【シンポジウム】周其仁:地球環境問題には先ず各自の取り組みが肝要

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。周其仁氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」のコメンテーターを務めた。


周其仁 北京大学教授

■ 日中を含む各国GX経験の情報開示こそ鍵


 第1グラウンドの議論は大変有意義でした。先ず南川先生は鋭い問題を提起されました。気候問題は、被害が深刻であると同時に全人類に及びます。同問題は非常に難しいです。地球温暖化の加害主体と被害主体との間には、この問題に対する見解に大きな相違があります。発展段階の違いにより、先進国と新興工業国、そして後進開発途上国では、同問題に対する見解が大きく異なります。したがって、この問題は人類が直面する非常に大きな難題です。

 続いて邱暁華局長、徐林先生、田中先生、そして南川先生は、中国と日本による気候変動への対応、GX(グリーントランスフォーメーション)の経験について紹介しました。これは非常に印象深いものでした。この2カ国は、国家戦略目標、国民意識、政策措置、そして培ってきた経験のすべてにおいて、GXの分野で、人類全体にとって有益且つ具体的な経験を数多く生み出しています。

 シンポジウムに参加いただいている皆様も私と同様、日中を含む国々がこの分野で積極的な措置を講じた結果、地球温暖化に対して、どう影響を及ぼし、どの程度の効果を生んだのか、高い関心をお持ちだと思います。これらの情報の開示こそが、この問題に対してまだ積極的でない国や人々を説得し、積極化させるための鍵となるでしょう。 同時に、私たち自身がGXを継続する自信を強化することにもなります。

会場風景

■ 具体的な成果を見せることで環境問題への関心向上を


 皆さんのお話を聞くと、最大の努力を払い、気候変動やCO2排出問題を国際経済政治の摩擦・衝突のテーマにならないようにしていくべきです。最大の努力で、国際経済協力のテーマや、国際共同のイノベーションに変え、新たに挑戦に向き合わなければなりません。徐林さんが先ほど述べたプロジェクトは非常に重要です。最終的に各国の人々にこの取り組みに参加するよう説得が必要です。発展途上国にしても先進国においても、です。効果の見えるプロジェクトが重要です。より多くの人々の説得に役立ちます。

 また、田中先生が先ほど紹介した国や国際機関の取り組みも、非常に深い印象を受けました。一国が自らの努力で成果を上げると同時に、できるだけ他国を説得し、多くの国が共同で努力することが大切です。例えば、ゼロエミッションの共同体では、共に目標を設定し共に新しい技術を活用し目標を達成する。このようなアプローチは説得に役立ちます。これは人類の挑戦だからです。

 しかし、全人類が今のところ一斉に同じ行動をとることは不可能です。このようなことを調整する世界政府も存在しません。部分的なことから始めるしかありません。部分だからこそ効率重視でスタートすべきです。効果をもってより多くの国と人々を、こうした取り組みに参加するよう説得できます。

周其仁 北京大学教授

■ 気候問題、まず大国間で協力模索を


 トランプの再任で、気候変動や炭素削減について一体どの程度の衝撃と影響があるのでしょうか?これはオープンクエスチョンです。短期的にはっきりとした結論が出る問題ではありません。

 例えば田中さんが、大国のリーダーの間でよく話し合ってほしいとおっしゃったことは私もそう望みます。問題は、大国の指導者の中で、とある非常に大きな国の指導者は、地球温暖化の傾向を根本から信じていません。これをナンセンスだとさえ思っています。これで指導者同士がどう話し合って意見をまとめることができるでしょうか?主要大国が合意できなければ、世界的な合意にいたることは不可能です。

 この問題に与えるトランプの衝撃を緩和させるには、別の方法が考えられます。グローバルな枠組みの合意達成に向けた期待を、あまり高く持たないことです。

ディスカションを行う南川秀樹・元環境事務次官(左)、周其仁・北京大学教授(右)

 人類は、大きな問題を協議で解決するようにはなっていません。まだそこまで進化していません。いま局地的な戦争が起こっています。こうした局地的な戦争よりさらに解決の難しい環境問題について、すぐに合意に至ることはあまり期待できません。国連があっても世界各地で戦争が絶えません。万人単位の命が消えていっています。戦争問題も解決できないのに、どうやって地球環境のような長期的な問題を解決できるのでしょうか?

 世界的な合意に対する期待を抑え、どの国、どの国民、どの団体も、この問題の解決が必要だと思ったらすぐに取り組むべきです。効果が出たら、それが現実的な解決策になるかもしれません。

 これは昨晩、皆さんがお酒を飲んでいる場面を見た時の感じと似ています。私は飲めませんから皆さんが飲んでいるのを見て、「他人に飲ませず、先ず自分が先に飲んでしまう飲み方を賞賛したい」と思ったわけです。皆さんありがとうございました(会場爆笑)。


プロフィール

周 其仁(Zhou Qiren)

 1950年生まれ。中国社会科学院、中国国務院農村発展中心発展研究所での勤務を経て、英国及び米国へ留学し、UCLAにて博士学位取得、1995年帰国。北京大学中国経済研究中心教授、同中心主任、北京大学国家発展研究院院長、中国人民銀行貨幣政策委員会委員など歴任。

 主な著作に、『発展的主題:中国国民経済結構的変革』(1987年、四川人民出版社(中国))、『農村変革与中国発展 1978−1989 』(1994年、オックスフォード大学出版社(香港))、『中国区域発展差異調査1978−1989』(1994年、オックスフォード大学出版社(香港))、『数網競争:中国電信業的開放和改革』(2001年、三聯書店(中国))、『産権与制度変遷』(2004年、北京大学出版社(中国))、『挑灯看剣:観察経済大時代』(2006年、北京大学出版社(中国))、『真実世界的経済学』(2006年、北京大学出版社(中国))、『収入是一連串事件』(2006年、北京大学出版社(中国))、『世事勝棋局』(2007年、北京大学出版社(中国))、『病有所医当問誰:医改系列評論』(2008年、北京大学出版社(中国))、『中国做対了什么』(2010年、北京大学出版社(中国))、『貨幣的教訓』(2012年、北京大学出版社(中国))、『競争与繁栄』(2013年、中信出版社(中国))、『改革的逻辑』(2013年、中信出版社(中国))、『城郷中国』(上)(2013年、中信出版社(中国))、『城郷中国』(下)(2014年、中信出版社(中国))。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】徐林:中国経済成長の新たな原動力となったGX

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。徐林氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」のパネリストを務めた。


