成都、深圳、鄭州、合肥、石家荘、ラサ、長春、大連、太原の順位が上がった。

 2019年2月19日、中国国家発展改革委員会が公布した『現代化都市圏育成発展に関する指導的意見』は、中心都市を都市圏発展政策の中核とし推進することを謳った。

 東京経済大学の周牧之教授は、「中国都市化は都市圏の時代に突入した。高密度人口集積の優位性への認識をさらに重視し、より良質なDIDを作り上げることが、都市圏政策の一番の要である。同政策のもう一つの重点は、中心都市と周辺中小都市の相互発展である。第三の政策ターゲットは中心機能の輻射力を向上し強化させることだ。とりわけ強調すべきは、中心都市を国際交流プラットフォームの中心舞台に据えることである。今日のグローバル時代、国際競争と国際交流が国の命運を決める根本である。一国の国際競争力、国際交流水準の高低が、最終的に都市圏の国際性を決定づける。『中国中心都市&都市圏発展指数はまさに以上の意義に基づき、マルチの角度から都市を評価し、中心都市の都市圏発展のために開発された斬新な政策ツールである」と力説した。


中国網日本語版(チャイナネット)」2021年2月26日

【激論】「コロナ危機で加速する産業のデジタル化」 周牧之 × 武田信二 × 鈴木正俊


東京経済大学創立120周年記念シンポジウム
「コロナ危機をバネに大転換」【第2弾】

※画像をクリックするとシンポジウムの動画がご覧になれます

■ 特別Session ■ 「コロナ危機で加速する産業のデジタル化」

司 会   周牧之 東京経済大学経済学部教授
パネリスト 武田信二 TBSホールディングス取締役会長
                  鈴木正俊 ミライト・ホールディングス取締役相談役、NTTドコモ元代表取締役副社長

日時    2020年12月19日(土)16:00〜18:00



 :本日は、東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」のオンライン配信をご視聴いただきありがとうございます。特別セッションの司会を務めます、東京経済大学の周牧之です。

 まず、パネリストをご紹介いたします。TBSホールディングスの武田信二会長です。そして、ミライト・ホールディングスの鈴木正俊相談役です。どうぞよろしくお願いします。

 今年は新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止するため、YouTubeのライブでシンポジウムの配信を行って参ります。

 特別セッションでは、「コロナ危機で加速する産業のデジタル化」というテーマを設定しています。今日は特に、メディアの「DX」を中心にディスカッションを進めて参りたいと思います。さて早速、本題に参ります。


 最初の問題提起です。コロナパンデミックで、世の中のリモート化が急激に進みました。まずは皆さんの身近な映画の新作公開を事例にして、リモート化のリアリティを検証してみたいです。

   ご存知のように従来、映画の新作はまず映画館で放映され、しばらく経ってからレンタルの開始。そして間を置いてようやく地上波テレビで流すものでした。最近は「OTT」というネットで配信するサービスができたことで、レンンタルがかなりOTTに取って変わりつつあります。

 さらに、新型コロナウイルスのパンデミックの中で、非常にこの OTT の配信が前倒しされてきた事例があります。まず、それを検証していきたいと思います。

 このグラフの一番左のポスターは『Lost in Russia』という映画です。中国では春節映画が一番稼ぐものになっており、この映画は今年の春節の大作として期待されていました。しかし、春節の直前に新型コロナの問題が起こり、映画館での上映が中止されたのです。

   そこで、この映画は思い切って1月25日(中国の春節の元日)にネットで配信され、大変な話題を呼びました。しかし、これは中国語の世界での話題で、外ではほとんど知られていない話でした。

   次は『ムーラン』です。『ムーラン』はDisneyが撮った映画です。制作費に2億ドル、ざっと200億円をかけて中国の古代の物語をベースにした映画です。これもやはり、劇場公開がコロナで中止されました。そして9月にOTTのオンライン配信になり、世界的に話題になったのです。

   さらに12月になると、今度はWarnerが2021年公開の映画17本すべての劇場公開と、OTT配信を同時にやることを発表したのです。これは今までの流れをひっくり返すような大きな話であり、皆びっくりしています。

 そもそもOTTとはどういうものなのか。英語では「Over The Top」です。インターネットを通じてコンテンツを配信するサービスですが、「Netflix」や「Apple TV」といった事業者がOTTを代表する存在です。

   では、OTT とテレビとの違いは何なのか。視聴者から見ると、テレビは限られた時間、限られた場所で、限られたコンテンツしか受信できないものです。しかしOTT の場合は、いつでもどこでも瞬時に、無限大のコンテンツにアクセスできる利点があるのです。

   事業者から見ると、テレビの場合はコストが高い。やはり限られた圏域の中で流すことで、効率は決してそれほど高くはない。OTTの場合は超低コスト、超効率と言われます。国境を越える流し方もできるため、非常に効率が良いのです。

   では今、世界でOTTのオーディエンスはどう増えているのか。なんと、過去4年間で3倍になったのです。この図は2019年のデータですが、今6.4億人もOTTのサービスを受けています。このOTT のサービスが、新型コロナパンデミックの中でも大変勢い付いてきているのです。

   先ほどの話を新型コロナ感染者の累積の図に合わせて落としてみると、さらにこのリアリティが見えてきます。例えば『ムーラン』と同じくらいの制作費、2億ドルをかけて作った『TENET テネット』という大作映画があります。

   この映画は最初、やはり劇場公開にこだわったのです。コロナ禍でも劇場公開に踏み込んだのですが、なかなかうまくいかずに興行収入をあまり稼げなかった。そして、ようやく12月16日にOTT配信をしたのです。

 私も実は昨夜、OTTで買って観てみました。非常に謎めいた内容ですが、なかなか良い作品でした。新型コロナの大流行の中で、今どんどんOTTの公開は前倒しされています。さらに将来コロナが終わっても、この流れは終わらないのではないかと私は思っています。

   それでぜひ、鈴木さんから順でお二方に大所高所から、このリモート化はどこまで世の中を変えていくのかをお話いただきたいです。どうぞ、鈴木さん。

生活様式の変化で露呈した「使えるのに使わなかった技術」


   鈴木ありがとうございます。それでは、新型コロナについて身近なところから振り返ってみたいと思います。

 今回「2020年コロナ感染症と日常生活」としてまとめています。左の図で1から順に、こうしてコロナ感染症を防御しましょうという項目です。例えば、「オンライン帰省」や「マスク」はもちろん、「在宅勤務」など10点の指摘がありました。

   そのうち〇がついている7カ所は、ほとんど IT 活用なのです。それで、あっと気がつきました。今回の主な変化は何だったかと身近なことから考えると、「リモートワーク」がありました。

   あと「ネット通販・宅配」、特に「キャッシュレス」が実は非常に進んできた。現金で受け渡ししないようにするためのキャッシュレスです。これは、日本は非常に遅れていた現象です。中国がものすごく進んでいますが、こういう変化がある。

   あとは、「巣ごもり生活・娯楽」です。テレビには釘付けになったのですが、はっと気がついた時に今、周先生からもありました Netflixのようなネット配信の需要が隠れたところで急速に高まってしまった。

   テレビは番組が決まって番組欄、あるいは毎日の放送で観ていく。あとで武田さんのほうから出てくると思いますが、毎週の放送で定時にドラマを観ている。このパターンでした。

   しかし1日家にいるため、自分の観たい時に観る需要へと変わり、急に膨らんできた。連続ドラマは一つ観ると、次から次へ観てしまうものです。高齢者が夜中の2時から昼の3時までかけて、ずっと観る状況も現れてきた。このように視聴の形態が変わったことも、隠れたところで高まってきた。

   そうして、リモートの生活がスタイルとして定着してきました。今までも、できなかったわけではないのです。やらなかったのです。コロナという針がピッと出てきた瞬間に行動様式が変わり、それが繰り返し体に染み渡ってきた。それが周先生の言うように、これから先続くのかなと思います。

   簡単に、どんな例があったのか追ってみます。大学も会社もそうですが、会議は Web 会議になりました。これは技術的に、非常に複雑な組み合わせではありますが、一人で毎日家にいながら会議に出るのは技術的にはできたのです。でもやらなかった。これが、いきなり花開いた。

   他の例を見てみますと「ヘルスケア」です。リモート遠隔診療のようなスタイルも、実は始まった。

   あるいはニュースでよく出てきますが、どこで人が密になっているのかもデータはたくさんあったのですが、これまで人が集まるか集まらないかを見ても仕方ないとあまり注目されなかった。しかし、自分の命に関わることになった瞬間、突然ニュースで採用された。

   あるいは「物流、流通、通販」です。いかに合理的にやっていくか。手の伝票ではやっていられないと、これも進みました。

   まだ日本では駄目で中国では進んでいるのが、流通です。無人ロボット、あるいは無人流通。具体的には、百度(Baidu)も現実的にやっていますが、病院に自動的に配送することも進んでいます。

   また、違うかたちの例もあります。イギリスでは自分で失業保険を申請しなければいけないのに、なかなか手続きの申請に行くのが難しい。そのため、全部ITを駆使してスマホで対応する動きが急速に増えています。これも今までもできたのですが、やる人はあまりいなかった。

   日本も政府と国民との間をオンライン化し、「デジタル・ガバメント」をやろうと今の内閣も進めていらっしゃいます。これも一気に需要が盛り上がってくることになります。

   いずれにしても、IoTは非常に進んできていると思います。このキーは皆さんあまり言わないですが、「デジタル化って何?」ということです。

   わざと皆さんもご存知のところにペーパーを入れたのですが、単に情報をデジタルにする、集めやすくするということではありません。あるいは、作業が効率化してコストが安くなることでもありません。「跨いでいく」ということです。

   ちょっと変な話ですが、こういうご時世ですから「葬儀の時にどうするのだろう?お通夜は?お葬式は?」と悩んでも、今はほとんど斎場に行って、そのまま家に帰ってくるそうです。葬儀屋さんの仕事がなくなった、お通夜やお葬式の手配がいらなくなった。しかしそれができなくなることで、デジタルでやることとの間のプロセスを縮めていくことができます。

   さらに簡単に言えば、衣服を身につけて毎日会社に通いませんからクリーニングの需要も減ります。電車の需要もそうかもしれません。近所のクリーニング屋で聞いていると、「洗濯物が少なくなりました。皆さん家にいますから」というように、プロセスが縮まることがどんどん起きてきた。

   今までのデジタルという情報を分解することにより、目に見えることでプロセスがものすごく進む。手数が減り、リモートもできる。そうなってきたと思います。

   「Before Corona」として、「デジタル技術があります。デジタル基盤で5Gが出ます。安くなって大容量で、テレビも4K、8Kが観られるようになります」、こうしたところは今まで見ていました。

   しかし技術の変遷ではなく、それぞれ個人や産業、あるいは社会、生活の仕方自体が変わっていくところに具体的に行ってしまった。

   便利になった世界ではなく、生活様式そのものが変わることが技術的に担保される。そうしたものがコロナで急速に、社会に変化を促すことになっていくと思います。

   ありがとうございます。コロナで生活様式が変わったことで、我々の変化は今まで技術はあってもやれなかったのが、社会の惰性をある程度乗り越えて一気に進んだ感じもある。そうしたことをおっしゃいました。ありがとうございます。

   鈴木ちょっとすみません、もう1点だけ。後の話に繋がるので申し上げておきたいです。

 この図は、リモートのWeb会議の構成図を描いたものです。自分たちが見えている世界とは別の世界があります。実際に見えているのは、右下のスマホやPCだと思います。

   皆さんもご存知のZoomの会議などがあります。これはクラウドの中に全部データが収容されていく、このバックボーンがないとできなかった。つまり Wi-Fiです。

   日本が東京オリンピックをやろうとリオで立候補する時、「日本ほどWi-Fiが遅れていたらオリンピックなんか招致できないぞ」という背景がありました。掛け声をかけられてようやく5、6年経って、Wi-Fiが出来上がったのです。そしてWi-Fiが出来上がった時にコロナになったことで、Wi-Fiを使ってWeb会議ができるようになった。

   何を申し上げたいかというと、技術的条件が揃っているものは皆さんも知らないところでたくさん進んでいるのです。スマホは通信のバックヤードがものすごく大きくなりました。進んでいるのですが使わなかった。それがコロナによって、一気に使えるようになってきた。

   気合いだけでやろうとすると政府の支給援助金の話ではないですが、スピードが上がらないのです。上げろと言っても上がらない。でも仕掛けも出来上がっているところに、今回のコロナ問題があったことが後に繋がると思います。そこだけ頭に留めていただければと思います。

   はい。武田さん、どうぞ。

視聴者は飽くなき利便性を求めていく


   武田冒頭に周先生より、中国・アメリカを中心に「コンテンツの公開の流れが急変した」というお話がありました。日本では4月の緊急事態宣言の期間中は、映画館はお休みでした。撮影もできないため次の作品の公開日がどんどん遅れ、1カ月、2カ月と過ぎました。

   その後、映画館が再開されてからは「三密」を避ける状況で続きました。そしてご存知のように、話題の『鬼滅の刃』が公開されたとたん、映画館が満員になる状況が日本では続いています。

 確かにパンデミックで三密を避ける映画館の状況がありましたが、OTT の話はパンデミック以前からずっと続いていたわけです。映画の流れも周先生からご紹介がありましたが、従来型のパターンではなく、映画館公開と同時にOTT配信という時代に来ていることは間違いない。パンデミックが加速させたことも事実だと思います。

   今、欧米で新型コロナウイルスの感染が激しいことで、またロックダウンになっているところが増えている。ロックダウンの時は間違いなくOTTしかないわけです。

   来年もそうした状況が続くであろうことから、映画の大作がOTT配信でスタートすると思います。日本的な事情もいろいろありますが、この流れは続いていくだろうと思っています。

   実はデジタル化については、日本の放送においても古い話であります。地上波放送のアナログからデジタル化が始まったのは、東京や大阪、名古屋は2003年です。2011年には日本全国のテレビはすべてデジタル化しました。

   この時のデジタル化において、我々放送人、あるいはその周辺の人たちの受け止め方に大きな問題があった。これは今や、デジタル庁のデジタル改革担当大臣である平井卓也さんもおっしゃっているそうです。

   我々放送人にとって、デジタル化は莫大な投資を伴うものであり、非常にネガティブな印象です。デジタルの「デ」を聴くだけで体がビクッと硬直するような、そういうことが続いた。デジタル化したら何ができるのか、どうコンテンツの流通が変わるのか。そこまで想いが至らなかった。

   その間にアメリカやヨーロッパ、中国でどんどん進んでいく状況でした。OTTの話もずっと以前から我々も議論はしています。しかし、議論している間にアメリカの巨大資本がどんどんOTTを実現し、日本にも来る。こういう状況が今ではないかと思います。

   ですので、コロナで加速するデジタル化、コンテンツ産業でいえばOTT化の流れは止まらない。ただ、その速度や放送は各国での事情が全く違います。それぞれの事情の中で進んでいくだろうと思います。

   私は何年も前から「3つのanyの流れ」と言ってきました。「any time」「any where」「any device」。やはり視聴者、利用者は飽くなき利便性を求めていく。それに応えられない企業、産業は衰退していく。

   まさにテレビとOTTを比較して、OTTは自分の好きな時間に、自分の好きなものを、自分の好きなところで観られる。こういう時代に向かっていくのは必然だと思います。

 周ありがとうございます。OTTの流れが留まらない。さらに進んでいくのではないかということです。そこで、OTT の成り立ちを皆さんと一緒に整理していきたいと思います。

特別SESSION討論の様子(左から周牧之氏、鈴木正俊氏、武田信二氏)

 OTTとは、まずプラットフォームを提供する業者、コンテンツを提供する業者、さらに我々オーディエンス。この3つの尺度から見ていかないと絵が見えません。今日はいくつかの事例を取り上げて、お二方と一緒に整理していきたいと思います。

   まず、プラットフォームの事例をいくつか取り上げます。今 Netflix は先頭を走っています。実際にNetflixを調べてみると、非常に DX の成功事例として見えてくるのです。

 Netflixは、昔はレンタル会社でした。2002年にナスダックに上場し、しばらく株価が低迷していたのです。ようやく2007年に配信事業を開始しましたが、それでも株価が上がらなかった。

   本格的に株価を上昇傾向に持っていったのは2013年です。『ハウス・オブ・カード』という、アメリカで非常に人気を得たテレビドラマシリーズを自社で制作して流すことで、成功が定着し始めた。

   このコロナ禍で会員数はものすごく伸び、株価も伸びました。OTTの世界をリードする存在になってきたのです。

   もう一つの事例は「AT&T」です。AT&Tは、鈴木さんのNTTグループに近い巨大な通信会社です。今年はNTTが4兆円を投資し、ドコモを完全子会社にしたことが非常に話題を呼びました。AT&Tも2018年に854億ドル、ざっと9兆円規模の資金を投入して「Time Warner」というメディアのコングロマリットを傘下に置いたのです。つまり、横の展開をしたわけです。

 さらに今年は、この傘下の「HBO」というケーブルテレビの放送局をベースに、「HBO Max」というOTT事業を立ち上げました。HBOは、おそらく皆さんご存知の『ゲーム・オブ・スローンズ』という世界的大ブームを起こしたテレビドラマ番組を作った会社です。そのHBOがコンテンツをベースにして、OTT事業を展開したのです。

   私は業界人をインタビューして、話を伺いました。最初に彼らが疑問視していたのは、「なぜHBO Maxがこんなに高い料金の設定をしているのか」ということです。要するに、このOTTのプラットフォームの料金は若干高い。

   実際、12月にWarnerが2021年公開の映画を劇場と同時に全部、このHBO Maxで配信するというニュースを聴いて、私はなるほどと思いました。やはりすごいコンテンツを流そうとするから強気に出たわけです。

   このようにコンテンツを直接OTTで配信するのは、「DTC(Direct to Customer)」という事業モデルです。ですから私から見ると、AT&Tがまず傘下にコンテンツメーカーを置き、さらにコンテンツをどんどんOTTで配信する戦略に出たのではないかと思います。

   続いて、Disneyです。「Disney+(ディズニープラス)」は、ちょうど1年前の2019年11月にサービスを開始しました。これは驚異的に有料会員数を伸ばしています。

 2020年12月には1年で8,000万人以上の有料会員数をすでに獲得しています。これもある意味では、コンテンツやIPが効いています。

   皆さんもご存知のように、ミッキーマウスが1928年に公開されました。実はミッキーマウスの著作権を保護するために、アメリカはずっと著作権法の保護期間を延ばしてきたわけです。ミッキーマウスの著作権が切れそうな時にまた延ばしてきた。

   そのためアメリカの著作権法は「ミッキーマウス法」と揶揄されているくらい、ある意味ではアメリカにとって非常に大事なIPだったのです。この IP はDisneyが持っています。

   さらにDisneyは今、「ピクサー」や「マーベル」、『スター・ウォーズ』など、非常に強力な IP を持っています。これらのIPをベースにして、OTTでDTCをやろうというように見えてくるのです。

   ですから『ムーラン』が2億ドルをかけて作ったものをコロナ禍でOTTで流すのは仕方ないかもしれない。しかし、結果的に戦略的に成功したのではないかとも受け止められると思います。

   武田いいですか、周先生。私も昔からNTTさんが TBS を買収したらどうなるのか。これは資本力から言って無理な話ではないのです。

   制度的にさまざまな制約はありますが、実際に NTT さんの傘下だったドコモさんは、いろんなコンテンツを扱う企業を買収していました。もしも放送局の買収に乗り出せば、こういう話が日本でも起きたかもしれない。そういう恐怖は常にもっていました。

   実は、私がここでAT&Tの事例を出したのは、この質問をしたかったのです。どうぞ、まず鈴木さん。

 

設備面から検証する「放送・通信・インターネット」


   鈴木放送には「放送法」という立派な法律があり、その中で制限されている。通信は「通信事業法」という法律の中で制限されている。その縦の世界です。

   そこにインターネットが現れた。インターネットは何でもありです。設備は通信会社の設備を使いながら、経路を自由に組み合わせて一つのプラットフォームをつくっていく。つまり、放送の世界は「閉じて」いたわけです。

   これはアメリカの例ですが、どのように放送会社が出てきたのか。最初は地上波が戦後からずっとあり、ケーブルテレビが出てきた。これは1980年代。それから衛星が登場して、衛星放送。それから通信会社がようやく2000年代になってから映像サービスを一緒にやり始めた。電話で「もしもし、はいはい」という時代はもう終わり。

   こうして、はっと気がついたらOTTが進んだ。インターネットが広がるに従って、インターネットベースのさまざまな会社が出てきた。

   OTTがなぜできるようになったのか。これは、収入という一つの側面があります。広告型でできるものは、放送で今やっています。

   ところが、その都度お金を払う都度課金や、あるいは今流行りのサブスクリプションといった定額で見放題。この回収モデルは成立するのかどうか、なかなか頭がいかない。やはり広告モデルは駄目になってしまうのではと懸念があったかもしれません。あるいはコンテンツを活かす時に費用をどう回収するのか、そこでいくら利益を出すか。

   このビジネスモデルに十分、本業との間でうまくクロスできなかったのが放送の一つの大きな転換点だったと思います。

   そうして重なってきたわけですが、放送も進んでいます。デジタル放送が始まったのは2011年と書いてありますが、先ほど武田さんの話ですと2003年から始まった。

   これは世界に冠たる成功例なのです。放送会社から家庭まで、いきなり設備が従来のVHF、UHFなどのアナログから急にデジタルに転換したわけです。

   このデジタル転換した時に、なぜ他のモデルを考えなかったのか。技術はあったわけです。画面で放送会社の番組を映すテレビが、テレビという単なる画面にインターネットを通じて映ればいいとジャンプすれば、この領域を越えられた。やはり放送波の範囲内で考えたことで、インターネットのところに手が伸びなかった。

   通信会社も、インターネットをどう見ていたかで言えば「ただ乗り論」です。通信の人が作っている設備の上に乗っかって、インターネットを使ってタダで流している。

   確かに高速道路は道路料金を払い、鉄道は鉄道料金を払っている。しかし、道路に料金を払っていないのと同じです。道路を作っているのはプライベートカンパニーだから「通行料を払ったら?」と言っても「通行料は払わない」ということです。

   これはもう、コンテンツで儲ける方向にビジネスが行っている。どちらかというと競争相手や敵対のように見ている。自分の延長線に組み込めるとは思っていなかったのもあるでしょう。

   放送の歴史も深いので今日はあまりお話しませんが、そのミッションからすると重いものが正直あります。本当に経営ができるかどうかの部分になかなか想いが至らなかったことが、一つの要因だと思います。

   その意味では、今インターネットがここまで進むと、いくらでも可能性が出てくると思います。先ほどの周先生のお話で、AT&TがTime Warnerを買ったことも挙げられました。アメリカの状態を見ていると資本の出し合いです。業界の境が溶けていっている。これは収入の取り方が変わった瞬間、何でもありの状況になっていきます。

   そしてメディアにおいて、放送は一方的に流していくのが基本です。多少の双方向はありますが、基本は放送局が編成していく。

   しかしNetflixをはじめOTTの発想は、選択権がユーザーの方にきます。この番組をまとめて観たい、あるいは見逃し配信もそうかもしれません。放送局よりユーザーの方にシフトしている。番組を組み合わせる事によって、連続ドラマを一つの物語で見通すことができる。そうした新しい編成をユーザーがやってしまう世界に入ったのです。

   そして最後のプラットフォームを誰が持つのか?という競争合戦に今入っている。さまざまな画面があるため、お互いにコンテンツ自体を売り買いしたり、あるいは放送で流したり、OTTを放送会社自ら行うこともあります。

   アメリカではこの辺も二足のわらじで、内容次第です。ユーザーである視聴者の方も、興味に沿って利用している。M&Aはまだ終わらない感じになっていると思います。

鈴木正俊 ミライト・ホールディングス取締役相談役、NTTドコモ元代表取締役副社長

日本でOTTプラットフォームを成功させる条件とは?


   終わらないよりは、私から見ると今のM&Aの流れは始まったばかりではないかと思います。AT&Tは非常に巨大な会社ですが、鈴木さんの会社はこれよりもっと巨大でした。

   皆さん、30年前を思い出してください。平成の始まりの30年前、世界の企業の時価総額トップはNTTだったのです。ですから一番、お金を持っていた会社です。これがまず、第一です。

   第二は、今まで皆さんは、たぶんお金を持っていたもののビジネスが本当に成り立つかどうかを疑問視していたかもしれません。しかしOTTがうまくいき、その方向でいかなければという動きになるとしたら、日本のOTTをNTTも責任を持ってやらなければいけない時代が来るかもしれない。

   そうした想いがどこか、この勉強をしている中で出てきています。ですので、武田さんからそういう話が出たのは私も大賛成です。

   日本でOTT事業を展開している会社はたくさんあります。ないわけではなく、実はたくさんあります。例えば「music.jp」というプラットフォームは、音楽も動画もコミックも、全部サービスとして提供できています。

 もう一つの事業者は「ビデオマーケット」です。ここは25万本の権利はすでに処理済みで、OTTにのせることができるように今なっています。コンテンツホルダーのDTCを支えるバックヤードもきちんとできて提携しています。「Gyao(ギャオ)」を始めとする多くのOTT業者の業務を支える仕事もしっかりできているのです。

   しかもこの二つの会社が今、かなり緊密に連携し始めています。私から見ると今後の展開が非常に面白いし、期待しています。

   そこで、今日のためにビデオマーケットの社長の小野寺さんにインタビューしたのです。「日本のOTTプラットフォームを成功させる一番大事な条件は何か?」と聞いてみました。答えは結構厳しいものになりました。

   小野寺さんは、「配信業界の土地勘があり、グローバル的にコミュニケーションができる人材がトップダウンで進めて動かないといけない」と言います。

   そして、もう一つ厳しい言葉が続き、「従来のTV的な成功体験をすべて捨てられる人でないと駄目だ」とまで言い切っておられます。

   それを含めて鈴木さん、続けてください。

プラットフォームの技術的条件の充実


   鈴木それはおっしゃる通りだという気がします。私も同感です。実は、現実で今、条件が非常に整ってきたのです。

   例えば2000年代初めは、なかなかデジタル放送まで切り替わっていない。それが2011年から去年までの10年間で、デジタル放送が出てきて、急にスマホが出てきた。タブレットが出てきた。そこに Wi-Fi がようやく、オリンピックを迎えることでつくられた。

   光ファイバーもできましたが、まだ5Gもこれから。この5年間、ないしはこれからの5年間かもしれません。

   そのビジネスモデルを組み立てるための後ろの整備といいますか、材料、ネットワーク、あるいはプラットフォームの技術的条件がどんどん充実してきているのです。

   NTTドコモがNTT から分離する時、自動車電話の台数は15万台でした。今、携帯電話はドコモだけで8,000万台。日本全体だと1億8,000万台になります。そういう時代に入り、昔と今では条件が違ってくるのです。

   今のデジタル放送、画面も4K、8Kになって、このビジネスの展開の仕方は非常に大きいです。その時にNTTが配信でビジネスを組み立てていくようになりましたが、実はもっと広がるビジネスがたくさんあるところに条件が差し掛かってきている。そういう時代に今入っていることだけは、ここで見ていただきたいです。

   周先生のおっしゃるご指摘ももっともです。映像配信だけでなく、プラットフォームのお客さん側にあるスマホやテレビ、タブレットなどと、その背後のネットワークや4K、8Kといった技術がこれからどう華咲くのか。本当に映像配信だけでいくのか、もっと飛んでいくのか?

