【シンポジウム】メガロポリス発展を展望:中国都市総合発展指標2023

■ 編集ノート:2024年雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たな旅立ち:イノベーション、集積、海外進出」が2024年12月1日午後、東京オペラシティで開催された。北京市人民政府参事室と雲河都市研究院が共同主催し、中国インターネットニュースセンターがメディアサポートした。


2024年雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たな旅立ち:イノベーション、集積、海外進出」会場

 郭旭傑駐日中国大使館経済参事官と耿新蕾北京市人民政府参事室副主任の挨拶の後、雲河都市研究院が「中国都市総合発展指標2023」を発表した。 北京は8年連続で総合ランキング第1位、上海は第2位、深圳は第3位となった。広州、成都、杭州、重慶、南京、天津、蘇州は総合ランキング第4位から第10位となった。総合ランキング第11位から第30位の都市は、武漢、厦門、西安、長沙、寧波、青島、鄭州、福州、東莞、無錫、済南、珠海、仏山、合肥、瀋陽、昆明、大連、海口、貴陽、温州となった。

 シンポジウムの出席者は、発表された指標について活発な議論を交わした。

周牧之 東京経済大学教授


 「中国都市総合発展指標2023」は、2016年以降、8回目の発表となる。同指標の専門家チームの主要メンバーが東京に集まったこの機会に、メガロポリスの発展について議論し、展望したい。

 中国の第1次から第10次までの五カ年計画はすべて大都市発展抑制を謳っていた。しかし第11次五カ年計画でいきなりメガロポリス発展戦略を採った。これは中国でアンチ都市化政策から都市化促進政策への大きな転換であった。いまや中国国家発展改革委員会が19ものメガロポリスを指定している。

 これらのメガロポリスの発展をどう評価するかが重要な課題となった。また、中国では一線都市など都市分類の定義を巡り様々な説が行き交い混乱している。これらを踏まえ、昨年より中国都市総合発展指標の総合ランキング偏差値に基づき、都市を一線都市、準一線都市、二線都市、三線都市に分類した。さらに 19のメガロポリスに属する223都市の総合評価偏差値の「箱ひげ図」及び「蜂群図」の分析で、各メガロポリスを評価した。今年も引き続き、こうした分析で各メガロポリスの発展を評価する。

周牧之 東京経済大学教授

 総合ランキング偏差値は、経済、環境、社会の3つの大項目偏差値の合計が300である。偏差値が200以上と定義された一線都市はわずか北京、上海、深圳、広州の4都市である。これら一線都市はすべて長江デルタ、珠江デルタ、京津冀の三大メガロポリスに集中している。

“中国都市総合発展指標2023” 都市分類

 偏差値175~200の準一線都市は9つあり、長江デルタ、京津冀、成渝、長江中流、粤闽浙沿海、関中平原などのメガロポリスに分布している。偏差値150~175の二線都市は43あり、広く分布している。偏差値150以下の三線都市は241あり、その中には銀川、西寧、フフホトの3つの中心都市も含まれている。

“中国都市総合発展指標2023” 都市分類 一線都市(4都市)+準一線都市(9都市)

 メガロポリスを評価する際、まず注目すべきは、そのメガロポリスに中心都市がいくつあるか、そしてそれらの中心都市のランキングがどの程度か、ということである。長江デルタには最も多くの中心都市があるが、一線都市は上海のみである。京津冀の一線都市も北京のみである。これに対して珠江デルタには深圳と広州という2つの一線都市がある。しかしいずれも偏差値では北京や上海とはかなり距離がある。

 次に、メガロポリス内各都市の全体的な発展を分析する必要がある。箱ひげ図中の横線は、サンプルの中央値、箱の上辺は上位四分位点(75%)、箱の下辺は下位四分位点(25%)、箱本体は50%のサンプル分布を示している。蜂群図は、個々のサンプル分布をプロットした図である。箱ひげ図と蜂群図を重ね合わせることで、サンプルのポジションと全体の分布の双方を示せる。この分析から、三大メガロポリスのうち、珠江デルタ内部の都市が最もバランス良く発展し、長江デルタがそれに次ぎ、京津冀では中心都市とそれ以外の都市の発展格差が非常に大きいことがわかる。

■ 楊偉民 中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任


 周牧之教授と私は、長年協力してきた。2001年、周教授は『都市化:中国近代化の主旋律』という本を出版し、中国はメガロポリス発展戦略を採るべきだと提言した。その後、私たちは『第三の三十年』という本を共同主編した。1999年に中国国家発展改革委員会の私の部署が都市化戦略を提唱し、後に「城鎮化」と呼ばれるようになった。 第11次5カ年計画策定時に、私は国家発展改革委員会計画司の司長として、メガロポリス戦略を提案した。当時、指導部は中小都市の発展を望んでいたが、実際には大都市の発展が必要だった。そのバランスを取るため、メガロポリス戦略を打ち出した。実際、私は周教授の著書を読み、メガロポリスの発展という考えに確信を持った。

中国都市総合発展指標2023」報告書

 私は「中国都市総合発展指標」にも一貫して注目してきた。以前、同指標を都市の健康診断書だと述べたことがある。現在、一部の都市や省庁が都市の健康診断報告等に取り組んでいる。しかし、それらは都市建設に偏り、経済問題等まで充分カバーしきれていない。そのため、「中国都市総合発展指標」は環境、社会、経済を網羅し、非常に信頼性が高い。

 中国国家発展改革委員会計画司が何故19のメガロポリスを設定したのか? そこには地域間の政治的なバランスが働いた面がある。しかし今は経済の法則に立ち返る必要がある。 したがって、「中国都市総合発展指標」を用いてメガロポリスの発展を客観的に評価することが大変重要である。

楊偉民 中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任

■ 邱暁華 アモイ都市大学教授、中国国家統計局元局長


 周牧之教授の「中国都市総合発展指標」には、4つの特徴がある。1つ目の特徴は、包括性である。同指標は経済、社会、環境という3つの大項目、9つの中項目、27の小項目から成る。社会の大項目には文化も含まれるため、中国で現在謳われている経済建設、社会建設、生態文明建設、文化建設についてもカバーしている。その意味では同指標は非常に包括的な都市評価となっている。

 2つ目の特徴は定量性である。同指標は定性的だけでなく定量的な視点も重んじている。使用する878の指標は、統計データ、インターネット・ビックデータ、衛星リモートセンシングデータの3分の1ずつで構成されている。これは、ほぼすべての入手可能なリソースから収集したデータに基づく定量的な評価である。マルチ的な定量手法を用いて、中国297の都市の発展具合を示し、説得力がある。

 3つ目の特徴は継続性である。 「中国都市総合発展指標」の研究はすでに10年以上にわたって続けられている。指標評価を一回きりで終わらせるのではあまり意味がない。継続して実施することに大きな意義がある。周教授による継続的な指標評価は戦略的意義が大きく、国家、企業、国民が都市を理解する上で非常に参考になる。国家は戦略を策定し、企業は事業計画を策定し、個人はどの都市を選択するのかの答えを、すべてこの指標評価から見つけられる。この指標評価は、温度を感じさせるデータによる答えを提供している。 私は、これは都市の辞書であり、中国を理解するための都市の辞書であると思う。

 4つ目の特徴は科学性である。指標評価には、データの比較可能性と入手可能性、そして測定可能性と観察可能性が必要である。これらはすべて科学的手法に依存する。周教授はまさしく科学的手法を的確に用いて都市を定量的、視覚的、継続的に評価している。その結果は信頼性が高い。同研究がもたらす多大な貢献は称賛に値する。

邱暁華 アモイ都市大学教授、中国国家統計局元局長

■ 李国平 北京市人民政府参事、北京大学首都発展研究院院長


 周牧之教授の「中国都市総合発展指標」を発表の現場で議論できることを大変光栄に思う。研究分野が近い為、私はずっと周教授の著書を参照し、「中国都市総合発展指標」の関連研究も様々なルートで入手した。「中国都市総合発展指標」は、指標システムの構築にしろ、データサポートにしろ非常に優れている。評価結果も実態に合致している。

 中国では中心都市の輻射力がますます重要になっている。長江デルタメガロポリスには一線都市は一つしかないが、二線都市が数多くある。全体的な地形や各種条件から判断すると、珠江デルタと比べても長江デルタは依然として比較的有利である。長江デルタはボリュームが大きく、その上流には長江経済ベルトがあり、さらにその上には成都・重慶があり、潜在力が非常に強い。

 北京についてはどうだろうか。北京は総合的な強さでは第1位だが、天津や河北のことを考えると、京津冀メガロポリスの協調的発展が重要になる。北京はイノベーション力に強く、北京がイノベイティブな成長の原動力を発揮できれば、京津冀にも希望が持てる。重要なのは、京津冀の産業チェーンとイノベーションチェーンをいかに効果的に結びつけるかだ。現状では長江デルタや珠江デルタほどの域内連携が京津冀ではまだ十分ではない。

李国平 北京市人民政府参事、北京大学首都発展研究院院長

■ 周其仁 北京大学国家発展研究院教授


 集中とは、皆が非常に混雑した場所に押し寄せることを意味し、経済活動が集まることを求める。「人は高い場所に行く」との諺を借りると、人は大勢の人が集まる場所に行く。多くの人が集まることで多くの問題も生じるが、利益は問題を上回る。さらに、人が集まることから生じる問題は、都市建設や技術によって改善することができる。その意味では対処の仕方次第で、人々の都市集中は、うまくいくケースもあればそうでないケースもある。

 「中国都市総合発展指標」のフレームワークは非常に優れているが、最新の人々の流動性の動向について、ぜひ周教授の視野に入れていただきたい。航空運賃が下がり、ネット通信が発展し、AIが進歩している今、人々は将来も都心で働かなければならないのだろうか?今、人々は離れて暮らしながらオンラインで一緒に仕事ができる。上海のオフィスビルの空室問題は長引く可能性がある。新型コロナパンデミックは、人々に新たなつながり方、暮らし方、仕事の仕方を味わわせた。これは必ず空間的に反映していく。

 鍵となるのは、世界で最も生産性が高く、最も活動的で、最もダイナミックな人々が、現在実際にどのように動いているのか、そして空間的にどう影響を与えているのか? ということである。

周其仁 北京大学国家発展研究院教授

徐林 中米グリーンファンド会長、中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元司長


 都市のガバナンスは、特に注目に値する。「中国都市総合発展指標」に都市のガバナンスの評価を加えることを検討すべきである。都市のガバナンスは、その都市の総合評価に影響を与えるはずだ。 このイシューをデータで客観的に表現することは難しいかもしれないが、国内外の都市の比較で主観的な評価を行うことは可能であろう。

 良い都市は、開放的で、包容力があり、便利でなければならない。そして、そのような都市こそが、より魅力的な都市となる。

徐林 中米グリーンファンド会長、中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元司長

 この記事の中国語版は2024年12月26日に中国網に掲載され、多数のメディアやプラットフォームに転載された。

左からディスカッションを行う周牧之教授、楊偉民氏、邱暁華教授

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【シンポジウム】岩本敏男:ビッグイノベーションIOWN計画でGXをリード

岩本 敏男 NTTデータグループ元社長

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。岩本敏男氏はセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」のパネリストを務めた。


周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」

■ センシング技術で世界をカバーするデジタル3D地図


 岩本敏男:NTTデータグループの岩本と申します。今日は、周先生の司会で、小手川さんにコメントをお願いし、石見さん共々このパネルに参加できることを大変光栄に思っています。よろしくお願いします。私は画面を使いながらお話ししますので、画面を見ていただければと思います。NTTデータグループといっても案外ご存知ではない方もおられるので、簡単にご紹介させてください。NTTデータの前身は電電公社の中に出来たコンピュータ開発部隊です。電電公社は1985年に民営化してNTTになり、私どもNTTデータはその3年後に最初に分離独立してできた企業です。

 NTTグループはこの2年ぐらいで大きく集約をしていて、一つはドコモとコミュニケーションズを中心としたグループ。もう一つは地域会社の東日本、西日本の国内通信を手掛けているグループです。そして、最後が私どものNTTデータグループです。つい最近は海外の事業を全てNTTデータグループが引き受けることになりまして、約4.4兆円の売り上げになっている。こういう企業グループになっています。

 私が社長を務めたのは2012年からでありますが、NTTデータは1988年、昭和63年が分離独立の年で、昨年まで35期ありますが一度も減収を経験していません。毎年増収に次ぐ増収で、先ほど申し上げたように2023年度で約4.4兆円です。2025年度が中期の最終年ですが5兆円近い売上まで達成する見込みです。海外の展開も、私が社長の時に思い切ってグローバル化にアクセスを踏みましたので、今ですと50カ国以上、従業員数は20万人に近い数です。日本の従業員が約44,000人なので、4倍くらいが海外、合わせて20万人ぐらい、こういう企業グループになっていると考えてください。

 今日テーマになっているグリーントランスフォーメーションも世界のいろいろなところで非常に重要なことになっています。私たちはITビジネスの観点から、この達成をお手伝いしています。

 一巡目のプレゼンテーションでは、グリーンとは直接は関係ないかもしれませんが、みなさんにお伝えしたいNTTデータグループが持っているイノベーションの例を二つ紹介します

NTTデータグループ売上高推移

 岩本:まず一つ目は、全世界デジタル3D地図の活用です。これはJAXAのだいち、ALOSという衛星を打ち上げそのデータをIT処理し、三次元のデータ地図を作っています。そこに書いてあるように様々な用途で使われます。もちろんセンシング技術が入っていますので、当然GXは大変重要な一つのファクターです。映像を見ながらご説明します。

 これはエベレストです。別に飛行機で撮ったわけではありません。先ほど申し上げた衛星から撮影したものを画像処理し、こうした形にしています。衛星にはいくつものセンサーを積んでありますので、高さ方向のデータも全部撮ることができます。かなり細かい形で立体地図ができます。使われているのはこうした自然災害のビフォー&アフターですとか、或いは鉄道を作る、或いは自動車道路を作るというようなインフラの造成にも役立っています。

 このシステムの分解能ですが、最初は5mでしたが、今は都市部ですと50cm分解能まで可能です。例えば無線通信のアンテナ設置を設計するとき、どのビルのどこに無線アンテナを置くと、5Gがうまく通信出来るかというようなことのシミュレーションに役立ちます。いま世界中125カ国に輸出していて非常に使っていただいています。

 GXでは山林の利用が大変重要です。よくテレビでブラジルのアマゾンの森林がすごいスピードで消滅していることが放映されますが、こうした衛星からの撮影データを画像処理することで、手に取るようにわかってくる事例もあります。

エレベスト3Dデータ

■ バチカン図書館の文化遺産をデジタルアーカイブ


 岩本:もう一つ、これは直接GXとは関係ないかもしれませんが、私自身も携わったのでご紹介したい話があります。バチカン図書館のデジタルアーカイブ・プロジェクトです。バチカン図書館、みなさんご存知だと思いますが、ここには羊皮紙、パピルス、和紙などに書かれたマニュスクリプト、手書きのものが貯蔵されています。手紙もありますし、絵もあります。日本からのものも沢山あります。オペラ発祥の地、イタリアにありますので、楽譜などもあります。そういったものも羊皮紙、パピルス、和紙などに書かれていますから、放っておくと壊れてしまうこともあります。デジタルアーカイブするプロジェクトですが、この下に書いた3行は、私が言ったことではなくバチカンの人が言ったことです。「これらのマニュスクリプトはバチカンのものではない。バチカンの宝ではなく、人類の遺産である。」これをデジタルアーカイブすると、インターネットで世界中の研究者の研究室に届けることができます。それまではローマやギリシャを勉強したい研究者は、バチカン図書館に来て手続きを経て実際に見ていくわけですが、その必要がない。

