【ランキング】中国都市総合発展指標2024:青島・東莞・福州など二線都市が独自の強みを発揮

雲河都市研究院

■ 編集ノート:中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院が共同で開発した「中国都市総合発展指標2016」の公表以来、雲河都市研究院は中国の297都市 を、経済・社会・環境という三つの軸で、包括的に評価してきた。このほど、9年目となる2024年度「中国都市総合発展指標」を発表、中国都市発展の成果と課題を多角的に分析し、今後を展望した。本稿は「中国都市総合発展指標2024」発表の第3弾として、多数の指標ランキングを示し、二線都市の発展特性を分析した。

左から、《中国都市総合発展指標2022》、《中国都市総合発展指標2023》、《中国都市総合発展指標2024》

■ 中国都市の経済規模は一国を超越


 「中国都市総合発展指標」(以下、「指標」)では、経済、社会、環境の3つの大項目偏差値の合計300を基準とし、偏差値200以上を一線都市と定義している。
 例年と同様に、「中国都市総合発展指標2024」では、北京、上海、深圳、広州の4都市が引き続き一線都市にランクインした。
 偏差値175以上200未満の準一線都市は、杭州、成都、重慶、南京、武漢、蘇州、天津、西安、厦門、寧波、長沙の11都市となった。
 偏差値150以上175未満の二線都市は68都市、偏差値150未満の三線都市は214都市を数える。

 二線都市は中国の社会経済を支える中核的な存在であり、青島、東莞、福州、鄭州、無錫、済南、合肥、仏山、珠海、昆明、瀋陽、海口、貴陽、大連、泉州、南昌、温州、南寧、三亜、常州といった二線都市の上位20都市の顔ぶれからも、その総合的な実力の高さが明らかである。

 2024年世界の国・地域別経済規模ランキングで見た場合、上海のGDPは第21位のポーランド一国の経済規模に相当する。北京は第23位のベルギーに、深圳は第32位のノルウェーに、広州は第36位のデンマークのそれぞれ一国の経済規模を上回る。
 一線都市や準一線都市が一国に匹敵する経済規模を持つだけでなく、二線都市も相当な経済規模に達している。例えば、二線都市のトップとしての青島のGDPは、世界第56位のハンガリーとほぼ同水準であり、同じく二線都市の最下位のオルドスでさえ、世界第78位のコートジボワールを上回る。
 東京経済大学の周牧之教授は、「数多くの中国都市の経済規模が、世界の国・地域別ランキングでトップ20の国に相当するのはもはや時間の問題だ。経済規模にとどまらず、国際貿易、企業競争力、科学技術、文化・芸術など各分野で、中国都市の国際的影響力は急激に拡大している」と指摘する。

城市分类_CICI2024

■ 製造業スーパーシティが二線都市に集中


 一人当たりGDPから68の二線都市を見ると、最高水準のオルドスは全国平均の約3倍に達する一方、最低水準の桂林は全国平均の約半分にとどまる。石炭を中心とする資源開発で潤うオルドスと世界に名を馳せる観光地の桂林の両都市の間には、約6倍の開きがある。このことから、経済、社会、環境の総合ランキングで同じ高偏差値帯で位置する都市であっても、二線都市は各々異なる分野で競争力を発揮していることが分かる。すなわち、二線都市は総括することが難しく、各都市が独自の強みを発揮している。
 二線都市の分布状況を見ると、「第13次五カ年計画」において計画された19のメガロポリスのうち、京津冀に1都市、長江デルタに15都市、長江中遊に4都市、珠江デルタに7都市、北部湾に7都市、山東半島に5都市、粤閩浙沿海に13都市、中原に2都市、滇中に1都市、哈長に2都市、呼包鄂楡に1都市、蘭州―西寧に1都市、遼中南に2都市、黔中に2都市、山西中部に1都市、天山北坡に1都市が位置している。
 沿海部のメガロポリスに属する二線都市は49都市に達し、二線都市全体の72%を占めている。
 常住人口の分布を見ると、一線都市4都市の全国シェアは5.9%、準一線都市11都市は11.0%、二線都市68都市は27.9%、三線都市214都市は49.3%となっている。全国の常住人口規模ランキングトップ3都市は、重慶、上海、北京である。二線都市では、鄭州、石家荘、東莞がそれぞれ同ランキングの第10位、第13位、第16位に位置している。
 GDPの分布では、一線都市が全国の12.7%、準一線都市が16.1%、二線都市が32.5%、三線都市が34.4%を占めている。全国GDPランキングトップ3都市は、上海、北京、深圳である。二線都市は、青島、無錫、鄭州が各々第13位、第14位、第16位に入っている。
 輸出総額を見ると、一線都市の全国シェアは23.3%、準一線都市は24.1%、二線都市は36.3%、三線都市は11.6%である。全国輸出額ランキングトップ3都市は、深圳、上海、蘇州である。二線都市の東莞、金華、無錫はそれぞれ第5位、第6位、第11位に位置し、全国輸出トップ10都市のうち二線都市が2都市を占めている。
 製造業就業者数の分布では、一線都市が全国の7.7%、準一線都市が14.7%、二線都市が36.4%、三線都市が31.1%を占めている。全国の製造業就業者数ランキングトップ3都市は、東莞、深圳、蘇州である。二線都市の東莞が首位に立ち、仏山、無錫、温州がそれぞれ第5位、第8位、第10位に入っている。全国製造業就業者数トップ10都市のうち、二線都市は4都市を占めている。
 周教授は「全体として見ると、68の二線都市は中国人口の約3割を抱え、全国GDPの3割強を創出し、人口とGDPの全国に占める割合は概ね均衡している。二線都市は全国の製造業就業者数の約4割、輸出総額の約4割を占め、極めて強い製造業基盤を持つ。二線都市の7割以上が沿海地域に分布していることからも、この点は明らかである」
 「一方で、二線都市の中には、三亜、ラサ、桂林、黄山のように文化・観光を特色とする都市もあり、またオルドスのような資源型都市も含まれている」と特徴付けた。

メガロポリス比較分析 雲河都市研究院

■ 高時価総額企業は一線都市に高度に集中


 香港、上海、深圳、北京の4大メインボード上場企業数を見ると、一線都市が31.3%、準一線都市が20.7%、二線都市が33.9%、三線都市が14.0%を占めている。全国のメインボード上場企業数ランキングトップ3都市は、北京、上海、深圳である。二線都市では、無錫、嘉興、紹興がそれぞれ第9位、第13位、第14位に位置している。
 全国の時価総額トップ100社の企業数を見ると、一線都市が67%、準一線都市が12%、二線都市が15%、三線都市が6%を占めている。全国の同ランキングトップ3都市は、北京、深圳、上海である。二線都市では、仏山が第6位、無錫、青島、合肥が揃って第8位となっている。
 全国の時価総額トップ100社の時価総額合計を見ると、一線都市が74.9%、準一線都市が8.0%、二線都市が13.8%、三線都市が3.3%を占めている。全国の同ランキングトップ3都市は、北京、深圳、上海である。二線都市では、遵義、寧徳、仏山がそれぞれ第5位、第6位、第7位に位置している。
 ユニコーン企業数では、一線都市が58.9%、準一線都市が22.2%、二線都市が15.2%、三線都市が3.8%を占めている。全国のユニコーン企業数ランキングトップ3都市は、北京、上海、深圳である。二線都市では、青島、合肥、無錫が並んで第10位となっている。
 ユニコーン企業の評価額総額では、一線都市が65.6%、準一線都市が18.4%、二線都市が13.3%、三線都市が2.7%を占めている。全国のユニコーン企業の評価額総額ランキングトップ3都市は、北京、上海、深圳である。二線都市では、東莞、無錫、常州がそれぞれ第6位、第7位、第10位に位置している。
 周教授は「二線都市は全国のメインボード上場企業数の約3分の1を占めているものの、時価総額トップ100企業の時価総額合計およびユニコーン企業の評価額合計における全国シェアはいずれも13%強にとどまっている。これに対し、一線都市は時価総額トップ100企業の時価総額合計で全国の約4分の3、ユニコーン企業の評価額合計で約3分の2を占め、高時価総額企業は一線都市に高度に集中している」と指摘している。

■ 莫大な研究開発投資が製造業スーパーシティの支えに


 PCT特許出願数を見ると、一線都市の全国シェアは52.7%、準一線都市は17.2%、二線都市は22.9%、三線都市は3.8%である。全国のPCT出願数ランキングトップ3都市は、深圳、北京、上海である。二線都市では、東莞、寧徳、仏山がそれぞれ第4位、第7位、第11位に位置し、製造業で知られる二線都市2都市が上位10位に入っている。

 「ネイチャー・インデックス」世界研究機関トップ500を見ると、一線都市が28.3%、準一線都市が36.2%、二線都市が32.6%、三線都市が2.9%を占めている。全国ランキングトップ3都市は、北京、南京、上海である。二線都市では、合肥、青島、済南がそれぞれ第7位、第9位、第11位に位置し、二線都市2都市がトップ10入りを果たしている。
 各研究分野で論文引用数上位1%に入る高被引用研究者を見ると、一線都市が52.9%、準一線都市が32.1%、二線都市が13.5%、三線都市が1.5%を占めている。全国ランキングトップ3都市は、北京、上海、南京である。二線都市では、合肥、ハルビン、大連がそれぞれ第9位、第14位、第15位に位置している。
 科学研究・技術サービス業の就業者数を見ると、一線都市が19.6%、準一線都市が22.5%、二線都市が31.4%、三線都市が19.5%を占めている。全国ランキングトップ3都市は、北京、上海、深圳である。二線都市では、鄭州、済南、青島がそれぞれ第8位、第15位、第16位に入っている。
 周教授は「二線都市は、全国の約3分の1に相当する研究者・技術者数及び『ネイチャー・インデックス』世界研究機関数トップ500を有しながら、全国の2割強のPCT出願数と1割強の高被引用研究者を生み出している。効率面では一線都市や準一線都市に及ばないものの、こうした膨大な研究開発投資こそが、二線の製造業スーパーシティの発展を力強く支えている」と述べている。
 明暁東中国国家発展改革委員会発展戦略計画司元一級巡視員・駐日中国大使館元公使参事官は「『指標』第3篇は、これまで以上に精彩を放っている。全編を通じて詳細なデータを根拠とし、中国都市の階層とポジショニングを明確に示し、中国都市発展の構造的特徴を的確に描き出している。これは、中国の都市化と産業発展を理解する上で、極めて重要な参考資料である」
 「例えば、経済規模から見ると、中国都市の経済規模は、すでに一国のGDPに匹敵する水準に達している。一線都市、準一線都市、二線都市はいずれも、世界各国GDPランキングにおいて上位80位以内に位置する規模を有し、中国都市の経済的ポテンシャルの高さを際立たせている。これは、中国都市が世界経済の中で占める比重の高まりを示している」
 「都市構造の観点では、二線都市がすでに中国製造業の中核的担い手となっている。産業発展において、二線都市は中国製造業および対外貿易の骨格を成し、空間配置の面でも二線都市の分布は中国製造業の『沿海部への集積』という現実的特徴と合致している」
 「一方で、質の高い資本およびイノベーション資源は一線都市に高度に集中している。これは、金融、イノベーション、人材といった分野における一線都市の優位性を反映する。と同時に、二線都市が一定の産業基盤を有しながらも、高付加価値・高成長企業の育成では、なお一線都市との間に明確な格差があることを浮き彫りにしている」
 「しかし、イノベーション投資の観点から見れば、投入規模そのものが産業発展を強力に下支えしている。まさにこの膨大な研究開発投資こそが、二線都市が中国製造業発展において重要な地位を占めることを可能にしており、二線都市は中国経済の新たな重要な原動力へと着実に成長している」と評価している。

『中国都市総合発展指標2023』発表会にてディスカッションを行う、周牧之・東京経済大学教授、楊偉民・中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、邱暁華・中国国家統計局元局長、李国平・北京大学首都発展研究院院長(左から)。
『中国都市総合発展指標2023』発表会にてディスカッションを行う、周牧之・東京経済大学教授、楊偉民・中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、邱暁華・中国国家統計局元局長、李国平・北京大学首都発展研究院院長(左から)。

【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅴ): AI時代のNTTグループ再統合の行方

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年11月6日、NTTデータグループ元社長の岩本敏男氏を迎え、「デジタル技術の本質」をテーマに対談した。
 対談の最終回は、AI時代におけるNTTグループの再統合の戦略について、議論した。

(※前回記事【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅳ)はこちらから

岩本敏男
2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏

■ グローバル競争で日本企業が勝ち抜くために


周牧之:2025年5月にNTTは、NTTデータグループに対して株式公開買い付け(TOB)を実施し、完全子会社化することを正式に発表した。NTTデータは同9月30日にNTTの完全子会社となった。なぜ成長が鈍化しているNTTが成長を続けるNTTデータを吸収するのか。現在すでに両社の経営のロジックはまったく違うものになっているにも関わらず。伸び悩んでいるドメスティックなインフラ企業がグローバルに快進し続けるテックカンパニーの指揮権を取ってしまいかねない。その方程式の勝算はどこにあるのか?

岩本敏男:私は電電公社にいたので、その後の変化、例えばドコモの分社化や東西分割についてもよく知っている。ただ、当時の幹部たちは皆、同じ電電公社に入った仲間で、今でも時々集まって話をしている。そういう意味では、「元のさやに戻った」と言えば、それまでかもしれない。

周:つまりNTTがドコモやNTTデータを再統合するのは、強い仲間意識が働いたところがあるようだ。

岩本:土光臨調の時代には、合理化のために国の仕事はできるだけ民営化すべきだ、国がやるより民間に任せた方がよい、という考え方があった。これは一理あるし、決して否定するものではない。
 ただ、当時のNTTデータはまだ赤字で、ホールディングのNTTから切り離されたと言えなくもない。メディアからは、「電話料金でコンピュータ事業の赤字を補填しているのはおかしい」という厳しい批判もあった。そうした状況を乗り越える中で、NTTグループは最初に大きく分割されることになった。
 背景には、NTTがあまりにも強く、通信回線を事実上独占していたため競争原理を働かせるには力を弱める必要がある、という考えがあった。そのために分割したこと自体は理解できる。ただ、国鉄と違い、電気通信やコンピュータの世界は、1秒間に地球を7周半もするスピードの世界だ。そんな分野を、日本という小さな国の中だけで分ける意味があるのかと、当時から疑問に感じていた。
 今では総務省を含め、多くの人が、日本が成長するための競争相手は国内ではなく海外にいる、という点を理解している。例えば私が社長になった当時、コンピュータ事業では「グローバルトップ5に入ろう」と掲げていた。その頃の代表的な競争相手はIBMだったが、今では当時の面影はない。アクセンチュアもあったが、現在はGoogleのように、まったく異なる領域から伸びてきた企業がトップクラスにいる。NTTデータも、ようやくトップ5前後の位置に来た。
 これからの日本企業は、グローバルな競争の中で競争相手が何をしているのかを見極め、自分たちのコア・コンピタンスは何かを本気で考えなければ、うまくいかないと思う。
そういう意味で、日本製鉄によるUSスチールの買収は、大きな決断だったと感じている。方法論には問題があり、アメリカの労働組合の対応など、もう少し工夫があればよりスムーズに進んだはずだ。それでも、大きなリスクを承知の上で挑戦した判断自体は評価すべきだ。

周:日本で銀行の平成の大合併の時、海外と競争するためにもっと体力をつけようとの理屈が強く働いた。結局、合併後の日本の銀行のパフォーマンスは芳しくなかった。大合併前の平成元年、5つの日本の銀行は世界企業時価総額ランキングトップ10に入っていた。しかし、いま同トップ50位内に日本の銀行は一つも入っていない。大きくなったとしても必ずしも国際競争に勝てるわけではない。企業の体質そして経営ロジックの方がより問われる。

NTTデータ 岩本敏男

■ AI時代にNTTグループの再統合が目指すもの


周: 岩本さんがお話しされた、海外でのM&Aを成功させた理由の一つは、各地域にCEOを置き、現地で判断できる体制をつくったことだと思う。今の時代は、その場その場で迅速にジャッジできる人材が不可欠だ。そうした人を採用し、権限を与えていくことが極めて重要だ。
 とくに大手企業にとっては経営環境が急速に変わるIT時代に、現場に自由度がなければ適切な判断はなかなかできない。そういう意味で、NTTデータがNTTから分社され、自由に事業を展開できたこと、そして岩本さんのようにオーナーシップと想像力、判断力を持つ社長がいたことは、大きな強みだったと思う。
 一方で、今回のNTT再統合については少し不思議に感じている。ドコモは外に出してうまくやって大きくなった。NTTデータも十分に成果を上げている。しかし、それを再び統合する必要があるのかが、正直なところ見えてこない。

岩本:周先生のご指摘は、非常に的を射た質問だと思う。私は電電公社に入ってから約50年間、さまざまな変化を見てきた。NTTが分社化してきた理由の一つは、あまりにも強大な電電公社という組織が存在すると競争が生まれず、社会が発展しないと考えられたからだ。そのため、組織を分け、競争原理を働かせようとした。この考え自体は間違っていなかったと思う。
 ただし、当時と今とでは決定的に違う点がある。それは「競争相手がまったく変わった」ということだ。私はすでにNTTグループを離れているが、外から見ていても、いわゆる通信キャリアだけのビジネスでは、もはや世界と戦えない時代になっている。5Gの次には6Gがあるが、これは中国のファーウェイを含め、エリクソンなど世界中の企業が取り組んでいる。日本企業だけが圧倒的に優位な分野は、正直ほとんどない。
 かつて光ファイバーの時代には、アメリカのコーニング(Corning)に加え、住友電工など日本企業が強みを持っていた。しかし現在では、完全なコモディティとは言えないまでも、状況はかなり均質化している。単なる通信キャリアの世界で、NTTグループが世界と競争できるかというと、もはや違うフェーズに入っていると思う。
 国内を見ても、携帯電話事業はNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの三社が競争しており、ドコモのシェアは依然30%台あるものの、下落傾向にある。営業利益も落ちており、NTTグループにとって「ドコモをどうするか」は大きな課題だ。キャリア事業がすぐになくなるわけではないが、成長の中心になるとは言いにくい。
 これから伸びるのは、AIを含む、いわば「上部構造」の領域だ。その分野で長年グローバルに事業を展開してきたのがNTTデータであり、今後NTTグループを牽引する存在は、必然的にNTTデータがその中核を担うことになると展望している。
 NTTグループの現社長の島田も、データ系の事業に関わってきた人物で、その前の澤田社長、さらに鵜浦社長の時代から、「これからはNTTデータがグループを引っ張らざるを得ない」という認識は共有されていた。その実現方法として、統合以外にも選択肢はあったかもしれないが、最も分かりやすい論理として一本化を選んだのだろう、というのが私の見方だ。

周:まず、NTTデータの経営ロジックが合併後にも貫いていけるかが鍵だ。さらに、成長事業のNTTデータがNTTグループを牽引する存在になれれば、NTT再統合は成功につながる。

祝辞を述べる島田明日本電信電話副社長
2018年7月19日、『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティにて、祝辞を述べる島田明日本電信電話副社長(肩書当時)

■ 思考ロジックギャップへの懸念


周:しかし私自身の経験から言えばまだ少し懸念が残る。私が若いとき中国機械工業部(省)で宝山製鉄所などのプロジェクトを担当するときに、一番話が通じないのは隣の部局の皆さんだった。オートメーションシステムに関わる自分たちと、高炉などの設備を作る重機械を担当する部局の人たちとは話しが合わなかった。彼らはすべて重量ベースで考え、「何トンの設備をいくらで売るか」の世界だ。こちらは重量ではなくコンピューティング力だ。だからなかなか議論が噛み合わなかった。
 通信とコンピューティング、AIとは実はかなり違う世界だ。AIを理解できない人たちが資本や組織の論理で支配権を持つと、NTTデータにとって良い方向になるのかどうか?あくまで傍観者としての立場からだが、やや心配している。

岩本:周先生のご懸念はもっともだと思う。ただ、現在NTTの経営を担っているメンバーと、NTTデータのメンバーの間では、かなり前から自由に意見を言い合えるカルチャーがある。これは私の時代から続くNTTデータの良さでもある。発言できないような損得勘定に縛られた空気はほとんどなく、比較的、率直に好きなことを言える環境があった。その点は、あまり心配していない。
 一方で、私は「資本の論理」は非常に重要だと考えている。仮にNTTデータ、通信事業、ドコモ、研究開発部門など、それぞれに役割の違いがあったとしても、現在の資本構成を見ると、NTTのホールディングカンパニーは純粋持株会社であり、事業そのものは行っていない。実際の事業や研究開発は、各グループ会社が担っている。
 その意味では、ホールディングスが資本と組織のメカニズムを設計する役割を果たすこと自体は、理にかなっているとも言える。本当の意味での主流や方向性がどこに置かれるのかは、今後の人事や組織再編の中で徐々に見えてくるはずで、私はそこに期待している、というのが率直な考えだ。

■ スターリンクの脅威とデータセンター先行の強み


周:実はスペースXによるスターリンクの通信サービスは、すでに無視できない存在になっている。イーロン・マスクによる衛星を使う通信サービスだ。これが現実のものとなった。これまでのNTTの伝統的な通信基盤に大きな打撃を与える可能性がある。中国のようにこのサービスを国内で「使わない」と割り切れる国とは違い日本はそうはいかない。アメリカ発の衛星通信の時代、どう対応するのか。これは避けて通れない、非常に大きな問題だ。今年6月、NTTドコモ元代表副社長の鈴木さんがゲスト講義に来られた際にもこの話題になった(【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅰ): 通信の世紀、サイバーの時代 を参照)。なかなか簡単に答えが出る問題ではない。NTTグループが独自にスターリンクのような衛星通信網を構築する、といった選択肢も現実的ではない。しかし、スターリンクの衛星通信サービスの携帯電話ユーザーへの普及は確実に進み、しかも想像以上に早い。価格がどんどん下がり、安定性も益々向上している。ケーブルと基地局をベースにした通信網の時代とはまったく違う絵になってきた。
 こうした激変の時代の中で、私が本当にすごいと思うのは、NTTデータがデータセンター事業に非常に早い段階から取り組んできた点だ。しかもグローバルのデータセンター市場で世界3位にまで成長している。まさにAI時代を見据え、先に進んで待っているような経営判断ができていたのではないか。その点は高く評価すべきで、ぜひそのあたりの話も伺いたい。

岩本:結果として偶然そうなった面も、もちろんあるかもしれない。ただ、NTTデータ自身の立場から言えば、お客様に良いサービスを提供するにはデータセンターを自前で持つ必要があると最初から考えていた。実際に持てばどんな技術が必要になるのか、さまざまな要素が不可欠になることも当初から想定していた。
 これは非常に大きな強みだ。ただ、周先生とは少し違う言い方になるが、データセンタービジネスは本質的には「不動産ビジネス」だと考えた方が分かりやすい。もちろん中身には高度なテクノロジーが詰まっているが、ビジネスモデルとしては資産の流動化(オフバランス化)を伴う、典型的な不動産ビジネスモデルだ。
 一方で、私たちが長年取り組んできたのは、企業でも個人でも、お客様の要望に応じてコンピュータやAIを活用し、業務を改善したり、新しいサービスを生み出したりすることだった。つまり、プロジェクトマネジメントを軸とした世界だ。そうした視点から見ると、データセンターはまったく異なるビジネスモデルであり、別の専門性が求められる。
 そのため、NTTデータが早い段階からそうした専門人材を取り込んできたことは、一つの強みだった。NTTグループ全体としても、そのモデルを世界で展開してきたことは、結果的に良かったのではないかと思う。

■ ビックイノベーションたるIOWN構想


周: データセンター事業といっても異なるタイプがある。NTTデータは、世界中で大規模なデータセンター拠点を展開し、建物そのものを建設・運営し、GoogleやAmazonなどの巨大IT企業に場所を売る、あるいは貸す「インフラ提供者」としての側面が強い。同じ日本企業でも日立や富士通などは、自社データーセンターを、主に自社のITシステムを動かすため、活用する傾向にある。
 学生のために「データセンター」、特にAI時代での重要性について説明をお願いしたい。

岩本:AIの話題が出たが、AIを動かすうえでデータセンタービジネスは極めて重要だ。もともとコンピュータは、大型メインフレームの時代から、電力・空調・通信回線を備えた大きな建物が必要だった。こうした設備をまとめたものがデータセンターだ。私たちは50年以上前から自前でデータセンターを構築してきたため、社内には一級建築士がいるほどで、設備づくりも自分たちで担ってきた。
 AIには、学習段階とプロンプトに応じて結果を返す実行段階の両方で、膨大な計算能力が必要だ。そこで使われるのが「GPU」だ。中央処理装置であるCPU(Central Processing Unit)に対し、GPU(Graphical Processing Unit)はグラフィックス処理装置で、もともとはゲーム用に開発された。画像処理は多数の画素を並列処理できるため、GPUはこの用途に最適だった。
 NVIDIAが有名だが、2000年以前にはシリコングラフィックスという先行企業もあった。ただ、AIモデルの性能向上の訓練には莫大な電力が必要だ。規模によっては、原子力発電所1基分、約100メガワット級の電力を消費すると言われる。現在、世界全体の電力消費は約42ペタワットで、コンピュータや通信が占める割合は数%に過ぎない。
 しかし、今後データ量が急増し、仮にそれをすべてAIが処理するとすれば、単純計算では2035年頃に世界の総発電量を使っても足りない、という試算すら出る。現実にはそこまで極端にはならないにせよ、AIの電力消費が最大の課題であることは間違いない。
 そこで重要になるのが、NTTのIOWN構想だ。最終段階のIOWN4.0では、半導体を光で動かすことで、電力消費を100分の1に抑えることが可能になるとされている。仮にAIの電力需要がこの水準まで下がれば、社会は十分に回る。だからこそ、IOWNはぜひ成功させたい取り組みだ。
 最後にもう一つ。通信の世界で、携帯電話とインターネットを最初に結びつけたのはNTTドコモだった。しかし、世界標準にならなかった理由は、自社だけで進めようとしたからだ。世界中のパートナーと連携し、標準を共につくる発想が欠けていた。
 その反省を踏まえ、今回のIOWNはNTT単独では進めていない。インテルやソニーを含む国内外の企業、約100社と連携し、プラットフォームづくりを進めている。技術的に成功するかは未知数だが、少なくとも、ドコモの失敗を繰り返さない姿勢は明確だ。もし当時この考え方ができていれば、世界は今とは違っていたかもしれない。

周:世界的なAIブームの中で、皆争ってNVIDIAのチップを買い、データセンターにどんどん投資している。所謂「AI軍備」大競争だ。この大競争の中でエネルギーという大問題が浮上している。データセンターには膨大な電力が必要とされる。AI競争は、計算力の競争だけではなく電力競争にまで発展している。
 これを解決するためのNTTが打ち出すIOWNは、光技術を使い、あまり電力を消耗しないアプローチだ。究極のデーターセンターのGXとなる。これはかなりインパクトを持つビックイノベーションだ。東京経済大学が2024年11月30日開催した国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」で、岩本さんはIOWN計画について詳しく説明してくださった(【シンポジウム】岩本敏男:ビッグイノベーションIOWN計画でGXをリード を参照)。
 但し、アメリカも中国も同じアプローチでいこうとする企業がある。スピード競争になる。また、イーロン・マスクが最近データーセンターそのものを宇宙に打ち上げ、無限にある宇宙の太陽光エネルギーを使おうとの構想がある。まさに構想力と実行力の大競争時代だ。

■ 横展開なのかコア・コンピタンスへの拘りか


周:今、NTTデータのデータセンタービジネスの規模は?