   そうしたところが、これからが一番面白い時代に入っていくのではないかと思います。その時の配信は、指摘の通り重要なところだと思います。

   はい、武田さんどうぞ。

日本の放送局による動画配信サービス


   武田周先生と鈴木さんのお話を聞いていて本当に私、へこむわけです(笑)。ビデオマーケット社長の小野寺さんのお話ですが、「武田は駄目だ」と言っているようなお言葉です。NTTのこれからの潜在的脅威は続くという2つの点で、大変へこむ話でございました。

   成功体験を捨てて、さらなる成功体験を手にする武田さんの精神力に期待しています(笑)。

   武田周先生のお話にあったNetflixとDisney+の最近の動きは、私たちも大変気にしているところです。コロナ禍の日本において、 Netflix は1年前に有料会員数が300万人だったのが一挙に500万人まで伸ばす動きがありました。

   そこにDisney+が去年11月にアメリカで展開を始め、初日に獲得した有料会員数が1,000万人。あれは驚きました。そして今、もう8,000万人。Netflixを窮迫している状況です。

   今までDisneyのコンテンツは、 Netflix にも出していました。契約が切れるたびにそこはもう閉じて、当然自分たちのプラットフォームでやる。

   Netflix も成功しているがゆえに、この闘いの舞台をアメリカよりむしろアジアにシフトしていった。コロナ禍でも話題になった『愛の不時着』のようなドラマを作って、アジアで大変伸ばしている状況です。

   我々、放送局も手をこまねいているわけではありませんが、さまざまな動画配信サービスを始めています。例えば「TVer(ティーバー)」は、東京にある民放キー局を中心に、奇しくも Netflix が日本に上陸した2015年秋から同時期に始めています。

   これはテレビ放送をした直後から見逃し配信して、一週間無料で観られるというサービスです。このアプリダウンロード数は、今1,300万ぐらいになっています。しかし、無料の世界では YouTube に比べると微々たるものという見方もできる。

   有料型では、「Paravi(パラビ)」、「Hulu(フールー)」。Huluはアメリカの本体が日本に渡り、日本では成功せず撤退する時に日本テレビが買った動画配信サービスです。

   Paraviは、 我々TBSとテレビ東京、WOWOWが中心になって始めた有料配信サービスです。そして外資系の Netflix、Amazonプライムビデオ 、DAZN(ダゾーン)、そして来年から本格的にDisney。

   巨大な資本、巨大なコンテンツを持っていているところが来る。今これだけのプレイヤーが日本にいるわけですが、これが何年も続くとは我々も思っていません。

   これからいろんな合従連衡もあるだろうし、さらにはNTTさんのような方々も参入して糾合していくことも、ないわけではないと考えています。

   非常に面白い時代になってきましたよね。

   武田周辺で見ている方は面白いでしょうけど、当事者は大変苦労しております(笑)。

武田信二 TBSホールディングス取締役会長

テレビの黄金時代は取り戻せるか?


   楽しみにしています。テレビ局は実は両面を持っています。放送の業者と同時に、コンテンツメーカーでもあるのです。それでコンテンツの話に移っていきたいです。

   武田会長の TBS は今年、『半沢直樹』の第2作を出しました。これは大変な人気を獲得しました。実は我が家も久しぶりに毎週日曜日の決まった時間に子どもたちが帰ってきて、みんな一緒にこの『半沢直樹』を観て楽しんでいたのです。ある意味ではテレビの黄金時代の風景が戻ったように私は錯覚するぐらいでした。

   問題は、この非常に懐かしい栄光のテレビの時代はこれで取り戻せるかどうか。実はそれを疑問視しており、武田会長に聞きたいです。

   2番目に聞きたいのは、調べてみると『半沢直樹』第1作と第2作の間に、7年間も間が空いているのです。これは非常に不可解だったのです。ビジネスチャンスは本来、こんなに空きがあって良いのか。あわせて聞きたいです。

   3点目に聞きたいのは、この『半沢直樹』のシリーズは、やはりテレビ的な作り方なのです。50話一気に観るものではない。しかも OTT の公開は第1作もしていないですよね?少なくとも私が最近調べた中では。 

 武田Paraviで今、第1弾も第2弾も全部独占で観られます。

   そうですか、独占で? あともう一つ不思議なのは、『半沢直樹』は中国のTencent(テンセント)のOTTにのせていますよね?うちは真面目にレンタル屋さんに行って DVD を借りてきて観ましたが。

   武田ありがとうございます。

   この話を武田さんがしやすいように、もう少し別の事例も出してみます。先ほど武田会長から『鬼滅の刃』の話が出ました。2カ月未満で300億円の興行収入を得たのは史上最速と言われています。

   なぜこれほど人気が出たのか調べてみると、実はけっこうOTTを中心にアニメを放映したのです。しかも日本のほとんどのOTTプラットフォームで流したのは、人気を高めた一つ重要な戦略だったのではないかと思います。

   さらに、先ほど武田さんもお話されました『愛の不時着』も調べてみました。これも、まさしく OTT にのせるために作った作品です。Netflixにのせてアジアで大人気になり、日本でも大人気になりました。Netflix がローカル的なコンテンツを発掘し、制作して国際的に流すという戦略を成功させた事例です。

   その意味では日本のコンテンツを作る生態系は、今までテレビや映画を中心に非常にガッチリしたものができている。しかし、これはOTTの衝撃の中でかなり壊れていくのではないかと思います。壊れてまた作り直していく必要があると思います。

   今回、TBSが作った『半沢直樹』は素晴らしいものです。テレビ局のコンテンツメーカーとしての存在を、これからどう更に高めていくのか?それもぜひ聞きたいです。

 『半沢直樹』7年の空白の理由


   武田では、まず『半沢直樹』の話です。第1作目の最終話は、世帯視聴率42.2%。7年空いて最終話が32.7%。この10%の数字の開きは、OTT と深く関係があります。

   我々はそういうコンペティターとともに視聴者、ユーザーの可処分時間をいかに自分のところにとるかの闘いの中におります。その競争がこの7年間で非常に激しくなったと私自身は解釈しています。

   問1の、栄光のテレビ時代を取り戻せるか。もう取り戻せないと周先生は分かっていてこういう質問をするという、なかなか意地の悪いところもあるような感じもしないわけではないのですが(笑)。そういうことであります。

   2番目の、1作目から7年も空いたという話です。そもそも、我々テレビ局のドラマ制作は、その枠の広告収入だけでは作れません。それほど限られた収入と制作費用だという状況です。

   『半沢直樹』第2作は、今年のコロナ禍で放送してそれなりのインパクトはありました。しかし、おそらく日本のテレビ局が作っているドラマで一番コストをかけていると思います。ですので、必然的に回収はできていないわけです。

   一方で、例えば7年前の第1作でさえ、こういう現象がありました。日曜日の21時に放送し、もう翌日には中国のネットに中国語字幕付きで動画配信されていたのです。

   我々は冒頭に周先生が出してくれた従来の映画の制作方式と同じで、11話が全部終わってからDVDやレンタルに回すには時間がかかるのです。これには著作権の問題や、さまざまな作業があります。

   しかし7年前に中国では、放送が終わった瞬間に違法にアップされた動画がまとめられてDVDで売っていたのです。日本の知り合いの商社マンがDVDを持ってきて、「武田さん、もう売っているよ。すごいね、早いね!」と言われましたが、「それ、違法動画だよ」ということがありました。

   日本では商慣習や権利問題があり、順々にやっていくことがずっと続いていました。しかし、それはもう壊されていたのです。その制度や慣習がある中で、7年間経ったからと我々も今年は終わったらすぐDVDにしようという発想にはならない。すぐ配信しよう、とはならない。

   第2作の今年は途中から、やっとParaviで配信を始めたのです。これは我々もネット上でも、賛否両論がありました。しかし、じらしてからアップすると、ドーンといくのです。そうして、またテレビの視聴に変える。ある種のトライアルをやったのです。

   今も7年前の作品も含めてParaviに置いてあります。ぜひ1000円弱なので、Paraviに入って皆さん観ていただくとありがたい。今日は大変有意義でした、とここで終わっちゃいけないのですが(笑)。

   OTTで『半沢直樹』を観られる場所が皆さん分かりましたね。ありがとうございました。

周牧之 東京経済大学経済学部教授

Netflixの日本での戦略


   武田あと、Netflixの 『愛の不時着』の話です。この戦略は先ほど言いましたように、Disney+(ディズニープラス)との競争が北米では大変激しくなっていることもあり、世界戦略を徐々に変えています。

   この『愛の不時着』の着眼点は、韓国の制作スタジオ「スタジオドラゴン」です。ここで制作されています。韓国はコンテンツ産業を国が支援するぐらい大変盛んなところで、その制作スタジオとして非常に優秀なことを認識しました。

   また、作った瞬間に多言語化して配信し、成功することを今Netflixはアジアで展開しています。なおかつ、もっとこの動きを強化するであろうと思います。

   では、日本ではどうか。やはりNetflixは『鬼滅の刃』のように、アニメの制作も含めた拠点は日本であると見ていると思うのです。

   Netflixはいくつかのアニメ制作会社と包括提携を結んでいます。5年間の契約をしてある種、アニメ制作会社の囲い込み、あるいは作家さんの囲い込みに入ってきている。

   ただ、日本においてアニメは出版社の存在も大きいです。『鬼滅の刃』は集英社ですが、講談社など作家さんとの関係も大変深い。新しい作家さんを発掘するノウハウやネットワークも大変優れているものを持っています。

   ですので、そう簡単にすべてを Netflix が囲い込めるとは思いませんが、日本においてはアニメ制作の拠点という位置づけではないかと見ています。

   もし、OTTの業者が TBS に「OTT的にドラマを作ってください」とオファーがあった場合は引き受けますか?

   武田もうすでに Amazon プライムや Netflix から「良い企画があったら提案してほしい」というオファーはあります。Amazon プライムでは TBS の関連会社が3、4年前に作りました。これは今 Amazon プライム上ではアップされています。

   しかし、それなりの制作費を頂いてやらせてもらいましたが、権利関係は一切ないのです。Amazon プライムがグローバルに配信した結果を知ることができない。

   つまり、どういう国でどういう層の方々が観ているのかといったデータを要求しても、「あなたたちは一制作会社で契約上お金も払ったから、関係のない話だ」と、こういうことなのです。

   やはり、下請けとしては我慢できない条件に今なっているということですね。

   武田そういうことです。

   鈴木さん、どうぞ。

制作と配信の“二足のわらじ”


   鈴木その意味では、一点だけ補足しておきます。「制作と配信」というところですが、今まではかなり独立していたわけです。今のM&A合戦やプラットフォーマーの囲い込みは境がなくなりました。

   たまたま先週、ソニーがクランチロールを買ったという話題がありました。コンテンツ制作をするソニーが、動画の配信プラットフォームの方を買収にいく。これはもうアメリカではどんどん起こっています。

   その意味でいくと、一つは制作と配信。右側が配信で左側が制作。上が無料番組、下が有料版の座標軸で見ていきます。これだけバラけていますが、制作と配信の間がすでに行き来してしまっている。二足のわらじと言いますか、つなぎ合い、せめぎ合いのところに今度は入ってきている。

   今の武田さんのお話の、いわゆる下請けコンテンツ制作会社が配信をして、ビジネスを次に生んでいくかという闘い。これは、やや境目のない状態に突入してきていることだけはご説明しておきたいと思います。

YouTubeがコンテンツ制作に与える影響とは?


   どんどん話が面白くなってきました。もう少し深く話を持っていきたいと思います。

   次は YouTube の話を取り上げて議論して参りたいと思います。なぜYouTube を取り上げるのかと言うと、テレビ局とビジネスモデルが近いところがあるからです。要するに広告をとるのです。

   このグラフは、広告費について示しています。2017、18、19年の3年間で、テレビの広告費はやはりジワジワと削られてきた状況です。インターネットの方は、2桁の成長を実現しています。

   その結果、広告費はついに去年インターネットの方が地上波テレビを越えてしまった。インターネットの広告の中で見てみると、YouTube は2割くらいを占めています。

   この YouTube をもう少し詳しく見ていきます。YouTube も含めて、今テレビとインターネットの時間の消費では、十代、二十代、三十代はテレビよりもネットで時間を消費するほうが多いです。

   さらに今のコロナ禍で、皆さんはけっこうメディアを見る時間が増えてきています。平均では1日当たり0.6時間増えています。テレビは0.2時間伸びています。

 これはテレビ局の武田会長にとっては、非常に喜ぶべき状況です。ただし動画配信サービスの方がさらに倍の、0.4時間も伸びているのです。

   YouTube がエンタメの集積だけではなく、今や「知の集積」もかなり堆積しています。しかもアップロードしてくる量が非常に莫大です。去年1年間で、日本では時間的に換算すると80%もの量がアップしています。

   もう一つはテレビと違い、 YouTube のビジネスモデルはファンビジネスの色彩がより強いです。日本では今、100万人以上の登録者数のチャンネルがなんと240もある。これは凄まじいです。

   その意味でも、今 YouTube が広告をどんどん世界的に取っており、3年間で86%の成長を実現しています。

 それで、先ほど武田会長の話で出たTVer(ティーバー)と YouTube を比べてみると、浸透度はまだまだ太刀打ちできていない状況です。私から見ると、YouTube はコンテンツ制作の生態そのものをけっこう刺激する存在になってきました。

   それも含めて、将来コンテンツ制作の生態をどう育て、そして若いクリエイターを育てていくべきか?ぜひ、武田会長のお考えを伺いたいです。

テレビの制作力を活かしてサポートも


   武田昨年、日本でインターネット広告がテレビ広告を抜く。これは欧米ではすでに抜かれていたので、いつかは日本も訪れるものでした。それが2019年だったということです。その直後に新型コロナとなり、我々も広告が減少する意味で大変苦しい立場に今いるわけであります。

   先ほどを周先生が紹介してくださった、コロナ禍ではテレビ視聴時間も伸びているということですが、日本では一時だけでした。緊急事態宣言の時はテレビもネットも両方とも伸びている。

   ただ、日本においてコロナ禍が少し終息してきた時には、テレビは戻る。しかし、ネットは戻らないで伸びたまま。こういう状況が続いています。

   今の状況は、この後またどうなるか。この年末年始はどうなのか。そうした目先の話はありますが、本質的な話は周先生の質問である、コンテンツ制作にどう影響を与えるか。これは、もうすでに影響が出ていると見るべきだと思っています。

   芸人さんもYouTuberになって大変な年収を得ている方が出ています。子どもたちも YouTuber になりたいと、将来なりたい職業の上位に YouTuber が来ている。この子たちは小中学生ですから、大人になった時はもっと進んでいるのだろうと思います。

   その周辺にいる若いクリエイターたちも、テレビでドラマを作る、あるいはバラエティを作るというのも一つの選択ではある。けれど YouTuber になることが大きな選択肢になっているのだろうと思います。

   我々も YouTuber になりたい芸人さんをサポートしていく、あるいはそのYouTubeチャンネルを作っていく。それなりに観てもらえるものを作るには、やはりそれなりのプロ集団がいないといけないわけです。そこに関わるTBSの人間もおり、そうしたYouTuberの流れも増えていくだろうと見ています。

   確かに YouTube との存在感の比較で言えば、TVer はまだまだです。我々TBSも公式チャンネルを持って、プロモーションでYouTubeを使わせてもらっています。しかし、YouTube上で炎上も含めていろんな話題をとるのは、テレビのコンテンツに基づくケースがまだまだ多いわけです。

   我々テレビはまだ、それほど存在感がないわけではありません。しかし、本当に強いコンペティターが来ている認識で立ち向かわなければいけない。こういう局面だろうと思っています。

   ありがとうございます。鈴木さんも、ひと言お願いします。

 “出口”があれば優秀な人材が育つ


   鈴木もはや YouTube という一つの世界ができている。先ほど大事だなと思ったことがあります。振り返ってみると、昔はテレビという画面、スマホという画面、パソコンという画面、それぞれに境があったのです。

   スマホでは小さいな、あるいは短尺の番組しかできないなとか、テレビだと4K、8Kに画像もきれいになって長い間座って観られる。非常に精神的ストレスがない。

   逆に言うと、観るという“出口”の問題かなと思います。YouTubeはどちらかと言うとスマホやインターネット系で観る。やはり長い時間、あるいは芸術的作品は難しいな、あるいは素人の動画投稿になるので玉石混交でたくさんありすぎて難しいなど、逆の面も出てきます。

   その時にやはりデジタルでどんどん間が繋がってしまうので、いかに今までのテレビの制作力を活かしていくかです。

   プラットフォームだけを放送局が持っているから、それで全部囲い込んでいくのは無理な時代になってきた。やはり制作力のある人たちをどう育てていくか。出口があれば優秀な人が育つ。YouTube ができたことで、優秀な方が育つ余地が大きくなったわけです。

   逆に言うと、そこで育った人間を今度はテレビの制作でスカウトしてきて、いいコンテンツを作る循環を整えていくこともできる。やはり枠の中で考える意味では、もう時代は変わってきてしまった。

   この YouTube の背景となる人材をいかにうまくオペレーション、マネージしていくことで、テレビの制作力も互いに価値が高められるところに入ってきていると思います。

   ですので、敵か味方かではもう世の中なくなってしまっている。そこが今、一つのチャンスの時代かなと YouTube を捉えています。

日本のメディア企業はOTTをどう構築すべきか?


   おっしゃる通りですね。しかも仕掛け人は、やはり鈴木さんのような通信会社です。5Gになってくると YouTube の画質がもっと良くなり、もっと出口が増えてくるのは明白です。ですから一番、通信料をとるのは鈴木さんのところじゃないですか(笑)。

   それは冗談で、次に話をもっていきたいと思います。メディア企業の話をもう少し深く議論して参りたいです。

   これは今の鈴木さんの話に繋がります。テレビは今まで電波を受信するデバイスでした。しかし今年6月の調査では、日本のテレビの半分以上が実は同時にインターネットにも接続しているのです。

   ですから、テレビがインターネットも電波も両方受信するデバイスに今なっている。これはおそらく、次の議論の前提条件になります。

   そこで、いくつかの会社を事例にして検証していきます。Disneyの急成長、特にDisney+(ディズニープラス)の急成長のベースは「IP」というのは先ほど紹介しました。実は12月10日のDisneyの発表は、もっと野心的です。

 年間100本以上の新作のコンテンツを提供するのは、非常に驚異的です。かつDisneyの3つのOTTプラットフォームは12月までに1.4億人近くの会員数を獲得していましたが、2024年までにはなんと、2.3億から2.6億人を目標にしている。非常に野心的に物事を進めようとしています。

   この野心的に進めている理由は「IP」です。もう一つは、強力な「資本」です。2006年にGoogleがYouTubeを16.5億ドルで買収してから、いくつかの動きを捉えてみました。

   2015年にアリババは、Youku(ヨウク)という中国のプラットフォームを37億ドルで買収したのです。AT&TがTime Warnerを854億ドルで買収したのも2年前の話です。去年はDisneyが21世紀FOXを710億ドルで買収したわけです。

   このように強大な資本を使ってOTTプラットフォームや、プラットフォームにのせるコンテンツメーカーを買収する争奪をする。今、始まったばかりだと私は思っています。次の出番はNTTかもしれないと期待も込めて、この話を進めています。

   もう一つ、よりどころは「言語圏」です。中国の場合は、海外も含めて中国語を使う巨大な人口をベースにOTTサービスを展開しています。

 この図で今の予測としては、2025年までにアジアのOTTのマーケットは、中国勢が東南アジアも含めて65%ぐらい占めると見ています。アメリカ勢に対して、ある程度は拮抗できる状態になっています。

   世界的に見てみると、2025年までには半分以上がアメリカのプラットフォーマーです。4分の1は中国系ですが、残りはその他です。

   キーワードとして、私はやはり「IPの強み」「資本の強み」「言語圏の強み」で見ていくべきだと思っています。

質問は、日本のメディア企業は、日本のOTTをどう構築していくべきなのか?です。先ほどの話の延長線で伺いたいです。武田さん、どうぞ。

圧倒的な資本力の差にどう対抗していくか


    武田資本力の問題、言語の問題。周先生がおっしゃった通りだと思います。例えば日本において、今 Netflix がいくら投資しているのか。公開していないので分かりませんが、Netflixはグローバルで2兆円近いです。

   我々、民間放送局においては、年間の番組制作の調達額は4000億円ぐらい。NHK も入れて8000億円ぐらいです。

   ですので、その倍以上のお金を持って Netflix は世界からコンテンツを制作、あるいは調達している。この資本力の圧倒的な差、これは如何ともし難い。

   先ほど鈴木さんのお話にも出ましたが、ソニーグループも一つ注目していかなければいけないだろうと思います。そういう日本企業も含めて、どう資本力的に対抗していくかが一つだと思います。

   もう一つは言語の問題で言うと、確かに英語圏、あるいは中国語圏は圧倒的に有利にあるわけです。先ほど紹介したTBSの関連会社が作った時代劇で、天正時代にヨーロッパへ行く『天正遣欧少年使節』の物語を作りました。

   これは全部で20本弱作り、 Amazon プライムに納品しました。納品したものはすぐニューヨークに送り、そこで多言語化する。字幕や吹き替えも短期間でやってしまう。

   この機械化はどんどん進んでいますし、日本語の不利さも多少は薄まっていく可能性はある。しかし、やはり言語圏は如何ともし難い問題としてついて回るだろうと思っています。

   そうした資本力、および言語圏の問題で対抗しながら、日本のプラットフォームは本当にできるのかどうか。周先生も紹介してくださった music.jp など、いくつかあります。我々TBSも、NHKももちろんやっている。

   それらがどう統合して、強いものに対抗できるようになり得るか。こうした動きは出てくる可能性があると思っています。

   鈴木さん、どうぞ。

ビッグ・テックの先行きも注視


   鈴木資本力の話が今出てきましたので紹介します。これはネットから拾ってきたのですが、たまたま日テレやソニーが、0.52兆円、4.3兆円などと出ています。

ところがAppleや Google、 Facebook、Amazon、Microsoftは桁が違うのです。もう50兆円、70兆円という世界です。なかなか資本力で争うことにはならないと思うのです。

   ちなみに今、NTTグループは?

   鈴木今、10兆円ぐらいです。

   2桁ですね、やはりデカい。

   鈴木ところが、この図を見ていただくと分かります。映像配信の話など出ていますが、これらの会社は映像だけを扱っているわけではありません。

   配車アプリをやったり、ドローンや検索エンジン、ネット通販をやったりしています。Facebook もAmazon プライムもそうです。Amazon は元々、物流をやっていながら映像へ入っていった。いわゆる、みんな複合企業なのです。

   映像のところだけ取り出すと何かあるかもしれませんが、複合企業として大きいことになる。どういう競争形態なのか、必ずしも規模だけではないことが一つ。

   また、言語圏の問題は個人でいろいろな見方があるかもしれません。我々もDisneyをはじめ、中国の『三国志』や『赤壁の戦い』、韓流ドラマ、アメリカも西部劇を英語でやりましたが、コンテンツの魅力は必ずしも言語だけに支配されないと思います。

   コンテンツの素晴らしさは国を超えて飛んでいくものがある。私は、言語の境に悲観していないです。

   要はその中身であり、どう物語なり洞察力で良いものを作っていけるかに差があるのだと思います。あえて逆の面から、水を差すようで申し訳ありません。

   今、非常に大きな複合的企業がネット世界に入ってきています。片方では、敢えてGAFAのところは個人情報保護の問題で完全に闘いになってきて、どこに行くか分かりません。

   やはり個人情報保護の考えで分割しなければいけないのか、企業としての活動を抑えなければいけない各国の政府の闘いになってきています。

   あるいはAppleもこれはまずいなと、まず自ら個人情報保護で制限していく。自動的に先ほどの DTC(Direct to customer)に行くような、情報をとるのが一つのデータ資本主義で伸びています。そのデータの扱いそのものが、もう少し落ち着いていかなければなりません。

   今は小さな企業を買い取って芽を摘んでいく。逆にターゲティング広告で個人情報との問題も出てくると同時に、小さな企業を買収して潰していく独禁法の問題などいろいろあります。

   あえて問題は難しくなりますが、この問題が資本力で行くから一気にずっと行くかと言うと、また議論は絡み合っていきます。いろんなユーザーの権利、あるいは社会のあり方。今アメリカで一番このGAFA対、政府の行方が注目されています。ヨーロッパでも同様です。

   まだ始まったばかりのことが落ち着いていくまでは、先行きを展望していくべき状況でもある。このことだけは頭の片方で見ていただきたいなと思います。

5Gがメディアに与える影響とは?


   鈴木さんの今の話に大賛成です。やはりGAFAをはじめとするビッグ・テックの皆さんが、このまま膨張していくとは私も思っていないです。それと関連して鈴木さんに質問したいです。

   我々の時代は、テクノロジーで大きく変えられてきました。今「超スマート社会」と言われています。先ほど触れたGAFAをはじめとするテックのカンパニーがここまで大きくなったのも、こういう時代の中で膨張したこともある。

   同時に、社会もかなり変わってきたことも否定できません。通信技術はさらにこれから進化していきます。

   そこで、一つは「5G」です。本格の5Gの時代はこれからですが、到来することでメディアにどのような影響を与えるか?さらに5Gの時代でリアルと放送とOTTの関係はどうなってくのか?そうしたことも、ぜひ教えていただきたいです。

   さらに、技術は飛躍的に進んでいます。例えばイーロン・マスクというアメリカの企業家がいます。彼の今の事業の中で、「テスラ」という企業が日本では非常に有名なっています。

    しかし彼個人の投資を見てみると、実は一番投資しているのはテスラよりも宇宙関連のビジネスなのです。

 そこで、スペースX という会社は「Starlink(スターリンク)」という構想をぶち上げています。構想ですが調べてみると、もはや現実になりつつある。

   もうすでに1000基近くの衛星を打ち上げています。2000年代の半ばあたりに地球を覆うような高密度の衛星網を構築して、どこへでもインターネットのサービスを提供できるようにする。

   これが実は、それほど遠くない将来の話になります。そこも含めて鈴木さん、少し展望してください。

 

5Gの価値は技術よりも「何と結びつくか」


   鈴木なるべく手短にお話します。この技術の世界が基本的にどうなるかは、プレイヤーがたくさんいらっしゃるので正直ちょっと分からないです。

   これは少しぼやっとした話だと思われるかもしれませんが、ダボス会議(世界経済フォーラム)です。トランプさんや安倍さんも行かれました。そうした各国首脳や、産業界、金融、大学の先生などいろんな方が集まって毎年開催されます。

   これはもう2000年以降テクノロジーが進んできたらどうなのか?デジタル化の影響でこの社会が変わるのではないか?というので、もの凄いテーマになっています。

   もちろん、先回のセッションでありました「グリーン・リカバリー」の環境問題。これも大きなテーマであり、ずっとやってきた。しかし持続可能な開発をベースに地球を維持していく観点では、この図の左のテクノロジーがどう影響してくるのか。さまざまな産業、各国政府の大テーマです。

   さらにコロナ感染症、パンデミックが始まった。とりあえずリモート化とデジタルのところだけ出てきていますが、どんどん他の産業にも広がっていくでしょう。それが逆に、我々の放送にも影響が出てくる、逆に返ってくる、ということになります。

 図の上の話ですが、とにかくインターネットの登場はものすごく大きかった。これは1980年代半ばですが、その後でスマホです。皆さんはあまり意識されていないかもしれませんが、スマホの能力は1998年当時の IBM の大型コンピュータの4倍ぐらいあるのです。この一個で、です。

   そうして、 iPad の時代です。1990年代の水準でいくと、世界最高速コンピュータが皆さんの手の中にある。消費者の好みやデータ処理量、大型コンピュータの能力を持っているスマホが皆さんのところに一つずつあるわけです。

   まだ世界77億人のうち50~60億台ぐらいかもしれませんが、そこを相手にどんな影響があるのか?というのが周先生のご質問ですね。

   5Gや光通信もそうですが、そうしたインフラは20何年前から着々と進んでいます。「情報スーパーハイウェイ構想」もアメリカであり、日本でもいろいろな構想がありました。

   しかし、それを使いきれていない。使いきれるものがコロナでどうなったかが、実はこのテーマです。

   スマホの存在が、皆さんの知能、知識を強大にしたマーケットであります。それをバックアップするネットワークも出来上がっている。つまり、現実の目の前に見えていることと、サイバー空間の中で処理して結果を出してくるところが、ほとんど一体化しているのです。

   目の前に見えているものとサイバーとで、分けては考えられないです。往復しながら今の現実になります。その意味では、何か調べる時にパッと検索して行動する。このパターンがどうなっていくかで、今後さまざまな課題へ向かっていくのです。

   ですので、この社会構造の話は詳しくしません。人口減少するし、高齢化も進む。あるいは経済成長が苦しい時代も必ずあります。それをどう補えるかという観点です。

 この図は、武田さんの競争相手ですが日本テレビです。近未来にMRを利用し、テレビ画面ではない仮想現実でテレビが観られる世界も当然出てきます。

 これは介護の話です。5 G で映像になりますと、すべて点検は自動的にドローンでやってしまう。

   あるいは今面白いのは、4K、8Kテレビで雨の映像が流れていれば、画面をパッと計測して「今、雨量は何ミリ」と、すぐに数量化できる。画像を見るとすぐデータ化できる技術が進んでいるわけです。