 私はローマに行って塩野七生さんともいろいろお話しをしましたが、彼女もここでいろいろな文献にあたった上で、ローマ人の物語、ギリシャ人の物語を書いているわけです。

 これがバチカン図書館の中の様子でありまして、私は何回も入っていますが素晴らしい美術館のようなところです。一般の人は入れませんが、私は仕事柄入ることができました。実はここにこういうものがあります。何だかお分かりですか?そんな大きなものではありませんが、和紙に金箔が張ってありました。金箔はかなり無くなっていましたが、ラテン語が書いてあり、右下に伊達陸奥守政宗と書いて花押が押してあります。

 2011年の大震災は大変でしたが、400年前、まったく同じところで、月は違いますが1611年12月に大地震と大津波が起こっています。そしてその時の領主が伊達陸奥守政宗です。彼が実はローマ法王パウロ5世にあてて親書を出し、遣いを出しています。それが支倉常長という男です。彼は太平洋を渡ってアカプルコからメキシコに上陸し、その後スペインに渡り、国王に会おうとしました。なかなか会えなかったのですが。そして、地中海を抜けてローマに行くわけです。

 これは伊達政宗がローマ法王パウロ5世に当てた手紙です。実はこれのレプリカが仙台の博物館にあり、私はラテン語で書かれた横書きの手紙を見ていたのです。伊達陸奥守政宗は達筆だったので、祐筆を使っていません。いろいろな手紙をほとんど全部自ら書いていました。ラテン語が書けるわけがありませんので、横書きの親書は政宗が書いているわけではありません。実はバチカンに行ってみると、縦書きの和文があったのです。

 つまり、縦書きの和文と、横書きのラテン語の手紙が2通あったのです。いずれも伊達政宗の直筆のサインと花押が押されていました。

 伊達政宗の直筆の書に何と書いてあるか。伊達政宗が支倉常長をパウロ5世に派遣したのは、震災復興プロジェクトです。彼は実はメキシコと貿易をやりたかった。メキシコはスペインの植民地でしたから、スペイン国王に、ぜひメキシコとの貿易をさせてくれということを頼みたかった。

 パウロ5世には何と書いたか。嘘もいっぱい書いてあり、「もしこれを認めてくれたら仙台に教会を建て宣教師を迎える」と書いてあります。でもその頃、徳川幕府はキリスト教禁止令を出していますからあり得ないのですが、「ローマ法王パウロ5世もスペイン国王のフィリップ3世に、ぜひ日本との貿易をするように促して欲しい」ということが書かれていて、もし助力してくれたら先程のようなことをすると書いてある手紙ですね。こういったものを、デジタルアーカイブしたことが、私にとっても大変記憶に残ることです。

バチカン図書館所蔵・伊達政宗がローマ法王パウロ5世に当てた手紙

■ GHG排出量の可視化C-Turtleプラットフォームで排出量削減を


 岩本:NTTデータグループが、GXでどんなことをしているか、そして将来どういうエネルギー分野でどんなビジネスを考えていかなければいけないか、ということについてお話ししてみたいと思います。先ずGXで当社がやっていることは国と同じく、2050年カーボンニュートラルを達成するということを公表したのですが、2023年に10年早めて2040年にはカーボンニュートラルが出来るということを公表しています。

 これからお話しをする様々な取り組みは当社自身もそうですが、当社のサプライチェーンの上下流には多くのIT企業がいますので、そういうメンバーを巻き込みながらやれるかなということです。

 カーボンニュートラルは、はっきり言うとCO2を排出することと、CO2を吸収することとの差分を実質ゼロにすればいいと言うことになるわけですので、この原則を見ながら議論する必要があるかなと思います。

 排出量の概要をいまさらお話しするわけではありませんが、GHG(温室効果ガス)は二酸化炭素だけでなく、他にもさまざまなものがあります。これらを二酸化炭素に換算すると、最近の統計では日本は11億トンレベルまで削減しているはずです。これを算定するのが重要なので、繰り返しで恐縮ですが、GHG排出量は活動量と排出原単位をかけたものだということを確認しておきます。

 企業のGHG削減計画は、国の指導もあって大体は2050年カーボンニュートラル、2030年はその半分ということです。このことをサステナブル報告書で公表しているのが日本のほとんどの大企業です。

 お分かりの通り、「Scope1」と「Scope2」は、いい悪いは別にして、分かりますし、やればいいんじゃないかと。「Scope1」と「Scope2」だけで十分だという人もいます。皆がやれば全部なくなるのだからということですが、でもそれだけでは十分ではないので、上流と下流のいわゆる「Scope3」というのがあり、これにどう対応するかが企業として一番悩んでいるところです。

NTTデータの温室効果ガス削減目標

 岩本:どうやって計算するのか、本当にそれで削減につながるのか、というのが大変な課題になっているのは皆さんもご存知だと思います。

 二種類のGHG排出量の可視化、見方が違うと言ってもいいわけですが、一つは企業全体の排出量を可視化するということと、もう一つは企業が生み出す製品やサービス別の排出量の可視化。これはどちらも重要です。

 この右側は、カーボンフットプリントと言われるわけですが、どちらも重要です。さらに言うと、それぞれには良い点と悪い点があります。目的によっていろいろ使い方を変えなければいけないのですが、いずれにせよ全社ベースで出すものと、其々の製品或いはサービスごとに出すフットプリントをちゃんとやらないとわからない、ということです。

 そこで、可視化のプラットフォームをNTTデータはかなり前からご提案して、多くの企業に使っていただいています。

 つまり、先程申し上げた上流から下流にいくサプライチェーン、原料を買ってきて、自分の資本材を作る、自分のところでいろいろなScope1或いはScope2で出すのと、実際製品として出荷した後、それを消費する人、或いは最後は廃棄まで行くわけですが、そこでどのくらいCO2が排出されるか、このトータルをマネージしないと本当の意味でカーボンニュートラルにならないのです。

 とはいえ、企業にはさまざまな課題があります。つまり、どう算定方法を出せばいいのか。細かくやればやるに越したことはないが、それをやる人の事務負担はたいへんで堪らない。

 それから、何のために可視化をするのかと言えば、CO2削減するためにやるわけですが、2次データを使って、この製品で大体このくらいの排出量だと計算するわけです。

 例えばパソコンを購入する例です。先ほどのレノボの話もありましたが、単にコストや能力だけでパソコンを買ってくるのではダメです。パソコンメーカーがカーボンフットプリントの観点で、自分のところのパソコンはこうだと出してくれると、それによってコストは高いがこちらの製品を買うかという判断ができます。

 鉄もそうです。水素還元で製造した鉄を買うと値段は高いがカーボンニュートラルの観点からはそちらを買うか、ということが出来るのでCO2削減ができる。

 Scope1或いはScope2はもちろん大きな意味があります。問題なのはScope1、Scope2ではなくScope3です。私たちが提案しているC-Turtle のプラットフォームを使うと、自分のところ以外で排出される温室効果ガス、先ほど申し上げたように活動量✕排出原単位15カテゴリーがあることを皆さんご存知でしょうけれど、これが簡単に算出できます。  

 重要なのは一番上と二つ目です。買ってくる製品・サービス、或いは自分のところの資本材を作る。ここが凄く大きいので、これをどうやるかということですが、さきほど申し上げたように算出のやり方はさまざまですし、最初は皆さんエクセルなんかでやっていたのですが、とてもやり切れないわけです。従って私共のC-Turtle を提供することになったわけです。

 ちょっと簡単にまとめてみましたが、左側に書いてあるのは、N年度のサプライヤーの排出量です。このScope3をきちんと計測できるようになると、次の年にはサプライヤーからそれぞれ自分のところがこれだけ排出量が減りましたということが出てくる訳です。

 そうすると、それが自分のところのScope3の排出量削減につながるので、この仕組みを大きな負荷をかけないでやれるようにする。しかもこれが国際的なプラットフォーム、例えばCDPとかいろいろなところと連携をしながら、単に日本だけの独りよがりでは無い形にしていく。これが私どものC-Turtleのプラットフォームです。現在、多くの方々にご利用いただいています。

 実際に私どもでやってみると平均の排出原価単位が40%くらい改善できました。これは我々のサプライチェーンにつながる方々と、こういうことを理解してもらい、そうしたソフトプラットフォームをやってもらわないと出来なかったことです。

NTTデータグループでの削減実績

■ 膨大な電力を消費するAI時代への対処


 岩本:二つ目。我々はデータセンターを山のように持っています。先ほどもNVIDIAの話がありましたけれど、AIもあり今データセンターは世界中で物凄い需要があります。NTTデータグループは、延べ床面積がたぶん世界でNo.3のデータセンターを世界中に保有しています。このデータセンター自身をグリーンにしていくというのは、大切なことです。

 東京都三鷹市に私が社長時代に建てたデータセンターがありますが、このデータセンターは最初から自然界のエネルギーを最大限に使う。もちろん太陽光パネルもそうですが、外気温が低い時は自然の外気温の冷却空気をうまく使う。ホットアイルとコールドアイルを上手く使うということが仕掛けられています。

 さらに、これはうちのデータセンターだけではありませんが、いろいろなデータセンターの中にサーミスタを置き、ワイヤレスでこの温度センサモジュールをコントロールすると、データセンター全体で、どこがどのくらいの温度になっているかが、可視化出来ます。これが可視化できれば、何故そういうことになるのか手を打つことが出来るので、こういう地道なところからデータセンターのグリーン化が進められています。

 もう一つ、最近のAIの使用にも関係して、一般的に空調は実際の負荷がどのくらいあるかということとあまり関係なしに、ある一定の冷媒を流すようなことをやっています。つまり冷房用の消費電力が高止まりしているのですが、実際の温度は先ほどセンサーにサーミスタを付けると、どこがどのくらい時間別に発熱しているか分かるので、出来ればそれに合った形で、実際の冷媒を出すという形がいいわけです。こうしたことによってかなりの削減効果が得られてきています。

 それから、ショートサーキットも、ちょっと専門的ですがお話しします。データセンターの中にラックがあり、そこにいろいろなパネルが入っているのですが、全部埋まっていないで空いているところがあると、(排熱が)漏れてきてしまい、冷房能力が低下します。簡単な話、そこのブランクを詰めてしまうと、いわゆるショートサーキットが起こらない。こうした地道な事もやりながら、データセンターの電力を下げる努力をしています。これがショートサーキットの防止で、付ける前の状態と、付けた後の状態では大きな差があります。

 それからもう一つは、オンプレミスで、自分のところでデータセンターを構築したり、自分のところでプライバシークラウドを作ることがあるのですが、最近は、いわゆるオープンクラウドに移ってきています。この時も、出来るだけカーボンニュートラルが進んでいるパブリッククラウドへの移行をしていくとか、或いは、消費電力効率の高い最新のデータセンターを選択する、ここには当然ディザスタリカバリの装置なども考える必要がありますが、こういったこともトータルのカーボンニュートラルを削減する意味では大きな効果があると思います。

世界のIT関連機器の消費電力予想

 岩本:このデータセンターの電力消費で面白い仮説をお話しします。2016年の全世界の電力使用量は、せいぜい1ペタワット(1000テラワット)くらいです。ペタは1000倍ですから。これはIT関係の電力使用量ですからデータセンターだけでなく、いろいろな通信に使う設備などを全部入れています。

 これが2030年だと、たぶん42ペタワットくらいになるのではないかと言われています。さらに、2050年には桁違いに使うのではないかと言われています。消費電力がIPトラフィックに単純に比例したらという前提ですが。

 実際は、こんなことは起こらないです。何故かというと、2016年が1.1ペタワットくらいだと言いましたが、実際に世界中で発電される量は2016年が25ペタワットくらいで、2023年度は29.7ペタワットくらいです。だから2030年の世界発電量は多分伸びて、おそらく40ペタワット位まで行くのかもしれません。それでも2030年には世界発電量の全てをITだけで使うということになり、そんなことはあり得ません。現在、全世界の発電量の中で、ITでの使用率はせいぜい数%くらいです。

 ただ、トラフィックは間違いなく伸びますし、データ量も圧倒的に伸びていきます。いまのは単純な試算値ですので、ITで全世界の発電量全てを使うなどということは起こらないですが、このくらいIT系、デジタル系で使う電力が増加していくということです。

 最近は、AIのデータセンターの電力使用量がものすごく多いと言われています。チャットGTP-4o(オムニ)は、公式な発表はありませんがパラメータ数が1兆を超えてきています。GTP3は1750億個のパラメータでしたが、そんなに時間がかからず人間の脳に匹敵する10兆、あるいはそれ以上なると思います。AIは大量のデータを学習させます。チャットGTPもそうですが、学習させるというのはNVIDIAなどの半導体を駆使し、大量のコンピュータパワーを必要とします。つまり、電力をものすごく必要とします。大体、原発1基分です。

 さきほど周牧之先生が、NVIDIAがなぜ急激にL字型で伸びたかと言いましたが、元々彼らはゲーム用の半導体メーカーです。ゲーム用の画面処理をするので、パラレルコンピュータ、パラレルプロセッシングできるように考案されたグラフィックプロセッサーです。GPU(Graphics Processing Unit)というのです。CPUと言わないです。ところが、AIが登場して爆発的に伸びてきたのです。AIの学習もかなり並列的な処理ですので、これが使えるということです。

 AIは膨大な電力を消費することがわかってきています。学習だけでなく、使うときもそうです。例えば、皆さんがGoogleで一つ検索を出すと大体0.3ワットくらいです。だがチャットGTPでやると10倍くらい、3ワットくらいかかるのです。

講演を行う岩本敏男氏

■ IOWNで究極のデータセンターGXを


 岩本:冒頭申し上げたように、世界中で、日本でもそうですが、DC(データセンター)の需要はものすごい勢いで増えてきています。世界中で要請があります。たぶんDCを次々と構築しても足りないくらいです。DCの構築には電力問題を解決していかなければいけない。電力会社からの必要電力の供給を保証してもらうことが重要です。

 結論、電気を使うからいけないのです。電気を使わなければいいのでは、というので、NTTグループが提唱しているのが「IOWN(アイオン)(Innovative Optical and Wireless Network)」計画です。つまり、光を使う。

 皆さん方も、通信に光が使われているのは、当たり前のように知っています。FTTH(ファイバー・ツー・ザ・ホーム)で、家までも光で入ってきています。光はそれほど電力は必要としません。でも昔は光で通信するとき、途中でルートを変更して中継するとき、一旦電気に落として、また電気から光というステップを踏みました。いま通信は中継なども含めて全部光で行います。

「IOWN(アイオン)(Innovative Optical and Wireless Network)」計画

 岩本:最近出たIOWNの1番目のステージは、もうすでにサービス開始しましたが、これは遅延も少なく、大変素晴らしいネットワークです。次のような実験しています。東京に指揮者がいて、大阪のオーケストラを振る。ここには音楽に詳しい人がいると思いますが、ちょっとした遅延があっても、音楽家は絶対だめです。ところが、IOWNを使うと、音楽家の敏感な耳ですら、違和感を覚えないほどの低遅延ですので、東京の指揮者が大阪のオーケストラを指揮することができるということです。  

 ここまでだったら、なんだ、通信の話か、ということになると思うのですが、従来の銅線を使った通信もそうですが、電気通信技術でした。それを光と電子を融合する技術、光電融合技術(フォトエレクトロニクス)を使うと、とんでもない良い事が出てくる、ということになります。

 IOWN計画は、さきほど申し上げたように大容量、低遅延、低消費電力などを実現するのですが、IOWN1.0、オールフォトニクスネットワークは、すでに動き出しています。これができると、データセンター同士をつないで、ディザスタリカバリをやるのでも、遅延問題がなかなか大変でしたが、問題なく解決できるようになります。

 遅延問題では金融取引所でも数十ミリ秒くらいの遅延ですら問題になっていました。だから取引所サーバーの横に、其々の証券会社のサーバーを置かしてもらって取引をすることが起こっています。