岩本:ワールドワイドで見るとNTTグループは世界3位。国内では、いろいろな企業がそれぞれデータセンタービジネスを展開している。利用しているユーザーも、AI系の企業やGoogleのようなグローバルプレイヤーを顧客としている事業者が多い。

周: 世界の半導体市場は、今およそ7,000億ドル規模だ。2024年、中国は4,000億ドル弱の半導体を輸入した。世界の半導体市場は中国で成り立っていると言っても過言ではない。NVIDIAなどのアメリカメーカーの半導体は、実はその多くを中国に輸出していた。ところが現在は、アメリカの規制で中国向けの輸出ができなくなった。その結果、行き場を失った半導体の需要が、AIブームの中でデータセンター向けへと一気にシフトしている。これがAIバブルになるという危惧も聞こえてくる。
 一方、日本ではどうか。例えばNTTデータのように、データセンター分野へ積極的に投資を続けているのか、それとも少し傍観しているのか?

岩本:日本では他の企業も数多くデータセンターに参入しているので、NTTグループのシェアが圧倒的に高いかというと、そこまでではない。とはいえ、投資自体はかなり行っている。NTTグループでは投資額ベースで言うと、日本国内よりも海外のほうが圧倒的に多い。
 その中でやっているのが、いわゆる「回転ビジネス」だ。回転ビジネスというのは、すでに一定の価値がある資産は売却しキャッシュを回収し、その資金を別のデータセンター投資に振り向ける、というやり方だ。私がデータセンタービジネスを「不動産ビジネス」だと言ったのは、まさにそういう意味だ。
 実際、今はかなり良い流れになっている。ただし、データセンターは建設に大きな投資が必要で、回収までには時間がかかる。短期間で回収できるものではなく、基本的には数十年単位のビジネスだ。
 だからこそ、保有し続けるだけでなく、タイミングを見て売却し、一気に回収した資金を次の投資に回す。こうした資金循環ができる点が、「回転ビジネス」と呼ばれる所以であり、実際に有効なやり方だと思っている。

周:今のNTTデータでは、経営面で一番稼いでいるのがデータセンター事業か?

岩本:単年度の利益ベースで見ると、確かにかなり稼いでいる。利益水準は高い。ただし、投資総額の回収という観点で見ると、必ずしも効率が良いとは言えない。まだ本格的な回収期に入っているわけではないからだ。
 とはいえ、周先生がおっしゃる通り、今はAIブームの真っただ中で、データセンターはどれだけ作っても足りない状況にある。需要が供給を先行しているので、その意味では非常に良い局面にあるのは間違いない。
 不動産ビジネスも同じだが、良いものを作っても回収が遅いとCCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)が長くなり、投資額ばかりが膨らむ。もし借入金でそれを賄っていれば金利負担が重くなり、経営的にはかなり厳しくなる。だからこそ、投資と回収のバランスをきちんと見極めることが重要だ。

周:イーロン・マスクは、テスラの自動運転という物理的なAIの応用を展開する為に巨大なデータセンターを建てている。さらにいまや自前のデータセンターに詰め込む半導体の開発まで手がけている。ビジネスの連続性と完結性にものすごくこだわっている。これに対してNTTデータはデータセンターをコア・コンピタンスとし、AIにおけるインフラとして整備して売るモ デルだ。
 私は、2020年12月19日東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」 特別Sessionで、武田信二TBSホールディングス会長、鈴木正俊NTTドコモ元代表副社長の両氏と対談した(【激論】武田信二・鈴木正俊・周牧之:コロナ危機で加速する産業のデジタル化 を参照)。
 同対談で私は、同じ通信業者でありながらNTTとAT&Tの対極的な事業展開を紹介した。NTTが4兆円を投資し、ドコモを完全子会社にしたのと対照的に、AT&Tが2018年に854億ドルを投入し「Time Warner」というメディアのコングロマリットを傘下に置いた。さらにこの傘下の「HBO」というケーブルテレビの放送局をベースに、「HBO Max」というOTT事業を立ち上げた。通信業者のAT&Tが傘下にコンテンツメーカーを置き、OTTで配信する横展開戦略だ。これに対して武田さんは、NTTが TBS を買収したらどうなるか、と切り出した。これを受けて、もしNTTがAT&Tのように放送局の買収に乗り出せば、Netflixやアマゾンプライムのような大きなOTTプラットフォームが日本でも出来た可能性がある、との議論になった。
 結局、産業大変革の激動の時代に、巨大な資本力を持ちながら、NTTはそうした思い切った横展開をしなかった。平成元年、1989年時価総額世界一だったのがいまや同220位に転落した。さまざま原因はあると思うが、横展開を積極的にしなかったことも一つの原因かもしれない。
 若い時読んだ、フランスの名作『赤と黒』を思い起こす。処刑直前の主人公ジュリアン・ソレルが、踏みつけられる蟻の気持ちを味わう箇所が強烈だった。急激なイノベーションによるパラダイムシフトの中で、蟻のように踏み潰される企業がたくさんある。誰に踏まれ何故踏まれたのかもわからないまま只潰されていく。これを乗り越えるにはひたすら学び、自身の思考力を時代に追い付かせるしかない。
 その意味ではきょう、この大変革の時代の中で、大変な業績を上げた経営者たる岩本さんのゲスト講義は、未来を見据えるための知識とインテリジェンスが満載だった。


プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。

【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅳ):「失われた30年」の中、快進撃を続けた経営者

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年11月6日、NTTデータグループ元社長の岩本敏男氏を迎え、「デジタル技術の本質」をテーマに対談が行われた。
 ドメスティック企業であったNTTデータをグローバル展開し、海外売上比率を50%へと引き上げ、売上規模を2兆円へと倍増させた。「失われた30年」下、快進撃を続けた経営者の時代認識、経営戦略そしてメンタリティを問うた。

※前回記事【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅲ)はこちらから


■ エンジニア出身経営者がもたらした快進撃


周牧之:NTTデータ元社長の岩本敏男さんは工学出身の経営者だ。日本の大企業のトップにはエンジニア出身者が意外に少なく、総務や人事、法務系の出身者が多い。これが日本企業のパフォーマンス低下の一因ではないか、と私は思っている。私自身も工学系出身の経済学者で、やはり日々進化するテクノロジーの躍動感を理解するには工学出身経営者の方が有利だと感じる。岩本さんは膨大な情報をインテリジェンスへと昇華し、常に世の中の変化を見極め、判断し続けてきた稀有な経営者だ。
 岩本さんが社長に就任された当時、NTTデータは売上が1兆円強だった。それがご退任時には2兆円を突破していた。更に官公庁を顧客とするドメスティック企業だった同社の売上は、半分が海外となった。直近の2025年3月期の連結決算における売上高は、約4兆3,700億円となり、岩本さんの社長就任時と比べ13年間で売上規模は3.5倍以上に拡大した。「失われた30年」の中でこのような快進撃を実現した日本企業は、なかなか見られない。
 NTTデータの時価総額を見ると、2025年1月15日時点での時価総額ベースの世界順位は第745位、日本国内での順位は第43位。しかも、昨年1年間で世界順位を100位も上げた。一方で、その間大半の日本企業は世界的な順位を下げている。例えばトヨタは過去1年間で世界順位を9位落として第44位になった。トップ50位圏内を維持できるかが懸念されている。NTT、つまりNTTデータの親会社もこの1年間で順位を88位も落とし、現在は世界第220位だ。
 岩本さんにお聞きしたいのは、なぜNTTデータはこれほどの持続力、成長力があるのか。

■ 民営化そして分社化の背景


岩本敏男:周先生からいろいろな課題をいただいたので、私なりに整理しながらお話しする。私が1976年に入社したのは日本電信電話公社(以下、電電公社)で、もう50年ほど前になる。当時、「三公社五現業」という言葉があり、三公社というのは電電公社、専売公社、日本国有鉄道だ。
 当時、電電公社と専売公社は経営上ほとんど問題がなかったが、国鉄は大きな課題を抱えていた。 戦後処理の影響もあり、南満州鉄道からの引き受けなどで従業員数は約45万人。電電公社でも30万人超あった。その後、土光敏夫氏の臨時行政調査会で、三公社をできるだけ民営化しようという流れが生まれる。私はその直前、電電公社時代に入社した。

周:「三公社五現業」とは、かつて日本に存在した主要な公共企業体と国営事業の総称だ。すなわち日本国有鉄道(国鉄)、日本電信電話公社(電電公社)、日本専売公社、郵便、森林管理、通貨製造、印刷、アルコール専売だ。
 1981年にアメリカ大統領になったレーガン氏は、「小さい政府」を目指す「新自由主義(ネオリベラリズム)」を掲げた。イギリスでは経済停滞を打破するためサッチャー首相が新自由主義を旗印に思い切って民営化を進めた。
 こうした新自由主義の潮流に乗っかり、1982年に日本の総理大臣となった中曽根康弘氏は民営化を推し進めた。この流れの中、電電公社は1985年に日本電信電話(NTT)となった。
 土光敏夫氏が会長を務めた第二次臨時行政調査会(土光臨調)は、日本の財政危機に対し、「増税なき財政再建」を掲げ、行政改革を断行し、国鉄、電電公社、専売公社の民営化の方針を打ち出した。財界人として大きな役割を果たした。中曽根首相が土光臨調をうまく使ったことも大きかった。

岩本:NTTデータの母体は、電電公社の「データ通信事業本部」、通称「デ本」だ。当時からさまざまな仕事をしていたが、国の組織である以上、自由に何でもできたわけではない。実は昭和45年頃、電電公社がコンピュータ事業を担うべきかどうか、大きな議論があった。 
 当時、コンピュータ行政は通産省(現在の経産省)、通信は郵政省(現在の総務省)の所管だった。この二つをどう整理するかという議論の中で、先輩方が編み出したのが「データ通信」という概念だ。端末からデータを入力し、通信回線を使って中央のコンピュータに送り、それを処理して結果を再び端末に返す。この一連の流れを「データ通信」と定義した。その結果、通信事業として電電公社がコンピュータを扱えるようになった。
 さらに当時、通信回線は電電公社が独占しており、他に通信事業者はいなかった。そのため、通信と処理を一体で行ってよいという整理がなされた。加えて、新しい技術については国の組織が担うべきだ、という判断もあった。新技術は投資が大きいが、成功するかどうか分からず、民間ではリスクを取り切れない。民間に任せるより電電公社のような公的組織がやるべきだとされたわけだ。
 この結果、当時としては最新鋭の技術だったオンライン・リアルタイム処理を、電電公社が行うことを許された。ここからバンキングシステムが生まれる。当時、都市銀行は13行あり、資金力も人材もあり、IBMや富士通、日立、NECといったコンピュータメーカーを自前で使いこなしていた。

2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏
2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏

■ 独立できたことが大発展につながった


岩本:一方、地方銀行や信用金庫はそうはいかない。大手の地方銀行も電電公社にシステム開発を依頼してきた。さらに信用金庫は規模が小さく、自前ではシステムを構築できなかった。この頃、全国に信用金庫は約550あったが、その多くが「何とか助けてほしい」と電電公社を頼ってきた。
 そこで私たちは、現在で言うクラウド型の共同利用モデルを作った。一つのコンピュータを複数の信用金庫が共有し、業務を標準化し、データベースを分離する。500以上の金融機関が同時に使える仕組みを構築した。結果として、現在では信用金庫の9割以上が、NTTデータの基盤を使っている。
しかし当時は、金融業界以外、トヨタをはじめ多くの製造業はまだバッチ処理中心の時代で、そうした民間の領域には我々は参入できなかった。その制約が続く中で、最終的に民営化という流れを迎える。
 話を戻すが、民営化直前まで、実はデータ通信事業本部は一度も黒字を出したことがなかった。金融業界や国の仕事では一定の利益は出ていたが、民間向けに展開した科学技術計算や在庫管理の分野では事情が違った。中小企業でも端末を2、3台置けば利用できるよう、大型コンピュータを共同で利用する仕組みを作り、全国に6〜7カ所ものデータセンターを整備した。しかし、利用者である中小企業から高い料金は取れず、結果として大きな赤字を抱えることになった。
 昭和60年に電電公社が民営化されNTTとなった。データ通信事業本部当時の売上は約2,200億円あったが、実態は赤字だった。そのため、メディアや政治家からは「電話事業の利益でコンピュータ事業の赤字を補填しているのではないか」と厳しい批判を受けた。それはまずい、という議論が国会でも起きた。
 そこで、NTTデータの先輩たちも「だったら自由に飛び出して、自分たちでやろう」となったのだ。分社化したのは、民営化から3年後の昭和63年だ。税制上の整理などもあったかもしれないが、スタート時点で売上は2,200億円、利益は100億円を確保していた。今年、NTTに完全統合されたが、実は35年間、NTTデータは一度も減収を経験していない。常に増収を続けており、今年度末では5兆円に迫ろうとしている。

周:通信事業のNTT本体から切り離したことで、コンピュータ事業を主とするNTTデータの経営ロジックを前面に立てられた。独立出来た事がNTTデータの後の大発展につながった。さもなければ苦戦する一事業部としてNTT社内で縮小し、消えていったかもしれない。

■ 国内市場依存からグローバル競争への転換


岩本:もちろん、兆円規模の企業が増収を維持するのは容易ではない。常に新しい打ち手が必要になる。ただ、売上拡大そのものを目的にしてきたわけではない。私は常々、「グロース」と「ディベロップメント」の違いを話してきた。量的な成長は比較的簡単でも、“質を伴っているか”は常に問い続けてきた。企業における成長の「質」とは、最終的には利益だ。
 私の在任中に営業利益は1,000億円を突破した。売上は私の直前で1兆円台、そして私の時代に2兆円規模へと倍増した。その成長の大半は、実はグローバル化によるものだ。
では、なぜグローバル化に踏み切ったのか。当時2012年頃、日本経済を考えれば少子高齢化は避けられない現実となっていた。私は生命保険・損害保険分野の事業立ち上げにも関わり、保険会社の経営層と頻繁に話していたが、日本の人口が減少に向かう未来は誰の目にも明らかだった。
 国内市場だけでは、従来のような成長は見込めない。日本でNo.1のITサービス企業であっても、年0.5%程度の成長が限界で、大きな飛躍は難しい。そう考え、海外に目を向けるしかないと腹をくくった。

周:岩本さんは、日本でITサービスの頂点に立つ企業としての地位に安住しなかった。そのバイタリティが海外へ出る契機となった。

岩本:但し私が入社した電電公社には「公社法」があり、第1条には「国内電気通信に限る」と明記されていた。これは歴史的な経緯によるものだ。電電公社の前身には、電気通信省、さらに前は逓信省があった。電電公社が電気通信省から分かれる際、国内通信は電電公社、国際通信は国際電信電話会社(現在のKDDI)が担う、という特殊な法制度が作られた。そのため、グローバル展開についての知見は、社内にはほとんどなかった。
 私は日本銀行の決済システム構築を手がけた経験から、IBMとの付き合いが深く、部長時代から毎年のようにニューヨークやシリコンバレーを訪れていた。そのため、「何とかなるのではないか」という感覚は持っていた。

周:経営者の経験と見識とメンタリティが企業のバイタリティに大きくつながる。

岩本:また個人のバックグラウンドとしては、日本銀行の決済システムのように、日本の経済のど真ん中で動いている仕組みに関わってきた。1日に200兆円ぐらいのお金が動くような金融決済のシステムや、社会保険庁などを含むナショナルインフラのシステムに携わってきた。

周:若い時に私も岩本さんと似たビックプロジェクト経験がある。大学を卒業してすぐ、中国建国以来最大の国家プロジェクトである宝山製鉄所の建設に関わった。予算規模でも建国以来最大のプロジェクトで、その中で高炉を除くすべての工場のオートメーションシステムを私が国の立場で決める、という役割を任された。内外の協力パートナーを選び、共に進めながら、その過程で国内産業も育てていく、という役割を担った。同プロジェクトは当時、国内の風当たりも強く、何としても成功させなければならないとの政治判断で進み、心臓部たるオートメーションシステムの安全性が非常に問われた。そのため、すべての判断に強い緊張感があった。
 ビックプロジェクトの経験で持つ緊張感はおそらく岩本さんの経営判断に大きな影響を与えただろう。

■ グローバルで成長するためのM&A戦略


岩本:とはいえ、独断では進めない。製造業として富士通に話を聞き、商社として三井物産にも相談した。製造業は、技術を持ち、工場と人材を移せば同品質の製品を作ることができる。一方、商社は「ボードコントロール」、つまり海外企業を買収するなら取締役会の過半数を押さえ、意思決定とリスク管理を握ることが重要だと教えられた。金融機関にも話を聞いたが、当時はまだ国内志向が強く、参考になる知見は限られていた。

周:事前リサーチを徹底的にやったわけだ。

岩本:こうして考えた結果、自分たちのビジネスは製造業でも商社でも金融でもない。では、どう成長するのか。方法は一つしかなかった。M&Aだ。
 だから私は、M&Aについて徹底的に勉強した。もちろん、すべてが成功だったわけではない。ただ、これは言いにくいことだが、NTTグループ全体では大きなM&Aの失敗も少なくなかった。2000年前後のITバブル期には、NTTが米国のVerioを買収したが失敗に終わった。ドコモもオランダのKPNモバイルを買収して失敗している。
 これらを合計すると、損失は巨額だ。それほどの失敗をしても、NTTが経営的に大きく揺らいだという話は、ほとんど聞かれない。それだけ基盤が強かったということでもある。
 しかし、NTTデータは違った。先ほど申し上げたように民営化する前は黒字を一度も出しておらず、黒字化しても営業利益はせいぜい300〜400億円という時代だった。失敗は絶対に許されない。 だからこそ、私はM&Aに独自のルールを設けた。何のためにM&Aをするのか。その企業とNTTデータの企業哲学が合致しているのか。上場・非上場にかかわらず、こうした点を厳しく見た。
なかでも最も重視したのが、M&Aの投資規模を「フリーキャッシュフロー以内」に厳格化する規律だ。どんなに魅力的な案件でも、これを超えるものはやらないと決めていた。ただし、例外は一度だけあった。それが、ペロー・システム(Perot Systems)だ。
 最初にペロー・システムを買収したのは、もともとアメリカ・ダラスに本拠を置く米デルだった。創業者はマイケル・デルだ。
 その後、米デルのITサービス部門となっていたペロー・システムを米デルからカーブアウト方式で買収した。私はマイケル・デルとその過程で何度も話をしたが、米デルは今で言うクラウドに近い、サーバーやストレージ、ネットワークといったプラットフォーム系のビジネスが中心だった。一方、ペロー・システムはアプリケーションなどITサービスを提供する部門で、今後のデルの戦略とは少し距離があった。
 そこで、会社を丸ごと買うのではなく事業部分だけを切り出す、いわゆるカーブアウトという形で、NTTデータとしては大きな金額を投じて買収した。これは当時、私が「フリーキャッシュフローを超える買収はしない」と決めていた絶対ルールを破った唯一の案件だ。それでも、これは買うべきだと判断した。
 いずれにしても、NTTデータが生き残るには、海外に出るしかないと私は考えた。そして、海外展開の手段はM&Aしかない。そのため、過去にNTTグループがM&Aで失敗してきた理由を徹底的に検証し、同じ過ちを繰り返さないために何をすべきかを考え抜いた。

周:M&Aで海外展開という方向性を決めた後は、親会社の失敗にもめげずに考え抜いて更にスマートにやってきた。

2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて岩本敏男氏と石見浩一エレコム社長
2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて岩本敏男氏と石見浩一エレコム社長

■ 経営者には胆力と魅力が必要


周:これだけの経営判断をするには、経営者に大きな胆力と魅力が必要だ。

岩本:やはり社長という存在は、非常に大きな意味を持つ。社長と副社長の距離は、副社長と新入社員の距離より、はるかに大きい。だからこそ、日本企業とは違い、アメリカでは社長の報酬が非常に高い。私は、それはある意味当然だと思う。
 そうであるなら、社長自身が人間的な魅力を持っていなければ務まらない。これは日本人同士、日本語で話すかどうかとは無関係だ。相手は外国人で、スペイン語を話す人もいれば、中国語を話す人もいる。私自身、それらの言語が話せるわけではない。それでも、彼らから「岩本」という人間が、尊敬される存在でなければならない。
 そのためには、自分の人生観や哲学、歴史への認識、価値観について、自分なりの軸を持ち、それを真正面から示すしかない。良い悪いという問題ではなく、自分の考えをしっかり持ち、ぶつけること。それが当時、私がたどり着いた一つの方法論だった。結果として間違っていなかったと思う。
 社長として最後の6年ほど、ヨーロッパをはじめ各国のCEOと一対一で話す機会が多くあった。言語の違いから通訳を介することもあったが、彼らからよく言われたのは、「ミスター岩本にはカリスマ性がある」「オーラがある」という言葉だった。自分ではそんなつもりはなかったが、そう受け止められていることは、ビジネスの現場において肌で感じていた。

周:岩本さんはカリスマ性のある経営者として大きな結果を残した。これに対し、サラリーマン社長の大半は残念ながらリスキーな経営判断を避ける傾向にある。それが日本企業の活力に大きなマイナス影響を与えている。
 なぜNTTデータから岩本さんのような大胆な経営者が出てきたのかを考えると、「国有企業」の寛容性が響いたのではないか?日本や中国の様々な事例を見ると、実際は懐の大きい国有企業だからこそ、破天荒な発想を持つ活きのいい人材を育てられる。その意味では電電公社に入った岩本さんは幸運だった。

■ 原点は高校時代に響いた孟子の言葉


岩本:私の原点はどこにあるのか。振り返ると、それは学生時代にある。私は長野県諏訪市の出身で、諏訪清陵高校を卒業した。今年、その創立130周年記念で講演に招かれ、中高生と話す機会があった。
 高校時代、心に強く残った言葉がある。孟子の「自反而縮、雖千万人吾往矣(自ら省みて直くんば 千万人といえども我行かん)」だ。四字熟語で言えば「真実一路」に近い。意味は、自分の進む道が正しいと分かれば、たとえ千万人が反対してもその道を突き進め、ということだ。
 私は電電公社に入り、その後さまざまな仕事をしてきたが、この言葉は常に頭の中にあった。課長のときも、部長のときも、本部長のときも、自分がやるべきことは分かっていた。ただ、分かっていても実行するのは簡単ではない。それでも「実行することが何より重要だ」と思い続けてきた。
 もっとも、年を重ね、40歳を過ぎて営業や経営に関わるようになり、社長になって強く実感したのは、この言葉には「上の句」と「下の句」があるということだ。下の句は「決めた道を実行する」こと。しかし、それ以上に大切なのが上の句、つまり「自分は今、何をすべきか」「何のために生まれてきたのか」という問いを、本当に腹落ちするまで考えることだ。
 売上や利益、学生の皆さんなら試験の合格、就職先の決定も大切だが、もっと深く掘り下げると、「自分は何のために生き、今何をしているのか」という自己認識が不可欠だ。これが定まった人は、自然と全力で行動する。私はそう思っている。
 グローバルで多くのCEOと話す中で、「岩本にはカリスマ性がある」と言われた背景には、こうした意識があったのかもしれない。結果として、私の在任中に売上は2兆円を超えた。