   あるいは、洋服屋さんに行ってパッと写真を画面に撮ると、「あなたの身長や胸囲はこの寸法なので、これが似合いますよ。では着せ替えてみましょう」というように、すでに便利なアプリがどんどんできている。

   人間が介在するよりは、先ほど言った「間を繋ぐ世界」が現実のものとして機能し始めていくだろうと思います。

   これらは画像認識も含めて、まだ始まったばかりです。これから5Gは今の通信ではなく、何と結びつくか。映像と結びつく、あるいはメーターと結びつく、セキュリティと結びつく、産業の機械と結びつく。

   何かと結びつくかによって価値が生まれます。5Gが価値を生むわけではなく、価値を生む道具立てとして揃ってきたのが正解だろうと思います。技術で考えないことが一番のキーになると思います。

   それで、この5Gの映像データトラヒック自体の話です。値段のことを言って恐縮ですが、携帯電話が出た頃の1バイトの情報単位の値段と、今のスマホの1バイト単位の値段は、1万分の1か、1万5000分の1ぐらいに下がっています。それだけ技術が進んだ。

   経済的な値下げの問題で今、携帯会社は大変な騒ぎになっています。このシステムができてから、技術開発の進み方と費用の下がり方は驚異的なのです。2020年は4.4EBという構造化データがあります。音声と動画が1700倍です。

   どんどん広がっていきますが、これは技術が追いつかないといけない。ネットワークは詳しく説明しませんが、今これもクラウドを使っています。ネットワークの構造自体も変わります。

   分かりやすいところでは、 IT の世界に住んでいると今何が起こっているのか。実は電力消費がどんどん上がっていて、エネルギー問題になっています。

   ですから今、NTT、インテル、ソニーで発表した「IOWN構想」というものがあります。この5年、10年のうちに光信号で電気の力を使わずに信号転換する。それができる技術の目途を立てていくことが「オールフォトニクス・ネットワーク」。すべて全光で通信の媒介することを実現していく。

 当然、5Gも組み合わさってくるため、強力な手段が出てくるところです。従って5Gでも、どちらかと言えばエネルギー問題として扱われるような状態になっています。

   続いて、先ほど周先生からもお話があった「スペース X」です。「イリジウム・ネットワーク」というアメリカの衛星通信サービスがあります。日本だと KDDI がおやりになっています。私が話を聞いた時は1992、3年でした。それから27、8年経っています。  

   このサービスは66基の衛星で構成されていますが、なかなか採算を合わせるには大変です。全地球をトランシーバーのような66基の小さな端末機が周回しています。この66基で衛星通信ができるものが、今すでに800 基打ち上がっている。

   1万2000基まではすでに FCC(アメリカの連邦通信委員会)という許可を与えるところに認められました。これが4万基を超えている。

   そうすると、パッと空を見上げると数百基も目に入るわけです、本来なら衛星が。直接インターネットを衛星経由で送ってしまう世界が、実は来年か再来年ぐらいから始まることになります。

   インターネットの後ろの放送波や、通信のネットワークを超え、宇宙を超えていく。ところが今、少し問題があるのです。

 これは60基ずつまとめて打ち上げているのですが、この右の図はイメージです。役目を終えた人工衛星の「デブリ」というものがあります。このデブリがある中で4万基も打ち上げてどうするのか、またゴミをばら撒くのか?という問題があります。

   しかも、衛星は太陽を受けて光ります。夜になってキラキラと光る何百基もの衛星が浮かぶ風景ができるわけです。これは嘘でもなく事実ですが、それを差し引いても衛星をコントロールする技術は難しいです。衛星は必ず落ちていくため、落ちるものをどうコントロールするかには国境がないのです。

   通信においては、実は国境があります。国によって通信事情も違います。ネットでも中国と日本では見られるもの、見られないものがもちろんあります。

   ところがこのサービスが始まった瞬間、すべて透明になります。各国の経済格差、活動格差も全部ネットで見られます。一体どういうことが起こるのか、という社会問題の方の改善、議論がまだ追いついていない。

   しかし来年、再来年あたりにサービスが始まろうとしています。皆さんのスマホと持っているネットが直接、衛星からアメリカなりヨーロッパにいく世界になることを狙っています。これに注目していくことが、とても大事になると思います。

   あまりご質問の答えになっていませんが、技術の進化はものすごいスピードで進んでいます。アメリカ主導ですが、使うのは我々です。社会がどう使うのか。

   今コロナが起こったので突然リモートがパッと始まりましたが、今後この技術の中に自分をどう活かして利用していくか。場合によっては高齢化なり低成長、少子化の世界をうまく解決する道が出てくるかもしれません。それは少し全社会的な議論かなと思っております。

   ありがとうございます。続きどうぞ、武田さん。

ソフトインフラの信頼性をいかに高めるか


   武田今、鈴木さんのお話を聞いて大変勉強になりました。技術は間違いなく進歩していくし、そのスピードも上げている実感はあります。

   私の場合は放送の分野で仕事をしているわけであり、変化に対応する能力が求められています。先ほどのビデオマーケットの小野寺さんではないですが、成功体験が放送局にはあるがゆえに、対応能力が劣ってきている気がするのです。ですので、大変な危機感は持っております。

   鈴木さんのように全世界的、全社会的な変化にももちろん通じるわけですが、その一分野でどう対応していくか。放送局のビジネスとしての対応は一つ。これをずっと今までお話ししてきたわけです。

   それとともに我々は報道機関でもあります。ニュースを日々出しているわけです。「今日は何人コロナの陽性が出た」など、そうした話からさまざまなニュースを出している。

   しかし、インターネット上でのフェイクニュース問題もあります。フェイクニュースかどうかを判断するのは個々人なわけです。そのフェイクニュースをチェックするそれぞれの団体がありますが、チェックしきれていない。

   だから我々はニュースや、社会のある種ソフトインフラだと私は言っているのですが、この信頼性をどう高めていくか。我々、放送局でもいろんな問題を起こして叩かれるわけですが、信頼の高い情報を日本国民にどう提供していくか。

   提供する手段は、はっきり言って放送でなくてもいいわけです。通信でもいいわけで、いかに必要なところに正しい情報が届けられるかも、我々の一つの大きな社会的ミッションだという自覚があります。

   そうした技術の進歩、進展を活かしてより良い社会にしていくか。我々もそれを企業理念に掲げており、より良い社会をつくることに貢献していきたいと考えています。

アジアのマーケットをどう見据え、展開すべきか?


   ありがとうございます。非常に大事なメッセージです。

   それでは、最後の話題に参ります。世界のマーケット、特にアジアのマーケットをどう見据えて展開していくかという話です。

 この図は、過去3年間で日本の映画が中国で上映されたリストです。2017年は10作品が中国で上映され、興行収入135億円を稼いだのです。2018年は、15作品で113億円。去年の2019年は一気に23作品が公開され、282億円を稼いだ。

   これは何が言いたいかというと、日本のコンテンツにとって中国というマーケットがあること。そして中国というマーケットは日本の作品をけっこうオーディエンスとしては好意的に受け入れています。

 実は2016年以降、世界で映画作品がたくさん作られています。けれども、数から見ると5%の作品は100億円を超える制作費をかけています。日本ではなかなか100億円をかけて一作を作ることはできない。しかしこの5%の作品は、実は映画の興行収入の半分以上を獲得しています。

   このビジネスモデルを一番、徹底的にやったのはDisneyです。ですからDisneyは対策をどんどん打ち、高い興行収入を勝ち取るビジネスモデルを実行しています。

   しかし、ここでのミソは、大作を消化できるような大きな市場も取っていることです。ですから『ムーラン』のように、中国マーケットから認識されたい作品をどんどん作っているのです。

   先ほど語学の話が出ましたが、おそらく自動翻訳はすぐ目の前にできるようになってきています。翻訳することは難しくないです。問題は、作品がその文化をベースにしたオーディエンスに向いているかどうか。これが実は、けっこう大きな問題です。

   やはり海外のオーディエンスを意識しなければ、作ったものはそれほど歓迎されないと思います。場合によってはうまくいく。しかし、打率から見るとそれは事故だと思った方がいいと私は思います。

   アジアというマーケットは、40年前はほとんど経済的な有効人口ではないマーケットでした。しかし、今は経済的に見ると非常に有効的なマーケットになっています。

   そこで、これからアジアのマーケットをどう意識してアクセスしていくべきなのか?また、加速するメディアにおける DX が日本をとりまくアジアの社会にどうインパクトを与えるのか? 

   この質問を最後にして、お二方の考えを伺いたいです。鈴木さんからお願いします。

「人材」という資本が一番の強み


   鈴木私は武田さんにお譲りしたい感じですが、前座を失礼します。先ほど周先生のお話にもありましたが、世界・日本のコンテンツ市場は、まだ伸びてはいます。

   ただ、日本の存在感が結果的に、相対的に下がっている。逆に、伸ばす余地があることと、アジアと中東・アフリカ、特にアジアはこれから人口が多くなってくる。

   今は77~78億人ですが、中国・インドだけでもこれから30億人になろうとしています。世界の3分の1の人口です。100億人になっても3分の1は、やはりアジアです。

   この地域で、時差がない中でどうこのビジネスをやっていくかが非常に重要です。多少は文化的なコンテンツに影響を及ぼす地盤も、アジアは似たところもあります。

   マンガ・アニメはすごいですが、それ以外の映像の世界もぜひ頑張ってもらいたいと思います。すみません、64ページ開けますか。

   この図は DX の場合ですが、先ほど資本力の問題が出ました。資本力や、個人データの集積であるデジタル情報収集のような情報データを持っていることが強い。これも資本で信用も資本ですが、やはり「人材」が資本のところが強いです。

   今これだけの世の中になっているので、映像の世界もポイントだと思います。もちろん戦略もなければいけませんが、人材、あるいはデリバリー、テクノロジー、データ、マネジメントなど、やはり根っこになっているのは「人材」です。

   そこで、やはり人だという時に、これから二極化していきます。特に中間の管理をしている層ではなく、これから雇用安定するところは各分野の専門性の高い人や、感性の強い人の需要が非常に高くなる。

    それと同時に、人でないと駄目だという需要もどんどん高くなってくる。その間が実は今一番多いですが、この数字は下がっていきます。

   この図の右側の「人材」を、専門家というわけではなくて全体像を見る。先ほどコンテンツの配信と制作の境がなくなってきたと言いましたが、全体の流れを頭に置き、かつ特定の専門が非常に強い人材をどう育てていくか。それが、これから一番大事なところになると思います。

   先ほど周先生からご指摘がありました。図の左の現状から目指すべき姿ですが、これは AI ロボットの場合です。これは映像ビジネスも同じで、トップに立つ人は内外から集積してこないといけない。やはり分かっている人がコンビネーションで集めてくる。単一文化でない。間に挟む人は専門性があって、共同的にチームが組める人です。

   「単純なことをやればいいや」という人は、AI とロボットに置き替わっていくことになります。今から目指すべきは、内外から集積をして実行すること。今はいいものがあれば、日本人でも優秀な方は海外に出てしまう。中国の方も海外に出ることになります。

   なかなか言葉で「多様性」と言っても難しい。ですから、一番入りやすいビジネスの世界から人を育て、あるいは味方をつくっていく。チーム作りをする。

   そうしたところに金融資本、データ資本主義から人的資本主義の方にシフトしていくことが一番大事な将来像だと思っています。武田さんの前座で、すみません。

   ありがとうございます。武田さん、どうぞ。

積極的なキャリア採用と人材育成を


   武田本当に「人」だと思います。我々はけっこう、海外で番組を売ることをしてきました。『風雲!たけし城』という番組は世界的に売れましたが、そうした「点」での海外展開はけっこう長くやってきました。

   しかし、それでは単価がはかばかしくいかない。連結売上高の海外売上高比率は、1%に満たない現状です。

   それではいかんということで、日本でのOTTとの競争や、少子高齢化の問題、あるいは日本の我々のスポンサーである企業がどんどん海外に展開していくわけです。では我々も、ということで私もけっこうアジアを中心に回り、さまざまな放送局との提携などを模索してきました。

   しかし、どうも提携ではないなという感じはしています。今まで議論してきたコンテンツの力をどう活かせるか。それを活かすには、やはり「人」なのです。

   我々 TBS もそうですが、ほとんどの放送局は10年ぐらい前まではそれほど外部から人をとらなかったのです。大学を出た人材を育てる。育てるには時間がかかるわけですが。

   今ではそれにふさわしい人材、例えば海外展開にふさわしい人材を中途でキャリア採用するといった流れがやっと出てきました。10年ぐらい前まではなかったのです。

   最近、各社ともそうした採用を行っています。例えばIT、あるいはDX人材などは取り合いです。取り合いなので、給与問題、待遇の問題になる。こういう「質」の問題を、人材の育成と人材を取る、という発想にみんながなりつつあります。

   アジアでも展開しようと方針を立てているので、そこは日本人でなくても良いわけです。やはりアジアの人たちが社員になってくれた方が、メリットがあり得るわけです。

   ですので、そうした人材の多様性も含めて、これからますますやっていかなければいけない。同業他社、あるいはOTTもそうなっているわけですから考えていかなければなりません。

   ところで、Netflix JAPAN が経団連に加入したのですね。あのニュースを見て、その意図は何かと聞いてみたいぐらいです。でも、そういう時代なのです。出入りが自由になっていく時代ではあるし、組織、人材にふさわしい体制にしていかないといけないと思っています。

   ありがとうございます。最後はやはり「人材」ですね。この話は我々大学にとっても非常に大きな課題となってくると思います。

   そろそろ終了の時間がきました。今日は武田さん、鈴木さんという二人の素晴らしいビジネスリーダーの深い造詣とイマジネーションをお借りして、メディア産業、そして通信産業が置かれている現状を議論し、整理し、将来を展望しました。

   大学の学生をはじめ、若い世代が未来を描くにあたり、今日の議論は大変参考になるもの、刺激になるものと確信しています。武田さん、鈴木さん、ありがとうございました。

   それではこれをもちまして、特別セッションを終了させていただきます。ご視聴の皆さま、ありがとうございました。

特別SESSION討論の様子(左から周牧之氏、鈴木正俊氏、武田信二氏)

シンポジウム動画

【参考】
東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」を開催

【書評】中国は大都市圏、そしてメガロポリスの時代を迎えた

J-CASTトレンド・コラム「霞ヶ関官僚が読む本」より掲載

 周牧之さんは、1963年に中国湖南省に生まれ、中国機械工業部(通産省に当たる)勤務を経て88年に日本留学して30余年。東京経済大学で教鞭をとりながら、日本と中国の関係改善、中国の都市政策に多大な貢献をしてきた。本書の中心となる中国都市総合発展指標は、周さんの長年の研究成果をもとに構築された。

 都市と農村の格差など「三農問題」を抱えていた中国は、計画経済の時代から長年、都市部への人口移動を規制してきたが、今や大都市圏、そしてメガロポリスの時代になっている。その転機は2001年のWTO(世界貿易機関)加盟であった。中国沿岸部が一気に「世界の工場」となり、臨海部の主要都市が大規模化した。

 都市住民の生活品質の向上と環境問題の回避という二つの目標を追いながら急速に成長する都市は、人口1000万人を超えるメガシティと周辺都市が複合するメガロポリスへと変貌を遂げた。本書は2018年に初版の中国都市ランキング2016が出版されてから三回目の出版となる。都市データの更新に加え、メガロポリス発展戦略、中心都市発展戦略、大都市圏発展戦略とメインレポートが毎年変わり、2030年に向けて中国の都市がどのように変化していくかを知る手がかりに溢れている。また、トップ10都市の強みが写真付きで紹介されており、特に、杭州市、成都市、南京市は自然、歴史や文化の魅力にあふれ一度訪れて実感してみたい。

三大メガロポリスの課題

 欧州はその歴史から都市人口が1000万人を超えるメガシティはモスクワやロンドンにとどまるが、アジアでは臨海部の都市が製造業と交易で急速に発展したために規模が大きい。世界最大の都市圏は東京圏の3700万人だ。中国では人口1000万人を超える大都市圏は六つもある。これらメガシティを中心に、京津冀(けいしんき)、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが形成されている。複数の大都市圏が連携する連続的な構造だ。人口規模から見ると、京津冀が9106万人、長江デルタが1億5270万人、珠江デルタが6151万人にのぼり、三つのメガロポリスの合計では3億人を超え、中国総人口のシェアは22%にも達する。三大メガロポリスは、世界との交易で成長し、国内の他地域から大量の人口流入があった。現在、当該都市での戸籍を持たない常住人口数だけでも三大メガロポリスで計6244万人にもなる。急激に巨大化するメガロポリスには、都市機能の充実に関して二つの課題がある。 

 一つは、都市住民の生活の質という視点。公共交通網、レストラン、大学など人口が集中して快適な空間構造をどう作るかだ。人口規模が大きい分、欧州や米国には見られない東京圏のような高密度かつ快適なメガシティを目指すことになる。二点目は、周辺の中小都市の核となる中心機能を充実させることだ。とりわけ、国際交流に必要なIT、国際会議、宿泊といった機能が重要だ。製造産業の発展拡大した沿岸部のメガロポリスが、今度は、IT産業と国際交流にふさわしい都市へと姿を変えていくのである。

人間本位のマネジメント

 中国の都市は、人口戸籍制限を緩和して若者を積極的に引き寄せる競争に向かっているという。日本の地方創生とは逆の構図だ。若者からすれば、都市の生産活動と生活環境の双方を見てどの都市に住むかを決めることになる。大都市だからといって生活環境が悪ければ良質な転入者を得ることは難しくなる。利便性を犠牲にせず、緑が生い茂る穏やかな住宅地帯をどう形成するか。人間重視の都市化への転換が急速に進むであろう。製造活動にふさわしい都市から知的な価値を創造する活動にふさわしい都市への変貌である。

 こうした考えが、中国国家発展改革委員会の官僚の言葉で語られていることが、本書が日本語化された意義の最たるものではないだろうか。中国の官僚が、経済、社会、環境の三つの均衡を重視する方針を掲げ、それを測定する数値指標として中国都市総合発展指標の理念と実益を高く評価することは、都市問題の奥深さゆえに、数値をベンチマークとして都市を経営する意義を中国の政策官僚がともに実感しているからであろう。この発展指標が、周さんの知的な献身活動を基礎として、中国の官僚と日本の産学官との協力で生まれたことは、日中の現代史に残る出来事ではないか。

(※データは書評掲載時より更新)

<ドラえもんの妻>


【参考】J-CASTトレンド・コラム「霞ヶ関官僚が読む本

【激論】「コロナ危機を転機に」 周牧之 × 中井徳太郎 × 大西隆


東京経済大学創立120周年記念シンポジウム
「コロナ危機をバネに大転換」

※画像をクリックするとシンポジウムの動画がご覧になれます

【動画】東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」


■ Session 1 ■ 「コロナ危機を転機に」

司 会   周牧之 東京経済大学経済学部教授
パネリスト 中井徳太郎 環境事務次官
      大西隆 日本学術会議元会長、豊橋技術科学大学前学長

日時    2020年11月21日(土)13:30〜15:00



 周こんにちは。東京経済大学は1900年に、大倉喜八郎という実業家によって創設されました。激動の時代をくぐり抜け、今年で創立120周年を迎えました。

 この記念シンポジウムは本来、海外からも著名な論客を招く予定でしたが、今日の状況に鑑み、オンラインで開催いたします。こうした時期だからこそ、新型コロナウイルスに負けない経済社会をどうつくっていくべきかについて議論して参りたいと思います。

 まず、登壇者をご紹介いたします。東京大学名誉教授、日本学術会議元会長の大西隆先生です。どうぞよろしくお願いいたします。環境省の中井徳太郎事務次官です。よろしくお願いいたします。私は司会を務めます、東京経済大学教授の周牧之です。

 今日の進め方ですが、まず私が問題提起をして、中井さん、大西先生の順に5、6分ずつお話していただきます。なるべく発言の回数を多く回していきたいと思っています。早速、本題に参ります。

 周:第1セッションのテーマは「コロナ危機を転機に」です。今の世の中は大きく変わろうとしています。おそらく、これまで人類が経験したことがないほどのパラダイムシフトが起こっています。

   第1グランドでは「社会の大変革を推し進める三大ファクター」についてお話して参ります。この図1から見られるように、今コロナの新規感染者数が急激に増加しています。感染拡大の局面を再び迎えることになり、世界各地でも再びロックダウンラッシュが起こっています。

   実は、この新型コロナウイルスパンデミックこそ、世の中の変革を促す一ファクターでもあります。新型コロナウイルスの蔓延で人々の意識、生活のスタイルがかなり変化していき、これからも長期にわたり変わっていくのではないかと思います。

   また、もう一つ世の中を変えてきた、今後さらに変えていくファクターは情報革命、そして今日の「DX」つまり「デジタルトランスフォーメーション」です。これも40年間にわたって社会を大きく変えてきています。

   40年前、1980年にアメリカの未来学者アルビン・トフラーが、『第三の波』という本を出しました。トフラーは、情報化社会をかなり予言しました。

 具体的な社会のありようで、ほとんどトフラーのイマジネーションは当たっています。ただし唯一、少なくとも今日まで当たっていなかったのが、都市問題です。

   トフラーは40年前、すでに今日のようなテレワークの時代の到来まで想像していました。しかし彼の予想のように、都市の密度がどんどん低くなり、人々は田舎で生活しながら近代的な仕事をするという場面は、実際には今日まで到来しなかった。

 この図で表しているのは、この本が出版されてから約40年間、つまり1980年から去年まで、世界でどのくらい大都市化が進んだかということです。「100万人都市」というのはそもそも大都市です。世界で人口が100万人以上増えた都市はなんと、326カ所もあります。これらの都市の中で、9.5億人も増えた。つまりこの326都市で増えた人口が、10億人近いわけです。

   さらに1000万人を超える都市のことを、我々は「メガシティ」と呼んでいます。このメガシティは、1980年はたった5つしかなかったのですが、今日では世界に33都市もあります。メガシティに住んでいる人口は6億人近いです。この点に関しては、トフラーの予想に反した大きな動きがありました。

 3点目の、世の中を変えていくこれからの大きなファクターは、2020年10月26日に菅首相が所信表明演説で出された、2050年までに日本の温暖化ガスの排出「実質ゼロ」宣言。これが実は、非常に今後の世の中を変えていく大きなファクターになります。

 第1グラウンドでは、まず中井さん、大西先生の順に、この三大ファクターがこれからの世の中をどう変えていくのか、そしてどう変えていくべきかをお話していただきます。どうぞ、中井さん。



コロナ危機と気候危機問題


  中井ありがとうございます。周先生の提起されました社会大変革の三大ファクターについて、私の方からは新型コロナの問題と、気候危機の問題についてお話ししたいと思います。

   今まさしくコロナ危機であり、日本でも第三波ということですが、同時に気候危機と言われる状況が広がっています。この「環境白書」とは、日本政府が閣議決定して正式な公式見解を出すものです。この中で従来、気候の問題につきまして「気候変動、温暖化」という表現で扱って参りました。しかし、世界でのいろいろな動きを踏まえ、もはやこれは「気候危機」と表現できるということで、正式な政府の閣議決定の文書で作りました。

   これを6月12日に発表いたしまして、即座に小泉環境大臣から環境省として「気候危機宣言」というかたちで宣言をした。コロナ危機と気候危機、まさしくこの2つの危機に今、我々は直面しているのです。

 この気候変動でありますが、この図6は世界の異常気象の状況です。2019年、2020年を振り返りましても、昨年ヨーロッパではフランス南部で46度という観測史上最高気温が出ました。

   今年はアメリカのカリフォルニア州のデスバレーで、54.4度。シベリアでも38度、南極でも18度という、史上最高気温です。そうした中で、森林火災などもアメリカ、オーストラリアで大変な問題になっている状況です。

   日本におきましても、皆さんも日々実感する危険な状況にあります。昨年は台風10号、19号と、房総半島や東北地方を中心に大変な災害がありました。

   今年は台風こそあまり来ていませんが、梅雨の時期である7月に豪雨となり、西日本では大変記録的な台風・大雨で大きな被害が出ました。こうした激甚な災害になってしまう大雨、暴風に常に直面する環境であると同時に、温暖化の中で熱中症の危険にもさらされています。

   新型コロナについて、どこから発生したのかという議論はいろいろあります。国立環境研究所の五箇先生など知見を有する人によると、この感染症が人間の生物多様性に対する破壊や、気候変動をもたらした今に至るまでの状況と大きく関連している。いわば人間と自然生態系との生物界の棲み分けの状況が変わったため、そうした中で感染症が起きているという文脈で捉えるべきであります。

   したがって今回、コロナを何とか乗り越えたとしても、さらに次のコロナ感染症のような危機を我々は常に考えながら、暮らしを築いていかなければならないのです。

   過去80万年にわたり、自然の二酸化炭素濃度のサイクルがあります。これが産業革命以降250年、急に上がっている状況が見てとれると思います。300 ppm を超えることがなかったものが、一気に今400 ppm を超えています。

   この地球の状況を分かりやすく人間の身体に例えますと、地球が病気で悲鳴を上げている状態です。健康診断で私どもが人間ドックに入って、ガンマGTPの数値が上がる。異常値が出ている。その異常時の明らかな症状として、先ほどのような災害、自然災害の多発です。これはつまり、地球に病気の症状が出ているという発想になろうかと思います。

   分かりやすく地球全体の気候危機の問題を自分の身体と捉えると、慢性病の状況であります。これから、どう体質改善をすることができるのか、どう病気と付き合うことができるのか?こうした状況であります。

   そうした中で、世界はこの問題に踏み出しております。2015年に気候変動枠組条約を締約する「パリ協定( COP 21)」が開催されました。地球の病気の症状を止めるために、増えた二酸化炭素を増えない状況にしなければいけない。

   ただし産業革命以降、すでに1℃の温暖化が進んでいます。これでは病状がなかなか止まらないということで、2℃目標が設定されました。21世紀にあと1℃温暖化することを何とか食い止めたい。

   そのために森林など地球の生態系において、植物が光合成で二酸化炭素を酸素に変えてくれる。しかし、このメカニズムを超えて人間が人間活動で化石燃料、地下資源を地上に持ち上げて移動し、燃やし、先ほどの都市化の中で大量の森林、いわば地球の肺に当たるところを切り刻んでいる。そうした中での崩れてしまったバランスを戻そうということです。

   ただ、このあと1℃の温暖化に人間が耐えられるか。こうした問題意識の中で、今は1.5℃。あと0.5℃で何とか食い止めたい。それが科学的な知見で可能なのかということは今、ギリギリです。あと30年で二酸化炭素の排出と吸収のバランスを保つ地球の健康体まで行けば、何とかあと0.5℃で留まるのではないか。

   こうした中で今、世界中が1.5℃に向かって、2050年までにカーボンフリーにしようという動きがあります。

   先ほども周先生が紹介されましたが、まさしく日本は「2050年カーボンニュートラル」の宣言に踏み込みました。菅総理が所信表明演説で、2050年までにカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを高らかに宣言しました。

   これは大変大きなメッセージであります。これから産業を支えるさまざまなエネルギーや技術の構造を変えていくと同時に、環境省としては特に地域や生活者、そういう日々の暮らしに直面する視点からカーボンニュートラルの絵を描き、社会変革を目指す。こうしたことを総理のご指示を受けてやっていく渦中の状況です。

    この目標がいかに大変かというと、5年連続で二酸化炭素は減っていますが、2030年までに26%減です。現在、これをさらに深掘りする議論を始めました。

   そして2050年までに実質ゼロということで、あと30年までにCO2が増えない状況に持っていけるかどうか、体質改善ができるのか?ということであります。

   これが経済の足かせになるのかという視点ですが、従来とは発想を変えております。経済が成長する、まさしく移行することで二酸化炭素を減らす。経済と環境の両立という文脈で、この問題に当たっていく発想であります。

   まさしく産業革命以降の今までの発想とは全然違うパラダイムシフトであります。冒頭の発言とさせていただきます。

 周ありがとうございます。大西先生、どうぞ。

テレワークの普及と展望


   大西ありがとうございます。冒頭に周先生からいくつかキーワードが与えられました。新型コロナウイルスパンデミック、情報革命、低炭素社会、そして大都市の問題も提起されました。