「IOWN(アイオン)(Innovative Optical and Wireless Network)」計画

 岩本:IOWN1.0でも凄いのですが、ステージは2.0、3.0、4.0と上がります。2.0はサーバーの中のボードとボードの間を光で結ぶ。これも出来るかもしれません。3.0はボードの中の半導体のチップのパッケージ同士を光で結びます。最後は、チップ中も光でやってしまう。つまり光半導体を作ることですが、技術的には出来る見込みです。ただ問題は、製造技術であるとか、品質のコントロールとか、コストとか、そこまで考えると私は実現までには2つ3つまだ課題があると思っています。

 ここまで行くとエネルギーは電気の100分の1になります。ということは、先ほどこんなことは絶対ありませんと言ったものの、100分の1なので、IT分野でのコンピュータパワーの大幅な伸びがあっても、電力はそれほど伸びないということになりますので、十分賄えるということになります。

 これは大きなイノベーションを起こすということです。周先生の先ほどの指摘とちょっと違うのは、大企業だってやれます。ベンチャー企業だけがやるのではありません。とくに日本の場合は、大企業はやります。日本製鐵ですら、水素還元を頑張ってやっています。まだ出来ていませんが、技術的には実現可能です。でも将来はコスト的にも実用化できるレベルに達すると思いますので、ぜひ頑張っていただきたいと思います。

「IOWN(アイオン)(Innovative Optical and Wireless Network)」計画

 周牧之(司会):大企業でもやれるというのは、岩本さんのような方がいるからこそやれるのです。こういうチャレンジャーのリーダーシップのもとで、大企業のリソースが十分使えるのです。

 岩本さんが言っているIOWNは、最先端の技術です。いまは世界的にAIブームです。AIブームはいま投資競争です。NVIDIAのチップを買って、ガンガン皆投資しています。何に投資しているかというと、データセンターです。これが「AI軍備」大競争です。

 アメリカはNVIDIAのチップすら中国に買わせないようにしているんです。この大競争の中で大問題が浮上していまして、エネルギー問題です。膨大な電力が必要とされます。かつデータセンターは熱をバンバン出して、冷やすのも大変です。これは計算していくと仕方がない程のエネルギー規模になっていきます。原子力復活論に繋がってきていまして、原子力ブームにまで繋がる大問題です。

 これを解決するには、岩本さんたちがいまやっているIOWNは、光技術を使いエネルギーはあまり消耗しない。究極のデーターセンターのGXです。

 これは人類の歴史をひっくり返すくらいのインパクトを持つビックイノベーションです。私はこれが実現できれば、実際マーケットに投入してうまくいけば、NTTはもう一回時価総額世界一のカンパニーになる。平成元年から30数年後に、もう一回世界一の時価総額カンパニーになるのは間違いない。何故かというと今、NVIDIAはいま時価総額で世界一です。IOWNがうまく出来たらNVIDIAがひっくり返される。NTTデータが世界一になります。期待しましょう。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2会場

民間ベースでの協力とルール作りを


 岩本:私自身、中国との歴史は30年ほど前に世界銀行の50億円くらいの融資を使い、中国人民銀行さんの決済システムのパイロット版を作ったことから始まりました。そして今日まで、100数十回ぐらい中国を訪問しています。今でも、中国には10カ所くらい拠点があり、4千人くらいの従業員がいますので、ついこの間も、北京、上海、無錫に行ってきました。来週、周先生もよくご存知の、今年で第20回目になる「東京―北京フォーラム」というフォーラムが東京で開催されます。今回、中国側からもかなりの大物の方々が来られて、20回目の大会ということもあるのでしょうけれど、色々なテーマで議論をします。私はそこではデジタル分科会で、AIのガバナンスについて、議論させていただくことになっています。 

 私の長年の中国との個人的なつきあいも含めて考えてみますと、このGXにおいても、基本的には双方のルールをお互いにどう認識し合うのかということだと思います。いろいろな政府同士の取り決めもあるでしょうが、ベースは民間だと思っています。民間ベースがいろいろなビジネスをする上で、必要なものは契約に書かれてくる訳ですが、さきほど言いましたようにサプライチェーンの問題もありますから、それなりに手を突っ込んだ議論をしなければならないところもあります。互いにこういうことをしようと言うルールをagreeすることが第一歩だと思います。

講演を行う岩本敏男氏

 岩本:ルールをagreeすることは、そのルールを互いに守っているよねということを認め合う、或いは、場合によっては、検証するようなことも必要になります。モニタリングといってもいいですが、こういった仕組みを、双方の政治体制が違うことも前提の上で、agree出来るかどうか。私はできると思います。

 それから、さっき小手川さんからも何回も出ているように、世界中で、今年は選挙の年で1月から毎月のように、インドネシアがあり、ロシアがあり、インドがあり、フランスがあり、イギリスがあり、今回のドイツもあり、他にもいくつもありますが、本当に選挙の年です。日本もありましたが。

 こういう世の中が大きく変わる年に、私は昔からこれをパラダイムシフトといっているのですが、凄い大きなパラダイムシフトの来る時代だからこそ、民間ベースのルールを作ってお互いに認め合って、それをモニタリングして検証していくという、こういうプロセスをお互いが尊重し合う。これが一番だなと思っています。私の今までの付き合いから見ても、充分、中国のさまざまな企業との間では出来ると思っています。


プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

 1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】周牧之:起業家精神でムーアの法則駆動時代GXを加速

周 牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論、未来に向けた提言をした。周牧之氏はセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」の司会を務めた。


周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」

■ ムーアの法則駆動時代


 周牧之:1965年、後のインテル創業者のひとりになったゴードン・ムーアが、半導体集積回路の集積率が18カ月間ごとに2倍になる、そしてその価格が半減すると予測をしました。これが所謂「ムーアの法則」です。

 ムーアの法則は、物理的な法則ではありません。一つの目標値に過ぎないです。しかしムーアの法則を信じ、多くの技術者出身の企業家が半導体産業に沢山投資し続けてきました。その結果、半導体はその後60年間今日まで、ほぼムーアの法則通りに進化しました。これまで無かった製品やサービス、産業が生まれました。既存の産業も大きな変化を余儀なくされました。

 私はこの間の人間社会を「ムーアの法則駆動時代」と定義しています。ムーアの法則駆動時代では、ハイテクをベースにしたイノベーションが社会発展の原動力となります。

ムーアの法則

■ ムーアの法則駆動産業が世界経済をリード


 周:「ムーアの法則駆動時代」で、世界の産業構造はがらっと変化しています。時代が昭和から平成に切り替わった1989年、当時の世界時価総額ランキングトップ10企業の中で日本企業は7社も占めていました。GICSという世界産業分類基準の中分類から見ると、これらトップ10企業は、「銀行」の中分類は日本興業銀行、住友銀行、富士銀行、第一勧業銀行、三菱銀行5社が入っています。「石油・ガス・消耗燃料」に、エクソン(Exxon)、シェル(Shell)の2社が入っています。「電気通信サービス」はNTTの1社。「公益事業」は東京電力の1社、「ソフトウェア・サービス」はIBMの1社が入っていました。この第6位のIBMが、当時トップ10企業の中で唯一のテックカンパニーでした。

 これに対して、35年後の2024年1月のデータでは、世界時価総額ランキングトップ10企業の構成は完全に塗り替えられました。テックカンパニーの存在感は一気に高まり、GICS産業中分類で見ると、首位のマイクロソフト(Microsoft)は「ソフトウェア・サービス」の中分類に分類され、第2位のアップル(Apple)は「テクノロジー・ハードウェア及び機器」です。第6位のエヌビディア(NVIDIA)が「半導体・半導体製造装置」です。この三つはいずれもGICSでは、「情報技術」という大分類に属しています。つまり、この3社は典型的な「ムーアの法則駆動産業」のリーディングカンパニーです。

世界時価総額ランキングトップ10企業(1989年・2024年)

 周:「メディア・娯楽」に中分類される第4位のアルファベット(Alphabet、グーグル)と第7位のメタ(Meta、旧Facebook)は歴然としたIT企業です。第5位のアマゾン(Amazon)は「一般消費財・サービス流通・小売」に中分類されていますが、ネット販売、データセンター、OTTのリーディングカンパニーです。第9位のテスラ(Tesla)は「自動車・自動車部品」に分類されていますが、この4つの企業は、すべて実は情報技術を使って既存産業の在り方を転換させたテックカンパニーです。なぜかというと、テスラは自動車メーカーというよりは自身をIT企業だと一生懸命アピールしています。実際もトップ級のIT企業です。つまりこの4社は、まさしくDXでこれら伝統的な産業を「ムーアの法則駆動産業」へと置き換えたリーディングカンパニーです。

 これらテックカンパニー7社の時価総額は、いま12兆ドルを超え、世界の時価総額合計の13%弱を占めています。これはどのくらいの規模かというと、東証の全ての企業の時価総額の合計の約2倍に相当します。

「Magnificent 7」時価総額

■ スタートアップテックカンパニーがパラダイムシフトの主役


 周:このテックカンパニー7社は圧倒的存在感から、アメリカでは「Magnificent 7」(マグニフィセント・セブン)と表現されています。注目すべきは、マグニフィセント・セブンがすべてスタートアップテックカンパニーだったことです。

 ムーアの法則のもとでの成功は、斬新な製品・サービス及びビジネスモデルを描く想像力が必要です。また、開発に膨大な時間とリソースが要るため、企業を起こし、自分でリスクを引き受けられるリーダーシップと、それを支えるチーム力が欠かせません。

 対する大企業は、日本だけでなく国を問わず、何故かムーアの法則駆動時代でのパフォーマンスが、精彩に欠けています。

 これは大企業が組織の性格上、リスクテイクが苦手であること、また個人をベースにした想像力、リーダーシップの発揮がしにくいからでしょう。

 スタートアップテックカンパニーは、リスキーで長いトンネルを抜けた後、ようやく成功にたどり着きます。マグニフィセント・セブンは全てに、いまこのエヌビディアの株価で見られるパターンがあります。長い間非常に低迷し、急に伸びてくる。これは、(成功に至るまでの株価曲線が)左側に倒れた“L”字に見えるため、私はこれを「L字型成長」と定義しています。

「NVIDIA」時価総額推移

 周:1989年の世界時価総額ランキングトップ10企業で、第6位のIBMは、当時は唯一のテックカンパニーでした。しかし当時IBMはすでに100歳に近い巨大な古参企業で、斬新な製品・サービス及びビジネスモデルにチャレンジできる体質を持っていませんでした。世界に君臨したIBMは沢山のチャンスを逃し、業績が低迷し、現在、世界時価総額ランキングで、第79位に後退しました。

 これに対し、マグニフィセント・セブンは鮮度が高い。創立順で見ると、マイクロソフトは1975年、アップルは1976年、エヌビディアは1993年、アマゾンは1994年、アルファベット1998年、テスラは2003年、一番若いメタが2004年です。7社の平均年齢は32歳です。特に創業者がCEOを務めるテスラ 、エヌビディア、メタの 3社は勢いがすさまじい。これら企業の鮮度の良さは、イノベイティブな体質を保つカギだと私は思います。

 日本、米国、中国3カ国それぞれの時価総額トップ100企業を最近私は比較分析しました。この分析で3カ国の企業の鮮度に大きな違いがあると判明しました。

 日本は、2024年の時価総額トップ100のうち1980年以降の創業は僅か5社。その中に岩本さんのNTTデータが入っています。しかし、21世紀創業の企業はゼロでした。大企業の官僚化で、リスクのある新規事業に消極的になりがちです。ですから結果、ムーアの法則駆動産業の発展が遅れ、日本は海外のテックカンパニーに支払うデジタル赤字が、2023年5.5兆円にまで膨らんだ。5年間で2倍増となりました。

 対照的に、米国トップ100企業のうち、1980年以降の創業は何と32社にのぼります。そのうち21世紀創業の企業は、8社もあります。これら鮮度の高いスタートアップカンパニーこそ、ムーアの法則駆動産業を牽引しています。

 中国はトップ100企業のうち1980年以降の創業は82社にも達しています。そのうち21世紀創業の企業は、4分の1の25社にものぼります。中国のトップ企業の鮮度の良さは極めて顕著です。創業者のリーダーシップでイノベーションや新規事業への取り組みが素早いです。

 つまり、今日の世界における企業発展のロジックは完全に変わりました。技術力と起業家精神に秀でたイノベーティブなスタートアップ企業が、世界経済パラダイムシフトを起こす主要な勢力となっています。

各国トップ100企業のうち、1980年以降及び2000年以降に創業した企業数

■ なぜ欧州では環境政策に逆風が


 小手川大助(パネリスト):私から、環境問題について若干、地政学的な観点から説明します。2024年11月9日にドイツの政権が破綻しました。理由は、財務大臣を務めていた自由民主党のリントナーが、環境予算の継続と、ウクライナに対する支援の継続の二つに最後まで反対したことで、ショルツ首相がその財務大臣を解任した。結果、ドイツ政府は瓦解し、2025年1月中旬に総選挙になりました。

 実はこの問題が生じる前に、ドイツでは2024年9月に3つの州で州選挙があった。そこでこれまで極右と言われていたドイツのための選択肢(AFD)と、その半年前に出来たばかりの新しい党で極左と言われるザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)という新しい政党BSWの、二つの党が大勝利しました。

 この極右・極左二つの政党に共通している政策があります。一つは、ウクライナの戦争反対、ドイツはウクライナに対して支援をするべきではない。もう一つは、行き過ぎた環境政策をすぐに止めるべきである。

 なぜかと言うと、この環境政策のために、実はドイツの主要企業の60%が海外へ行ってしまいました。それで、ドイツは、環境政策やウクライナ支援よりは、やはり経済であると大きく舵を切っていますので、これは非常に注目しなければいけないと思います。

 周:環境問題と国内産業の競争力を両立できるかどうかが鍵です。ヨーロッパもアメリカも、いまうまく両立できずに大変に揺れ動いています。

 中国では、EV(電気自動車)、そして自然エネルギー等々の環境関連産業がいま大ブレイクし、国際競争力がかなり身についた。むしろ、環境問題と国内産業の競争力が両立できるような形になりつつあります。

ディスカッションを行う小手川氏(右)と周牧之教授(左)

ビックイノベーションIOWNはゲームチェンジャーに


 岩本敏男(パネリスト):NTTグループが提唱している「IOWN(アイオン)」計画が、大容量、低遅延、低消費電力などを実現するのです。IOWN1.0、オールフォトニクスネットワークは、すでに動き出しています。ステージは2.0、3.0、4.0と上がります。2.0はサーバの中のボードとボードの間を光で結ぶ。3.0はボードの中の半導体のチップのパッケージ同士を光で結びます。最後は、チップそのものも光でやってしまう。つまり光半導体を作ることが、テクニカルには出来ています。

 IOWNプロジェクトが成功すれば、データセンターの電気消費は100分の1になります。周先生のご指摘とちょっと違うのは、大企業だってイノベーションをやれます。ベンチャー企業だけがやるのではありません。とくに日本の場合は、大企業はやります。日本製鐵ですら、水素還元を頑張ってやっています。まだ出来ていません。技術的には出来ています。でもコスト的にも出来ると思っているのでぜひ頑張っていただきたいと思います。

 周:大企業でもやれるというのは、岩本さんのような方がいるからこそやれるのです。こういうチャレンジャーのリーダーシップのもとで、大企業のリソースが十分使えるのです。岩本さんが言っているIOWNは、最先端の技術です。いまは世界的にAIブームです。AIブームはいま投資競争です。NVIDIAのチップを買って、ガンガン皆投資しています。何に投資しているかというと、データセンターです。これが「AI軍備」大競争です。

 アメリカはNVIDIAのチップすら中国に買わせないようにしているんです。この大競争の中で大問題が浮上していまして、エネルギー問題です。膨大なエネルギーが必要とされます。かつデータセンターは熱をバンバン出して、冷やすのも大変です。これは計算していくと仕方がない程のエネルギー規模になっていきます。原子力復活論に繋がってきていまして、原子力ブームまで繋がる大問題です。