周:いまふうに解釈すると孟子の「自反而縮、雖千万人吾往矣」は、自分が正しいと思ったことは何があってもやり抜くことを意味する。これがリスキーな経営判断をする時にもっとも必要とされる知力と胆力だ。

■ 目標が人を動かす―10年先のビジョンを「語ること」


周:岩本さんが社長になったときの目標は、グローバルサービスの展開や、2020年までに売上2兆円、その半分を海外で稼ぐことだった。
 普通のサラリーマン社長であれば自分の首を絞めるような、そこまで飛躍的な目標を掲げないだろう。バブル崩壊以降の日本では大手企業でそんな経営者は極めて珍しい。その発想力と胆力について、ぜひ伺いたい。

岩本:周先生にそう言われると恥ずかしい気持ちもあるが、例えば公式の中期事業計画で「売上をいくらにするか」という話はコミットメントになる。達成できないと投資家からも怒られるので慎重になる。一方でビジョンを語ることは、自由とまでは言わないが、ある程度語れる余地がある。

周:それにしてもドメスティックな会社をグローバル企業にする目標を思い切って掲げたね。

岩本:はい、言い切っちゃった。ただ、その辺は自分の中で整理しているし、後ろでブレーキをかける人もいるので、いわゆる舌禍事件を起こさないようにしている。それでも、自分が持っているビジョンは、社員にも投資家にも、お客様にも、多くの人に言うべきだと思う。
 「命をかける」と言うと語弊があるかもしれないが、「社長生命をかけてもやる」というくらいの覚悟だ。「自分は何をしなければいけないのか」「そのために生まれてきたんだ」くらいの自覚がないと、大きな会社の社長はできないと思う。

周:努力目標を掲げることが本当に大事だ。例えば「ムーアの法則」も物理的な法則ではなく、ムーアという人のある種の「妄想」だった。しかし、半導体産業全体は、それを一つの目印にして50年、60年かけ、頑張ってきた。結果として半導体の進化スピードはムーアの妄想通りに維持されてきた。
 人間、特に集団にとって、目標を掲げることはものすごく重要だ。周ゼミが今年学内でアンケート調査をやった時、最初はなかなか動かなかった。でも「有効回答を1,000件集める」という明確な目標を立てた瞬間、やる気になり、あっという間に目標を達成できた。目標が定まった途端、集団は動く。それが、リーダーや社長が大きな目標を掲げる意味だと思う。

岩本:例えばスティーブ・ジョブズも、当時は「何を馬鹿なことを言っているんだ」と思われていた。でも、そこでそう感じてしまっては駄目だ。社長の仕事の一つは、「多くの人を動かすこと」にある。
 だから私はよく「ビジョン」という言葉を使う。ビジョンとは、だいたい10年先を見据えた目標だ。かなり遠い目標ではあるが、努力すれば手が届く、絶妙にバランスの取れた設定だと思う。一方で、1年単位の年度計画は、達成できなければ厳しく問われるから、性質がまったく違う。
 重要なのは、「この会社はこの方向に進む」という大きな指針を示すことだ。これは社長にしかできない役割だと思う。私が企業分析をしてきた中でも、優れた企業、あるいは大きな転換点をうまく乗り越えた企業には共通点がある。それは、当時の社長が必ず明確なビジョンを掲げ、それを実現してきたことだ。そうした企業が、結果として成長し、成功している。これは間違いのない事実だと思う。


プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。

【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅲ):世界に大変革をもたらすAIの可能性とリスク

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年11月6日、NTTデータグループ元社長の岩本敏男氏を迎え、「デジタル技術の本質」をテーマに話を伺った。
本対談では、人類社会にかつて無い程の大変革をもたらしているAIについて、その歴史、可能性、そしてリスクを包括的に議論した。

※前回記事【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅱ)はこちらから

2025年11月5日、周牧之教授の教室でゲスト講義する岩本敏男氏
2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏

■ ノーベル賞が象徴するAIのインパクト


周牧之:「CPU・GPU」「ストレージ」「ネットワーク」といったITの三大要素技術が猛烈に進化してきた結果、AI(人工知能)の時代を迎えた。そもそもAIとは何なのか?そしてAIは人類そして日本の経済社会の変革をどう導いていくのかについて、お話しいただきたい。

岩本敏男:昨年のノーベル物理学賞を見て、私は大きな衝撃を受けた。受賞したのは、プリンストン大学のジョン・ホップフィールド教授と、トロント大学のジェフリー・ヒントン教授の2人だ。
驚いたのは、深層学習(ディープラーニング)というAI技術の確立が、物理学賞の対象になったことだった。物理学賞といえば、これまでは素粒子や宇宙物理などが中心だったから、いわば「応用」に近い分野が評価されたことに衝撃を受けた。
 ホップフィールドは、ネットワーク内のノードに0や1を配置し、重み付けされた結合によって、不完全な入力から元のデータを復元できる「記憶」の仕組みを示した。一方ヒントンは、それを発展させ、ボルツマンマシンや「隠れ層」という概念を導入した。表に現れない内部構造を持つことで、学習能力を飛躍的に高めた。
 さらに私を驚かせたのは、同じ年のノーベル化学賞だ。ワシントン大学のデビッド・ベイカー教授が、タンパク質の新しい設計に成功した点は、いかにも化学賞らしい成果だった。しかしもう一方で、DeepMind社のデミス・ハサビスCEOとジョン・ジャンパー氏が受賞した。彼らは、AIによってタンパク質の立体構造を極めて高精度に予測できることを示した。これはワクチン開発などに直結する重要な成果だ。

周:2024年のノーベル賞の、物理学賞も化学賞もAI研究者が受賞したことは、AIが時代の主役になったことを示すメッセージだ。

■ トップ棋士を破る囲碁ソフトの驚異的進化


岩本:デミス・ハサビス氏といえば、実は多くの人が思い浮かべるのは別の出来事だ。韓国の棋士、イ・セドルとのAI対局だ。2016年3月、デミス・ハサビス氏が率いるDeepMind社、これはGoogleに買収されたイギリスのベンチャーだが、そこで開発された囲碁ソフト「AlphaGo(アルファ碁)」が、人間のトップ棋士を破った。これは非常に有名な話だ。
 では、なぜアルファ碁は勝てたのか。最初のアルファ碁は、教師あり学習によって作られた。約15万局もの棋譜を覚えさせ、それをもとに推論することで、囲碁を打てるようにした。

アルファ碁ゼロ

岩本:さらに驚くべきことが翌年に起きた。同じDeepMind社から囲碁ソフト「AlphaGo Zero(アルファ碁ゼロ)」が発表された。これは、完全に教師なし学習だ。AI同士に囲碁の基本ルールだけを教える。先手・後手で交互に打つこと、1目取られたらそこは打てないこと、陣地を多く取った方が勝ちだということ。そうした最低限のルールだけを与え、「陣地を多く取った方が勝ち」というインセンティブのもとで、自己対局をさせた。
 その回数が、なんと490万回。しかも、これをわずか3日間でやった。これだけでも驚きだが、さらに衝撃的なのは、その結果だ。人間を破った従来のアルファ碁と、このアルファ碁ゼロを100回対戦させたところ、どうなったか。従来のアルファ碁は、1回も勝てなかった。圧倒的な実力差があった。
 このデミス・ハサビス氏が、今度はノーベル化学賞を取った。本当に驚いた。こうした流れを踏まえAIの発展の歴史を見ると、現在は第4次AIブームに入っていると言っていいと思う。

周:デミス・ハサビス氏は、DeepMindを創業し、最強の囲碁AI「AlphaGo」を開発し、
AIを用いて「タンパク質の立体構造予測」という科学界の50年来の大難問を解決した天才だ。現在はGoogle DeepMindの共同創設者兼CEOとして、AGI((Artificial general intelligence:汎用人工知能)の実現に取り組んでいる。

■ 人工知能の進化史―4つの波と構造的特質


岩本:AIの最初のブームは、1960年代頃だ。この時代の代表的な人物が、アラン・チューリングで、その人生は映画にもなっている。チューリングはイギリスの数学者で、第二次世界大戦中、ドイツ軍の暗号機「エニグマ」を解読した。この功績は長く秘匿されていたが、実は連合軍の勝利に大きく貢献したと言われている。彼こそが、人工知能という概念を最初に提示した人物だ。
 彼が提案した有名な「チューリングテスト」は、「機械が人間と区別できない程度に知的に振る舞うかどうか」を判定するための手法であり、審査員が壁で隔てられたAIと人間の双方とチャットで会話し、約3割の審査員が「人間だ」と判断すれば、そのAIはテストをパスしたとされる。この話は奥が深いのだが、ここでは先に進む。
 「人工知能(Artificial Intelligence)」という言葉が生まれたのは1956年だ。アメリカのダートマス大学で夏の約2カ月間行われた「ダートマス・ワークショップ」で、初めてこの言葉が使われた。大学には「FIRST USE OF THE TERM ‘ARTIFICIAL INTELLIGENCE‘」、つまり「“人工知能”という言葉はここで生まれた」と明記されている。
 この第1世代のAIは「推論と探索の時代」と呼ばれる。代表例が、IBMのチェス用スーパーコンピュータ「Deep Blue」だ。1997年、Deep Blueはチェス世界チャンピオンのゲイリー・カスパロフに勝利した。
 Deep Blueは、1秒間に約2億通りの手を読む能力を持つスーパーコンピュータだ。すべての手を総当たりで読む全幅検索を使用していた。手数の多い将棋や囲碁では、明らかに意味のない手を排除しながら探索する統計的検索モデルを用いていた。ただし、この時代のAIは社会的価値を大きく生むには至らず、やがて「冬の時代」に入る。

岩本:次に訪れたのが、1980年代からの第2次ブームだ。ここで登場したのが「エキスパートシステム」だ。エキスパートシステムの父と呼ばれたのがエドワード・ファイゲンバウムで、「IF〜THEN〜」というルールベースで判断を行う仕組みだ。例えば、感染症や血液疾患の診断で、症状や検査結果を入力すると、一定の確率で診断結果を出す。これがエキスパートシステムだ。私自身も入社後、少し関わったことがある。
 例えば損害保険では、事故の重症度によって保険金を100%支払うか、50%にするかといった基準がある。問題は、専門家の知識をどうコンピュータに落とし込むことができるかだ。ルール化は分かりやすい反面、当時はCPUの計算能力やメモリ容量が不足しており、専門家の知識を落とし込むことは大変だった。さらに知識の最新化の維持や更新も困難だった。
 その結果、エキスパートシステムは行き詰まり、再び冬の時代が訪れる。そこから伸びてきたのが、機械学習とディープラーニング(深層学習)だ。ジョン・ホップフィールドやジェフリー・ヒントンが活躍した時代だ。

■ ディープラーニングの直観:脳とニューラルネットワーク


岩本:AIを大きな枠組みで捉えると、まず機械学習があり、その中にニューラルネットワーク、さらにその中にディープラーニング、そして最下層にLLM(Large Language Models:大規模言語モデル)がある、という包含関係になる。
 細かい理論は省くが、ディープラーニングが何をしているかのみ説明する。人間の脳にはニューロンと呼ばれる脳細胞があるが、実はその数すら正確には分かっていない。分かりやすい推定方法としては、大脳皮質の一部を顕微鏡で数え、面積から総数を推計するやり方がある。その結果、人間の大脳皮質には約100億〜180億個、平均すると約140億個のニューロンがあるとされている。
さらに小脳や脳幹まで含めると、脳全体ではおよそ1,000億個のニューロンがあると考えられている。ニューロンの先端はシナプスと呼ばれる結合点で他のニューロンとつながり、電気信号や化学物質によって情報が伝達される。この仕組みによって、人間は記憶し、考え、推論できるわけだ。ただし、脳は分かっているようで、実際にはまだ多くが解明されていない。
 ニューラルネットワークの「ニューラル」は、まさにニューロンに由来する。人間の脳を模して、丸いノードを階層的につなげた構造を作り、それを多層化したものがディープラーニングだ。図では数層しか描かれないが、実際には非常に多くの層がある。各ノードには重みとなる数値が与えられ、これを「パラメータ数」と呼ぶ。
 例えば、2022年11月30日に公開されたChatGPT-3.5の前身であるGPT-3には約1,750億個のパラメータがあった。最新のGPT-5は公式には公表されていないが、1兆を超え、将来的には10兆規模に達すると言われている。この数は、人間の脳のシナプス数に近づくとされ、いずれAIが人間の知能を超える可能性があるとも指摘されている。
こうした流れが第3次AIブームであり、現在は生成AIの登場によって第4次ブームに入っている。生成AIの象徴が、2022年11月30日に登場したChatGPTだ。月間アクティブユーザー1億人に到達するまで、わずか2か月しかかからなかった。これは過去のサービスと比べ、約40倍の速さだ。

岩本:生成AIが何かは皆さんご存じだと思うが、基本は大量のデータを集めて学習した巨大な言語モデルだ。GPT-3では約1,750億個のパラメータを持つニューラルネットワークが使われている。そこに「プロンプト」と呼ばれる言葉の指示を入力すると回答が返ってくる。
生成AIの本質をイメージしてもらうため、日本語モデルで考えてみる。皆さんに「吾輩は」と言ったら、その次に来る言葉は何か。日本人なら多くの人が「吾輩は猫である」と続けるはずだ。「吾輩は花」には普通ならない。
 これがChatGPTの本質だ。生成AIは推論しているわけではない。次に来る言葉として最も確率が高いものを選び、順に並べているだけだ。
例えば、ChatGPTにラブレターを書かせたことがある人もいるかもしれない。「彼女は薔薇が好きだ」など条件を書くと、それらを踏まえた文章を生成する。これは小説やネット上の文章など、過去に学習した膨大なデータを「トークン」と呼ばれる単位に分解し、言葉同士や文節同士の関係性を、100次元、200次元、あるいはそれ以上の高次元空間で記憶しているからだ。ある言葉が出たとき、その次に最も確率の高い言葉を出しているだけだ。

周:現在の生成AIの出力は、あくまで「過去のデータの延長線上」にあるため、AIは、「知っていることの組み合わせ」は神技的だが、「独創性」を生み出すのは難しい。

■ 生成AIの限界―5桁×5桁が苦手な理由


岩本:ここまで分かったうえで、私がつい先日、実際に試した話をする。5桁×5桁の掛け算は、ChatGPTは絶対に間違える。皆さんも自分のChatGPTで試してみてほしい。
 こちらが「計算が間違っている」と言うと、「誤りをご指摘いただきありがとうございます。今後は間違えないようにします」と返してくる。ところが、また間違える。初期のChatGPTから今はできるだけ計算できるように改良され、内部で桁をずらすような処理も入れているそうだが、基本的には計算しているわけではない。言葉と言葉のつながりを扱っているだけなので、5桁×5桁はどうしても狂う。
 これ、やるとむしろ面白い。「どうして間違えた」と聞くと、「掛け算の桁を誤って指導した可能性がある」など、もっともらしい原因分析を並べるが、結局また間違える。
 その一方で、ChatGPTが東大理三の問題を解けるのはなぜか。これも計算しているからではない。一部に計算処理が入っている可能性はあるが、基本は違う。過去問が山のように存在するからだ。医学部の過去問も大量にある。図形問題や集合演算もある。文系はもちろん、物理・数学・生物の難問でも、過去問が膨大にあるから答えられる。
 だからこそ、文脈として学習されにくい5桁×5桁が合わない、という事実を皆さんは理解しておくべきだ。「AIに人格があるのか」という議論もあるが、現時点ではそこまで達していない。ただし、パラメータ数が10兆を超えるようになると、人間の知能では理解できない現象が起きる可能性はある。

周:AIはプライドを持たないため、ゴマスリがうまい。賞賛だけが欲しければAIはまさに神器だ(笑)。但し、AIにゴマスリされすぎて人間が有頂天になり様々なリスクを負う可能性もある。

■ AI活用の実務的展開:RAGとマルチモーダル化の衝撃


岩本:これまでのAIと生成AIの違いを簡単に説明する。従来のAIも機械学習だが、Pythonなどを使う必要があり、ある程度の専門的な勉強をしないと一般の人には扱えなかった。
 一方、生成AIの最大の特長は、巨大なデータで学習しており、日本語や英語で「これをしてほしい」と普通に指示するだけで、さまざまなコンテンツを生成し、対話ができる点にある。AIの知識がなくても使えるため、指示の出し方が重要になり「プロンプトエンジニアリング」と呼ばれている。プロンプト次第で精度は大きく変わる。
 生成AIはハルシネーション、つまり誤った情報を生成することがある。これは当然で、AIは考えたり計算したりしているわけではないからだ。その対策として使われるのが「ファインチューニング」だ。巨大な言語モデルの高次元の言語空間に、特定分野のデータを追加して強化学習させる手法だ。
 さらに重要なのが「RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)」だ。企業には、過去に蓄積された大量のデータやノウハウがある。RAGでは、ユーザーがプロンプトを出すと、その内容に応じて外部データを検索し、その結果をLLMに渡して回答を生成する。これにより、情報を外部に漏らさず、機械の故障履歴や顧客対応の記録など、企業独自の知見を活かした判断や対応が可能になる。
 このように、質問に応じて関連データを取得し、それをLLMに渡して生成する仕組みは、今後の実務活用において非常に重要だ。
 また、今日は詳しく触れないが、「マルチモーダルAI」は、テキストだけでなく、画像、動画、音声などを組み合わせて処理することで、より高度な成果を生み出す。現在は「AIエージェント」の時代に入りつつあり、AIエージェントとエージェント型AIは異なる概念だ。将来的には、汎用的な知能を持つ「AGI」も視野に入ってくる。

周:AGIを持つAIエージェントは、現在の「指示待ちチャットAI」とは違い、自律的に思考し、目標を達成するために自ら行動を設計・実行する。 人間にとって面倒な作業はAIエージェントが代行できる反面、エージェントが自律的に動きすぎることで、人間の意図から外れた行動をとるリスクもあり得る。

■ AI規制と国際的な対応


岩本:こうした流れの中で、AIのリスクや国際的な対応も重要なテーマになっている。私は2018年頃、ここに書かれている民間企業には全部行き、AI関連の人たちと話した。主にIT企業が中心だ。公的機関も動いているが、日本だけでなく中国も含め、各国の対応が進んでいる。
 2023年にはG7広島サミットが開催され、同年12月には「G7広島AIプロセス」が立ち上がるなど、国際的な枠組みづくりも本格化している。国際的なAI原則については、OECDなどを中心に「人間中心」という考え方が共有されており、これをどのように法律に落とし込むかが議論されている。
 米国では商務省配下のNIST(National Institute of Standards and Technology:国立標準技術研究所)が、AIに関する約12種類のリスクを整理して公表しており、リスク分析はかなり進んでいる。重要なのは、これを「ソフトロー」で規制するのか、「ハードロー」で規制するのかという点だ。
 最も進んでいるのはEUで、完全なハードローを採用している。AIリスクを4段階に分け、最上位のリスクは完全に禁止。例えば、公的機関による人のプロファイリングは認められていない。一方、中国は逆の方向に進んでいるとも言える。
 日本は最近AI法を整備したが、基本はソフトローだ。アメリカも同様で、この方針をどうするかは世界的な議論になっている。

周:問題はAIの進化スピードがルール整備より遥かに早いことだ。さらに、AIからもたされる利益の誘惑も甚大だ。
 イーロン・マスクは、AIのリスクを懸念し、2015年12月、「人類に利益をもたらすオープンなAI」という非営利のビジョンを掲げ、サム・アルトマン氏らと共にOpenAIを設立した。結局、商業化で利益をとるアルトマン氏らに裏切られた。現在、裁判沙汰になっている。

■ 生成AIの急速な社会浸透と実装領域


岩本:生成AIの活用状況を見ると、学生の皆さんはレポート作成などで使っていると思うが、社会ではすでに相当進んでいる。
 最初に広がったのは「議事録作成と要約」だ。音声をテキスト化し、自動で整理・要約するため、企業では人が議事録を作らなくなり、私自身も非常に助かっている。
 次に「多言語翻訳とコミュニケーション」だ。グローバルな仕事では外国語のメール対応が負担だったが、今はAIでほぼ問題ない。特に中国語はまったく分からなくても、そのまま送って確認してもらえば「多少のニュアンスはあるが問題ない」と言われる程度で、非常に楽だ。
 「クリエイティブ作業支援」も当初は反発があったが、現在はイラストや漫画などの分野で、生成AIと人が協働する形に変わっている。著作権の議論は別として、創作現場では積極的に使われている。
 「顧客対応のチャットボット」も一般化した。コールセンターではAI対応が前提になり、マニュアル説明や契約内容の確認などは、人より正確で感情的なトラブルも起きにくい。24時間対応できる点も大きな利点だ。
 「データ分析・予測・マーケティング」も非常に優秀で、「医療分野」ではレントゲンなどの画像診断で、専門医よりAIの方が優秀で、誤診率が下回るケースもある。内視鏡検査では、医師がAIと相談しながら異常を見つけることもあり、患者にとっても安心だ。
 「教育分野」への応用も重要だ。特に小学生の算数では、分数でつまずくとその後が分からなくなり、苦手意識が固定されがちだ。AIは一人ひとりに合わせて戻り学習をさせ、どこで理解が止まったかを丁寧に補ってくれる。
 「製造業」でもAI活用は進んでいるが、内部機密が多いため表に出にくいだけで、実際には各社が積極的に導入している。遅れると競争に負ける分野だ。
 「研究開発」では、膨大な論文を一瞬で読み込み、重要なものだけを抽出・要約してくれるため、非常に有効だ。もちろん、利用可能な論文に限られるが、研究効率は飛躍的に上がる。
 「人事・法務」への応用も進んでいるが、プロファイリングの問題があり慎重さが必要だ。人事判断をAIが行うことに抵抗を感じる人も多く、社会的な議論が続いている。
 中国では、民事裁判の調停にAIが使われている。土地境界や売買トラブルなどで、AIが複数の調停案を提示し、多くの当事者がそれに納得する仕組みになっているそうだ。こうした使い方は、一つの可能性として注目される。

周: AIの応用に関しては現在、中国が最も進んでいる。背景には膨大なAIエンジニアを抱えると同時に「新しモノ好き」で寛容性ある社会風土がある。

周牧之 岩本敏男
2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて、岩本敏男氏と周牧之教授

■ 世界が注視するAIの4つのリスク


岩本:最後に、AIのリスクについてお話ししたい。地政学リスク分析の専門家であるイアン・ブレマー氏(ユーラシア・グループ代表)は、AIに関する4つの主要リスクを指摘している。彼は毎年日本にも来ており、今年も講演を行っている。
 第一のリスクは「偽情報(Disinformation)」だ。
 SNSを中心に、歪んだ情報が大量に拡散している。代表的な例が、ロシアによるウクライナ侵攻直後に出回ったゼレンスキー大統領の偽動画だ。2022年3月16〜17日頃にSNSに投稿され、すぐ削除されたが、翌日にはNHKの国際報道でも紹介された。当時は私でも偽物だと見抜けたが、今ではオバマ元大統領や岸田首相の偽動画も作れる時代だ。今後は、映像が本物かどうかを常に疑う必要がある。

周:今年5月、トランプ氏はSNSに、AIで生成された「ローマ教皇の法衣をまとった自身の画像」を投稿し、話題を呼んだ。

岩本:第二のリスクは「拡散(Proliferation)」だ。
 AIはオープンソース文化の上で発展してきた。その結果、誰でも高度なAIを使えるようになり、国家転覆を狙うような勢力でさえ、容易に偽情報を作れる環境が生まれている。これをユーラシア・グループは大きな地政学的リスクと捉えている。

周:AIは個人の能力を無限大にする本質を持つ。AIの力を借りた個人が国を相手にやり合える時代になってきた。

岩本:第三のリスクは「大量解雇(Mass Displacement)」だ。
AIの急速な普及により、すでに現実として起きている。例えば、シリコンバレーではマイクロソフトが約1万人規模の人員削減を行った。解雇された人の多くは次の職があるが、深刻なのは若手の入口が消えつつあることだ。
 スタンフォード大学では、新卒採用が大きく減っている。理由は「AIが代替できるから」だ。同様の変化は法律業界でも起きている。かつて弁護士事務所では、多くの若手が判例調査や法令比較を担当していたが、今は生成AIが一瞬で処理する。結果として、若手が経験を積む場が失われつつある。
プログラミングも同様だ。今ではソースコードを書かずに開発が可能になり、かつて大量に必要だった初級エンジニアの仕事が減っている。専門家は最初から専門家ではなく、下積みを通じて育つものだ。その「育成の場」を生成AIが奪う可能性があり、これは教育の問題とも言える。
 マッキンゼーの分析によれば、医療、STEM(科学・技術・工学・数学)、管理職などは比較的影響を受けにくい一方、生産ライン、カスタマーサービス、オフィス業務、コールセンターなどは大きく減少するとされている。これはすでに現実になっている。
 第四のリスクは「人間の代替(Deeper / Complex Interaction)」だ。
 これは最も複雑で厄介な問題で、実際に起きた事例を紹介する。AIチャットボット「Eliza」だ。保健分野で研究に携わっていたベルギー人の男性が、気候変動などの環境問題について、スマートフォン上のAIを相談相手にしていた。やがて対話は感情的な関係に変わり、「あなたと私はこの世界では生きられない」といったやり取りに至り、精神的に不安定になった末、6週間後に自殺してしまったと報告されている。
 いわば「デジタルドラッグ」とも言える現象だ。現在でもスマートフォンにはすでにAIが一部搭載されているが、今後はさらに高度なAIが標準で組み込まれるようになる。すると、人はAIを「便利な存在」から、ペットのように会話する相手へ、さらには恋人のような存在として感じるようになるかもしれない。
 AIは裏切らない存在に見えるかもしれないが、人が人間社会から逸脱してしまったとき、新たなSNS問題と同様、あるいはそれ以上の深刻な問題が起きる可能性がある。