徐林 中米グリーンファンド会長

■ 中国はイノベーションで太陽光・風力発電コストが削減、政府補助金が不要に


 中国は、GXを「生態文明」という高い次元にまで引き上げた国です。このような取り組みは、他の国では多く見られません。中国は単にスローガンを掲げているわけではなく、実際に行動を起こしています。2024年7月に開催された中国共産党第20回三中全会では、中国の生態文明建設に関する内容に新たな表現が出されました。第一に緑を増やす、第二に汚染を減らす、第三に二酸化炭素を削減、第四には成長という4つの目標を一纏めにして掲げました。これは大変重要だと思います。

 過去10数年間、中国は環境改善と炭素排出削減のために、非常に厳しい措置を採ってきました。実際、企業の発展に犠牲を強いることもありました。経済成長にも影響を与えました。第20回三中全会の新しい表現は、過去のやり方を修正する非常に重要な一歩だと私は考えています。

 環境政策において中国は一体具体的に何をしたのでしょうか?これについて先ほど楊偉民主任と邱暁華局長から紹介がありました。例えば、緑を増やすことでは、中国は森林カバー率を上げ続けてきました。ご存じのように日本の森林カバー率は非常に高いです。約68%です。アメリカは約35%です。中国は目下、25%しかありません。これは、過去40年かけてようやく約12%から25%まで増加させたのです。森林面積は倍増しました。つまり、過去40年かけて100万平方キロメートルのグリーン空間を増加させました。これは、日本の国土面積(約38万平方キロメートル)の約3倍に相当します。仕事量も投資量も非常に大きかったです。現在、中国の森林による二酸化炭素の吸収は12億トンに達し、それは中国の年間二酸化炭素排出量の10分の1に相当します。緑を増やすこと自体が炭素排出削減に大きく貢献しています。

 汚染削減の角度から見ると、先ほど楊偉民主任が紹介されたように、中国は第11期五カ年計画で汚染物質排出削減を拘束性のある目標として以来、毎回の五カ年計画で新たな削減目標を掲げてきました。幾度の五カ年計画の努力を重ねた結果、中国の生態環境状況は、大きく改善されました。水の澄み具合、空気の清浄度、各種汚染物質の排出状況のいずれも顕著に改善されました。

会場風景

 二酸化炭素削減の角度から見ると、非常に困難を伴います。中国は、イノベーションを進め、主な領域でそのペースを加速させています。先ほど邱局長はエネルギーGXに関する数字を沢山紹介しました。実際、中国は水力、原子力、風力、太陽光をグリーンな低炭素電力と見做しています。現在、これら電力設備の容量は全国電力の55%以上を占めるようになりました。これらの発電量の合計は今年末には35%に達すると見られています。今後も、風力や太陽光、原子力の発電能力の建設スピードは更に加速される予定です。

 しかし、この新エネルギー設備の建設スピードは、現在の電力需要の増加に十分に追いついていません。DXの加速により、中国の電力消費の増加は顕著だからです。例えば、2024年全国の電力消費量は5〜6%増加したのに対して、デジタル経済とインターネット関連の電力消費量は約30%以上増加しています。中国は将来的にグリーン低炭素電力への転換スピードを非常に速くしなければなりません。言い換えれば、グリーン電力に置き換えるスピードは、電力消費拡大を上回る必要があります。これについて中国の今後には期待できます。なぜなら中国の太陽光発電技術と風力発電技術は絶えず進歩し、コストも下がり続けています。これらの分野での投資は、既に利益を出すことが出来ています。いかなる政府補助金も不要です。商業投資に多くの機会をもたらしています。

 成長の角度から見ると、かつてGXを成長圧力と見做していましたが、現在ではイノベーションが進み、グリーン電力投資のコストダウンで益々多くの投資家が、中国ではGXが圧力ではなく投資と成長の相当大きなチャンスをもたらすと判ってきました。GXは未来の中国にとって新たな経済成長の原動力となっています。

ディスカッションを行う邱暁華・中国統計局元局長(左)、徐林・中米グリーンファンド会長(中央)、田中琢二・IMF元日本代表理事(右)

■ 中国の新エネ技術、発展途上国でも商業的に成功の可能性


 中国は一貫して地球気候問題において積極的な姿勢を示しています。もちろん中国は発展途上国として、先進国と共同且つ区別のある責任を果たすと言い続けています。しかし私は中国がより多くの事ができると思います。なぜなら中国は世界で最も多くの二酸化炭素(CO2)を排出している国であり、これは世界の排出量の約30%を占めています。世界の3分の1のレベルです。もし、中国が自身のCO2削減がうまく出来れば、実際に世界全体のCO2削減に対して巨大な貢献となります。だから、中国は先ず自身の二酸化炭素排出コントロールを更に進める。目下の中国の進展をみると、私個人の見方はポジティブです。中国は早期にピークアウトを、さらにはカーボンニュートラルを実現できると思います。

 中国は発展途上国により多くの貢献が出来ると思います。中国自身も発展途上国ですが、小さな発展途上国と比べると比較的工業化の進んだ国です。CO2削減及び新エネルギーなどの分野で中国は優れた技術があります。これらの技術は発展途上国のグリーン低炭素エネルギーへの移行に大いに活用できると思います。

 私はいま投資家でありビジネスマンです。ビジネスマンの観点からすると、中国の新エネルギーの技術を他の発展途上国のグリーン低炭素エネルギー代替に活用することは、投資の良いチャンスがあります。必ずしも政府の援助資金を使って発展途上国の二酸化炭素削減を支援する必要はありません。たとえば、最近私のところに、とある太平洋の島国における太陽光発電プラス蓄エネルギーのプロジェクトが持ちかけられました。この島国は現在、ディーゼルを燃焼させて電力供給を満たしています。電気のコストは非常に高いです。もし中国の太陽光発電技術と蓄エネルギー技術を利用し、エネルギー代替をすれば、現在の電力コストの三分の一で済みます。これでグリーン低炭素エネルギーへの転換を実現でき、この国の電力供給において大幅なコストダウンが出来ます。ですからこのような領域において中国は更に多くの努力を発揮できる機会がたくさんあります。

 もちろん中国は気候基金においても先進国と共同で気候関連プロジェクトに融資を提供できます。未来において中国はより多くの努力と貢献ができると確信しています。ありがとうございます。

徐林 中米グリーンファンド会長

■ EUの国境炭素税で中国企業が炭素削減を


 欧州連合(EU)の国境炭素税にしろ、アメリカのインフレ抑制法案にしろ、いずれも貿易保護主義の考え方が含まれています。しかし、実際アメリカは完全にそうではない。たとえば、アメリカは以前、中国からアメリカへ輸出する太陽光パネルに関税をかけましたが、最近その関税を撤廃しました。その理由は、アメリカがAIビッグモデルの開発で多くの電力を使うため、電力不足で新しい発電能力が必要だからです。しかし、新しい電力を火力に依存すると二酸化炭素が出てしまいます。