 これを解決するには、岩本さんたちがいまやっているIOWNは、光技術を使いエネルギーはあまり消耗しない。究極のデーターセンターのGXです。

 これは人類の歴史をひっくり返すくらいのインパクトを持つビックイノベーションです。私はこれが実現できれば、実際マーケットに投入してうまくいけば、NTTはもう一回時価総額世界一のカンパニーになる。平成元年から30数年後に、もう一回世界一の時価総額カンパニーになるのは間違いない。何故かというと今、NVIDIAはいま時価総額で世界一です。IOWNがうまく出来たらNVIDIAがひっくり返される。NTTデータが世界一になります。期待しましょう。

ディスカッションを行う岩本敏男氏(左)と石見浩一氏(右)

■ ムーアの法則で水平分業加速


 周:2007年から2009年の間に、私はアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で客員教授をやっていました。その時、小手川さんはIMFの日本代表理事だったので、アメリカでも交流を重ねていたのですが、ちょうどその時、オバマが大統領選に出ていたんです。非常に面白かったです。オバマに使いきれない程の金が集まった。相手の共和党のマケインは、最後は金が底をついてコマーシャルが出せなくなった。一方、オバマは金を残してもしょうがないので、ばんばんと分単位でなく30分単位でコマーシャルを流していたんです。民主党政権の変質がひしひしと感じられた経験だった。

 近年、小手川大助さん、田中琢二さんとも、本学のゲスト講義で議論を重ねてきたのですが、やはりアメリカという世界の唯一の覇権国家のブレ、選挙によるブレの、世界に対する影響は極めて大きい。おそらく、中国の国内にいる皆さんが感じる以上に、世界に対する影響が非常に大きく、それがGXに如何に影響されてくるのか。おそらく周其仁先生の仰る通りに、我々は乾杯して飲むべきものは飲んでいくしかない。GXに関しては、我々はやれることからやるしかないと痛感しているところです。

 産業というのは、ムーアの法則駆動型になっていくと、実はその成長が大きく加速していくんです。さらに投資も巨大化し、世界市場とグローバル分業に依存せざるを得なくなってきます。つまり、ムーアの法則駆動産業は、グローバリゼーションを後押しします。

 私の分析では、ムーアの法則に沿った半導体の60年間の進化と世界の貨物商品輸出拡大との相関関係は一致しています。要するに、グローバリゼーションがいわばムーアの法則で急拡大しています。私はグローバリゼーションの本質は、ムーアの法則が駆動していると結論付けています。しかし今の話の中で出てきていますが、アメリカが中国に対するハイテク分野、そしてGX分野での貿易規制などを発動し、いま中国の電気自動車がアメリカになかなか入れない。太陽光パネルなどの輸出にもいろいろな制約をかけています。

 すなわちアメリカ自らグローバリゼーションに急ブレーキをかけています。世界の一番政治力を持っている国が、グローバリゼーションに急ブレーキをかけています。

 とはいえ、温暖化という地球規模の課題に、世界が一丸となって対処すべきなんです。

 石見浩一(パネリスト):エレコムブランドの93%は中国で作っています。私たちはファブレスメーカーです。ですので、私たちで開発、デザインをし、中国のメーカーと一緒になってモノを作る。その営業をエレコムが担うことで、日本の量販店や、B to Bの市場で売っている形です。

 エレコムでGXを推進するとき、私自身が一番重要だと思うのは「協働」です。グループ会社や、中国の製造会社と、どれくらい私たちの目的、やるべきこと、実際やることによって得られるものが協働できるか、そこがGXを進める上で一番重要な要素だと思います。

ムーアの法則駆動時代

■ 企業の成長にはリーダーシップと支援者が必要


 周:起業家精神とは、企業を興す起業家精神です。GX時代も、まさしく起業家精神の有る無しに、かかっています。

 このセッション登壇者の皆さまのNTTデータ、そしてエレコム、また中国科学院ホールディングス傘下のレノボ(Lenovo)は、すべて1980年代に創業したテック企業です。

 石見: きょうは学生さんが結構いらっしゃるので、起業家精神を私なりにまとめました。

 私自身が起業の時にすごく重要だと思ったのは、やはりビジョン、何になりたいのか。10年後20年後に何になりたいのか。それは何の目的のためにやっているのか。そして使命は何なのか。その企業の、要するにカルチャーも作る企業の将来の方向性なしでは、起業家精神が本当の形では生まれないです。

 さっき周牧之先生の文献も読ませていただいたのですが、「L字型の成長は、新しい製品やサービス及びビジネスモデルを開発し、そして既存の産業の再定義をする。それによってL字型の成長が生まれてくる」。これは要するに変わり続けることです。市場の動向、市場の状況、競合の動き、そういう部分でチェンジマネージメントをしない限り、優位性は出ない。ベンチャーはお金がないから、変わり続けたスピードで勝つしかないです。 

 周:石見さんは若い時に香港で最初のスタートアップ企業を自分で作ったんです。企業を創業した経験も、また普通の企業を巨大企業に育てた経験もおありです。さらに200社以上の企業の面倒を見ている。沢山のスタートアップ企業を育成しています。その気力もすごいなと思います。私はとても200社は頭に入らないと思います。日本のスタートアップがいまちょっと少ないという、ある意味で日本社会の大問題がある中、一番大事なのは彼のような存在です。スタートアップの面倒を見て、育てていく。本当に貴重な存在です。

 岩本さんも、大企業の社長はみんなが岩本さんのような方ではないので、日本においても世界においても貴重な存在です。

 私の隣の小手川さんも、貴重な存在です。財務省の高級官僚でした。財務省は、中国では財務部と国家発展改革委員会を足したような役所です。財務官僚時代に産業再生機構を作り、バブル以降問題となっていた大企業、ダイエーなど40社を再生させた実績があります。退官された後も、中国の日本に進出している企業を含め沢山の企業の面倒を見てこられた。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2会場

■ 交渉好きのトランプとどう付き合う?


 小手川:トランプは商売人です。戦争が大嫌いです。オバマやバイデンと違い、人権、民主主義、それからLGBTQなどへのドグマはありません。とにかく商売が好きで、しかも彼は自分の経験から一対一での交渉が大好きです。マルチの交渉、マルチの機関、IMFや世界銀行は大嫌いです。

 従って彼はとにかく一対一の交渉の場に出れば、自分が絶対に勝てると思っていますので、とにかく彼にとっては、どう相手を交渉の席に引っ張り出すかが最大の課題になります。

 そのため彼は物凄く高いボールを投げます。ところが実際に交渉の席につきますと、非常に話のわかる人に変わってしまい、とにかくディールをしたいというふうになってきます。

 周:トランプが交渉好きということは、中国の皆さんもよくその話を議論していまして、実は中国人ほど交渉好きな民族もあまりないです。市場のおばあちゃまからビックカンパニーの社長たちまで、政治家まで、みんな交渉が大好きです。問題は、交渉の相手が信用できるかどうか。交渉した後は信用できないで、また全部違う話になってくると、これは信用できません。信用出来ない人間とは交渉してもしょうがありません。

 小手川:さっきのセッションで、徐林先生がおっしゃったことで、アメリカは、最後は物凄く利己的になります。例えば、いまウクライナの関係で(ロシアに)経済制裁をやっているのですが、経済制裁にもかかわらずアメリカはずっとロシアから輸入しているものが三つあります。一つはウラニウムの鉱石、二つ目はディーゼルオイル、三つ目は化学肥料の原料になるケイ酸というやつです。とにかくアメリカは常に自分中心ですので、ルールとかはあまり考えない方がいいと思います。

周 牧之 東京経済大学教授

■ 日中、交流進化が問題を解決


 周:アメリカは、ユーラシア大陸から見ると「島国」なんです。彼らの対ユーラシア政策は、島国、といっても日本ではなくイギリスという島国の伝統的な考え方、戦略でやっています。

 日中関係もアメリカの影響をかなり受けます。GXもアメリカの影響をかなり受けます。我々はやはり周其仁先生がきょうおっしゃっていたように、やるべきことをやっていくしかないです。

 私は日中関係を非常に楽観的に見ています。今回のシンポジウムに、中国から70名くらいの企業家、政府関係者、学者が来ています。泊まるところが大変でした。ホテルニューオータニに数十名入れるというのはとんでもなく予約が取れない。最後は中国大使館の力を借りて、ようやくニューオータニに無事泊まることができました。

 何故かと言うといま日本には沢山の中国の皆さんが来ています。おそらく今年は1,000万人を超えるでしょう。日本と中国の人と人との交流を重ねていくと、まったく話が違ってきます。3,000万人になった場合、5,000万人になった場合、これはかなり近い将来の話です。

 5,000万人の中国の皆さんが毎年日本を訪ねてきた時に、日中関係のいままで我々が憂鬱になっていた話は、全部ふっとんでしまうと私は信じています。

 きょうは素晴らしいパネリストとコメンテーターに恵まれ、イノベーションや企業家精神、そして国際協力に至るたいへん示唆に富んだ話をしていただきました。

 GXに取り組む若い世代、あるいはこれからのグローバリゼーションに取り組む若い世代には、大変参考になります。


プロフィール

周 牧之(しゅう ぼくし)
東京経済大学教授

 1963年生まれ。(財)日本開発構想研究所研究員、(財)国際開発センター主任研究員、東京経済大学助教授を経て、2007年より現職。財務省財務総合政策研究所客員研究員、ハーバード大学客員研究員、マサチューセッツ工科大学(MIT)客員教授、中国科学院特任教授を歴任。〔中国〕対外経済貿易大学客員教授、(一財)日本環境衛生センター客員研究員を兼任。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】小手川大助:激動の世界を見つめたGXを

小手川 大助 IMF元日本代表理事

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。小手川大助氏はセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」のコメンテーターを務めた。


周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」

周牧之(司会):このセッションの登壇者三人(岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事)には共通の特徴が一つあります。それは、御三方がいずれも日本のグローバル化を推し進める旗手であるということです。国際人であるだけでなく、それぞれの企業グループのグローバル化を、猛烈に推し進めてきた方々です。

■ 環境対策と産業競争力の両立が鍵


小手川大助:私の方から、環境問題について若干、地政学的な観点から説明申し上げます。先ほど話に出た2024年11月8日がアメリカ大統領選挙でしたが、それと同じくらい重要だったのが、2024年11月9日にドイツの政権が破綻したことでした。理由は、財務大臣を務めていた自由民主党党首のリントナーが、環境予算の継続と、ウクライナに対する支援の継続の二つに最後まで反対したため、ショルツ首相がその財務大臣を解任したからです。

 その結果、ドイツ政府は瓦解し、2025年1月中旬に総選挙になりました。実はこの問題が生じる前に、ドイツでは2024年9月に3つの州で州選挙があった。そこでこれまで極右と言われていたドイツのための選択肢(AFD)と、半年前に出来たばかりの新しい党で極左と言われているザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)という、女性が作った新しい政党BSWの、二つの党が大勝利しました。そして、三つの州全てで。緑の党と自由民主党の議席がゼロになりました。

 いま言いました極右・極左の二つの政党に共通している政策があります。一つは、ウクライナ戦争反対、ドイツはウクライナに対して支援をするべきではないということ。もう一つは、行き過ぎた環境政策をすぐに止めるべきである、という二つでした。

 なぜかと言うと、この環境政策のために、ドイツの主要企業の60%が海外へ行ってしまったからです。先週ドイツの有名企業フォルクスワーゲンが中国の工場を閉めると発表しましたが、いよいよ今晩のうちに合意をしなければ、明日からフォルクスワーゲンの組合はストライキに入ります。

 そういうことで、ドイツは、環境政策やウクライナ支援より経済重視に大きく舵を切ってきていますので、これは非常に注目しなければいけないと思います。

 ちなみに2025年1月に総選挙があったらどうなるか。予想ですが、もともと政権を持っていたキリスト教社会民主同盟(CDU)はおそらく第一党で残るだろう。一方で、緑の党と自由民主党はほぼ議席はゼロになると言われています。それに代わってドイツのための選択肢(AFD)がおそらく社会民主党を抜いて第二党になる。それから新しい政党であるBSWも、下手をすると社会民主党を抜くかもしれないと言われています。

 まず、ヨーロッパの環境政策の一つの中心であるドイツが、大きく変わっていきそうだということになります。

周:環境問題と国内産業の競争力を両立できるかどうかが鍵です。ヨーロッパもアメリカも、いまうまく両立できずに大変に揺れ動いています。

 一方、中国ではEV(電気自動車)、そして自然エネルギー等々の環境関連産業がいま大発展し国際競争力がかなり身についた。むしろ、環境問題と国内産業の競争力が両立できるような形になりつつあります。

北京市内を走るEVタクシー

■ 大口献金者から見えるトランプ政権の政策志向


小手川:第1ラウンドでヨーロッパの中心であるドイツの話をしましたので、第2ラウンドでは当然ながら、アメリカの話しになります。2024年11月8日、私どもが思っていた通り、圧倒的にトランプが勝ちました。

 実は、2016年の時も、私とフジテレビの木村太郎さんの二人だけが当時トランプが勝つと言っていました。日本に比べると、アメリカの選挙は物凄くお金がかかります。前回2020年の大統領選挙、上院議員選挙、下院議員選挙で使われたお金は2兆2000億円です。

 これは、日本でキックバックの問題になっている安倍派が使ったとされるお金が5年間で5億円というのと比較すると、アメリカの選挙資金の莫大さがお分かりになると思います。

 アメリカの場合、政治活動委員会「PAC」ポリティカル・アクション・コミッティがあり、PACは、どのような趣旨のお金がどう使われたかを、一応全部発表しています。

 しかも、PACはどんな団体がお金を入れてきたかも発表します。ところが、いまアメリカで何が行われているかというと、PACにお金を入れる団体が、殆ど免税団体になっています。いわゆるNPOです。NPOにどういう人たちがお金を出しているかは全く匿名です。大口の献金者等の名前は全然出てこない。

シンポジウム当日の東京経済大学キャンパス

小手川:2020年のときと比較すると、バイデンの献金者はほとんどが大口です。軍事産業とウォール街の銀行で、面白いのは、2020年の時から、トランプの献金者はほとんどが小口です。献金者の数が多いのです。今回もその傾向は基本的には変わっておりません。ところが、その中にひとりだけ大口献金者がいました。これは有名なテスラのイーロン・マスクではなく、日本では全然名前が知られていない石油関係の方で、中東と非常に良い関係があった方です。

 いますでに交渉が水面化で始まっていまして、2025年1月20日にトランプが大統領に就任したら、現在ロシアが占領している地域と、ウクライナとの間にいわゆる朝鮮半島形式で約5キロメートルの緩衝地帯を置き、そこにPKO(平和維持軍)を入れる。いま交渉しているのは、PKOを誰にするかという話と、それからウクライナが将来も含めてNATOに入るか入らないか、そこのところの文言を水面化で交渉している状況です。

 ウクライナとの停戦が行われると、何が起こるかというと、いま経済制裁の関係で、一般のマーケットに出てきていないロシアの石油天然ガスがどんどん出てきます。

 従って、基本的に一般のマーケットでは石油価格が下がります。そうすると困るのが、いま言ったような中東の国です。しかも今度の政権のエネルギー長官の第一候補は、アメリカのシェール産業の一番のリーダーです。当然、シェール産業の生産も増えます。そうすると石油の供給量が世界的に増えますから、ほっておけば当然価格は下がっていきます。

 それでは最大の献金者も困るだろということで、政府の唯一の方法は消費を増やすことです。アメリカの国内の石油の消費は相当に増えると思います。

 その延長線上に、アメリカがパリ協定から脱退する話が決められてくるので、そこがこれから非常に注目に値するところではあるとは思います。

ディスカッションを行う小手川氏(右)と周牧之教授(左)

 周:2007年から2009年の間に、私はアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で客員教授をやっていました。当時、IMF日本代表理事をお務めだった小手川さんと、アメリカでも交流を重ねていたのですが、ちょうどその時、アメリカではオバマが大統領選に出ていて非常に面白い現象が起こった。オバマに使いきれない程の金が集まった。

 相手の共和党のマケインは、最後は金が底をついてコマーシャルが出せなくなった。一方のオバマはコマーシャルを分単位でなく30分単位でバンバン流していました。民主党政権の変質がひしひしと感じられた経験でした。

 小手川さんとは、ここ数年、本学のゲスト講義で議論を重ねてきたのですが、やはりアメリカという世界の唯一の覇権国家のブレ、選挙によるブレの、世界に対する影響は極めて大きいと痛感しています。このブレはおそらく、中国国内にいる皆さんが感じる以上に、世界的な影響が非常に大きい。それがGXにどう影響されてくるのか?

