【シンポジウム】南川秀樹:ブロック経済化に向かわない形でどう気候変動対策を進めるか?

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。南川秀樹氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」の司会を務めた。


南川秀樹 元環境事務次官

 私自身、しばらく前にここ東京経済大学で4年間、客員教授をさせていただきました。国分寺に来ると、富士山が近いことをいつも感じています。今日も先ほど、きれいな富士山が見えて、大変幸せな気分になりました。

 まず気候変動問題は大問題です。皆さんもご承知ですし、これまでの方からもお話がありました。気候変動の問題は、これまでの環境問題とは大きく異なります。これまでの環境汚染は、誰かが問題があり、人々が影響を受けるということでした。気候変動問題について言えば、CO2やメタンを排出する人がいる、国があり、影響は全ての人、全ての国が同じように受けるということで、原因者と被害者が全く切り離されているというところで、非常に対策のプレッシャーがかかりにくい分野であることが大きな特徴です。

 そうした中で、先日COP29がありましたが開発が進んでいない多くの発展途上国から、「CO2をたくさん出して経済成長した国が、自分たちのことを応援してくれない」という不満が沢山聞こえました。

発展途上国の側から見て、先進国は自分達でCO2などの汚染物質を出す、途上国は経済発展はしないのに被害だけを受ける、これについて発展途上国は自分達が対策をとる資金を応援してほしい、被害の補償もしてほしいというリクエストが非常に強いです。今回のCOP29もほとんどそれに議論が終始しています。

南川秀樹 元環境事務次官

 そういった中で、私も10月に北京へ行き議論してきました。中国ではベルトアンドロードイニシアティブ(BRI)の中で、発展途上国の応援もし、その中にエネルギー対策も大いに入っていると伺いました。また、日本でもJCM(Joint Crediting Mechanism)というクレジットメカニズムを使い、お金を出し削減を応援していますし、またアジア全体のゼロカーボン化を進めようとの構想もあります。

 またさまざまな国際的な金融機関やアジア会議をはじめとしたところの機能もこれから大事だと思います。

 私自身、毎年何回か中国を訪れ、世界的な国連機関或いはNGOの方を含め一緒に議論をしています。その中で、中国に対する評価、また日本に対する評価もいただいていますが、かなり環境NGOの方からも、中国もしっかりやっているし日本もやっているとの話をいただいています。特に中国の場合で申しますと、実際これまで国際的な取り組みの中で大きなステップとなったCOP21のパリ協定、それから昨年のCOP28で出た化石燃料からの移行というトランジッションアウェイについて、事前に中国の解振華さんとアメリカの担当トップが事前に調整をする中で世界的なフレームが出来ました。中国が果たした役割も非常に大きいというのが、多くの方々の評価です。

 日本についても、ありがたいことに京都議定書を生み出した国であり、尚且つ震災があったにもかかわらず頑張ってCO2を減らしているということも評価を受けているところであります。

南川秀樹 元環境事務次官

 只、いま非常に最近の動きで多くの環境の問題に取り組む関係者が悩んでいるところが、ヨーロッパの動きでありアメリカの動きです。

 アメリカについては、インフレ抑制法という法律が出来、それに基づいて環境対策、とくに気候変動対策が進められていますが、その内容があまりにも極端に言うとアメリカ生産のものを使え、それを使うものだけを優遇すると。それを使って気候変動対策をしようとしている。従って海外から輸入しない。(自国の)製品でCO2を減らすことを強く謳っています。

 また、EU(欧州連合)も最近動き出している「国境環境税」をかけることにより、EU並みの対策を採っていない国からの製品については、EUに入る時に関税をかけるということで対応すると言われています。それにより、EUで真面目に炭素削減に取り組む企業が、EUの外に出ていくことがないようにしようとしています。

 それについて言いますと、環境面から見ると心配だ、要は環境という名前を使いながら半分は自国産業を守るということで、ある意味でブロック経済化に向かっている、その手段として環境対策が使われているのではないかという議論が、相当強く出てきています。

 そういった中でこれからトランプ政権も動き出します。どうやって日本も中国も努力し全世界的にブロック経済化に向かわない形でいかに環境保全を進めていくか、気候変動対策を進めていくか。とても難しい課題です。

南川秀樹 元環境事務次官

プロフィール

南川秀樹 (みなみかわ ひでき)

 東京経済大学元客員教授、日本環境衛生センター理事長、中華人民共和国環境に関する国際協力委員、元環境事務次官

 1949年生まれ。環境庁(現環境省)に入庁後、自然環境局長、地球環境局長、大臣官房長、地球環境審議官を経て、2011年1月から2013年7月まで環境事務次官を務め、2013年に退官。2014年より現職。早稲田大学客員上級研究員、東京経済大学客員教授等を歴任。地球環境局長の在職中は、地球温暖化対策推進法の改正に力を尽くした。また、生物多様性条約の締約国会議など多くの国際会議に日本政府代表として参加。現在、中華人民共和国環境に関する国際協力委員を務める。

 主な著書に『日本環境問題 改善と経験』(2017年、社会科学文献出版社、中国語、共著)等。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】中井徳太郎: GX政策は産業政策や経済政策との連携で

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。



 ご紹介いただきました中井です。老朋友の楊偉民先生をはじめ中国の先生方、企業の方々をお迎えし国際シンポジウムが出来ますことを、心からお喜び申し上げます。

 冒頭、鑓水環境事務次官に日本のGX政策の各論をかなりご説明いただきましたので、その部分も触れますが、私は大きく日本のGXを取り巻く大きなグランドビジョンについて、環境という切り口から、どうサステナブルな社会を描いていくかを、皆さんと共有できればと思います。

 その前提として、気候変動の世界の厳しい現状について、地球の温度はこの100年で0.7度上がっている、二酸化炭素(CO2)の濃度は2000年を超えたら濃度が400ppmを超えるなど、考えられないことが本当に起こっています。これはまさしく、いままでOECD諸国が主に出してきたCO2が、現在ではアジア、グローバルサウスが蓄積しているということになります。この結果、温暖化、気候変動において我々が日々困難に立ち向かっています。

 日本の状況は、台風、梅雨の時期の線状降水帯の豪雨、暴風雨で人災が起こっています。農業、一次産業においての大きな影響がいま出ています。作柄が悪化する、魚が獲れなくなる。そして珊瑚のような海の自然の生態系も影響を受けています。デング熱という熱帯性の蚊が媒介する伝染病が来ることにも繋がっています。3年を超え苦しんだCOVID-19も環境省では環境問題という捉え方をしています。

 この気候変動自体、日本は非常に厳しい認識をしていて、2020年に環境省が気候危機宣言をしまして、日本では国会において非常に厳しい認識を世界に出しております。このCOVID-19を含め気候変動の荒くれた状況、これが大きく環境問題だという捉え方ですが、これはSDGs(持続可能な開発目標)の考え方にもなってくるわけで、私たちの人間の活動が社会の経済システムに支えられ、そのベースに自然、生態系、地球そのものがあります。

 私たちの産業革命以降の営み、活動がまさしく地球に負荷をかける形で来た澱が溜まった結果としての今の状況です。気候変動や生物の絶滅、廃棄物の問題、これを人間の体に例えますと、肝臓、腎臓に負担がかかります。地球を人間に例えますと、人口が100億を目指して増えていく中では、人間の肺に当たるような機能のCO2を、酸素で、光合成で出してくれている。だが都市化の弊害で、熱帯雨林を切ってきている。これで身体が痛む、内臓が痛むという慢性病の状況です。

 従って、慢性病に対する症状を改善するには、抜本的な体質改善、地球という規模で人類が地球生態系についての抜本的な体質改善ができるかにかにかかっています。社会変革という大きなテーマをやりつつ症状は慢性病ですから続きます。症状と付き合いながら体質改善をはかる。これが21世紀の局面で出来るのか、という問題になっていると思います。

 パリ協定の2015年COP21はCOPメイキングの年でした。「2度目標」に続き、「1.5度」を目指そうという方向になりました。2018年にIPCCのスペシャルレポートが出てからは、世界で何としても1.5度に食い止めたいという機運が高まり、COPなどで議論になっています。

中井徳太郎 元環境事務次官

 日本はそういう状況の中で、2020年、先ほど鑓水次官から報告がありましたが、前の前の菅政権の下で、2050年までにカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする)を国家目標として掲げ、国際公約いたしました。そして、その本気度が試される2030年の目標は、温室効果ガスを46%2030年までに減らす。できれば50%の動議をする。こういうコミットメントをしていきます。

 しかも従来の日本の環境政策的な発想ですと、産業発展するものに対するコストとして環境対策を考えるというやり方でした。これが大きく転換いたしまして、このような体質改善をはかる産業への投資、イノベーション、こういうもので成長する、いわば環境GX政策で経済を成長させる。こういうコミットメントを政府として明確にしているのが特色です。

 そしてこの約束を真面目に守るのが日本という国柄であり、2030年の46%に向かってオントラックで減っているのが現状であります。2020年の後に岸田政権になり、先ほど鑓水次官から報告があった日本の政策、GXが展開します。法律も通し、当面10年間、官民合わせて約150兆円のGX投資、政府としては20兆円の先行支援を、成長志向型のカーボンプライシングという構想でやっていくことが今の柱です。

 このことは具体的にはカーボンプライシングでは2026年からの排出量取引の本格導入、また2028年からの炭素負荷金、実質上の炭素税のようなものが入り、マーケットメカニズムを活用しながら、国に税収のようなものが入るものの、手当を前提とした国としての債権、国としてのトランジションボンドで20兆円を確保し、どんどん先行的に支援していく。こうしたマーケットメカニズムと政府の支援を抱き合わせたセットのパッケージ。これが今後、本格的にGXを進める上で、途上国などにも参考になる方法だと思います。

 少し大きな絵を考えます。先ほど社会変革が大事だと申し上げました。いまGXということで、脱炭素社会の目標を立てるのは非常に分かり易い世界です。2050年に日本の場合、ゼロにするというコミットメント、これは言ってみますと必要なエネルギーを、地球に負荷をかけない形にするというコミットメントです。それを実現するためにも、あと二つのことと抱き合わせで、三つセットで展開していくことを、環境政策上言っています。

 一つはサーキュラーエコノミー(循環経済)、リニアな発想ではなくすべてが循環する仕組みで経済を変えていこう。もう一つは、ネイチャーポジティブの自然生態系との調和。この三つは、環境の観点からサスティナブルな社会を描いた時の大事な要素です。

 この三つが統合的にインテグレートされ、シナジー効果を上げ、私たちが社会をイメージし、企業の皆さんにも向かう方向をイメージしながら企業活動をやっていただきたい。政府としてもこの三つが同時達成される世界を描くということです。

シンポジウム当日の東京経済大学 大倉喜八郎 進一層館

 それを可能にするためにも、身体で言うと血液に当たるお金の流れを、投資の流れにつなげるSDGs がある。これを日本の政策として言っていますが、世界全体の話になるので、国際的な視点で協力をしていこうという枠組みであります。

 サーキュラーにつきましては、従来の大量生産、大量消費、大量廃棄で、自然資源を使ってやってきた世界が、捨てられてしまうプラスティック問題の典型として、海洋プラスティック問題が起こっています。が、上流の製造の部品の選択や、途中のループが回せるものはどんどん回すというところで、資源を無駄にしない。そういう発想でやりますと、資源へのコストも節約されるし、経済的にもメリットがある中で資源節約ができる。ネイチャーポジティブということになると、劣化している自然環境を回復させる。むしろ人間が関わる企業や政府の活動が、自然に森林を整備したり、海洋の藻場の回復のようなことをやったり、そういうことで、自然の価値が高まる方向に持っていくことが、ネイチャーポジティブということです。これも世界的に今大きなテーマになっています。この三つをしっかりやっていこうということです。

 脱炭素は、地域という目線が非常に大事であるということで、環境省が所管しております日本の1700の自治体は、いま押し並べてエネルギーの収支は赤です。これは大きな電力を、化石燃料として輸入しているものから、電気として各地方が買っております。そういう構造で所得が外に出ている。脱炭素の目標は数字目標ですから分かり易いのですが、それが地域に何の意味があるのかが、逆に問われます。そういう観点から、地域の脱炭素を進めるための再生エネルギーを入れることで、その地域に資源を担う企業ができれば、雇用にもつながります。所得になります。

 また災害が多発する中では、マイクログリッド、再生エネルギー、蓄電システムを整えると、停電にならない。台風が来ても地震が起きても、レジリエンスを高めることになります。省エネの構造の断熱など、いろいろな取り組みは、健康の質を高めます。脱炭素の目標は数字目標なので分かり易いですが、実益、ご利益が目に見える世界を作るということで進めていく。

 そのような三つの概念が合わさった言葉を、英語ではRegional Circular and Ecological Sphere、地域循環共生圏と言い、この構想は閣議決定をした第5次基本計画に出しております。この5月に第6次基本計画がまた閣議決定されましたが、そこでも踏襲されている概念です。いまのような三つの移行、三つのトランジッション、すなわちエネルギーの観点からの脱炭素、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブを同時に進めていく。

 いま既に都市部、農村山村部という構造になっていますが、分かれている中で地域の資源として、エネルギーや食料や水回りをとらえ、観光資源をとらえ、極力自活をしていく、自給していく発想、自立分散型の発想、足りないところは互いのネットワークで補う構想を環境省が出しています。ボトムアップ型でそれぞれの地域のポテンシャルを活用するのにGXやさまざまな技術を使う発想です。

中井徳太郎 元環境事務次官

 冒頭、地球環境を身体に例えましたが、まさしくそういう発想を持っておりまして、人間の身体の37兆個の細胞が一つひとつ有機的につながり血管ができ、心臓ができ、身体の仕組みができている。こういう構造であることは実は地球全体、社会もそうなっている。

 そういう意味で、いま地域循環共生圏で申しているところは、この構想をみなさんに知っていただき、うちの地域、うちの企業も頑張ろう、ポテンシャルを持ってやろう、技術を色々取り入れてやろうと、そういう元気の輪が広がるようなボトムアップアップ型の声がけをしています。

 しかもこの循環のネットワークシステムは、ある意味で階層性になっています。一番ベースの友人、家族、地域から大きなエリア、流域、国全体、アジア全体など適正なところでの循環というものがあると思います。小さい視点、ボトムアップを大事にしていますが究極はアジア全体、グローバル全体です。これは、日本の経験で言っても、かつて国内をかなぐり捨てて世界のことを見るような時が無いわけではありませんでした。いまや国内課題としての技術を使い、循環する発想を持ちながら、世界へ貢献していく、世界のカーボンニュートラルに貢献していく発想です。図式化しますと、この自然生態圏、ネイチャーポジティブの世界は、山から海に至る水の循環に象徴されます。この循環系の中に川から海に行き、蒸発し、また雲から雪や雨になり、降りていく。この中に私たち全ての営みがあるわけです。この循環の中から水回り、食料、エネルギー、観光資源をいただいている発想で、これを調和していくのです。

地域循環共生圏

 この絵は日本の地域にも当てはまりますが、ひょっとしたら大きな意味で中国全土をどう考えるか、アジアの視点ではこれはどうなるか。先ほどの循環の階層性の発想から見ますとボトムアップの、私たちができる回りの循環を考えながらも、どんどん大きくしていくことが大事だろうと思っております。