 中国は世界で最も変換効率の高い太陽光パネルを作っているので、アメリカは妥協しました。この件を見てもわかるようにアメリカは、自分の利益を考えると同時に、他の要素にも配慮しています。ですから、私はここで直接アメリカが利己的だと批判したくありません。但し総体的にアメリカの気候変動に対する態度にはブレがあります。世界最大の先進国としてこうした態度はあまり評価できません。

 EUの国境炭素税については二つ問題があります。1つは、保護貿易をするために炭素税をもってEUの産業を守ろうとします。あるいは他国の産業をEUに誘致します。しかし実際には、多くの産業がEUに集まることでEU内での二酸化炭素の排出が増やします。工業企業は多くのエネルギーを消費し、そのような側面もあります。

 貿易にはマイナスの影響が出ることは間違いありません。もちろん域内への生産力の移転をもたらしますが、炭素削減に必ずしもプラスとは言えません。その意味で国境炭素税の性格は複雑です。

 中国の立場からすると、EUの国境炭素税の貿易へのマイナスの影響をより重く見ています。しかし私は投資家としての観点からすると、EUの国境炭素税は中国の多くの企業に既に制約を与えています。多くの中国企業はサプライチェーンのカーボンフットプリント問題を益々意識するようになりました。自分のサプライチェーンのカーボンフットプリントを削減していきたいのです。

東京経済徐林 中米グリーンファンド会長

 その影響として、中国の工業生産能力の一部は西部地域に移りつつあります。なぜならこれらの企業は、グリーン低炭素電力を使いたいです。中国で低炭素電力が最も豊富なのは西部地域です。昔、私が中国国家発展改革委員会で楊偉民主任と共に西部大開発戦略に取り組んだとき、中国の一部の企業を西部へ投資するよう推し進めました。しかし、企業はほとんど行きませんでした。いまEUは国境炭素税をかけることで、企業は自ら西部に投資するようになりました。こうしたEUの国境炭素税は、制約条件として中国の産業に、他の国の産業にも、より良い技術あるいは生産拠点シフトで、炭素削減していく契機となりました。その意味では(EUは国境炭素税)も積極的な好影響があります。

 この問題には公平性も関わってきます。炭素税は生産者にかけるべきか、それとも消費者にかけるべきか?工業製品が二酸化炭素を多く出して作られている場合、消費者も責任を持つべきではないでしょうか?それともすべて生産者に責任があるのでしょうか?これは真に公平公正なのか?この点について私の考えはまだまとまっていません。しかし、生産者だけに負担させ、消費者の責任を考えずに、そうした製品を消費することで炭素排出に貢献している責任を負わなくていいのか?この問題も私は議論するに値すると思います。

 日本も中国も工業製品を多く輸出する国です。実際、同じ問題に直面しています。私は、少なくとも私たち日中両国は下記の分野で協力すべきだと思います。

 例えば、気候変動問題が全人類共通の課題である以上、我々はWTOの枠組みの下で、地球気候変動に対処するための技術や製品、サービス、投資も含め、貿易の自由化と投資の利便化を推し進める制度の確立に努力すべきです。実際は、いまはまだこうした制度は存在していません。

 アメリカの関税措置を見てください。すべての新エネルギー関連製品が含まれています。こうした行為は、地球気候変動対策にはマイナスです。日中両国はさまざまな分野で協力して手を携え、地球気候変動対策の制度作りを推し進めることができます。

 


プロフィール

徐 林Xu Lin

 1962年生まれ。南開大学大学院卒業後、中国国家計画委員会長期計画司に入省。アメリカン大学、シンガポール国立大学、ハーバード・ケネディスクールに留学した。中国国家発展改革委員会財政金融司司長、同発展計画司司長を歴任。2018年より現職。
 中国「五カ年計画」の策定担当部門長を務め、地域発展計画と国家新型都市化計画、国家産業政策および財政金融関連の重要改革法案の策定に参加、ならびに資本市場とくに債券市場の管理監督法案策定にも携わった。また、中国証券監督管理委員会発行審査委員会の委員に三度選ばれた。中国の世界貿易機関加盟にあたって産業政策と工業助成の交渉に参加した。

 編書:『環境・社会・経済 中国都市ランキング—中国都市総合発展指標』(2018年、NTT出版、周牧之と共編著)、『中国城市総合発展指標2016』(2016年、人民出版社〔中国〕、周牧之と共編著)。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】田中琢二:地球気候変動対策に貢献し国の経済成長を図る

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。田中琢二氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」のパネリストを務めた。


田中琢二 IMF元日本代表理事

社会的弱者、地域への配慮必要


 私は2年前までワシントンにあるIMFの日本代表理事をしていました。そこでやはり環境問題が非常に議論されました。私は今日、日本の取り組みと国際的な見方、どんな事が焦点になっているのかを中心にお話ししたいと思います。

 また、今日は邱先生、徐先生、周先生とご一緒させていただけることを喜びとしています。ありがとうございます。

 まず、これまでの気候変動問題への対応についてですが、日本で2030年度の温室効果ガス削減目標はマイナス46%であり、2050年にはカーボンニュートラルを実現するという話を中井次官、鑓水次官からいただいたところです。こうした中、ウクライナにおける戦争や中東での紛争を背景に、旧来型の資源に頼ることなく、再生エネルギーを始めGXの実現に向けて早期に取り組む必要がより高まったことがみなさんお分かりだと思います。

 日本政府は新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画において、GXの投資が盛り込まれ、先ほどの話のように昨年2月に、GX実現に向けた基本方針が出されました。

 これについて話します。IMFあるいは世銀で議論する時の環境問題は、グローバルには「ミティゲーション(抑制)」「アダプテーション(適応)」「トランジション(移行)」の3つが要素だと言われます。司会の南川先生から適応についてコメントするようお話をいただきましたので申し上げたいです。この基本方針に三要素が非常にうまく組み込まれています。

 最初のGX実現に向けた基本方針は、エネルギー安定供給の確保を大前提にし、まずは中小企業の省エネ支援強化、住宅の省エネ化支援などを徹底した省エネの推進です。これは1970年代以降日本の得意ワザだと思います。そして二番目、系統整備の加速、洋上風力の導入拡大、再エネの主力電源化、これも非常に急速に行われています。そして、次世代核革新炉への建て替え具体化、運転期間の延長等、これは国民的な理解が必要ですが原子力の活用、そして水素、アンモニア、これは今コストが非常に高いですが、これの研究開発、そして余剰LNGの確保といった重要な事項を行うこととしたのが基本方針です。

 二番目、成長志向型カーボンプライシング構想等を実現するとしているが、日本政府の成長志向型カーボンプライシング構想は経済成長と脱炭素化社会の実現を同時に目指すという政策だということは中井次官、鑓水次官からお話があったところです。