 周其仁先生の仰る通り、我々は飲むべきものを乾杯して飲んでいくしかない。GXに関しては、我々はやれることからやるしかないと痛感しているところです。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2会場

トランプ氏は個人的な交渉や取引を重視


 小手川:やはり日中は、地理的にも近いですし、経済的な関係も非常に深いので、当然今後仲良くやっていく必要があります。が、残念ながら日本の後ろには怖い怖い姑さんがいます。姑さんは、日本は自分の最大の同盟国とは言っているのですが、なかなか難しい人ですから、どうしてもこの姑さんがどういうことを考えているのかを、しっかり捉えていくことが重要だと思います。

 そんな観点からいうと、トランプさんは商売人です。戦争が大嫌いです。オバマやバイデンと違い、人権、民主主義、それからLGBTQなどへのドグマはありません。とにかく商売が好きで、しかも彼は自分の経験から一対一での交渉が大好きです。マルチの交渉、マルチの機関、IMFや世界銀行は大嫌いです。

 従って彼はとにかく一対一の交渉の場に出れば、自分が絶対に勝てると思っていますので、とにかく彼にとっては、どうやって相手を交渉の席に引っ張り出すかが最大の課題になります。

 そのため彼は物凄く高いボールを投げます。ところが実際に交渉の席につきますと、非常に話のわかる人に変わってしまい、とにかくディールをしたいというふうになってきます。

 トランプはニューヨークのちょっと東のクイーンズ地区の出身です。クィーンズ出身の人のことをニューヨークの人たちはどう言っているかというと、「Don’t listen to him」彼が言うことには耳を傾けるな。「Watch what he does」彼が何をするかを見ておけ、です。

 要するにトランプが色々な事を言っても全然気にする必要はない。実際彼が何をやってくるかが一番重要です。

 もう一つ付け加えますと、私も1980年代から90年代にかけて、アメリカを相手とした二国間交渉を嫌というほどやりました。相手は米財務省やUSTRで、当時のUSTRは、大体75名くらいいました。

 ところが2016年にトランプ大統領になり、ライトハイザー等がやってきて交渉に入ったのですが、その当時のUSTRは、なんと25名しかいませんでした。それで、どうなるかと言いますと、日本の外務省が作った合意案文を全部ほぼ丸呑みで、少しだけ変えてくるのですが、充分検討するような人間もいないようで非常に簡単に交渉がまとまりました。当時の外務省の人たちは万々歳だったことだけちょっと申し上げたいと思います。

講演を行う小手川氏

 周:トランプの交渉好きについては、中国の皆さんもよく議論しています。実は中国人ほど交渉好きな民族もあまりないです。市場のおばあちゃまからビックカンパニーの社長、そして政治家まで、中国人はみんな交渉が大好きです。問題は、交渉の相手が信用できるかどうかです。交渉した後、交渉とは全部違う話になってくると、これは信用できません。信用出来ない人間とは交渉してもしょうがありません。

 小手川:最後にひとこと。先ほどのセッションで徐林先生がおっしゃったことに関係しますが、アメリカは、最後は物凄く利己的になります。例えば、いまウクライナの関係で(ロシアに)経済制裁をやっているのですが、経済制裁にもかかわらずアメリカはずっとロシアから輸入しているものが三つあります。一つはウラニウムの鉱石、二つ目はディーゼルオイル、三つ目は化学肥料の原料になるケイ素です。とにかくアメリカは常に自分中心ですので、ルールとかはあまり考えない方がいいと思います。

 周:アメリカは、ユーラシア大陸から見ると「島国」なんです、彼らの対ユーラシア政策も、イギリスという島国の伝統的な考え方、戦略でやっています。日中関係もアメリカの影響をかなり受けます。GXもアメリカの影響をかなり受けます。やはり周其仁先生がきょうおっしゃっていたように、我々はやるべきことをやっていくしかありません。


プロフィール

小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事 

 1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
 1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
 IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
 1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】石見浩一:アジアのバリューチェーンでGXを推進

石見 浩一  エレコム社長、トランス・コスモス元共同社長

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。石見浩一氏はセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」のパネリストを務めた。


周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」

■ THINK ECOLOGYでGXを


 石見浩一:周牧之教授の文献を読ませていただいて、実際1979年までの世界CO2排出量が、現在の蓄積の約54%に相当し、1980年から99年の増加分は現在の蓄積の15.3%、2000年から2019年までの20年間の増加分は現在の蓄積の30.7%を占め、もう世界は至急の状態になっていることが分かります。また中井徳太郎さんによると0.03%くらいが産業革命時の全大気の中のCO2量だったのが、今もう0.04%を超え、(CO2濃度)400ppmを超えて急激に進んでいるとのことです。実際GXの取り組みはマクロの部分では大勢の方が話していただいたので、私は1100億円くらいの企業のトップですから、そういう企業がこうしたことを積み重ねないとより良くならないのではないかという、何かヒントになるような話が出来たらと思います。

図 世界におけるCO2排出量拡大の推移

 石見:私の簡単な自己紹介から入らせていただきます。私自身は味の素とトランス・コスモスとエレコムの3社に在籍し、新しい事業の創造や海外事業の発展、経営に携わってきました。実質156カ国にビジネスとして訪問しその市場を見、事業を作ってきました。CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)や関係会社の経営や取締役を200社近くさせていただき、いろいろな形で上場企業も含め経営を見てきた経験があります。よりGXのグローバル化への取り組みは重要だと身をもって感じます。

 エレコムは、創業38年周年目に入り、葉田順治という創業者と共に経営を一緒にしています。エレコム自身はPC、モバイルなどの製品を開発、発売し、BtoCからBtoBへ事業拡大し、今はグローバル事業への発展を取り組んでいる企業です。最近、調理家電やペット家電、ドライヤーなど通電系の事業も広がりを見せ始めています。

 エレコムブランドの70%以上は中国で製造しています。私たちはファブレスメーカーですので、私たちが開発、デザインをし、中国のメーカーと一緒になってモノを製造する。そして販売、営業をエレコムが担うことで、日本の量販店、B to B市場へ販売しているという事業プロセスです。

 

 石見:エレコムの企業の目的である「Better Being」とその取り組みとしてここで書いています。ポイントでは、製品開発、調達面はエレコムが担い、よりお客様にご満足いただける製品やソリューションを提供する。中国も含めたサプライチェーンを一緒にきちんと実行することにより、より価値の高い製品やコスト効率の良い製品を生産する。そしてそれらの製品を日本のみならずこれからグローバル市場という成長の高い市場に提供していきたい。海外市場販売はまだ全体の3%の売上です。次の5年間でグローバル市場を20%まで持っていきたいと考えています。事業の根幹である従業員、「人」が一番重要だという経営感を私は持っています。Better beingをパーポスにし、これからもより良い製品、より良いアクションを続けていきたいと思っています。

 エレコムグループが最初にGX活動らしく進めていることの一つに、森を再生することです。これは結構時間がかかります。2009年と2012年に海辺と山に対して、再度森林を再生の取組を実施しています。10年、15年単位で森を、防風林を、再生していく。これを実際進めることによって、他の場所にも広げられるパターンを作りつつあり、各自治体とも話をし、エレコム自身のノウハウとして今後も進めていきたいとと考えています。

 また、棚田100選に選ばれた丸山千枚田という景観を維持、広げる活動も実施しています。この棚田は熊野にあります。実際自治体へ寄付する中でこの素晴らしい景観をより早く、継続的に再生していきたいと感じ取り組んでいます。実際行っているときに知見のある方が言われていたのは、棚田を守ることだけが答えではない。棚田と上流にある山、森が繋がっているのでその森、山からどの様に水が下りてきて、棚田と連携しているかの循環を見据えて設計しないといけない。森の適宜伐採も含め進めていかないと丸山棚田がきちんと管理出来ていることにならないと指導を受けました。森からつながって、田んぼがあり、結果としてお米ができるという点を私自身が認識しました。

 

 石見:現在のエレコムがGXの主流が、CO2排出を吸収できる取組、森をつくる、棚田を再生する活動を中心に進めています。今後さらにサステイナビリティを考える上で、強力に実現していけないと考えていることが、(エレコムグループGX活動)2と3です。

 2と3は実際私たちが再生エネルギーを使って、モノを作っていく。日本にも松本と伊那に工場があり、湘南国際村に研修所があるので、そこは太陽光の発電パネルを中国から仕入れ、そこで再生エネルギーを使って動く取組を進めています。

 また石油由来のプラスチックをなるべく減らしたいということから、2021年に、「THINK ECOLOGY」というブランドをエレコムとして作りました。そのTHINK ECOLOGYが付く製品をより多く出していこうということを、凄く今考えてやっています。例えば、ケーブルですが、このケーブルは土に還ります。とうもろこし由来のプラスチック再生を使っています。ただ、こういう製品にかかるコストが1.3倍から1.4倍くらいになるので、製品の意味を伝えて高く製品を販売できる消費者を作るとか経済的な形をどう作っていくかが、大きな課題だと思います。

 「THINK ECOLOGY」ブランドで、パッケージやプラスチックの再生や、マニュアルのWeb化を、2021年と比して、10%、20%落とした製品であればこのマークを付けて良いと決めて、いま全型番の52%まで来ています。これが100%になっていくことを目指し、そして従来より今プラスチック74トン分くらいは効率化で使わなくなってきていますので、そうしたことを迅速に実行していくことが企業として大切に考え、動いてる最中です。

周牧之(司会):ありがとうございます。このセッションの登壇者三人(岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事)には共通の特徴が一つあります。それは、御三方がいずれも日本のグローバル化を推し進める旗手であるということです。国際人であるだけでなく、それぞれの企業グループのグローバル化を、猛烈に推し進めてきた方々です。

起業家精神の極意


 周:今日の世界における企業発展のロジックは完全に変わりました。技術力と起業家精神に秀でたイノベーティブなスタートアップ企業が、世界経済パラダイムシフトを起こす主要な勢力となっています。

 ここでいう起業家精神とは、企業を興す起業家精神です。GX時代も、まさしく起業家精神の有る無しに、かかっています。

 NTTデータ、そしてエレコム、また中国科学院ホールディングス傘下のレノボ(Lenovo)は、すべて1980年代に創業したテック企業です。

 石見:いま岩本敏男さんがおっしゃっていたScope1と2、これは自社内なので、ある程度出来ます。どうしてかというと私たちがルールを決めて、私たちが測って、私たちが課題に対して対応策を取れるからです。

 一番重要なのは、PPTの右側の小さいものですが、(CO2)90%はメーカー、中国、台湾、ベトナムのメーカーで出てきます。ですから、この90%のScope3に手を付けないと、結局ファブレスのようなメーカーは最終的な答えが充分出ないです。そこをどういうやり方、どういう取組、ルール化を進めていくかは将にこれからが重要だと思って進めていきます。

 ですので、メーカーを選ぶ時に、原料から全部指定して対応するとか、製造工程をきちんと見させていただいてから動くなど、私たちは深圳の福田区にR&Dセンターを作りました。そこからきちんと中国メーカーと共にScope3に対応を進めていきたいと思っています。

 石見:きょうは学生さんが結構いらっしゃるので、起業家精神を私なりに、全部英語で書きました。私が経営を携わり200以上の企業と関わる中で、重要なことを記しました。前職のトランスコスモスでは、中国にもメンバーが7000人くらいいましたから、投資をした様々な企業の方々にもお会いし、中国でも上場企業の社外取締役を勤めました。

 当時日本で最短で一部上場までいったマクロミルという会社が、2003年から従業員が数10人ぐらいだった時から社外取締役をやり、その経営のプロセスをみてきました。当時どういうことが起きていたかを考えた時に、Entrepreneurship、起業家精神は、どういうことかとで、最初に僕が浮かんだのは、経営は実行であるということです。Discipline of Getting things done、実行ができなかったら経営ではない。ここが私の中では一番重要なポイントです。

 実行をするためにどうするのかを、起業家精神の中では考え続けることが重要です。

 これは左と右に分けています。左は、計画策定など考えること、起業をするときに、企業を大きくするときに考えること、プランニングするところです。もちろん市場調査、戦略戦術を練るところもあります。

 私自身が起業の時に重要だと思ったのは、ビジョン、何になりたいのか。10年後20年後に何になりたいのか。何の目的のためにやっているのか。そして使命は何なのかです。その企業の、カルチャーも作る企業としての将来の方向性なしでは、起業家の精神が本当の形では生まれない。そればかり話していたのが、マクロミルを始め重要な成功しているベンチャー企業の経営陣でした。

 石見:その部分があってStrategy、タクティクス(戦術)があり、そして、なおかつ市場は動き、テクノロジーも動きますから、そこを考えていくところが計画です。

 それにも増して一番重要なのは右側です。Executionです。これは実行力、実行あるのみという部分で、先ず浮かぶ四つの言葉は、リーダーシップです。

 中国の企業家でもあった、中国のマイクロソフト代表と会い、マイクロソフトと上海最大ベンチャーキャピタルと一緒になってウィクルソフトとJV会社を作り、その後そのCSサポートを実施するJVを作った会社を買い取り、その後大きくなり5000人を超える会社になったとき、彼らの優秀さと、彼らの権限移譲されたディシジョンの速さに、リーダーシップの強さ、その場で決める力は、日本の企業を凌駕していることを感じました。そこがEntrepreneurshipの中で重要なポイントです。

 あとは、ベンチャーをスタートして3年5年のときに、さっき周先生の文献も読ませていただいたのですが、L字型の成長は、新しい製品やサービス及びビジネスモデルを開発し、既存の産業の再定義をすることで生まれてくる。

 要するに変わり続けることです。市場の動向、市場の状況、競合の動きのところでチェンジマネージメントをしない限り、優位性は出ない。ベンチャーはお金がないから、変わり続けたスピードで勝つしかないです。

シンポジウム当日の東京経済大学キャンパス

 石見:チェンジマネージメントのスピードをやりながら、どうビジネスのスケールをアップしていくか。この市場に入るとこのスケールがある程度取れるから、インターネット市場調査をやって大手企業に食い込んでいこうか等、スケーリングを大きくするためにすることが次の成長を考える上で重要です。

 チャレンジと変革、そしてもう一つ、レジリエンスをやっていても、事業というのは失敗します。ときに転びます。転びながらも復活力、回復力で強い意志を持ち続け、次のステップにいく。それはリーダーシップの重要な取組の一つでもあります。

 エレコムでGXを推進するところで、私自身が一番重要だと思うのは「協働」です。GXを実現するには意味があるわけで、グループ会社や中国の製造会社と、どれくらい私たちの目的、やるべきこと、実際やることによって得られるものが協働できるか。そこがGXを進める上で、一番重要な要素だと心から思っています。この協働がきちんとすべてのScopeで対応できていくことが重要だと思います。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2会場

 石見:政府のレギュレーション、政府の助成金、政府の考えている項目は、企業にとっては重要です。そこにきちんとキャッチアップし対応していく。あとはビジネスの機会への発想、ビジネスの機会があるから、このGXを進めていく、また、CSRやコストの効率化で持ち続けること。そして経済との新しい価値の連動、エレコムの中ではGPIFもそうですし、再生材のコストでより高い価値の製品を作ることもそうです。

 そうした発想を、経済と新しい価値の創造をしていかないと、なかなか価格の転換はできないので、この三つの協働、ビジネスの機会への発想転換と行動、そして経済との新しい価値創造を視点に、私自身がGXをより進めていきたいと思います。