   実は、スライドの2番目にアルビン・トフラーの写真が出てきたので思い出しました。テレワークはここ半年で急に取り上げられ、しかも定着していったライフスタイル、あるいは仕事のワークスタイルでもあると思います。私は、日本ではかなり最初の1992年だったと思いますが、実はテレワークに関する本を出版したのです。

   当時はテレワークという言葉が日本語にも、確か英語にもなく、『テレコミューティングが都市を変える』というタイトルで出版しました。要するに、通勤コミューティング。通勤の代わりに遠隔通勤と言いますか、情報手段を使って仕事をするということです。

   よって通勤はしないわけですが、自宅から働く、あるいはサテライトオフィスから働くという時代が来る。そういう時代をつくろうという趣旨の本を書きました。

   本を書いただけではなく、そのために学会を創り、テレワークを進めようといろんな社会運動もしてきたわけです。最初の狙いは、過密大都市をどう防ぐのか。私は都市計画を専門とする研究者でしたので、過密大都市を防ぐためにテレワークが有効ではないかと思いました。

   皆がオフィスの集まる都心に向かって通勤することを前提に、都市に住む必要がなくなれば郊外から、あるいはもっと離れた郊外、もしくは地方からいろんな仕事ができるようになるのではないか? そう思ったのです。

   同時に、通勤をしなければ少なくとも交通に関するエネルギーを使いませんので、エネルギーの節約、低炭素にも繋がる。

   しかし実際、日本でテレワークが普及したのはその2つの理由ではなく、新型コロナウイルスの影響を避けるためでした。オフィスで皆が密になって仕事をするのを避ける。あるいは通勤電車も大変密な状況ですが、それを避けようとテレワークが急速に普及していったのです。

   したがって、私にとっては自分が追求していたテーマ、しかもその狙いであった情報通信をうまく活用して大都市化を防ぐことにより、かつ低炭素な社会生活も実現できることとは全然違う回路です。この新型コロナパンデミックに関連してテレワークが普及したことで、少し意表を突かれたと言うか、こういう展開もあるのかと認識させられたのであります。

   改めて考えていくと、現代社会が「第三の波」という一つの社会評論の側面をもっているとすれば、現代社会を捉える時にやはり工場のある場所に皆が集まって働く。工場というのは原材料があるところ、あるいは積出港が近いところが適地だとされていました。

   一方では、オフィスで働くというのは人口の集積する場所が適地で、集積が集積を呼ぶという格好で大都市が膨れ上がっていったのです。

   このように皆が集まって情報が集中するメリットは残しつつ、しかし皆が集まること自体は避けられるのではないかというのが、テレワークに込められたアイデアだったのです。アイデアとしては存在したのですが、実際に日本の社会で急速に普及していったのは、新型コロナウイルスによるものでした。

   将来を展望すると、テレワークが日本社会に本当に定着していくのかどうか。つまり新型コロナが解消された段階で、皆が元の生活に戻ろうと思ったら戻れるという時に、テレワークで享受したさまざまな良い点を忘れることなく新しい生活スタイルとして、あるいは仕事のスタイルとしてテレワークを維持し続けるのかどうかです。

   これは一つの大きな鍵を握っていると思います。情報通信手段をいろんな意味で身近に活用していくことと、できるだけ人が移動するために使われるエネルギーを節約してくことも考えていく。

   これはテレワークの良い点として残るわけです。これをうまく使いながら、テレワークを社会に定着させていけるかが、非常に大きなこれからの鍵を握ると思います。

   私もそういう意味では、自分が研究・発表してきたテーマがなかなかうまくいかなかったわけですが、ここで勢いが出てきたので、ぜひテレワークをさらに普及することをしていきたいと思います。

   ただ、もう一つだけ付け加えると、日本はこの3つの社会を変革させるファクターに加えて「人口減少社会」という極めて大きな問題があります。日本は現在、出生者が90万人を切っています。やがて人口が毎年100万人くらいずつ減っていく時代が、10年か20年後にはやって来るとされています。

   こうして、目に見えて人口が減っている社会が訪れる恐れがあり、今挙げたようなテレワークの活用、情報手段の活用、あるいは低炭素社会の中でどう人口維持する構造をつくっていくか。人口は少し増えるぐらいの方がやがて良くなるのかもしれませんが、そうした構造をどうつくっていけるかです。

   おそらく経済問題から考えていくと、皆がある程度の所得を得て安定した家族生活を営めることが前提になると思います。そうしたことを含めた総合的な政策を、これを機会に考えていくことが大事だと思います。どうもありがとうございます。

   周:大西先生、ありがとうございました。大西先生は、日本の初代のテレワーク学会の会長でした。トフラーと同じ夢を見て、テレワークを一つの研究テーマとして追いかけられてきました。

周牧之 東京経済大学経済学部教授

   第2グラウンドは「大都市の時代と大都市の未来」をテーマに、お二方からお知恵を頂きたいです。実は20年前、私は一つの予測をして、これが当たったのです。

   どう予測したかと言うと、中国で「メガロポリス」の時代が来ると予測しました。メガロポリスというのは聞き慣れない言葉かもしれませんが、大都市がいくつかくっついて、中小都市も堆積した大きな都市の塊を表現しています。このメガロポリスが中国で3つ大きなものが沿海部で形成されると、2001年に予言しました。20年後の今は、右のグラフが表しています。中国の人口移動の地図です。グラフの赤いところは、人口をたくさん受け入れているところで、高さはその量を表しています。「三大メガロポリス」と私が名付けている地域は数千万人単位の人口を受け入れ、大きなメガロポリスがすでにこの20年かけて形成されました。私の予測は当たったと喜んでいます。実際になぜそれが出来たかを今日は皆さんに簡単に紹介します。

 今から、この中国都市総合発展指標を使って皆さんに紹介していきます。この指標作りに関しては大西先生、中井次官から多大な協力を頂いております。

 次の図にあるのは、中国の製造業輻射力のトップ10の都市と、IT産業輻射力のトップ10の都市の地図です。製造業のトップ10の都市は、ほとんど沿海部にあります。この10都市だけで、中国の輸出の半分稼いでいます。

   これら製造業輻射力のトップ10都市は今すべて、世界的なスーパー製造業都市になっています。面白いのは、そのうち7つは20年前まで小さい地方都市で、ごく普通の地方都市、あるいは40年前には、ただの村でした。今や沿海部で巨大なスーパー製造業都市になったのです。

   隣の図のIT 産業の輻射力からは、IT産業の2つの特徴が見えます。

   まずIT産業の集約度は製造業以上にあります。つまりIT産業は、地方分散型ではないです。

   2点目は、IT産業輻射力のトップ10の都市は、深圳以外は全部古くからある中心都市です。首都や地域の中心都市、省都など。これは非常にパターン化しています。この2つの特徴は、実は日本でも同じです。

 日本の製造業輻射力と、IT産業輻射力を表した図12から見ると、製造業に強い都道府県は、地方が多いです。IT産業の場合は、東京が断トツ強い。その後はちょいと大阪、神奈川です。IT産業の方が、より中心都市を求める傾向が日本でも中国でも顕著に表れています。

   さらに企業の本社所在地の集積パターンはどうでしょうか。中国では香港、深圳、上海の三大金融マーケットがあります。この三大マーケットのメインボードに上場している企業の本社所在地が、トップ10の都市は63%を占めています。

   日本の場合はもっと進んでおり、トップ10の都道府県には85%も、東証1部上場企業の本社が集まっています。

 最近、フランスの経済学者ジャック・アタリ氏が、多くの企業がこれから大都市を離れて本社を中堅都市に移すということを、おそらくコロナを意識して話して話題を呼んでいます。これは10年後に検証する時どうなっているか、私もちょっと楽しみにしています。大都市に関しては、CO2の排出量も一つ大事な指標です。日本の47都道府県におけるGDPあたりのCO2の排出量からみると、成績が一番いいのは東京です。

 その東京におけるGDPあたりCO2排出量は、日本全国平均の8分の1しかないのです。何が言いたいかというと、大都市はさまざまなメリットがあり、特にCO2削減のメリットが今まで軽視されてきたのではないか。我々がCO2削減の話をする時、その多くは技術の話になるのですが、実は都市構造の話も大きなファクターになるのではないかと思います。

   大都市に関しての話は、お二方にも伺いたいです。大都市の時代は私から見ると情報革命がつくり出したものです。この流れは止められないし捨てたものではない。そうなる理由もあるし、CO2の削減にも非常に寄与するところもあります。

   これからの大都市をどう展開していくべきなのかを、中井さんから大西先生の順にお願いします。

「3つの移行」による経済社会のリデザイン


   中井ありがとうございます。周先生とはずっとこのメガロポリス化、大都市化の話を20年近くやっているのですが、やはり私は大都市化、メガロポリス化は必然だという捉え方をしています。

   大都市の中でIT技術も含め、さまざまな効率的なものが多くのビジネスモデルを生んでここに至っている。ところが、そこに至る中で獲得したものを使いながら大都市化、メガロポリス化が生んだ、ある意味でのさまざまな病変に対応するのがこれからです。大都市自体も変わるし、大都市以外の国土も変わります。

   今、この状況は地球全体が病気で、大きく変わらなければいけない。大きく社会が変わるのは間違いない。では、どういう方向に変わるのかということで、環境省では現在、小泉大臣を先頭に『「3つの移行」による経済社会のリデザイン(再設計)』として発信しています。今年はCOP26が条約の交渉延期になりましたので、9月にオンラインで会議を行いました。これは、その中でも強く発信して共感を得たところです。

 この「3つの移行」とはどういうものか。一つは、このスタンスでカーボンニュートラルを目指す。再生エネルギーなど、エネルギーの構造や技術イノベーションを使って脱炭素を目指す。

   これを暮らしや地域の面から言いますと、循環経済(サーキュラーエコノミー)。プラスチックの問題や、ありとあらゆる物質の循環も含めて適切に、効率的に回っていくというものです。そして、新型コロナや災害の多発という状況から踏まえると、ある意味での分散型社会です。

   この脱炭素、循環経済、分散型社会。これらの3つで、一つの社会の方向感が出るのではないかと私どもは強く主張しています。これが究極、噛み合うと後ほどのテーマになります「地域循環共生圏」という理想像になる。これを支えるためにはこの地球上、大都市も含めて企業、地域、そうしたすべての暮らしがどう変容していくかが大事になっていきます。

   環境省としては現在、人々の生活の場である地域や自治体で、いろいろなお話させていただいています。日本では政府がカーボンニュートラル宣言をいたしました。それに至るプロセスでこの一年、カーボンニュートラルを表明する自治体は、昨年の9月の時点で4自治体だったのが、今や170自治体を超えました。

   人口から見ると、8000万人を超えている。こういう文脈の中で、日本としても政府全体でカーボンニュートラルにコミットする動きになっています。

   そしてもう一つ。脱炭素、カーボンニュートラルの文脈に、大きなお金の流れでドライブをかけようという動きが今、世界中に広がっています。これを「ESG金融」と申します。世界でESGの市場が拡大していますが、日本もこの3年で約6倍になりました。世界から日本は大変な注目を浴びています。

   日本には兼ねてから地域に信用金庫、地銀がありますが、これからはそうしたところも含めてESGというかたちで、社会を変えるドライブになるお金の流れが広がっていくということです。

   そのお金を受けて活動する事業体という観点においても、脱炭素経営が大きなうねりになっています。この「TCFD」は、世界に広がる気候変動の情報開示の枠組みです。

   自治的な枠組みですが、このコミットメントは日本が世界一です。パリ協定などを踏まえて科学的に目標設定し、中長期の削減を目指す企業。これも、日本が世界で2位、アジアで1位。

   また、事業活動全体を再生ネルギー、つまりカーボンニュートラルにしていこうというコミットメントで取り組む企業も、日本は世界で2位、アジアで1位という状況です。

   この第2グラウンドの話からすると、大都市になってもまだ発展途上のベースでさらに進む世界があります。先進国中心に、ここで獲得したさまざまな人間の叡智を活用して、大都市も含めて地球に暮らしている人間が今、大きく方向転換しようとしています。

   その中には地域という側面から見ても、経済を回している企業の側面から見ても、経済に血を流す金融の側面から見ても、すべて大きく動いている。こういうことであろうかと思います。

   ありがとうございます。大西先生、どうぞ。

 

大都市問題と産業・民生・交通


   大西お二人から素晴らしい詳細のスライドを使ってご説明がありました。私は今日、スライドを一枚も使わずに評論するという、わりと気楽な立場におりますが、今のテーマについて2点だけコメントさせていただきたいと思います。

   一つは、大都市の問題です。なぜ大都市がさらに大きくなっていくのかは、やや謎めいたところがあります。というのは、初めて大都市問題が世界で取り上げられたのは、おそらく戦後の1960年代です。

   この時の大都市とは、ロンドン、パリ、ニューヨーク、東京が中心でした。先進工業国の中心都市の中でも、今挙げたような都市は特に集積が大きい。そこで、いろんな社会問題が出てきたわけです。住宅難、あるいは混雑現象です。

   これを解決しなければいけないということで、例えば郊外にニュータウンをつくる。あるいはもうちょっと大胆に地方に拠点をつくり、そこで機能を分担するという政策を、国を挙げて展開したところもあります。特にイギリス、フランスが積極的に取り組んだと思います。

   アメリカはどちらかと言うと、そういった国土政策はあまり関心がなかったと思います。日本もイギリスやフランスと同じように、そうした政策に取り組みました。しかし、結果としてどうなったでしょうか。ロンドン、パリ、ニューヨークは、だいたいその頃の水準から集積の規模、人口の規模はあまり変わっていません。それに対し、東京だけがどんどん伸びていったわけです。

   先ほど周先生が紹介してくださいましたが、世界の他の地域、アジアであれば中国、あるいは東南アジア、そしてアフリカでも巨大都市が出てきています。さまざまなところから巨大都市が出現し、いわば最初の時代の巨大都市問題の一員であった東京は、引き続き次の時代の巨大都市問題の一員にもなっているのです。

   なぜ、ヨーロッパやアメリカの大都市はそれほど大きくなり続けずに、アジアやアフリカ、特にアジアの都市が大きくなり続けているのか? これはなかなか、きちんとした説明ができない問題です。

   人と人との距離を人間はどのくらい好むか、嫌がるかという研究があります。西洋人はあまりよく知らない人とは距離を取りたがるけど、よく知っている人とは非常に近い距離で付き合う。物理的な距離です。

   しかし東洋人、特に日本人は、知らない人同士で満員電車にぎゅうぎゅう詰めにされても文句は言わない。けれども親しい者同士、最近は違うかもしれませんが、ちょっと距離を置いて三歩下がって歩くなど、そうした習慣もあります。

   よって、人間の性格、習性が違うからではないかという説明もありましたが、まだ決着がついてないかもしれません。

   ただ、先ほど周先生が大都市に関して少し別の見方をされました。例えば、低炭素という観点から見ると、けっこう成績がいいのではないか。つまり大都市化のメリットもそこにあるのではないかというお話がありましたが、私はちょっとこの点については異論があります。

   私もある時期、環境省のお手伝いをしていました。まずは都市をいかに低炭素にしていくかというデータを取り、そのデータに基づいて議論することをやってきました。

   都道府県におけるGDPあたりのCO2排出量ですが、GDPと人口はニアリーイコールです。それほど大きく違わないとすれば、人口あたりと考えてもいいでしょう。日本では大分県、山口県、岡山県などがすごく成績が悪いと言いますか。

   これらの場所は結局、工場が相対的に多い。人口に比べて、あるいはGDPに占める製造業の割合が高いところです。都市ごとに整理するとより顕著で、コンビナートがある都市がどうしても成績が悪くなるわけです。

   そうした問題をどう考えるかです。工場で物を作るということは結局、世界のどこかで行わなければならない作業です。CO2の観点からすれば、最も低炭素に作ることができる低エネルギーと言ってもいいかもしれませんが、エネルギー効率良く作ることができる場所で行うのが一番いい。

   世界的に見ればどこでCO2を出しても同じですから、そこで集約的に作るのが一番その製品については世界中のCO2の排出を抑制できるわけです。そう考えると、最も進んだ工場地帯が生産の大部分を引き受けて、そこで生産するのは良いことだと思います。

   ただし、結果としてその地域はCO2が出ることになります。世界中からその製品についての製造を引き受けるわけですから。それであなたの地域はCO2が出るから駄目だと言われると、やはり世界的な観点、地球規模の観点から優れていることと、地域にそれをブレイクダウンした時に問題があることが矛盾するわけです。

   CO2の問題は、やはり地球規模の話です。どこでCO2が排出されても同じ温室効果があると考えれば、やはり一番優れた生産技術を持っているところで集中的に作り、そこが競争に勝つという原理は重要なのではないかと思います。

   さらに、東京は工場があまりないメリットに加えて、公共交通が発達しているというメリットもあります。これは今のところ、集積がもたらす効果です。人が大勢いることで公共交通が支えられ、公共交通が発達する。いわゆる製造部門と交通移動部門。この2つで今、東京が非常に優れているわけです。

   しかし、例えばこれから自動車のCO2が減っていくことにもなるでしょう。地方都市の移動において、従来の自動車から電気自動車で移動ができるようになれば、やはりCO2排出量もかなり減っていくと思います。

   だから製造業だけで地方都市を悪者にするのではなく、ある意味そこはそこで別勘定をする。そして家庭やオフィスでの民生的な生活で排出されるカーボン、移動によって排出されるカーボンをいかに減らしていくか。

   これは偏りなくすべての地域に適応されるべき技術だと思うので、相当、政策的に取り組んでいく必要があるのではないでしょうか。

   そういう意味では、日本は公共交通が発達し、世界の中の一つのモデルケースを今のところ形成してきていると思います。一方では、公共交通は大量輸送機関という言葉でも表現されるように、人が大勢いないと成り立たない側面があります。そこで、お客さんがあまりいない公共交通機関をどう作っていけるのか、あるいは移動手段をどう作っていけるのか。

   交通についても大きな課題があるし、民生については個々の民生技術の中に低炭素技術をどう入れていくのか、という大きなテーマがあると思います。

   ありがとうございます。大西先生の産業に関する議論に、私は大賛成です。ただしCO2というのがエネルギー消費にイコールなので、基本的に産業と民生と交通、3分の1ずつくらいの配分で考えればいいです。

   大西先生がおっしゃったとおり、大都市は固まって一緒に住むことで交通、民生もエネルギーは節約されます。

   もう一つ、大西先生がおっしゃっていた「三密」、要するに密度の話です。私から見るとどうも大都市の一番のメリットは、三密経済なのです。三密社会がもたらすメリットにあるのではないか。

   今、三密は悪いイメージがありますが、実際は三密がもたらす情報の交換、感情の交換によって、我々は幸福になる。生産性も、特に知的な生産性も高くなることが十分あり得ます。私はむしろ「三密」大賛成で、どのように新型コロナから我々の「三密」の生活を取り戻すかについて、一生懸命に考えようと思っています。

大西隆 日本学術会議元会長、豊橋技術科学大学前学長

   さて、第3グラウンドは、「SATOYAMAイニシアティブ」から、中井さんの取り組む「地域循環共生圏」へ、という話です。

   2010年「SATOYAMAイニシアティブ」として、環境省が立ち上げました。今や世界的なコンセプトになっていますが、中井さんはさらに今「地域循環共生圏」というバージョンアップしたものを世界的な共通コンセプトにしようとしています。

    中井さんの考えを伺う前に私、ひと言だけ話します。私にとって里山の魅力はどこにあるかと言うと、実は里山の生態の多様性です。この多様性は、原始の自然に比べても豊かなのです。

 私のゼミに毎年ゲスト講師としていらっしゃる、NHKのチーフディレクターの小野泰洋さんという方の言葉ですが、「里山は自然に対する人間の適度な介入がもたらした、新しい生態系である」。

   私はこれが里山の本質だと思いますし、非常に素晴らしいコンセプトです。里山は我々の文化、生態系、さらに体の中の構造まで影響を与えているものです。これをどう新しいコンセプトにバージョンアップしてくのかをお話しいただきたいと思います。あと2点、まとめて質問します。里山のベースは自然集落です。問題は、この集落は今、急激に消えつつあることです。過去4年間で、日本では164の集落が消えています。

 これから10年間で500以上消えます。さらに、3000以上は消滅すると予想されています。これが多いか少ないかは、また別の議論ですが、集落が消えていくと里山も持たないのではないか?適度な介入という、人間と自然との関わりがなくなっていくのではないか?

   さらにもう一つは里山に関して、たぶん必ず出てくる話です。先ほどの中井さんのお話の中で出てきた、分散型の話です。我々が分散型になる時に一番キーとなるのは、エネルギーの分散型の供給です。地産地消ができるのかどうか。

   日本の輸入の中で、金額の22%ぐらいを占めるのは、実はエネルギー関連です。海外から化石燃料を買ってきて、日本で燃やすというのは今までのパターンです。

 これをひっくり返してCO2をゼロにするというのが、中井さんがいつも言っていた「自然の恵みをどう活かすか」ということです。それも含めて、よろしくお願いします。

森里川海の恵みを活かす「地域循環共生圏」


   中井ありがとうございます。今、周先生がおっしゃった「SATOYAMAイニシアティブ」とは、名古屋で生物多様性条約第10回集約国会議「COP10」という会議を行った際に、日本から発信した「生物多様性」という文脈で出た言葉です。

   大きく言えば、生物多様性の議論と、脱炭素に向かう気候変動の問題。今や、この2つの根っこは一緒です。SDGsの根っこは全部一緒だという流れになってきています。

   来年は中国で「COP15」が開催されるので、生物多様性についてとても大事な年です。「2020年目標」として日本の名古屋で行ったもののバージョンアップを今、世界中が目指そうという打ち合わせをしています。

   そうした中、私どもは日本の貢献という「SATOYAMAイニシアティブ」をバージョンアップしたいと思っています。そのコンテンツがまさしく「地域循環共生圏」であり、バージョンアップした「SATOYAMAイニシアティブ」というかたちです。

   国内で「地域循環共生圏」をつくり、それを海外へ展開した時には「SATOYAMAイニシアティブ」。世界に通っている言葉がありますので、ベースを移しながらバージョンアップしたいという想いです。

   そこで、「地域循環共生圏」とは何かということをお話したいと思います。資料をお願いします。

 この図の右下の図が分かりやすいと思います。これは、2018年の環境基本計画第五次で閣議決定した概念です。農山漁村と都市。まさしく都市化の状況を前提に置き、今後どうすべきかについて語っています。

   周りにある森、里、川、海という自然資源・生態系サービスは、総称して「森里川海」という言い方をしています。水も空気もエネルギーも、食べ物も観光資源も、人々の健康的なアクティビティの元も、人間はその生態系サービスから頂いています。

   考えてみると人間も自然の一部ですから、人間も生態系サービスの仕組みの中の一環である。この原点をもう一回取り戻さないと、新しい文明社会をデザインする時にはどうにもこうにもなりません。根本的な発想の転換をもう一度する必要があります。

   現在すでに都市という空間ができ、大都市ができ、この図19のようにビルがたくさん立ち並んでいます。しかし、そこに住んでいる人々は自然の一部であることは間違いなくて、エネルギーも食べ物も要る。

   その結果どうなっているかというと、地球に負荷がかかるようなかたちで、中東等の化石燃料を大量に地下から上げて、移動し、燃やす。

   一方では、食べ物も含めてさまざまな便利なものを海外に頼っています。日本の場合、特に衣料はほとんど海外依存です。その衣料を作るために何が起きているかと言うと、海外の森林を破壊していることにもなっている。

   そこで、人間は森里川海の恵みを受けている発想で、自分の身近なところをもう1度見直そうという原点に立ち至るわけです。農山漁村においては、人がいなくなってお金もありません。こうした中で耕作放棄地が広がり、森林には人の手が掛からない。ところが自然の恵みから言うと、豊かな森林がある。しかし土地は空いている。

   そこでは自然エネルギーのポテンシャルが特別高いです。着る物も、実は日本では麻を使っていました。日本の衣料を日本の土地で作ることができないかという課題もあります。

   地域の資源という発想で、農山漁村、都市にはどんな資源があるかを考える。ビルの屋根や家の屋根に太陽が降り注いでいても、それを使っていません。庭やベランダでちょっとした菜園をやる、コンポストで堆肥を作る。こうしたものも、地域資源に入ると思います。

   それぞれが地域資源を活かし、自分が生態系の一部であるというベースで虚心坦懐、見直す。極力、地産地消、自律分散していく発想です。その時に見える化をしてCO2を減らす。例えば、これはCO2が負荷をかけない健康的なものなのかという発想で購買行動をとる。生産行動に責任を持つ。

   そうしたことをそれぞれやった時に、地域で回っていく自律分散型の社会が「地域循環共生圏」のイメージです。今は地球に病気の症状が出ている。それを健康にするための考え方です。この「地域循環共生圏」の農山漁村、都市と言いましたが、もっと分解してみます。人間の体は37兆の細胞から成っています。細胞自体が連携して組織を作り、人間の体をつくっている。地球、地域もすべて生き物である。

   そういう文脈で言いますと、ベースとしてはコミュニティでの地域循環。その上には、さらに広域での市町村、河川流域でのようなエネルギーや食べ物、観光という循環型。さらに上には東北全体や九州などのブロックということがあり、さらに超えると環太平洋、アジア全体。こういう発想でものを見るということです。

   この「地域循環共生圏」のウィズコロナ、アフターコロナの文脈で今考えているのは、やはり都市化は便利だけれど、一極集中で間違いなく感染率が高いところからリスク分散化の方向があります。それと同時に、デジタル化で地方への動きがあります。

   しかし、地方の中で家に閉じこもって物が食べられるのか、エネルギーを供給できるのか? 命の産業としての食べ物やエネルギー、そういうものが地域で回るシステムが必要となります。地域資源が活きるような資本ストックの多様性、健全性を表示していく。それと同時に、分散化と言っても一方的に行政コストやエネルギーコストがかかるようでは非効率です。

 図の一番右のところですが、中長期的には集約することも必要です。これを中央環境審議会で議論しており、いわば一極集中分散化だけどヒューマンスケールの集約化、ネットワーク化していく。地下資源依存からで地上資源で地産地消していく発想で、まさしくこの「地域循環共生圏」を深めていこうという議論です。

   もう少しだけ実例を言います。例えばエネルギーの事例ですが、台風災害で房総半島が停電になっても、睦沢という町ではマイクログリッド化したことにより、電気と温泉が使えたということです。こういう地域をボトムアップ型でどんどん増やしたいと考えています。

   小田原など森里川海の資源豊かなところでは、エネルギーを自分たちでつくっています。これをさらにライフスタイルの移動手段として、EVをシェアリングするというビジネスモデルに投入する動きもあります。

   また、広域の動きからすると、横浜のような300万人都市では自分たちのエネルギーを賄えません。そこで東北の岩手、青森の市町村と連携し、東北の古くなった再生可能エネルギーを入れる動きが、もうすでに起きています。

   こうした活動をどんどん勃発させる。こういうものを作り込むことによって、ゼロカーボンを目指しながら「地域循環共生圏」をつくっていく方向であります。

   ありがとうございます。分散化の中の集約化とネットワーク化をはからなければいけませんね。大西先生、どうぞ。

都市に取り入れる「里山的空間」


   大西「地域循環共生圏」という概念は素晴らしいと思います。ぜひこれが進んでいくといいと思います。おそらく環境省が都市づくり、都市の問題に提案するのは、これが3度目になるのではないかと思います。

   最初は80年代後半に環境省が「アメニティタウン」というものを提唱し、かなり全国に調査しました。それから先ほども出ましたが「低炭素都市」というものがあり、今回さらに都市の生活まで入り込んで「地域循環共生圏」という概念で整理されています。ぜひ、これを自治体の都市行政、一体となって進めていくと良いと思います。

   それで2つ、私からコメントをさせていただければと思います。一つは人口減少という日本が抱える問題からすると、このセッションのキーワードである里山が変わっていくのです。動いていくのだと思います。

   先日、福島の被災地の一つで田村市の都路地区というところに視察に行かせていただきました。そこで持ちかけられたテーマの一つは、別荘地の問題です。百何十人の方が別荘を持っていたものの、誰も使わなくなったのでどうしたらいいか困っているということです。

   実際に行ってみると傾斜地に別荘が建っているものの、今は使われていないとのことです。なかなか平地ではないので行きにくい場所です。「なぜこんな不便な場所を別荘地にしたのですか?」と聞いたら、「キノコや山菜が採れるので、山菜採りや山の生活が好きな人が別荘にしたのです」とおっしゃいました。