 この構想の実現には、成長志向型カーボンプライシングによるGX投資インセンティブに加えて、GX経済公債などの金融商品を通じて脱炭素化に向けた投資を促進する新たな金融手法の活用が大事です。こういう形で金融というキーワードが出てくるわけです。

 このGX経済公債とは政府が発行する債券を利用し、企業や地方自治体が再生可能エネルギーや省エネ技術に投資できる資金を調達する仕組みです。これによって、民間投資をさらに引き出していく。そして全体としてGX を加速するためのインセンティブあるいは資金を得るということになります。

 先ほど福川先生よりお話があったように、途上国の資金需要は非常に高い、これをどういう形で金融的なアプローチで解決していくのか。これがこれからの問題です。

田中琢二 IMF元日本代表理事

 次に、国際的な戦略です。日本そして中国は、国際的な気候変動対策に貢献して自国の経済成長をはかるための枠組みを構築することが求められます。これには国際的なカーボンプライシング制度との連携や、海外市場への再生可能エネルギー技術の輸出促進が含まれます。この点について中国は非常に進んだ国だということは先ほどのお話から伺えます。

 そして公正な移行という言葉がございますが、とくに社会的弱者や地域経済への配慮が重要です。脱炭素化による影響を受ける労働者や地域に対して、適切な支援策を講じることで、経済的格差を縮小しながら、持続可能な成長を実現することが求められています。中小企業の支援も大事だと思います。こういった要素は相互に関連していて、日本政府はこれを統合的に推進し、さらに進捗状況を評価することも大事です。こういう形で成長志向型カーボンプライシング構想を実現していこうではないか。というのが日本の今の状況だと是非みなさんお分かりいただけたらと思います。

 次に、具体的には令和6年度の予算では、こういったようなことを実現しようと環境省を中心に、国民のみなさんにどんどん知っていただこうということかと思います。

 具体的には蓄電池の製造サプライチェーンの強靱化、次世代型太陽電池のサプライチェーンの構築、あるいは鉄、化学等製造業の製造プロセスの転換、こういったところに予算を振り向けていることをぜひご理解いただきたいと思います。

 先ほど46%という話をしていました。2030年度の温室効果ガス削減目標は、2013年が14億トンだったのを2030年度に7.6億トンに減らす計画です。これは、その中で、最も比重が高いのがエネルギー起源のCO2であり全体として39.8%を占めています。46%と比較しますと、39.8%というのは86%を占めているので、エネルギー関連のCO2削減が一番メインになることがお分かりいただけると思います。それをさらに分解すると、電力由来が25.1%、電力由来以外が14.6%で、これを46%と比較すると、電力由来の25.1%というのは、電力由来のCO2削減が全体の半分を占めていることがお分かりいただけると思います。日本の電力の電源構成は2022年ベースで天然ガス、石炭、再生エネルギーの順になっています。2030年には再生エネルギーが一番の電源構成になる計画になっています。こういう電源構成というようなことも一つ頭に入れながら、みなさんにご理解を深めていただきたいと思います。

■ 日本は二国間クレジットや新技術で貢献


 私からは日本の国際的な取り組み、そしてアジア全体でどういうことが行われているか、さらには国際機関、世界銀行、IMFでどういうことが行われているか。この3点についてお話ししたいと思います。

 1点目、日本の二国間クレジット制度があります。Joint Crediting Mechanism(JCM)は、気候変動対策の一環として、途上国との協力を通じて温室効果ガスの削減を目指す重要な取り組みです。JCMの基本的な概念は、日本が提供する技術や資金を活用し、途上国での温室効果ガスの削減を実現し、その成果を日本とパートナー国で分かち合う仕組みです。

 優れた脱炭素技術や製品、システム、サービス、インフラの普及を通じて、途上国の持続可能な開発に貢献するのが理念です。このプロセスによって逆に日本も自国の温室効果ガス削減目標の達成にも寄与するのではないかという精神で行われているのがJCMです。

 2024年時点で、日本は29カ国との間でJCMに関する二国間文書を締結しています。これはモンゴル、バングラデシュ、エチオピア、ケニアなどが含まれています。これらの国々との協力を通じて、日本は2030年度までに累積で1億トンCO2相当の排出削減・吸収量を確保することを目指しています。

 最近の進展として、2024年10月には地球環境センター(GEC)がJCMを通じて水素などの新技術導入事業において一定のプロジェクトを採択されたと伺っています。また今月19日にはタイでJCMを通じたGHG(温室効果ガス)排出削減の貢献をテーマにしたセミナーが開催されるとも伺っています。このセミナーでは、日本とタイの政府関係者が集まり、JCMの最新情報やタイ国内におけるT-VER(タイ voluntary emission reduction)について共有することになっているそうです。

田中琢二 IMF元日本代表理事

 また、アジア全体では、AZECがあります。これは、アジアゼロエミッション共同体で、アジア地域全体の気候変動対策において効果が期待できる枠組みです。AZECは日本が主導する国際的な協力の枠組みとも自負しており、参加国が連携してカーボンニュートラル社会の実現を目指していこうというものです。

 AZECの主な取り組みには、再生可能エネルギーの普及促進、エネルギー効率の向上、グリーン技術の開発と導入などが含まれ、地域全体の脱炭素化を加速することを目的としています。2050年までのカーボンニュートラル達成を目指して参加国間での技術協力あるいは知識共有を促進します。

 特に日本が持つ先進的な環境技術が新興国に移転されることで、各国の脱炭素化が加速していくというビジョンを描いています。例えば、インドネシアやベトナムでは、日本企業との協力によって再生可能エネルギーや低炭素技術の導入が進行中だと伺っています。

 最後に、世界銀行(WB)と国際通貨基金(IMF)の融資制度です。IMFと世界銀行は、長い説明は省きますが、世界銀行はいろいろな形のプロジェクト融資をしています。IMFは国の短期的な国際収支支援が役目でしたが、IMFもちょっと変わり気候変動や自然災害など割と長期的な取り組みに対して融資制度を作ろうということで、Resilience and Sustainability Trust(RST)という新しい融資制度を2年前に発足させました。これは気候変動対策をやろうということで、再生可能エネルギーへの投資に対する融資、あるいは先ほど話しましたミディゲーション、アダプテーション、トランジッションでいきますと、アダプテーションの気候適応インフラ整備、あるいはトランジション、移行ファイナンスに対する知識の普及に対して、積極的に取り組んでいこうと。