 そういう意味でいまの構想は、環境省が閣議決定という形で政府全体のサスティナブルな環境の切り口から構想で出しておりますが、それをやるためにも、やはり今日のような日中の協力の場、人と人のイノベーション、オープンな場での交流。そしてデジタルトランスフォーメーション、AIも含めて電気がかかるわけですが、これは賢く使えば、地域循環をやる大事な道具になります。ここでかかる電気自体は、賢く地球に負荷がかからない形で獲得する。

 こういう大きな構想の中で、皆が共有感を持ってそれぞれ頑張る。政府、官、民も頑張る。こういう構想で日本はやっていることをご紹介したいと思います。今日はこれのさらなる展開を期待しております。ありがとうございます。


プロフィール

中井 徳太郎(なかい とくたろう)/日本製鉄顧問、元環境事務次官

 1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官、環境事務次官を経て、2022年より日本製鉄顧問。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

 

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。



 ご紹介いただきました環境省の鑓水でございます。本日は、このような機会を頂戴し、大変光栄に思っております。また、国際シンポジウムの開催、誠におめでとうございます。

 私からは、福川さんがご紹介されたように、日本政府が推進しているグリーントランスフォーメーションのコンセプトや今後の方向性についてご紹介させていただきます。その前に、COP29の結果について簡単にご報告いたします。2024年11月11日から24日まで、アゼルバイジャン共和国のバクーで開催されたCOP29では、気候変動に関する新たな数値目標が設定されました。特に、途上国支援については、2035年までに年間約3000億ドルを支援することを目指すと決まりました。さらに、公的資金や民間資金を合わせて、途上国向けの資金を2035年までに年間1.3兆ドル以上に拡大することが求められました。

 また、温室効果ガス排出削減対策としては、地方自治体との連携強化や、都市建物の脱炭素化の重要性が強調されました。日本からは、浅尾慶一郎環境大臣が出席し、1.5度目標の実現に向けて、国が決定する貢献、いわゆるNDCの着実な実施が重要であると訴えました。また、我が国が気候資金支援を2025年までの5年間で、最大700億ドル規模で実施していることや、温室効果ガスの排出削減が着実に進んでいることを報告しました。

鑓水洋 環境事務次官

 さて、GXの経緯やコンセプトについて、少しお話しさせていただきます。日本では、2020年10月、当時の菅義偉内閣総理大臣が、2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。それ以降、脱炭素化に向けた国内の議論が活発化しました。これに関連して、日本におけるグリーン・トランスフォーメーションは2022年5月、GX投資を促進するための新たなイニシアティブを支持することから始まりました。これは、温室効果ガスの排出削減に向けた国際公約と産業競争力の強化、経済成長を同時に達成するために、10年間で150兆円を超える官民投資を実行することを目指しています。その中心となるのが「成長志向型カーボンプライシング構想」です。

 この構想には3つの重要なポイントがあります。1つ目は、GX経済公債という新たな債券を発行し、その資金を調達して、150兆円を超える官民投資を実行するために、国として長期的かつ複数年度にわたる投資促進策を講じることです。具体的には、10年間で20兆円規模の国債を発行する予定で、これは世界初となる「トランジションボンド」として注目されています。今年の2月からは、個別銘柄の「クライメート・トランジション・利付国債」を5回にわたり発行し、合計で約2.65兆円を調達しています。

鑓水洋 環境事務次官

 2つ目は、カーボンプライシングによる先行投資インセンティブです。これには2028年度からの化石燃料付加金制度の導入、2026年度からの排出量取引制度の本格稼働などが含まれています。これにより、企業が脱炭素化に向けた投資を積極的に行うよう促進しています。

 3つ目は、新たな金融手法の活用です。具体的には、今年設立されたGX機構による債務保証などの官民金融支援を強化し、トランジションへの国際的理解の促進や、グリーンファイナンス市場の発展を目指しています。

 また現在、政府は「GX2040ビジョン」の検討を進めています。これは、エネルギーの量や価格の安定供給、DXの進展、電化に伴う電力需要の増加、そして経済安全保障の要請などを踏まえて、将来に向けた不確実性に対応するためのビジョンです。このビジョンでは、エネルギーの脱炭素化や水素関連産業の集積、GX製品の国内市場の創出などが重要な課題として議論されています。特に、グリーン鉄やグリーンケミカル、CO2吸収コンクリートなどの素材は、性能が変わらないものの、製品のコストアップが課題となっており、これに対応するため、カーボンプライシングを加えてGX製品の価値を見える化し、需要創造や市場創出に取り組んでいくことを目指しています。

シンポジウム当日の東京経済大学キャンパス

 これらの取り組みは、政府としての脱炭素に向けた重要な施策であり、環境省としても積極的にサポートしています。さらに、環境省では「循環経済」や「ネイチャーポジティブ(自然共生)」など、社会の変革に取り組んでいます。循環経済は産業競争力の強化や経済安全保障の確保、地方創生、質の高い暮らしの実現に貢献すると考えており、年内には政策パッケージを取りまとめる予定です。

 また、ネイチャーポジティブについては、優れた自然環境を守りつつ、上質なツーリズムを実現し、自然の保護と利用の好循環を生み出すことを目指しています。この取り組みを通じて、国内外からの観光客を促進し、滞在型観光を推進するための魅力拡大にも取り組んでいます。

 以上、環境省の取り組みと、GXを中心とした政府の政策についてご紹介させていただきました。引き続き、皆さまのご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。本日はご清聴、誠にありがとうございました。


プロフィール

鑓水 洋(やりみず よう)/環境省大臣官房長。

 1964年山形県生まれ。1987年東京大学法学部卒業後、大蔵省入省。大蔵省主計局総務課長補佐、熊本県総合政策局長、財務省大臣官房企画官、主計局主計官、財務省大臣官房付兼内閣官房内閣審議官、財務省大臣官房審議官、理財局次長、国税庁次長等を経て、2021年から現職。

■ シンポジウム掲載記事


GX政策の競い合いで地球環境に貢献
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2024-12/30/content_117632819.htm

気候変動対策を原動力にGXで取り組む
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-01/02/content_117641894.htm

GXが拓くイノベーションインパクト
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-01/02/content_117641551.htm

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

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【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

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【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。



 福川でございます。今日は東京経済大学で、「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」という壮大なテーマのシンポジウムが開催されることを心からお喜び申し上げます。本日は中国側から私の長年の友人である楊偉民先生、日本側からは中井徳太郎元環境次官をはじめ、さまざまな方々が参加し、素晴らしい議論が展開されることを楽しみにしています。COP29の後の状況について、これからどのように展開されていくのか、皆様も注視していることと思います。

 話は少しそれますが、グリーンストランスフォーメーションに加えて、現在進行中のデジタルストランスフォーメーションも非常に重要です。デジタル化が進む一方で、エネルギー消費が増える可能性があり、この点をグリーンストランスフォーメーションとどう調和させるかが大きな課題となります。世界のエネルギー消費の弾性値は1990年代の0.29から2020年代には0.51に上昇しています。デジタル化の進展に伴い、グリーン化の対応が一層求められています。

 国際情勢も厳しく、ロシアのウクライナ戦争やイスラエルとガザ地区の情勢などでエネルギー市場が混乱し、環境問題への関心が薄れている危険性があると感じています。米国ではトランプ氏の再任により、環境問題への関心が薄れる懸念もあります。グローバルサウスの国々は経済成長を重視しており、地球環境問題に対する意識が乏しいのではないかという危惧があります。これにどう対応するかが問われています。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」会場

 産業の発展を振り返ると、産業革命以降、世界は大量生産・大量消費・大量廃棄・大量汚染のシステムで発展してきました。これをどのように解決していくかが今後の重要課題です。このままでは現行の産業活動や生活環境を維持するのは非常に困難です。

 グリーントランスフォーメーションは単に化石燃料をグリーンエネルギーに置き換えるだけでなく、産業社会や構造全体の変革を含む新しい取り組みが必要です。地球社会の存続を考えると、産業のグリーン化をどのように実現するかが重要です。エネルギーの供給・需要面において革新的な技術開発が求められます。

 まず、エネルギー供給構造の革新が重要です。太陽光や風力の利用拡大、安全性が確認された原子力の拡大、水素やアンモニアなどの利用も必要です。さらに、産業活動や生活の省エネルギーを加速し、電気自動車や自動運転システム、ドローン配送システムの導入が期待されています。将来的には、高速道路におけるソーラー発電と自動走行充電道路の融合なども検討すべきです。

福川伸次 東洋大学総長、元通商産業事務次官

 次に、排出権取引の国際展開が重要です。過去の経験を生かし、どのように活用するかを模索すべきです。そして、資金調達の問題もあります。グリーントランスフォーメーションには膨大な資金が必要です。発展途上国への資金援助や技術革新には資金が不可欠で、どのように調達するかが大きな課題です。私は、温暖化ガスの排出に応じた資金供給メカニズムの検討が必要だと考えています。経済成長と排出量がある程度相関しているなら、排出量に応じた資金供給を行い、その資金を技術開発や発展途上国への支援に充てるべきです。

 日本では1970年代から取り組みが始まり、現在ではCOP21の合意を実現するため、2030年までにCO2排出量を46%削減する目標を掲げています。その一環として、2023年にはグリーントランスフォーメーション関連の2法案が成立しました。排出取引制度の本格稼働や炭素付加金制度の導入が検討されています。また、原子力発電の再開、洋上風力発電の促進、水素エネルギーの拡大も進められています。現在、政府はエネルギー基本計画の再検討を行っています。

シンポジウム会場・東京経済大学「進一層館」

 アジアでは多くの国が脱炭素社会実現を表明していますが、未だに石炭や天然ガスに依存している国が多いのが現状です。2050年までのカーボンニュートラル実現を目指していますが、経済成長を重視する中でそれをどう実現するかが大きな課題です。2023年12月には、アジアゼロエミッション共同体(AZEC)の首脳会議が開催され、脱炭素に向けた原則や政策策定が議論されました。日本としてどのように支援していくかが問われます。

 中国は二酸化炭素の最大排出国ですが、ソーラーパネルや電気自動車、風力発電の分野では世界をリードしています。中国の地球環境改善に期待しています。また、日中両国は脱炭素に向けて協力を強化しています。技術革新、政策協力、サプライチェーン強化、環境教育・人材育成、第三国への協力など、さまざまな形で協力が進んでいます。

福川伸次 東洋大学総長、元通商産業事務次官

 私は、日中協力が今後大いに発展することを期待しています。この分野での成功は、GXの実現にかかっており、それが世界の産業発展の中心となると考えています。このシンポジウムが有益な成果をもたらし、日中協力が進展することを心より期待しています。


プロフィール

福川 伸次(ふくかわ しんじ)/東洋大学総長、地球産業文化研究所顧問

 通商産業事務次官、神戸製鋼所代表取締役副社長・副会長、電通顧問、電通総研代表取締役社長兼研究所長、日本産業パートナーズ代表取締役会長、東洋大学理事長、機械産業記念事業財団会長、日中産学官交流機構理事長、日本イベント産業振興協会会長など歴任。


■ シンポジウム掲載記事


GX政策の競い合いで地球環境に貢献
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2024-12/30/content_117632819.htm

気候変動対策を原動力にGXで取り組む
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-01/02/content_117641894.htm

GXが拓くイノベーションインパクト
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-01/02/content_117641551.htm

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

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【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

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【シンポジウム】中国企業海外進出のチャンスと課題

■ 編集ノート:雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たなチャレンジ:イノベーション、集積、海外進出」が2024年12月1日、東京オペラシティで開催された。主催は雲河都市研究院、メディアサポートは中国インターネット情報センター。 
 中国駐日本大使館の郭旭傑経済参事官、北京大学国家発展研究院の周其仁教授、中米グリーンファンドの徐林会長、北京希肯琵雅国際文化発展株式会社の安庭会長、北京師範大学一帯一路学院の林惠春教授が登壇し、中国企業海外進出のチャンスと課題について議論した。


2024年雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たな旅立ち:イノベーション、集積、海外進出」会場

林惠春:中国企業海外進出の2つの課題


 きょうの中国企業海外進出に関する討論の議題は2つある。1つは、米国トランプ政権の逆グローバル化で、中国企業は海外進出をどう図るべきか。2つ目は、中国の一帯一路が中国企業の海外進出にとってどのような意味と役割があるかだ。

林惠春 北京師範大学一帯一路学院教授

郭旭傑:中国企業はどう包囲網を打ち破り、足場を固めるか


 トランプ政権二期目が始まり、世界自由貿易体制と経済グローバル化に対する懸念が世界的に高まっている。中国経済が直面するこれらの課題は、結局のところ中国企業の肩にかかってくる。新しい時代において、中国企業が国際舞台で包囲網を打ち破り、足場を固めることが重要な課題となっている。

 APEC首脳非公式会合期間中、習近平主席は石破茂首相と会談し、両国首脳が戦略的互恵関係を全面的に推進し、新しい時代に適した建設的で安定した日中関係を構築することを再確認した。経済貿易、グリーン成長、医療・介護などの分野で協力を強化し、グローバルな課題に共同で対応していくと強調した。石破茂首相は施政演説で、両国間のあらゆるレベルでの交流を推進し、中日関係が改善・発展の重要な時期を迎えることを表明した。

 近年、日本市場に進出する中国企業も増加している。日本貿易振興機構の統計によると、2023年末時点で、中国の対日投資残高は80億米ドルに達し、2015年の4倍に増加した。主な分野は貿易、投資、金融、物流、観光、人材派遣など多岐にわたり、地域的には東京、大阪、名古屋の3大都市圏に集中している。 日本に投資する中国企業では、BYD、TEMU(テム)、SHEIN(シーイン)、ハイアールなどのブランドが好調で、日本において中国の良いブランドイメージを確立している。

郭旭傑 中国駐日本大使館経済参事官

安庭:輸出と進出の促進で、文化の運命共同体創りを


 中国の文化公演の海外進出について、私はいくつかの展望を持っている。

 第一に、文化公演と国際市場との有効な連携を強化し、エンターテインメントの優良作品がスムーズに海外進出できるよう推進する必要がある。

 第二に、情報交流の強化は、中国の舞台芸術の傑作を海外に進出させる上で最も重要な課題となっている。

 第三に、積極的に海外へ作品を紹介し、理解を深めることが必要だ。そこを国家レベルで支援する必要がある。

 国家間、都市間の文化の相互理解、産業連携、社会の融合を促進し、海外からの輸入と海外進出を促し、文化の運命共同体を作り上げよう。

安庭 北京希肯琵雅国際文化発展株式会社会長

徐林:一帯一路は中国企業の海外進出を支援し、開かれたプラットフォームに


 グローバル化には多様な側面がある。経済分野では逆グローバル化の傾向が見られるが、経済だけを見てはいけない。他の多くの分野ではグローバル化は逆行していない。

 第一に、中国企業は国際資本市場への進出を奨励する必要がある。先ほど周牧之教授が述べたように、企業の上場は資金調達手段であるだけでなく、国際投資を誘致し、透明性を高め、認知度を高める重要な手段でもある。

 過去数年間、一部の海外上場の中国企業は上場廃止とされたが、私はこれは間違っていると思う。より多くの中国企業が海外資本市場に上場し、外国投資家が中国企業について理解を深め、中国企業の成長による利益を外国投資家が共有できるようにする必要がある。

 第二に、現在、中国の海外での利益は10兆ドルを超えている。中国政府は、海外のこの利益をどう保護するのか?何によって保護するのか?