   被災で一時は行けなくなったわけですし、さらに高齢になって今は行きづらい。どうしたらいいかと聞かれるので、何人かでいろいろと首をひねって考えました。しかし、なかなか難しい。むしろこの別荘地は、もう山に戻っていくのではないか。そうすると、身近なところでキノコを採るには、もう少し街に近い場所になります。

   つまり、人が減って管理が行き届かない分だけ、山の勢力が強くなっていく。同時にイノシシが出る場所も広がっていくので、そこはイノシシに譲って、もう少し人間のテリトリーが萎んでいくのではないか。

   そうした戦線の再整理が必要だと思います。里山というのは、いわば人間の居住区域と山の動物、植物の居住区域の境のところだと思うので、里山が移動していくことがあるのではないかと思っています。

   そうしたことも考慮し、今まで使っていた土地すべてを守るのではなく、その時代に即した里山の場所や、里山のあり方も考えていく必要があると思います。

   もう一つは逆に、都市の中に「里山的空間」をつくるようになってきています。ちょうど数日前、この近くの立川に機会があって出かけました。立川駅から北へ少し行った、GREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)というところです。

   モノレールの下に50 m から60 m のかなり広い、サンサンロードという道路があります。その脇の区画、4haくらいの区画を、ある地元の事業者が買い取って一大開発をしたわけです。一大開発といっても我々のイメージする開発とは違い、500%の容積率があって高層ビルが相当建つはずですが、170%しか使ってないのです。そのグリーンスプリングスのメインは、ソラノホテルという宿泊施設です。プールの向こうに富士山が浮かんで見えるというプールがあるレストランが一番のウリです。

   それ以外にもいろんなウリがあり、エリア全体には緑道があるのです。その緑道と一体化した、自然に極めて近い設計です。すぐ隣は昭和記念公園ですし、都会的な施設やオフィス、店舗、ホテルなどがある。住宅は規制によってできないということで、住宅はありません。

   今、都市開発をする時に考えるべきことは、いかにその開発の中に自然的な要素を取り入れるか。しかも取って付けたような自然ではなく、かなり徹底して自然に近づける。

   徹底していることで言えば、グリーンスプリングスも同様です。もともと雑草地として放置してあった4haの敷地を国が公募し、その会社が買い取ったわけですが、最初に何をしたかというとヤギを21頭連れてきて、ヤギに雑草を食べてもらったのです。草ぼうぼうだった4haの敷地にヤギを放し飼いにして草を食べてもらい、ひとしきり食べ終わったところで開発を始めたのです。

   その間はもちろん開発プランを練る時間となっていたわけですが、ストーリーとしても非常に自然一体的な雰囲気のするものです。

   グリーンスプリングスのみならず、東京で今行われている比較的大規模な開発は、その中に自然をどう入れていくか。しかも恒久的な自然として、そこに住んでいる人や働く人が親しむだけではなく、ある種、管理もするのです。

   お金を出したり、場合によっては管理の仕事にボランティアで参加するような仕組みもつくったりする。自分の生活の中にできるだけ自然空間を取り込むことは、非常に大きなモチベーションになっているのです。

   先ほどイギリスの大都市の話をしましたが、それより少し前の時代では解決策の一つがガーデンシティ、田園都市だったのです。田園都市とは、地方に都市と農村が結合した、結婚したような新しいタイプの空間をつくるということ。日本の場合、そうしたものが大都市の中に今たくさんできていると思います。

   ちょうど、この東京経済大学も郊外に差し掛かるような場所にあります。先ほど周先生に連れていっていただいた崖線沿いには池があり、ちょっとした自然が完全に残っているのです。

   タヌキもいて、タヌキを飼っている先生もいるということでした。みんなと協調しなければいけない問題があるでしょうが、そうしたことができるような場所を積極的に再評価する時代になってきたということです。

   ぜひ、この「地域循環共生圏」という概念をいろんなところで展開していただくと、それぞれ身近なところで自分も参加できるようになっていくのではないかという気がいたします。

 周大西先生、ありがとうございます。まさしく第2グラウンドの話に戻ってきたような議論です。都市の中の里山的な空間、自然を取り入れることは、おそらくこれからの都市や大都市の進化系です。

   ぜひ、「地域循環共生圏」の中にこのコンセプトを取り入れていただければ、さらに普遍的な価値になるのではないかと思っています。

中井徳太郎 環境事務次官

    次の話も、この里山の話の延長線にあります。今パンデミックの中の我々は、まさしく新型コロナウイルスの恐怖感の中で生活しています。

   人口10万人あたりの死亡者数で見てみると、アメリカ、イギリス、イタリア、フランス、スペイン等々、欧米の先進諸国は、軒並み2桁です。74人、85人、65人など、大変な数字を出しています。

   しかし、日本は今1.5人です。これはどんな要因なのか?このファクターXはどういうものなのか? たくさんの研究がなされていますが、私なりの仮説を無理やり里山にくっつけて、今日は大西先生に批判されるように出してみます。

   1997年、ジャレド・ダイヤモンドという人が『銃・病原菌・鉄』という本を出しました。この本で、彼はある仮説を立てています。

   ユーラシア大陸は家畜がたくさんいたことで、これらの家畜と長い間、「三密」的な接触によってユーラシア大陸の人々がたくさんのウイルス感染に繰り返し晒されてきました。よって、ある種の免疫を持っていたのです。

   一方、ヨーロッパ人がアメリカ大陸に上陸した時、家畜をそれまであまり持たなかった原住民が免疫を持っていなかったため、持ち込まれた病原菌に原住民の皆さんがやられて、壊滅的な打撃を与えられたのです。

   私はこの仮設を正しいと思いますが、ただし現在の新型コロナウイルスによる死亡率がヨーロッパの国々と、日本を含めたアジアの国々との間に、大きなギャップがあるのが説明しきれないのです。

   だから私は仮説としてはプラスして、稲作という水田を囲んだ我々の生活が大きなファクターとなると提起します。これも稲作的な里山は実は生物多様性、そしてウイルスの病原菌の多様性ともなっている場所であり、ある種の病原菌の巨大な繁殖地になっています。

 そこで生活してきた我々の体の中にたくさんの免疫ができている。これらの免疫で、どうも今回の新型コロナウイルスに直接かからなくても、ある程度の交差免疫ができているのではないか。それによって、我々アジアの国々の死亡率が低いのではないかという話になるのです。

   日本だけではなく、アジアでは、中国の10万人あたりの新型コロナウイルスによる死亡者数は0.3人です。台湾に至っては、0.03人です。ベトナムは0.04人です。タイは0.9人です。

   西洋諸国と比べて、これらの国と地域は決してすべてが医療のリソースが豊かというわけではない。しかし、なぜこんなにコロナウイルスと闘って成績がいいのか。私はこれが、稲作地域の里山の恩恵ではないかと思っています。

   だからむしろ、この尺度からも里山の貴重な存在を捉えるべきではないかと思っています。中井さんはどうですか?

生態系で捉える地球とSDGs


   中井ありがとうございます。周先生の「周仮説」への直接のコメントではないですが、ありとあらゆるものをエコシステム、生命系の発想で見ることが大事だというお話をしたいと思います。

   「SDGs」は、皆さんもいろんなところで聞かれるようになったと思いますが、COP21のパリ協定と同じ2015年にコミットされました。このSDGsは17のゴールとして、環境経済社会についてバランスよく目標設定されています。

   SDGsの前の MDGsという2000年の開発目標は、開発途上の人間の貧困や飢餓、豊かさなど、人間の社会だけで見ていました。これが今回、環境や経済、端的に言うと、13番が気候変動、14番が海の豊かさ、15番が陸の豊かさ、6番がきれいな水、7番がクリーンエネルギーなど、いろいろとたくさん入っています。

   なぜこうなったかという背景にあるのが、地球容量の限界「プラネタリー・バウンダリー」という見解です。先ほどから例えているように地球全体を一つのエコシステム、生態系だと捉えた時、負荷を飲み込む強靭性もあるけれど、ある一点を超えると破滅になる。

   人間の身体で言うと、お酒を適度に飲んでいる時は肝臓の負担もそれほどなく、週末にお酒を抜けばガンマ GTP 値も下がるけれど、一定量を超えると肝硬変や肝癌になってしまう。

   それと同じようなことを地球全体に見立てているのが、今回SDGsの背景にあります。生物の絶滅速度や、リン、窒素、これは人間の都市改変によるもので、気候変動も危なくなってきた。

   こうしたことに今、SDGsが気候変動と同じ文脈で、人類、社会、経済をセットで変えようという動きがあります。「地域循環共生圏」の発想から言うと、まさしく地球が人間と同じ一つの生命体である。では、人間は何か?

 人間は37兆個の細胞からできている。細胞の一個一個が生き物である。一個の生き物が分裂して、一個一個 DNA があり、全部生きる力を持っている。お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんまで辿ると、ありとあらゆるものの遺伝情報を入れて今の細胞がある。それが代謝しているという捉え方です。

   そうした、すべてが生き物という発想でものを見ていくことが21世紀のSDGsの、次の世界目標になるのではないかと思います。「地域循環共生圏」と言うとちょっと固い表現ですが、あまねく地球を救うことで広がっていく。

   この時点では、環境基本計画で「環境生命文明社会」という言い方をしています。生命系の発想で文明が変わる、文明という概念と生命を両方入れているのです。

   次はさらに、そのことを深めていく発想です。「地域循環共生圏」を人間の身体に見立てる。一個一個の細胞のところが自立して生きる。

   そこには養分や酸素を入れて代謝をする。それが電気シグナルのネットワーク、つまり神経伝達機能でネットワークしながら、それぞれ全体としては筋肉になり、肺になり、いろんな機能になる。一個一個自立していて、繋がって全体がある。こうしたものの見方は、実は企業のパフォーマンスを上げるティール組織のように、今ありとあらゆるところで語られ、萌芽が出ています。

   こうした「地域循環共生」において、生命生態系の発想でものを見る。SDGsの次の発想はまさしくこれで、今回のパンデミックが問う微生物とウイルスとの共生という観点も、必然の話であろうと思います。

   ありがとうございます。大西先生、どうぞ。

変異種にも備え、いかに自分たちを守るか


   大西周先生のおっしゃった「周仮説」、なかなか興味深いと思います。これはWHOあたりに少し落ち着いた段階で振り返って整理してもらう必要があるでしょう。民族的な食料の習慣や生活習慣、社会習慣などがある種の免疫を作って、それが今回のウイルスにも通用したのかどうかも含めてです。

   ただし渦中の人々にとって、10万人中の死者が1.5人というのは世界水準では随分少ないと言われても、1.5人いるということが重要なのです。やはり今後、いかに自分たちを守るのかが課題になるでしょうし、かつ変異もあり得るわけです。病原菌そのものがどんどん性質を変えていくので、交差免疫が通じない病原菌に変異した場合にどうなるのかという不安もあります。

   これまで、こういう研究がどれくらい蓄積されてきたか。公衆衛生の一つの分野になると思いますが、こうした研究も並行して進めながら、やはり当面のコロナとどう闘うのか。これ自体はなかなか重い課題として、まだ我々の前に存在していく感じがいたします。

SESSION1討論の様子(左から周牧之氏、中井徳太郎氏、大西隆氏)

 新型コロナは今、1年近く経っても未知なところが非常に多いウイルスです。このウイルスに立ち向かうためには、まず自然への畏敬の念、そして知性への敬意を取り戻さなければなりません。

   ダボス会議で有名な世界経済フォーラムという国際機関があります。グローバルエリートたちが集まり、さまざまな発言をするところです。

   そこで発表された「グローバルリスク報告書2020」によると、今後10年間に世界で発生する可能性のある十大リスクのランキングのトップ10に、なんと感染症は入っていなかったのです。さらに今後10年間で世界に最も影響を与える十大リスクのランキングのトップ10では、感染症は入ったけれども、なんと最下位の第10位です。

 不幸にしてこのレポートが出された直後に、彼らの予測に反して新型コロナウイルスパンデミックが起こってしまい、我々人類社会に対してとんでもない打撃を与えています。

   この話をなぜ持ち出したかと言うと、これらのグローバルエリートと称する人たちは、ある意味では自然への畏敬の念が足りなかったのではないかと私は思っています。

 さらにもう一つ、権力の傲慢の話もして参りたいと思います。この写真に載っている方は、于光遠先生という中国の社会科学院の副院長を務めていた方で、40年前に中国の改革開放の設計図の元を描いた方です。

   実は于光遠先生は、私を経済学の世界へ導いてくださった方です。2004年に私は中国のメガロポリスの本を出版する時、巻末に、先生との対談を載せました。対談の中で于光遠先生は、非常に興味深い話をしてくださったのです。権力の傲慢の物語です。

   ソビエトの第3代目の最高指導者フルシチョフが総書記の時に、現代美術の展覧会に間違えて入ったそうです。それで展示作品を理解できず、怒り出してしまった。「こんなとんでもない絵を描いている人たちは、どういう仕事をしているのだ!」と怒ったそうです。芸術家たちも負けていなくて、「あなたには分からない」とフルシチョフに言った。

   そこでフルシチョフはかの有名な話をしたのです。「私は一介の労働者の時は分からなかったかもしれない。下層の幹部の時は分からなかったかもしれない。でも今、総書記になったから全部分かる。私が駄目といったら駄目なのだ!」と言い切って、去ったわけです。

   ここまでなら権力の傲慢の話で留まっていましたが、続きがあります。フルシチョフは亡くなる前に、おそらく遺言を残していたのでしょう。亡くなった後に家族は、喧嘩した芸術家にお墓の設計を依頼しました。現代美術を理解できなかったフルシチョフのお墓は、現代美術の芸術家によって作られた現代美術の作品そのものになったのです。

 今の新型コロナウイルスの感染者の勢いです。11月9日には、世界での感染者数が5000万人を超えています。かつ、この感染拡大のスピードは速まっています。

 これはとんでもないところまで行くのではないかと危惧していまして、この新型コロナウイルスに対して闘うためには、あらゆる偏見と傲慢を捨てなければいけない。

   于光遠先生がフルシチョフの話を持ち出したのは、中国の当時の権威主義に対する警鐘を鳴らしたかったからです。しかし今日、日本を含め世界で権力による傲慢が横行しています。

   新型コロナウイルスとの戦いの中で権力の傲慢、縦割りの傲慢、官僚的な発想の傲慢、いろいろな傲慢を捨てないと、おそらく勝ち抜いていくことはなかなか難しい。特に今一度、さらに自然への畏敬の念を取り戻さないといけない。そう思い込んでいるのですが、お二方はいかがですか?

自然の恵みをベースに、脱炭素・循環経済・分散型社会へ


   中井ありがとうございます。新型コロナはこれからまだいろいろ大変だと思います。気候危機と新型コロナに直面しているこの状況をリデザインしていくことで、やはり脱炭素、循環経済、分散型社会。とにかく変わってくのだと具現化するのが「地域循環共生圏」という発想です。周先生がおっしゃるように、「地域循環共生圏」を具現化するには、障壁や縦割りなどと言っている場合ではありません。根本的に人間が自然に生かされ、自然を畏れ、自然に畏敬の念を持ち、生態系の一部であるという中で、ありとあらゆる本来の健康的な状況を皆が覚醒して目指して行く必要があります。

 図の一番上に表題で「地域循環共生圏(日本発の脱炭素化・SDGs構想)」と言っていますが、その下は見にくいですが「サイバー空間とフィジカル空間の融合により、地域から人と自然のポテンシャルを引き出す生命系システム」と言っています。

   こういう発想であらゆるものにアプローチしていく局面です。経済を動かす経済主体である事業会社や金融も、自治体も、そしていよいよ政府も本格的に動くことになっています。世界もそういう動きになっています。

   変化していくこと。変わっていかない安定的なところでのパイの取り合いで、こちらが広がると向こう側がへこむという話ではありません。皆、全体が不健康な状況から健康へと移行する。移行するには真のコラボが必要です。協力、縦割り打破、前例踏襲打破。まさしく今、菅総理が声をかけていまして、環境省も一年前から小泉大臣の下、そうした想いで取り組んでいます。この図28は、周りにいろいろ書いてある曼荼羅と言われる図で一見難しいですが、エネルギーのシステム、移動のシステム、衣食住など、ありとあらゆるものを展開するとこうなります。

   これらは全部、連携型の発想です。連携でDXやあらゆる技術を使った中で、人間が叡智を展開して自然の恵みにもう1度ベースを置く。人間も自然の一部であるという原点に価値観を置いて、30年のうちになるべく早くもう一度、人間が次のステージに立つことが問われている。これは使命だと思っています。

   ありがとうございます。大西先生、どうぞ。

社会に対する丁寧な説明と相互理解を


   大西今日は周先生と中井先生のお二人から、豊富な資料でいろいろ勉強させていただいたことにお礼申し上げたいと思います。新型コロナの1年が、あとひと月余りとなっているわけですが、振り返ると自分にとってはものすごく変化と安定が入り混じった1年だったと思います。

   実は、私は今年の3月で学長をしていた大学の仕事が終わり、東京に戻ることが決まっていました。その時に海外の大学の仕事をする話があり、自分の中ではそこに行こうとだいたい決めていたのです。

   だからその予定でいくと、今頃はある国に行って働いていたわけですが、それは途中で立ち消えになりました。そして最後に落ち着いて大学の学長のフィニッシュを迎えるところが、コロナですべての行事が中止になる中で4月に入ったわけです。

   4月に入ってからは比較的、定職がない状態と新型コロナにより、自宅での自粛生活でした。みんな自粛しているので、「毎日が日曜日」状態になっても目立たないと言いますか、他の人も同じなのでわりと落ち着いてすんなり毎日が日曜日の生活に入ることができたのです。

   これはこれでなかなかいいなと思っていたら、少し飛びますが7、8月に会った人から、「あなたは10月から忙しくなりますよ」と言われていたのです。何の話かと思えば、学術会議の問題が9月の終わりから出てきまして、10月2日から私のところにもいろいろ取材連絡が来ました。とにかく在京のすべてのテレビ局に出演して、すべての新聞の取材を受けてという、今までにない体験をこの1カ月半くらいしたわけです。

   その1カ月半は少し外出の機会が増えたものの、全体としてこの1年の自分の生活を振り返ると、自宅中心ですから非常に落ち着いた、ゆったりとした生活をしてきました。そういう意味では変わらない生活と、ある意味では変動した部分があります。行くはずの海外に行かなくなり、テレビに出演するようになった。そういう部分が入り混じっているのです。

   これは開き直って考えれば、こういう生活パターンがある意味、あるべき生活パターンなのかもしれない。人間は落ち着いて生活するというベース、例えば家庭をつくって子どもを育てるなど、そういうベースになる生活の上で波乱万丈のいろんな社会生活がある。この組み合わせが人間にとっては楽しみでもあるし、満足もできる。そういう状態なのかなとも考えるわけです。

   ただ、その社会生活の波乱万丈が何で起こるのか。私にとっては、今年はコロナや学術会議がそうだったわけですが、社会全体として何が起こるかはなかなか分からない。

   それで最初の主題に戻りますが、周先生が問題提起された3つのキーワードがありました。新型コロナ、低炭素社、IT 革命。この中で、もちろん新型コロナみたいにわけの分からない敵が襲って来るのは非常に困るわけですが、IT革命も人を煙に巻くところがあります。もちろん、低炭素の問題も押し付けがましくなってはいけない。

   やはり、それぞれの問題をお互いに理解することが大切です。社会の皆が理解するように丁寧に説明し、社会の変化を皆でともに歩み、それぞれ歩むことで良さを享受できる。そのギャップに伴う付き合いにくさはできるだけ解消していく。そういうことが必要だろうと思います。

   そういう意味では、「権力の傲慢」という言葉は非常に印象的なまとめの言葉であったと思います。やや、政治なり権力を持っている人が、社会に対して説明抜きにいろんなことを押し付けるようになるのは、非常に不健全な社会です。

   やはり社会をリードしていく人は丁寧に説明をして、皆がそれを自らの問題として理解し、進んでいける環境をつくっていくことが非常に重要です。

   大きな変化であればあるほど、丁寧にやっていく。そういう国であって欲しいと思います。

 周ありがとうございました。本当に総括していただいてありがとうございます。権力の傲慢について、さらに一歩踏み込んで申し上げますと、今世の中には自然への畏敬の念に欠け、ウイルスの在り方自体を理解しようとしない指導者が全世界にけっこういます。これが各国の感染状況と対策で、実は成績表にそのまま現れているのです。

   さらに、解決方法に対する知性への理解をしない指導者もたくさんいて、実はけっこう危険な状況です。その意味では、ここで警鐘を鳴らさなければなりません。

   大西先生に非常に綺麗にまとめていただいて、私からはそれ以上のまとめがないのですが、本当に自然への畏敬の念、知性への敬意を具現化している中井さんの「地域循環共生圏」、ぜひ成功させていただきたい。さらにこれを世界に発信していただきたいです。中井次官、大西先生、今日は本当にありがとうございました。

   これをもちまして、「セッション1 コロナ危機を転機に」を終了させていただきます。それではご視聴の皆さん、どうもありがとうございました。

SESSION1登壇者(左から周牧之氏、大西隆氏中井徳太郎氏)

シンポジウム動画

【参考】
東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」を開催

【コラム】エズラ・ボーゲル氏を偲ぶ/『ジャパン・アズ・ナンバースリー』

周牧之 東京経済大学教授

『Newsweek』誌の特別号『ニューズウィークが見た「平成」』

 2020年12月20日、エズラ・ボーゲル氏が亡くなった。ボーゲル氏とは、私が2007年からマサチューセッツ工科大学(MIT)の客員教授として米国ボストンに滞在した当時、親しくお付き合いさせていただいた。氏の自宅によくお邪魔し、密度の高い議論を重ねた。ボーゲル氏の招きで2008年からハーバード大学フェアバンクセンター客員研究員も兼務した。

『ジャパン・アズ・ナンバースリー』


 2009年私が日本に戻る直前、2度にわたり時間をかけてボーゲル氏と対談した。この対談はまず中国新華社『環球』雑誌で3度にわたり連載された。その後、『ジャパン・アズ・ナンバースリー』(以下『対談』と略)と題して日本語版『Newsweek』誌2010年2月10日号にカバーストーリーとして掲載された。当時はちょうど中国のGDP規模が日本を超えたところであり、中国と日本の成長モデルの同異性や日米中の過去、現在と未来を論じた『対談』は大きな話題を呼んだ。

 2019年には『Newsweek』誌の特別号『ニューズウィークが見た「平成」』に『対談』が選ばれた。平成の30年間に同誌で掲載されたコンテンツの中で、最も時代を代表するものを選び、平成の歴史を回顧する特別号企画で、『対談』は2008〜2019(平成20年〜31年)の10年間で選ばれた3本のうちのひとつであった。『対談』が平成の歴史を飾ったことでボーゲル氏も大変喜ばれた。

 ボーゲル氏が亡くなって1カ月が経ち、米、中、日で数多くの記念する催しや回顧する文章が発表された。私がここで取り上げるのは、ボーゲル氏のどこに私が魅了されたか、である。


ひとの運命から社会を見つめる


 ボーゲル氏と私は日本と中国の双方に共通の友人が大勢いた。これら友人のことは、しばしば話題にのぼった。例えば日本では、政治家の加藤紘一とは、ボーゲル氏は長年の付き合いがあり、選挙活動時に山形の地元まで訪ねた。中国では、ボーゲル氏は改革開放政策直後に知り合った中国経済学の大御所の于光遠氏や、広東省のトップを務めた中国共産党元老の任仲夷氏らと交友関係は長く続けた。

 こうした共通する友人の話を通じて、ボーゲル氏との共感が深まったと同時に、友人知人の喜怒哀楽をベースに研究を進めてきた氏の姿勢を見た。人との膝を交えた付き合いが好きで、日中双方に知己を多く持ち、そうした友の運命から、激動時代の鼓動を感じ取るアプローチはボーゲル流である。

 小説家の祖父、父を持つ私も、人の運命から社会を捉えることを好む。私にとってはボーゲルの人間好きが、魅力に感じた。

 人の運命を社会の激動に写して見せる。そうしたボーゲル作品の最たるものが『鄧小平伝』であった。

故・エズラ・ボーゲル氏と筆者

長い激動の戦後時代をくぐり抜けた体験を洞察力に


 ボーゲル氏との議論の中で最も心打たれたのは、彼自身の体験からくる洞察力の鋭さである。

 自身がユダヤ人であることから、自分の体験によりアメリカでのユダヤ人の立場の変化を同国の寛容性の変化ととらえた。このアメリカの寛容性パラメータの変化こそが同国の対日本や対中国の関係性に大きく投影したことに議論が及んだ。

 ボーゲル氏は常に戦前戦後という長いスパンで物事をとらえた。氏が経験してきたこの長い歴史の中での思考で、我々が書物からでしか知らない事象を、自身が潜り抜けた人生そのものをベースに紐解いた。議論の中でこのような印象を強く感じ取った。

 戦後中国と日本は、置かれたスタートラインがかなり違い、社会的水準、産業的水準は中国に比べ日本がはるかに高く、置かれている国際環境も異なり、中国が直面していた課題はさらに複雑で困難に満ちていたとの認識故に、ボーゲル氏は、こうした課題に日々揉まれてきた指導者の、人間的な魅力や力量は大変大きいと感じていた。

 単純なデータをもとに思考するのではなく、イデオロギーを超えた人間力の大きさそのものを氏は、最重要視した。これは、戦後、アメリカ、日本、中国で研究活動を展開してきた氏の、長年の体験から得た洞察力の真髄である。

『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と『鄧小平伝』

日米中の三国及びその変化しつつある関係を


 エズラ・ボーゲル氏は、日中米三国を常に比較し、研究を重ねて来た。複数の比較軸を持つことは氏の独自性であった。それが故に他者には見えにくいものが、ボーゲル氏には見えたのである。

 日本で大きな話題を呼んだ著書『ジャパンアズナンバーワン』の英語の原版にはLessons for America(アメリカへの教訓)の副題があった。同書は、戦後の高度成長を遂げた日本経済の要因を分析するだけではなく、アメリカ社会に刺激を与える目的もあった。これは、氏特有の比較軸が無ければ成し遂げられない仕事であった。

 比較研究だけでなく、三国の変化し続けた関係にも常に注目してきた。この三国の関係の動態的な変化は歴史を作ってきた。そして歴史を作っていくということを強く意識してきた。これらの変化をもたらす要因を分析することが、氏自身の大きな関心事であった。

 『対談』から十年、時代はさらに大きく変化した。ボーゲル氏との共通の友人も相次いで亡くなった。そしてボーゲル氏自身もこの世を去った。これは私にとって、一つの時代が終りを告げた象徴的なできごとである。

2021年2月3日


ジャパン・アズ・ナンバースリー


日本語版『Newsweek』誌2010年2月10日号 カバーストーリー

対談:中国が世界第2位の経済大国に
―環太平洋のパワーシフトは3国の関係とアジアの未来をどう変えるのか


  中国13億人市場の躍進はアジアの覇権を競い合ってきた日本、アメリカ、中国の関係を劇的に変化させつつある。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者エズラ・ボーゲルが語る「日米中トライアングル」の将来像とは。

  今年、中国はGDP(国内総生産)で日本を抜いて世界第2位の経済大国となる。複雑な国内矛盾を抱える中国は金融危機後も成長軌道を変えず、一方で高い技術力と生産性で「奇跡」を起こした日本経済にかつての活力はない。

 多極化が進む世界でアメリカ、日本、中国の関係はどう変わるのか。アジア太平洋地域の命運を握る3国の未来について、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者で日本研究の第一人者であるエズラ・ボーゲル・ハーバード大学名誉教授と気鋭の中国人経済学者、周牧之・東京経済大学教授が対談した。


 第二次大戦後、東アジアでは時間のズレはあるにせよ、日本も中国も高度経済成長を実現してきた。両国の発展には、アメリカ市場依存という共通点がある。09年の金融危機直後にはどこかアメリカの災難を喜ぶような空気もアジアにあったが、今では中国、日本、アメリカ経済が一体であるという意識が共有されている。

ボーゲル 同感だ。99年のNATO軍の旧ユーゴスラビア中国大使館誤爆事件、01年の南シナ海の米中軍用機衝突事故の際には米中関係は緊張した。今はあのときのような緊張感はない。中国の指導者はアメリカ経済がうまくいかなくなることは自分たちにとっても不利だと理解している。