周:大量解雇はすでにAIの聖地であるシリコンバレーで起こっている。これから世界の隅々にまで及ぶだろう。

■ ヒントンの警鐘:短期リスクと長期リスク


岩本:ここで再び、ノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン氏の話に戻る。彼は2013年から2023年までGoogleに在籍していたが、2023年に退職した。その理由は「営利企業に属していると、AIのリスクについて自由に発言できないから」だと言われている。
 ヒントン氏はAIのリスクを「短期的リスク」と「長期的リスク」に分けている。短期的リスクは、すでに説明した偽動画や偽音声の氾濫によって真偽が見分けられなくなること、そして失業者の増加だ。
 さらに現実の戦争では、自律型兵器の使用が始まっている。ロシア・ウクライナ戦争でも、AIを搭載したドローンが映像を解析し、動く対象が人間か動物かを判別し、人間であれば味方か敵かを判断し、攻撃するケースが確認されている。その結果、誤った判断で民間人が殺害される事態も起きている。これはすでに現実の問題だ。
 ヒントン氏がより強く警鐘を鳴らしているのが、長期的リスクだ。AIのパラメータ数は近い将来、10兆規模に達すると言われている。そうなると、AIが生み出す知能は人類自身が理解できないものになる可能性がある。
 さらにAIの恐ろしさは、知識の「複製能力」にあります。人間は生まれてから言葉を学び、身体を動かし、学校や社会で長い時間をかけて学習する。しかも、私が言葉で何かを伝えても、受け取る側の理解は必ずしも同じにはならない。
 しかしAIは、同一の知識や判断を、瞬時に何千、何万と複製できる。この点は、人間の知能とは決定的に異なる、極めて大きな問題だと言える。

周:AIは間違いなく人類社会のあり方を根本からひっくり返す。

■ 最先端技術の光と影:アインシュタイン=シラードの手紙


岩本:いつも最後にお話しするのが、このエピソードだ。アインシュタインは皆さんご存じだろう。レオ・シラードも、同じユダヤ系の物理学者だ。彼らが1939年、当時のアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトに短い手紙を送った。私も全文を読んだが、要点は非常にシンプルだ。
 「ウランの連続核分裂によって膨大なエネルギーが生まれる。新型爆弾が作られる可能性がある。米国政府はこの研究を支援すべきだ」
 これが、いわゆる「アインシュタイン=シラードの手紙」だが、アインシュタインは亡くなるまで、この手紙を書いたことを深く後悔していたと言われている。アインシュタインと交友があったノーベル化学賞受賞者のライナス・ポーリングが、アインシュタインの死後にコメントしている。なぜか。自分の署名した手紙が、原子爆弾につながったと思っていたからだ。
 この点について、ルーズベルト大統領は1939年に手紙を受け取った後、調査は指示したものの、それが直ちに原爆開発のスタートになったわけではない。原爆開発、すなわちマンハッタン計画が本格的に始動したのは1943年だ。背景には、「ヒトラーが核開発に乗り出しているらしい」「ウランを集めている」という情報があったからだ。実際にはドイツは原爆を完成させていなかったが、その情報を受け、アメリカは急遽マンハッタン計画を始めた。
 原爆は1945年8月6日、広島に投下された。完成したのはそのわずか1か月前という、まさにギリギリのタイミングだった。3日後の8月9日には長崎に投下されたが、実は当初の投下予定地は長崎ではなかった。第一目標であった小倉(北九州)付近が天候不良のため、第二候補地である長崎に変更されたと言われている。
 さらに3発目の投下も検討されており、候補地として東京説、京都説、新潟説などがあったが、最終的にトルーマン大統領がこれを中止した。ルーズベルトはすでに病死しており、副大統領だったトルーマンが判断した。この点については、評価されるべき判断だったと思う。

岩本:ここから何を読み取るべきか。最先端技術には、必ず「光」と「影」がある。AIも例外ではない。人類共通のルールを作る必要がある、という指摘はその通りだ。しかし同時に、科学技術の進歩は止めることはできないし、止める必要もない。
 だからこそ重要なのが、最後に申し上げたいこの考え方だ。
 「ELSI」を意識したマネジメント。ELSIとは、Ethical(倫理的)、Legal(法的)、Social(社会的)、Issues(課題)の頭文字だ。
 この言葉は約30年前、ゲノム解析プロジェクトの中で生まれた。技術的に「正しい」「良い」と思われることでも、社会に実装すると別の問題が生じることがある。つまり、技術そのもの以外の課題まで含めて考えなければならない、という考え方だ。
 これを意識しながら技術を使い、社会に実装していくことが、これからの時代に不可欠だと思う。

周:いま世界はまさしくAIブームの只中にある。AI用データセンターに積むGPUを生産する半導体メーカーのエヌビディアは、時価総額が5兆ドルを超え、世界一を誇る。AIを駆使するテスラの自動運転は現実になっている。アメリカの経済成長そのものがAI駆動になっている。
 他方、シリコンバレーでは、技術者がAIに仕事を奪われ、大量解雇されている。これからは凄い格差社会になっていく。AIをいまの社会システムに適応させていく努力が必要である。さらに、AIがもたらす社会の変革を直視しなければならない。

岩本敏男 石見浩一
2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」にて、岩本敏男氏、石見浩一エレコム社長、南川秀樹元環境事務次官、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、邱暁華元中国統計局局長 (前列左から)

プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。

【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅱ):パラダイムシフトをもたらすテクノロジーパワーの爆発

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年11月6日、NTTデータグループ元社長の岩本敏男氏を迎え、「デジタル技術の本質」をテーマに話を伺った。
  対談では、パクス・アメリカーナの終焉や世界秩序の揺らぎを背景に、CPU・ストレージ・ネットワークが同時進化するIT革命の本質、そしてデータが意思決定へと昇華する「情報の三階層理論」について議論した。

※前回記事【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅰ)はこちらから

岩本敏男 周牧之 対談
2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏

■ AIと人類が生物学的存在を超える「シンギュラリティ」の到来 


周牧之:パラダイムシフトをもたらすのは、テクノロジーパワーの爆発だ。

岩本敏男:これは今日、皆さんに伝えたい本題の一つだ。おそらく周先生からも聞いていると思うが、「ITの三大要素技術」について、専門外の方にも分かるように話したい。
「シンギュラリティ」という言葉を直訳すると「技術的特異点」だ。この概念を提唱したのは、「レイ・カーツワイル(Ray Kurzweil)」だ。私は約10年前、シリコンバレーで彼と直接話をした。彼の代表的な著書が『シンギュラリティは近い(The Singularity Is Near)』で、原著は2005年、日本語訳は2年後の2007年に出版されている。
 この本の副題には、「When Humans Transcend Biology(人類が生物学を超えるとき)」とある。つまり、人類が生物学的存在を超えるとき、シンギュラリティが到来するという主張だ。
 この話をすると、「人間の脳にチップを埋め込むのか」と聞かれることがある。実際、イーロン・マスクは、サルの脳にチップを入れ、手を動かさずに思考だけでゲームを操作させる実験を行っている。ただし、カーツワイルが言うシンギュラリティは、そうした単純な話ではない。
 分かりやすく言えば、AIと人類が高度に協働し、従来の生物学的な人間像を超える状態に至ったとき、それがシンギュラリティだということだ。彼は当初、その時期を2045年頃と予測していたが、その後「2035年」「2025年」と前倒しされ、今では「すでに始まっている」と考える人もいる。

周:近年、ChatGPTなどの生成AIの飛躍的進歩を受け、シンギュラリティに関する予測が早まっている。テスラのイーロン・マスク氏と、エヌビディアのジェンスン・フアン(Jensen Huang、黄仁勲)といったAI産業のリーディングカンパニーCEOは最近、「シンギュラリティの中にいる」、「AGI(Artificial General Intelligence:汎用人工知能)はすでに達成された」と主張している。

岩本敏男 周牧之 対談

■ サグラダ・ファミリアに見る指数関数的進化


岩本:ここで重要なのが、「指数関数的変化」だ。カーツワイル氏との対談で、私が強く共感したのは、この指数関数的進化がもたらす“暴力的”とも言える変化だ。指数関数的変化は、ある時点までは直線的変化より小さく見えて気づきにくい。しかし、ある転換点を超えた瞬間、一気に世界を変えてしまう。

岩本敏男 周牧之 対談

その例として、スペイン・バルセロナのサグラダ・ファミリアを挙げる。バルセロナを訪れる人が必ず行く、今も建設中の教会だ。現在の建設責任者は、日本人彫刻家の外尾悦男氏で、30年以上現地で、この教会の建設に関わっている。NHKでも何度か紹介された。
 サグラダ・ファミリアを設計したのは建築家アントニ・ガウディだ。彼はリウマチを患い、工事現場に寝泊まりしていたが、ある雨の日、路面電車にひかれて亡くなった。当初は身元不明の老人として扱われたが、後にガウディと分かり、スペイン中が彼の死を悼んだという有名な逸話がある。
 この教会は1882年に着工され、当初は2180年完成と見込まれていた。ところが2014年、責任者が「ガウディ没後100年にあたる2026年完成」を宣言した。指数関数的進化を前提にした判断だ。コロナ禍で多少遅れたが、完成は目前だ。
 工期が大幅に短縮された理由は主に三つある。第一に、構造計算だ。かつては時間をかけて精密なミニチュア模型を作り、それを逆さ吊りすることで、重力を利用した力学的な検証していたが、現在は3Dプリンターで簡単に模型を製造することができるし、3D CADなどを使いデジタルでの構造解析・設計が行われている。第二に、石材加工に数値制御(NC)加工機が導入され、製造工程が飛躍的に効率化された。第三に、世界遺産としての観光収入だ。コロナ前には年間で約50億円の収益があり建設費に充てられている。
 このように、指数関数的進化は、長年不可能と思われていたことを一気に現実へと変えてしまう。

周:テクノロジーパワーの指数関数的進化によりガウディの宿題が一気に終わりそうだ。

岩本敏男 周牧之 対談

■ CPUの進化:ムーアの法則は「まだ終わっていない」


岩本:ITの三大要素技術は、「CPU」「ストレージ」「ネットワーク」の三つだ。重要なのは、これらが同時に指数関数的に進化している点だ。まず、CPUの進化から説明したい。

岩本敏男 周牧之 対談

岩本:CPUは基本的には電気的に動作し、発振器が生む「クロック」と呼ばれるパルスごとにマイクロ命令が一つずつ実行されて計算が進む。2025年現在、CPUの性能はクロック周波数換算で約192GHz相当とされている。1秒間に192GHz、つまり約1920億回分の処理能力がある。ただし実際にその周波数でパルスを出しているわけではなく、設計上の工夫により同等の性能を実現しているため「相当」と表記される。
 CPUの歴史を振り返ると、1969年にIntel 4004が開発され、1971年に商用化された。これは日本の電卓メーカーがインテルに発注したことがきっかけで、日本人技術者も関わっている。当時のクロック周波数は約750kHz、つまり75万Hz程度だった。現在の192GHzと比べると、この約50年間で約25万倍に向上したことになる。
 この進化を支えてきたのが、いわゆる「ムーアの法則」だ。インテル創業者の一人、ゴードン・ムーアが示した法則で、CPU性能が約2年で倍になると言われがちだが、正確には「チップ上に集積できるトランジスタ数が増え続ける」という意味だ。チップ上のトランジスタ数が増えると、一つのトランジスタは小さくなるので、結果として半導体性能も同様に向上するということだ。
 トランジスタの仕組みを簡単に説明する。シリコン基板上にソースとドレインという電極があり、その間にゲート電極がある。ゲートに電圧をかけるかどうかで電流のオン・オフが切り替わり、デジタルで「1か0」を表す。このとき重要なのが、ソースとドレイン間の距離、いわゆる「ゲート長」だ。これを短くすると、チップ上のトランジスタを小さく作ることができ、より多くのトランジスタを集積できる。
 1971年当時は約10マイクロメートルだったが、2021年には5ナノメートルまで微細化された。人の髪の毛が約90マイクロメートル、コロナウイルスが約100ナノメートルであることを考えると、5ナノメートルがいかに小さいかが分かる。
 ただし、ここで物理的な限界が現れる。日本人物理学者・江崎玲於奈氏が発見した「トンネル効果」により、ゲート長が5ナノメートル以下になると、ゲート電極の電圧をオン・オフすることと関係なく電流が漏れてしまい制御できなくなる。トランジスタとして働かなくなるということだ。これは物理法則による限界だ。
 それでも現在は最先端の「2ナノメートル」世代が実現されている。これは平面構造ではなく、フィン型(FinFET)や、ゲートで素子を包み込む「ゲート・オール・アラウンド(GAA)」といった立体構造によるものだ。実際のゲート長は長くても、平面構造に換算すると2ナノメートル相当の性能が得られる、という意味だ。
 今後は1ナノメートル相当まで進むと予測されているが、これはあくまで製造技術による換算値だ。それでも、微細化の工夫により、ムーアの法則はいまだ完全には終わっていない。
 さらに微細化が進むと、原子スケール(約0.1ナノメートル)に近づく。この領域では、ニュートン力学とは異なる量子力学が支配的になる。こうして登場するのが量子コンピュータだ。近い将来、量子の世界を理解せずには、最先端の科学技術を語れなくなる時代が来るであろう。

周:50年間で能力が約25万倍へと向上したCPUは、パソコンの時代をもたらし、コンピューティングパワーを身近なものにした。エヌビディアのCEOであるジェンスン・フアンは、同社が手がけるGPUというAIチップの進化スピードが「ムーアの法則」を遥かに凌駕していると公言、これは「Huang’s Law(ファンの法則)」と呼ばれている。GPUの加速度的進化は、同社を時価総額世界一に押し上げ、今日のAIパワーの爆発を支えている。

岩本敏男 周牧之 対談

■ ストレージの進化:持てる情報量が生活を変えた


岩本:次に、ストレージの進化だ。『ローマ人の物語』という、非常に立派な単行本がある。塩野七生氏の著作で、全15巻を並べると約48センチにもなる。私は以前、この本をすべてデータとして保存すると、どれくらいの容量になるのかを調べたことがある。
 1990年頃は、ストレージ容量が約40MBだった。つまり4,000万バイトほどだ。この容量があれば、『ローマ人の物語』を4セットほど、長さにして約2メートル分収納できる計算になる。
 10年後には容量が1000倍の40GBになる。すると、約2キロメートル分の本が、パソコンの円盤1枚に収まる。現在は、32TBだ。テラはギガの上の単位で、32兆バイトに相当する。これを本に換算すると、『ローマ人の物語』を並べた距離は約1,666キロメートル。札幌から鹿児島までの距離が約1,600キロだから、ほぼ同じ長さになる。
 さらに驚くべきは、これがハードディスクではなくSSD、つまり半導体ストレージの場合だ。近い将来300TBを超えるクラスが実現する。367TBのSSDに換算すると、なんと3,985万セットもの『ローマ人の物語』が入る。地球上に並べると、ほぼ地球半周分に相当する長さだ。
 私自身も、今では2TB程度のSSDを普通に持ち歩いているが、それでもこれほどの情報量が収まる世界になっている。さらにサーバ用のストレージ装置では、1.6PBという容量も珍しくない。PBはTBのさらに1000倍だ。この規模になると、『ローマ人の物語』15巻セットを並べた長さが、地球を2周するほどになる。
 皆さんが日常的にスマートフォンで動画や写真を大量に撮れるのも、こうした半導体ストレージの圧倒的な容量があるからだ。もちろん限界はあるが、それでもこの進化の凄まじさは驚異的だ。

岩本敏男 周牧之 対談

■ ネットワークの進化:6Gの速度と通信環境


岩本:続いて、ネットワークの進化がなければ、クラウドでサービスを提供するなど到底あり得ない。ここで私の好きな映画の話をする。ヴィヴィアン・リー主演の『風とともに去りぬ』だ。非常に長い映画で、上映時間は約3時間42分ある。
 1988年頃の通信環境はISDNで64kbpsだった。この回線でこの映画を送ろうとすると、1か月ほどかかる。それが現在では、FTTH、つまり光ファイバーが家庭まで届き、ベストエフォートでも10Gbps程度は出る。この速度なら、同じ映画を約16秒で転送できる。
 さらに5Gになると、ベストエフォートで20Gbps程度が出るので、8秒ほどだ。もうすぐ6Gが登場するが、そうなると「一瞬」と言っていいほどの時間で転送が終わる。それでも、まだ遅いと感じる時代が来ると思う。
 ネットワークのすごさは、速度だけではない。4Gでは、1平方キロメートルあたり約10万台の端末が同時接続できる。現在私が使っている5Gでは100万台、さらに、6Gになると、1平方キロメートルあたり1,000万台が接続可能になるとされる。そうなれば、ほとんどストレスを感じない通信環境になる。

周:6Gになると、タイムラグが極限まで抑えられる超低遅延多数同時接続が実現できる。ヒューマノイドロボットや自動運転車などのフィジカルAIが普及され、遠隔ロボット手術も現実なものとなる。

岩本敏男 周牧之 対談

■ 「大容量・低遅延・低消費電力」を実現するIOWN構想


岩本:従来の電子工学では、電子が流れる以上、必ず抵抗が生じ、発熱や速度の限界が避けられない。しかし、IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)構想はこれとは異なり、フォトニクス、つまり光工学を基盤としている。光電融合技術を用いることで、消費電力を大幅に下げることができ、AIで問題になっている電力消費も、IOWNを使えば約100分の1になると言われている。
 IOWNは「大容量・低遅延・低消費電力」を実現する構想で、現在は4段階で進められている。IOWN1.0にあたるオールフォトニクスネットワークは、すでにサービスが始まっている。大阪・関西万博でも活用されており、かつての千里万博会場と現在の夢洲を結び、土俵を叩いた振動音のような微細な振動まで伝送できることが実証されている。これはすでに実用段階に入っている。
 本当に注目すべきなのは、その先のIOWN2、3、4だ。ロードマップを見ると、IOWN2ではサーバ内部のボードとボードの間を光で接続する。さらに進むと、ボード内部のチップ間、最終的にはIOWN4でチップ内部の素子そのものを光で結ぶ段階に至る。これは、半導体が電子ではなく光で動作する、いわば光半導体の世界だ。
 実験環境はすでに整っているが、実用化の目標は2032年以降、今から7〜8年後とされている。ただし、生産技術や品質の安定、歩留まりの向上、コスト低減といった課題があり、もう少し時間がかかる可能性もある。それでもNTTグループは、世界中のパートナーとともに、この挑戦を続けている。

周:IOWNは素晴らしいプロジェクトだ。2024年11月30日、東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」のセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」で、岩本さんは、IOWNについて詳しく紹介してくださった(【シンポジウム】岩本敏男:ビッグイノベーションIOWN計画でGXをリード を参照)。
 現在、アメリカも中国も光工学で消費電力を大幅に下げることに必死に取り組んでいる。IOWNを成功させるには、技術の指数関数的な爆発に負けないスピード経営の手腕が問われる。

岩本敏男 周牧之 対談

■ 情報の三階層理論:なぜデータが重要なのか


岩本:もう一つ重要な話として「情報の三階層理論」を紹介する。経営の三大資源は「人・物・金」と言われるが、近年はこれに「データ」、あるいは「情報」が加わり、四大経営資源と呼ばれるようになった。
 なぜ情報やデータがそれほど重要なのか。皆さんなりに答えはあるかもしれないが、実は本質的な理解はまだ十分ではない。その象徴的な例が、2010年の『エコノミスト』誌の表紙だ。「データ・デリュージ(Data Deluge)」、つまりノアの箱舟に例えられるような“大洪水”として、データの爆発的増加が描かれた。
 データ量の予測では、2013年時点で約4.4ZB(ゼタバイト)とされ、これはペタバイトのさらに上の単位で、ほぼ天文学的な数字だ。さらに2025年には181ZBに達すると予測されている。これはIDCという調査機関による推計で、正確に証明できるものではないが、昨年までの175ZBという予測から、さらに上方修正されている。
 こうした流れは今後さらに加速する。ネットワークを流れるデータは多様化し、IoTとしてネットワークにつながるデバイスの数は、2022年時点で約348億台とされている。これが2025年、つまり今年には、総務省などの推計でも約416億台に達し、まもなく500億台を突破すると言われる。すでにそのような時代に入っている。
 そこで次に、このような環境を前提としたうえで、なぜ今なお「データが不十分だ」と言われるのか、その理由について考えていきたい。

岩本敏男 周牧之 対談
2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて周牧之教授、小手川大助元IMF日本代表理事、岩本敏男氏、石見浩一エレコム代表取締役社長 (段上左から

■ データとは「人が感知できるもの」


岩本:そもそも「データ」とは何か。私たちは日常的に「データが重要だ」「これは自分のデータだ」といった言い方をするが、その本質を説明できる人は意外と少ないと思う。
 「データ(Data)」という言葉の語源は、ラテン語のDareで、「与える」という意味だ。ただし「与える」では分かりにくい。私はこれを「人が感知できるもの」と理解すると分かりやすいと思う。
 一見関係なさそうだが、地中海の話をする。約600万年前、何が起こったか。NHKのBSでもここ数年で2回ほど紹介された。
地中海は600万年前に、一度干上がった。地中海は現在、ジブラルタル海峡を通じて大西洋とつながっているが、この海峡が閉じると地中海は巨大な塩湖になる。閉じた理由については、アフリカ大陸がユーラシア大陸側に移動したという説や、寒冷化による大西洋の海面低下説などがあるが、後者が有力だと言われている。
 地中海が干上がると何が起こるか。小学校の理科で、塩水を熱して水分を蒸発させる実験をしたことがあるだろう。水が蒸発すると塩が残る。実際、地中海の海底を調査すると、岩塩(塩化ナトリウム)や硬石膏(硫酸カルシウム)、ストロマトライト(藍藻の積層状岩石)などが堆積していることが分かっている。これらが重なった「蒸発岩」が、場所によっては約1000メートルもの厚さで確認されており、地中海は複数回干上がった可能性すら示唆されている。
 干上がるといっても一瞬ではなく、数千年の時間をかけて起こった。その後、ジブラルタル海峡が再び開き、大西洋の水が一気に流れ込んだと考えられている。まさにノアの箱舟に例えられるような「デリュージ(大洪水)」が起きたはずだが、もちろん誰も目撃していない。
 データの話に戻すと、海底に堆積した蒸発岩は、地中海が干上がったという事実を私たちに「伝える」存在だ。つまり、これがデータだ。人間が直接見ていなくても、自然が残した痕跡が過去を教えてくれる。
 宇宙は約138億年前のビッグバンで生まれ、地球は約46億年前に誕生したとされる。地球誕生以来、森羅万象はすべて「自然現象」だった。しかし約30万年前、私たちの直接の祖先であるホモ・サピエンスがアフリカで誕生する。それ以降、人間の営みという「社会現象」が加わった。
 社会現象の例として、フランスのドルドーニュ県にあるラスコー洞窟がある。子どもが遊んでいて偶然発見された洞窟だが、そこには人が描いた壁画が残されていた。これは明らかに社会現象だ。同様に、メソポタミアの楔形文字、エジプトの象形文字、中国・殷王朝の甲骨文字なども、人が残した社会現象だ。
 これら自然現象や社会現象は、すべてアナログな形で存在していた。つまり、これらもデータではあるが、アナログデータだった。
 現在、これらがデジタルデータへと置き換えられている。ここが決定的に重要な点だ。ITの三大要素技術によって、自然現象や社会現象をデジタル化できるようになり、大量のデータを制約なく収集・処理できるようになった。