 従来、中国の外交は他国の内政に干渉しない方針だったが、中国は現在、世界中のあらゆる地域で利益分配がある。他国の内政に干渉しない方針で海外の利益を保護できるのか?外交の手段や戦略を変更する必要はないのか?

 他国の内政に干渉しない方針を堅持するには、国際ルールや協定に依拠する必要がある。そのためには、主要な利害関係者と早期に協定を結び、制度を確立する必要がある。そうすることで、中国の海外利益を保護することができる。実際、中国は現在これらの点で不十分だ。

 第三に、ますます増加する企業の海外進出のニーズをどう管理するか。資本は海外へ流出するが、政府はその流出に対してどのような態度を取るべきか?どのようなルールを設けるべきか?

 多くの中国の名高い企業が海外進出の際に、資本規制などさまざまな障害に直面している。こうした問題は、中国企業の海外進出の波の中で、政府が解決しなければならない課題だ。

 第四に、中国の金融サービス業は企業の海外進出のニーズに対応できるだろうか?

2024年雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たな旅立ち:イノベーション、集積、海外進出」会場

 海外の金融機関は、自国の企業とともに海外に進出し、多くの優れたサービスを提供している。しかし、中国の金融システムは、こうした要求に対応できていない。多くの中国企業は、海外で海外の金融機関のサービスを利用できない時、中国の金融機関は彼らに十分なサービスを提供できていない。

 私は、一帯一路は地理的な概念と理解している。しかし、欧米人は一帯一路を地政学的な概念として捉える傾向がある。実際、中国が一帯一路を最初に提唱したのは、地政学的な考慮ではなかった。

 当時、中国は多額の外貨を稼いでおり、その外貨をより有効に活用するため、アジアインフラ投資銀行(AIIB)やBRICS銀行を設立し、一帯一路を提唱した。日本を見習い、その外貨を利用し、多額の収益を得た後に黒字を国内に還流させ、一帯一路参加国の発展を促進したいと考えていた。

 しかし、その後、これは地政学的な戦略と解釈された。そのために中国では「一帯一路戦略」と呼ばず、「一帯一路イニシアチブ」と呼ぶようになった。

 私は、一帯一路が真に影響力を持つためには、中国企業の海外進出を支援し、開かれたプラットフォームとして構築すべきだと考える。もちろん、中国の対外姿勢は依然として開かれたものであり、閉鎖的でなく、中国が完全に主導するものではない。第三者の参加も歓迎する。

 また、一帯一路には、基本的なルールや制度が不可欠だ。それがない場合、一帯一路の投資はリスキーなものになる。

(右)徐林 中米グリーンファンド会長、中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元司長(左)周其仁 北京大学国家発展研究院教授

■ 周其仁:企業を主体としたグローバル化を


 現実の世界は非常に興味深く、地政学の本質は異なる地域間の利益衝突を表わす。

 人類は動物から進化し、狩猟文明と農耕文明を経てきた。動物界にも領土意識があり、生存のために生物は自分の領土を広く、豊かに、強くしたいと考える。隣接する2つの勢力はしばしば矛盾や衝突を起こす。これが地政学的紛争の根源のひとつである。

 人類社会は21世紀にまで発展したが、戦争や紛争は絶えず発生し、これは根深い競争が依然として存在していることを示している。

 一方、国境で囲まれた国家は存在しているものの、企業の海外進出は政治体制と直接には関係がない。顧客さえあれば、企業はさまざまな政治体制の国に容易に進出できる。企業は契約を結ぶ組織であり、契約は人類の経済的利益と文化的利益をネットワークで結びつけている。

 このように地域紛争が絶えない一方、市場のグローバル化とネットワーク化で企業の活動は世界中に広がっている。この両者は世界に矛盾なく共存している。

 2019年に北京大学での講演で、私は「国本位のグローバル化は重大な挫折に直面しているが、市場本位のグローバル化はまさに台頭しつつある」と述べた。この市場本位とは企業本位である。

 米大統領は対中の貿易戦争と技術戦争を発動したが、テスラは上海にスーパー工場を建設した。国家間の政治関係がどうであれ、企業は複数の、時には対立する顧客と取引を行うことが可能だ。

 今日、ナショナリズムや貿易保守主義が台頭し、国家安全保障が極限まで拡大しているが、最終的に勝利するのは企業中心のグローバル市場というネットワークである。そのネットワークの相互作用が、人類が古くから抱える地域紛争を克服するだろう。

(左)周其仁 北京大学国家発展研究院教授/(右)周牧之 東京経済大学教授

 中国の希音(SHEIN)社は、オンラインでZARAのようなビジネスを展開している。世界には、少ないお金で新しい服を着たいという消費者層が存在する。同社は、この需要をターゲットに、インターネットを通じて欧米市場に週5万点の新しい商品の電子サンプルをアップし、注文が入ると佛山、番禺一帯の中小企業で大量生産し、需要に応えている。オンラインでヒット商品が出ると、生産システムが迅速に対応する。彼らのネットワークを通じて数十機の飛行機で世界中に輸送される。

 先ほど周牧之教授が述べたように、希音の日本での売上高はユニクロに迫っている。しかし、中国国内の大多数の人々は、この会社の存在すら知らない。

 私の学生にアマゾンで働いている者がいるが、彼はアマゾンの株価が中国の2つのアプリに圧迫されていると言う。一つは拼多多(ピンドゥオドゥオ)、もう一つが希音だ。これらの企業の頭の中の世界地図は、私たちが目にする世界地図とは異なっている。私たちは境界が明確な国家として国々を見ているが、彼らはサプライチェーン、顧客チェーン、中間サービスプロバイダーでつながった商業ネットワークの世界を見ている。

中国都市総合発展指標2023」報告書

 この記事の中国語版は2024年12月26日に中国網に掲載され、多数のメディアやプラットフォームに転載された。


■ WEB掲載記事


【日本語版】

チャイナネット『海外進出した中国企業、現地社会に溶け込むのが肝心=中米グリーンファンドの徐林会長』(2025年5月15日)

チャイナネット『企業を主体としたグローバル化を=北京大学国家発展研究院の周其仁教授』(2025年5月15日)

チャイナネット『製造から投資、管理の力量まで問われる海外進出=北京大学国家発展研究院の周其仁教授』(2025年5月15日)

チャイナネット『高成長する文化産業は「輸入」と「海外進出」が両輪=北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司の安庭会長』(2025年5月15日)

チャイナネット『近年、日本市場に進出する中国企業が増加=中国駐日本大使館の郭旭傑経済参事官』(2025年5月15日)

チャイナネット『中国企業の海外進出は世界を再構築=周牧之教授』(2025年5月16日)

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【シンポジウム】メガロポリス発展を展望:中国都市総合発展指標2023

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 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

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【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

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【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【シンポジウム】中国企業の海外進出の経験と教訓

■ 編集ノート:雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たなチャレンジ:イノベーション、集積、海外進出」が2024年12月1日、東京オペラシティで開催された。主催は雲河都市研究院、メディア協力は中国インターネット情報センター。
 北京大学国家発展研究院の周其仁教授、米中グリーンファンドの徐林会長、東京経済大学の周牧之教授、北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司の安庭会長、北京師範大学一帯一路学院の林惠春教授が登壇し、中国企業の海外進出の経験と教訓について議論した。


2024年雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たな旅立ち:イノベーション、集積、海外進出」会場

林惠春:中国企業の海外進出の成功と教訓


 中国企業の海外進出にはどのような経験と教訓があるか?中国企業の海外進出熱は高まり、成功例も失敗例も出ている。その経験と教訓は?

(左)周牧之 東京経済大学教授、(右)林惠春 北京師範大学一帯一路学院教授

周牧之:中国企業の海外進出は世界を再構築


 周其仁教授と私は其々1980年代末、留学という形で「個人的な海外進出」をした。現在、中国企業の海外進出は、1980年代以降3度目の大きな変革と捉えられる。1度目は改革開放、2度目は中国の都市化、3度目が中国企業の海外進出だ。最初の2つの大変革は、中国の運命を大きく変えただけでなく、世界にも影響を与えた。

 中国企業の海外進出は始まったばかりだが、その影響力は無視できないほど大きい。中国経済の巨大な経済規模を盾に、強力な成長力と驚異的な推進力を持つ中国企業の海外新出は、かつてないほどの衝撃力で世界を再構築している。

周牧之 東京経済大学教授

■ 徐林:現地社会に溶け込むのが肝心


 中国企業は海外に進出後、海外社会に溶け込む必要がある。海外進出は、中国企業にとって既知の環境から未知の環境へ移り、生存し、経営していくことであり、多くの課題に直面することは確実だ。

 私が中国国家発展改革委員会財政金融司の司長を務めていた際、ちょうどリーマンショック金融危機の時期だった。当時、中国国務院で海外進出に関する会議が開かれた。国務院のある指導者が、企業の海外進出に一定の規制があるため、多くの企業が海外進出の陳情に来ると述べた。

 彼は企業が海外進出ですぐに成功すると安易に考えてはならないと指摘し、それは海外と中国国内の経営環境が異なるためだと言った。特に国内の民間企業の場合、地方政府は企業に大きな支援を提供し、企業が直面する様々な問題解決の手助けをする。しかし、企業が海外に進出すると、状況は大きく異なる。海外の労働争議に直面するだけでなく、現地政府は国内政府のように企業の問題解決を支援しない。

 さらに、中国企業が海外に進出した後、どう現地社会と融合し、現地従業員に中国企業への帰属意識と誇りを持ってもらえるかは、容易ではない。

 金風科技を例に挙げたい。同社は新疆の風力発電設備メーカーで、ドイツ企業を買収し、研究開発を海外に拡大した。派遣したチームと現地従業員との距離を縮めるため、同社は様々なイベントを企画した。皆で円になって座り、中国の火鍋を食べながら酒を飲むことで、中国人と現地社員の距離が一気に縮まった。

 今後、政府はこうした面でより多くサポートし、企業の問題解決を支援するべきだ。

徐林 中米グリーンファンド会長、中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元司長

■ 安庭:相手の立場に立って問題を考える


 まず友人になり、相手の立場に立って問題を考えることで合意に達し易くなる。北京希肯琵雅国際文化発展有限公司は2000年9月に設立され、全国初の外国合弁企業として新三板に上場したエンタメ企業だ。当社は、日本のぴあと合弁会社を設立する過程で、いくつかの困難に直面した。

 ぴあは日本最大のチケット販売会社である。同社の矢内廣社長は日本で非常に有名で、中国に深い親しみを持ち、特に中国での事業展開を強く希望していた。彼らは中国の数多くの都市や企業を訪問し、保利も訪問した。当時、当社は保利と合弁会社を設立していたため、保利からぴあとの合弁会社設立を勧められたのが経緯だ。

 当社は、日本企業との協力を希望し、このプラットフォームを活用し中国のコンテンツを日本や他のアジア諸国に輸出したいと考えた。しかし、言語の違い、特に物事の認識や考え方の違いから、合弁会社の設立交渉には2年の時間を要した。

 その間、私は頻繁に日本を訪れ、彼らも中国に頻繁に来て、皆で酒を酌み交わし、まず友人となり、その後、物事を話し合うことで、相手の立場に立って問題を考えることができ、合意に達した。

(右)安庭 北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司会長、(左)林惠春 北京師範大学一帯一路学院教授

周牧之:上場で企業ガバナンスの規範、透明性を高める


 私は安庭の希肯琵雅国際の取締役であり、同社に投資するぴあの顧問でもある。ある時期、双方のコミュニケーションに問題が生じた。私は安庭に、新三板に上場する提案をした。企業が上場すると、証券会社による経営ガバナンスの監督と指導を受けることになり、企業はより規範化され、透明性が高まる。

 実際、上場することにより、合弁企業の双方が問題について議論する際に、的を射た議論ができるようになる。新三板は流動性に欠けるが、多くのスタートアップ企業を規範化した多大な功績がある。この経験から中国企業の海外市場の上場も、非常に大切なステップだと思う。

 私はこれまで、北京市政府に対して、北京の証券市場を活性化させるべきだと提案してきた。これは資金調達に有利なだけでなく、企業ガバナンスの規範、透明性を高める点で非常に重要だ。

 中国企業が海外に進出する際には、現地のパートナーと相互に認め合う仕組みを構築する必要がある。証券取引市場は、その点で非常に重要だ。

 私は安庭を説得すると同時に、日本側も説得した。これまで日本側は、合弁会社がどれだけ利益を上げるかに注目し、上がった利益を日本へ持ち帰りたいと考えていた。これは通常の考え方だ。私は、短期的な利益に過度に注目すべきではないと説いた。日本の上場企業として、海外にこのような優良な合弁企業を持つこと自体が、金融市場での企業価値向上につながる。

 世界は広く、多くの要素を融合させる必要がある。中国企業が海外に進出する場合も、外資を中国に誘致する場合も、よりオープンで広い視野を持つ必要がある。

中国都市総合発展指標2023」報告書

■ 周其仁 現地の文化習慣の尊重、順応が大切


 輸出から海外進出への転換は大きな飛躍だ。しかし、顧客を掴む必要がある。自分たちで地図を広げ「ここに行きたい」と計画を立て、雄大な野望を持つだけではなく、顧客を求めて歩むべきだ。

 例えば、逸早く雄大な野望を持って海外進出した美的集団は、挑戦に直面するのも早かった。海外に出ると、顧客をゼロから探す必要があり、その難度は非常に高い。中国一の家電メーカーだと自負していても、美的が東南アジアに行くと、現地の消費者はそうは思っておらず、日本やアメリカのブランドが浸透していたことが身に染みて判った。

 2006年に美的はベトナムに工場を建設したが、9年経っても黒字化できず、2014年には現地の暴動に巻き込まれた。美的はこれを教訓とし、安易にグリーンフィールド(未開拓の土地)で工場を建設するのではなく、まずアメリカや日本の現地企業の株式の一部を取得し、参入するようになった。これら歴史のある現地企業は現地での経験が豊かで、客層もサプライチェーンも有しているからだ。

 グリーンフィールドでの工場建設を避け、優秀な企業を選別するようになった美的は、その後の海外展開が順調に進んだ。

 海外進出時には現地の文化習慣を尊重し、順応することも重要だ。一部の企業は自国文化を誇張する傾向がある。例えば、中国系企業がベトナムの工場の入り口に石造りの獅子や関羽の像を置いたところ、獅子の歯が壊された事例がある。多くの中国企業は現地で関羽の像を置いたり、国旗を掲げたりする。相手もそれを好むのであれば問題はないが、文化の異なる場所では節度が必要だ。

 ベトナムの暴動以降、中国系企業の外観は現地の欧米企業とほぼ同じになり、外見上ベトナム語と英語のみとなっている。このような現地化は、もちろん、中国文化への愛着に影響はない。ドアを閉め、好きなように飾ればよいのだから。

周其仁 北京大学国家発展研究院教授

林惠春:海外進出の4つの法則


 海外進出にはいくつかの法則がある。私はそれを4つの言葉でまとめた。1つ目は「外に出ていくこと」だ。海外に出ていかなければ、外の世界は判らない。2つ目は「深く入り込むこと」だ。海外に出てただ見物するだけでなく、必ず深く調査しなければならない。3つ目は「融合していくこと」だ。4つ目の言葉は「現地化すること」だ。例えば、長虹ヨーロッパ社はチェコに拠点を置き、13人の中国人が400人以上の現地従業員を管理している。実際の管理はほぼ現地人に任せており、非常にうまくいっている。

(右)林惠春 北京師範大学一帯一路学院教授

 この記事の中国語版は2024年12月26日に中国網に掲載され、多数のメディアやプラットフォームに転載された。


■ WEB掲載記事


【日本語版】

チャイナネット『海外進出した中国企業、現地社会に溶け込むのが肝心=中米グリーンファンドの徐林会長』(2025年5月15日)

チャイナネット『企業を主体としたグローバル化を=北京大学国家発展研究院の周其仁教授』(2025年5月15日)

チャイナネット『製造から投資、管理の力量まで問われる海外進出=北京大学国家発展研究院の周其仁教授』(2025年5月15日)

チャイナネット『高成長する文化産業は「輸入」と「海外進出」が両輪=北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司の安庭会長』(2025年5月15日)

チャイナネット『近年、日本市場に進出する中国企業が増加=中国駐日本大使館の郭旭傑経済参事官』(2025年5月15日)

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【シンポジウム】中国企業海外進出の原動力と影響

■ 編集ノート:雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たなチャレンジ:イノベーション、集積、海外進出」が2024年12月1日、東京オペラシティで開催された。雲河都市研究院主催、中国インターネット情報センターがメディアサポート。
 北京大学国家発展研究院の周其仁教授、米中グリーンファンドの徐林会長、北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司の安庭会長、北京師範大学一帯一路学院の林惠春教授が登壇し、中国企業の海外進出の過去と現在について議論した。


2024年雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たな旅立ち:イノベーション、集積、海外進出」会場

■ 林惠春:中国企業家の海外事業展開を後押し


 企業海外進出は、中国企業、ひいては社会の発展にとってどのような意味があるか?