 中国と日本の発展には農村から都市への急速な人口移動があった点で共通している。ただ、日本では農村人口が比較的スムーズに都市に溶け込んだのに対し、中国では出稼ぎ労働者がいまだに都市住民になれず、大きな犠牲を強いられている。金融危機直後、数千万人の出稼ぎ労働者が職を失って農村に戻らざるを得なかった。

ボーゲル 出稼ぎ農民は農村に帰っても構わないと思う。沿海地区のような生活レベルではないが、暮らせないわけではない。沿海地区での経験や学んだ積極性を生かせば新しい仕事を探せるはずだ。

 その後中国では景気が急速に回復し、大半の出稼ぎ労働者が都市部へ戻ることができている。

■日本が活力を失った訳

 中国と日本は社会的活力の沸騰によって経済発展が支えられた点も共通する。しかし日本では90年代にバブル経済が崩壊するとその活力が失われた。なぜか。

ボーゲル 成長が突然止まったことが理由だ。当時の日本人には経済は一貫して成長を続けるものだという認識があった。終身雇用制や年功序列といった高度成長期の組織ルールがその後の時代に合わなくなったこともある。

 日本の社会や企業は経済が右肩上がりで成長する前提でつくられている。

ボーゲル 日本は70年代も毎年10%増の成長をしていくと思われていたが、成長率は実際には5%前後に落ちていた。当時の日本人はそれを受け入れることができた。しかしここ最近、日本経済はあまりにも停滞している。

 日本では従業員利益が重視され、社会保障も充実している。しかしこれに頼る社会的風潮が人々の意欲不足を招いている面も否めない。他方、中国はセーフティーネットの不備によって社会の緊張感が高まり、多くの問題をもたらしている。と同時に、それが経済の活力を刺激している部分もある。

ボーゲル 日本と中国の発展を比較する上で異なるのはその「起点」だ。50年代の日本の技術・教育レベルは既にかなり高かった。(経済開放が始まった)78年の中国の技術レベルは50年代の日本に及んでいなかったと思う。
 対外開放の面でも両国は大きく異なる。日本には島国思想があり、外国人が国内で働くのを好まない。外国企業にも極力進出させないから、本当の意味の「開国」はしたがらない。外国人が果たした役割の大きさという点で、中国は日本をはるかにしのいでいる。

中国の発展は30年続く

 日本は市場こそ国外にあるが、その発展を担ってきたのは主に国内企業だ。

ボーゲル 帰属意識も違う。日本人は1つの企業で働き続けることを望むが、そう考える中国人は少ない。中国では80年代から転職が一般化し、今では学校を卒業して退職するまで同じ企業に勤める人は少ない。

 日本は中央政府が財政の再分配で地方の公共サービスや義務教育、社会保障を支えてきた。中国はそうした発想に乏しかった。

ボーゲル 中国は沿海地区が発展しているとはいえ、まだ貧しい国だ。日本は50年代に社会保障や医療体制も確立されていた。
 中国が勝っているのは、発展がより長く続くという点。日本の50年代から80年代の発展はスピードこそ速かったが労働力のコストも右肩上がりで、最後は製造業の国際競争力が失われた。
 中国は人口が多く、高度成長が30年続いてなお都市に出稼ぎに行く農民がいる。まだ労働力集約型産業が通用する。中国はあと20年から30年は発展の余地があると思う。

「小聡明」なエリート

 経済発展の過程で政府の果たす役割が非常に大きかったことも、日本と中国に共通している。ただし日本と比べて中国は、中央による地方政府へのコントロールがそれほど徹底していない。他方、地方の自主性が少ない日本では、地方政府が積極性に欠けることが、地方経済の衰退を招いた。

ボーゲル 中国のように大きい国で、中央政府が省から鎮、村レベルまで完全にコントロールするのは難しい。鄧小平は地方政府に権力を分け与え、その積極性を高めた。

 (経済開放の必要性を訴えた) 92年の鄧小平の南巡講話以降、地方同士の競争が激しくなった。地域間の競争は経済発展の一大原動力になっている。
 ただ財政の再分配システムが不十分なため地方の格差が広がっている。特に農村の教育が深刻だ。

ボーゲル 50年代には日本の教育は既に高いレベルにあった。50年代から60年代は懸命に外国に学んでいたが、その後内向きになり90年代には外国に注意を払わないようになった。
 日本のもう1つの特徴は国内に文化的な差異がないこと。関東と関西といってもその差は小さい。一方、中国は文化が多様で少数民族も多い。
 私は、毎月1回自宅に日本人を招いている。彼らは日本人同士での意思疎通は非常にスムーズだが、アメリカ人との交流はそれほど得意でない。文化的背景が異なる人と交流する経験が少ないからだ。中国人はその経験がある。文化の多様性の長所だ。
 中国政府が現在行っている高級幹部の留学制度は素晴らしい。外国といかにコミュニケーションするかを学ぶ上で有利だ。

 その多くはハーバード大学に来ている。

ボーゲル 日本人ももちろん来ている。しかし彼らは帰国した後、企業や政府機関に「籠もって」しまう。日本人は聡明は聡明だが中国人が言うところの「小聡明(小才)」。一定の範囲内の聡明さに限られる。中国人のほうが大局的だ。

 社会背景の複雑さが違う。中国に比べて日本のエリート層は対処する問題の複雑さや深刻度が異なり、もまれる機会も相対的に少ない。

ボーゲル 国内問題が複雑でないことが、外国との交渉や国連の場でコミュニケーション力のある日本のリーダーがなかなか生まれない事態を招いている。

中国新華社『環球』雑誌 2009年12月1日号 カバーストーリー(後に3号に渡り対談を掲載)

日本を避ける留学生

 中国は今年GDPで日本を抜くだろうが、日本はまだ多くの分野で中国の前を走っている。

ボーゲル 中国向けの技術移転に際して、日本企業は核心技術の「ブラックボックス化」を進めている。

 技術移転に関して日本企業は欧米企業よりずっと保守的だ。

ボーゲル アメリカ企業の経営者が利益を重視するのに対し、日本企業のリーダーは未来を重視する。核心技術部門は国内にとどめようとする。必ずしも数字の上だけで経営判断をしない。

 グローバル化時代のビジネスモデルが勝敗を決める。金融危機後、巨額赤字を計上したパナソニックが世界で230にも上る製造拠点を抱えるのに対し、アップルは自前の工場を持たず、iPodもiPhoneもほとんどは中国で委託生産している。身軽なため、非常に高い利益率を達成している。
 80年代には優秀な中国人が日本に留学に来たが、今は皆アメリカに行きたがる。これは日本社会が外国人にあまりチャンスを与えないことと関係している。

ボーゲル アメリカは開放されている。われわれユダヤ人がいい例だ。昔は企業でも大学でも職を得ることが難しかった。しかし第二次大戦後は大企業や大学で職を得るだけでなく、指導的地位に就く人も増えた。

 日本の貿易総額に占める中国との貿易のウエートは既に20%に達した。対してアメリカは14%に低下した。日本企業が中国で雇用する中国人労働者は1000万人を超え、両国経済がますます密接になっている。当然摩擦も増える。

ボーゲル 日本では、企業は従業員の待遇を重視している。中国でも日本企業の中国人労働者に対する待遇は一般に悪くないはずだ。

 ただし、大半の日系企業が日本人と中国人の境界をなくしていない。中国に進出した欧米企業の現地法人トップには中国人が多いが、日系企業にはまだ少ない。こうした傾向は、アメリカに進出する日系企業にも見られる。

■米中の新しい関係

 米中は第二次大戦で共に日本と戦い、冷戦期にも共同でソ連に立ち向かった。オバマ大統領は、米中関係を「21世紀で最も重要な2国間関係」と評しているが、これは「3度目の協力関係」を意味するのだろうか。

ボーゲル アメリカ政府は中国との信頼関係を築くことを目指している。ジェームズ・スタインバーグ国務副長官の言う「戦略的再確認」だ。そのためには相互の誠実な交流、とりわけ双方が軍事分野の透明性を拡大することが欠かせない。われわれは両国が排外的なパートナーシップを結ぶことは望んでいない。

 アメリカに明確なアジア政策はあるのか。

ボーゲル アメリカ大統領は基本的なアジア政策を有しているが、必ずしも統一された、連続性がある長期的なものではない。人権問題は(89年の)天安門事件直後こそ重要だったが、今ではかなりトーンダウンしている。

 中国はいわばアメリカ中心の世界システムの「外」で発展した。中国の台頭をアメリカはどうみているのか。

ボーゲル 私は中国がアメリカの「外」にいるとは思わない。中国の発展は米中関係が正常化した後に始まった。われわれが中国への支援を開始した78年当時は冷戦期で米中関係は同盟に近かった。天安門事件以後、関係に変化があったが、それはソ連が崩壊し冷戦が終結したからだ。
 米中関係が最も緊張したのは、李登輝がアメリカを訪れた95年からの数年間だと思う。台湾の独立宣言をアメリカが止めることができるか中国は懸念していた。

 馬英九政権の誕生で両岸関係は完全に変化し、台湾が独立を持ち出すことはなくなった。このような状態はアメリカにとって想定内か?

ボーゲル 想定内だ。だがそのスピードはアメリカの想定を超えている。馬は大陸との良好な関係を望んでおり、これは大陸にとっても台湾にとってもいいことだ。
 台湾と特別な関係を維持してきたと思う日本だけが面白くないだろうが、反対するすべはない。アメリカにとって両岸関係の改善は歓迎すべきものだ。アメリカの対中問題のなかで最も解決困難なのが台湾問題だったからだ。

■日米同盟はどこへ行く

 中国の発展に対する日米の態度の違いはどこにある?

ボーゲル アメリカ人は単に金を稼ぎたいだけ。金を稼げるなら場所や方法は問わない。現在多くのアメリカ人が上海や北京でビジネスをしているが、彼らは中国を1つのチャンスと捉えている。金を稼げればいいから国家などのことはあまり考えない。
 日本は違う。資源のない島国で工業分野の国際競争力があるだけで、金融分野ではアメリカ、イギリスはもちろん香港にさえ及ばない。アメリカは、何でもうまくやれると楽観的だ。中国の発展を恐れてはいない。

 第二次大戦中、中国人はアメリカ人を偉大な友人と思っていた。だからその後、アメリカが日本と同盟を結んで中国に向かい合っていることを理解し難い。

ボーゲル 第二次大戦後、日本人が謙虚に変わったことが1つの原因だ。戦争が間違いだったと知り、平和を求めるようになった。58年に初めて日本に行って以来日本人と付き合っているが、日本人は礼儀正しく面倒見も良く頼りになる。もう1つの原因はソ連だ。

 冷戦が終わって20年たった今、日米同盟はアメリカにとって何を意味するのか。

ボーゲル 日米同盟はもともとソ連に対抗するものだったが、冷戦後、その意味はアジアでのプレゼンス維持に変わった。われわれには頼れるパートナーが必要だ。
 2つ目の理由は、世界のGDPにおけるアメリカの占める割合の減少が関係している。第3の理由は、日本が協力的なこと。ヨーロッパは日本より大きいが、国の数が多く事情が複雑だ。日本は1人の首相で事が定まる。日本ほど協力的で力量があり、態度が好ましい国はない。

 万一、釣魚島(尖閣諸島)で中国と日本が衝突したらアメリカはどうするか。

ボーゲル 政府内でこの問題を討議したことがある。日本を支持するという者もいたが、大多数は国際法上の結論が出ない以上、日本を支持できないという意見だった。ただし、もし他国が日本を攻撃した場合は別だ。われわれは当然日本を支持する。

日中接近の「根拠」

 日中関係は微妙な状態が長く続いている。今後、米中関係にどのような影響を与えるだろうか。

ボーゲル ホワイトハウス関係者に「日中関係が良くなることは脅威でないのか」と聞いたことがある。彼が言うには、(日中関係は) それほど良くはならない、恐れているのはそのことではない、と。

 おそらく彼はむしろ日中関係が険悪になることを恐れている。

ボーゲル 日中関係が悪くなれば、いろいろ面倒が起きる。ただ20〜30年後は状況が変わるだろう。19世紀末の世界の最強国家はイギリスだった。当時日本とイギリスの関係は非常に良かった。1930年代にはドイツが世界最強国の1つだったが、やはり日本はドイツと関係が良かった。第二次大戦後、日本はアメリカと緊密な関係を築いている。日本の近代史から分かるように、日本は最強国と良い関係を結ぶということだ。

 かつて中国が強かった時代には中国と関係が良かった。

ボーゲル 当然、中国側がどう出るかという問題がある。目指しているのは真の友人関係でなく、「まあまあの友人関係」というところだろう。

 日米関係も最近微妙に変化している。 民主党代表だったときの小沢一郎が「極東の米軍は第7艦隊で十分」と発言した。

ボーゲル 英語には「ヘッジ(リスク回避)」という言葉がある。万一の問題が起きたときの逃げ道を用意するという意味だが、多くの日本人はこのような考え方をしている。万一アメリカとの関係に問題が生じた場合に備えて、中国やほかの国との関係を良くしておかねばならない。

■東アジア構想の狙い

 鳩山政権は対等な日米関係と同時に東アジア共同体構想を提唱している。アメリカが含まれるかについて鳩山由紀夫首相と岡田克也外相の意見は必ずしも一致していないようだ。

ボーゲル 過去50年間で初めて日本に全面的な政権交代が起きた。民主党は与党の経験がなく、内部でそのビジョンも統一されていない。もし夏の参院選で勝って政権基盤が固まれば、きちんとした政策が出てくるだろう。

 中国政府は一貫してASEAN(東南アジア諸国連合)プラス日中韓の東アジア共同体構想を提唱しているが、鳩山政権が示した東アジア共同体構想にはインド、オーストラリア、ニュージーランドも新たに加わっている。その真意はどこにあるのか。

ボーゲル 日本がアジアでさらに重要な役割を果たしたいと思っていることは理解できる。オバマ政権は現在、アメリカがアジアで果たすべき役割を強化しようとし、 そこには当然、アジアにおける重要な議論に参加することが含まれる。アメリカは日本の新政権が新しい政策を固めるのに時間が必要なことは理解しているし、待つこともできる。


エズラ・ボーゲル(Ezra F. Vogel)
 1930年オハイオ州生まれ。67年から00年までハーバード大学教授。58〜60年と75〜76年に日本に滞在し社会構造を研究。79年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を出版した。93〜95年にはクリントン政権の東アジア担当国家情報分析官を務めた。

周牧之(Zhou Muzhi)
 1963年中国湖南省生まれ。湖南大学卒。中国国務院機械工業部勤務を経て88年に日本留学。07年から東京経済大学教授。07〜09年、マサチューセッツ工科大学客員教授。著書に『中国経済論―高度成長のメカニズムと課題』(日本経済評論社)がある。

(※敬称略。所属・役職等は『対談』当時のもの)

日本語版『Newsweek』誌2010年2月10日号

【参考】中国新華社『環球』雑誌 『対談』掲載記事


周牧之与傅高义对谈:中日经济崛起奇迹的异同 【漫说风云第一季 】

周牧之与傅高义对谈:回顾从老布什到奥巴马时代 中美关系会陷“新冷战 ”吗?【漫说风云第二季 】

周牧之与傅高义对谈:回望中美日三国恩怨纠缠,展望亚洲未来 【漫说风云第三季】

【ランキング】中国都市総合発展指標2019ランキング

 雲河都市研究院は、中国都市総合発展指標2019を発表した。これは2016年以来4度目の「中国都市総合発展指標」に基づいた中国都市ランキングの発表となる。同指標が中国全国297の地級市及び以上の都市をカバーしたことで、全ての都市が自らの立ち位置や成績を見ることができるようになった。

 中国都市総合発展指標は雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司が共同で開発した都市評価指標システムである。同指標の特徴は環境、社会、経済の3つの大項目から中国の都市発展を総合的に評価するところにある。各大項目の下に3つの中項目を置き、各中項目は3つの小項目に支えられる。見事な3×3×3構造になっている。また、小項目は数多くの指標データにより構築される。2019年度ではさらに、これらの指標データが878組の基礎データより構成されることとなった。

  これら基礎データは、統計データだけではなく、衛星リモートセンシングデータやインターネットのビッグデータを3分の1ずつ取り入れている。中国都市総合発展指標はある意味では五感で都市を感知するマルチモーダルインデックス(Multimodal Index)である。これは世界でも初めての斬新なスーパーインデックスである。

1. 総合ランキング


北京が4年連続総合ランキングで第1位を獲得。上海が第2位、深圳は第3位

 中国都市総合発展指標2019総合ランキングトップ10都市は、北京、上海、深圳、広州、重慶、杭州、成都、天津、南京、武漢である。この10都市は5つのメガロポリスに分布している。長江デルタメガロポリスに3都市、珠江デルタメガロポリスに2都市、京津冀メガロポリスに2都市、成渝メガロポリスに2都市、長江中游メガロポリスに1都市ある。

 総合ランキングではトップ4の北京、上海、深圳と広州は、総合実力が抜群で、連続4年間各々の順位を守り抜いた。4都市其々で見ると、首都北京は社会大項目で他の追随を許さない優位性を持つ。魔都上海は経済大項目で全国トップの座を揺るぎないものとした。新興スーパーシティ深圳は経済大項目におけるパフォーマンスに特に秀でている。由緒ある貿易都市広州は三大項目それぞれの成績のバランスが良い。

 重慶は総合ランキングで天津と杭州を超え、2018年の第7位から第5位に上り詰めた。相反して天津は、2018年の第5位から第8位へと後退した。成都と南京は各々順位を1つずつ上げて第7位、第9位になった。これに対して武漢は順位を一位下げて第10位となった。杭州は第6位の座を守り抜いた。

2. 環境大項目ランキング


深圳は環境大項目で連続4年首位、上海と広州は各々第2位、第3位へと躍進

 二酸化炭素排出量を中国の都市評価に取り入れることは、中国都市総合発展指標2019の一大進化である。長年の努力により雲河都市研究院は、衛星リモートセンシングデータの解析とGISの分析を用いて各都市の二酸化炭素排出量を正確に算出した。これにより都市評価の精度と分析幅を大幅に上げた。勿論、二酸化炭素排出量を取り入れたことにより総合ランキング、とりわけ環境大項目ランキングに一定の影響を及ぼした。

 中国都市総合発展指標2019環境大項目ランキングトップ10都市は深圳、上海、広州、林芝、昌都、廈門、三亜、北京、日喀則、海口である。

 深圳は4年連続環境大項目で第1位に輝いた。上海と広州は其々2018年の第8位、第7位から2019年には第2位、第3位に躍進した。対する北京は2018年の第5位から第8位へと転落した。

  環境大項目ランキングで、チベットの林芝、昌都、日喀則の3都市がトップ10入りしたことは注目に値する。これはチベット各都市のデータ整備が進んだことから、「最後の浄土」であるチベットの、環境における優位性が現れた結果である。

 これまで3年間、廈門、三亜と海口は、環境大項目ランキングの上位に名を連ねる沿海3都市であった。チベット勢3都市のトップ10入りのショックを受けてもなおトップ10内に留まった廈門、三亜、海口3都市は、其々第6位、第7位、第10位に踏みとどまった。

3. 社会大項目ランキング


北京、上海が連続4年間、社会大項目ランキングの首位、第2位に輝き、広州が連続3年間第3位に

 中国都市総合発展指標2019社会大項目ランキングトップ10都市は、北京、上海、広州、深圳、杭州、重慶、成都、南京、武漢、天津である。

 社会大項目ランキングでは連続4年間、北京が首位を、上海が第2位に輝いた。広州は連続3年間第3位を守り抜いた。

 社会大項目は深圳のウィークポイントであった。本年度は大きな進歩を見せ、2018年の第8位から第4位へと躍進した。南京も前年の第10位から第8位へとアップした。

 重慶、成都、武漢は社会大項目ランキングで2018年の順位を保持し、其々第6位、第7位、第9位であった。

 杭州は前年比一位下がって第5位、天津は前年比で五位も下げて第10位へと転落した。

4. 経済大項目ランキング


上海が4年連続経済大項目ランキングで首位、北京、深圳も第2位、第3位を不動に

 中国都市総合発展指標2019経済大項目ランキングトップ10都市は、上海、北京、深圳、広州、天津、蘇州、重慶、杭州、成都、南京である。

 3つの大項目の中でも特に実力本位である経済大項目では、ランキング順位の変動幅が最も少ない。第1位から6位までの上海、北京、深圳、広州、天津、蘇州6都市が連続4年間、各々の順位を守った。杭州は連続2年間、第8位であった。

 重慶は前年比で二位上げて第7位へ、南京は同一位上げて第10位となった。これに対して成都は二位下げて第9位へと滑落、武漢はトップ10外の第11位へと下がった。


【掲載】「中国網日本語版(チャイナネット)」2021年2月2日

【書評】『中国都市ランキング2018』〜現代をとらえる新体系方法を提示〜

井上定 島根県立大学名誉教授

 NTT出版 2020年10月/刊『中国都市ランキング2018』は、中国の客観データを素材にして、現代の経済社会文化の展開・発展過程を、大都市化とその連携関係(メガロポリス)を科学的・計量的あるいは図示し、視覚としても明らかにしたものである。内容を読んではじめて、これまでの社会科学・都市工学の全域にまたがるおどろくべき内容=分析体系を凝縮した大作であることが理解できる。応用力が高く、いずれの国にも適用可能。だから、もっと注目されてしかるべき著作である。
 これまで、英語版、中国版、日本語版が出され、今回が三年目となる。それなのに、日本ではまだそれほど知られていない。

 というのも、見出しが「都市ランキング」だし、年次は2018年と表記されている。私たちは、大学の偏差値とか「何でもランキング」ということには、食傷気味である。また年次が2 ~3年も前のものについて興味はわかない。年次白書ならば、政府の経済白書のように最新版を読みたいものだからである。

 ところが、本書は実は最新のもの、ついこないだの2020年10月発行なのである。
 たとえば、ここにはこのコロナ渦に見舞われた世界に関わるいくつかの優れた分析の論稿を含んでいる。つまり、社会経済分析の方法論にも言及した多数の論稿がここにはおさめられ、深く考えさせられる大著なのである。つまり、無味乾燥な年次系列の統計数字、特定の年について並列的に列記したものとは、まったく違う。そうではなくて、中国の代表的な大都市に関して、手に入りうるかぎり系統的で多様な最新のデータを使っている。そのデータは、最新が2018年までが多いわけだ。そこで計量化できた客観データをふまえ、総合的に指標化した(だから表紙には2018年と記されている)ということだ。

◆ 全国総合開発計画を超え、国連開発計画・UNDP報告にならぶような視野

 本研究に多少とも類似したものを例示すれば、たとえば、第四次全国総合発展計画(四全総 1987年)とその都道府県版(含む資料篇)、あるいは少し前の時点での「首都圏白書」を、辛うじてあげることができるかもしれない。しかし、これも本書に比すれば、視角は多くは「ハード」面に限定され、全国的データを網羅はしてはいるが、現代社会経済の力、大きな源である「情報力」、また他地域や世界との「連結力」という視点(いわば広義の「ソフト・パワー力」)やその系統的なアセスメントは含まれていない。当時の日本の「国土計画」というものの限界であったともいえよう。

 だから、これにならぶようなものとしては、紹介者が知る限り、国際連合UNDPの「人間開発報告書(1990 年以来今日まで毎年発行)しかないように思う。このSDGs(持続可能な開発)につながる分析と指標は、ずっと発行され、継続性はあるが、それだけではなく、つねに新たな方法論・視点を加えて改良され(たとえばジェンダー指数の追加)続けている。だから、毎回新鮮な驚きがある。
 三冊目となる本書も、同様に、毎回大きな改良が加えられ進化している。

◆ 発展のダイナミズムを体系的にとらえる

 この大規模な研究プロジェクトは、いわば中国版の「ゴスプラン」の一部にあたる中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司の協力により、はじめてこれだけ系統的な計量データについて、年次ごとの提供が可能になったのだろう。同じく中央集権的な日本の内閣府でも、省庁横断的にこれだけのデータが系統的に集められ、整理されているとは聞いていない。

 この研究を主導した周牧之さんは、国際開発問題のシンクタンクを経て、ながらく東京経済大学の教授としてだけでなく、国際的な都市研究者として、アメリカ(MITなど)、中国、東南アジアにまたがり活躍しておられる。もともとは情報工学系の出身で、経済学・社会学・行政学をふまえており、日本では例外的な「文・理総合型」の研究者、プロジェクト・リーダーである。

◆ 「指標」の現代化 壮大な広がり

 通常は、都市力、地域力を把握するときには、とかく経済・産業中心になりがちである(地域経済分析など)。本書は、そうではなく、自然生態・環境品質・空間構造という「環境」という大項目、ステータス・ガバナンス、伝承・交流、生活品質という「社会」という大項目、また経済品質、経済活力、都市影響という「経済」の大項目が、「総合化」され示されている。だから、そのデータの出所は、1)統計データ(3割の比重)、2)衛星リモートセンシングデータ(3割強)、3)インターネット・ビッグデータ(4割)にわたるものだ。

 後者二つは、日本ではまだ活用がはじまったばかりの分野である。これらにもとづいて、大都市の「輻射力」(影響力)が、立体的に描き出されている。物理的なインフラの整備だけでなく、情報発信力・受容力、そこからもたされる大都市や大都市連合の力量が、図示あるいは視覚的にも理解できるようになっている。あるいは、これを国家大に表現したものが、「一帯・一路」世界経済圏構想の推進なのかもしれない。
 だから、このような分析手法とそこからの政策含意の導出は、いずれの地域、国でも応用可能だと思われる。このような体系をもつ新「指標」の現代化は、疑いもなく有意義である。

◆ 「近代化の圧縮」とその先 社会変容という課題

 日本は、西欧先進国の「近代化」の300 年にわずか100 年で追いつこうとした(「圧縮された近代」)。そしていまや「成熟」を通り越してすでに「老境」にはいりつつあるのかもしれない。それに関わっていえば、韓国はわずか60年にしてすでに人口のピークをこえ、さらにおそらくは中国もこれから10~20年の間には「追いつき」過程を完了し、成熟段階に入る(つまり、わずか40年弱で)。総人口も大都市化の進展も、これから20年内外でピークに達するだろうといわれている(「超圧縮の近代化」)。
 そのとき、もっとも気掛かりなのは、先進社会が経験したように、「都市化」「近代化」がもたらす「社会の変容」、「人間行動の変容」という問題である。たんに少子高齢社会の到来というだけでなく、かつての発展をささえてきた、家族やコミュニティーの力の融解・弛緩が伴うからである。

 第二次大戦前後から、中国は安全保障的な見地からも、ずっと地方分散(独立性をもつ解放区的な考え方)を重視してきたが、それがまた長期にわたる停滞をもたらした大きな背景でもあったと考えられる。そこでこれを転換して「改革開放」し、グローバル化する世界に適応して産業構造をかえてゆく。農村型社会から都市型社会へ、大規模なメガロポリス中心の社会へと社会構造の大転換をとげようとしているのだ。

 家族構造をはじめとして、社会が変容し、殊に人間がその内面でも変容するのではないかという点が重要である。それまでの人間社会を基本的につなぐ連結性(social cohesion)は弱まるだけでなく、「勤勉」・「誠実」・「信頼」そして「助け合い」という、志向性についても変化するのではないか、といわれている。「個人化」「孤立化」「利己主義」化してしまい、そのような群衆が多数者になってしまうのだ、という見方がある(D.リースマン『孤独なる群衆』など)。

 だから、西欧社会の経験は、これに対して新たな自発性・能動性をもつ「市民型コミュニティー」(協同組合、労働組合、さまざまなNPOや非営利組織)の形成が重視されてきた。「社会的経済」という部門が成長したのである。むろん、並行して国家レベルや地方の公的機構としてさまざまな福祉諸制度が発達し、そうした「福祉社会」の構築には、100年もの月日がかかった。そのような制度構築がやや乏しいアメリカは、「個人主義社会」の正の面だけでなく「負」の側面も際立っている。アメリカの「社会分裂」、「トランプ・ポピュリズム」は偶然ではないのだろう。

◆ 持続可能な地球社会をめざして

 さらに根本的に難しい人類共通の課題として、いまや「人新世」(anthropocene)ともいわれるように、人間の活動が(温暖化を含めて)地球環境や地球そのものを変えつつあるかもしれない、という大きな課題がある。都市のみならず、農村地域・地方の山林・森林・原野を含む地球全体の「環境保全」が求められる。「持続可能な地球社会」こそが、いまや目指されようとしているわけだ。