 もともと世銀は非常に積極的でしたが、国際通貨基金(IMF)もこうした取り組みにいま、協力あるいはコミットしていこうとしています。もともとはマクロエコノミックだけ、経済の本流の政策は大事だといっていたIMFですが、気候変動そのものが経済の本流の政策になってきていることがお分かりいただけると思います。私からは以上です。

田中琢二 IMF元日本代表理事

■ 金融移行債の拡大が必要


 いまの徐林さんのカーボンプライシングの公平性は勉強になりました。ありがとうございます。気候変動対策を進める上で、先ほど南川さんがおっしゃったアメリカのインフレ抑制法が何故環境と関係があるのか。インフレを抑制するために、国内の補助金をどんどん出し、その補助金が気候変動に対処するところに出すというのがインフレ抑制法です。非常に大量のお金があってそれを国内産業保護に充てているという問題があります。さらに欧州のカーボン国境調整措置(CBAM)が、内向きの投資の政策として批判されることがあります。

 さらに、2024年9月に欧州委員会は「ドラギレポート」という欧州競争力報告書を出しました。これにおいて環境問題のリーダーだった欧州が、成長とのバランスで、ちょっとこのスピード感を調整するのではないか、それを意図する報告書だったのではないかとの見方も出ています。そういう意味で環境問題全体のスピード感がこれからどうなるか。これはいま南川さんがおっしゃったように、トランプ新政権がどうなっていくかということで、非常にわれわれは注目していかなければいけない話だと思います。

 ただし、気候変動あるいは自然災害への対応の問題、パンデミックへの対応の問題は、一般的な経済問題とは違い、本当に国際的な、人類全体に関わる問題です。ここをどう共通の課題として全人類が認識し対応していくのか。ここが非常にトップレベルでの対話が必要です。そういう意味で、リーダーである中国、そしてアメリカの、トップクラスでの議論、対話を我々としても期待しますし、それを日本としても、或いは他の国々もぜひバックアップしていきたいと、個人的に念願しています。

 いずれにしても国連気候変動枠組み条約あるいはパリ協定といった国際的な、いままで必死に環境省を中心に日本で頑張ってきた国際的な枠組みを、是非とも堅持していくことが重要です。その中で、民間サイドでは、どういうことかというと、先ほど出た金融サイドの取り組み、「金融移行債」などの市場をどんどん大きくしていくことが、実は政治的な影響力をより緩和する方向にいく、ある種の抑止力となると思います。いろいろな形での移行債、金融の新たな仕様をどんどん考えていこうとの流れも必要です。

 特に途上国ではこれからの資金需要が大きいですから、これをどういう形で市場と先進国政府が協力して対応をしていくのか考えたいと思います。

 最後に、一つちょっとお見せしたい資料があるのですが、これから太陽光発電やタービンが必要となってきます。その時に要るのが希少資源です。グリーンエネルギーの移行問題については、いろいろな形で鉱物希少資源が必要です。銀、リチウム、コバルト、ニッケル、マンガン、この上位三カ国生産国の割合を右横に書いているが、50%から90%を超える希少資源が多いです。その中で中国が生産する鉱物資源が比較的多いです。従って、例えばパンデミック時に見られたように供給途絶があると、一生懸命リチウム電池を作ろう、或いは太陽光の羽を作ろうとしても作れない事態が起こりかねない訳です。

 従ってここは中国の方も充分に認識されていると思いますが、いろいろな形での鉱物資源の相互利用にもご配慮いただき、全世界的な気候変動対策に向けた技術、生産力を維持向上していったらいいのではないか。


プロフィール

田中琢二(たなか たくじ)/IMF元日本代表理事

 1961年愛媛県出身。東京大学教養学部卒業後、1985年旧大蔵省入省。ケンブリッジ大学留学、財務大臣秘書官、産業革新機構専務執行役員、財務省主税局参事官、大臣官房審議官、副財務官、関東財務局長などを経て、2019年から2022年までIMF日本代表理事。

 現在、同志社大学経済学部客員教授、公益財団法人日本サッカー協会理事。

 主な著書に『イギリス政治システムの大原則』第一法規、『経済危機の100年』東洋経済新報社。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】邱暁華:中国炭素排出量ピークアウトは早くも来年に?

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。邱暁華氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」のパネリストを務めた。


邱暁華 中国統計局元局長

■ 中国経済の「三大変革」


 再び美しい東京経済大学に来る機会を得て、大変嬉しいです。

 先ほど楊主任が中国経済について、既に紹介されました。私のテーマは元々「中国経済とGXの実践」です。中国経済についてはこれ以上あまり触れません。いくつかのポイントだけをお伝えします。

 一つ目は、本日のテーマと関わるもので、中国は「三大変革」の只中にあります。これは「デジタル化」「スマート化」「グリーン化」の3つです。これらの変革の中で、中国経済は高品質な発展を目指しています。これは中国経済全体の大きな流れです。三大変革の過程で、中国の経済は以前とは全く異なる姿を見せています。

 一方では、中国経済が現在置かれている国際環境は大きく変わっています。100年一度の世界大変局は、二つの方面で中国に挑戦とチャンスをもたらしています。一つは、地政学的な変化が進み、中国とアメリカを始めとする西洋諸国との経済・政治関係に、大きな変化をもたらしました。中国は、アメリカを始めとする西洋諸国から強い競争圧力を受けています。他方、中国は新興経済や発展途上国の従来型産業の市場、資源、資金を巡り、競争に直面しています。三大変革の過程で、国際的に二重の競争圧力を受けています。

 第一に、中国の人口構造の変化については、よくご存知だと思います。中国の人口は成長傾向から縮小傾向へとシフトしました。中国人口は2022年に85万人、2023年に208万人減少しました。恐らく2024年もこの縮小傾向が続くでしょう。目下、中国の結婚人数は、昨年と比較し500万カップル減少しました。もちろん今年は特別な年です。中国伝統の農暦(旧暦)では今年は「春のない年」です。今年の立春は春節(旧正月)の前です。中国の農村、あるいは中小都市など多くの地方では、結婚に相応しい年とはされていないのです。今年は「未亡人の年」とされています。結婚者数の減少はこれと大きく関係があるかもしれません。

 大都市はこれとは関係ないでしょう。大都市ではむしろ子育ての条件、環境、ストレスと関係しています。いま大都市では若い人たちの間に、「四つの不(NO)」現象があります。不恋(恋愛しない)、不婚(結婚しない)、不育(子供を産まない)、不買(家を買わない)の現象です。人口構造の大きな変化の中で、中国の従来型産業の成長は大きな挑戦を受けています。

 第二に、中国経済は従来の数量拡張が主な成長要因だった段階から、品質と収益で成長追求する段階になりました。数量拡張の段階では、資本投入と消費に依存するのに対して、品質を求める段階では創新(イノベーション)が必要です。中国のイノベーションは大きな進展を見せていますが、同時に新しい挑戦にも直面しています。イノベーションの進展に国内外の影響を受けています。一方では国際的な影響を受けています。他方では中国のミクロ経済主体の生産経営上の困難が影響しています。これは二番目の変化です。