 第一に、海外進出の実践者として私が申し上げると、従事するソフトウェア業界には、内在的な要求があった。第二に、私は海外進出の受益者であり、個人だけでなく私の会社も海外進出を通じて国際的な視野を広げ、事業を発展できた。第三に、私は海外進出の提唱者でもあり、グローバル化の下、企業の国際的な視野と事業は不可欠だと痛感し、「CEO国際移動教室」を設立、中国の企業家たちを率いて50カ国以上の国と地域を見学してきた。企業家の視野を広げ、彼らの海外事業の展開を推進している。

 改革開放から40数年経過し、中国が達成した最大の成果の一つは、対外貿易と製造業が世界第1位になったことだ。これは、中国の国際化の進展を示している。では、なぜ近年、中国企業の海外進出が話題になっているのか?中国企業の海外進出をどう定義するのか?それは、中国企業、さらには中国社会の発展にとってどのような重要性があるのかについて議論したい。

林惠春 北京師範大学一帯一路学院教授

周其仁:製造から投資、管理の力量まで問われる海外進出


 海外進出は、かつての国内市場から輸出への転換と比べはるかに困難を伴う。

 2019年に中国企業トップ500と米国企業トップ500の国際比較データが発表された。それによると、中国トップ500の海外売上高比率が20%未満であったのに対し、米国トップ500は60%を超えている。

 広東省佛山の美的集団は中国最大の民間メーカーだ。同社売上高は3,400億元で、そのうち海外売上高比率は41%(1,300億元)だった。海外製造事業による収益は250億元に達し、海外に18の生産拠点を設立している。 

 美的の当初の経営モデルは、中国の工場で生産し、輸出を通じて製品を世界中に販売するものだった。なぜ美的は海外に生産拠点を設立することを決めたのか?彼らは、「中国から世界へ」から「地域から地域へ」の戦略転換にあると説明した。

 市場が拡大し、進出地域が遠くなるにつれ、輸送コスト、関税、現地化ニーズなどの新たな制約要因が生じた。 さらに、美的の経営を引き継いだ同社の方洪波会長は、生産数量の追求を単なる目標とせず、品質向上に重点を置く方針を打ち出した。彼は美的の製品ラインの半分を削減し、高付加価値製品に集中した。

 さらに、美的は海外に生産拠点を設立し、現地の大手販売代理店や消費者を工場に招待することにした。これにより、消費者の品質への理解が深まるだけでなく、ブランド構築にも寄与している。

 美的の創業者である何享健は、早くから「国内の同業他社と争わず、海外市場に進出する」と提唱していた。

 2005年にベトナムにチームを派遣し、2006年には現地に新工場を建設した。これは関税への対応だけでなく、製品を米国市場にアクセスするためだ。 

 中国の対外開放は、まず「輸入」から始まり、次に「輸出」へと進む。中国製品の輸出が一定水準に達すると、さまざまな問題に直面する。これらの問題にどう対応すべきか?過去、製品が輸出されると、それ以降は私たちの責任外となり、残りの業務は仲介業者や海外企業が独自に処理していた。現在、企業は製造能力、投資、管理を海外に移転する必要がある。この転換は、かつての国内市場から輸出への転換よりもはるかに困難であり、特に、ターゲット市場が中国よりも後進の国・地域である場合は、企業や企業家に対してより複雑で厳しい要求が課せられる。

(左)周其仁 北京大学国家発展研究院教授、(右)徐林 中米グリーンファンド会長・中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元司長

■ 安庭:高成長する文化産業は、「輸入」と「海外進出」が両輪


 文化産業の「輸入」と「進出」は相互に補完し合い、両輪の役割を果たしている。

 私は文化産業に従事しており、文化産業の「輸入」と「海外進出」は相互補完的で並行して進むべきだと考えている。中国政府は健全な文化産業と市場の整備を提唱し、重大な文化産業プロジェクトを牽引する戦略を実施し、中華文化の海外展開を推進している。

 昨年の全国人民代表大会期間中、北京は「演芸の都」の目標を掲げ、4つの中心都市建設の一環として、演芸が北京の首都としての文化影響力を大幅に向上させることを目指した。

 中国国家統計局のデータによると、2012年以来、中国の文化産業の付加価値は18,071億元から2020年には44,945億元に増加し、年平均成長率は12.1%で、GDPの成長率を大幅に上回っている。文化産業のGDPに占める割合は3.36%から4.43%に増加している。 これらのデータは、文化産業が活況を呈しており、関連産業の発展を牽引するだけでなく、国民経済発展の新たなエンジンとなっていることを示す。

 文化産業の貢献、特に海外への発信という観点から見ると、その成果は顕著であり、発信力や影響力はますます高まっている。2012年から2022年にかけて、全国の文化産業の企業数は3.6万社から6.5万社に増加し、年間営業収入は56億元から119億元に増加、発展の質も着実に向上している。

 「文化強国戦略」の積極的な推進に伴い、私が属している興行業界がこの戦略の砦となりまた先駆者となるべきだと考えている。

(右)安庭 北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司会長、(左)林惠春 北京師範大学一帯一路学院教授

徐林:中国企業の海外進出は既に大きな流れに


 企業の海外進出という傾向はすでに明らかであり、逆転は不可能である。私は長年政府で政策立案に携わってきた。中国がなぜこの段階に至ったのかをマクロ政策の観点から考察したい。

 過去、中国は全方位の対外開放を推進すると主張してきた。全方位とは、「海外からの企業誘致」だけでなく、「海外進出」も意味し、その目的は国内と国際の2つの市場、および2つの資源をより有効に活用することだ。実際、過去長い間、中国は輸出を主体としていた。

 中国はWTO加盟後、完成品の輸出において顕著な成果を上げた。WTO加盟20周年の際、商務部(省)はWTO交渉に参加した私たちに回顧録の執筆を依頼した。この時、私は過去20年間で中国が米国とEUから得た貨物の貿易黒字は6兆ドルに上ることに気付いた。今後この数字はさらに積み上がるだろう。毎年米国との貿易黒字は4,000億~5,000億ドルを維持しているためだ。このような状況が続くと様々な問題が生じる。果たして世界はこうした状況を受け入れられるだろうか?

中国都市総合発展指標2023」報告書

 昨年10月に米国を訪問し、ピーターソン研究所を訪問した際、同研究所に所属する韓国産業通商資源部元長官と意見交換した。同氏は、中国の現在の貿易モデルは、小国であれば問題はないかもしれないが、中国は規模が大きすぎるため、世界が耐えられないほどになっており、中国は変化しなければならないと述べた。

 現在、アメリカが中国貿易に対して取っている姿勢は、対中貿易の巨大な赤字に端を発している。これまでこのような状況を容認できた国は、おそらく米国だけだった。米国はドルを発行することで貿易赤字を転換できるが、他の国にはその手段がないからだ。したがって、中国の輸出モデルは、ある段階まで進んだ時点で行き詰まり、持続不可能になるだろう。

 浙江省台州市の上場企業である水晶光電は、光学センサーの製造に特化しており、製品の70%をアップルに販売している。近年、アップルは水晶光電に対し、「China+1」を実施するよう要求した。つまり、中国以外にも生産拠点を設置する必要があるということだ。なぜこのような要求がされたのか?先ほど周其仁教授がおっしゃったように、この要求は潜在的なリスクに対応するためだ。アップルは水晶光電に非常に依存しているが、サプライチェーンの安定に影響を与えるような問題を望んでいない。そのため、アップルは水晶光電にベトナムで新たな生産ラインを設立するよう要求した。この要求は水晶光電にとっては受動的だが、実際に問題が発生した場合、企業には代替案が用意されている。このような予防的かつ代替的な海外進出の要求は、現在ますます一般的になっている。これは、中米関係や中国と欧米諸国間の地政学が、企業の意思決定に深刻な影響を与えていることを反映している。

 一方、企業の生産経営やサービスの観点から見ると、例えば電子製品の場合、企業は海外展開が必要だ。これらの企業は製品を販売するだけでなく、アフターサービスを提供し、市場ニーズへの迅速な対応が求められる。すべての部品と生産が中国に集中している場合、製品輸出量が増加すると、海外市場での修理やメンテナンスのニーズに迅速に対応することが困難になる。海外に生産拠点を設置し、現地で充実した部品供給エコシステムを構築できれば、変化に柔軟に対応できる。

 企業が進出する必要性を、マクロ、ミクロ、そして企業レベルまで整理することができる。企業や業界によって出発点やニーズは異なるかもしれないが、この傾向は明確であり、逆転することはあり得ない。

徐林 中米グリーンファンド会長・中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元司長

 この記事の中国語版は2024年12月26日に中国網に掲載され、多数のメディアやプラットフォームに転載された。


■ WEB掲載記事


【日本語版】

チャイナネット『海外進出した中国企業、現地社会に溶け込むのが肝心=中米グリーンファンドの徐林会長』(2025年5月15日)

チャイナネット『企業を主体としたグローバル化を=北京大学国家発展研究院の周其仁教授』(2025年5月15日)

チャイナネット『製造から投資、管理の力量まで問われる海外進出=北京大学国家発展研究院の周其仁教授』(2025年5月15日)

チャイナネット『高成長する文化産業は「輸入」と「海外進出」が両輪=北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司の安庭会長』(2025年5月15日)

チャイナネット『近年、日本市場に進出する中国企業が増加=中国駐日本大使館の郭旭傑経済参事官』(2025年5月15日)

チャイナネット『中国企業の海外進出は世界を再構築=周牧之教授』(2025年5月16日)

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【対談】清水昭 VS 周牧之(Ⅱ):自然と融和する互助社会へ

2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」清水昭氏(左)と周牧之教授

■ 編集ノート:

 清水昭氏は、医師として病院長として常に患者に寄り添った診療をし、また健康医療開発機構の理事長として日本の医療政策を支え続けている。2024年12月19日、東京経済大学にて新型コロナ禍の時の日本の医療体制の特徴と課題について、ご講義いただいた。


ハイパーソニックの人体への好作用


清水昭:私は昭和25年、山梨県甲府に生まれ、東京に出たのは大学からだ。セーリングヨットを学生時代に始め、医者修行の10年間は遠ざかったがその後再開し、続けている。脳神経外科医として40数年働き、いま川越と志木で医療・介護・福祉事業所を数カ所展開するリハビリ病院の医療部門を任されている。

 私が関わっている健康医療開発機構は、研究室内の研究を一般の方に理解いただくため十数年前に立ち上げた。出会いと学び合いと助け合いの精神を学んでいる。もう一つ、もの作り生命文明は、日本人がものを作り職人技を次世代に繋いできた歴史を踏まえ、各地の職人さんと繋がり、次世代に文化を残していく活動をしている。ローカルサミットは15年ほど前から、東京一極集中の東京1人勝ちは、戦略としては間違いであるとの志ある人たちが産官学で集まり、勉強会をスタートさせ、地域に赴き活動している。

 甲府の仲間と話をすると、山梨には何にもないと言うが、山梨は8割が森林でそれが財産 だ。今私の話し声の周波数は0Hzから20kHzだ。大学生の若者は23kHzまで聞こえるが、私の年齢になると19から18 kHzしかない。ところが森に行くと、50kHz、100kHz、200 kHzの、とてつもない高周波が感じられる。 

 その高周波を、大橋力先生が2000年に「ハイパーソニック」と命名し発表した。大橋先生は、脳科学者であると同時に音楽家でもある。森の中の、鼓膜を通しては聞こえないハイパーソニックの存在について、科学者としての興味で研究を続けた。がん、アレルギー、糖尿病などの各疾患やストレスなどの治癒に、森の中の高周波が良い作用を働かせているのを、血液検査や画像診断で、解明した。薬ではない。食べ物でもない。音だ。 

 大橋先生はハイパーソニックの発生源と、どこから人間に入ってくるかについても解き明かした。森の中には音が溢れている。森には鼓膜からは入らない音がたくさん存在し、その高周波は50kHz、100kHz、200 kHzまであると言う。鼓膜から入るのは0から20kHz。それ以上の高周波は皮膚から入る。皮膚は最大の抵抗力を持った防御組織で、細菌やウイルス感染も防ぐ。だが、宇宙服のような服を着せてハイパーソニックの実験をしたところ、音は入らなかった。ハイパーソニックの発生時期は春から秋が多く、広葉樹の森に豊富にあることがわかった。 

 ハイパーソニックを出す発生源は、昆虫だ。コウロギなど音を出す昆虫もいるが、音を出さないその他沢山の昆虫もハイパーソニックを出す。故に、わからないことや見えないこと聞こえないことを無視して森林の伐採をしてはいけない。西洋文明の、われ思うゆえに我ありというのは間違い。人間は思い上がらず、みんなと共に生きていることを再考しなければいけない。 

周牧之:稲作の水田を囲んだ湿潤な生活様式が、交差免疫をもたらす考え方、そしてハイパーソニックの観点から、自然と共生する里山の持つ価値を再考し、これからの生活様式に組み込まなければならない。周ゼミにゲスト講師として来たNHKのチーフディレクターの小野泰洋さんが言うには「里山は自然に対する人間の適度な介入がもたらした、新しい生態系である」。里山の魅力は、その多様性が原始の自然に比べても豊かだ。

 環境省が2010年、「SATOYAMAイニシアティブ」を立ち上げた。今や世界的なコンセプトになっている。しかし里山を支える集落は今、急激に消えつつある。これから10年間で500以上消える。将来さらに、3,000以上の集落が消滅すると予想されている。人口減少下、集落の維持は大きな課題である。

 これからの都市や大都市の進化のあるべき姿も都市の中の里山的な空間、自然を取り入れることが大切だ。

SATOYAMAイニシアティブと地域循環共生圏

自然界に学び自然との共生を


清水:日本人は共同体に生きることを縄文時代からベースにしてきた。海外は、人間が人間以外の動植物、自然までも征服し利用することを今も続けている。それに対して環境考古学者の安田喜憲氏が20年前、生命文明の時代を想像する研究会組織した。自然界を破壊し搾取し、物を大量生産、大量消費、大量廃棄する今の持続不可能な物質文明が旺盛だが、自然界のまだ解らないことを謙虚に学び、伝えていく必要がある。 