 そしてまた、ひとびとも、その農村や森、自然の景観、またそこでのコミュニティーのなかに生きていゆくことに価値を再び見出そうともしているようにもみえる(二地点居住、グリーン・ツーリズムなどを含めて)。だから、国土全体のクオリティー(質)、アメニティー(快適性)が考えられるべきこととなる。国土のあり方についての、現代的「進化」が求められているのかもしれないのだ。

 周牧之さんが注目する「里山」のような地域形成の視点も、これから段階をおきながら、うまく「指標化」してゆくことができるのかもしれない。
 今後も毎年発行されることになることが期待されている本シリーズが、さらに発展し進化してゆくのが楽しみである。


【掲載】一人ひとりが声をあげて平和を創る メールマガジン「オルタ広場」

【講演録】米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済


国立研究開発法人科学技術振興機構
中国総合研究・さくらサイエンスセンター 第134回研究会


■ 研究会開催 ■
「米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済」

・講師:周 牧之:東京経済大学教授、経済学博士
・日時:2020年9月29日(火)15:00〜16:00
・開催方法:WEB セミナー(Zoom利用)


【動画】「米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済」


【講演概要】

 講演は中国都市総合発展指標を用いながら、以下の3点を柱に行う。

1.なぜ大都市医療能力は、新型コロナパンデミックでこれほど脆弱に?
 武漢は新型コロナウィルスの試練に世界で最初に向き合った都市であった。武漢は「中国都市医療輻射力 2019」全国ランキング第6位の都市である。なぜ、武漢のこの豊富な医療能力が新型コロナウィルスの打撃により一瞬で崩壊したのかについて解説する。

2.コロナショックでグローバルサプライチェーンは何処へいく?
 中国で最強の製造業力をもった都市が、米中貿易摩擦とコロナ禍で大打撃を受けた。伝統的な輸出工業の発展モデルはどのような限界に突き当たったのか?製造業そしてグローバルサプライチェーンはどこに向かうのかについて、「中国都市製造業輻射力2019」で解説する。

3.加速化する IT 産業の発展
 ロックダウン、テレワークなどによる生活様式の変化は、アリババ、騰訊を代表とするIT産業の躍進をもたらしている。その実態について「中国都市IT産業輻射力2019」を用いて解説する。


【講演録】

司会:これから第 134 回中国研究会を始めさせていただく。今回もオンラインでのウェブセミナーとして開催する。

 今回は東京経済大学経済学博士の周牧之先生にご登 壇いただく。講演タイトルは「米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済」である。先生のご経歴の詳細は割愛させていただく。周先生の研究の専門は、中国経済論、都市経済論等である。それでは先生、どうぞよろしくお願いいたします。

周:東京経済大学の周です。よろしくお願いします。

 本日は3つの話で、中国の経済社会が直面している状況と課題を皆さんと一緒に整理していきたいと思っている。

 1つ目は中国の新型コロナウィルスへの対応。2つ目は製造業の直面している課題。3つ目は IT 産業の状況。これらを輻射力という指数で整理して話したい。

 輻射力とは、それぞれの都市をある産業の能力を計る指数である。輻射力が高い場合は、その産業の輸出力がある。輻射力が低い場合はこの都市ではその産業の製品やサービスは輸入しなければならないということだ。本日は、医療輻射力、製造業輻射力、IT輻射力の 3つの輻射力を使って迫っていきたい。これらの輻射力は全て中国都市総合発展指標の中に全て出てきている指数である。

中国都市総合発展指標

 そもそも中国都市総合発展指標がどのようなものかというと、中国の都市を評価するためのある種の分析ツールである。ご存知のように中国では改革開放以来、地域間の競争で成長を引っ張ってきた。いわゆるGDP(国内総生産)という指標のもとで地域間競争してきた。これがある意味中国の今日までの経済成長の一つの原動力になっていたが、あまりにも単一な指標のもとでの競争ということで、経済・社会・環境に大きな歪も持たせていた。そういうものを是正するために国家発展改革委員会という中国の経済政策の司令塔と一緒に環境・社会・経済の3つの軸で中国の都市を評価する分析の政策ツールを開発した。

中国都市総合発展指標・指標構造

 中国都市総合発展指標には、いくつかの特徴がある。まず構造上の特徴としては環境・社会・経済という3つの大項目となっている。一つの大項目においては3つの中項目があり、一つの中項目には3つの小項目がついている。非常に美しい「3・3・3構造」となっている。また、日本の場合は政府と都道府県と市町村の3つのレイヤーだが、中国の行政は日本と違って5つのレイヤーがある。我々が評価するのは省のレイヤーに属する直轄市とその下のレイヤーにある地区級地方政府。地区級地方政府の中で都市とみなされているものが294あり、プラス4の直轄市があるので298の都市が我々の評価対象となる。これは中国のこのレベルのエリアの88%の行政単位をカバーしており、基本的に日本の都道府県ベースと考えてよいと思う。「中国都市総合発展指標・指標対象都市」のこの地図で見るとよくわかるが、桜色のエリアは中国都市総合発展指標の対象であり、赤いところは直轄市である。灰色のエリアは人口密度の低いところで中国政府が都市と認めていないので除外している。要するに「中国都市総合発展指標」は、ほとんどの中国の経済社会の活動を網羅しているということが言える。

中国都市総合発展指標・評価対象都市

 中国都市総合発展指標における指標構造のデータにも特徴がある。基本的に27の小項目があり、その下に小項目を支えている178の指標がある。本日使用する3つの指標がこの中のものになる。さらにこの178の指標を支えているのが785のデータである。これらのデータの構成も非常に特徴がある。今までの中国やほかの国をみてもそうだが、統計データだけでは都市を捉えるにはまだまだ不完全である。

中国都市総合発展指標・指標構成

 中国都市総合発展指標は統計データだけではなく、衛星リモートセンシングデータやインターネットのビッグデータを3分の1ずつ取り入れている。ある意味では五感で都市を感知するマルチモーダルインデックスとなっている。これは世界でも初めてのタイプのインデックスである。こういうスーパーインデックスを用いて、我々は都市という細胞を一つずつ分析することができる。中国のように多様性に満ちた国のほぼすべてのことが細胞レベルで分析できる。つなげていけば中国全土の動きが見える。また時系列的にも捉えてきているので変化も見える。これによって中国の 経済社会の動きは非常に的確に捉えられるようになった。

 この指標の開発にはたくさんの人々に参加いただき議論し知恵をいただいた。中国や日本でたくさんの会合を行い、議論を重ね、ようやくこの分析ツールが出来上がった。2016 年に発表し、中国では、2017 年、2018 年と3つの年度にわたって発表を続けてきた。2019 年版も発表を始めたところである。2018 年の日本語版は10月に発表される予定で、英語版は 2 カ月前にアメリカで発表された。

【なぜ大都市医療能力は、新型コロナパンデミックでこれほど脆弱に?】

 このような分析ツールを使って、まず中国の新型コロナウィルスパンデミックの対応がどうなっているのかというのを皆さんと一緒に分析してみたい。

 ご存知のように昨年の年末から新型コロナウィルスの話が出始め、1月23日に武漢市がロックダウンされた。新型コロナウィルスが一気に武漢から中国、中国から世界へと広がった。このような状況の中で、私も何か貢献できないかと自問自答する中で、どうもオゾンがこのウィルス対策に役に立てるのではないかと研究を始めた。2月18日には新型コロナウィルス対策にオゾン利用を提唱する論文を中国語版で発表し、その後英語版、日本語版と発表し、これにはかなり大きな反響があった。

 私の発表した論文の中で書かれていることは、今日は時間の制約があるので詳しく言えないが、3つの仮説をまとめると、①自然界の低濃度オゾンが地球上の 細菌やウィルスといった微生物の過度な増殖を抑制してきた。②ウィルスは季節によって活力の違いがある。 例えばインフルエンザは冬に威力が強くなり、夏になると消えてしまう。今までの学者は気温や湿度に因果関係があるのではないかと研究してきたが、うまく結論に至っていない。私はオゾンが原因ではないかと仮説をたてた。オゾンは季節によって濃度が変化するので、この酸化力を持つオゾンこそがウィルスを抑制する神の手ではないか。③オゾンは低濃度でも新型コロナウィルスに対して不活性化させる威力を持つ。低濃 度で有人の空間に流すことによって、ウィルスを不活性化することができ、ウィルス対策にかなり有力な武器となるのではないか―という3つの仮説である。

 これらの仮説によりウィルス対策にオゾンを使用しようと国内外に提唱した。これはかなりの反響があった。

 また武漢市の医療体制がなぜ医療崩壊に至ったかについて研究し、4月20日に発表した。

 武漢は人口規模が1,400万人であり、東京都と同じ程度の人口規模と密度を持つ街である。この街は医療のリソースが実は豊かな街である。我々が発表した2019年度の中国医療輻射力の中では、武漢は中国の298の都市の中で、上から6位であった。実際にどのくらいリソースを持っているかというと、東京とニューヨークと比較してみると、武漢の1,000人当たりの医師数は4.9人であり、東京の3.3人、ニューヨークの4.6人よりも多い。また1,000人あたりの病床数も武漢は8.6床。これはニューヨークの2.6床よりはるかに多く、東京の9.4床に近い。武漢は非常に豊かな医療のリソースを持っていることが分かる。

 問題は一瞬にして医療崩壊に至ったことだ。原因については、限られた情報をもとに私が分析をした結果、 ①医療現場がパニックに陥った、②医療従事者が大幅に減員された、③病床が足りなかった、という3点だと考えられる。

 具体的にみてみると、オーバーシュートの時には武漢では大勢の人々が病院に駆け込んだ。これが医療現場に大混乱をもたらして、医療リソースを重症患者に与えられなかったため致死率が一気に上がった。

 さらに病院の院内感染により大勢の人たちが病院で感染してしまった。中国での今回の新型コロナウィルス感染による死者数を見てみると、約83%が武漢に集中している。これらの死者の大半は医療現場のパニッ クによるものではないかと考えられる。

 2点目は医療従事者の大幅な減員だ。当時は未知のウィルスに対して知識や装備がなかったということと、検査や治療を行う際の医療行為に危険を伴うものがあり、これにより大勢の医療従事者が感染した。中国では、なかなか良いデータが見つからなかったが、国際看護 師協会が5月6日に出した30カ国の報告データによると、その時点ですでに9万人の医療従事者が感染していた。イタリアの4月26日までのデータを見てみると、2万人弱の医療従事者が感染。東京都の発表では、1月〜6月までに48の医療機関で院内感染が発生し、 医師、看護師そして患者計889人が感染、うち140人が亡くなった。院内感染者数は都内同期間の感染者の14%に相当した。

 もう一つの問題は病床が足りなかったことである。当時、マスクから呼吸器まで様々な医療機器が不足していた。さらに深刻なことは、病床が激しく不足していた。これだけ感染力の強いウィルスなので、しっかりとした体制を整えた病床が簡単に作れず、一気に増えた 患者数に追い付けなかった。これらの問題に対して、中国はどのような対策をとったかというと、まず1月23日に武漢市をロックダウンした。翌日の24日には、武漢市がある湖北省を公衆衛生上の緊急事態対応(Emergency response)レベル1級にした。1級レベルとは、工場、仕事、教育機関をすべてシャットダウンし、人の移動を極力抑えるというものである。ある意味では人と人との接触を極力シャットダウンするという体制であった。

 実は中国には2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)をきっかけに整備した国家的公衆衛生上緊急事態の対応体制があり、それに基づき一気に最高レベルまで引き上げた。1月29日には中国全土を1級となった。 これにより中国では感染者の爆発的な増加がシャットダウンされた。また医療従事者の不足に対しては全国から武漢を含む湖北省へ医療従事者 42,000人を派遣した。これにより、武漢の医療崩壊も食い止められた。感染地域に迅速かつ大規模な援軍を送れるかどうかというのが非常に大きなポイントになる。

 3番目の病床の不足については、武漢で重傷患者者用の専門病院を10日間で2棟建て、さらに軽症患者用の病院を16カ所開設し、病床不足の問題は一気に解決された。

 また、我々のオゾンの研究もかなり生かされていた。一緒にオゾン研究をしていた中国の大手エアコンメーカー遠大グループの創業者である張躍氏が私の友人であり、二人で毎日のように電話で情報を共有し、研究を行っていた。遠大グループは武漢の病院にオゾンの発 生機能を持つ空気清浄機を数多く送り込んだ。これにより、かなり院内感染を防ぐことができたという報告があった。

 2月21日に、早くも甘粛省は対応レベルを1級から3級へと引き下げた。武漢市も4月 8日にロックダウンを77日ぶりに解除した。6月13日には、中国全土のほぼすべての地域が緊急対応3級に引き下げられた。よって、中国は全土をロックダウンに近い緊急事態対 応第1級にして感染拡大を封じ込めたとして、その後、6月13日までに徐々に緊急対応3級に引き下げた。3級というのは、条件付きで普通の生活・仕事ができるようになると理解してよいと思うが、ただし感染状況によって、局地的に上がったり下がったりすることが繰り返されている。例えば6月16日に北京では、クラスター感染があり3級から2級に上げ、1カ月後には3級に引き下げた。そういうことを繰り返しながら、現在の中国国内では、ほぼ普通に生活できるようになっている。

【コロナショックでグローバルサプライチェーンは何処へいく?】

 まず私のバックグラウンドを少し自己紹介する。

 私は大学で工学系、大学院で経済学を勉強していたが、最初のテーマは「IT革命がアジアの新工業化にどのような影響を与えるか」であった。そうした中で、サプライチェーンのグローバル化ということに興味を持ち始め、かなり研究を進めた。さらに研究を深めていく うちにグローバルサプライチェーンは中国や東南アジアで新しいタイプの都市クラスターを作り始めるのではないかと気が付いた。

 その後は、自分の生涯の研究は情報革命、グローバルサプライチェーン、そして都市化の一つの到達点としてのメガロポリスという3点セットとした。2007年の私の著書『中国経済論』の第1章はまるごとグローバルサプライチェーンに費やした。そうしたバックグラウンドの中で、今から約20年前に私は、中国ではメガロポリスの時代が到来すると予測した。グローバルサプライチェーンによって大きなメガロポリスが中国の珠江デルタ、長江デルタ、京津冀の3つのエリアで誕生するとの予見だ。ただし当時、都市化は、アンチ都市化政策を数十年続けてきた中国の皆さんにとってはまだタブーであった。一気にメガロポリスというとんでもない話を持ち込んだことで、メディアも非常に大々的に取り上げた。その後、メガロポリスは政策的にも取り上げられ、今や中国の国家戦略となった。

 10年前、ちょうど中国の経済規模が日本を超えたときに、私は『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者エズラ・ヴォーゲル教授と対談した。この対談はニューズウィークにも掲載された。その中で中国の経済成長は輸出の拡大と都市化という2つの原動力で実現したと私は述べた。ここで気を付けなければいけないのが、中国の輸出拡大は、日本高度成長期のフルセット型サプライチェーンと違って、グローバルサプライチェーンの上にたったものだというのが私の一貫した認識であ る。WTO(世界貿易機関)加盟直前から今日までの約 20 年で中国の輸出規模は10倍になった。輸出総額で世界第7位であった中国がいまや断トツ1位の輸出大国になった。また輸出に引っ張られてGDPが5倍になり、さらに都市化も猛烈に進んだ。都市の面積(アーバンエリア)でみると3倍弱になった。要するに20年でアーバンエリアは3倍になったのだ。しかしDID(人口集中地区)人口という1 m² 5,000人以上の人口で捉えてみると20%しか増加しておらず、ここに非常に大きな問題がある。

 またこの間、CO2(二酸化炭素)の排出量も3倍以上になった。「中国の流動人口分析図」をみてみると赤い部分はプラスになったところであり、高さは偏差値である。この分析図を見ると一目瞭然だが、珠江デルタ、長江デルタ、京津冀エリアにたくさんの人たちが移動し たことが確認できる。

 2001年の予測と2019年の現実を比較すると、非常にピタッとはまり予言が的中したと言える。社会学、経済学の予見はだいたい当たらないことが多いが、大当たりした。

 輸出と都市化の両輪によって中国は世界経済に占めるシェアを急速に回復させた。200 年前には3割以上あった世界経済における中国のシェアはどんどん落ちてきて、1990年には最低の1.7%になったが、その後徐々に回復し、WTO加盟後にはまさにV字回復が実現し、今では16.3%に至った。

 しかし、中国の成長は沢山の課題に直面している。一つは米中貿易戦争である。もう一つが、突如現れてきた新型コロナウィルスショックである。これによってグローバルサプライチェーンも相当寸断されている。

 5月に私はグローバルサプライチェーンのゆくえに関する論文を発表した。雲河都市研究院は「中国都市製造業輻射力2019」を公表した。中国の各地域・各都市は数十年間にわたり工業化を進めてきたが、必ずしもすべてが成功したわけではない。中国は「世界の工場」 になったが、中国そのものが世界の工場になったというよりは、一部の都市だけが本当の「世界の工場」になっただけで、それ以外のところはむしろ工業化に失敗 したと言えるかもしれない。中国298都市の中で、「中国都市製造業輻射力2019」のトップ10 都市は中国の貨物輸出の半分をつくり出している。これはとんでもない集中度である。しかもこのトップ10都市のうち、深圳・蘇州・東莞、仏山・寧波・無錫・厦門の7都市が、省都市でもなく、直轄市でもない普通の都市だ。全て沿海部にある。これらの都市はグローバルサプライチェーンによって大きな集積地になった。そこで人口も都市の機能もどんどん拡大し、「世界の工場」ともいえるスーパー製造業都市になった。これらの工業都市の現状がどうなっているのかというと、そもそも米中貿易摩擦や新型コロナウィルスがなくても、これまでの成 長パターンは限界に達しているということが我々の分析により分かった。

 2000年から今日までのこれらの都市の平均賃金は、 深圳は5倍、上海は9倍以上になった。成都も8.5倍になり、ほとんどの都市が5倍以上になった。昔のように安い賃金を売りものにして労働集約的な成長は、もはやあり得ない状況になってきた。また実際、今年1月から6月の半年間のこれらの都市の税収を見てみると、軒並み全てマイナスである。しかも2桁マイナスの都市もあり、米中貿易摩擦とコロナショックによる大きな痛手を受けた。ある意味では中国の製造業発展のモデルチェンジを、今、しなければならない状況にある。この話は少し置いておいて、もう一つ重要な産業のエンジンを見てみたい。

【加速化するIT産業の発展】

 IT 産業は中国だけではなく、世界経済を牽引するエンジンとなっている。30年前、平成の幕開けの時、世界の時価総額のランキングトップ10を見ると、1位のNTTをはじめ日本企業が7社入っている。またIT企業はIBMくらいしか入っていなかった。ランクインした日本の7つの企業は国民経済を舞台にしていた企業であった。

 これに対して、2020年8月末の世界の時価総額のランキングを見ると、顕著になっているのはIT企業が目立つということだ。このトップ10の中に、IT企業は7社もあり、ほとんどが世界を舞台にしている企業である。そういう意味では舞台の大きさが違うし、ITという非常に斬新なコンセプトで、集金力の桁が違う。今年の5月にはGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)5社の時価総額の合計は東証1部2,170社の時価総額の合計を超えてしまった。1位のアップルは30年前1位であったNTTの時価総額の13.5倍になっている。面白いのは、テスラが10位に食い込んだことだ。テスラは自動車産業の企業だと思っている人が多いが、実はIT産業の側面も持っている。確かトヨタの売上の11分の1、販売台数は30分の1の企業が、このようなとんでもない評価を 受けたのはIT企業としての側面が強かったからだ。また、ちょうど今、話題になっているが、アメリカで中国のIT企業が制裁を受けている。一つはウィーチャット(WeChat)、もう一つはティックトック(TikTok)である。ティックトックはアメリカ1億人のユーザーを 持っている。ウィーチャットは2,000万人のユーザーを持っている。アメリカの制裁議論の中で、今まで中国はモノしか輸出していなかったと皆さん思っていたのが、アプリの輸出がここまでできたということに気づき驚いているだろう。雲河都市研究院が発表した「中国 都市IT産業輻射力2019」をみると、北京、深圳、上海がトップ3になっているが、トップ10都市への集約度は製造業以上である。トップ10の都市はIT産業の従業者数の6割を占めている。また、香港、深圳、上海の3つのマーケットのメインボードに上場しているIT企業のほぼ4分の3の企業本社がこの10都市にある。とんでもない集約度である。

 製造業輻射力トップ10都市には沿海部の普通の都市が7つも食い込んだことに対して、IT産業輻射力の場合はトップ10の都市は、ほとんど行政中心都市である。製造業とIT産業では繁栄の条件が違う。繁栄の条件が違うのでこのように違うアバターが見られる。これからIT産業でスーパーシティになる都市と、昔、製造業でスーパーシティになった都市はかなり違うのではないかと推測できる。

 もう一つ大切なことは、中国の製造業がどこに行くのか?これについてはいろいろな可能性がある。深圳を見てみると、製造業輻射力は1位であり、IT産業輻射力でも2位まで上り詰めた。深圳にはアメリカの制裁で有名になった企業がたくさんある。例えばZTEとファーウェイ、そしてウィーチャットの親会社のテンセントだ。さらにドローンの世界トップシェアを持っているDJI。これらの企業は全て深圳発のベンチャーIT企業だ。これらの企業の存在は深圳が「世界の工場」 から「IT産業スーパーシティ」へ脱皮している一つのシグナルとしてとらえられるのではないか。中国の製造業はITの力を借りて更なる変化を遂げているのでは ないかと、ある種の楽観的な期待を込めて講演を終わりにしたいと思う。

 最後に中国都市総合発展指標日本語版『中国都市ランキング』を3冊、NTT出版から出していることを紹介したい。このシリーズは毎年メイン報告テーマが違い、2016年度は「メガロポリス戦略」、2017年度は「中心都市戦略」、2018年度は「大都市圏戦略」をテーマとした報告書である。2018年度の本は10月10日に発売される。

 また、今日の話の関連情報は中国都市総合発展指標公式ウェブサイトに日本語・英語・中国語の3つのバージョンで掲載してある。中国語はウィーチャットのサイトもあるので、ぜひ使ってほしい。

 ご清聴ありがとうございました。


【質疑応答】

司会:「輻射力」という言葉がたくさん出てきていますが、どういう指標なのか。改めて定義などもう少し詳しく教えてほしい。

周:輻射力は一つの都市の一つの産業の移出・輸出する力を測る指標だ。基本的に輻射力の高い都市はこの産業は外に移出・輸出できる。そうではない場合、例えば医療輻射力が低いときには、医療サービスを外から買わなければいけない。または外に出て行かなければいけないとイメージしてもらえればよい。輻射力の算出はそれぞれの産業によって若干違うが、ベースとなっているのは従業者数である。従業者数をベースにするアルゴリズムだが、たくさんの周辺指標で補助している。

司会:今回、コロナによるパンデミックがあった。日本で話題になっていることとして、テレワークなどが進み、地方へ移住するような動きがあるのか。また、関連して中国の新型都市化宣言という政策に与える影響は大きくなっていくものか。

周:今回の新型コロナウィルスのパンデミックで皆さんの仕事の在り方は恒久的にかなり影響があると思う。大手IT企業から中小企業まで、かなり恒久的に働き方を変えようとしている。これは間違いなく、より自由に、 場所を選ばず仕事ができるようになるが、これはイコール大都市化が止まるということにはならない。大都市は職場で仕事をするだけではなく、本日のように会って議論をし、新しい情報やコンテンツが生産されるというのが、大都市のメリットだ。同時に大都市にしかないたくさんの都市機能がある。そういうものを享受するのは大都市でないとできない。地方都市も、しっかりとアメニティの充実化や都市のコンパクト化を進めていけばいろいろチャンスはあるが、決して大都市が縮小することはないと思う。我々はさらに自由になることは間違いがない。

 中国の都市政策に関しては、昨年から大都市圏に関する政策が出された。ようやくメガロポリス、中心都市、大都市圏の3大政策がたて続けに出され、しっかりした体系になってきた。本日は都市の話はメインではなかったが、先ほど少し紹介した過去20年で中国アーバ ンエリアは3倍になった。つまり2000年の時期の都市のエリア規模を、さらに2つも作ったが、人口集約からみるとそれほど増えていない。これは中国の都市構造に大きな問題を抱えていることを意味する。これから10年、20年かけて都市の中身の充実化を進めなければいけないと思っている。

司会:今回のコロナで過密を避けるということ、大気汚染などの環境問題もあると思うが、こういう点の是正もあるのか。

周:コロナをシャットアウトするには人と人の接触を止めることが欠かせないので、中国は極端に人との接触をシャットアウトする措置をとった。それには、大きな代償があったが効果は歴然としている。ただし、こうしたやり方は永久的な措置としてはあり得ない。根本的 に解決する一つの手立てとしてはオゾンがある。オゾンはある程度の濃度になると違和感を訴える人がいるが、私の仮説では0.1ppmくらいの自然界の低濃度でも室内のウィルスを不活性化する可能性が十分あり、これによって三密問題がなくなるということだ。今、 「三密」はネガティブに聞こえるが、「三密」無しには 我々の幸福度も生産性も落ちる。人間は接触の動物であり、コミュニケ―ションの動物、社会動物である。早く「三密」が平気でできる社会に戻したい。その一つの武器はオゾンではないかと思っているのでぜひ、オゾンを使ってみてほしい。

司会:経済の見立てに近い所があるが、製造業輻射力はグローバルサプライチェーンと大きな関連があるという話があった。一方で中国国内の内需を重視する戦略もあるかと思うし、国内のサプライチェーン重視という中で、グローバルサプライチェーンより国内を優先するときに今まで発展してきたメガシティに成長が鈍化するなどの変化はあるのか。

周:マーケットはどこであれ、サプライチェーンの効率を考えると沿海部しかない。やはり深水港が近くにあり、部品調達、素材調達、製品の輸出の導線が短い環境を整備できる地域が伸びる。私は20年前から、中国でメガロポリスになり得る地域は沿海部の三カ所しかないと言い続けてきている。なぜかというと、珠江デルタ、長江デルタ、京津冀の三カ所には深水港があり、昔から一定の産業集積があり、世界的にみても新しい時代にふさわしい最高の産業集積地が作れる場所であるからだ。マーケットがどこであっても、これらの地域は、大きく製造業の発展を遂げるのではないかという気がする。導線をなるべく短くしてグローバル的な効率を上げなければいけない産業は、そういうところに張り付くしかないと考える。


【対談】横山禎徳 VS 周牧之(Ⅰ)コロナ禍で、如何に危を機にしていくか?

編集者ノート:新型コロナウイルスパンデミックで、世界の都市がロックダウンに揺れている。人々はグローバリゼーションの行方を憂いている。今後のビジネスのあり方やサプライチェーンの将来などについて、周牧之東京経済大学教授と横山禎徳東京大学総長室アドバイザーが対談した。


1.グローバルサプライチェーンはどこへ向かうのか?