パネリストの岩本敏男氏、石見浩一氏

日中協力でアジアのバリューチェーンを


 周:最後に、GXそして二酸化炭素削減に向けて、日中の協力の可能性についてお話ください。

 石見:中国は、私たちのビジネスには欠かせないので、逆に言うと、どう一緒にやらせていただくのかが一番重要なイシューです。

 前述の通り、90%近い製造を中国のメーカーさんに担ってもらっている。深圳に私たちは新しくR&Dセンターを作り、いまどんどん中国との取引、ビジネスも広がっています。そこで多くの製品の品質を検証する。そしてその製品を持って日本市場、もしくはアセアン市場、その他の市場、米国市場に持っていく形もあります。

 これは笑い話ですが、脱中国だということで中国メーカーではないところに形を作ろうと言っても、中国の技術は圧倒的なので、アセアン、ベトナムやフィリピンへ行っても、中国メーカーがそこで製造している、そういう状況がほとんどです。

 石見:ですから逆に、どう一緒に世界の市場を開拓していくか、そして(世界の)GDP も大体60%くらいはアジア、インドを含むところから今後出てきますから、アジアの市場は、やはり中国と共に、より形を作っていく。グローバリゼーションは、いろいろな事が起きても最終的には続くと私は思っています。

 ですから、其の時に、アジアで、中国と日本、日本と中国で、どうバリューチェーンを作り、そして実際アジアの市場で戦っていくのか。グローバル市場で戦っていくのか。そこを模索し続けること。いろんなことは起きても、模索し続けることが結果としてGXの取り組みを協働することが重要です。

 再生可能エネルギーやエネルギーの使用量減はすぐできますし、いまも太陽光パネルは中国から調達し進めています。蓄電も、リチウムも圧倒的です。2月に私たちも中国の技術を使ってナトリウム電池を初めて発売しますが、リチウムとナトリウムの電池を中国で開発し、アジアで販売を強化していく。

 最終的にはグローバル化につながって、私たちはよりアジアの市場できちんとプレゼンスを残していきたいと考えています。

 エレコムのパーポスは、「Better being」です。より良き製品、より良きサービス、より良き会社、より良き社会を一緒になって作っていきます。


プロフィール

石見 浩一(いわみ こういち)

1967年生まれ。92年イリノイ大学院 修了、93年4月味の素入社。2001年3月トランスコスモス入社、02年6月同社取締役、03年6月同社常務取締役、05年6月同社専務取締役、06年6月同社取締役副社長、20年6月同社代表取締役副社長、22年6月同社代表取締役共同社長、23年4月同社顧問(現任)。23年7月エレコム副社長執行役員(現任)、24年1月ELECOM KOREA CO.,LTD. 代表理事(現任)、ELECOM SINGAPORE PTE.LTD. Managing Director(現任)、ELECOM SALES HONGKONG LIMITED. Director(現任)、ELECOM(深せん)商貿有限公司 董事(現任)、24年2月groxi代表取締役社長(現任)。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【対談】岸本吉生 Vs 周牧之(Ⅵ):グローバリゼーション下の格差拡大には平等思想が大切

講義を行う岸本吉生氏

■ 編集ノート:

 岸本吉生氏は経済産業省の官僚として長年第一線で日本の産業政策、国際交渉を担ってきた。退官後はものづくり生命文明機構常任幹事として輪島塗、播州織など日本のモノづくり文化の継承と発展に力を注いでいる。

 東京経済大学の周牧之教授の教室では、2025年5月23日、岸本吉生氏を迎え、トランプ関税発動後の国際社会への影響と行方について、また現代日本の社会、文化の様相についてお話しいただいた。

※前半はこちらから


ニヒリズムが蔓延


岸本:『西洋の敗北』の著者エマニュエル・トッド氏の専門は人口と歴史だ。人口数が違えば国の政策は違う。若い人がたくさんいれば未来への希望が溢れる。高齢者が多く若い人が少なければ若い人の負担は大きい。ある国の人口構成がその国の国際政治にどんな影響を与えるかが著者のライフワークだ。

 ウクライナとロシアの戦争後に出したトッド氏の『西洋の敗北』を読むとニヒリズムに注目している。周先生が大学生の頃、中国にニヒリズムはあったか?

周:私が大学生だった時は中国の改革開放直後だったので社会は高揚感に包まれていた。頑張れば夢をつかめられる時代だった。しかし40年後の今はニヒリズムが社会的な現象になっているようだ。「躺平」つまり何もしないという言葉が若い人の間で流行っている。

岸本:私が大学生の頃はニヒリズムがあった。ニヒリズムとは「どうせ俺なんて」ということだ。将来どんな希望があるかを言わない。思っても言わない。「私たちはどうせダメだ。こんな社会で頑張っても無駄だ」と斜に構えた感じだ。とくに2000年前後の日本にはニヒリズムが強かった。

 ニヒリズムが台頭すると他人は他人、私は私になる。前を歩く人が大事なキーホルダーを落としても声もかけない。

 トッド氏が指摘するニヒリズムの要因は高学歴だ。大学に行く人が増えるとニヒリズムが出てくる。大学が好きではない人もいる。大学を出てどうなるという悲観的な思いもある。就職氷河期の世代は、せっかく大学まで卒業したのに報われない結果になった人が百万人以上生まれてしまった。

周:努力しても報われないことが大きい。長期的な不景気や階層の固定化などがニヒリズムをもたらす。

エマニュエル・トッド『西洋の敗北』

格差社会になる中で日本の社会システムはなお健全


周:ニヒリズムは格差社会になってきたことに起因している。40年前のNHKの調査で、日本では98%の人が自分は中流だと答えた。1億総中流社会だ。アメリカも1970〜80年代は大半が中流社会だと思っていた。いま日本は格差社会になりつつあるがアメリカほどではない。

 アメリカでは今まで共和党の支持層ではなかった人がトランプ氏を支持している。本来、労働組合に組織されていた労働者が、民主党から離れ共和党支持になるねじれ現象が起きている。グローバリゼーションが進み、もたらされた分裂と格差が激しくなっている。

 さらに深刻な問題は、アメリカの場合、階層社会の底辺にいる人々の生活基盤が崩壊している。バンス副大統領が自身の前半生を描いた小説『ヒルビリー・エレジー』がこの崩壊現象をリアルに描いている。これが今アメリカ社会における政治分裂を引き起こす最大のパワーとなっている。

 日本はそこまで行っていない。東京経済大学はもともと左派的な学校だった。マルクス経済学の一大牙城のような大学とのイメージを持たれていた。私がこの大学に初めて来た時には、マル経の大物教授が沢山いた。

 国際的に見て、日本の社会システムはかなり左派的な社会思想が浸透し、それがアメリカとの違いをもたらしている。この30年、日本は格差がある程度広まったが生活基盤が崩壊する階層がまだそれほど表面化していない。世界的に見ると、グローバリゼーションで富の作り方が更に効率的になったが、分配の仕方がまだよく出来ていない。

 日本は社会のあり方が、アメリカと比べると断然うまくいっている。戦後の日本の社会システムを作るときに左派的な考えが強く働いたからではなかったかと思う。日本社会には格差を是正する社会主義的な思想や仕組みが強く働いている。

岸本:全く同感だ。エマニュエル・トッドの『西洋の敗北』を今日の話題になぜ選んだかというと、周先生が今おっしゃったことを、同書は偏見なく捉えていることに共感を覚えたからだ。トッド氏の結論は周先生とほぼ同じだ。日本は西洋のようには敗北しない。

 『西洋の敗北』の結論は、ヨーロッパとアメリカが敗北するということだ。それは何故か。フランス人研究者である自分がこのことを書くのは辛いとも書いている。欧米に住めない、反逆行為で嫌われるとも書いている。

 同書において、トッド氏はキリスト教の影響を分析している。プロテスタントは「人間は平等ではない、よくできる人間とダメな人間がいる」と教える。西洋が敗北するのは当たり前だと述べている。日本の仏教にそうした考え方はない。お寺のお坊さんは、優秀な人間とあかんたれがいるとは言わない。他人があかんたれと呼んでも、やりようでちゃんとできると教えている。

周:儒学の祖の孔子は「有教無類」、つまりどのような人であってもきちんと教育することを教育理念とした。平等主義の思想だ。日本の仏教は、インドから中国に伝わり中国の道教や儒学と融合され改造された中国仏教が源流だ。そこには、仏教が言う「衆生平等」つまり皆が平等という思想が根底にある。平等主義は中国の政治思想にも深く浸透している。西暦587年、隋文帝から始まった科挙で官僚を選ぶことも、世襲的な貴族支配を排除し、有能な人材を取り入れるためだ。選挙制度が1400年以上続いた中国では、政治的に平等思想が根深くある。そうした平等主義は、左派的な思想に通じ合うところがある。その意味では、マルクス主義が中国で一気に広がったことは決して偶然ではなかった。 

岸本:仏教の平等思想は日本社会においても基盤になっている。

 日本的精神は、神社、お寺、俳句、短歌、平家物語、お茶など沢山ある。集約すると自然崇拝だ。四季折々、今このときに感謝する。これは古来日本の普遍の原理だ。中国には5000年前からそうしたものが沢山ある。その中で、日本人が賛同したものが漢文として輸入された。日本に残る漢文を読めば日本人と中国人の同じ部分がわかる。 

周:平等主義を含め、日本は選択的に中国から取り入れた。

岸本:親しみを感じ尊敬して取り入れた。日本の仏教は自然崇拝という生活慣習が基盤になっている。輸入された経典が日本の文化を作ったわけではない。神社もそうだ。祀られる神様が日本の文化を作ったわけではない。神様は自然と同体だ。日本には先祖崇拝がある。位牌や墓がある。過去の人類は全部先祖だと考えているから、他人は他人のようで他人でない。

周:中華文明の中で、先祖崇拝を確立したのは周王朝だ。殷王朝は、神の崇拝をやり過ぎ大勢の人々を生贄にした。殷王朝を倒した周王朝は、先祖崇拝で人間の優位性を確立した。中国王朝の天命は神から民へシフトした。これは非常に大きな出来事で、それ以降中国では神を絶対視する王朝は誕生していない。大きな宗教戦争の時代もなかった。これは日本を含む東アジアにも大きな影響を与えた。世界の宗教戦争と対立を見渡すと、中華文明が早熟であったことが分かる。

岸本:核家族、集合住宅、学校制度。現在の日本社会を全部かけ合わせたらそんな風になる気がする。集合住宅の頃は友達が自分の家にいるのは普通だった。今は他人の家に行くのは遠慮がある。親の了解が要る。他人の子が夕方遊びに来ていたら夕飯を一緒に食べさせた。よその子は自分の子と変わらなかった。

孔子とその弟子たち

■ アメリカ製日本国憲法はなぜうまく機能したのか?


岸本:習近平氏の「歴史決議」では中国共産党結党時の1921年の中国は悲惨だったと書かれている。日本でも明治維新で政府ができた頃は大変だったと書かれている。さらに昭和の前半は、恐慌からはじまる暗黒の時代が続き、自国だけでも300万人以上の犠牲者を出して戦争が終わった。

 『坂の上の雲』という司馬遼太郎氏の小説がある。他人のためを思って一生懸命頑張る。自己中心は否定され、他人のために頑張る人だけがいい人だという社会。それが悲惨な結果を生んだ。江戸時代からつながっていた日本的な精神が否定された。

 私は昭和37年生まれで小学校に入ったのは昭和43年、戦後20年だ。戦争前のことを良かったという同級生がいたら、みんなで意地悪する感じだった。「私の祖父は軍人で偉かった」などと言おうものなら先生も「そんなこと言うものではない」と否定された。

周:日本国憲法を作ったのは日本人ではなく占領軍だ。占領軍の中の左派だ。彼らはアメリカでやれないことをやった。

岸本:占領下において社会運営の方針と制度づくりは占領軍の左派が担当した。労働組合法もGHQが起草した。明治時代にドイツ、フランスの制度を自らの意思で輸入したのとは違う。

周:日本国憲法のもとで日本社会がここまでうまく出来上がって来たのは、日本的な精神があったからだ。

講義を行う岸本氏

日米同盟は瓶の蓋


周:トランプ氏の対日関税交渉の姿勢は何故これほど強いのか?

岸本:トランプは、日米安全保障体制がアメリカにプラスだと思っていないのではないか。日米安全保障条約は瓶の蓋だ。日本はいつかアメリカに復讐するかもしれない。日米安全保障体制がある限り日本の再軍備は必要ない。

 憲法九条の規定がありながら、防衛費に10兆円近くを使うよう日米政府が動いているのは周先生にはどう見えるか?

周:瓶の蓋だ。トランプは日本だけでなくドイツに対しても瓶の蓋を開けた。

岸本:瓶の蓋を開ける。自国を自衛できないようではいけないというのが自民党の一部の主張だ。社会党、共産党は日米安保に反対だ。立場がいろいろあって構わない。アメリカ大統領で日本に防衛費を増やせと言った人は過去何人もいるが、日米安保体制をなくして瓶の蓋を外してあげようかと明言した人はいない。トランプさんも明言はしていない。

 日本の総理大臣が、軍事力を増強し日米安保条約を破棄すると言ったらどうなるか。関税、自動車工場、製鉄所という次元の問題ではない。 

周:トランプ氏はカナダを「51番目の州」にすると言った。日本を52番目の州にするという要求はあり得るのか?

岸本:1950〜60年代はそれに近い要求を受けてきた。日米関係と日中関係を天秤にかけて打開していくのが良い総理大臣だと言う人がいる。アメリカとの関係、中国との関係を天秤にかけることはできない。それぞれが大事だからだ。中国と日本、東アジアの調和と進展。ロシアや北朝鮮との関係もその一部だ。52番目の州を考える前に、このテーマを深めていくことが大切だ。

講義を行う岸本氏と周牧之教授

プロフィール

岸本 吉生

ものづくり生命文明機構常任幹事

 1985年東京大学法学部卒業後通商産業省入省。経済産業省環境経済室長、中小企業庁経営支援課長、愛媛県警察本部長、中小企業基盤整備機構理事、九州経済産業局長、中小企業庁政策統括調整官、経済産業研究所理事、中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー、中小企業庁国際調整官を経て現職。コロンビア大学国際関係学修士、日本デザインコンサルタント協会会員。


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講義を行う岸本吉生氏

■ 編集ノート:

 岸本吉生氏は経済産業省の官僚として長年第一線で日本の産業政策、国際交渉を担ってきた。退官後はものづくり生命文明機構常任幹事として輪島塗、播州織など日本のモノづくり文化の継承と発展に力を注いでいる。

 東京経済大学の周牧之教授の教室では、2025年5月23日、岸本吉生氏を迎え、トランプ関税発動後の国際社会への影響と行方について、また現代日本の社会、文化の様相についてお話しいただいた。


■ 米中のグランドデザインの折り合いで決着


周牧之:トランプ大統領は、2025年4月、日本も含めアメリカの貿易相手国に対して「相互関税」として高い関税を課すと発表した。とくに中国に対して145%にのぼる関税をかけるとした。これに対して中国もアメリカへの対等の報復関税を即座に発表した。

 僅か1カ月後の5月12日、米中両国は経済と貿易に関する会談の共同声明を発表し、アメリカが中国に課している相互関税率を大幅に引き下げ、中国側も同様の措置をとるとした。まさにドラマティックな展開だった。アメリカが中国にここまで迅速かつ徹底して関税を引き下げた理由をどう考えるか?

 岸本さんは現役官僚の時、国際交渉をされていた。大半のアメリカの経済学者が反対する中で、トランプは何故高関税を発動したのか?自由貿易を提唱してきたアメリカは、何故ここまで高い関税を武器に世界を相手に喧嘩を売るのか?