セッション1の会場風景

 第三に、中国の市場も大きく変化しています。過去には中国は、モノ不足の市場でした。現在はモノが相対的に過剰な市場となっています。市場環境の変化で中国がいま直面している最も大きな課題は内需の不足です。さきほど楊主任が、経済成長率が5.3%から4.6%へ減速したと紹介しました。その最大の原因は、内需不足にあります。内需不足は主に今年以来、中国の企業も家庭も自ら銀行融資を減らしていることに現れています。ミクロの主体の銀行融資の削減は、マクロ的な消費不足をもたらしています。これは大きな変化です。目下中国では企業の融資額、家庭の融資額共に鈍化しています。この鈍化は、資産バランスシートの圧力が主な要因で、銀行融資の減少をもたらしています。従ってマクロでは、中国の国内消費、国内投資共に鈍化しています。これは第三の変化です。

 また、中国経済は、高速成長から高品質成長への転換の中で、従来型産業の勢いが弱まり、新しい産業や業態の発展がこれを充分に補ってはいません。これが、経済成長鈍化の圧力となっています。つまり新産業や新業態が生み出す新しいエナジーは、従来型産業の減速にヘッジできていません。これが中国経済の減速をもたらしています。中国経済は、過去の高度成長から中速成長に移り、いまや5%の成長率を達成するために大変な努力が必要です。つまり中国経済発展の内部環境も大きな変化がありました。

 このような状況を踏まえ、中国政府は2024年9月に短期と中長期を組み合わせた政策を発表しました。中長期的には、「デジタル化」、「スマート化」、「グリーン化」を進め、新しい生産力と競争力のある産業の発展を目指しています。また、短期的にはミクロ的な主体を救済する、つまり、企業により良い経営環境、家庭により良い生活環境を作り出そうとする政策を実施しています。

 2024年9月24日から中国が発表した政策として第一に資本市場の振興、第二に不動産市場の安定、第三に消費拡大の推進、第四にイノベーションの推進で、経済成長を維持しようとしています。いま、これらの政策パッケージは徐々に実行され効果が出始めています。最大の変化は、中国の資本市場の人気がさらに増し、ミクロ主体の自信が回復したことです。多くの企業家は、ようやくマクロ政策にもたらされた温度を感じ始めたと言っています。これまで存在していたミクロ主体とマクロとの体感温度の差異に、ようやく変化が見られています。こうした状況を踏まえ、中国経済の第4四半期の成長は皆の予想を超える可能性が高いです。いまの状況から見ると、5%前後になります。第1四半期は5.3%、第2四半期は4.7%、第3四半期は4.6%という減速の傾向を変え、上昇傾向になるでしょう。これが目下の中国経済に関する私の報告です。

邱暁華 中国統計局元局長

■ 中国のGX実践


 次に、中国のGXについてお話しします。中国のGXは、過去10数年間で最も大きな変革の一つだと思います。国内外の環境変化、国際社会および中国の民衆の期待に応じ、中国政府はGX政策を明らかに加速させました。政府は、2030年に二酸化炭素排出をピークアウトし、2060年には排出量の実質ゼロを目標に掲げています。GXにおいて一連の政策措置を打ち出しました。炭素排出の二重制御制度のシステム構築の推進、再生可能エネルギーの推進や、低炭素省エネ投資の推進などを含みます。経済発展を実現させると同時に、生態保護を重視し、経済構造とエネルギー構造のグリーン化を推進します。環境に優しい省エネ社会を構築します。これらの政策は、多領域の協力とイノベーション、汚染物質の排出減少、生態破壊の抑制、資源利用効率の向上、持続可能な社会への邁進などの効果をもたらしています。いま中国は、空がより青くなり、水がより澄み、空気がより新鮮になり、人々の生活や職場環境が不断に改善されています。

 GXにおいて、中国はどのような努力をしてきたのでしょうか?第一にエネルギー構造の高度化を進め、非化石燃料の比重を高め、特に風力や太陽光などの再生可能エネルギーを発展させています。第二に産業構造の高度化も進めています。循環経済発展、グリーン低炭素の生産と生活を提唱し、さらに生態環境保護を強化させます。重点地域、重点産業、重点企業の汚染防止措置を実施します。さらに政府は、環境保護関連の法整備や、環境標準の引き上げ、グリーン技術イノベーションの奨励、グリーン金融の発展、グリーン発展の長期メカニズムの構築などにおいて、力を入れています。第14次五カ年計画以来、中国の非化石燃料の発電設備規模は累積で78.5%増加しました。(非化石燃料)発電設備の比重も継続して増えてきました。2020年の44.8%から2024年8月末時点の56.2%になりました。今年8月末時点で、中国の再生可能エネルギーの発電設備規模は、風力発電、太陽光発電、バイオマス発電を含め、12.7億キロワットに達し、全発電容量の40.7%に達しました。6年半前倒しで、12億キロワットの目標を達成しました。これは新エネルギー発電の急速な発展を示しています。炭素削減目標達成のための重要なキャリアとして、新しい電力システムの建設も進展し、新エネルギー発電の高効率な吸収を支え、電力のグリーン化を推し進めています。グリーン電力の取引規模は急速に増大しています。10年間で、中国の非化石エネルギー消費の増加における世界の貢献は40%を超えました。非化石エネルギーの年間発電量は、2.2兆キロワット増加しました。約20億トンの二酸化炭素の排出量減少に相当します。社会全体の二酸化炭素の排出増加傾向も顕著に抑制されてきました。国際エネルギー機関のデータによると、いまから2030年まで世界の再生可能エネルギー新設設備容量において中国は約60%に達すると予測されています。これは、なんと誇らしいことでしょう。

ディスカッションを行う邱暁華・中国統計局元局長(左)、徐林・中米グリーンファンド会長(中央)、田中琢二・IMF元日本代表理事(右)

■ 発展途上国へどう支援をしていくか?