 周牧之新型コロナウイルスパンデミックが、グローバリゼーションにどう影響を及ぼすのかについて、関心が高まっている。グローバリゼーションには様々な側面があるが、サプライチェーンはその重要な1つである。

 20年前、私はサプライチェーンのグローバル的拡張が、中国で長江デルタ、珠江デルタ、京津冀にグローバルサプライチェーン型の巨大な産業集積を形成し、その上に三大メガロポリスが出現すると予測した。私の予測は見事に的中し、現在上記の3つの地域に巨大規模のグローバルサプライチェーン型産業集積が出来上がった。三大メガロポリスは、中国の社会経済の発展を牽引するエンジンとなっている。

 しかし新型コロナウイルスショックで、グローバルサプライチェーンは寸断され、さらに米中貿易摩擦やアメリカ政府による企業の呼び戻し政策が追い打ちをかけ、三大メガロポリスがベースとなる産業集積の様相に異変が起こっている。

 横山禎徳グローバリゼーションを補完する概念としてリージョナリゼーションがある。例えば、グローバルに人気のあるドイツの自動車を支える企業群は、バイエルン州に集中していて自動車のエコシステムをしっかりつくっており、州政府もそのシステム育成に注力している。日本でもトヨタの三河、ホンダの栃木などがその例だ。グローバルなサプライチェーンの展開を現在も補完している。多くの製造業のサプライチェーンにおいて同様の傾向がある。リージョナリゼーションがしっかり確立しているから逆説的にグローバルなサプライチェーンを展開できるといえる。

 一方、ナショナリゼーション、あるいはナショナリズムはグローバリゼーションの対立概念だ。それは国家権力と結びつく。すなわち、グローバリゼーションを規制する法律があり、強制力もある。今回のCOVID-19は、グローバリゼーションの一側面として人の自由な移動が世界的蔓延につながったが、その防護として移動制限、入国禁止という国家権力が発動されたのはご存知の通りだ。

 日本は戦後、国家権力の強大化に対する不信というか、アレルギーがあり、中央政府は国民に対して要請はできても命令はできない。その結果、リージョナリゼーションが明確に表れてきた。今回、COVID-19に対する拡大防止として主要な県の知事が独自の対策を打ち出したのがその例だ。

 ひと昔前は、サプライチェーンは国民国家の中に留まっていた。いま横山さんが挙げた例にもあるように、日本のある自動車メーカーのサプライチェーンは、ほぼ半径50キロメートル内に収まっていた。サプライチェーンがグローバル的に拡張する時期は、ちょうど中国の改革開放期と偶然に一致した。その結果、中国はサプライチェーンのグローバル展開の受け皿となり、大きな恩恵に預かった。中国の輸出規模は、2000年から2019年まで10倍に膨らんだ。

 サプライチェーンのグローバル展開を推し進めた三大要因として、IT革命、輸送革命、そして冷戦後の安定した世界秩序から来る安全感が挙げられる。

 グローバルサプライチェーンは、西側工業諸国の労働分配率の高止まりを破り、地球規模で富の生産と分配のメカニズムを大きく変えた。

 中国の経済発展は、グローバルサプライチェーンによってもたらされた部分が大きい。それゆえ2007年に出版された拙著『中国経済論』の中で、第一章を丸ごと使い、中国経済発展とグローバルサプライチェーンとの関係を論じた。

 しかし近年、中国とグローバルサプライチェーンとの関係に多くの摩擦が生じた。

 まず、国際資本にとっては益々強くなってきた中国政府による介入に対して不安感が生じた。日本は早くから、「チャイナプラスワン」の政策を打ち出し、企業の中国以外の国・地域へのサプライチェーンの展開を奨励した。第二には知財保護の問題がある。実際、米中貿易摩擦の焦点の1つも知財問題である。第三に、中国での労働力、土地、税金などコストがかなり上昇したことである。

 当然、アメリカの産業空洞化も大きな圧力となってきた。これが、トランプ大統領を当選に導いた主要な社会基盤でもあった。

 横山中国はあまりにも巨大になった。グローバリゼーションという言葉が出てきたとき私は、それは世界のアメリカ化だ、と言った。1960年代に最もグローバルだった銀行は、アメリカのチェース・マンハッタン・コーポレーション。頭取のデイビッドロックフェラーが、中国へ行き周恩来首相と握手する写真が、当時日本の新聞でも頻繁に取り上げられた。チェース・マンハッタン・コーポレーションはグローバルな銀行だと思っていたが、それは、Americanization of the Globeに乗った形の拡大だった。アメリカーニゼーションが縮むと、この銀行の世界展開も縮んだ。アメリカはいま本当の意味でのグローバリゼーションを身につけなければならないところに、中国が台頭して来た。Chinaization of the Globeになるのではないかと敏感になっている。米中双方がリアクティブに反応しているところが様々な面に影響している。サプライチェーンも同様だ。両国ともナショナリズムの影を引きずったグローバリゼションから脱却する努力をすべきだ。

 すでに述べたようにグローバリズムの補完概念はリージョナリズムだと思っている。リージョナリズムはグローバリズムとともに永遠に存在しているだろう。しかしナショナリズムはグローバリズムに対立するという意味で厄介な思想だ。中国がナショナリスティックに動き、それが国家干渉として出てくると皆は困惑する。中国政府はもうそろそろ干渉をやめた、と外に分からせた方がいい。しかし、アメリカの現政権がナショナリズムになっているので状況はややこしくなっている。

 日本も保護主義といわれ実際保護してきた。それを緩めたときに知財の国外流失につながった。当然中国の緩め方は簡単ではない。知的財産が一部の分野で優位に立ち始めた中国から流れ出て行く可能性がある。ある意味、皆同じ土俵に立ってしまった。中国が干渉しない、といえば様々な意味で世界的な安心感が出てくるだろう。

 ナショナリズムは対立的な主張だ。アメリカにいまある程度ナショナリズムが出ていることの理由は、産業が空洞化したからだ。トランプ大統領が登場した背景には製造業の落ち込みがあった。しかし、なぜうまくいった中国でナショナリズムが前面に出ているのか?

 横山恐らく自分たちへの自信、矜持の回復が、近年の予想以上の大きな成功によりオーバーに出てしまったのではないか。

 中国は2001年のWTO加盟後に急成長した。長い間苦労を重ねた後に成功して初めて自信を得た。しかし世界にはその自信が受け入れられない、という忸怩たる思い、反発だろうか。

 横山それはどこの国もそうだった。日本以前に、アメリカも同様だった。アメリカがアメリカらしくなったのは1950年代だ。アメリカが世界の債権国になったのは第一次世界大戦後1930年代で、それまでヨーロッパがあらゆる意味で世界のセンターだった。新興国のアメリカの人たちは皆ヨーロッパで勉強していた。美術も音楽も超高層建築もアメリカらしいものが出てきたのは1950年代。ノーベル賞受賞者数も膨れ上がった。当時ヨーロッパからアメリカはアグリーアメリカン(Ugly American)といわれた。日本は1980年の半ばごろアグリージャパニーズ(Ugly Japanese)といわれた。いまや中国がアグリーチャイニーズといわれそうになっている。

 世界に認められるのは時間がかかる。そこに、自分の特色と、世界が何を求めているのかを察知するセンスが必要となる。

 横山例えば、中国はデジタル化が強い。日本は文化的な伝統なのだろうが、アナログが強い。例えば、四季の移ろいに敏感だが、まったくアナログの世界だ。昨日まで夏で今日から秋というわけにはいかない。「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」という9世紀初頭の和歌がその典型だ。

 日本には日本のやり方があり、製造業に限っていえば、実は日本の生産性は向上している。問題は就業人口の70%を占めるサービス業だ。この生産性は長年停滞している。2000年頃、日本はサービス業に限ると生産性はアメリカの三分の二程度であった。毎年生産性を5%程度向上しても当時のアメリカに追いつくのに15年かかる計算だった。驚くことに20年経った今も状況はそれほど変わっていない。これらはリージョナリズムの問題だ。これら多くのサービス業はグローバルな競争にさらされていないということだ。伝統的なリージョナル発想の業態のままでいる。グローバリゼーションの補完概念として機能するとはどういうことかがまだよく分かっていないのだ。

 例えば、日本のサービスは良いと思われているが、それは「昭和のサービス」でしかない。時代遅れでしかなく、必ずしも顧客が喜んでいないことに気が付いていない。「悪い」サービスではないから、顧客は何もいわない。従って、自己満足になっていて、顧客が評価しているかどうかに敏感ではない。こういうことに中国で行われているデジタル化を採用すれば、生産性の向上で労働時間の短縮になるだけでなく、その浮いた時間で個別顧客が満足しているかということに目を向けるようになり、独りよがりのサービスに気が付くきっかけになるだろう。

 リージョナリズムとグローバリズムが並存していることが、互いを健全化させていく。これに対して、ナショナリズムを前面にした対立的主張は有害だ。

 横山新型コロナウイルスに関していえば都市、国境の封鎖となっていくと、国が干渉するという形になってきて、ナショナリズムが広がる契機にもなり得る。ただし、これは、いずれ収まると思う。技法の共有やサンプルサイズの拡大など各国が共同で対応したほうが効果的であることに気が付くからだ。特に、最も求められている治療薬やワクチンはどこの国から出てくるか予想はできない。そして、開発に成功した国は自国優先ではなく、グローバルな供給体制を早急に確立することを求められ、もし、開発資金の欠如があるのであればグローバルなファイナンス機能が活用できる。 

 

2.製造業の交流経済化

 周いま中国では、アメリカの製造業の自国回帰を推し進める政策について、様々議論を呼んでいる。サプライチェーンに関心をもつ経済学者として、私はトランプ大統領がこのような政策を打ち出さなくても、製造業の先進諸国へのある程度の回帰は発生すると思う。

 歴史的に見ると、サプライチェーンのグローバル化は農産物から始まった。古代の東西貿易の主なアイテムはシルクにしろ、胡椒、綿花、砂糖、茶にしろ、農産物をベースにしたものが多い。他の地域からこうした農産物を獲得することが大航海の原動力であった。その後、食のサプライチェーンはグローバル化の一途を辿った。

 私の故郷、湖南省は稲作文明の発祥地とされている。典型的な自給自足経済であった。ほぼすべての食品は自分で生産したか、あるいは周囲から調達したものであった。フードチェーンは短く、かつ可視であった。

 横山隋の煬帝が大運河で南のコメを北へ持っていこうとした。なぜ、気候も温暖で食料も豊かな南部ではなく、北部に首都を構えたのか私には理解できないが、結果的に、後世に素晴らしい物流ネットワークを残したのは良かったのだろう。

 中国の国土は、北は雨量が少なく、南へ行くに連れて湿潤になっていく。よってその国土は、北方に騎馬民族エリア、小麦をベースにした北部農耕地帯があり、そして南部には稲作地域が広がる。稲作は生産性が高く安定している故に自給自足経済になりがちだ。あまりにも豊かで、小さいエリアで小さい幸せに満足する(笑)。帝国的な軍事力にも政治力にも興味が湧かない。それに対して、北部は、天候に収穫が大きく左右される。騎馬民族の南下にも常に翻弄される。騎馬民族と混ざった軍事的なパワーが巨大化し、王朝交代の原動力になっていく。それゆえに、統一王朝の首都のほとんどは、北部に構えた。

 コメは北部になかったから元も明も清も、運河でコメを北へ運んでいた。新中国では鉄道を使った。私の幼い時は北から石炭を南へ、南からコメを北へ鉄道で運んでいたのをよく目にした。あまりにも北にコメを持って行かれたので、コメの産地湖南省も食糧難に陥ったことさえあった。

 しかし、いまや中国の南の人々も、日本と同様、全国から、さらには世界から食の調達をするようになった。フードチェーンそのものの可視化が不可能となり、追跡もできなくなった。

 日本も典型的な稲作文明で、農村の原風景は湖南省によく似ており自給自足の世界であった。しかし、いま日本の食料供給は、カロリーベースで60%以上を輸入に頼っている。

 横山一方、金額ベースでは輸入依存度は30%程度である。ということは、日本人は値段が高くてあまり栄養のないものを好んで食べているということだろうか。しかも、近年、1人当たりのカロリー摂取量は2,000キロカロリーを切った。OECD諸国では最低である。しかも、輸入食糧を含めて1人当たり、毎日500キロカロリー以上を捨てている。

 そのようなネガティブな面もあるのだが、全体として食のサプライチェーンのグローバル展開は、食の供給の効率を大幅に高めた。しかしこれは、小作農を主体とした日中両国の農村、農業、農民には大きな打撃となった。海外から非難を浴びながら、日本政府は農業の保護政策を続けてきた。1961年に施行された農業基本法も、生産性向上よりは直接的な農家保護に重点があった。それにもかかわらず、というか、生産性向上による競争力の強化がされないまま、日本の農業も輸入食品に圧迫され、大いに苦しんでいる。より深刻なのは、輸入食品の安全管理が困難を極めることである。

 近年、ネットの発達によって、日本では農家が直接消費者と取引するケースが増えてきた。戦後、農産品供給の規模化と効率化を推し進めてきた農協や、スーパーマーケットなどがスキップされる現象が起こっている。コロナ禍で、こうした傾向がさらに強まっている。

 横山スーパーマーケットによる契約農家の効率よい管理を基盤に、国の安全基準を満たし、見てくれのいい大量販売の作物よりも、契約農家が自分の家族に食べさせている作物がみてくれがわるくても、一番安全で味もいいことに消費者が気付き始めた。

 “つくり手が見える農業”は農業生産の上に、コミュニケーション、信頼、品質そして感性まで含まれている。これは農産品の付加価値を高めただけでなく、農業自体をさらに魅力的にしている。近年、農学部に進学する女子学生の割合が日本で増えてきた。まさしく若い人たちによる農業への回帰である。

 横山農業はシステムである。そのシステムがいま生産、加工、消費が連動し、様々な組み合わせで変わろうとしている。しかし、それを、「いわゆる第6次産業化が進んでいる」と捉えるべきではない。「第1次、第2次、第3次産業を一体化し第6次産業化して付加価値を生む」とは言葉だけで具体的な方法論がない。

 「産業」という伝統的な分類に固執せず、産業を横串を通した「社会システム」として発想すれば、付加価値創造の可能性が大量に見えてくる。第6次産業ではなく、食糧供給システムとして捉えるべきだ。現在の漁業もハンティングから「栽培」に変わらないと資源の維持管理ができない。そうなると農業も漁業も同じ食料供給システムという効率的でありかつ多様性を生かすプロセスに乗るのである。

 製造業の生産と消費においても同じ現象が起こっている。

 従来、製造業のサプライチェーンの中で、企業間の交易において、外に出さない、出せない暗黙知が多かった。暗黙知をシェアするため濃厚な企業関係が必要だった。企業間は長期的な協力関係や資本提携のもとに、ピラミッド的な世界をつくり上げた。IT革命が、デジタル化と標準化を進め、暗黙知の比重を大幅に下げてきた。これにより、企業間のやり取りに必要とされる時間、コストが減少した。さらにモジュール生産方式が、デザインルールを公開し、サプライチェーンにおける競争が世界規模で行われるようになった。よって、サプライチェーンは、暗黙知の束縛から解放され、地球規模での展開が可能となった。

 サプライチェーンにおける企業関係も従来の緊密なピラミッド型から、ネットワーク型へと変化した。これで途上国もグローバルサプライチェーンへの参加が可能となった。中国をはじめとする途上国の参入は、工業製品の価格を大幅に下げた。

 こうした暗黙知を最小限に抑えたグローバルサプライチェーンは、典型的な交易経済である。

 しかし時代は常に変化する。消費者は、低価格よりもますます感性、個性、そして生産者とのコミュニケーションを重視するようになってきた。これを可能にした背景には、モジュール生産方式が新たな段階に入ったことがある。

 モジュール生産方式は、非熟練労働者の組み立てなど工業生産活動への参加を可能にした。これは、製造業サプライチェーンの基礎であり、発展途上国の新工業化の前提条件であった。

 しかし、いまやモジュール生産方式が進化し、個性的なデザインと連動することが可能となり、多様化、個性化の少量生産が実現できた。消費者と、生産者とのコミュニケーションによって、個性と感性の豊かな製品が作られるようになった。

 横山モジュール対すり合わせの議論があり、日本はすり合わせが得意ということになっている。まさにデジタル対アナログの議論と似ている。しかし、実は歴史的にみると、日本はモジュール生産方式が発達している。例えば、日本の在来工法による住宅はモジュールで出来ている。木割りという伝統的な基準がある。例えば、部屋の広さは三尺対六尺が基本モジュールだ。部屋の内法はどの住宅でも同じになるように部材の寸法が決まっている。従って、畳はどこで誰が作ってもピタッとハマるようになる。住宅というモジュールがあったから、畳だけを専門的に作る。従って、技術に習熟した職人が存在し、住宅の質の維持向上に貢献した。

 自動車の個性的な注文と流れ作業との組み合わせを、いち早く実現させたのも日本のメーカーだった。いわゆるマス・カスタマイゼーションの実現だ。

 横山製造業に関してトランプ大統領は、サプライチェーンがシステムとして出来上がっていることがわかっていないと思う。他所にあったものをアメリカに持って行ってもすぐ動くわけはない。サプライチェーンはエコシステムとして有機的に連携したシステムとして時間をかけて組み立てられている。一朝一夕にはでき上らない。

 未来の製造業はこのように想像できる。一方で、半導体チップやセンサーなどコアモジュールはこれまで同様、グローバル的な供給となるだろう。日米の企業は現在、これらの分野で高い優位性を誇っている。他方で、一部の最終製品生産者は、これらのモジュールやディバイスをベースに、ユーザーとコミュニケーションを重ね、個性のある商品を提供するよう進化する。暗黙知を最小化してきた旧来のグローバルサプライチェーンは、ここにきてコミュニケーションを重視する方向へ付加価値を高めるようシフトすれば、これは先端製造業の交易経済から交流経済への転換である。

 横山西山浩平というマッキンゼーの後輩がいて、「エレファントデザイン」という企業を興し、消費者参加型の商品化コミュニティサイト「空想生活」を作った。例えば、こんな電子レンジが欲しいという意見を消費者から集め、コーデネートして、いいなと多くの参加者が思うスペックを導き出し、欲しい人の数がメーカーが受けることのできるロットサイズに達すると、製造を依頼する。大きくは伸びていないが30年くらい続けている。

 消費と生産がやり取りするような現場が増えていくだろう。特に若い人たちの消費パターンをみると個性、感性を求めている。これを満足させるためには大量生産の画一規格では収まらない。

 日本のサービス産業は効率が悪いといわれるが、効率が価値であると同時にわがままも1つの価値だ。サービス業も農業も製造業もそういう時代になってくる。

 横山値段の高い寿司屋のようなものだ。日本では、効率も生産性も悪そうだがやっていくという分野がある。それは一種のリージョナリズムだ。そのような効率の悪いサービスが成り立つだけの価格付けをするから生産性がひどく悪いわけではないし、価値を評価してその高い価格に対してお金を払ってくれる顧客がいるから存在できる。そのような寿司屋を評価して日本に来たら寄ってくれる外国からの顧客もできる。リージョナルだからグローバルになるという逆説だ。

 その意味では、目下製造業の先進国への回帰は、その一部分は消費者へより近づく市場への回帰だ。製造業最終製品の生産はますます個性化、ローカル化が進むだろう。トランプ大統領の呼び戻し政策がなくても新型コロナウイルスショックがなくても、こうした製造業の回帰は起こる。これは、製造業が交易経済から交流経済へと進化する流れの一環だ。

 横山中国でも製造コスト、人件費が上がり、生産ロケーションとしての旨味がなくなっている。超ハイテク部分は、ロケーションが重要ではなくなってきている。半導体製造の最先端では「Copy exactly」が最重要になっている。基幹工場の製造プロセスと隅から隅まで全く同じプロセスを持った工場であることが大事で、そうでないと歩留まりなどの生産性が落ちるのだ。それだけでなく、何故そうなるのかを見つけるのも大変なのだ。その作業を省く意味がある。従って、それが世界のどこにあるかは二次的な要素になってきている。そういう意味からもここ数年のうちにアメリカや日本に帰ってくるものもあるだろう。

 2000年から2018年までに、上海の平均賃金は9.3倍に、蘇州、広州はそれぞれ8倍、6.3倍に跳ね上がった。2000年の時点ですでに比較的高かった深圳の平均賃金も、4.8倍になった。安い賃金をベースとした、従来の製造業発展パターンは中国では難しくなった。

 一方、「世界の工場」とはいえ、半導体は輸入に頼っている。中国では現在、半導体輸入の金額が石油輸入のそれを超えている。目下、米中貿易摩擦の焦点の1つは、アメリカが最先端のチップを華為(ファーウェイ)など中国のハイテク企業には売らないと迫ってきていることにある。

 半導体の生産はますます限られた企業しかできなくなり、これはグローバル的調達でずっと行く。

 横山ハイテックの分野では製造現場での人件費よりも、研究開発や設備投資のコストをコントロールすることが重要になってきている。自然な流れとして製造設備の固定費を持たないで研究開発と設計に特化するファブレスが出現した。

 台湾の台積電(TSMC)は世界で初めて、半導体の設計と生産を切り離し、生産だけに専念した。いまやいわゆるファウンドリチップ最大手となった。それによって工場を持たない半導体設計に特化したファブレスが開花できた。

 ファーウェイの子会社、海思半導体(ハイシリコン)が、なかなかいいチップを開発している。設計に特化し、生産はTSMCに委託している。今度、アメリカはこの両者の受託関係にもストップをかけてきたので、ファーウエイはピンチに追い込まれている。

 横山ノンデジタルな技術の大切さも重視しなければならない。例えば光学系だ。レンズはデジタル化がやりにくい。アナログとデジタルの境目にある。ソニーはその強みを自覚し、自分たちの強いことをやろうと決断したようだ。デジカメやスマホのカメラに使われるイメージセンサーでは50%以上のシェアを持っている。

 デバイスを作っている会社はグローバル的にサプライするだろう。最近、私はオゾンの殺菌能力に着目し、オゾンによる「3密問題」解消を提唱している。低濃度のオゾンでも、十分な不活化力がある。ただし、濃度が高くなると、不快感を生じることもある。そのため有人環境でのオゾン利用には、濃度をコントロールするセンサーが必要だ。中国の遠大科技集団(BROAD Group)の張躍社長に高精度かつ安価なオゾンセンサーの開発をしつこく迫っているところだ。これができれば、大型エアコンメーカーの遠大も世界的なデバイスメーカーに変身できるだろう。

 横山日本であれば村田製作所のコンデンサーがある。非常に小さな素子でPCやスマホに大量に使われるがその分野における市場シェアは、世界一だ。

3. 世界への理解と個性の主張

 自動車も電気自動車になった途端に、デザイン性が要になった。デザイン性が時代を引っ張る。

 横山自動車でいえば目に見えるボディのスタイルだけではない。昔からあるのは、ドアを閉めた時のボンという、安物感のない良い音がすることが1つのデザイン要素だった。音の良さが販売に影響した。1970年代になると、自動車のエンジンの音をデザインできるようになった。1960年代まではエンジン音も何故か各々国によって違っていて、イギリス、アメリカ、ドイツ車をエンジン音でわかることができた。それがいまはわからなくなった。特徴があるのはフェラーリーのクォーンという音くらい。

 最近出ているSUVのデザインの軸は、運転席のビューポイントの高さだ。視点の高さは自動車の性能とは関係がないが、視野が広く運転しやすいと感じるのか消費者がそれを選ぶ。目に見える部分と見えない部分の総合的なデザイン能力が問われるようになった。電気自動車がリチウム電池の進歩で現実的になったとき、電気モーターの自動車は内燃機関の自動車より部品も少なく簡単だからある意味誰でもできると思った時期がある。多くの中国の起業家も参入した。しかし、電気自動車はゴルフ場のカートよりはもっと複雑であった。テスラは、このデザイン問題をちゃんと見抜き、アメリカの自動車企業が落ち目になった時に自動車つくりの経験豊富なエンジニアを数多く採用したことが成功している理由の1つである。 

 これからの製造業は相当変わる。感性があり文化的特徴があり個性やこだわりのある製品が出れば、もっと楽しい世界になる

 横山イタリア人は座るための家具を作るのが上手で、とても座り心地の良いソファを作る。長年積み重ねてきた歴史の厚みを簡単なひじ掛けイスやソファに感じる。例えばドイツ人がイタリア人よりいいソファを作ろうと思わなくていい。文化的な積み重ねが違うからだ。ドイツ人は別の意味で魅力的な家具を作ることができる。グローバリズムとは単調で一様な世界ではなくそういう多様なリージョナリズムの集合なのであり、豊かな世界になりうるのである。

 私の家の椅子は、すべてイタリアの友人の著名な建築家マリオ・ベリーニの作品だ(笑)。

 もとは欧州の得意分野だったものだが、最近日本のメーカーが評判になるケースが増えてきた。例えば白ワイン、ウイスキー、チョコレートなどだ。日本の理工系女子学生の就職企業人気ランキングにも食品関連が多くなった。感性豊かな女性が入ることで、文化的・感性的にさらに伸びていく。

 横山日本はフランスより優れたワインをつくる努力をするのではなく、和食に合うワインを作ることが大事だという考え方が出てきた。山梨や長野のワイナリーは実際、そのようなワインづくりを試行錯誤し、最近はなかなか優れた品質に達している。

 友人の有賀雄二氏の勝沼醸造では、和食に合う素晴らしい白ワインを作っている。国際的にも様々受賞している。

 横山和食は醤油をはじめとしてアミノ酸発酵食品が多く日本酒が合うが、ワインは乳酸発酵食品、例えばチーズなどに合うという常識がある。しかし、そのような常識を乗り越え始めた。そういうアナログな感覚が重要な分野では女性の精妙な感性と粘り強さは当然役に立つ。チョコレートも伝統的な世界を抜け出し多種多様な新しい展開を始めたようだ。

 キャベツのようなありふれたものも数百種類のバラエティがあり、日本食に最適な使い方もある。とんかつと一緒に出てくる生キャベツの千切りとか、広島風お好み焼きのキャベツとか、独特の種類が使われている。こういうリージョナルな展開もかえってキャベツの多様性と食のグローバルな発見や認知につながるかもしれない。このようにして各々の地域で得意なことをやって伸びればいい。そして、グローバルな展開との補完関係を見つけることになるだろう。

 国際間で人の往来が猛烈に増えてきた。世界の国際観光客数は、30年前は4億人だったのに対して、2018年に14億人に膨らんだ。日本もこの流れで海外からの観光客が急激に増えてきた。これがコロナショックでパタリと止まった。

 横山ツーリズムの世界は人の流動性が高いが、短期的であり外界の状況ですぐに増えたり減ったりする。ビジネスや、学問の世界の流動性はもっと安定的であって、傾向として今後も増加していく。今回の騒動がある程度鎮静化すれば、人の行き来は回復し増加軌道に乗るだろう。人数的に大きくないかもしれないが、アーティザン(職人)やプロフェッショナルの世界的移動は常に起こっている。職人やプロフェショナルの世界では伝統的にアプレンティス(見習い)としてキャリアがはじまり、その後ジャーニーマンになって幅広く経験し、マスターになる。レオナルド・ダ・ヴィンチもジャーニーマンとしてヨーロッパを旅した。このジャーニーマンのステージのプロフェッショナルや研究者の移動が増えるだろうと私は思っている。建築家は世界を回って技を磨くというのが普通になっていると言ってもいい。今後は医療やハイテックの人材、そして、金融関係の人材がもっと流動的になっていくと思う。

 食の世界も多い。例えばシェフだ。

 横山食の世界はまさにジャーニーマンであることは修業の最も重要なフェーズであり、普通に行われている世界だ。「流れ板」という言葉が日本にある。ある店に入って丁稚奉公やって、包丁が使えるようになり、お澄ましの味をみることができるようになると一人前であり、日本中を旅して様々な店に雇ってもらう。これが流れ板だ。10年程度そうやって修業して、多くは故郷に帰って自分の店をもつ。

 私の友人の子でシェフになった人が何人もいる。トップクラスのシェフに上り詰めた人もいる。彼らの父親は大学教授や、上場企業の社長もいる。

 横山シェフは今世界中を動いている。それを通じて、ある種の食のフュージョンは起きていくだろう。しかし、完全な合体はできないし、それが意味のないことはここ数十年で経験した。フランス料理はフランス料理、日本料理は日本料理であることは変わりないだろう。優秀なシェフはこれまで以上にグローバルな経験をしたうえでリージョナルな料理を守り発展させていくだろう。これはまさにグローバリゼーションとリージョナリゼーションが補完関係にあるという例であろう。

 その意味では漢方薬が西洋にまだ受け入れられないのは、相手が理解できる言葉で語っていないからだ。世界を理解する、そして世界に理解してもらう努力を同時にしなければならない。

 横山これもグローバリゼーションとリージョナリゼーションが補完関係にあるという例になりうるだろう。薬の機能の要素還元的手法による研究開発を通じて西洋医薬はグローバルな普遍性を獲得した。一方、漢方医薬は複雑なシステムの統合体である人間の体のシステム・バランスに作用するのが得意だ。

 すなわち、西洋の医薬はピンポイント・メディシンであり、漢方医薬はシステム・メディシンだといってもいいだろう。当然、お互いは補完関係にあるのであり、今後はそういう展開をしていくのではないか。

 

『中国都市総合発展指標』日本語版出版記念パーティにて、右から、周牧之、大西隆・豊橋技術科学大学学長、横山禎徳、竹岡倫示・日本経済新聞社専務執行役員(2018年7月19日、肩書きは当時)

中国網日本語版(チャイナネット)」2020年7月22日