岸本吉生:周先生と私は同い年だ。私が大学を出て日本政府の職員になった時、周先生は大学を出て中国政府に入った。私は通商産業省、周先生は機械工業省に入省した。周先生は入省3年で来日し、研究者になられさまざま研究及び社会活動をされている。1990年代から今までの30年、数多くの問題解決に貢献されている。

 私が周先生に出会った頃、中国の社会問題で一番大きいのは三農問題だった。中国に8億人ぐらいの農民がいた。日本では農民は1,000万人以下しかいない。農民を農業以外の仕事に就けるようにすることは、中国社会で最大の問題だった。これに対して、周先生はメガロポリスの政策を提唱し、中国の政策当事者と協力して都市化を推し進めた。

 2023年1月5日、習近平主席の「歴史決議」について周先生と対談した。中国共産党の「歴史決議」は3つしかない。毛沢東と鄧小平、習近平が其々一回ずつ出している。習近平氏の歴史決議は、共産党結党100年目の2021年に発表された。習近平氏は自身の社会運営、グランドデザインを渾身の力で書いたのだと思う。関税が下がったのは、習近平氏のグランドデザインと、トランプ氏の社会運営に折り合いがついたからだと思う。

周:トランプ氏のスローガンはMake America great againだ。習近平氏は「中華民族の偉大なる復興」を掲げている。英語に訳せば「Make China great again」だ。19世紀の初頭、中国は世界最大の経済大国だった。世界経済におけるシェアは1990年にはわずか1.7%であるが19世紀初めは33%を超えていた。

岸本:中国の経済規模はかつて世界最大だった。清朝末期から西洋に侵略された。

周:習近平氏の「共同富裕」もトランプ氏と共通点がある。

岸本:「皆でいい暮らしをしよう」だ。2050年には皆がそう感じるようにしようというのが習近平氏のビジョンだ。トランプ氏は悠長なことは言えず4年の任期を考えて急進的にやるしかない。

1945年「若干の歴史問題に関する決議」と1981年「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」報告書

産業の勝ち負けが大事


岸本:トランプ氏は移民を合法の移民に制限する。製造業を力強いものにすると言っている。アメリカの製造業を弱くしている国は中国だ。その前は日本だった。私が通産省に入った時に、日本のアメリカに対する貿易黒字は毎年10兆円以上、GDPの5%くらいだった。

周:対米黒字GDP比から見ると、その時の日本は今の中国より更に凄かった。

岸本:日本が戦後得た産業技術の大半はアメリカから得たものだ。アメリカの技術を工業生産に結びつけてアメリカに輸出した。アメリカにとって安全保障上問題が大きい産業は鉄、半導体、飛行機だ。鉄と半導体を日本に依存するのは怖い。

周:アメリカは意外に恐怖心の強い国だ。

岸本:コンピューターネットワークにおいてコンピューターは他国のものでもいいがネットワークは他国のものでは怖い。自動車と繊維産業は、労働者を多く使うため他国に依存したくない。アメリカはこれらの産業競争力を守りたい。中国との間でも同じだ。

“MAKE AMERICA GREAT AGAIN”キャップとホワイトハウス

■ 製造業を取り戻す為のトランプ関税


岸本:アメリカ人の勤労者の家庭の日常は仕事が終わったらテレビだった。スポーツ観戦だ。野球、アイスホッケー、アメフト、バスケットボール。アメリカに生まれた人の望みはいろいろあるが、人並みで暮らせたら十分だという人は、仕事が終わったらバドワイザーを飲みテレビを見る。夫婦でおめかしして音楽やダンスに興じる。

 日本はどうか。食品も着る物も中国製、衣食住を担う仕事がなくなっている。

 トランプ大統領は関税を上げる。驚きだ。経済学の教科書と逆だ。物価が上がり貧しくなる。しかし、関税が高くなればアメリカに工場を作ろうかとなる。アメリカは自由貿易を標榜していた頃、ヨーロッパは失業率25%で深刻な不景気だった。12カ国がEUを始めた1992年の合言葉は、Fortress Europeだ。関税はメンバー間にはゼロ、外に対してだけかける。アメリカもかつてのEUと同じことをやろうとしていた。

周:1992年にアメリカ、カナダ、メキシコ3カ国は自由貿易協定(NAFTA: North American Free Trade Agreement)を結んだ。 

岸本:ヨーロッパは12カ国で人口3億人ぐらい。アメリカとカナダ、メキシコ3国のNAFTAは内には自由貿易、外に対しては関税だ。

周:NAFTAは5億人を抱えている

2018年7月19日「『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティ」にて、前列左から岸本吉生、中井徳太郎(環境省総合環境政策統括官)、清水昭(葛西昌医会病院院長)(※肩書きは2018年当時)

アメリカへの工場誘致は進むのか


岸本:トランプはカナダに「51番目の州」になることを提案している。

周:カナダをさらに取り込もうとしている。

岸本:日本が提唱したのはアジア太平洋経済協力(APEC:Asia-Pacific Economic Cooperation)だ。アメリカも中国もはいっている。

 トランプ大統領は自国だけの関税政策でMake America great againを成し遂げようとしている。うまくいくかどうか分からない。工場が増えるのには何年もかかる。アメリカの政策の先行きを懸念して海外から投資が進まないかもしれない、中間選挙や次の大統領選挙まで信頼が続かないかもしれない。

周:トランプ関税は、世界最大の市場を武器に出来るからやれるが、その効果は狙い通りになるのか誰も分からない。

岸本:共和党が自由貿易を放棄した理由は何か?かつて共和党は自由貿易を提唱し企業が黒字になれば失業は構わないというスタンスだった。労働者を守るのは民主党と労働組合の仕事だった。これが逆転している。いまや民主党が自由貿易と言い、共和党が関税政策を提唱している。

周:グローバリゼーションで繁栄を謳歌する大都市をベースにした民主党に対し、トランプは見捨てられた旧工業地帯や田舎を抱き込む為にそうした挑戦をせざるを得ない。

アジア太平洋経済協力(APEC)2025

■ マンネリ化を産む高関税


周:そもそも高い関税で国を豊かにできるのか? 

岸本:いま皆さんの毎日に、仕事が終わったらプロスポーツをテレビで見るという感覚はないのではないか。見たいものがあれば見たい時間に見る。柔軟だ。働き方もそうではないか?決まった時間に決まった服を着て職場に行き終業時間になれば帰宅するのではなく、インターネットを使い、いろいろな人とコミュニケーションして仕事をする。

周:多様性の時代は選択肢が広がる。グローバリゼーションは一部の人の仕事を奪うと同時に、大勢の人の選択肢を広げる。

岸本:先進国には大学が沢山あり、子供を大学に通わせる余裕がある。大卒は先進国に多くバングラデシュやアフリカには少ない。先進国では大学生が余っている。全ての品目を同率の高関税にするトランプ大統領のやり方は、私のように通商政策に携わった人間からすると、良い雇用や産業競争力の向上に効果があるか疑問もある。

周:トランプ氏は孤立主義だ。輸出するつもりはないかもしれない。

岸本:輸入がなく輸出をしないとなると経済活動が停滞する。製造業がアメリカに戻るようにというトランプ大統領のメッセージに各国は協力できるだろうか。

周:トランプ大統領の4年間の任期でどこまでやれるか。

岸本:戦後80年間誰も思いつかなかったことだ。効果はあるかもしれない。

周:一定の効果はあるはずだがマンネリ化は避けられない。

※後半に続く

講義を行う岸本氏と周牧之教授

プロフィール

岸本 吉生

ものづくり生命文明機構常任幹事

 1985年東京大学法学部卒業後通商産業省入省。経済産業省環境経済室長、中小企業庁経営支援課長、愛媛県警察本部長、中小企業基盤整備機構理事、九州経済産業局長、中小企業庁政策統括調整官、経済産業研究所理事、中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー、中小企業庁国際調整官を経て現職。コロンビア大学国際関係学修士、日本デザインコンサルタント協会会員。


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【シンポジウム】周牧之:こくベジーGXの波をいかに大変革に繋げるか

講演を行う周牧之・東京経済大学教授

編集ノート:第10回東京経済大学・国分寺地域連携推進協議会フォーラム「国分寺市GXスタートアップシンポジウム」が2024年5月30日に開催された。東京経済大学の周牧之教授が基調講演し、都市農業こくベジプロジェクトについて語った。


 産業革命の前からの世界の平均気温上昇を2℃未満に抑えるというパリ協定が採択されたのは2015年の12月12日。実はその1週間後に東京経済大学が「環境とエネルギーの未来 国際シンポジウム」を行いました。同シンポジウムに中井徳太郎さん、安藤晴彦さん、和田篤也さんという当時霞が関の環境政策と資源政策の最先端を推進するお三方が登壇し、周ゼミの学生と真剣に議論したことは、学生にとっては忘れられない経験だったと思います。

 このグラフから分かるように、1750年から今日までの累積のCO2排出量から見て、世界各国にとってCO2の削減は大きな責任ある課題となっています。2020年10月26日、菅義偉首相が所信表明演説で2050年のカーボンニュートラル宣言をしました。その大決断の裏で、当時環境事務次官を務めていた中井さんが大きな役割を果たしました。

 中井さんは元財務官僚で、GXや環境政策には大きなコストがかかるという当時のネガティブな考え方に対してNOを言い、これが新しい変革、新しい産業、新しい技術のイノベーションにつながるとの信念を持つ人です。私もこの考え方に大いに賛同し、今日のテーマ「GXの波をいかに大変革につなげるか」は私どものフィーリングに全くマッチしていると思っています。

 GXは今大変革に繋がってきています。事例を二つ申し上げます。

 ひとつは電気自動車(EV)。日本ではまだそれ程走っていませんが、中国は2024年すでに電気自動車が新車販売の割合で50%を超えています。さらに、電気自動車の時代を牽引しているのがアメリカのテスラです。テスラの販売台数はトヨタと比べ、ずっとまだ少ないのですが、時価総額からみるとトヨタの数倍になっています。要するに、世界の資本から見ると非常に評価される立場になっていまして、さらに面白いのは、中国のBYÐという会社です。もともとバッテリーを作っていた会社ですが、電気自動車生産に参入し、2023年に販売台数と生産台数が共にテスラを超えています。中国の自動車の輸出台数が2023年、日本を超えて世界一になったことは、GXの大変革に繋がった事例だと思います。

 もうひとつ申し上げたいのは、東京都についてです。東京都の2030年目標は非常に野心的で、カーボンハーフ、二酸化炭素排出を5割落とすと言っています。目標だけでなく、実際さまざまなアプローチも取られています。中でも私が一番注目しているのは、電源を地産地消に切り替えることです。屋根の上に太陽光パネル設置を義務化し、確実にやっていく。世界最大の都市のひとつ東京で、この大変革が起こっていることを、皆さんに大いに知っていただきたいと思います。

 こくベジという話を聞いた時に、私の頭の中で最初に浮かんだのは半世紀前のローマクラブの『成長の限界』というレポートです。これは、増え続ける世界の人口に対して、これ以上増えると大変な食料問題になってくるという警告を発したレポートとして有名です。

 実際どうなったか。これは私が1961年から今日までの穀物の生産量と、人口、穀物の用地のデータを集めて作ったグラフです。ここからわかるように、世界の人口は1961年から2021年までの60年間で+158%になっています。穀物生産はそれを上回って増産してきたので+250%になっています。興味深いのは、穀物用地はそれほど増えていないことです。この60年間、世界の穀物用地は14%しか増えていないのです。

 ではなぜ、このように食料事情に恵まれているかというと「緑の革命」のおかげです。化学肥料、農薬、品種改良、灌漑施設、機械化、組織化などが世界的に浸透したことで生産効率が良くなり、増え続ける人類を養えるようになった。しかし、同時に食の安全・安心問題が発生しました。過度に使われる農薬や肥料は大きな問題になっており、この課題をどう克服していくか。こくベジが、われわれの目の見えるところであまり農薬を使わない、化学肥料を使わない都市農業であることが、私は非常にいいアプローチだと思っています。

 さらに、世界の食料事業を支えるもうひとつのシステムがあります。それは世界の農産物の貿易です。これによって世界の食の供給システムが保障されていますが、世界で最も農産物を輸入している国のトップ5は、多い順に中国、アメリカ、ドイツ、オランダ、日本です。しかし、この5番目の日本の食糧自給率が38%と大変に低いわけです。日本が世界経済にここまで依存しているのは非常に素晴らしい数字として見えるかもしれません。が、いまロシアによるウクライナ侵攻が穀物価格の乱高下をもたらし、久しぶりに食の安全保障問題が世界の話題となっています。その意味からも、日本において、都市農業という身の回りで食の供給システムが努力して作られていることは魅力的だと思っているところです。

 国分寺市の話を続けます。2年前に私ども周ゼミで東経大の学生を対象にアンケート調査をやりました。そのアンケート調査の中で、国分寺に関してもいくつかの話がありまして、ひとつは「国分寺市に愛着を抱いていますか?」という問いに、「ある」とはっきり答えている学生は16.4%しかいなかった。「ない」はそれを上回る22.1%。これ自体、われわれにとって非常にショッキングなことで、若い人たちにどう国分寺の魅力を伝えていくかが大きな課題ではないか、という問題提起になりました。若い人たちにどういった仕掛けが必要か、で言えば、こくベジは非常に魅力的であり、大いに期待しています。

 最後にこくベジとGXとの関係をまとめます。世界のCO2の排出量の1/4以上は食の供給システムから発生しています。皆さん普通はあまりそういう認識がないのですが、実際1/4以上は食の供給システムから排出されています。こくベジGXプロジェクトが素晴らしいと思うところは、野菜の栽培だけでなく、栽培から食卓、レストラン、そして廃棄物まで全部カバーしようとするプロジェクトの構想、コンセプトです。これが成功できれば、世界に対し一つの先進事例として提供できるのではないかと思っています。

 こくベジの可能性は、CO2の削減はもとより、GXを盾にして新たな成長やイノベーション、社会的なイノベーションを含め、緑の革命がもたらした課題をも乗り越えられるのではないか。さらに食の安全保障にも貢献できる。そういう意味で、この地産地消型の都市農業のGXがまさしく国分寺をさらに魅力的にする大きなパンチになる可能性があると信じています。



■ 関連記事

【シンポジウム】周其仁:地球環境問題には先ず各自の取り組みが肝要

周其仁 北京大学教授

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。周其仁氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」のコメンテーターを務めた。


南川秀樹・邱暁華・徐林・田中琢二・周其仁:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション1「GXにおける日中の取り組み」2024年11月30日

■ 日中を含む各国GX経験の情報開示こそ鍵


 第1グラウンドの議論は大変有意義でした。先ず南川先生は鋭い問題を提起されました。気候問題は、被害が深刻であると同時に全人類に及びます。同問題は非常に難しいです。地球温暖化の加害主体と被害主体との間には、この問題に対する見解に大きな相違があります。発展段階の違いにより、先進国と新興工業国、そして後進開発途上国では、同問題に対する見解が大きく異なります。したがって、この問題は人類が直面する非常に大きな難題です。

 続いて邱暁華局長、徐林先生、田中先生、そして南川先生は、中国と日本による気候変動への対応、GX(グリーントランスフォーメーション)の経験について紹介しました。これは非常に印象深いものでした。この2カ国は、国家戦略目標、国民意識、政策措置、そして培ってきた経験のすべてにおいて、GXの分野で、人類全体にとって有益且つ具体的な経験を数多く生み出しています。

 シンポジウムに参加いただいている皆様も私と同様、日中を含む国々がこの分野で積極的な措置を講じた結果、地球温暖化に対して、どう影響を及ぼし、どの程度の効果を生んだのか、高い関心をお持ちだと思います。これらの情報の開示こそが、この問題に対してまだ積極的でない国や人々を説得し、積極化させるための鍵となるでしょう。 同時に、私たち自身がGXを継続する自信を強化することにもなります。