 地球は沸騰中だ。温暖化で真夏日が続き、今年も海水温が上昇している。東京経済大学で 2024年11月30日、周先生を中心に日中の頭脳を集めた国際シンポジウムグリーントランスフォーメーションにかける産業の未来が開催された。登壇した中井徳太郎元環境事務次官が述べたように現在、海水温が上がり豪雨、洪水の被害が出ている。 

 「いのち・ちきゅう・みらいプロジェクト」が2024年5月に始まった。2025年4月開幕の大阪・関西万博を契機に、地域循環と共生をテーマとし、地球環境保護を呼びかける事業だ。私はこれを精神的な活動のバックボーンにするために取り組んでいる。 

 これは、地球沸騰の危機からの創生を目指し、日本の自然共生を根幹とする伝統文化や、郷土芸能の偉業を紐解き、広域連携による地域循環共生圏の構築を促進する。未来を託す子供の育成と、そのための現代文明のあり方を問い、現在の社会課題に対応する新たな文化を創造し、次世代に発信する。 

 大阪万博は海外との絆を作る大事なチャンスであり、日本の文化、伝統、歴史を伝える場でもある。

食料自給率向上が重要


清水:G7のうち、フランスは食料自給率140%だ。自分たちの食べるものは自分たちで確保した上に、科学技術、芸術でオールマイティーな展開をしている。日本は食料を60数%海外に依存している。食糧輸入が途絶えたら、コンビニの食料品は3日で消える。2000年のエネルギー危機で中近東から油が来なくなった時、日本は90日間の備蓄しかして来なかった。近々食糧危機が必ずやってくる。ベランダにプランターを置いて野菜を自分で作ることもやった方がいい。CO2削減を含めた森里川海の水と物質循環をもう一度正し、日本の20000以上の河川それぞれの流域を繋げ、各流域で連携して取り組んでいこうとしている。

周:流動化する国際情勢の中で、食料自給率の向上は大切だ。1995年にアメリカの学者レスター・ブラウンが著書『誰が中国を養うのか』を発表した。同氏は、13億人口を持つ中国の食糧供給能力、そして世界の食糧供給網に及ぼす潜在的な影響に対して強い危機感を示した。

 ブラウン氏の主張に刺激され、中国が食糧生産拡大政策を進め、主食である小麦とコメの供給力が国内で満たされ、主食の自給率100%維持を国策としている。その結果、中国は現在世界で最大の農産物輸入国であるが、大豆、トウモロコシ、高粱といった飼料穀物が主体である(中国の食糧問題について周牧之:誰が中国を養っているのか?を参照)。

■ 互助の精神が機能する国民皆保険制度


清水:世界に誇れる国民皆保険制度が日本にはあり、ほぼ全ての人が公的医療保険に加入し、カバーされているのが最大の特色だ。 

 医療保険制度は、自営業者や働いてない人が加入する国民健康保険、企業に勤務する人々が加入する被雇用者保険、75歳以上の高齢者を対象とした後期高齢者医療制度、の3種類がある。 

 北海道に住むAさんが病気になり近くのかかりつけの先生に診てもらったら、大きな病院に行くよう言われた場合、北海道は札幌だと北海道大学病院、札幌医科大学病院あるいは市立病院や日赤など紹介状があれば行ける。その上北海道では無理だという希少疾患で東京に行った方がいいとなると、東京大学病院にかかりたいといえば、日本国民は誰でもかかれ    る。これはすごいことだ。アメリカも病院にかかれるが医療費がたいへん高額で、日本の 10倍から100倍する。イギリスの場合は医療政策が非常に充実しているが、居住地で公的医療機関が決まっており、かかりつけ医が患者を送る病院も決まっていて、専門病院にたどり着くのに相当時間がかかるのが難点だ。 

 そこの医師が、これは大変だとすぐに公的な大病院に紹介してくれれば助かるが、その医師 の見立てで、大丈夫だから二、三日様子を見るよう言われて、帰宅して重症化することが結構多い。大病院にたどり着かずに亡くなる人がいる。医療統計をとると、イギリスでは中規模以上の病院にかかった人の回復率がいい。公的保険でカバーされている日本は自慢していいが、明らかに国の財政を圧迫している。 

 日本は家族も、加入者の扶養家族としてカバーされるのが特色だ。アメリカの例をとると、夫が保険に入っても妻はカバーされない。 

 フリーアクセスで保険証と紹介状を持っていけば、あるいは保険証1枚で医療機関が自由に選べる。制限なくどの医療機関でも診療を受けられる。 

 現物給付制は、窓口負担で、医療費の1割負担の人もいれば2割、3割負担の人もいる。その負担の他は保険がカバーしているのも特色だ。 

 民間中心の医療提供体制病院と診療所の7割以上は個人または医療、医療法人だ。公的なものは3割以下になる。 

 充実した公的制度高額療養費、高額療養費制度は今6万から7万になっているが、重い病気であれば50万100万あるいはもっとかかることもある。が、少なくとも基本的に保険診療でカバーしている病気に関しては、例えば月100万かかるような費用は国が負担あるいは地方公共団体が負担をして、本人は6万か7万でできるのは、互助の精神が機能している制度だ。 

周:1980年代、私は日本に留学してきた時、この国民皆保険制度に感動した。非常に社会主義的な制度だ(笑)。財政負担が大きな課題だが、国民の幸福度はこの制度故に大いに高まっているはずだ。

清水:母子健康手帳も、今東南アジアで日本の制度を真似し始めている。母親が保管し妊娠から出産までの健康管理とその記録としてもすぐれた制度だ。 

周:清水先生もご存知の企業MTIが、母子健康手帳のデジタル化をベースに少子化問題の解決や子育て支援事業に取り組んで大きな成果を上げている(MTIの子育て支援については、前多俊宏:ルナルナとチーム子育てで少子化と闘うを参照)。このような先進事例をアジア諸国に広げていけるといいと思う。

MTIの子育て支援・母子手帳アプリ「母子モ」(『前多俊宏:ルナルナとチーム子育てで少子化と闘う』より)

■ 日本医療体制の課題


清水:日本の医療体制は国民に高品質な医療サービスを提供するため強固な基盤を持っている。だが、急速な社会変化に対応するためには様々な課題に対する具体的な対策が求められている。 

 例えば、急速な高齢化を迎え、医療需要が増加している。年を取ると当然病気が増えるため、お年寄りの数が上がると病気も増える。 

 医療需要状況が逼迫すると医療費高騰や医療資源不足も、深刻な問題になる。慢性疾患を抱える高齢者が増加しているためだ。医療体制の見直しの抜本的な方法は、医療機関で早めに治療が終わった人は在宅にするか、家で保険を使わずに介護保険を使う。介護保険の方が赤字になって、四苦八苦している。 

 高齢化社会への対応はまだ全然答えが出ていない。医療従事者の不足、医師や看護師の人手不足が続いている。私が昭和50年に医大を卒業したときの全国の医者の数は3000人、今は9000人で3倍に増えた。3倍増えたが、医療不足だ。理由はいくつかある。直近で医者になる1割が美容外科に行くと聞いた時は腰が抜けた。私の時は女医の割合は1から2割だったが、今は4割まで上がった。私が強調したいのは、命に関わる診療科目で、助けて欲しい時に日本全国津々浦々で助けてもらえる心臓、内臓、脳外科の医師が増えていない。命に関わらない科の医師が増えている。故に医療従事者の人手不足は、特に地方での医療サービスの提供を困難にしている。 

 私の若い頃は10年間徒弟の生活をした。病院に泊まり込み、家に帰るのは週のうちの1日か 2日ぐらいしかなかった。今の働き方改革を本当に進めると、我々のような医療従事者だけでなく、もの作りの職人さんも技術が身に付かない。厚生労働省の役人さんが時間で区切るのは愚策で、物事に打ち込むときに、自分が好きでやることに関して時間換算で就業を制限するのは間違っている。医療従事者が技術を身につけなかったら不幸になるのは国民だ。ここは本当に深刻に考えなければいけない。 

周:一生懸命にやらないといい仕事は出来ない。働き方改革は本来、一生懸命にやる人たちをもっとサポートする形にするべきだ。

清水:医療機関の機能分担が不十分だ。大病院、中病院、診療所の役割分担がうまく取れている地域もあり、熊本市が好例だが、取れてないところが多い。 

 医療費の持続可能性は、働く世代のお金で医療費の負担をしているので、働く世代の数に比べ、診療を受ける数が今高齢化で増えている。定年の見直しが大事だ。アメリカに定年制度はない。年齢性別人種で差別をしてはいけないので、日本の保険制度のように65歳から前期高齢者、75歳から後期高齢者とするのは、アメリカでは憲法違反だ。 

 私はもう来年後期高齢者になるが、働けるうちは年齢に関係なく働き、社会を支えることは大事だと思う。そのようにこの国も舵を切れば、この問題は速やかに収まると思う。

■ 医療サービスの国際ハブへ


清水:シンガポールに先月、インクルーシブセーリングといって健常者も障害者も一緒にやるヨット大会があり、選手の障害のクラス分けに行ってきた。シンガポールは私が行きたかった国で、まず30年前に作った24時間運用のハブ空港が世界一だと思う。 

 次に、国際金融機関が見事に成功した。私が1989年にニューヨークへ行った時、日本はJALがエセックスホテルを買い、三菱商事がアメリカの象徴のロックフェラーセンターを買い、長谷工が北米の名だたるゴルフ場を買った。東京と神奈川を合わせた地価が、北米の地価と同等だった。そんな時代、世界50の企業の中に、日本企業が沢山あった。今トヨタ1社ぐらいしかない。東京証券市場が、ニューヨークやロンドンの市場に対して一定の力を持ったのが、いまアジアの資本市場のセンターは、香港に移り、上海に移り、シンガポールに移った。さらに、2011年の原発事故のときには、東京にあった海外のヘッドオフィスはまず香港に移り、さらにシンガポールへ移った。国際金融センターは今アジアではシンガポールだ。 

 さらに医療機関も先進的だ。元々イギリスの植民地の影響でシンガポールの人々はイギリスに医学を学びに行っていたが、ここに30年はアメリカに行くようになった。アメリカの一流の医療を勉強してきたため、シンガポールの医療は遥かに日本より上になった。隣の韓国も同様だ。失われた30年は、医療機関にも言える。 

周: シンガポールは、いまや医療サービスの国際ハブになっている。インバウンドが盛んになってきた日本も、医療サービスの国際ハブになったらいい。そのためやらなければいけないことがもちろん沢山ある。

清水:日本の国民皆保険の制度は、ある一定の医療に関しては機能しているので、そんなに悲観的にならなくてもいい。しかしグローバルでは本当に真剣に考えないと非常に厳しいと私は感じている。(了)

2024年12月29日、東京経済大学でゲスト講義をする清水昭氏

※記事前半はこちらから


プロフィール

清水 昭(しみず あきら)/医療法人瑞穂会理事・統括院長、川越リハビリテーション病院院長

 昭和50年順天堂大学医学部卒業、ニューヨーク州立大学医学部脳外科講師、防衛医科大学校講師、同校医学研究科指導教官、自衛隊中央病院診療幹事・脳神経外科部長、兼ねて国家公務員共済組合連合会三宿病院総代、脳卒中センター長を歴任。公立大学法人福島県立医科大学災害医療支援講座特任教授も兼任。急性期の診療・教育・研究に40年以上関わり続けている。

【対談】清水昭 VS 周牧之(Ⅰ):パンデミック対策の日中比較

2024年12月19日、東京経済大学でゲスト講義をする清水昭氏

■ 編集ノート:

 清水昭氏は、医師として病院長として常に患者に寄り添った診療をし、また健康医療開発機構の理事長として日本の医療政策を支え続けている。2024年12月19日、東京経済大学にて新型コロナ禍の時の日本の医療体制の特徴と課題について、ご講義いただいた。


日米欧はウイズコロナ、中国はゼロコロナ


周牧之:新型コロナウイルスが、人々に甚大な被害を及ぼしたのは何故か。私自身、まったくの門外漢ながら、2020年1月から各国の新型コロナ対策について比較研究してきた。私は中国297の地級市及びそれ以上の都市(日本の都道府県に相当)を網羅した都市評価指標「中国都市総合発展指標」を毎年発表してきた。同指標には各都市の医療能力を評価する「医療輻射力」という指標がある。

 最初に新型コロナが起こったのは湖北省武漢市だ。「医療輻射力」から見ると、武漢市は297都市中の第6位。第6位は医療水準としては大変高い。人口1000人当たりの医師数、病院数がほぼ東京都やニューヨーク市と同等レベルだ。なぜこれだけの医療輻射力を持ちながら医療崩壊に至ったのか。調べるうちに、コロナの初期に皆が病院に駆けつけパニックを起こしたことが、徐々にわかってきた。更に、病院の院内感染がそれに拍車を掛けた。中でも医者や看護師らが大勢感染したことが医療崩壊につながった。

 これに対して中国の対策は迅速だった。先ず武漢から、そして全国にロックダウンを実施した。次いで現場の医者、看護師が罹患していたことを受け、全国から4万人を超える医療スタッフを武漢に派遣した。緊急病院を急ぎ多数新設し、患者を重症と軽症に分けて診療した。これが功を奏した。2カ月あまりで武漢、そして全国のコロナ新規患者数をゼロにした。さらにその状況を保つよう努めた。所謂「ゼロコロナ」政策だ。

図1 武漢ロックダウン期間における新規感染者数・死亡者数

出所:中国湖北省衛生健康委員会HPより作成。

 日本もアメリカもヨーロッパも、ロックダウン政策を徹底実施できなかった。日本は最初の緊急事態宣言で、かなり効果が上がったにもかかわらず、経済への憂慮で中途半端に宣言を終了させ、その後コロナの勢いが一気にリバウンドした。コロナパンデミックの中、日本、欧米は所謂「ウイズコロナ」政策を取った。

 中国の「ゼロコロナ」政策と日欧米の「ウイズコロナ」政策をどう評価するかについて、私はゼロ・COVID-19感染者政策Vs.ウイズ・COVID-19政策という長い論文を書いた。

一定の役割を果たした日本の新型コロナ対策


清水昭:日本は2019年12月から2024年11月までの間に、COVID-19に関して多岐にわたる対策を行ってきた。主な政策の一つは、医療体制の強化だ。日本政府は医療機関への支援を強化し、特に新型コロナウイルス患者を受け入れる病床の確保や、医療従事者への支援を行った。これには医師や看護師の派遣支援や診療報酬の特例評価が含まれる。 

 感染症では日本は結核が明治、大正、昭和の戦前、薬ができるまでは不治の病で、国立病院、国立療養所が患者の受け皿になっていた。結核患者が減り、各地の療養所、国立関係の病院は統廃合で数を減らし診療科も感染症はメインでなくなっていた。SARSで一時対策をとったが、今回の新型コロナの対策で医療体制の強化の対象となった。ワクチン接種をすると抑えられるということで接種が重要な政策として位置づけられ、自治体と連携して行われた。現在、G7も含め、ワクチン接種を勧めているのは日本だけだ。 