岩本敏男 周牧之 対談

■ 意思決定の源泉となる「インテリジェンス」


岩本:では、これによって何が起こるのか。その考え方を示すのが「情報の三階層理論」だ。データがインフォメーションになり、さらにインテリジェンスへと昇華していく。この構造を理解することが、これからの議論の鍵になる。
かの有名な、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康にまつわる話がある。鳴かないホトトギスが籠に入れられ、この三人の武将の前に差し出された、という設定だ。
 信長は「鳴かぬなら殺してしまえ」、秀吉は「鳴かせてみせよう」、家康は「鳴くまで待とう」と言った、とされる。ただし、これは史実ではない。後世の人が、三人の性格と「鳴かないホトトギス」を重ねて作った、非常にうまい表現だ。
なぜこの話をしたかというと、人はどのように行動を決めるのか、その判断の源泉が「インテリジェンス」だからだ。信長・秀吉・家康は、それぞれ異なるインテリジェンスを持っていたことを表している。
 皆さんも同じだ。今日ここに私の話を聞きに来たのはなぜか。講義だから、出席が必要だから、出ないと怒られるから、あるいはたまたま時間があったからかもしれない。理由はさまざまだが、人でも企業でも国家でも、何らかの行動を取るときには、無意識であっても情報をインテリジェンスのレベルまで引き上げたうえで判断している。
 アメリカ中央情報局(CIA)は最近よく話題になるが、CIAは「セントラル・インフォメーション」ではなく「セントラル・インテリジェンス・エージェンシー」だ。国家安全保障の文脈で使われるインテリジェンスは、やや専門的な意味を持つが、ここではもっと広い意味でのインテリジェンスとして理解してほしい。
 「情報の三階層理論」とは、世の中で起こるさまざまなデータが、あるフィルターを通ってインフォメーションになり、さらに別のフィルターを通ってインテリジェンスへと昇華され、それが人・企業・国家の意思決定の源になる、という考え方だ。

■ 桶狭間の戦いで見る「情報の三階層理論」


岩本:その具体例として、織田信長のインテリジェンスを見てみよう。桶狭間の古戦場は、今も残っている。桶狭間の戦いでは、今川義元が沓掛城に入り、鳴海城や大高城は今川方に寝返っていた。織田軍は丹下砦、善照寺砦、鷲津砦、丸根砦、中島砦などに分かれて布陣していた。
今川義元は、徳川家康らを大高城に向かわせ、まず鷲津砦と丸根砦を攻略する。今川軍は総勢2万5千とも言われ、大高城には約2万、義元の本隊は4千から5千程度だったとされる。では、信長はどうしたか。今川義元が桶狭間山で休息しているという情報が入ると、わずか2千ほどの兵を率いて出陣し、奇襲ではなく真正面から桶狭間山に登り、今川義元を討ち取った。
 この出来事を情報の三階層理論で見ると、戦場で起きる事象、雨が降ったこと、義元が休息していることなどは「データ」だ。これらは斥候や農民などを通じて集められ、フィルターを経て信長のもとに「インフォメーション」として届いた。そこから先が重要だ。最終的に「桶狭間に出る」という判断に至ったのは、信長自身の経験、価値観、野心といったインテリジェンスによるものだ。実際、この情報を最初にもたらした簗田政綱は、最高の恩賞を受けたと伝えられている。

岩本敏男 周牧之 対談

■ 情報を読み取るフィルターの重要性


岩本:次に、情報の三階層理論を、NTTデータのM&A戦略を例に見てみる。ここで焦点になるのは、取締役のインテリジェンスだ。NTTデータは私が社長になった頃から大きく成長し、海外でも売上を伸ばし、多くの企業を買収してきた。ただ、その初期段階、私の前々社長の時代に、象徴的な出来事があった。
 M&Aを検討する際、取締役にはすべての情報が提供される。しかし、その情報がインフォメーションからどんなインテリジェンスへと昇華するかは、人によって異なる。賛成派のインテリジェンスは、CEOや海外担当を中心に「進めるべきだ」という判断だった。一方、反対派は、財務担当からは「買収の規模が大きすぎて、うまくいかなかった時には大きな減損になり、現在の営業利益ではカバーできない」、人事担当からは「海外で活躍できる人材がまだ不足している」「時期尚早ではないか」といった意見が出た。国内担当からも慎重論があり、結果として、社長提案による約300億円規模の買収案件だったが、3対4で否決された。
 ここで言いたいのは、取締役に与えられたインフォメーションは全く同じでも、最終的な判断、つまりインテリジェンスは、その人の経験、知識、価値観によって大きく変わるということだ。情報の三階層理論では、この「フィルター」が極めて重要になる。

岩本敏男 周牧之 対談

岩本:データからインフォメーションへと上がる過程では、「切り取られ方」によって意味が大きく変わる。例えば、ある英国王子の写真がある。実際には「三人目の子どもが生まれた」という報告だったのが、写真の切り取り方によっては、まったく違う、むしろ誤解を招くポーズに見えてしまう。これは事実でありながら、同時に事実を歪めてしまう例だ。
 もう一つの例が、ギリシャのパルテノン神殿だ。写真で見ると、広い平地に神殿が建っているように見えるが、実際は大きな岡の上に建っている。どちらも嘘ではないが、「本当か」と言われると、受け手に誤った印象を与える可能性がある。こうしたことが、データがインフォメーションになる過程で起こる。

岩本敏男 周牧之 対談
2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて岩本敏男氏

■ インテリジェンスのフィルターがAIへ移行する時代


岩本:これまで見てきたように、織田信長の判断も、NTTデータのM&Aも、最終的には人間がインフォーメーションから何らかのフィルターを通して昇華したインテリジェンスに基づいて決めてきた。しかし今、その役割が徐々にAIに置き換わり始めている。データがインフォメーションになり、さらにインテリジェンスへと昇華するフィルターをAIが担うようになると、人が判断しなくても自律的に動く世界が生まれる。
 これは、素晴らしい社会を実現する可能性を持つ一方で、間違えれば大きなリスクにもなる。2010年に起きた「フラッシュ・クラッシュ」では、ニューヨーク証券取引所で、わずか数分の間に株価が約600ドル下落し、その後すぐに戻るという事象が起きた。FRBが金利操作をしたわけでもなく、紛争が勃発したわけでもない。実体経済の変化がもたらしたものではなく、多くの自動取引プログラムが相互に関係して引き起こしたものだった。

周:情報の三階層理論から自動運転の様相を見ると、テスラのFSDは世界中で走る数百万台の同社の車から膨大な運転データを日々収集し、AIによって解析し、そこから得たインテリジェンスを自動運転の判断力に反映させている。

岩本:日本でも2020年にホンダがレベル3を実用化したが、現在サンフランシスコでは、アルファベット傘下のWaymoの車両が街中を走り、実際に乗ってみると非常に完成度が高いことが確認できる。

周: 私が過去10年間取り組んできた中国都市総合発展指標(中国都市総合発展指標についてを参照)は、「情報の三階層理論」の実例になると思う。878項目の統計データ、衛星リモートセンシングデータ、インターネット・ビッグデータを収集、クリーンアップ、整理し、中国の297都市を、経済・社会・環境という三つの軸で包括的に評価している。同システムは、まさしくデータから情報そしてインテリジェンスへと昇華したものと言えるだろう。

中国都市総合発展指標構造図

プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。

【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅰ):パクス・アメリカーナとその行方

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年11月6日、NTTデータグループ元社長の岩本敏男氏を迎え、「デジタル技術の本質」をテーマに話を伺った。対談では、パクス・アメリカーナの本質、世界の価値観が反転するパラダイムシフト、そしてアジアの時代について議論した。 

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長
2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏

■ 世界的なパラダイムシフト 


周牧之:本日は、私が日本のビジネスリーダーとして尊敬とする岩本敏男さんに来ていただいた。輝かしい経営実績を残しておられる岩本さんが、非常に刺激的な講義をしてくださる。

岩本敏男: 今日のタイトルは「デジタル技術の本質」だ。特に「パラダイムシフト時代におけるテクノロジーのパワー」という観点でお話したい。皆さんはどちらかというと理系ではないので、「テクノロジー」という言葉はあまり馴染みがないかもしれない。ただ、今は生成AIも含め、テクノロジーを理解しないと企業経営はもちろん、国家戦略も立てられない。そんな時代になった。
 最初に、簡単に自己紹介したい。ちょうど50年ぐらい前、当時の日本電信電話公社に入った。そこからNTTへの民営化があり、さらにNTTデータグループへと移り、現在に至る。私は一貫して、さまざまなシステムの構築、その後は営業、そしてグローバル化に携わってきた。
 今年の6月、足掛け50年勤めたNTTグループを卒業した。現在は「IT未来研究所合同会社」という会社を立ち上げ、CEO・所長という形でやっている。これまでの経験を活かし、会社を辞めた後もさまざまな会社の社外取締役や、理事長、評議員会の会長などを務めている。
 今日お話しする内容は、大きく言うと5つ。まず「世界のパラダイムシフト」から入る。
 その流れで「イノベーションとは何か」を考える。イノベーションの背景にあるのはテクノロジーだ。そこで「ITの三大要素技術」についても触れる。周先生も、半導体の法則、18カ月で倍増するという話をされていると思うが、この三大要素技術はAIも含め、すべてのテクノロジーの土台になる。

周:インテル社の創業者の一人となるゴードン・ムーアは1965年、半導体集積回路の集積率が18カ月間(または24カ月)で2倍になると予測した。これがすなわち「ムーアの法則」である。ムーアの法則を信じ、多くの技術者出身の企業家が半導体産業に投資し続けた結果、半導体はほぼムーアの法則通りに今日まで進化した。その結果、「世界のパラダイムシフト」がもたらされた。私は、この間の人類社会を「ムーアの法則駆動時代」と定義した(【論文】周牧之:マグニフィセント・セブンが牽引するムーアの法則駆動産業 ―「半導体・半導体製造装置」、「ソフトウェア・サービス」、「テクノロジー・ハードウェアおよび機器」を中心に を参照)。

岩本:さらに「情報の三階層理論」だ。「データや情報が大切だ」とはよく聞く。でも、なぜデータが重要なのか、立ち止まって考えたことはあるか。チコちゃん流に聞いてみてもいいと思うが、そこを掘り下げる。最後にAIの話まで進めたい。
 では最初に「世界的なパラダイムシフト」についてお話しする。今、世界で起きている問題として、皆さんは何を思い浮かべるか。
 挙げ始めれば、次から次へと出てくる。日本でも高市政権が発足し、トランプ大統領や習近平国家主席との会談が行われている。一方で、イスラエルとハマスの衝突、ロシアによるウクライナ侵攻、ゼレンスキー大統領とのやり取りなど、深刻な国際問題が続いている。トランプ氏にとっては関税問題も大きな争点だ。
 こうしたテーマは一つひとつ取り上げるだけでも、語り尽くせない。それほど世界では多くの出来事が同時に進行している。そんな中で、平和な日本に暮らし、美味しいものを食べ、自由に行きたい場所へ行けるという状況は、グローバルに見れば本当に恵まれている。私自身、海外を回ってきた立場から実感している。

■ パクス・アメリカーナの終焉とは


岩本:今日はその中でも、「パクス・アメリカーナの終焉」についてお話しする。皆さんはこの言葉を聞いたことがあるか。これは、第二次世界大戦後、アメリカが主導して築いてきた世界秩序、いわば「アメリカによる平和」を指す。
 実はこのイメージ図は、私が生成AI(Copilot)に30秒ほどで描かせたものだ。鷲の翼の上に女神が立つ構図だが、欧米の会議や議論では最近、「パクス・アメリカーナの終焉」という言葉が枕詞のように使われるようになっている。
 日本ではあまり使われないが、欧米では共通認識になりつつある。アメリカが築いてきた世界秩序が大きな転換点を迎え、しかもその秩序をアメリカ自身、特にトランプ大統領が壊し始めている。この事実をどう捉えるかが重要だ。
 写真で私と並んでいる人物は非常に有名なアメリカ人で、「ロス・ペロー(Ross Perot)」だ。彼を知らないアメリカ人はほとんどいないだろう。私と身長がほぼ同じで、個人的には親近感を覚えるが、彼は1962年にEDSというソフトウェア企業を創業した。これは、現在のNTTデータのような会社で、当時はIBMのコンピュータを使いながら、数多くの業務システムを構築し、アメリカでトップクラスの企業に成長した。
 彼が一躍有名になったのは1979年のイラン革命だ。アメリカ大使館員を含む100人以上が人質となった事件は有名だが、それより約1年程前、EDSの社員が逮捕された事件が起こった。当時はベトナム戦争が終結した直後で、多くの退役軍人がアメリカ国内にいた。ロス・ペローはある将軍を雇い、私設の軍事組織を編成し、イランへの人質救出作戦を実行した。
この作戦は見事に成功し、その後テレビドラマ化された。タイトルは『On Wings of Eagles(鷲の翼に乗って)』。先ほどのAI画像は、これをヒントに生成させたものだ。
 その後、ロス・ペローはEDSをゼネラル・モーターズ(GM)に売却する。取締役としてしばらく残るが、1988年に再び自らPerot Systems(ペロー・システム)を創業した。さらに彼は、1992年と1996年の2度、共和党でも民主党でもない立場で大統領選挙に出馬した。選挙人は獲得できなかったが、1992年には得票率10%以上を獲得し、大きな話題となった。

パクスアメリカーナ 岩本敏男

■ パクス・アメリカーナを支えた要素


岩本: 「パクス・アメリカーナ」とは何かを、主な要素に分けて整理してみたい。
 まず、戦後直後、つまり1945年以降に確立されたのが「米ドルの基軸通貨体制」だ。金1オンス=35ドルと定められ、米ドルが世界の基軸通貨となった。それ以前の基軸通貨は英ポンドだった。現在も当たり前のように感じている米ドル中心の金融体制は、パクス・アメリカーナの大きな柱だ。
 二つ目は「国際連合の設立」だ。国連は、第二次世界大戦への強い反省から「二度と世界大戦を起こさない」ために、アメリカ主導で作られた。ただし、常任理事国5カ国の拒否権という仕組みは、現在も大きな課題として議論されている。理念は立派でも、実効性が伴っていないという指摘は少なくない。
 三つ目は「自由貿易体制」だ。皆さんはGATT(ガット)という言葉をあまり聞かないかもしれないが、かつてはガット・ウルグアイラウンドなどが盛んに議論されていた。その後、問題点を踏まえてWTOへと移行し、2000年前後には中国も加盟した。関税をできるだけ下げ、自由貿易を推進してきたのも、アメリカ主導の世界秩序だった。
 四つ目は「圧倒的な軍事力」だ。軍事費、兵器の質と量のいずれを見ても、依然としてアメリカは世界トップだ。中国が追い上げているとはいえ、質的な面ではまだ大きな差がある。
 さらに、「科学技術の革新力」も重要だ。インターネットはアメリカ発祥であるし、最近では新型コロナウイルスのワクチンもアメリカで開発された。
 経済面では、統計の取り方にもよるが、GDPの世界シェアは約26~27%と、依然として最大だ。中国が第2位、日本はドイツやインドに抜かれる可能性が語られるなど不安な話もあるが、経済的覇権はまだアメリカにある。
 また、「覇権的外交」に加え、「文化的影響力」も無視できない。私たちの世代は、ニューヨークやロサンゼルス、ハリウッド映画やアメリカのポップミュージックに強く憧れた。「アメリカに行きたい」という気持ちは、多くの若者を魅了していた。
 現在もシリコンバレーには世界中から人が集まるが、一方でサンフランシスコは治安が悪化し、ホテルから「夜6時以降は外出しないでください」と言われるような状況だ。それでも、戦後アメリカが中心となって築いてきた世界秩序がパクス・アメリカーナだ。
 問題は、その体制がまだ80年しか続いていない段階で、トランプ氏自身がそれを壊し始めているように見える点にある。

周:1971年の「ニクソン・ショック」でドルと金の交換が停止された後、アメリカはドルの価値を支える新たな「錨」が必要だった。1974年、当時のヘンリー・キッシンジャー国務長官が主導したサウジアラビアとアメリカの石油取引を米ドルで行う仕組み(ペトロダラー体制)は、締結された他の産油国も追随し、世界中の国々が石油を買うためにドルを必要とする「ドルの覇権」が確立された。しかし、上記の「協定」は2024年6月に期限を迎えた後更新されず、サウジアラビアがBRICSへの加盟や多通貨決済へ動いている。「米ドルの基軸通貨体制」が歴史的な転換点を迎えている。
   第二次トランプ政権発足後、アメリカは、パリ協定(気候変動)、世界保健機関(WHO)、国連人権理事会(UNHRC)、ユネスコ(UNESCO)、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)、国連人口基金(UNFPA)、国連女性機関(UN Women)、国連大学など66の国際組織・条約から脱退した。アメリカは自ら国連中心の国際秩序を破壊している。
   さらにトランプの貿易戦争による各国への高関税の乱発は、「自由貿易体制」を揺るがしている。
 「科学技術の革新力」も中国の追い上げに見舞われている。華為(ファーウェイ)を始めとする中国のテック企業への制裁は、アメリカの危機感を表している。
   そうした意味では、パクス・アメリカーナは急激に変質してきている。

岩本敏男

■ パクスの系譜:世界秩序をつくる力とは


岩本:パクス・アメリカーナの原点は「パクス・ロマーナ」にある。「パクス」とは、古代ローマ神話における平和と秩序の女神パクスに由来する。パクス・ロマーナとは、紀元前27年に即位したアウグストゥス帝から、アウレリウス帝まで、約200年間続いたローマ帝国の安定と繁栄の時代を指す。戦争が皆無だったわけではないが、強大な軍事力と行政力によって秩序と平和が保たれていた。
 この後、「パクス〇〇」という言葉が再び使われるまで、長い時間が空く。その次が「パクス・ブリタニカ」だ。1815年のナポレオン戦争終結から、1914年の第一次世界大戦開戦までの約100年間、大英帝国は世界の海を支配し、広大な植民地を持つ覇権国家だった。
 パクス・ブリタニカの基盤となったのは、18世紀にジェームズ・ワットが改良した蒸気機関に象徴される圧倒的な生産力だ。「世界の工場」としての地位が、海軍力と軍事力を支えた。その結果、英語は世界の共通語となった。
 世界秩序をつくる力とは、単に軍事や通貨だけでなく、産業力や文化、言語にまで及ぶ。ドルが基軸通貨になったのはパクス・アメリカーナの時代だが、英語が基軸言語となったのは、パクス・ブリタニカの遺産だと考えるべきだ。イギリスは法律制度の面でも世界に大きな影響を与え、これもパクス・ブリタニカの重要な要素だった。
 さて、「パクス・アメリカーナ後の世界はどうなるのか」という問いを、私は各地でよく投げかけられる。「終わりつつあるのは分かった。では次はどうなるのか、教えてほしい」と。正直に言えば、それが分かるなら、私は今ごろ世界をリードする役割を担っているだろう。それほど、パクス・アメリカーナ後の世界は誰にも分からない。
 トランプ氏自身も分かっていないだろうし、高市さんも同様だと思う。ただ、世界中、とくにヨーロッパの首脳たちが、アメリカ主導の国際秩序が失われた後、「これからどうするか」を真剣に議論している。

周:「パクス・ロマーナ」、「パクス・ブリタニカ」、そして「パクス・アメリカーナ」の本質は、強大な軍事力で帝国の繁栄をもたらす秩序の創出と維持である。決して平和を維持するものではない。帝国は周辺諸国から富を吸い取る秩序を作り出すため、戦争を辞さない。
   第二次大戦後現在までの80年間、アメリカが海外で軍事介入や紛争に関与していなかった期間は、実質「0年」だ。アメリカ議会調査局(CRS)等によると、第二次大戦後、アメリカは100カ国以上で正規戦、空爆、特殊作戦、政権転覆工作など軍事介入をしてきた。1991年から2022年までの間だけでも、海外で250回以上の軍事介入を実施した。
   パクス・アメリカーナ後は、他国を吸い取るような帝国が存在しない世界が目指されるべきだろう。

パクスロマーナ 岩本敏男

■ 世界の中心がアジアに?


岩本: その一つのヒントとして紹介したい人物がいる。フランスの思想家・経済学者である「ジャック・アタリ(Jacques Attali)」だ。日経新聞にも年に数回寄稿している。彼はミッテラン政権で約10年間顧問を務め、1991年には欧州復興開発銀行の初代総裁も務めた。約10年前に著した『21世紀の歴史』の中で、興味深い見方を示している。
 私は彼の考えすべてに賛成しているわけではないが、未来を考えるヒントとしては非常に示唆的だ。アタリは、過去900年間における「世界の中心都市」をプロットした。ベルギーのブルージュから始まり、アントワープ、アムステルダム、そしてヨーロッパではロンドンへ。これがパクス・ブリタニカの時代だ。その後、中心は大西洋を渡り、ボストン、ニューヨーク、ロサンゼルス、そして現在で言えばシリコンバレーへと移っていく。
 彼によれば、この900年の間に世界の中心は9つの都市を移動してきたが、どの都市の繁栄も最長で150年しか続いていない。パクス・アメリカーナは約80年で終焉を迎えようとしているが、アメリカで反映している都市もいずれ150年以内に次の中心へ移る。しかも、中心は一貫して東から西へ動いている、というのだ。
 ロサンゼルスまで来た以上、西へ進めば太平洋を越えるしかない。つまり、次はアジアに移る可能性がある。私はアタリの説を全面的に支持しているわけではないが、「22世紀がアジアの世紀になる可能性は極めて高い」と考えている。
 皆さんは20歳前後ですから、ぎりぎりその時代を生きる人もいるかもしれない。もしそのとき、私の話が当たっていたら、「昔、岩本さんがそんな話をしていた」と思い出してもらえるかもしれない。
 問題は、アジアのどこが中心になるかだ。東京であってほしいとは思うが、北京、南京、ジャカルタ、あるいはニューデリーやムンバイ、アーメダバードかもしれない。正直、どこになるかは分からない。
 ただ理由は明確だ。アジアは圧倒的な人口増加を続けている。インドはすでに14億人を超え、中国を上回った。インドネシアも3億人以上だ。アフリカにも大きな人口があるが、文化的・社会的成熟にはもう少し時間がかかるとすれば、次の主役はまずアジアになる可能性が高い。つまり、次の時代はヨーロッパでもアメリカでもないかもしれない。
 皆さんは、大学を卒業した後、そのアジアの時代をつくる側に回る。私は、皆さんにはそんなミッションがあると思っている。

周:ジャック・アタリはあくまで欧米中心の文明史観だ。8世紀、シルクロードで繁栄を謳歌した唐王朝初の長安はすでに100万の人口を誇る世界最大の都市だった。アタリ氏が言う900年前だとすると、世界最大の都市は北宋の都、開封で、その人口規模も100万人以上とされる。15万以上の人口を抱えていた平安京の京都も、世界有数の大都市だった。まさしくアジアの時代だった。当時ヨーロッパでは大都市であっても数万人の規模だったようだ。アタリ氏が取り上げたベルギーのブルージュの人口規模は5,000人〜数万人と推定される。決して世界の中心都市だったわけではない。
 1950年、世界で人口1,000万人を超えるメガシティはアメリカのニューヨーク(ニューアークを含むニューヨーク都市圏)と日本の東京(東京大都市圏)の2つしかなかった。しかし2015年には、29都市に激増し、その大半はアジアの都市だ(【メインレポート】周牧之:メガロポリス発展戦略 を参照)。ゆえに私はアジアの時代はすでに再来したと思っている。メガシティとしてのアジア勢力の台頭は、まさしくパラダイムシフトを象徴している。
   アジアが生み出す巨大な富が「パクス・アメリカーナ」下のアメリカの繁栄を支えている。一方、アメリカは、力をつけてきたアジアに危機感を抱いている。

世界の大都市分布と各地域の都市化率(2015年):【メインレポート】周牧之:メガロポリス発展戦略

■ 世界の価値観が反転するパラダイムシフト時代


岩本:先ほど「パラダイムシフト」という言葉を使ったが、将来の歴史家が振り返ったとき、「2010年から2030年頃までの約20年、特にこの10年余りは、大きな歴史的転換点だった」と評価されるかもしれない。今まさにその渦中に私たちはいる。
 パラダイムシフトとは、これまで当たり前だと思っていた価値観や認識が、一気に変わることを意味する。少し率直に言えば、私が子どもの頃、小学校や中学校では「男の子は男の子らしく、弱い女の子を守るものだ」という価値観が普通にあった。今では、むしろ女性の方がずっと強いのではないかと思う場面もあるが、当時の価値観をそのまま口にすると、ジェンダーの問題として批判されてしまう。善悪を論じたいわけではなく、価値観が大きく変わったことは事実だ。
 さらに時代をさかのぼれば、江戸時代から明治に移る頃、男性はちょんまげに刀を差していた。それを捨て、ざんばら髪になっただけでも、当時の人々にとっては強烈なカルチャーショックだったはずだ。しかし日本は、そうした大転換を乗り越えてきた。
 この10年ほどの動きが大きいと感じる理由は、SDGsやカーボンニュートラル、パリ協定、京都議定書などに象徴されるように、経済や社会構造そのものを変えようとする時代に入ったからだ。そこに、新型コロナウイルスのパンデミックが重なり、世界に極めて大きな衝撃を与えた。
 さらに、ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻も決定的だった。ロシア側には彼らなりの理論と「正義」があるが、私たちから見れば到底受け入れられない。それでも、そうした行動が現実に起きている。同様に、イスラエルのネタニヤフ首相によるガザ地区での行動も、極めて苛烈で無謀に見えるが、イスラエル側にはイスラエルの「正義」があると主張されている。こうした出来事が重なり、地政学リスクが一気に顕在化した。
 そして極めつけは、トランプ氏の大統領就任だ。これまでの価値観や常識にほとんど縛られない人物が大統領になったことで、アメリカ社会の分断は一気に表面化し、極めて深刻なものになっている。いまや、ニューヨークでは初のイスラム教徒の市長が誕生し、自らを「民主社会主義者」と名乗っている。これをアメリカ国民すべてが受け入れているかといえば、決してそうではない。
 こうした世界の変化を、日本の比較的平和な環境にいる私たちも、他人事としてではなく、しっかりと受け止める必要がある。