会場風景

■ 具体的な成果を見せることで環境問題への関心向上を


 皆さんのお話を聞くと、最大の努力を払い、気候変動やCO2排出問題を国際経済政治の摩擦・衝突のテーマにならないようにしていくべきです。最大の努力で、国際経済協力のテーマや、国際共同のイノベーションに変え、新たに挑戦に向き合わなければなりません。徐林さんが先ほど述べたプロジェクトは非常に重要です。最終的に各国の人々にこの取り組みに参加するよう説得が必要です。発展途上国にしても先進国においても、です。効果の見えるプロジェクトが重要です。より多くの人々の説得に役立ちます。

 また、田中先生が先ほど紹介した国や国際機関の取り組みも、非常に深い印象を受けました。一国が自らの努力で成果を上げると同時に、できるだけ他国を説得し、多くの国が共同で努力することが大切です。例えば、ゼロエミッションの共同体では、共に目標を設定し共に新しい技術を活用し目標を達成する。このようなアプローチは説得に役立ちます。これは人類の挑戦だからです。

 しかし、全人類が今のところ一斉に同じ行動をとることは不可能です。このようなことを調整する世界政府も存在しません。部分的なことから始めるしかありません。部分だからこそ効率重視でスタートすべきです。効果をもってより多くの国と人々を、こうした取り組みに参加するよう説得できます。

周其仁 北京大学教授

■ 気候問題、まず大国間で協力模索を


 トランプの再任で、気候変動や炭素削減について一体どの程度の衝撃と影響があるのでしょうか?これはオープンクエスチョンです。短期的にはっきりとした結論が出る問題ではありません。

 例えば田中さんが、大国のリーダーの間でよく話し合ってほしいとおっしゃったことは私もそう望みます。問題は、大国の指導者の中で、とある非常に大きな国の指導者は、地球温暖化の傾向を根本から信じていません。これをナンセンスだとさえ思っています。これで指導者同士がどう話し合って意見をまとめることができるでしょうか?主要大国が合意できなければ、世界的な合意にいたることは不可能です。

 この問題に与えるトランプの衝撃を緩和させるには、別の方法が考えられます。グローバルな枠組みの合意達成に向けた期待を、あまり高く持たないことです。

ディスカションを行う南川秀樹・元環境事務次官(左)、周其仁・北京大学教授(右)

 人類は、大きな問題を協議で解決するようにはなっていません。まだそこまで進化していません。いま局地的な戦争が起こっています。こうした局地的な戦争よりさらに解決の難しい環境問題について、すぐに合意に至ることはあまり期待できません。国連があっても世界各地で戦争が絶えません。万人単位の命が消えていっています。戦争問題も解決できないのに、どうやって地球環境のような長期的な問題を解決できるのでしょうか?

 世界的な合意に対する期待を抑え、どの国、どの国民、どの団体も、この問題の解決が必要だと思ったらすぐに取り組むべきです。効果が出たら、それが現実的な解決策になるかもしれません。

 これは昨晩、皆さんがお酒を飲んでいる場面を見た時の感じと似ています。私は飲めませんから皆さんが飲んでいるのを見て、「他人に飲ませず、先ず自分が先に飲んでしまう飲み方を賞賛したい」と思ったわけです。皆さんありがとうございました(会場爆笑)。


プロフィール

周 其仁(Zhou Qiren)

 1950年生まれ。中国社会科学院、中国国務院農村発展中心発展研究所での勤務を経て、英国及び米国へ留学し、UCLAにて博士学位取得、1995年帰国。北京大学中国経済研究中心教授、同中心主任、北京大学国家発展研究院院長、中国人民銀行貨幣政策委員会委員など歴任。

 主な著作に、『発展的主題:中国国民経済結構的変革』(1987年、四川人民出版社(中国))、『農村変革与中国発展 1978−1989 』(1994年、オックスフォード大学出版社(香港))、『中国区域発展差異調査1978−1989』(1994年、オックスフォード大学出版社(香港))、『数網競争:中国電信業的開放和改革』(2001年、三聯書店(中国))、『産権与制度変遷』(2004年、北京大学出版社(中国))、『挑灯看剣:観察経済大時代』(2006年、北京大学出版社(中国))、『真実世界的経済学』(2006年、北京大学出版社(中国))、『収入是一連串事件』(2006年、北京大学出版社(中国))、『世事勝棋局』(2007年、北京大学出版社(中国))、『病有所医当問誰:医改系列評論』(2008年、北京大学出版社(中国))、『中国做対了什么』(2010年、北京大学出版社(中国))、『貨幣的教訓』(2012年、北京大学出版社(中国))、『競争与繁栄』(2013年、中信出版社(中国))、『改革的逻辑』(2013年、中信出版社(中国))、『城郷中国』(上)(2013年、中信出版社(中国))、『城郷中国』(下)(2014年、中信出版社(中国))。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】徐林:中国経済成長の新たな原動力となったGX

徐林 中米グリーンファンド会長

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。徐林氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」のパネリストを務めた。


南川秀樹・邱暁華・徐林・田中琢二・周其仁:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション1「GXにおける日中の取り組み」2024年11月30日

■ 中国はイノベーションで太陽光・風力発電コストが削減、政府補助金が不要に


 中国は、GXを「生態文明」という高い次元にまで引き上げた国です。このような取り組みは、他の国では多く見られません。中国は単にスローガンを掲げているわけではなく、実際に行動を起こしています。2024年7月に開催された中国共産党第20回三中全会では、中国の生態文明建設に関する内容に新たな表現が出されました。第一に緑を増やす、第二に汚染を減らす、第三に二酸化炭素を削減、第四には成長という4つの目標を一纏めにして掲げました。これは大変重要だと思います。

 過去10数年間、中国は環境改善と炭素排出削減のために、非常に厳しい措置を採ってきました。実際、企業の発展に犠牲を強いることもありました。経済成長にも影響を与えました。第20回三中全会の新しい表現は、過去のやり方を修正する非常に重要な一歩だと私は考えています。

 環境政策において中国は一体具体的に何をしたのでしょうか?これについて先ほど楊偉民主任と邱暁華局長から紹介がありました。例えば、緑を増やすことでは、中国は森林カバー率を上げ続けてきました。ご存じのように日本の森林カバー率は非常に高いです。約68%です。アメリカは約35%です。中国は目下、25%しかありません。これは、過去40年かけてようやく約12%から25%まで増加させたのです。森林面積は倍増しました。つまり、過去40年かけて100万平方キロメートルのグリーン空間を増加させました。これは、日本の国土面積(約38万平方キロメートル)の約3倍に相当します。仕事量も投資量も非常に大きかったです。現在、中国の森林による二酸化炭素の吸収は12億トンに達し、それは中国の年間二酸化炭素排出量の10分の1に相当します。緑を増やすこと自体が炭素排出削減に大きく貢献しています。

 汚染削減の角度から見ると、先ほど楊偉民主任が紹介されたように、中国は第11期五カ年計画で汚染物質排出削減を拘束性のある目標として以来、毎回の五カ年計画で新たな削減目標を掲げてきました。幾度の五カ年計画の努力を重ねた結果、中国の生態環境状況は、大きく改善されました。水の澄み具合、空気の清浄度、各種汚染物質の排出状況のいずれも顕著に改善されました。

会場風景

 二酸化炭素削減の角度から見ると、非常に困難を伴います。中国は、イノベーションを進め、主な領域でそのペースを加速させています。先ほど邱局長はエネルギーGXに関する数字を沢山紹介しました。実際、中国は水力、原子力、風力、太陽光をグリーンな低炭素電力と見做しています。現在、これら電力設備の容量は全国電力の55%以上を占めるようになりました。これらの発電量の合計は今年末には35%に達すると見られています。今後も、風力や太陽光、原子力の発電能力の建設スピードは更に加速される予定です。

 しかし、この新エネルギー設備の建設スピードは、現在の電力需要の増加に十分に追いついていません。DXの加速により、中国の電力消費の増加は顕著だからです。例えば、2024年全国の電力消費量は5〜6%増加したのに対して、デジタル経済とインターネット関連の電力消費量は約30%以上増加しています。中国は将来的にグリーン低炭素電力への転換スピードを非常に速くしなければなりません。言い換えれば、グリーン電力に置き換えるスピードは、電力消費拡大を上回る必要があります。これについて中国の今後には期待できます。なぜなら中国の太陽光発電技術と風力発電技術は絶えず進歩し、コストも下がり続けています。これらの分野での投資は、既に利益を出すことが出来ています。いかなる政府補助金も不要です。商業投資に多くの機会をもたらしています。

 成長の角度から見ると、かつてGXを成長圧力と見做していましたが、現在ではイノベーションが進み、グリーン電力投資のコストダウンで益々多くの投資家が、中国ではGXが圧力ではなく投資と成長の相当大きなチャンスをもたらすと判ってきました。GXは未来の中国にとって新たな経済成長の原動力となっています。

ディスカッションを行う邱暁華・中国統計局元局長(左)、徐林・中米グリーンファンド会長(中央)、田中琢二・IMF元日本代表理事(右)

■ 中国の新エネ技術、発展途上国でも商業的に成功の可能性


 中国は一貫して地球気候問題において積極的な姿勢を示しています。もちろん中国は発展途上国として、先進国と共同且つ区別のある責任を果たすと言い続けています。しかし私は中国がより多くの事ができると思います。なぜなら中国は世界で最も多くの二酸化炭素(CO2)を排出している国であり、これは世界の排出量の約30%を占めています。世界の3分の1のレベルです。もし、中国が自身のCO2削減がうまく出来れば、実際に世界全体のCO2削減に対して巨大な貢献となります。だから、中国は先ず自身の二酸化炭素排出コントロールを更に進める。目下の中国の進展をみると、私個人の見方はポジティブです。中国は早期にピークアウトを、さらにはカーボンニュートラルを実現できると思います。

 中国は発展途上国により多くの貢献が出来ると思います。中国自身も発展途上国ですが、小さな発展途上国と比べると比較的工業化の進んだ国です。CO2削減及び新エネルギーなどの分野で中国は優れた技術があります。これらの技術は発展途上国のグリーン低炭素エネルギーへの移行に大いに活用できると思います。

 私はいま投資家でありビジネスマンです。ビジネスマンの観点からすると、中国の新エネルギーの技術を他の発展途上国のグリーン低炭素エネルギー代替に活用することは、投資の良いチャンスがあります。必ずしも政府の援助資金を使って発展途上国の二酸化炭素削減を支援する必要はありません。たとえば、最近私のところに、とある太平洋の島国における太陽光発電プラス蓄エネルギーのプロジェクトが持ちかけられました。この島国は現在、ディーゼルを燃焼させて電力供給を満たしています。電気のコストは非常に高いです。もし中国の太陽光発電技術と蓄エネルギー技術を利用し、エネルギー代替をすれば、現在の電力コストの三分の一で済みます。これでグリーン低炭素エネルギーへの転換を実現でき、この国の電力供給において大幅なコストダウンが出来ます。ですからこのような領域において中国は更に多くの努力を発揮できる機会がたくさんあります。

 もちろん中国は気候基金においても先進国と共同で気候関連プロジェクトに融資を提供できます。未来において中国はより多くの努力と貢献ができると確信しています。ありがとうございます。

徐林 中米グリーンファンド会長

■ EUの国境炭素税で中国企業が炭素削減を


 欧州連合(EU)の国境炭素税にしろ、アメリカのインフレ抑制法案にしろ、いずれも貿易保護主義の考え方が含まれています。しかし、実際アメリカは完全にそうではない。たとえば、アメリカは以前、中国からアメリカへ輸出する太陽光パネルに関税をかけましたが、最近その関税を撤廃しました。その理由は、アメリカがAIビッグモデルの開発で多くの電力を使うため、電力不足で新しい発電能力が必要だからです。しかし、新しい電力を火力に依存すると二酸化炭素が出てしまいます。

 中国は世界で最も変換効率の高い太陽光パネルを作っているので、アメリカは妥協しました。この件を見てもわかるようにアメリカは、自分の利益を考えると同時に、他の要素にも配慮しています。ですから、私はここで直接アメリカが利己的だと批判したくありません。但し総体的にアメリカの気候変動に対する態度にはブレがあります。世界最大の先進国としてこうした態度はあまり評価できません。

 EUの国境炭素税については二つ問題があります。1つは、保護貿易をするために炭素税をもってEUの産業を守ろうとします。あるいは他国の産業をEUに誘致します。しかし実際には、多くの産業がEUに集まることでEU内での二酸化炭素の排出が増やします。工業企業は多くのエネルギーを消費し、そのような側面もあります。

 貿易にはマイナスの影響が出ることは間違いありません。もちろん域内への生産力の移転をもたらしますが、炭素削減に必ずしもプラスとは言えません。その意味で国境炭素税の性格は複雑です。

 中国の立場からすると、EUの国境炭素税の貿易へのマイナスの影響をより重く見ています。しかし私は投資家としての観点からすると、EUの国境炭素税は中国の多くの企業に既に制約を与えています。多くの中国企業はサプライチェーンのカーボンフットプリント問題を益々意識するようになりました。自分のサプライチェーンのカーボンフットプリントを削減していきたいのです。

東京経済徐林 中米グリーンファンド会長

 その影響として、中国の工業生産能力の一部は西部地域に移りつつあります。なぜならこれらの企業は、グリーン低炭素電力を使いたいです。中国で低炭素電力が最も豊富なのは西部地域です。昔、私が中国国家発展改革委員会で楊偉民主任と共に西部大開発戦略に取り組んだとき、中国の一部の企業を西部へ投資するよう推し進めました。しかし、企業はほとんど行きませんでした。いまEUは国境炭素税をかけることで、企業は自ら西部に投資するようになりました。こうしたEUの国境炭素税は、制約条件として中国の産業に、他の国の産業にも、より良い技術あるいは生産拠点シフトで、炭素削減していく契機となりました。その意味では(EUは国境炭素税)も積極的な好影響があります。

 この問題には公平性も関わってきます。炭素税は生産者にかけるべきか、それとも消費者にかけるべきか?工業製品が二酸化炭素を多く出して作られている場合、消費者も責任を持つべきではないでしょうか?それともすべて生産者に責任があるのでしょうか?これは真に公平公正なのか?この点について私の考えはまだまとまっていません。しかし、生産者だけに負担させ、消費者の責任を考えずに、そうした製品を消費することで炭素排出に貢献している責任を負わなくていいのか?この問題も私は議論するに値すると思います。

 日本も中国も工業製品を多く輸出する国です。実際、同じ問題に直面しています。私は、少なくとも私たち日中両国は下記の分野で協力すべきだと思います。

 例えば、気候変動問題が全人類共通の課題である以上、我々はWTOの枠組みの下で、地球気候変動に対処するための技術や製品、サービス、投資も含め、貿易の自由化と投資の利便化を推し進める制度の確立に努力すべきです。実際は、いまはまだこうした制度は存在していません。

 アメリカの関税措置を見てください。すべての新エネルギー関連製品が含まれています。こうした行為は、地球気候変動対策にはマイナスです。日中両国はさまざまな分野で協力して手を携え、地球気候変動対策の制度作りを推し進めることができます。


プロフィール

徐 林Xu Lin

 1962年生まれ。南開大学大学院卒業後、中国国家計画委員会長期計画司に入省。アメリカン大学、シンガポール国立大学、ハーバード・ケネディスクールに留学した。中国国家発展改革委員会財政金融司司長、同発展計画司司長を歴任。2018年より現職。
 中国「五カ年計画」の策定担当部門長を務め、地域発展計画と国家新型都市化計画、国家産業政策および財政金融関連の重要改革法案の策定に参加、ならびに資本市場とくに債券市場の管理監督法案策定にも携わった。また、中国証券監督管理委員会発行審査委員会の委員に三度選ばれた。中国の世界貿易機関加盟にあたって産業政策と工業助成の交渉に参加した。

 編書:『環境・社会・経済 中国都市ランキング—中国都市総合発展指標』(2018年、NTT出版、周牧之と共編著)、『中国城市総合発展指標2016』(2016年、人民出版社〔中国〕、周牧之と共編著)。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

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【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

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【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

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 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?