 経済支援、これも経済的影響は、感染症が起こると経済が停滞するからその影響を受けた事業者に対して、経済支援を政府としては打ってきたということを言っているが、事業者や個人に対して、雇用調整助成金であるとか生活支援金など経済的支援が提供されたと。特に低所得の子育て世帯には一律5万円の給付金が支給されるなど、生活支援策が講じられたが、本当に困っている人が助かったかというとそうではなく、支援しなくてもいい人にも支援していたというアンバランスがあったと思われている。 

 感染症対策はマスク着用や手洗いなどの基本的な感染症対策が推奨され、特に高齢者施設や医療機関では定期的な検査が実施され、感染拡大地域では積極的な検査体制が整えられた。社会的な取り組みとして、自殺防止や児童虐待防止など社会的な問題にも対応するだけの施策が強化された。特に20年前から子供たちの自殺が増えている。夢や希望を世の中に出していかないといけないと強く思っている。 

 コロナの施策は日本国内での感染拡大を抑制し、国民の健康と生活を守るために一定の役割を果たしたと私は思う。

2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」懇親会で挨拶をする清水昭氏。

中国のゼロコロナ対策は迅速かつ徹底


周:2020年1月23日に、中国政府は新しい感染症の爆発を封じ込めるために湖北省の省都武漢を始め3都市をロックダウン(都市封鎖)した。その後、湖北省の全域だけでなく、中国全土においてほぼ全ての地域が封鎖された。

 当時、私は武漢の医療崩壊及びその後の対応について研究し、数少ない情報を収集しながら世界各国の動向を踏まえ、同年4月20日に新冠疫情冲击全球化:强大的大都市医疗能力为何如此脆弱?(新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?)というレポートを中国の大手メディアで発表した。豊かな医療リソースを持つ大都市が、なぜ新型コロナウイルスにより一瞬で医療崩壊に陥ったのかについて解析し、武漢の対策を検証した。同レポートは英語や日本語に翻訳され世界に発信された。当時コロナ対策に困惑する政策当事者に、ある程度参考になったと思う。

 迅速かつ大規模な医療支援、医療リソースの重症者への集中、徹底的なロックダウンなどで、中国は見事にパンデミックを鎮圧し、いち早く普通の生活を取り戻した。その意味で2020年、2021年、中国のゼロコロナ政策は非常に成功した。経済成長率も主要各国の中で最高だった。コロナの被害を測るには、映画興行は一つの有効な指標である。映画館が再び営業し中国の映画興行市場はパンデミックで大混乱に陥った北米を超えて世界第一位をなった(映画大国中国で最も映画好きな都市はどこか? 〜2020年中国都市映画館・劇場消費指数ランキングを参照)。

 3年弱の時間稼ぎができたことで、コロナウイルスが大分弱毒化し、致死率が下がった。欧米諸国と比べ、パンデミックにおいて中国での深刻な被害拡大を食い止めた。

■ マスクや手洗い、身体的距離が要


清水:新型コロナは11波が先月から今月にかけて収束しかけたが、実はもう12波に入った。来年の春に向けて、また波が出てくると思う。 

 日本の新型コロナウイルス対策は感染の減少を目指し、医療体制の確保や検査体制の強化をする。問題はワクチン接種の推進が言われているが、個人レベルでは、マスクの着用や手洗いの徹底、身体的距離の確保が大事だ。 

 注射のワクチンを打ったらいいかどうかを、立場上私は聞かれる。1波、2波、3波の時は、私は打った方がいいと勧めたが、その後ワクチンに問題があるということが様々出てきている。私は「ご自分で打ちたいと思ったら打ち、打ちたいと思わなかったら打たなくていい」と言っている。 

 ワクチン接種率については、2023年までに国内で1回目接種が80%以上、2回目接種が79 %だった。都道府県のデータは、都道府県によって接種率が違い、地域によって接種が進んでいないところもある。 

 高齢者を日本は優先したので優先的に接種して重症化リスクを減少させたのは、一定の効果はあったが、副作用の問題は残っている。 オミクロン株対応ワクチンの接種が進められている。ワクチン供給の遅れやシステムの問題が改善されたのが現状だ。 

 マスクは入ってくるウイルス量を減らす。ある一定の量が入らないと感染症は発症しない。マスクは部分的にワクチンの働きをしている。定点観測すると、波があるときは、電車内の一車両100%の人がみんなマスクしていた。波が落ちてくると8割に、6割に減り、いま4割3割まで減ってきた。今の季節はコロナ対策のときに減っていたインフルエンザや手足口病やその他感染症が広がっており、2割3割ぐらいに増えてきている。 

 学校はマスクを今年はしなくなっており、インフルエンザもコロナも、こどもが感染しても元気だが、お父さんお母さんがうつされて重くなる場合がある。個人と家族の努力が鍵だ。具合が悪い時は無理して仕事をせず、休むことも大事だ。 

■ 低濃度オゾンをコロナ対策に


清水:日本予防医学協会が推奨している感染拡大防止策は、換気を定期的に行い、マスクを着用する。こまめな手洗いと換気は効果がある。こぢんまりした居酒屋、レストランでの食事はうつりやすい。皆マスクを外して話すから病院でうつりやすいのは休憩室。 

 私の職場では休憩室も1人か2人でしか使えないようにし、食べながらの会話は禁止したところクラスターにならなかった。 

周:室内で低濃度のオゾンがかなり役に立つ。私は2020年1月中旬から新型コロナウイルス対策の打つ手となるオゾン研究に取り組んだ。同年2月18日に这个“神器”能绝杀新冠病毒(オゾンパワーで新型コロナウイルス撲滅を)というレポートを中国の大手メディアで発表、新型コロナウイルス対策に、自然界と同じレベルの低濃度オゾンを利用するよう提唱した。この発表は、英語、日本語などに翻訳され瞬く間に多くのメディアに転載され、新型コロナウイルス対策におけるオゾン利用に一役買うこととなった。同発表は同年3月11日のWHOによるパンデミック宣言より3週間早かった。

 低濃度オゾンの有効性について同レポートの発表から半年後の2020年8月26日に、藤田医科大学の村田貴之教授らの研究グループが、低濃度のオゾンガスでも新型コロナウイルスに対して除染効果があることを、世界に先駆けて実験的に明らかにし、私のレポートにとって貴重なエビデンスとなった。

 コンクリートジャングルの大都市では、そもそもオゾン濃度は低い。人が集まる室内ではなおさらそうである。有人空間でのオゾン利用こそ究極の「3密問題」対策だと思う。

■ 患者の仕分け、そして医療支援が重要


清水:高齢者や基礎疾患を持っている人は重症化するが、幸いなことに若者であればインフルエンザ程度の症状で済むようにはなってきている。手洗いの徹底、ソーシャルディスタンスの予防を徹底すれば、あえてワクチンを打たなくてもいいというのが私の意見だ。 

 重症者の受け入れ体制の強化が今の課題で、一定の枠は今とられている。感染症危機管理庁の設置を東京、神奈川、埼玉などが始めている。 

重症患者の急増に対して、ICUの一定の確保は大学病院あるいは病院で取っているが、急にクラスターが出たりすると対応は厳しい。 

 医療従事者の確保については、医療従事者も感染するので、今でもまだ問題として解決していない。医療機関の対応力も病院によっての対応がそれぞれで、病院ごとに任されている。私がいる埼玉県川越市も、大きな大学附属病院があるが、最初は感染症で熱があると病院から診ないと、患者が言われた。 

 地域ごとの医療体制が非常に問題になってきつつあるのは、医療支援が都会に集中し、地域はまだ不十分だからだ。 

 コロナのときに注目された神奈川モデルは、重症患者を入れる高度医療機関と中等症患者を受け入れる重点医療機関を設置して、医療崩壊を防いだ。県が主導で、患者を重症者と中等度を分けたことは一歩進んだモデルだ。 

周:パンデミック初期で武漢への医療支援と緊急病院の建設は功を奏した。2020年1月23日の武漢ロックダウン開始からたった10日という短期間で、重症者向け仮設病院が建設され、1,000床を持つ「火神山病院」の使用が開始された。その3日後、二つ目の重症者向けの「雷神山病院」が稼働した。両病院で病床数は計2,600床に達し、一気に重症患者の治療キャパシティが上がった。また、武漢は体育館などを16カ所の軽症者収容の「方舱病院」へと改装し、2月3日から順次患者を受け入れ、1万3,000床の抗菌抗ウイルスレベルの高い病床を素早く提供し、軽症患者の分離収容を実現させた。私の2020年4月20日のレポート新冠疫情冲击全球化:强大的大都市医疗能力为何如此脆弱?(新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?)ではこれら措置の有効性を取り上げ、「武漢モデル」とした。

■ ファクターXとは?


清水:新型コロナウイルスの致死率はG7の中で日本はダントツで低い。原因はファクターXでまだ突き止められてない。感染拡大の抑制と緊急事態宣言で、経済的には落ち込み、飲食観光業が大打撃を受けた対策だったが、厚生労働省は一定の感染拡大抑制効果があったと発表した。医療体制の課題は重点病棟の不足を含め医療従事者の負担増加が課題として残る。 

 国際比較では、コロナ対策で日本の海外在住ジャーナリストがそれぞれの国について語ったもので、ニュージーランド在住の記者は同国を首相と専門家が毎日会見し早めの対策をとったことで100点満点中、80点をつけた。日本への評価は、「国民への情報が少なく対策らしい対策はない」とした。 

表1 2020-22各年主要諸国新型コロナウイルス感染者数等比較

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 ドイツ在住の日本人記者の同国への評価はほぼ合格点。ワクチン接種の遅れなどはあったが、保障や医療が整っていたことを重視した。同記者の日本への評価は、Go To対策が迷走したとし、かなり低い。 

 観光業が打撃を受けても補助対策などが迷走し国民に我慢を強いたと指摘している。ベルギーは、同地の点数を80点とした。過ちを認め、PCR検査能力や医療資源確保を増強したという。日本は10点以下で具体的で詳細な欧米の政策と比べ、大雑把で生やさしいと評した。 

 イギリス在住の日本人記者は、イギリスの無用なアプリなどが0点で、迅速なワクチン接種を 100点と評した。日本への評価は50点。国民の自制に任せ、他の先進国より感染者が少ないのは幸運だったと結論付けた。 

 アメリカ在住記者は、マスク着用が政治的立場を示すとしたのは最悪だとし、アメリカの対策は20点ぐらいだと評した。日本をかろうじて及第点と評価、対策は観念的とし、感染抑制の面で個人的な衛生観念が貢献したと評価した。 

 G7の中で日本の死者数は少ない。国別のコロナ累計死者数人口100万人当たりのグラフを見ると、日本は一番低く、カナダ、ドイツ、イタリア、フランスと多くなり、イギリスが一番ひどく、アメリカが次に多い。日本はそれに比べたら少ない。東南アジアも低い。 

 麦を食べている国の死亡率が高いと最初に言われたこともあったものの、コメが予防のファクターXではないと判っている。国立感染症研究所の井上栄先生が、「日本人は母音で話し、海外の人は子音で話す。子音で言葉を発する方が、飛沫が表に飛ぶ」とのデータを出した。日本語の発話では、飛沫の発生条件が少なく飛ぶ距離が短いと言っていた。 

 基本的に日本人は口数が少ない、生活習慣でハグや握手をしない。緊急事態宣言時のマスク100%、外出は確かに自粛し、同調しやすい民族であり、集団共同行動をとったとことが、死亡率を低めたファクターの中のいくつかになっている。現状では、1日当たりの平均患者数は先々週、1を切ったが、先週また上がり今2ぐらいに上がってきた。

図2  国別百万人当たりの累積感染者数及び累積死亡者数
(2020年末まで)

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

「ジャレド・ダイヤモンド仮説」と「周牧之仮説」


周:2020年の、日本の10万人あたり新型コロナウイルス死亡者数は2.8人であった。これはスペインの同107.1人、アメリカの同103.8人、イギリスの同109.3人、イタリアの同125.2人、フランスの同95.9人、ドイツの同39.6人と比べ、格段に低い数字であった。同じウイズコロナ政策を取ってきた日本が、欧米先進諸国よりはるかに低い死亡者数に抑えられている理由は、ファクターXとして諸説ある。

 諸説の中で最も説得性があるのは「交差免疫」説である。これまで日本人が持っていた免疫が、新型コロナウイルスにある程度働き、感染予防あるいは感染しても症状を抑えられる、というものである。

 なぜ日本人が交差免疫を持つのだろうか。アメリカの生物学者ジャレド・ダイヤモンド氏が著書『銃・病原菌・鉄』の中で、ユーラシア大陸での家畜との密接な暮らしが、人々にさまざまな病原菌に対する免疫力を持たせたとしている。ヨーロッパ人がアメリカ大陸に進出した際、病原菌を持ち込んだことで、これまで家畜との密接な暮らしを持たず免疫の無い原住民に壊滅的な打撃を与えた。ヨーロッパ人が家畜との長い親交から免疫を持つようになった病原菌を「とんでもない贈り物」と捉えた。

 私は「ジャレド・ダイヤモンド仮説」に賛成する。但し同仮説では、同じユーラシア大陸に位置するヨーロッパ諸国と、日本を含む東アジアの国々の新型コロナウイルスにおける死亡者数の大きな相違を説明仕切れない。2020年の、中国、韓国、台湾、香港、ベトナム、タイの10万人あたりの新型コロナウイルス死亡者数はそれぞれ、0.3人、0.9人、0.03人、1.4人、0.04人、0.09人であった。医療リソースの豊かなヨーロッパ諸国の同死亡者数と比べ、極度に低い。中国など東アジアの国・地域の好成績には、ゼロコロナ政策が果たした役割もあったものの、交差免疫の恩恵も大きいと考えられる。

 私は、稲作の水田を囲んだ湿潤な生活様式こそが、交差免疫をもたらす決定的な要因ではないかとの仮説を立てる。この仮説は2020年11月21日の東京経済大学創立120周年記念シンポジウムコロナ危機をバネに大転換で発表した。

 「周牧之仮説」では、湿潤な稲作地帯の里山は、豊かな生態多様性に恵まれている。里山は、自然に対する人間の適度な介入がもたらした新しい生態系であり、原始の自然に比べ生態の多様性はさらに豊かである。生態の多様性は微生物の多様性を意味する。こうした人間と自然と家畜との密接に影響し合う稲作里山は、病原菌の巨大な繁殖地となることが考えられる。同じユーラシア大陸でも、東アジアの湿潤な稲作地帯はウイルスの多様性に一層富んでいる。さまざまなウイルスと共生してきた稲作地帯の人々は強い交差免疫を持つと推理できる。

 実際、季節性のコロナウイルスは東アジアの湿潤地帯で頻繁に流行を繰り返してきた。季節性コロナウイルスは、新型コロナウイルスに対して交差免疫力をもたらすとすると、まさに稲作地帯の里山暮らしからの「とんでもない恩恵」だと私は考える。

 各国はこのパンデミックにどう対応したのか?それぞれの政策の有効性について、私の論文比較研究:ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策(Ⅰ)2020 ―感染抑制効果と経済成長の双方から検証―」「比較研究:ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策(Ⅱ)2021〜2022 ―感染抑制効果と経済成長の双方から検証―を参照してください。(続)

「ジャレド・ダイヤモンド仮説」と「周牧之仮説」

(※記事後半はこちらから)