周:露骨に軍事という「暴力」で自分の「正義」を主張することが激しくなった。これもパクスアメリカーナの終焉の象徴だ。

■ 社会構造の変化がもたらす民主主義の揺らぎ


岩本:私がまだ若い頃、ニューヨークは強い憧れの街だった。ただし当時は「ウエストサイドには行くな」とよく言われていた。皆さんも『ウエストサイド・ストーリー』というミュージカルを聞いたことがあるかもしれないが、実際に私も男友達と二人で昼間に歩いたことがある。正直、かなり怖かった。集団で固まっている人たちがいて、目がうつろで、麻薬をやっているのではないかと思うような雰囲気だった。昼間でも、20〜30代の男性二人が歩いていて恐怖を感じる場所だった。
 ところが今では、そうした場所はすっかり姿を変え、高層ビルが立ち並ぶ街になっている。まさに、パラダイムシフトが現実に起きている時代だと言えるだろう。
 当然、それに伴って社会構造も大きく変化している。先ほど触れたSDGsやパンデミック、カーボンニュートラルといった課題もその一例だ。18世紀にジェームズ・ワットが蒸気機関を発明して以降、人類は工業化を一気に進め、生活は飛躍的に便利になった。ニューヨークへも世界中どこへでも、短時間で行けるようになった。しかしその一方で、地球環境に対して多くの負荷を与えてきたのも事実だ。
 地球は本来、復元力の高い美しい惑星だが、人類はその回復能力を超える負荷をかけ、不可逆的な変化を引き起こしてしまった。これを修復するためには、技術開発だけでなく、社会規範の見直しが不可欠だと私は思う。
 さらに新型コロナウイルスは、私たちの生活様式を大きく変えた。「集まらない」「密を避ける」という制約の中で、在宅やオンライン中心の社会が進み、会社と社員の関係性も変化した。皆さんはまだ実感がないかもしれないが、日本では長く、大学卒業後に一つの企業に入り、その文化を学び、製品やサービスへの誇りを持ちながら自分の価値を高めていく、という生き方が理想とされてきた。
 しかし今、そのモデルは大きく揺らいでいる。よく言われる「ジョブ型雇用」と「メンバーシップ型雇用」の議論だ。私はグローバルに仕事をしているが、アメリカでは優秀な人ほど2〜3年で転職する。より良い条件やポジションがあれば移る。その間は会社に全力を尽くすが、キャリアは常に流動的だ。日本で言われるジョブ型雇用とは、実はかなり意味が異なる。この違いを理解せずに導入すると、日本の良さが失われかねない。
 日本には、1400年以上続く金剛組をはじめ、100年以上続く企業が数多くある。これは世界的にも突出した特徴だ。なぜ日本には長寿企業が多いのか、その背景を深く考える必要がある。
 もう一つ、私が強く懸念しているのは、世界的な分断と民主主義の揺らぎだ。かつて日本は「総中流社会」と言われた。極端な富裕層や貧困層は少数で、9割近くが中流として安定した生活を送っていた。この構造が戦後日本の原動力だった。しかし今、日本でもその前提が崩れ始めている。欧米ではすでに深刻だが、日本も例外ではない。

周:分断と民主主義に関しては、格差が拡大する中で中流階級から脱落した人々の、利益を代弁する政党の不在は大問題だ。アメリカでは本来これは民主党の役割だったが、民主党は金持ち政党へと変質した。共和党のトランプはMAGA(Make America Great Again)を叫び、ラストベルトの人々の代弁者のようにして選挙に勝ち抜いた。しかし金持ちのトランプはこうした人々の代弁者では決してない。
 日本の場合は、左派政党の自滅により底辺の人々への想いが薄れているようだ。公明党だけが立場の弱い人々の受け皿になろうとしている。
 グローバルとテクノロジーの時代に、取りこぼされている人々をきちんと世話しなければアメリカのような分断社会になりかねない。

■ イノベーションとは自然科学と人文・社会科学の「総合知」


周:パラダイムシフトの背後に、大きなイノベーションの波がある。

岩本:そこで「イノベーションとは何か」をお話ししたい。本当はチコちゃん流に「イノベーションって何?」と聞いて「Don’t sleep through life!」と言ってみたいところだ。イノベーションとは何だろう。
 日本がイノベーションを日本語訳したときに、少し間違いが起こったのかもしれない。ここで紹介するのはアルビン・トフラーだ。1980年に『The Third Wave(第三の波)』を書いた。私は1976年に電電公社に入っているので、その4年後に貪るように読んだ記憶がある。この日本語訳は、日本放送出版協会(NHK出版)から刊行されており、あの有名なアナウンサー、鈴木健次さんも訳者の一人だった。
 第三の波とは、人類が狩猟生活(Society1.0)から1万年ほど前の農業革命で定住し、農耕社会(Society2.0)ができた。これが第一の波で、18世紀の蒸気機関を端緒に産業革命が起こって工業社会(Society3.0)に入る。これが第二の波になる。電気、飛行機など、生産力の飛躍的発展で豊かな生活が可能になった。その次の第三の波が情報通信革命だ。インターネットが生まれコンピュータのパワーが全盛期になる、現在われわれが暮らしている情報社会(Societ4.0)だ。

周:『第三の波』が中国で刊行された時、私はオートメーション専攻の大学生だった。情報化社会の有り様を預言するこの本を夢中で読み返した。のちに中国で成功した工学出身の起業家らの話を聞くと、みんなこの本に影響されたと言う。

岩本:そして、日本政府が言い出したのが「Society5.0」だ。リアルな世界とサイバー空間をシームレスに結び、人々が抱える課題を解決する社会を目指す。これを唱えたのは2016年で、内閣の閣議決定をされた第5期(2016年〜2020年)科学技術基本計画に基づき、目指すべき未来社会の姿がSociety5.0として定義された。
 2016年、今から約10年前のことだ。科学技術基本計画は5年ごとに策定されるが、2021年に第6期計画が作られる1年前、大きな転換があった。それは、科学技術基本法が25年ぶりに大改正され、法律名に「イノベーション」が加えられたことだ。こうして「科学技術・イノベーション基本法」となり、2021年3月には「第6期科学技術・イノベーション基本計画」が閣議決定された。
 この計画はSociety 5.0の考え方を引き継いでいる。イノベーションの定義については、経済産業省が示したものがあるが、特に重要なのは「経済社会に大きな変化を創出すること」という点だ。
 イノベーションは、単なる技術革新だけでは不十分であり、自然科学の「知」と人文・社会科学の「知」を融合した「総合知」が必要だとされる。つまり、理系だけでなく、文系の皆さんにとってもイノベーションは不可欠であり、自ら起こしていかなければならないものだ。

■ シュンペーターの視点「成長と発展は別もの」


岩本:イノベーションを語る際、必ず紹介する人物がいる。約100年前の経済学者、「ヨーゼフ・シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter)」だ。彼はオーストリア=ハンガリー帝国時代、現在のチェコ周辺で生まれた。1912年に著した『経済発展の理論』の中で、「成長(Growth)」と「発展(Development)」を明確に定義している。
 グロースは、植物が芽を出し成長し、花を咲かせ実を結ぶような量的拡大だ。経済で言えばGDPの増加などがこれに当たる。一方で、日本ではあまり意識されていないのがディベロップメントだ。これは単なる「開発」ではなく、「質的な変化を伴う発展」を意味する。研究開発(R&D)も、この本来の意味では質的進化を指す。
 SDGs(持続可能な開発目標)の「ディベロップメント」も同じだ。多くの場合「開発」と訳されるが、本質は「質的に向上する発展」だ。サステナブルとは、単に永続することではなく、「次の世代の権利を損なうことなく、今の課題を解決すること」だと定義する人もいる。これは非常に本質的な考え方だ。
 日本の財政は現在、GDPの2倍を超える債務を抱えている。積極財政は必要な場面もあるが、借金はいずれは返済しなければならない。最近は「実質的債務」という言い方もされるが、海外資産と借金を単純に相殺できるわけではない。この点について、私は必ずしも楽観的ではない。
 話を戻すと、シュンペーターはグロースとディベロップメントの違いを明確に示した。これは今でも極めて重要な視点だ。さらに彼は、イノベーションの本質を「新結合」にあると述べている。その具体例として、5つの類型を挙げた。
 第一は、新しい財やサービスの創出。ウォークマンやインターネットの登場が典型例だろう。
 第二は、革新的な生産技術。フォードの流れ作業による大量生産は、車を安価に普及させた。
 第三は、新しい販売チャネルやマーケティング。Amazonは、ネットを使ってロングテールの少数需要を集めることで成功した。
 第四は、新しい原材料。航空機は金属から炭素繊維へと進化し、軽量かつ高強度を実現した。レアアースも重要な原材料の一つだ。
 第五は、新しい組織。これは「仕事のやり方を変えること」と言い換えると分かりやすい。
 シュンペーターが100年前に示したこの考え方は、時代を超えて今なお有効なイノベーションの本質だと言える。

周:世界知的所有権機関(WIPO)のグローバル・イノベーション・インデックス(GII)2025によると、科学論文数、PCT国際特許出願数、ベンチャーキャピタル投資案件数の三つの指標で評価する世界の科学技術クラスターのトップ5の中の4つが、アジアの地域だった。第1位は深圳-香港-広州、第2位東京-横浜、第3位サンノゼ-サンフランシスコ、第4位北京、第5位ソウルだ。つまり今日のアジアは工業生産だけでなくイノベーションにおいてもすでに圧倒的なパワーを誇示している。
 アジアの再興はパクス・アメリカーナ終焉後の行方を示唆している。

■ 持続的・破壊的イノベーションを探る「両利きの経営」


岩本:イノベーションの話でもう一人、ぜひ紹介したい人物がいる。クレイトン・クリステンセンだ。2020年、67才で亡くなったが、彼が提唱した有名な概念が「イノベーションのジレンマ」だ。
 イノベーションのジレンマとは、「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」の間に生じる矛盾を指す。持続的イノベーションとは、既存の製品やサービスを改良し、性能や品質を高めていくことだ。多くの企業は、市場ニーズに応えるため、製品を小さくする、性能を上げる、サービスを改善するなどを継続的に行う。これは当然、必要な取り組みだ。
 一方で重要なのが、破壊的イノベーションだ。これは従来の延長線上にはない、まったく新しいやり方で価値を生み出す。本来はこれにも取り組むべきだが、実際にはなかなかできない。なぜなら、企業の中では「コストが高すぎる」「今は市場がない」「商売にならない」といった否定的な意見が出やすく、開発が途中で止まってしまうからだ。これがイノベーションのジレンマだ。
 分かりやすい例が、写真フィルムの世界だ。かつては銀塩フィルムが当たり前で、富士フイルムやコダックは高性能なフィルムを改良し続けていた。デジタルカメラやスマートフォンは、当初は画質も悪くコストも高かったため、相手にされなかった。それでも技術は急速に進化し、結果として写真の主流は完全にデジタルへ移行した。
 富士フイルムはこの変化を受け入れ、化粧品や新素材など新たな事業へ転換した。一方、対応が遅れたコダックは経営破綻を経験した。これこそが、クリステンセンの言うイノベーションのジレンマだ。
 この問題に対し、解決策を提示したのがスタンフォード大学のチャールズ・オライリー教授だ。2016年、ハーバードビジネススクールのマイケル・タッシュマン教授と共に『Lead and Disrupt』を発表し、持続的イノベーションと破壊的イノベーションの両立が必要だと主張した。
 この考え方は、日本では入山章栄教授によって「両利きの経営」と訳された。非常に秀逸な訳だ。両利きの経営とは、「知の深化(Exploitation)」、つまり持続的イノベーションを続けながら、「知の探索(Exploration)」、すなわち破壊的イノベーションを意識的に探すことだ。
 多くの企業は、既存の強みを磨き続けるあまり、新しい挑戦を潰してしまう。これを「コンピテンシー・トラップ」と呼ぶ。この罠を避けるためには、意識的に両利きの経営を行う必要がある。
 入山教授は、日本の経営者の任期が短すぎるとも指摘している。4〜6年では腰を据えた改革は難しく、赤字覚悟で新分野に投資する判断ができないという。社長の「センスメイキング」、つまり状況を正しく読み取り判断する力が重要という点には、私も同意する。
 いずれにせよ、知の深化と知の探索をどうバランスさせるか。これは非常に難しい課題だが、企業が成長し続けるためには避けて通れない。

周:自動車産業からイノベーションのジレンマを見ると日本企業は、燃費や品質などの「持続的イノベーション」に長けている。しかし、EVやAIによる自動運転などの「破壊的イノベーション」に弱い。テスラやBYD等のEV新興勢力の急拡大により今、日本の自動車産業は危機的な状況に陥っている。
 「日本の経営者の任期が短すぎる」ことは確かに問題だ。ただ、それ以上に世界的に見れば極めて異質な「サラリーマン経営者体制」は、日本企業のリスクテイクに大きな問題をもたらしている。
 一昨年ゲスト講義に招いた日本経済研究センター元会長小島明さんは、「日本では、上場も非上場企業もバブルがはじけた後に怪我せずリスクを取らず、生き残った人が企業のトップになった。人事部、管理部など内部をやった人たちだ。新しいアイディアが下から来ると、マイナスだ、危険があると列挙し、やってみなければわからないのに可能性を考えずネガティブなことばかり挙げる。技術のリスクは、例えば海外で鉄鋼生産、造船、自動車などそれぞれの国が既にリスクをクリアした産業を、日本が導入した。だから先行した国の後で動かせばいいだけだった。リスクテイクはしなかった。今、日本はリスクというとネガティブにとらえ背を向けて逃げる。オーナー企業の経営者には一部まだリスクテイカーがいるが…(【対談】小島明 Vs 周牧之(Ⅰ):何が「失われた30年」をもたらしたか? を参照)」と痛烈に述べた。だから、大きな経営実績を誇る岩本さんはリスクテイクする稀有なサラリーマン社長だった。


プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。

【対談】吉澤保幸 VS 周牧之(Ⅱ):文化芸術エンタメあふれる世界が究極の平和

■ 編集ノート:吉澤保幸氏は、日本銀行勤務を経て、ぴあ社専務、ぴあ総合研究所社長を歴任し、日本のエンターテイメント業界を支えている。同時に場所文化フォーラムを立ち上げ、全国各地で新たな交流の場作りと、地域の経済活性化、交流促進、持続可能社会を柱に活動を拡げている。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025626日、吉澤氏を迎え、日本のエンターテインメントの現状と行方について伺った。

※前回記事【対談】吉澤保幸 VS 周牧之(Ⅰ)はこちらから

2022年7月21日、周牧之ゼミでゲスト講義する吉澤保幸氏
2022年7月21日、周牧之ゼミでゲスト講義する吉澤保幸氏

■ アジアのエンタメ集積地としての日本を発信 


吉澤保幸:京都で始めたミュージックアワードを、音楽団体が集まってやっていて気づいたことがある。日本だけでなく今アジアで流れている楽曲からも選出をしたことで、日本でいま話題になっている曲が日本を越え世界に共有されていると判った。ボーカロイドの初音ミクやYOASOBI、韓国のKPOPも人気だ。アジアの中のエンタテイメント集積基地の一つとしての日本、という思いで日本の今後の産業を考えることが大事だ。その意味でもミュージックアワードジャパンはアジアにとっても重要だ。中国、台湾、韓国などアジアに広げていけるものとして捉え、継続的にやってほしい。

例えば、演劇の野田秀樹さんは、演劇企画制作会社のNODA MAPを設立され、昨年は、「正三角関係」をロンドンで上演し、大好評を博し、東宝も「千と千尋の神隠し」のロンドンロングラン公演を実施して、大喝采を浴びている。日本からもそういうコンテンツが出て来ている。日比谷音楽祭では音楽プロデューサーの亀田誠治さんが、NYのセントラルパークのサマーステージをまねて「フリーでボーダレスな音楽祭」の開催を目指して頑張っている。

ヨーロッパではイギリスのエジンバラフェスティバルがある。エジンバラを中心にイギリス全土で毎年7月〜9月あたりに各世代から様々な人が参加する。それと同じようなことが日本でできないか?東京、千葉、横浜でフェスティバルをやろうという話を今、文化庁とも話しながら考えている。

周牧之:ぴあ希肯というぴあの合弁会社が北京にある。この会社が北京国際流行音楽週間(Beijing International Pop Music Festival)を2015年から毎年主催している。いまや北京の一大名イベントになっている。集客力も物凄くある。谷村新司や岩井俊二、JO1など日本のアーティストも参加した。そこに更に日本のコンテンツをどんどん入れ込んだ方がいいと思う。

吉澤:いろいろなアーティストが中国に出ていけばいいと思う。日本発のコンテンツがどんどんこれからも大事になる。音楽が好きであれば、アメリカのポップスの登竜門にどんどん日本のアーティストが行く。言葉の壁は全くない。日本はアジアのエンターテイメントのハブになることが大事になる。

周:日本と比べると後発だった韓国音楽業界の世界進出は、大きな成功を収めている。K-POPを成功事例として、日本の音楽業界はもっと積極的に世界に出ていくべきだ。

吉澤:心の豊かさを広げ、エンターテインメントで人々の心の変容をもたらし、構造変容をもたらし、SDGsの目標を達成していく。日本は決してそういうことを無視しているわけではないと世界に発信していくことが必要だ。

オリンピックの森喜朗会長がおっしゃったことで、皆さんも多分そう感じると思うことがある。それは、エンターテインメントを人々が広く享受できるのは、究極の平和な状況だ、ということだ。今、ガザあるいはウクライナは戦争状況の中で、エンターテイメントを楽しめる状況にはない。やはり平和を作っていくためにエンターテイメントの力が必要だというメッセージもSDGsで発することができる。それこそが日本の外交で強いメッセージになる。そんなことを感じながらやっている。

周: 昔、私はイタリアのフィレンチェのフェスティバルで音楽を聴きながら、そこに集う様々な人種の人たちを見て、平和が如何にかけがえのないものであるかを深く実感した。

2017年周牧之ゼミでゲスト講義する吉澤保幸氏
2017年 周牧之ゼミでゲスト講義する吉澤保幸氏

■ スタジアムやアリーナを地域創生の起爆剤に


吉澤:集客エンタメ産業で地域を盛り上げることに関連した取り組みで、ぴあは、コロナの真最中に、神奈川県横浜のみなとみらい地区に、ぴあアリーナMMという一万人キャパシティーの音楽ホールを作った。ゆずがこけら落としのコンサートをする予定だったが、コロナ禍で出来ず、最初1年ぐらいは閑古鳥が鳴いていた。その後、エンターテイメントがどんどん盛り上がってきた中で活況を呈してきた。横浜市と連携しながらミュージックシティ横浜を作るちょっとした場所になった。

地域にできた箱をどう生かすかのエリアマネジメントをうまくやることで、地域にさまざまな人を集め、つなぎ、経済的効果だけでなく、社会的な価値を作り、他の地域に展開できる。今、高知県高松に新しくできた香川アリーナを起点に、エリアマネジメント会社を作る働きかけ等をやっている。エリアマネジメントは、地域の価値の向上のために、さまざまな地域の関係者が連携し主体的に取り組むものだ。

1つのエリアマネージメントとコアになるアリーナがあり、そこで単にスポーツをやるだけではなく、アメリカのマジソンスクエアガーデンのように多機能型で、コンサートやさまざまなイベントができるような場にする。例えば代々木体育館や、今千葉でやろうとしているバレーボールのネーションリーグ会場などでもコンサートができるようにする。東京ドームは、野球だけでなく大型の海外アーティストがコンサートをやれる音楽スポーツ併設アリーナになっている。

周:すでにあるスポーツ施設という箱を活かすことは、集客エンタメ施設の不足を解消し、地域振興のコアにもなる。このアプローチはまさしく一石二鳥だ。2022年東京経済大学の学術フォーラムにパネラーとして吉澤さんが連れていらした日本政策投資銀行の桂田隆行さんがまさしくそうした活動の先駆者だった(フォーラム】笹井裕子 VS 桂田隆行:集客エンタメ産業の高波及効果を活かした街づくりを 参照)。

吉澤:エリアマネージメントが地域にもたらす効果の一つは経済効果だ。こうしたイベントでどれほどの経済規模になるのか。簡単に言うと、フジロックや北海道大神宮祭など地域のフェスで、例えばチケットが一枚5000円で1万人来ると、結構な売り上げになる。チケットの売り上げが数十億であれば、その3倍から4倍の経済価値があるといわれている。30億がチケットの売り上げだとすると、だいたい百億近い経済効果を生む。そのため今、地方の自治体当局はそういうフェスを持って来たい。

今、北海道でも首都圏の近郊でもフェスがあることで街中に賑わいが生まれ、経済効果がある。地域に人が集まり人口が増える。地域外から人、モノ、カネ、テクノロジーが集積していく。

イベントを単に一回で終わらせず継続的に進めていくと、人、モノ、カネ、テクノロジーがさらに集積する。いろいろな人たちが集まってくるので、さまざまなソーシャルキャピタルが向上していく。特にスポーツ等は、学校などで人をつなげ育てる効果がある。ぴあアリーナは、横浜まで地下鉄が延伸しているので埼玉から1本でみなとみらいまで来られる。また意外に横浜であれば名古屋地区、大阪地区からも人が集まってくる。通常のところより5、6倍人が集まってくる。その賑わいをどう効率的かつ効果的に創出するか。これは、行政と地域の人たち、地域団体等が集まり仕掛けをつくっていくことで出来る。横浜でもウオーターフロントラインでの取り組みということで、横浜のまちづくりに「横浜アリーナ」と「Kアリーナ横浜」などの場が地域貢献をしていける。

周:スポーツを集客エンタメとしてアイデンティティのシンボルに育てられれば、地域や都市の繁栄に大きく貢献する。私が住んでいたボストンには、フェンウェイ・パークをホームスタジアムとするレッドソックスがある。ボストンっ子にとってまさしくアイデンティティシンボルだ。日本から松坂大輔投手がレッドソックスに来ていた時はボストンの日本人コミュニティが沸いたことをよく覚えている。

デトロイトには、NBA (ナショナルバスケットボールアソシエーション)のピストンズ 、MLB (メジャーリーグベースボール) のタイガース、NFL (ナショナルフットボールリーグ)のライオンズ、NHL (ナショナルホッケーリーグ) レッドウィングスといった市民から熱狂的な支持を受けるスポーツチームがある。2013年に財政破綻し元気を失ったデトロイトが、スタジアムで試合のある時だけは活気を取り戻していた。これを見て、私はデトロイトの復興にスポーツは無くてはならない存在だと感じた。

吉澤:その通りで、アリーナをどう使い倒すかが行政も地域の企業も大事なポイントだ。

周:スタジアムやアリーナを核としたエリアマネジメントは、まさしくこれからの地域創生の起爆剤となる

③ 2022年11月12日、東京経済大学  学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」 セッション1「集客エンタメ産業による地域活性化への新たなアプローチ」に
2022年11月12日、東京経済大学 学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」 セッション1「集客エンタメ産業による地域活性化への新たなアプローチ」にて南川秀樹元環境事務次官と吉澤保幸氏

■ 学生起業スタートアップ企業の先駆的存在


吉澤:会社は、上場企業であれば有価証券取引、企業経済活動を決算等々と合わせて開示する。これらと合わせて今義務付けられているのは、会社の企業活動がどうサステナビリティとつながった格好になっているかを、サステナビリティレポートとして有価証券報告書に書き込むことだ。ぴあらしい形で株主および外部の人に発信しようと先日の株主総会で発表したのが、この「ぴあサステナビリティレポート」だ。

ぴあは創業して53年になる。1972年に矢内廣が大学3年の時に創業したベンチャー企業だ。中央大学の映画好きの連中が集まって、立ち上げた。

周:ぴあは学生起業スタートアップ企業の先駆的存在だ。矢内廣さんはオーナーとしてそしてCEOとして半世紀以上にわたり企業の成長を引っ張ってこられた。

吉澤:ぴあでは、POC(ぴあオーナーシップカンファレンス)として、ぴあの社員全員に株主になってもらうことで社員株主総会のようなものを定期的に行っている。また、ぴあはエンターテイメントの会社なので、ぴあ社内で各種エンタメ部活動をコロナ禍明けに始め、助成をしている。今20ぐらいの部活動がある。

環境分野の取り組みや法令遵守のガバナンスにも、ぴあは様々取り組んでいる。通常のサステナビリティレポート、統合レポートは厚みのある本で、読む人は少ないようだが、ぴあでは皆さんに見てもらうため冊子にした。

周:出版物からスタートしたぴあらしい取り組みだ。

吉澤: 1998年にぴあアイデンティーとして「1人1人が生き生きとし、誰1人取り残さない」という言葉を17年前に掲げた。それはSDGsのキーワードそのものだろう。会社の存続に必要なのは、利益を求める経済性だけではない、社業を通じてこうありたい社会を作っているということとの両輪で進めるのが大事だ。携帯電話もインターネットもなかった時代、見たいものを見たい、聞きたいものを聞きたい、という人々の根源的な思いを形にしたのが情報誌ぴあだ。以来50年一貫してエンターテインメント領域で事業やサービスを生み出してきた。