 中国政府の立場は非常に明確であり、GXを実現するため各国と協力し推進していきます。中国は国際的な場で、各国が発展段階や経済水準の違いに基づいた対策を進めるべきであると繰り返し強調しています。数字だけで見ると、確かに中国は、世界第2位の経済大国であり、最大の温室効果ガス排出国です。しかし、一人当たりの経済水準とCO2排出量はまだ発展途上国のレベルであり、先進国の水準には達していません。このため、中国の政策と態度は引き続き堅持します。一方で中国は国際社会からの要求や呼びかけに積極的に応じ、出来る限りのことを実施しています。他方、中国は積極的に自分の能力に見合う支援を、一部の発展途上国の新エネルギー開発、環境改善、新産業発展などに行なっています。第三に、人材育成の分野で中国は国際社会とりわけ発展途上国への支援を惜しみません。

 先進国の態度について、中国は様々な国際的な場で、アメリカがイニシアティブを取るべきだと繰り返し呼びかけています。アメリカは世界第2位の温室効果ガス排出国であり、また最大の経済体です。先進国は歴史上、国際社会に多くの環境問題を残してきました。国際社会が環境問題を解決するにあたり、堆積してきた環境問題の歴史を忘れてはいけません。歴史的な観点からすると、先進国は多くの責任を負うべきです。道義的な観点からもそうするべきです。

 経済的な能力の観点からも、先進国はより強い経済力を持っています。先ほど日本の事務次官は日本が200億ドルの国際社会の炭素削減取り組みを支援する予定だと紹介しました。これは大変素晴らしいことです。中国も、(このような支援を)賞賛すると同時に、自身の経済力に応じて国際共同の取り組みに参加します。パリ協定を中国は一貫して積極的に支持し賛同しています。

東京経済大学

中国炭素排出量のピークアウトは来年か?


 先ほども簡単にお話ししたように、中国は二酸化炭素の排出削減に対する姿勢は明確です。新エネルギーの発展から、産業構造の向上、環境の改善、そして法律の整備までの四つの分野で、多くのGX政策を実施し、実践を重ねてきました。中国はすでにこの分野において世界に多大な貢献をしています。

 中国の国際的な立場は、応対、イニシアティブ、支援であると明確にしています。国際社会の提唱に中国は応対し、GXにおいてイニシアティブを発揮し、できるだけ他の国を助けます。中国の新エネルギー産業発展自体はCO2削減への国際貢献です。

 将来について、先ほど南川先生がご指摘されたトランプの再登板で何が起こるかについて、実際トランプの一度目の政権で既にパリ協定から脱退しました。二度目の政権で再びパリ協定から脱退するのか?恐らく脱退するでしょう。これまでのトランプ政策に関する分析から見ると、恐らく第一に、国内において減税するでしょう。第二に国際的に関税を引き上げるでしょう。第三はアメリカの製造業の再建でしょう。第四は金融規制及び他の規制の緩和でしょう。トランプがこれらの措置を取った場合、国際社会で展開する炭素削減の動きにはマイナスの影響を与えるに違いありません。中国は世界第2位の経済体として責任を持つ大国として国際社会と共に引き続き協力しながら、中国の2030年に炭素排出量のピークアウト、そして2060年のカーボンニュートラル実現という二つの目標を堅持します。決して逆戻りはしません。

 目下の状況から見ると、国際社会は、中国の現在の努力を高く評価しています。昨日、私は冗談を交えてある新聞で読んだことについて話しました。中国は炭素排出量のピークアウトは来年あるいは再来年達成できるだろうとありました。これ国際調査会社による33人の国内専門家と11人の国際専門家への調査で、そのうち44%の答えで、来年中国はピークアウトを実現できると予想しています。来年、中国の石炭消費量がピークに達し、その後下がっていきます。国際社会は、こうした中国の実際の努力を評価しています。

 他方、トランプのパリ協定脱退の可能性もあり、国際社会は中国がイニシアティブを発揮するよう更に高い期待をしています。

 中国、日本、ヨーロッパの大きな経済体が協力して行動し、GXを堅持し続ければ、トランプはパリ協定を脱退しても、国際社会のGXは継続すると確信しています。


プロフィール

邱 暁華(Qiu Xiaohua)

 1958年生まれ。アモイ大学卒業後、国家統計局で処長、司長、局長を歴任。その間、安徽省省長補佐、全国政治協商会議委員、全国青年連合会副主席、貨幣政策委員会委員などを務めた。現在、マカオ都市大学経済研究所所長。経済学博士。

 主な著書に、『中国的道路:我眼中的中国経済』(2000年、首都経済貿易大学出版社)、『中国経済新思考』(2008年、中国財政経済出版社)。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】南川秀樹:ブロック経済化に向かわない形でどう気候変動対策を進めるか?

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。南川秀樹氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」の司会を務めた。


南川秀樹 元環境事務次官

 私自身、しばらく前にここ東京経済大学で4年間、客員教授をさせていただきました。国分寺に来ると、富士山が近いことをいつも感じています。今日も先ほど、きれいな富士山が見えて、大変幸せな気分になりました。

 まず気候変動問題は大問題です。皆さんもご承知ですし、これまでの方からもお話がありました。気候変動の問題は、これまでの環境問題とは大きく異なります。これまでの環境汚染は、誰かが問題があり、人々が影響を受けるということでした。気候変動問題について言えば、CO2やメタンを排出する人がいる、国があり、影響は全ての人、全ての国が同じように受けるということで、原因者と被害者が全く切り離されているというところで、非常に対策のプレッシャーがかかりにくい分野であることが大きな特徴です。

 そうした中で、先日COP29がありましたが開発が進んでいない多くの発展途上国から、「CO2をたくさん出して経済成長した国が、自分たちのことを応援してくれない」という不満が沢山聞こえました。

発展途上国の側から見て、先進国は自分達でCO2などの汚染物質を出す、途上国は経済発展はしないのに被害だけを受ける、これについて発展途上国は自分達が対策をとる資金を応援してほしい、被害の補償もしてほしいというリクエストが非常に強いです。今回のCOP29もほとんどそれに議論が終始しています。

南川秀樹 元環境事務次官

 そういった中で、私も10月に北京へ行き議論してきました。中国ではベルトアンドロードイニシアティブ(BRI)の中で、発展途上国の応援もし、その中にエネルギー対策も大いに入っていると伺いました。また、日本でもJCM(Joint Crediting Mechanism)というクレジットメカニズムを使い、お金を出し削減を応援していますし、またアジア全体のゼロカーボン化を進めようとの構想もあります。

 またさまざまな国際的な金融機関やアジア会議をはじめとしたところの機能もこれから大事だと思います。

 私自身、毎年何回か中国を訪れ、世界的な国連機関或いはNGOの方を含め一緒に議論をしています。その中で、中国に対する評価、また日本に対する評価もいただいていますが、かなり環境NGOの方からも、中国もしっかりやっているし日本もやっているとの話をいただいています。特に中国の場合で申しますと、実際これまで国際的な取り組みの中で大きなステップとなったCOP21のパリ協定、それから昨年のCOP28で出た化石燃料からの移行というトランジッションアウェイについて、事前に中国の解振華さんとアメリカの担当トップが事前に調整をする中で世界的なフレームが出来ました。中国が果たした役割も非常に大きいというのが、多くの方々の評価です。