プロフィール

清水 昭(しみず あきら)/医療法人瑞穂会理事・統括院長、川越リハビリテーション病院院長

 昭和50年順天堂大学医学部卒業、ニューヨーク州立大学医学部脳外科講師、防衛医科大学校講師、同校医学研究科指導教官、自衛隊中央病院診療幹事・脳神経外科部長、兼ねて国家公務員共済組合連合会三宿病院総代、脳卒中センター長を歴任。公立大学法人福島県立医科大学災害医療支援講座特任教授も兼任。急性期の診療・教育・研究に40年以上関わり続けている。

【論文】周牧之:比較研究:ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策(Ⅱ)2021〜2022 ―感染抑制効果と経済成長の双方から検証―

A comparative study on zero-case policy and coexistence policy from perspectives of COVID-19 control and economic development

■ 編集ノート: 
 突如勃発した新型コロナパンデミックは人類社会に大きな災難をもたらした。各国はこのパンデミックにどう対応したのか?それぞれの政策の有効性について、周牧之東京経済大学教授がパンデミック初期から比較研究を行ってきた。本論文はコロナパンデミックの3年間における主要各国の政策を、ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策という軸で比較した。後半では、2021〜2022年の各国のパフォーマンスについて、感染抑制効果と経済成長の双方から、詳細のデータで検証した。


1.2021年各国感染抑制パフォーマンスの比較


 世界は2021年、新型コロナウイルス感染拡大の波を通年で3度も経験した。2月頃には前年度から引き継いだ波が収束に向かったが、その後、変異株「デルタ株」の影響により、世界的に感染拡大が再び始まり、4月に一度目のピークが、8月に二度目のピークが起こった。その後、一旦、収束傾向が見られたが、11月9日に南アフリカで新たな変異種「オミクロン株」が確認された。以降、年末にかけて爆発的に感染者数が拡大した。結果として、2021年世界の累積感染者数は約2.1億人、累積死亡者数は約356万人に及んだ。致死率は約1.7%となり、2020年の同約2.2%をやや下回った。致死率の低下は新型コロナウイルスの弱毒化、治療法の進展、ワクチンの効果などが考えられる。

図1 2021年世界新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 2021年の中国は、ゼロコロナ政策の徹底により、感染拡大の抑え込みに成功した。中国では、感染者が見つかる度に局所的なロックダウン措置等を実施し、感染拡大を防いだ。こうした政策が奏功し、2021年通年の感染者数は1.5万人に留まり、死亡者数はわずか2人であった。中国は同年、新型コロナウイルス致死率を0.01%まで抑え込んだ。

図2 2021年中国新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 日本は2021年、経済重視と感染抑制との間を揺れ動く年となった。通年で3回の新型コロナウイルス感染拡大の波が日本に押し寄せた。それに対応するために、2回目の緊急事態宣言が1月8日から3月21日、3回目の緊急事態宣言が4月25日から6月20日、4回目の緊急事態宣言が7月12日から9月30日まで発出された。特に4回目の緊急事態宣言は、東京オリンピック開催期間と重なり、同大会は無観客での開催を余儀なくされた。10月後半以降にようやく感染状況が落ち着いた。結果として、2021年における日本での累積感染者数は約149.7万人に達し、2020年の24万人の6倍となった。累積死亡者数は約1.5万人に及び、これも前年の0.35万人の4倍であった。致死率は2020年の1.5%から2021年は約1.0%へ下がった。

図3 2021年日本新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 図4は、2021年末までの百万人当たりの新型コロナウイルスによる累積感染者数および累積死亡者数を国別にプロットした。2020年末までの被害を表した図7と比べ、殆どの国・地域の感染者数と死亡者数が増加したことにより、ポジションが全体的に右上方向に移動した。唯一中国は、ゼロコロナ政策の堅持により被害が抑えられたことでポジションにほぼ変わりはなく、最も被害の少ない国となった。 

 2020年末までの状況と比較して、アジア地域と欧米地域との被害の差がより大きくなった。また、アジア地域の中でも、イスラエル、イラン、トルコといった欧州に近接する地域の被害状況は欧米に近く、東アジア地域との差が拡大した。

 国別で見ると、人口当たり感染者数および累積死亡者数が多かったのは、ベルギー、イギリス、イタリア、スペイン、アメリカ等欧米諸国であり、2020年末迄の状況と類似している。

 2021年末迄に世界で累積の感染者数および死亡者数が最も多かった国は、2020年と同様に人口規模の大きいアメリカ、ブラジル、インドであった。

 一方、名目GDP規模の上位30カ国・地域の中で、新型コロナウイルス被害が最も小さかった国・地域は上位から順に中国、ナイジェリア、台湾であった。特に、中国は2021年感染被害を抑え込んだことにより、前年と比べナイジェリアと台湾を引き離した。

図4  国別百万人当たりの累積感染者数及び累積死亡者数
(2021年末まで)

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

2.2021年各国経済パフォーマンスの比較 


(1)2021年各国名目GDPの比較

 コロナウイルス蔓延の中で、2021年の世界経済は回復傾向に向かい、世界の名目GDPは、13%のプラス成長を遂げた。

 図5が示すように、2021年国別GDPランキングトップ10は、アメリカ、中国、日本、ドイツ、イギリス、インド、フランス、イタリア、カナダ、韓国と続く。これら10カ国が世界名目GDPにおいて67.2%のシェアを占める。なかでもアメリカ、中国、ドイツ、イギリス、インド、フランス、イタリア、カナダ8カ国は軒並み2桁台のプラス成長を実現した。一方、日本だけがマイナス成長に陥った。その意味では2021年、日本は新型コロナウイルス蔓延の抑制においても経済成長においてもパフォーマンスは芳しくなかった。

図5 2021年国別名目GDPランキング

出所:IMFデータセットより作成。

 『中国都市総合発展指標2021』における「中国都市GDP2021」ランキングでは、上位から順に上海、北京、深圳、広州、重慶がトップ5を飾った。この5都市の経済規模は他都市を大きく引き離している。6位から10位の都市は、順に蘇州、成都、杭州、武漢、南京の5都市であった。トップ10の順位は2020年から変動はなかった。

 「中国都市GDP2021」ランキングトップ10都市は、中国全国GDPの23.2%を占め、同トップ30都市のシェアはさらに42.8%に達している。2021年にトップ30都市すべてがプラス成長を実現した。うち26都市が2桁台の成長だった。

図6 中国都市GDP2021ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

(2)2021年各国輸出額の比較

 世界経済の回復は、世界貿易に如実に現れる。2021年の世界輸出総額は、前年比26.3%もの大幅なプラス成長を実現した。

 図7が示すように、ドルベースでみた2021年の国別輸出額ランキングで、トップ10は、中国、アメリカ、ドイツ、オランダ、日本、香港、韓国、イタリア、フランス、ベルギーという順位になる。この順位は2020年から変動はない。同トップ10カ国・地域が世界輸出総額に占める割合は51.1%に達した。

 トップ10カ国・地域はすべて2桁台のプラス成長を実現しており、中でも中国の29.9%の成長が目立つ。その結果、第1位の中国と第6位の香港の合計が世界輸出総額に占めるシェアは18.1%に至った。

図7 2021年国別輸出額ランキング

出所:UNCTADデータセットより作成。

 『中国都市総合発展指標2021』で見た「中国都市輸出額2021」ランキングのトップ10都市は、深圳、上海、蘇州、東莞、寧波、広州、北京、金華、重慶、仏山となった。トップ30都市の輸出額はすべて成長を実現し、29位の温州を除く29都市が2桁台成長という快走ぶりだった。

 「中国都市輸出額2021」のトップ10都市が中国全体の輸出総額に占める割合は43.7%、さらにトップ30都市の割合は72.2%にも達した。

図8 中国都市輸出額2021ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

(3)2021年各国映画興行成績の比較

 2021年の世界映画市場は、地域差がさらに鮮明となった。2021年北米の映画興行は回復が鈍く5,100億円となった。一方、映画市場の回復が著しかった中国は、同8,600億円にも達し、北米を大きく引き放した。

 中国では、2021年の春節(旧正月)、映画興行収入が78.2億元(約1,564億円、1元=20円で計算)に達し、同期間の新記録を樹立した。これで、世界の単一市場での1日当たり映画興行収入、週末映画興行収入などでも記録を塗り替えた。2021年中国の映画観客動員数はプラス112.7%と極めて高い回復力を見せた。

 好調なマーケットに支えられ、2021年映画世界興行収入ランキングトップ10においても、中国映画の『長津湖(The Battle at Lake Changjin)』、『こんにちは、私のお母さん(你好、李煥英)』、『唐人街探偵 東京MISSION』がそれぞれ2位、3位、6位にランクインした。

図9 2021年世界映画興行収入ランキング

出所:BoxOfficeMojo.comデータセットより雲河都市研究院作成。

 『中国都市総合発展指標2021』で見た「中国都市映画館・劇場消費指数ランキング2021」のトップ10都市は、上海、北京、深圳、成都、広州、重慶、杭州、武漢、蘇州、長沙となっている。筆者のふるさと長沙が西安を抜いてトップ10入りを遂げた。同ランキングの上位11〜30都市は、西安、南京、鄭州、天津、東莞、仏山、寧波、合肥、無錫、青島、瀋陽、昆明、温州、南通、南昌、福州、済南、金華、南寧、長春となっている。

 市民生活を取り戻したおかげで、映画観客動員数において、同トップ30都市は、軒並み2〜3桁台の高い回復力を見せた。結果、全国で前年度より映画観客動員数が倍増した。

図10 中国都市映画館・劇場消費指数2021ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より。

 2021年、世界経済は新型コロナウイルスショックから回復を見せた。経済規模トップ10カ国の中で日本を除くすべての国が経済成長を実現させた。ゼロコロナ政策により国内で平穏な生活を取り戻した中国は、世界貿易の最大のエンジンとして世界経済を牽引した。中国で感染抑制及び経済成長の両面で、ゼロコロナ政策が功を奏した年となった。

3.2022年各国感染抑制パフォーマンスの比較


 2022年における各国感染抑制パフォーマンスを、本稿締切直前の8月末までのデータで比較する。

 2022年、人類の新型コロナウイルス感染症との闘いは3年目を迎えた。世界の新型コロナウイルス感染状況は、オミクロン株によって2021年末から発生した感染拡大の波が、年を超え引き続いている。図11が示すように、感染拡大は1月にピークアウトし、その後新規感染者数は大幅な減少傾向を見せている。しかし、データ上の新規感染者数減少は実態を反映してはいない。2022年に入ってから、欧米を中心に各国で相次ぎ新型コロナ感染者全数把握が実施されなくなった[1]。6月1日に発表されたWHOの報告は、世界の感染者数が見かけ上減少傾向にあることは、感染者把握数が減少したことに原因があると指摘している[2]。このような原因で2022年から、新型コロナウイルスの感染実態の分析は、非常に困難となった。残念ながら日本でも9月2日から新型コロナ感染者全数把握見直しが宮城、茨城、鳥取、佐賀の4県で始まった。

 新規感染者数が全数把握の見直しで見えづらくなったものの、2022年1月から8月末までの世界の感染者数の公表数だけで3.1億人にも上った。致死率は0.32%へと大幅に下回ったが、同時期死亡者数は101.4万人に達した。

図11 2022年世界新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移(8月末迄)

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 2022年、中国もオミクロン株の驚異的な感染力に曝されている。冬季北京オリンピックが閉幕した2月末頃までは、2021年と同様に感染状況が落ち着いていた。しかし、3月に入ってからは、香港等からの入境者によるオミクロン株の流入が始まった。その被害の激震地は、中国最大の経済都市・上海であった。

 非常に高い感染力を有し、潜伏期間が短いオミクロン株が上海に流入すると、またたく間に市中感染が広がった。世界有数の人口規模と人口密度を抱える上海では、感染者数が爆発的に増加した。上海市政府は、3月28日から6月1日までロックダウンを掛け、2カ月間以上にわたる厳しい行動制限を実施し、感染を封じ込んだ。

 上海以外の地域でも散発的に感染者が発生し、その都度局所的なロックダウン、あるいはそれに準ずる行動制限が、今現在も多くの都市で行われている。

 2022年1月から8月末迄、中国の新型コロナ感染者数は84.1万人に達し、死亡者数は0.1万人に及んだ。致死率は0.07%となっている。

図12 2022年中国新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移(8月末迄)

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 日本では2022年1月初旬からオミクロン株の襲来で、感染拡大の第6波が押し寄せた。日本政府は、緊急事態宣言を発出せず、強制力に欠けるまん延防止等重点措置[3]で対応した。

 まん延防止等重点措置の効果は定かではないが、2月初旬に感染拡大は一旦ピークアウトした。しかし政府が相次ぐ行動制限の緩和措置を打ち出す中、7月以降、日本では急激に感染者数が増加した。

 結果として、2022年1月から8月末までの感染者数は1,721.7万人にのぼり、8カ月間で前年比約11.5倍の感染者数が生じた。死亡者数も2.2万人と、前年の一年間にほぼ匹敵する数にまで達した。感染者数の母数が大きいこともあり、致死率は0.13%に下がった。岸田政権が行動制限緩和措置を進める中、日本での感染死亡者数をはじめとする人的被害は、昨年を大きく上回っている。

図13 日本新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移(2022年8月末迄)

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

4.新型コロナウイルス被害の地域差


 2022年8月末までに世界では新型コロナウイルス感染者数が累計6億人近くにのぼった。

 世界人口の約7.6%が感染し、649万人もの死亡者を出した。注目すべきは、このパンデミックの被害には、地域的に大きな差が見られることである。

(1)地域別の新型コロナウイルス感染者数比較

 図14が示すように、2022年8月迄に新型コロナウイルス感染者数をWHO管轄地域別で比較すると、ヨーロッパ地域が累計2.5億人と最も多く、次いで北米と南米から成るアメリカ地域が1.8億人と続く。つまり世界の全感染者数のうち、この2地域のシェアは70.6%にのぼった。

 中国、日本、韓国、オセアニアなどから成る西太平洋地域の感染者数は0.8億人で、膨大な人口にしては感染者数が比較的少なかった。これは中国がゼロコロナ政策を採ったことが大きく寄与している。

累計感染者数はさらに、インドと東南アジアから成る南東アジア地域は0.6億人、中東と地中海沿岸から成る東地中海地域は0.2億人、アフリカ地域は0.09億人と続く。アフリカ地域が極端に少ないことは、医療体制の不備で集計が徹底していない為と考えられる。

図14  WHO管轄地域別世界・累計感染者推計数推移(2022年8月末迄)

出所:WHOデータセットより作成。

(2)地域別の新型コロナウイルス死亡者数比較

 新型コロナウイルスによる死亡者数においても、地域差が明らかである。

 図15が示すように、2022年8月迄における新型コロナウイルス死亡者数をWHO管轄地域別で比較すると、アメリカ地域は282万人、ヨーロッパ地域は208万人と続く。また、死亡者数はヨーロッパ地域に比べ、アメリカ地域が高い。すなわち、致死率はアメリカ地域の方がより高い。両地域は世界の新型コロナウイルスによる死亡者数の75.4%を占めた。

同死亡者数は、南東アジア地域が80万人、東地中海地域が35万人、西太平洋地域が26万人、アフリカ地域が17万人と続く。

図15  WHO管轄地域別世界・累計死亡者推計数推移(2022年8月末迄

出所:WHOデータセットより作成。

(3)主要国の新型コロナウイルス感染被害比較

 表1は2020〜22年における主要国の新型コロナウイルス被害状況を表している。この表から各国の被害の違いが確認できる。

 まず認識すべきは現在、新型コロナウイルスの致死率は下がったものの、その被害状況はいまだ深刻であるということだ。2022年は8月迄で、世界の新型コロナウイルスによる死亡者数はすでに101万人を超えた。