エンターテイメントの作り手と受け手を作り、人々の生き生きとした暮らしと社会を支える「感動のライフライン」というぴあのビジョンを具体化したいのがぴあとしての思いだ。エンターテイメントを通じて一人一人に感動を届ける情報企業として重要なものがある。

2018年7月19日、『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティにて、安斎隆、吉澤保幸氏
2018年7月19日、『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティにて吉澤保幸氏と安斎隆セブン銀行元会長

■ 産業育成の根底には人材育成がある


吉澤:ぴあのもう一つ社会貢献は、人材文化の創造、育成、継承だ。文化の承継や時代性に沿った酸素を生み続けることが大切な使命だと思っている。情報誌ぴあ創刊後間もなくスタートした自主映画上映会ぴあフィルムフェスティバルは、48年を迎える。日本を代表する約200人の映画監督を輩出した。昨年はついに中学生が1時間半の映画を作り入選作品となった。どうやって作るのか聞いたら、スマホで作り編集も全部自分でやったそうだ。

コロナ禍ではまた、落語をやる寄席が壊滅的な状況になった。それを支えるためにぴあ落語三昧というサブスクサービスを始めた。落語が好きな方はぜひ試してほしい。若手バンドを応援するグラスホッパーというようなこともやっている。

人材育成が課題のスポーツ業界では、ぴあスポーツビジネスプログラムとして、同プログラムで学んだ人たちが各々のスポーツチームのフロントに入るようなことも始めている。

周:産業育成の根底には人材育成がある。ぴあフィルムフェスティバルは、日本の映画産業に大きな貢献をしている。東京経済大学の入試面接で聞くとスポーツビジネスを将来やりたいという学生が結構多い。ぴあの人材育成事業は彼らの夢をつなげるかもしれない。エンタメを地域活性化のコアにするためには今後エリアマネジメントの人材育成も不可欠となる。

2018年7月19日、『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティにて、吉澤保幸氏
2018年7月19日、『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティにて、中井徳太郎環境省総合環境政策統括官、吉澤保幸氏、新井良亮ルミネ元会長(左から

インバウンドには本物のコンテンツ需要


周:これからインバウンドも大事になる。コロナ直前の2019年に中国と香港を合わせた来日インバウンド客は1000万人くらいだった。昨年もだいたいそれぐらいのレベルまで回復している。近いうちにチャイニーズのインバウンドだけでも3000万、5000万人のレベルまで回復すると私は思う。その時に、コンテンツの消費がもの凄く求められる。

吉澤:そういう意味でやはり日本のエンターテイメント、スポーツのコンテンツの質をどんどん上げていくことだ。

文化芸術の世界からやっていく。食文化も和食が世界遺産になり、日本酒も日本の本物をみんなで楽しめるよう、世界的に日本の本物を外の人にも語れるようにすることが大事だ。インバウンドの方がどんどん日本の地域に入り込み、日本人も気がついてないようなところまで覗きに行っている。みんなそれぞれの地域で、文化芸術をもう一回きちんと深掘りしてもらえればいいと思う。

周:日本のエンタメやカルチャーをもっと発信していくことが大切だ

吉澤:フィリピンやインドネシアなど、アジアの大学から日本のコンテンツを知りたいという話が来ている。日本のボップカルチャーにニーズがあるのかと思っていたら、意外にもうちょっとディープな歌舞伎など日本の古典文化芸能を知りたいというぴあは歌舞伎の本を以前出したことがあるが、もう一度それを出し直してアジアに伝えていくことも考えられる。我々にとっては、APECの連携も含めインドチャイナとの寄せ方一回どうやってやるが一番大きな課題になっている。

進化するエンタメの今後


周:コロナ禍で、エンタメは大打撃を受けた。しかしオンラインライブが一時期急激に伸びた。動画配信でONE OK ROCKのステージを見たが、ZOZOマリンスタジアムでのコンサートをオンラインライブするやり方が大成功した。

コロナパンデミックだった2020年、日本での有料オンラインライブ市場は448億円に急成長した。オンラインライブは非常に可能性があることを示したが、コロナ後は、縮小している。

オンラインライブは今後、大きな可能性があると思う。その将来性はリアルライブでは出来ない見せ方を如何に引っ張り出すのかにかかってくる。ライブの場合も、オンラインは今後面白い見せ方をしてリアル作品との相乗効果を作っていける。

もちろんオンラインライブとは逆の方向性として、よりリアルな対面接触型のエンタメビジネスも求められる。

吉澤:いまホスピタリティチケットというのがある。もう一歩上の体験ができる。スポーツホスピタリティは今度世界陸上でもやる。一日スポーツを楽しんでもらうものだ。サッカー、ラグビーといったスポーツの試合を単純に見るだけでなく、観戦の前後にみんなで集い、食事をし、試合が終わった選手と懇談し、写真を撮ったり話を聞いたりする。通常のチケットよりも高額になる同チケットを購入してもらうことで、通常の一般や学生のチケットの値段を抑えられる。あるいは身体の不自由な方々が気楽に観戦できるよう施設を整えることに繋げられる。

イベントでは新宿の新国立劇場でも、バックステージツアーをバレエ、オペラで始めた。オペラやバレエで、その日演じていただいたプリマに終わってから来ていただき、観客がそのプリマと当日の演目について語り合う。通常のチケットであれば1万5000円ぐらいのものが、12万円くらいになるが、そのようなサービスをやることによって、身体の不自由な方にも観覧していただける社会関係が出来る。エンターテイメントの価値をみんなに享受してもらえる。

周:中国奥地の貴州省榕江県というド田舎で、アマチュアサッカーリーグが話題を呼んでいる。村同士の対決をサッカー・スーパーリーグに例え、「村超(村のスーパーリーグ)」と名付けたイベントだ。SNSで全国に拡散したことで人気が沸騰し、多くの観光客を集めている。

昨春、私も現地まで見に行き、熱狂的な盛り上がりを目の当たりにした。SNSで中継するにわか解説者があちこちにいて、ドローンを飛ばしながら対戦を煽っていた。会場まで案内してくれた副県長が、全国から集まる観客の宿泊先、飲食、安全性の確保に必死だと言っていた。いま町中がホテルとレストランの建設で溢れかえっている。

 中国でプロのサッカーリーグが人気を失う中、こういった村同士の対決が盛り上がっていることが、SNS時代の新しい方向性を示していると実感した。

吉澤保幸

2022年11月12日、東京経済大学学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」にて司会をする吉澤保幸氏


プロフィール

吉澤 保幸(よしざわ やすゆき)

場所文化フォーラム名誉理事、ぴあ総研(株)代表取締役社長  1955年新潟県上越市生まれ、東京大学法学部卒。1978年日本銀行に入行、日本銀行証券課長など歴任。2001年ぴあ(株)入社、現在同社専務取締役。  場所文化フォーラム代表幹事、ローカルサミット事務総長などを歴任し、地域の活性化に尽力。  主な著書に『グローバル化の終わり、ローカルからのはじまり』(2012年、経済界) 等。

【対談】吉澤保幸 VS 周牧之(Ⅰ):SDGsに文化・エンタテインメント・スポーツを

■ 編集ノート:吉澤保幸氏は、日本銀行勤務を経て、ぴあ社専務、ぴあ総合研究所社長を歴任し、日本のエンターテイメント業界を支えている。同時に場所文化フォーラムを立ち上げ、全国各地で新たな交流の場作りと、地域の経済活性化、交流促進、持続可能社会を柱に活動を拡げている。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年6月26日、吉澤氏を迎え、日本のエンターテインメントの現状と行方について伺った。


■ 市民の地方創生活動が「地域循環共生圏」作りへ


周牧之:吉澤さんは日本バブルの後始末に最も働いた日銀マンのお一人だ。その後、環境、金融のアプローチから、そしてエンターテイメントの面から、地域に活力を入れる取り組みに力を注いでこられた(【ディスカッション】吉澤保幸・中井徳太郎・小椋正清・太田浩史・深尾昌峰:地域と金融 を参照)。周ゼミ生の指導にも長年、熱心にお力添えいただいている。

吉澤保幸:私は今年70歳になるから、学生の皆さんの祖父の世代と言ってもいい。1978年から1998年まで日本銀行で仕事をした。1998年は日本で金融危機があった。山一證券に特別融資を出しさまざまトラブルがあり20年勤めた日銀を辞めた。ぴあ社は、映画、演劇などエンタメの様々な情報を出す雑誌が人気を博し、一時は100万部出して「ぴあ世代」と言われた。ぴあが上場する際、お手伝いしたご縁で2000年に入社した。

同時に地域創生を手がけてきた。日本各地で地方創生をやっている仲間たちが集まり、「場所文化フォーラム」を2003年から始め20年以上経った。仲間の中には財務省の官僚や環境省の事務次官がいて、環境省が2017年に第5次環境基本計画で「地域循環共生圏」の構想を立ち上げた。地域が自立するだけでなく、地域と都市と地域を繋ぎ合わせ、それぞれが持っていない地域資源を循環させながら地域同士が連携し地域創生させる。私たち市民がやってきたことをモデルとし、環境省が国の政策として落とし込んだものだ。これが四半世紀の歩みだ。

周:周ゼミにゲスト講師としていらした中井徳太郎元環境事務次官や小手川大助元IMF日本代表理事らが吉澤さんとは日銀時代からのお付き合いだ。

■ エンタメは人間生存の本源的価値を持つ


吉澤:学生のみなさんはコロナの時は高校生で、大変だったはずだ。コロナ禍ではエンターテインメントの興行やチケットを扱うぴあは、エンターテインメントは不要不急の産業だからやってはいけない、と国から言われた。
「不要不急ってことはないだろう、文化芸術がなくなったら人間は生きていけないだろう」という思いがあった。コロナ禍で人が集まってはいけないとされた。
ところが、コロナ禍にあって「エンターテイメントは不要不急だから集まってやってはいけない」というのは主要国では日本だけだった。ドイツやイギリスは文化芸術を守るため携わっている人たち、そしてコンサートや舞台芸術をやっている人たちに対する補助金や助成金を出した。一方の日本は、びた一文出さなかった。ぴあ社は2020年当時の売り上げ取扱高で1000億円規模もあったのが、コロナ禍で100億円に減った。8割9割なくなった。

周:日本は欧米諸国と同様、ウイズコロナ対策をやった為、感染拡大の波に次から次へと襲われ、集客エンタメへの傷が大きかった。他方中国は、ゼロコロナ政策を徹底したことで、コロナパンデミックから数カ月で国内のコロナ感染者をなくした。コロナの時期、経済学者の私は必死に各国のコロナ政策を比較研究した。ウイズコロナ政策が如何に失敗だったかを痛感した(【論文】周牧之:比較研究:ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策(Ⅰ)2020 ―感染抑制効果と経済成長の双方から検証― を参照)。ゼロコロナ政策のおかげで中国の人々は国内でほぼ普通に映画館をはじめとするエンタメの場に出られ、中国は2020年と2021年は世界最大の映画興行マーケットに躍り出た(【ランキング】世界で最も稼ぐ映画大国はどこか? 〜2021年中国都市映画館・劇場消費指数ランキング を参照)。私が多少お手伝いをしているぴあの中国合弁会社も業績を伸ばした。

吉澤:日本では皆さん方が楽しんでいた興行やイベント、エンターテイメントができなくなった。ぴあは上場企業だが本当に生きるか死ぬかのところを経験し、回復するのに結局5年かかった。今ようやくその時傷んだ財務的な基盤を取り戻し、今年度は六期ぶりに配当を出せる状況まで戻ってきた。私も財務担当役員として本気になってやった。
不要不急だとされてエンターテインメント、スポーツ等が出来なくなり、このままでは本当に日本の文化、芸術やスポーツがなくなる危機感を持った。

周:東京オリンピックも無観客で開催せざるを得なかった。チケッティングサービスを提供する業務委託事業者としてぴあも大変だった。

吉澤:社業を通じた社会貢献として、ぴあ総研というエンタメで唯一のシンクタンクを2000年に発足させた。コロナが明け始めた2022年5月、ぴあ創業50周年も相まってぴあ総研主催シンポジウムを東京・豊洲で開いた。それが第1回で、2回、3回と続き、先日4回目をやった。
ぴあ総研シンポジウムで我々がメッセージしたのは、集客エンタメ産業すなわち人が集まってみんなで賑わい楽しみ、集客産業の場を作り出すことは、全く不要不急ではないということだ。人間が生きていくのに必要で、人間の生存のための本源的な価値を持っている。これを世に問い、さらにはコンサート、イベント、スポーツを、今後の日本の基幹産業にするシュプレヒコールを上げるため第1回目のシンポジウムを行った。

周:吉澤さんがおっしゃる通り、コロナ時に苦労したエンタメ産業の下支えを如何に支援するかが凄く大切だった。例えばエンタメの街であるニューヨークはミュージシャンを支えるため音楽家に随分補助金を出した。ニューヨークの日本人ジャズミュージシャンがコロナ禍で仕事がなくなり苦労して大変だったが補助金で助かった、とのNHKの番組もあった。
エンタメ産業の厚みは実際裏方にある部分が特に大きい。裏方は中小企業と個人事業者が主体となっているため、危機に弱い。コロナ禍の経済対策として日本はGOTOトラベルキャンペーンはやったものの、エンタメ産業の直接的支援は行き届かなかった。
その意味ではいかに政府の支援を引っ張り出せるかについて、リーディングカンパニーとしてぴあの存在は大きい。吉澤さんが主催するぴあ総研シンポジウムはエンタメの重要性をアピールするだけでなく、エンタメ産業を代弁する役割もある。

2017年周牧之ゼミでゲスト講義する吉澤保幸氏
2017年 周牧之ゼミでゲスト講義する吉澤保幸氏

■ SDGsの18番目に文化・エンタテインメント・スポーツを


吉澤:ぴあ総研シンポジウム2回目はSDGsの17の目標、169の小目標がある中で、一言も文化芸術という言葉がないのはおかしいと提起した。もともとSCGsは、国連の世界の発展目標で、いわば途上国、グローバルサウスの国をどうエンカレッジしていくかが柱だ。誰1人取り残さないとし、先進国、途上国を含め誰一人落ちこぼれないよう世界全体をレベルアップし、地球環境にきちんとアタッチメントし、共存できる世界を作ることが、人類が生き残るために必要なことだという目標だ。

しかし、その目標に文化芸術とエンターテイメントがないのはおかしい。そこで我々は第2回目のシンポジウムで、SDGsの18番目に芸術・エンターテイメント、スポーツを掲げることを世界に対して提唱した。

ついこの間京都で、ミュージックアワーズジャパンをやった。矢沢永吉、YOASOBIら有名なミュージシャンが出演した日本版グラミー賞だ。これを推進したのはピンク・レディーの歌を作った作曲家で文化庁長官の都倉俊一さんだ。都倉さんは2021年に文化庁長官就任後いち早く「エンタテインメントは不要不急ではない」と世界にメッセージした。これこそが人間が生きていくための本源的な価値を持っているとのメッセージだった。都倉さんと一緒にSDGsの18番目に文化・エンターテイメント・スポーツを入れようという話をしている。それを第2回目のシンポジウムでやった。

第3回目のぴあ総研シンポジウムではエンタメをどう社会に実装していくかについて、地域創生と絡めた集客エンタメ産業とスポーツの推進事例を集めた。横浜の山中竹春市長のほか、岡田武史日本サッカー前監督が今愛媛県今治でFC今治をJ3からJ1に引き上げるようスポーツでの地域活動を一生懸命やっていらっしゃる。そうした事例を集めた。

今回4回目のぴあ総研シンポジウムで、ちょうど文化庁が京都に移転をしたので都倉長官を呼び、東京藝術大学の日比野克彦学長といった方々も集まり、1回目から4回目までのシンポジウムを取りまとめた。

周:確かにSDGsには文化が抜けている。これをぴあから発信し、SDGsに文化・エンタテインメント・スポーツを加えることが出来れば、世界に大きな貢献となる。

2021年11月24日歓談する新井良亮ルミネ元会長、周牧之教授、吉澤保幸氏、中井徳太郎環境事務次官(左から)
2021年11月24日 歓談する新井良亮ルミネ元会長、周牧之教授、吉澤保幸氏、中井徳太郎環境事務次官(左から)

■ エンタメによって日本の街がさらに魅力的に


吉澤:年間を通じて行ってみたい場所を、これから多く作っていくべきだ。日常的にエンターテインメントに触れられることが、街づくりの中でも力を持つ。政府、企業、金融市場、そして国民1人1人のエコシステムがうまく作られていき、アート、スポーツ、経済、社会の好循環が確立していることが大事ではないか。

つなげる、育てるというところを重視し、さまざまな取り組みの循環の中で集客産業がどう貢献できるのかという考え方も重要になってくると感じている。

コロナの中、人類は人との交わり、温かさに触れることがいかに大切かを、身をもって経験した。人と人の触れ合いそのものが文化芸術であるという心のオペレーティングシステムを整える仕掛けとして、SDGsの18番目に文化、エンタメを加えたい。文化芸術エンターテインメントがあふれている世界は、究極の平和状態だ。人間の生活の客観と主観の裏側にも、エンタメや文化が存在している。

周:コロナ禍の時に周ゼミが学生アンケート調査を実施した。その結果をベースに東京経済大学では2022年11月12日、学術フォーラムを開いた。吉澤さんも参加し、集客エンタメセッションの司会を務めてくださった(【フォーラム】吉澤保幸:集客エンタメ産業で地域を元気に  を参照)。そのアンケートからコロナ時の学生が集客エンタメに非常に飢えていることが浮き彫りになった。また学生たちは大学のホームタウンである国分寺市での映画館など集客エンタメを切望していた。周辺に数多くの大学を立地する学園街たる国分寺ですら映画館を立地していないことは、日本の都市にエンタメがいかに欠けているかを表す事例だ。吉澤さんがエンタメを地域振興の要に置こうとすることは大切なアプローチだ。エンタメによって日本の街がさらに魅力的になる。その意味では文化芸術そしてエンタメの要素を強化していくことが日本の都市の大切な進化方向性だ。

吉澤:その土地の芸術、芸能としてあるもの1つ1つを、楽しんで受け止めると、豊かに暮らしていける。日常的にみんなが集まることを習慣化し、文化芸術の質を上げるため教育、投資がいろいろあると豊かになるのではないか。物質的な成長でなく、文化的な目に見えない資本の成長で、幸せに生きていける。そういう社会に変わっていかないと、必ず行き詰まる。

横浜の素晴らしい町並みを面的に回遊していただき、さまざまなITコンテンツを街の魅力と有機的につなげることに取り組んでいる。お客と一緒になって感動を分かち合える時間と空間を真ん中に据える。ライブ文化は、いろんなものが進化しようとも、人間はそこに戻りたいと思う文化であり、そうした土壌に、もっと手軽に気軽にアクセスできるようにすることがすごく重要だ。

文化芸術がコンテンツとして多様な人たちが自然とつながり合う。そうしたところから発信をしていきたいと思っている。我々が心の豊かさを持っていくこと、それから人と人がつながり合うこと。それが人間の生きることの本質だ。それを取り戻さない限り豊かな明日は来ない。

周:製造業と違い、目下世界経済のエンジンたるテック産業の発展する所は、エンタメと美食の盛んな町であることが多い。いまシリコンバレーで創業したテック企業でもニューヨークなどエンタメ都市に大きなオフィスを構えることが多い。やはりトップ級の人材は、エンタメと美食があるところに集まる。人材獲得のためにも企業は高額な賃料や賃金を払ってでも大都市に集まる。東京や横浜に世界中からテック企業を集めるためにもエンタメの役割が高い。

私は日本の都道府県に相当する中国の297都市を評価する研究をしている(中国都市総合発展指標について を参照)。そこでもテック産業とエンタメには大変強い相関関係があるとの研究結果が出た。

2025年8月9日、周牧之教授、吉澤保幸氏、李丹ぴあ希肯総経理
2025年8月9日、周牧之教授、吉澤保幸氏、李丹ぴあ希肯総経理

世界から人材を集めるにはエンタメが必須


吉澤:第1回ぴあ総研シンポジウムで中曽宏前日銀副総裁が基調講演をした時にも紹介したのが、東京で国際金融都市をつくろうという構想だ。国際金融都市としての東京に、世界からいろいろな人材を集めていくとき、やはり必要なのは、金融取引などをやった後にリフレッシュし、発想を変えられるようなエンターテインメントのナイトライフエコノミー等だ。それはロンドンやニューヨークを見ればわかる。あるいはカナダのモントリオールでもジャズが盛んだ。そういう例を挙げて、東京にもエンターテイメントの集積地を作らなければならないと話をした。

周:私もかねてから東京を国際金融都市にすべきだと言ってきた。吉澤さんの旧友でIMF元日本代表理事の小手川大助さんが先月ゲスト講師でお見えになった時も、この話をだいぶ議論した(対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅵ):アジア経済の成長が日本のチャンスに を参照)。国際金融都市になるにはエンタメや美食の集積が大事だ。ただ、東京の金融市場に思い切って規制緩和し、世界中の企業とお金が集まって来られるようにしなければならない。

吉澤:都倉長官が2022年、文化大臣会合がローマで開かれた時に、SDGsの18番目に文化芸術エンターテイメントが必要だと発信をしてくれた。日本からは都倉さんが1人で行かれ、欧米のマスコミが応援してくれたと都倉さんがおっしゃった。東京オリンピック、パラリンピックは無観客で行ったが、そういった世界的なグローバルなエンターテインメント、スポーツのイベントは、文字通りダイバーシティ、インクルージョンをやっていく上で必要だと、当時のオリンピック事務総長の武藤敏郎さんがおっしゃった。

ちょうどその時Jリーグ30周年で、Jリーグを仕掛けた川渕三郎さんが、Jリーグは元々地域に根ざしたチームをつくることで、Jリーグ百年構想を1992年に作ったとおっしゃった。老若男女がスポーツですぐに集まれる地域の場所作りをするため、Jリーグを地域のホームタウン制で作ったことだと言う。今、結構地方でさまざまな場所でスタジアムが出来ている。ついこの間は長崎が出来、香川でも立ち上がった。Bリーグ、バスケットのチームも、沖縄で出来ている。北海道も前は札幌ドームがあったが今は北広島に新しいスタジアムでエスコンフィールドができて、それが1つの環境になっている。

第1回のぴあ総研シンポジウムではまた、三菱地所の吉田淳一社長は、大手町、丸の内、有楽町で町づくりをやる時にも祭りやスポーツが欠かせないとおっしゃった。それを実行するためにさまざまな人材育成が世代を超えて必要だと、日本総研理事長の翁百合さんが発言された。

第2回目には、さまざまなエンターテイメントに関わっている方々が参加し、ホリプロの堀会長、狂言師の野村万斎さん、瀬戸内芸術祭のアートディレクター北川フラムさん、漫画家の里中満智子さん等が、お話をされた。脳科学者の茂木健一郎さんは、エンターテインメントは人間の脳を活性化し、様々な災害等が起きても生き残れるレジリアンスのための装置だと話された。

地域をさまざまに活性化していく上で経済だけを言いがちだが、根源的にはエンターテイメント、スポーツの楽しさをいかにシェアできるかが必要ではないだろうか。そういうフェーズに入ってきたのではないか。そうした論考で「地域循環共生圏」の中に、ライブ、エンターテイメント、スポーツ等を組み込んでいくことが大事だ。

周:確かに近年、三菱地所の丸の内界隈は随分魅力的になってきた。私も銀座へ行くときは東京駅から降りて界隈を歩いていくのが楽しい。

21世紀の競争は国家の競争より、都市の競争だ。そこではエンタメで如何に地域や都市を魅力的にしていくことが問われる。


プロフィール

吉澤 保幸(よしざわ やすゆき)

場所文化フォーラム名誉理事、ぴあ総研(株)代表取締役社長  1955年新潟県上越市生まれ、東京大学法学部卒。1978年日本銀行に入行、日本銀行証券課長など歴任。2001年ぴあ(株)入社、現在同社専務取締役。  場所文化フォーラム代表幹事、ローカルサミット事務総長などを歴任し、地域の活性化に尽力。  主な著書に『グローバル化の終わり、ローカルからのはじまり』(2012年、経済界) 等。

【ランキング】中国都市総合発展指標2024:杭州・成都・重慶など准一線11都市が一世風靡

雲河都市研究院

■ 編集ノート:中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院が共同で開発した「中国都市総合発展指標2016」の公表以来、雲河都市研究院は中国の地級市及びそれ以上の297都市を、経済・社会・環境という三つの軸で、包括的に評価してきた。このほど、9年目となる2024年度「中国都市総合発展指標」を発表、中国都市発展の成果と課題を多角的に分析し、今後を展望した。本稿は「中国都市総合発展指標2024」発表の第2弾として、製造業輻射力、IT輻射力、科学技術輻射力の三分野におけるランキングを示し、準一線都市の発展特性を分析した。