 主要各国の3年間に及ぶ新型コロナウイルスによる被害状況は、大きく4つに類型できる。1つ目は、被害状況が世界平均を大きく上回るタイプであり、最も感染者および死亡者を出したアメリカがこれに当該する。アメリカは、2020年のパンデミック初年度から被害が群を抜いて高く、その傾向は3年間継続している。感染者数も死亡者数もその規模は他国と比較して一桁大きい。人口10万人当たり死亡者数で平準化してもその被害は甚大である。また、致死率こそ2020年、2021年は世界平均を下回ったものの、2022年前半は世界平均を超えた。

 2つ目は、被害状況が世界平均を上回るタイプで、これは欧州各国が該当する。欧州各国は、アメリカと比較すると被害は小さいものの、人口10万人当たり死亡者数は、2020年から2022年にかけて、すべての期間で世界平均を上回る。特に、2020年のパンデミック初年度は世界平均を大きく超えた。

 3つ目は、被害状況が世界平均を下回るタイプで、日本が該当する。日本は、致死率、人口10万人当たり死亡者数、いずれも世界平均を下回っている。

 4つ目は、被害状況が世界平均を大きく下回るタイプで、中国が該当する。中国は、致死率、人口10万人当たり死亡者数、いずれも世界平均を大きく下回っている。中国の人口規模を考えると、ゼロコロナ政策の感染抑制効果は非常に高いと言えよう。

表1 2020-22各年主要諸国新型コロナウイルス感染者数等比較

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 図16は、2022年8月末までの百万人当たり新型コロナウイルスによる累積感染者数および累積死亡者数を国別にプロットした。オミクロン株やBA4、BA5等の蔓延で、2021年末までの被害を表した図25と比べ、殆どの国・地域で感染者数と死亡者数が増加し、結果、全体的にポジションが右上方向に移動した。中国は、ポジションは右上方向に若干移動したものの、ゼロコロナ政策の堅持により被害が抑えられ、最も被害の少ない国としての位置は不動だった。

 2021年末までの状況と同様、アジア地域と欧米地域との被害の差が依然としてある。また、アジア地域の中でも、イスラエル、トルコ、イランといった欧州に近接する地域の被害状況は欧米に近い。行動規制緩和などに伴い東アジアの国・地域も被害が拡大し、欧米諸国のポジションに近づいた。

 国別で見ると、人口当たりの累積感染者数および累積死亡者数が多かったのは、依然としてベルギー、イギリス、イタリア、スペイン、アメリカ等欧米諸国である。 

 2022年8月末迄に世界で累積の感染者数および死亡者数が最も多かった国は、2020年そして2021年と同様、人口規模の大きいアメリカ、ブラジル、インドであった。

 目を引くのは、台湾の位置が右上に大きく移動したことである。これは、台湾政府が従来のゼロコロナからウイズコロナへと政策転換したことに起因する。台湾は、ゼロコロナ政策による感染拡大防止の優等生として世界的に大きく注目され、その取り組みは「台湾モデル」と称された。しかし、2022年3月末からオミクロン株による市中感染が爆発的に広がり、ゼロコロナ政策が破られた格好でウイズコロナ政策へ転換した。結果、大勢の感染者を出した。

 日本のポジションは、2021年末と比べ大きく右上に移動している。感染拡大の中で次々と行動制限緩和などの措置を重ねたことによるものが大きい。

図16 2022年8月末迄国別新型コロナウイルス累積感染者数及び累積死亡者数

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

5.中国がウイズコロナ政策で対応していたら?


 これまでの分析で、世界二大経済大国であるアメリカと中国における新型コロナウイルス被害の明暗がはっきりした。人的被害を最も出したアメリカと、被害を最小限に抑え込んだ中国、そこにはウイズコロナとゼロコロナの政策効果の違いが浮き彫りになる。 

 仮に中国がアメリカと同様に、ウイズコロナ政策をとっていたらどのような人的被害を生んだだろうか。本稿は、アメリカの2022年8月末迄の新型コロナウイルスによる被害状況を、そのまま中国に当てはめて試算した[4]。ウイズコロナ政策を採った場合、中国もアメリカと同じ被害に遭うと仮定した極めて簡易な計算である。中国の場合、医療条件には地域差が大きく、また中国とアメリカの医療条件を同等とみなすのは、いささか無理があるものの、ここでは敢えてアメリカと中国の医療条件が同等であると仮定した。人口密度の影響やワクチンの接種率などはここでは考慮しない。

 その結果、表2が示すように中国がウイズコロナ政策を採った場合、全人口の約28.1%の約3.9億人が感染し、同約0.3%の約438万人が死に至る陰惨たる被害が算出された。中国がゼロコロナ政策を選択したことによって、少なくともこのような甚大な被害を回避できたといえる[5]

表2 中国がウィズコロナ政策を選択していた場合の被害試算

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

6.ゼロコロナ政策・中国モデルの特徴と課題


 3年にわたる新型コロナウイルス禍の中で、ゼロコロナ政策を継続してきた国は、中国のみである。本稿では「中国モデル」とも言える中国のゼロコロナ政策の特徴と課題を以下のようにまとめた。

(1)感染症対策の法整備及びマニュアル化

 感染症蔓延に苦しんだ歴史を持つ中国には、感染症に対してある種の大陸的なロジック、あるいは危機感がある。そのためSARSの経験を活かし、ウイルスによるパンデミックに備え、感染症対策の法整備及びマニュアル化を進めた。これが、新型コロナウイルスに対抗する上で、極めて大きな役割を果たした。この点を最も評価すべきである。

(2)感染症対策優先のスピード感

 中国は、感染症対策の法整備及びマニュアル化があるおかげで、感染症対策を優先的且つスピーディに実行できた。ロックダウンなど行動規制による市民生活や経済活動への影響は大きかったものの、結果として市民生活を逸早く取り戻し、ウイズコロナ政策を採った国と比べ、経済パフォーマンスも良かった。

(3)妥協しないゼロコロナへの追及

 中国は、地域ごとに感染者ゼロ目標を徹底したことにより、新型コロナウイルス封じ込めに成功した。

(4)全国総動員医療体制

 武漢などロックダウンが施された地域には、全国から医療従事者が大量に送り込まれ医療体制が迅速に拡充されることで、医療崩壊を食い止め、多くの人命を救った。

(5)テクノロジーの積極的活用

 中国ではスマホアプリ等に代表されるようにITテクノロジーを積極的に活用した。こうした取り組みは、感染抑制に貢献しただけでなく、IT産業の活性化にも寄与した。

(6)漢方医学の積極的活用

 中国は新型コロナウイルスの予防と治療に漢方医学を積極的に活用した。西洋医学と異なるアプローチでの取り組みは大きな成果を上げただけでなく、漢方医学の重要性の再認識につながった。

(7)課題

 一方、中国の新型コロナウイルス対策においても多くの課題は残されている。例えば、無症状を含む感染者を素早く見つけて隔離する「動態清零(ダイナミック・ゼロ)」[6]と呼ばれる手法で、一旦感染者が出れば地域全員にPCR検査をかける。そのスクリーニングの頻度は高く、人々への負担が大きい。また、前述の分析で院内感染が武漢での感染爆発の大きな要因と指摘したように、大勢の人々を集めるスクリーニングは検査場における二次感染の懸念がある。さらに頻繁なPCR検査は地方財政を逼迫させた。

 また、ロックダウンエリアへの支援物資の供給にも問題がある。支援物資が居住地域まで届きながら、住民の自宅にまで効率よく届かない状況が、武漢、上海など至るところで発生した。

 さらに一部の地方ではロックダウンあるいはそれに近い行動制限措置を過剰に実施し、大きな混乱をもたらした。

 いずれにせよ、感染者が出た地域における高い緊張感が経済活動や市民生活に多大な負担をかけていることは言うまでもない。こうした負担を軽減させる工夫が求められる。

7.ゼロコロナ政策研究の真の価値とは


 武漢のロックダウンをはじめとする中国のゼロコロナ政策は、いわば「時間稼ぎ」政策である。それには2つの側面があり、ひとつは「自然に対する時間稼ぎ」、もうひとつは、「イノベーションに対する時間稼ぎ」である。

 多くのウイルスは、時間の経過とともに弱毒化する傾向がある。「自然に対する時間稼ぎ」は、新型コロナウイルスの弱毒化、消滅、あるいは人類との共存までの間に、被害を最小限にする時間稼ぎである。上記の分析で、中国のゼロコロナ政策が、新型コロナウイルスによる感染者や死亡者など人的被害を最小限に留めたことが明らかになった。未だ統計的な分析ができない段階にあるが、感染者数が抑えられたことで後遺症の問題も相対的に少ない。人的被害が抑えられたことが、大いに評価される。さらに、ウイズコロナ政策を採った他国に比べ、中国の経済パフォーマンスが良かったことにも注目すべきである。

 新型コロナウイルスパンデミックから真の安心安全な世界を取り戻すには、科学技術の力に頼ることが必要である。「イノベーションに対する時間稼ぎ」は、新型コロナウイルスの特効薬と有効かつ安全なワクチンの開発までの時間稼ぎである。新型コロナウイルス対策テクノロジーの進化については、mRNA型ワクチンが開発され、世界で普及しているものの、その有効性と安全性は理想的とは未だ言い難い。ワクチンの副作用に対する懸念も高い。また、特効薬については、開発が非常に遅れている。こうした状況下、テクノロジーの新しい方向性にも目を向けるべきである。例えば、漢方医学が中国での抗ウイルス対策で卓越した効き目をみせていることに、より注目する必要がある。また、筆者が推奨するオゾン活用に関しては、オゾンへの偏見を捨て積極的に取り入れることである。

 新型コロナウイルスのような人類史上重大な事態に遭遇した際には、従来の常識にとらわれず、全く新しいテクノロジーも併せて有効利用していくべきである。残念ながらその進展は極めて緩慢に見られる。

コロナ政策についても、これまで採られた措置への検証を怠らず、他国の経験と教訓からの学びが欠かせない。その意味では77日間で新型コロナウイルスを封じ込んだ「武漢の経験」や3年間に及ぶ中国のゼロコロナ政策についての検証には、大きな意義がある。

 SARS後、中国はその教訓から感染症対策に関する法整備やマニュアル化を進めてきた。それが新型コロナウイルス対策に大いに役立った。

 世界にとって、新型コロナウイルスに関する比較研究は、次なる感染症に備えるために極めて重要となろう。

8.追記


 本論文発表後の2022年12月7日、中国国務院は「新十条」を発表し、「動態清零(ダイナミック・ゼロ)」政策を打ち切った。同26日、中国国家衛生健康委員会は、2023年1月8日から新型コロナウイルス感染症を「乙類甲管」から「乙類乙管」に変更し、『中華人民共和国国境衛生検疫法』規定の感染症から外すとした。中国はゼロコロナ政策からウイズコロナ政策へと政策転換した。

 この突如の政策変更で、コロナウイルス感染が一気に広まった。パンデミックの3年間でコロナウイルスは、時間の経過とともに弱毒化する傾向があり、コロナウイルスの致死力は大分弱まったものの、爆発的な感染で医療崩壊現象が全土に広がった。

 なぜこのような状況が起こったのかについて、以下の理由が考えられる。

 初期の徹底したゼロコロナ政策と比べ、「動態清零」政策が莫大な費用を要したにもかかわらず、感染抑制に効果が上がらなかった。頻繁なPCR検査と過度の行動制限に人々も疲弊しきっていた。2021年12月9日、中国で初めてオミクロン株の感染者が確認された。オミクロン株の強い感染力も「動態清零」政策に大きな負担をかけた。

 国産ワクチンの有効性は期待された程ではなかった。中国は逸早く2020年12月15日から医療関係者などを中心に、国産の新型コロナウイルスワクチンを接種し始めた。2021年3月から、無料で18歳以上の全ての国民に接種を開始し、同6月からは3歳以上の児童にまで接種を拡大した。国産のワクチンにはいくつかの種類があったものの、結果的に見るといずれも効果はあまり上がらなかった。

 さらに問題なのは、ゼロコロナ政策で稼いだ3年間のうちに、ワクチン以外のB案を打ち出すことが出来なかったことだ。これがウイズコロナ政策へ移行した時の大きな被害につながった。(了)

(※論文前半はこちらから)


(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『比較研究:ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、315号、2022年。


[1] アメリカ政府は2022年1月14日、事実上「全数把握」を撤廃し、代わりに家庭用迅速検査キット無料配布開始を表明した。しかも検査キットで陽性が出た場合、感染の申告は不要で、病院等での検査で出た陽性者のみを把握するとした。イギリス政府は2022年2月21日、「イングランドにおける新型コロナウイルスとの共生計画(COVID-19 Response: Living with COVID-19)」を発表した(同計画について、詳しくは、https://www.gov.uk/government/publications/covid-19-response-living-with-covid-19を参照)。同計画は、2月24日から段階的に陽性者の隔離義務などを含む新型コロナウイルス関連の法的措置終了の方針を示し、全数把握の撤廃を明言した。同計画に従い、イギリスは2022年4月1日より一般向けの無料検査提供を終了し、全数把握を撤廃した。2022年に入って、欧州、北・南米、アフリカ、アジアの多数の国・地域が、新型コロナウイルスに関する規制緩和を相次ぎ表明、アメリカやイギリスと同様、本格的なウイズコロナ政策に移行している。

[2] WHO「Weekly epidemiological update on COVID-19 – Edition 91」(https://www.who.int/publications/m/item/weekly-epidemiological-update-on-covid-19—11-may-2022)(最終閲覧日:2022年9月6日)。

[3] まん延防止等重点措置とは、2021年2月13日に施行された新型コロナウイルス対策の改正特別措置法によって新設された措置である。緊急事態宣言は「都道府県単位」で適用される一方、まん延防止等重点措置は、「知事が指定する市区町村等の一部地域(区域は知事が指定でき、県内全域に出す事も可能)」となる。例えば、東京都において、緊急事態宣言は、都全域に適用されるが、まん延防止等重点措置では、「23区のみ」というように地域を限定した適用が可能。また、対象期間についても違いがあり、緊急事態宣言は、2年以内(計1年を超えない範囲で延長可能)を限度とするが、まん延防止等重点措置は、6カ月以内(何度でも延長可能)と対象期間が短い。さらに、緊急事態宣言では「休業要請・休業命令」が行えるが、まん延防止等重点措置では「休業要請・休業命令」を行えない。

[4] 2022年8月6日、日本華人教授会公開講座「徹底検証:中国のゼロコロナ政策」にて筆者が中国がウイズコロナ政策を採った場合の被害試算について公開。

[5] 2022年5月10日、米国の医学系学術誌であるNature Medicine(電子版)に公開された米中共同チームによる研究論文“Modeling transmission of SARS-CoV-2 Omicron in China”は、中国がゼロコロナ政策を解除した場合の影響を分析した。同論文はゼロコロナ政策を解除した場合、中国では6カ月間で有症状感染者数1億1,220万人、死亡者数160万人の大惨事になると予測した。詳しくは、(https://www.nature.com/articles/s41591-022-01855-7)(最終閲覧日:2022年9月6日)を参照。

[6] 2021年12月11日、中国国務院ニュースカンファレンスにおいて、中国国家衛生健康委員会の梁万年氏は初めて「動態清零」政策について紹介した。その後、同政策は中国全土に適用された。