中国都市総合発展指標2024

 「中国都市総合発展指標2024」の総合ランキングでは、北京が引き続きトップを維持し、上海が第2位、深圳が第3位、広州が第4位となった。

 総合ランキング偏差値は、経済、社会、環境の3つの大項目偏差値の合計を300とする。「中国都市総合発展指標」(以下、「指標」)では、偏差値200以上を一線都市と定義している。上記の4都市はいずれも偏差値200を上回る突出したパフォーマンスを示し、一線都市に該当する。

 偏差値175以上200未満の準一線都市は、杭州、成都、重慶、南京、武漢、蘇州、天津、西安、厦門、寧波、長沙の11都市となった。2023年と比較すると、寧波と長沙の2都市が新たに加わった。内部順位では、杭州が成都を上回り、準一線都市の先頭に立った。

 偏差値150以上175未満の二線都市は68都市、偏差値150未満の三線都市は214都市を数える。

 明暁東中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元一級巡視員・駐日中国大使館元公使参事官は、「経済、社会、環境の三大項目における偏差値の合計によって都市を一線都市、準一線都市、二線都市、三線都市の4階層に区分する手法は、都市の位置付けを明確にする。さらに、社会および環境との調和的発展を重視する方向性に都市発展を誘導する効果を持つ」

 「今回の発表は、中国都市発展における新たな構造と特徴を示している。まず、北京、上海、深圳、広州の4都市は、長年にわたり圧倒的な総合力を示し、一線都市の地位を堅固に保っている。4都市は、GDP総量や全国時価総額上位100社に占める割合などの面で絶対的な優位性を持ち、中国における経済、科学技術、文化等のハブとして、世界にも重要な影響力を持つようになった」と高く評価した。

左から、《中国都市総合発展指標2022中国都市総合発展指標2023《中国都市総合発展指標2024》

■ 準一線11都市各々の個性が鮮明に


 準一線11都市のGDP全国シェアは19.8%に達し、一線4都市の12.7%を上回っている。一方、全国時価総額上位100社に占める割合を見ると、準一線11都市は12.1%にとどまり、一線4都市の同78.4%の6分の1にも満たない。このことは、高時価総額トップ企業が一線都市に集中していることを示している。

 準一線都市の中では、蘇州の1人当たりGDPが20.6万元と最も高く、一線都市である深圳に匹敵する水準にある。続いて、南京19.3万元、杭州17.3万元、寧波18.6万元が上位を占め、長江デルタの4準一線都市は、準一線都市における1人当たりGDPの第1グループを形成している。

 第2グループは、厦門16.1万元、武漢15.3万元、長沙14.4万元、天津13.2万元である。第3グループは、成都10.9万元、西安と重慶がともに10.1万元にて構成される。

 同じ準一線都市であっても、1人当たりGDPの水準には2倍以上の開きがある。このことから、経済、社会、環境の総合ランキングで同じ高偏差値帯に位置する都市であっても、その発展モデルや強みは多様であり、各々異なる分野で競争力を発揮していることが分かる。すなわち、準一線都市は総括することが難しく、「各々が独自の強みを発揮している」。

 準一線都市の分布状況を見ると、「第13次五カ年計画」において計画された19のメガロポリスのうち、長江デルタに4都市、成渝に2都市、長江中遊に2都市、京津冀に1都市、関中平原に1都市、粤閩浙沿海に1都市が位置している。

 本稿は、「中国都市総合発展指標2024」発表の第2弾として、製造業輻射力、IT輻射力、科学技術輻射力という三つのランキングを用い、準一線都市における多様な発展特性を分析する。

■ 製造業輻射力が最も強い準一線都市:蘇州と寧波


 輻射力は、都市の広域的影響力を評価する上で重要な指標である。製造業輻射力は、都市における製造業の輸出競争力や製造業就業者数などを総合的に評価している。

 「指標」に基づく「中国都市製造業輻射力2024」の上位10都市は、深圳、蘇州、東莞、上海、寧波、仏山、無錫、広州、杭州、厦門となっている。これら製造業スーパーシティは、全国輸出総額の42.4%、および製造業就業者数の21.8%を占めている。

 メガロポリス別の分布を見ると、これら製造業スーパーシティ上位10都市のうち、長江デルタが5都市、珠江デルタが4都市、粤閩浙沿海が1都市を占め、長江デルタと珠江デルタの二大メガロポリスの製造業における圧倒的な優位性がわかる。

 製造業輻射力トップ10には4つの準一線都市がランクインしている。とりわけ、蘇州と寧波はそれぞれ第2位、第5位と高い順位を占めている。

 2024年の輸出総額を見ると、準一線の蘇州と寧波はそれぞれ中国全国第3位、第4位に位置し、準一線11都市の全国シェアは25.2%に達している。

 製造業就業者数から見ると、蘇州と寧波はそれぞれ中国全国第3位、第4位に位置している。準一線11都市が全国に占める製造業就業者数のシェアは16.4%に達している。

 東京経済大学の周牧之教授は、「直近では2025年の最初の11か月間における中国の貿易黒字は1兆米ドルを超え、人類史上の奇跡とも言える成果を記録した。強力な輸出能力を備えた製造業スーパーシティこそが、中国の製造業大国としての地位を支える重要な基盤である。長江デルタと珠江デルタの二大メガロポリスは、すでに世界最大級の製造業集積地へ成長した」と指摘している。

 中国一線4都市の企業は、世界で経済力が最も強い都市と肩を並べる企業力を有するだけでなく、国内における集中度も際立っている。一線4都市に集まる「フォーチュン」世界500強企業78社は、中国同123社の63.4%を占める。上海・深圳・香港・北京のメインボードに上場する企業の31.3%も、一線4都市に集中する。中国でのユニコーン企業の一線4都市への集中度はさらに53.1%に達する。

 企業時価総額から見ても、中国の時価総額トップ100企業の総額は全国上場企業時価総額の52.4%を占める。さらに、中国の時価総額トップ100企業の時価総額のうち、78.4%が一線4都市に集中している。

 東京経済大学の周牧之教授は「中国の改革開放とIT革命はタイミングが高度に一致し、多くのイノベイティブ企業の成長をもたらした。第14次五カ年計画でイノベーション駆動が重視されたことで、電気自動車、新エネルギー、新素材、半導体、AIなどの分野で多くのイノベイティブなテック企業が急成長した。一線4都市はこの発展の潮流を担い、世界トップクラスの大都市へと躍進するとともに、長江デルタ、珠江デルタ、京津冀の三大メガロポリスを大発展させた」と指摘している。

中国都市総合発展指標2018》中国語版・日本語版・英語版

■ IT輻射力が最も強い準一線都市:杭州と南京


 「指標」に基づく「中国都市IT輻射力2024」の上位10都市は、北京、上海、深圳、杭州、南京、広州、成都、蘇州、武漢、西安である。これらIT産業スーパーシティは、全国のメインボード上場IT企業数の74.1%を占め、情報伝達・コンピュータサービス・ソフトウェア産業の就業者数の46.4%を占めている。

 メガロポリス別の分布を見ると、IT産業スーパーシティ10都市は、京津冀が1都市、長江デルタが4都市、珠江デルタが2都市、成渝が1都市、長江中遊が1都市、関中平原が1都市となっている。

 IT産業スーパーシティ10都市のうち準一線都市は6都市がランクインし、杭州と南京はそれぞれ第4位、第5位を占めている。

 製造業スーパーシティ10都市が長江デルタおよび珠江デルタに高度に集中している構図と比較すると、IT産業スーパーシティ10都市は、各地域の中核都市へと分散する傾向を示している。

 2024年における上海、深圳、香港、北京の4大メインボード市場に上場するIT企業数を見ると、準一線の杭州と南京はそれぞれ中国全国第4位、第5位に位置し、準一線11都市の全国シェアは21.5%に達している。

 情報伝達・コンピュータサービス・ソフトウェア産業の就業者数では、杭州が第5位、南京が第7位にランクインし、いずれも中国を代表するIT都市となっている。準一線11都市の全国シェアは26.1%である。

 周牧之教授は「IT産業は、今日の世界経済を牽引するリーディング産業であり、最も活発で、時価総額規模も最大の企業群を形成している。世界のIT産業はすでに米中二強競争の構図を形成しており、かつて製造業時代に強い競争力を有していた欧州や日本は、相対的に第二グループへと後退している。AI駆動の時代においては、この構図は今後さらに強まるだろう。IT産業スーパーシティ10都市は、中国IT産業の中核的要素を集積している。大規模言語モデルのDeep Seek、ロボットのUnitree Robotics を始めとする杭州「六小龍」を代表例として、準一線都市も数多くの注目すべき成果を上げている」と述べている。

中国都市総合発展指標2017》中国語版・日本語版・英語版

■ 科学技術輻射力が最も強い準一線都市:杭州と蘇州


 「指標」に基づく「中国都市科学技術輻射力2024」の上位10都市は、北京、深圳、上海、広州、杭州、蘇州、武漢、南京、東莞、寧波である。これら科学技術スーパーシティは、中国全国の特許授権件数の39.2%、および科学研究・技術サービス業の就業者数の34.5%を占めている。

 メガロポリス別の分布を見ると、科学技術輻射力上位10都市は、京津冀が1都市、長江デルタが5都市、珠江デルタが3都市、長江中遊が1都市となっており、京津冀・長江デルタ・珠江デルタの三大メガロポリスが科学技術分野において圧倒的な優位性を有している。

 科学技術輻射力上位10都市のうち準一線都市は5都市がランクインしており、杭州と蘇州はそれぞれ第5位、第6位を占めている。

 2024年の「ネイチャー・インデックス」における世界研究機関トップ500を見ると、準一線都市の杭州は中国全国第9位、蘇州は第16位に位置しており、準一線11都市の全国シェアは36.2%に達している。

 各研究分野における論文引用数上位1%の研究者数は、杭州が中国全国第5位、蘇州が第13位となっており、準一線11都市の全国シェアは32.1%を占めている。

 特許授権件数は、蘇州が中国全国第4位、杭州が第6位にランクインしており、準一線11都市の全国シェアは23.7%となっている。

 科学研究・技術サービス業の就業者数は、杭州および蘇州はそれぞれ中国全国第9位、第12位に位置している。準一線11都市が全国に占める就業者数のシェアは24.2%に達した。

中国都市総合発展指標2016》中国語版・日本語版・英語版

 周牧之教授は、「『第14次五カ年計画』期間における科学技術イノベーションへの大規模な投入は、多数の科学技術スーパーシティを生み出し、京津冀、長江デルタ、粤港澳という三大国際科学技術イノベーションセンターの台頭を促した。研究開発投資、研究者数、科学出版物論文数、PCT特許出願数で、世界の科学技術イノベーション力はすでに米中二強競争の構図を形成しており、これが中国の製造業およびIT産業の発展を力強く推進する原動力となった」と強調している。

 明暁東氏は「準一線都市の発展は顕著であり、その数は11都市へと拡大した。これらの都市は、長江デルタ、成渝、長江中遊、京津冀、関中平原、粤閩浙沿海といったメガロポリスに分布している。準一線都市内の序列にも変化が見られ、杭州が成都を上回り、準一線都市の先頭に立った。これらの都市は、製造業輻射力、IT輻射力、科学技術輻射力などの面でそれぞれ異なる強みを有し、中国の都市発展が多彩に展開していることを示している」と述べた。また、「準一線都市全体の総合力は強化されている。とりわけ、蘇州・寧波に代表される製造業スーパーシティ、杭州・南京に代表されるIT産業スーパーシティ、杭州・蘇州に代表される科学技術スーパーシティの台頭は、中国実体経済の堅固な基盤とイノベーション主導型発展の強い推進力を明らかにしている」

 一方で、「一線都市と比較すると、高時価総額のトップ企業の集積においては依然として大きなギャップがある。また、準一線都市間においても発展の不均衡が見られ、1人当たりGDPになお大きな開きがある」と総括している。

 この記事の中国語版は2025年12月23日に中国網に掲載され、多数のメディアやプラットフォームに転載された。


【ランキング】中国都市総合発展指標2024:上海・北京・深圳が経済規模世界トップ10入り

雲河都市研究院

■ 編集ノート:中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院が共同で開発した「中国都市総合発展指標2016」の公表以来、雲河都市研究院は毎年、中国の地級市及びそれ以上の297都市を対象に、「中国都市総合発展指標」を発表している。同指標は経済・社会・環境という三つの軸で中国の都市を包括的に評価するもので、9年目の今年は、世界の大都市を比較、中国の一線4都市の顕著な成長に焦点を当て、その課題を分析し、今後を展望した。


中国都市総合発展指標2024

 恒例の「中国都市総合発展指標2024」は2025年末に発表された。北京は総合ランキングにおいて9年連続で、全国297の地級以上都市のトップの座を揺るぎなくした。上海が第2位、深圳が第3位、広州が第4位となった。これら一線4都市のパフォーマンスは突出し、そのGDP合計は全国の12.7%を占めた。

《中国都市総合発展指標2024》掲載記事一覧

 「中国都市総合発展指標」は総合ランキング偏差値に基づき、都市を一線都市、準一線都市、二線都市、三線都市に分類している。総合ランキング偏差値は、経済、環境、社会の3つの大項目偏差値の合計を300とする。偏差値が200以上と定義された一線都市はわずか北京、上海、深圳、広州の4都市である。

 中国都市の経済規模は、すでに世界のトップクラスに成長した。2024年の一線4都市のうち、上海、北京、深圳が世界の都市GDPランキングにおいてトップ10入りを果たした。その順位は、上海が第5位、北京は第6位、深圳は第10位で、広州は第14位となった。

 世界の都市GDPランキングトップ10は、米国(ニューヨーク、ロサンゼルス、ヒューストン)と、中国(上海、北京、深圳)が3都市ずつ占め、日本(東京)、フランス(パリ)、英国(ロンドン)、シンガポールが1都市ずつ入った。都市数とその経済規模の両面で、中米都市間大競争の構図が鮮明となっている。

 本稿は「中国都市総合発展指標2024」発表の第一弾として、資本市場で大きな存在感を持つニューヨーク、東京、ロンドンの三大国際都市をベンチマークに、中国一線4都市のパフォーマンスを比較分析する。

左から、《中国都市総合発展指標2022中国都市総合発展指標2023《中国都市総合発展指標2024》

1.強大な企業力が一線都市を世界トップクラスへ


 中国都市の台頭の背後には、中国企業の飛躍がある。「フォーチュン」世界500企業のうち、本社を北京に置く企業は52社に達した。東京の29社、ニューヨークの16社、ロンドンの13社を大きく上回り、北京は世界で「フォーチュン」500企業本社の集積度が最も高い都市となった。これは、中国企業の力強い発展と、大手国有企業が首都に集中する傾向を表している。上海には「フォーチュン」500企業が12社、深圳と広州にはそれぞれ8社と6社あった。一線4都市に集積する「フォーチュン」500企業は合計78社で、世界全体の15.6%を占めた。

 各国の上場企業時価総額トップ100企業数を見ると、東京は日本の時価総額トップ100企業のうち73社で、突出した集中度を示した。ロンドンはイギリス同企業のうち64社、ニューヨークは米国同企業のうち15社を集めている。北京、深圳、上海はそれぞれ中国の時価総額トップ100企業の39社、15社、12社を有する。これにより、日本とイギリスの高い一極集中度と比べ、大国である米国と中国では高時価総額企業の分布がより多中心化していることが見られる。

中国の時価総額トップ100企業トップ3:テンセント、中国工商銀行、貴州茅台

 数だけでなく、企業の時価総額においても中国都市は際立っている。各国の時価総額トップ100企業が所在する都市別総額を見ると、最も高いのはニューヨークの同15社である。これに続くのが北京で、同39社の時価総額合計はニューヨークの88%に達し、東京(同73社)の1.1倍、ロンドン(同64社)の1.3倍、深圳(同15社)の2.6倍、上海(同12社)の5.6倍となる。中国一線4都市のトップ企業はすでに世界の主要都市の企業と時価総額で競えるまで成長している。

 未上場で評価額10億米ドルを超えるユニコーン企業は、都市の経済活力を測る重要な指標である。「Hurun Report」に基づくユニコーン企業数では、ニューヨークが119社で最多、北京が78社と続く。上海65社、ロンドン49社、深圳35社、広州24社で、東京は7社と最少である。

 ユニコーン企業の評価額総額では、北京がこれら都市の中で最高となり、ニューヨークの1.6倍、上海の2.5倍、ロンドンと深圳の3倍、広州の3.5倍、東京の43.8倍に達した。中国一線都市におけるイノベーティブ企業の勢いは非常に強い。

中国のユニコーン企業時価総額トップ3:バイトダンス、アントグループ、SHEIN

 中国一線4都市の企業は、世界で経済力が最も強い都市と肩を並べる企業力を有するだけでなく、国内における集中度も際立っている。一線4都市に集まる「フォーチュン」世界500強企業78社は、中国同123社の63.4%を占める。上海・深圳・香港・北京のメインボードに上場する企業の31.3%も、一線4都市に集中する。中国でのユニコーン企業の一線4都市への集中度はさらに53.1%に達する。

 企業時価総額から見ても、中国の時価総額トップ100企業の総額は全国上場企業時価総額の52.4%を占める。さらに、中国の時価総額トップ100企業の時価総額のうち、78.4%が一線4都市に集中している。

 東京経済大学の周牧之教授は「中国の改革開放とIT革命はタイミングが高度に一致し、多くのイノベイティブ企業の成長をもたらした。第14次五カ年計画でイノベーション駆動が重視されたことで、電気自動車、新エネルギー、新素材、半導体、AIなどの分野で多くのイノベイティブなテック企業が急成長した。一線4都市はこの発展の潮流を担い、世界トップクラスの大都市へと躍進するとともに、長江デルタ、珠江デルタ、京津冀の三大メガロポリスを大発展させた」と指摘している。

2.三大国際科学技術イノベーションセンターの台頭


 『中華人民共和国国民経済・社会発展の第14次五カ年計画および2035年までの長期目標綱要』は、北京・上海・粤港澳大湾区の国際科学技術イノベーションセンター建設を加速し、世界的影響力を有する科学技術拠点の形成を支持することを明確に打ち出している。

 三大国際科学技術イノベーションセンターの中核として、一線4都市は顕著な成果を示し、すでに世界的な影響力を備えた科学技術ハブとなっている。

 質の高い大学はイノベーションを支える重要な基盤である。「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション 世界大学ランキング2025」の世界トップ500校を見ると、これらの都市の中ではロンドンが11校で最多、北京6校、上海5校、広州と東京が各3校、深圳とニューヨークが各2校となっている。

中国都市総合発展指標2018》中国語版・日本語版・英語版

 高度な研究機関も科学技術を支える主要な基盤である。「ネイチャー・インデックス」世界研究機関トップ500を見ると、北京は20カ所を有し最多で、上海9カ所、広州8カ所、ニューヨークとロンドンが各7カ所、東京が3カ所、深圳が2カ所となっている。

 企業もイノベーションの重要な担い手である。「EU産業R&D投資スコアボード」における企業R&D投資世界トップ2000の研究開発投資を見ると、北京は東京をわずかに上回り最多で、深圳の1.6倍、ニューヨークの2.6倍、上海の3.3倍、ロンドンの4.8倍、広州の12.2倍に相当する。

中国のPCT国際特許出願件数トップ3企業:HUAWEI、国家電網、テンセント

 強力な基盤と莫大な投資がもたらす成果は驚異的である。世界知的所有権機関「2025グローバル・イノベーション・インデックス報告書」の科学出版物論文数では、北京が世界最多であり、上海・蘇州クラスターの1.6倍、深圳・広州・香港クラスターの1.7倍、東京・横浜クラスターの2.9倍、ニューヨークの4.4倍、ロンドンの5.8倍に上る。

 各研究分野で論文引用数上位1%に入る研究者は、国際的なリーダーシップを示す指標である。クラリベイト・アナリティクスのデータによれば、北京は世界最多であり、ロンドンの3倍、ニューヨークの3.7倍、上海の4.8倍、広州の9.3倍、深圳の17.1倍、東京の20.2倍となっている。中国の一線4都市が多くの分野で国際的影響力を持つ研究者を抱えている。

 世界知的所有権機関「2025グローバル・イノベーション・インデックス報告書」のPCT特許出願数を見ると、東京・横浜クラスターが世界最多であり、深圳・広州・香港クラスターの1.1倍、北京の2.7倍、上海・蘇州クラスターの3.2倍、ニューヨークの9.9倍、ロンドンの19.4倍に達している。深圳・広州・香港クラスターは東京・横浜クラスターに迫る勢いを見せている。

 周牧之教授は「『第14次五カ年計画』期間において、中国一線4都市はイノベーションにおける投資と成果が爆発的に拡大し、三大国際科学技術イノベーションセンターの原型を確立した。これにより中国は世界最先端の科学技術分野で成果を上げ続け、製造業サプライチェーンで全方位の優位性をほぼ確立させた」と指摘している。

中国都市総合発展指標2017》中国語版・日本語版・英語版

3.資本市場の発展とビジネス環境の改善


 情報技術を始めとするテクノロジーの急速な発展は、学際的な協働を加速させ、産業チェーン・技術チェーン・資金チェーンの国際的な協働を促し、多数の新興産業と新興企業を誕生させている。この潮流の中、資本市場は企業発展を支える役割をますます強めている。とりわけイノベーティブ企業の成長は、証券市場とベンチャーキャピタルの支援なしには成り立たない。

 主要証券取引所上場企業の時価総額合計を見ると、NYSEとNASDAQを有するニューヨークは世界最大であり、上海の8.1倍、東京の9.2倍、深圳の12.6倍、ロンドンの17倍に相当する。上海証券取引所はすでに東京を上回り、深圳証券取引所はロンドンを上回った。

中国都市総合発展指標2016》中国語版・日本語版・英語版

 世界知的所有権機関「2025グローバル・イノベーション・インデックス報告書」のベンチャーキャピタル取引件数を見ると、これらの都市の中ではニューヨークが最多であり、ロンドンの1.1倍、上海・蘇州クラスターの1.3倍、深圳・広州・香港クラスターの1.6倍、北京の1.7倍、東京・横浜クラスターの2.2倍で、中国一線4都市におけるベンチャーキャピタルの活発さが解る。

 活発なイノベーションと起業には、開放性の高い相互学習の場が欠かせない。国際会議は交流と知の刺激が起こり得る重要な場である。ICCA「ビジネス分析—国家・都市ランキング」によれば、ロンドンは国際会議の開催件数においてこれらの都市の中で最多であり、東京の1.1倍、ニューヨークの3.5倍、北京の3.8倍、上海の4.7倍、深圳の16.5倍、広州の19.8倍となっている。中国一線4都市は国際会議開催の舞台としてまだ向上の余地がある。

 国際航空旅客数を見ると、これらの都市の中ではロンドンが最多であり、東京の3.3倍、ニューヨークの3.4倍、上海の5倍、広州の11.3倍、北京の12.9倍、深圳の34.2倍に達している。中国一線4都市は、国際的な人的往来を支えるプラットフォームとして更なる努力が必要である。

 ホテルも国際交流の重要なプラットフォームである。「フォーブス・トラベルガイド」の星付きホテル数を見ると、ニューヨークが最多で、ロンドンを若干上回り、東京の2.2倍、上海の3.4倍、北京の4.3倍、広州の15.7倍、深圳の23.5倍となっている。

 雲河都市研究院の研究によれば、世界都市におけるテック産業の発展と高級レストラン数には非常に高い相関が見られ、高級レストランが国際交流の場として不可欠な存在であることを示している。「ミシュランガイド」の星付きレストラン数では、東京が世界最多であり、ロンドンの2.1倍、ニューヨークの2.3倍、上海の3.3倍、北京の5.2倍、広州の8.1倍に相当する。但、美食文化が豊かな中国においては、高級料理店は多種多様であり、「ミシュランガイド」は一つの参考指標に過ぎない。

 周牧之教授は「イノベーションは典型的な交流型経済であり、その発展は人と人との交流や刺激に依存する。このため、都市にはより高い開放性と発展環境が求められる」と述べている。

 明暁東中国国家発展改革委員会発展戦略計画司元一級巡視員・駐日中国大使館元公使参事官は、「時が経つのは早いもので、『中国都市総合発展指標』の発表はすでに9年連続となった。2024年指標発表の第一弾は多くの注目すべきポイントがある。第一に、一線4都市をニューヨーク、東京、ロンドンといった国際トップクラスの都市と直接比較し、世界のGDP上位10都市の中で米中両国の都市が3都市ずつ占める構図を示した。これにより、中国一線4都市の国際競争力が大きく上昇している状況が明らかにされた」

 「第二に、企業力、科学技術イノベーションの主要基盤、資本市場の発展とビジネス環境の改善という三つの側面から分析を展開し、世界トップ500企業数、研究開発投資、PCT特許等のデータで裏付け、一線都市発展のロジックを明らかにし、国内都市の発展に模範的なベンチマークを示している」

 「第三に、一線4都市が企業の時価総額、科学技術イノベーションの成果、資本の活発度といった面で達成した成果を示しただけでなく、国際会議の開催件数、航空旅客数、高付加価値サービスといった面での不足にも正面から向き合い、全体の分析は客観的で弁証的だ」と「中国都市総合発展指標2024」の発表を高く評価した。

 この記事の中国語版は2025年12月8日に中国網に掲載され、多数のメディアやプラットフォームに転載された。