 日本についても、ありがたいことに京都議定書を生み出した国であり、尚且つ震災があったにもかかわらず頑張ってCO2を減らしているということも評価を受けているところであります。

南川秀樹 元環境事務次官

 只、いま非常に最近の動きで多くの環境の問題に取り組む関係者が悩んでいるところが、ヨーロッパの動きでありアメリカの動きです。

 アメリカについては、インフレ抑制法という法律が出来、それに基づいて環境対策、とくに気候変動対策が進められていますが、その内容があまりにも極端に言うとアメリカ生産のものを使え、それを使うものだけを優遇すると。それを使って気候変動対策をしようとしている。従って海外から輸入しない。(自国の)製品でCO2を減らすことを強く謳っています。

 また、EU(欧州連合)も最近動き出している「国境環境税」をかけることにより、EU並みの対策を採っていない国からの製品については、EUに入る時に関税をかけるということで対応すると言われています。それにより、EUで真面目に炭素削減に取り組む企業が、EUの外に出ていくことがないようにしようとしています。

ディスカッションを行う南川秀樹・元環境事務次官(左)と周其仁・北京大学教授(右)

 それについて言いますと、環境面から見ると心配だ、要は環境という名前を使いながら半分は自国産業を守るということで、ある意味でブロック経済化に向かっている、その手段として環境対策が使われているのではないかという議論が、相当強く出てきています。

 そういった中でこれからトランプ政権も動き出します。どうやって日本も中国も努力し全世界的にブロック経済化に向かわない形でいかに環境保全を進めていくか、気候変動対策を進めていくか。とても難しい課題です。


プロフィール

南川秀樹 (みなみかわ ひでき)

 東京経済大学元客員教授、日本環境衛生センター理事長、中華人民共和国環境に関する国際協力委員、元環境事務次官

 1949年生まれ。環境庁(現環境省)に入庁後、自然環境局長、地球環境局長、大臣官房長、地球環境審議官を経て、2011年1月から2013年7月まで環境事務次官を務め、2013年に退官。2014年より現職。早稲田大学客員上級研究員、東京経済大学客員教授等を歴任。地球環境局長の在職中は、地球温暖化対策推進法の改正に力を尽くした。また、生物多様性条約の締約国会議など多くの国際会議に日本政府代表として参加。現在、中華人民共和国環境に関する国際協力委員を務める。

 主な著書に『日本環境問題 改善と経験』(2017年、社会科学文献出版社、中国語、共著)等。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】中井徳太郎: GX政策は産業政策や経済政策との連携で

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。中井徳太郎氏は基調講演をした。



 ご紹介いただきました中井です。老朋友の楊偉民先生をはじめ中国の先生方、企業の方々をお迎えし国際シンポジウムが出来ますことを、心からお喜び申し上げます。

 冒頭、鑓水環境事務次官に日本のGX政策の各論をかなりご説明いただきましたので、その部分も触れますが、私は大きく日本のGXを取り巻く大きなグランドビジョンについて、環境という切り口から、どうサステナブルな社会を描いていくかを、皆さんと共有できればと思います。

 その前提として、気候変動の世界の厳しい現状について、地球の温度はこの100年で0.7度上がっている、二酸化炭素(CO2)の濃度は2000年を超えたら濃度が400ppmを超えるなど、考えられないことが本当に起こっています。これはまさしく、いままでOECD諸国が主に出してきたCO2が、現在ではアジア、グローバルサウスが蓄積しているということになります。この結果、温暖化、気候変動において我々が日々困難に立ち向かっています。

 日本の状況は、台風、梅雨の時期の線状降水帯の豪雨、暴風雨で人災が起こっています。農業、一次産業においての大きな影響がいま出ています。作柄が悪化する、魚が獲れなくなる。そして珊瑚のような海の自然の生態系も影響を受けています。デング熱という熱帯性の蚊が媒介する伝染病が来ることにも繋がっています。3年を超え苦しんだCOVID-19も環境省では環境問題という捉え方をしています。

 この気候変動自体、日本は非常に厳しい認識をしていて、2020年に環境省が気候危機宣言をしまして、日本では国会において非常に厳しい認識を世界に出しております。このCOVID-19を含め気候変動の荒くれた状況、これが大きく環境問題だという捉え方ですが、これはSDGs(持続可能な開発目標)の考え方にもなってくるわけで、私たちの人間の活動が社会の経済システムに支えられ、そのベースに自然、生態系、地球そのものがあります。

 私たちの産業革命以降の営み、活動がまさしく地球に負荷をかける形で来た澱が溜まった結果としての今の状況です。気候変動や生物の絶滅、廃棄物の問題、これを人間の体に例えますと、肝臓、腎臓に負担がかかります。地球を人間に例えますと、人口が100億を目指して増えていく中では、人間の肺に当たるような機能のCO2を、酸素で、光合成で出してくれている。だが都市化の弊害で、熱帯雨林を切ってきている。これで身体が痛む、内臓が痛むという慢性病の状況です。

 従って、慢性病に対する症状を改善するには、抜本的な体質改善、地球という規模で人類が地球生態系についての抜本的な体質改善ができるかにかにかかっています。社会変革という大きなテーマをやりつつ症状は慢性病ですから続きます。症状と付き合いながら体質改善をはかる。これが21世紀の局面で出来るのか、という問題になっていると思います。

 パリ協定の2015年COP21はCOPメイキングの年でした。「2度目標」に続き、「1.5度」を目指そうという方向になりました。2018年にIPCCのスペシャルレポートが出てからは、世界で何としても1.5度に食い止めたいという機運が高まり、COPなどで議論になっています。

中井徳太郎 元環境事務次官

 日本はそういう状況の中で、2020年、先ほど鑓水次官から報告がありましたが、前の前の菅政権の下で、2050年までにカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする)を国家目標として掲げ、国際公約いたしました。そして、その本気度が試される2030年の目標は、温室効果ガスを46%2030年までに減らす。できれば50%の動議をする。こういうコミットメントをしていきます。

 しかも従来の日本の環境政策的な発想ですと、産業発展するものに対するコストとして環境対策を考えるというやり方でした。これが大きく転換いたしまして、このような体質改善をはかる産業への投資、イノベーション、こういうもので成長する、いわば環境GX政策で経済を成長させる。こういうコミットメントを政府として明確にしているのが特色です。

 そしてこの約束を真面目に守るのが日本という国柄であり、2030年の46%に向かってオントラックで減っているのが現状であります。2020年の後に岸田政権になり、先ほど鑓水次官から報告があった日本の政策、GXが展開します。法律も通し、当面10年間、官民合わせて約150兆円のGX投資、政府としては20兆円の先行支援を、成長志向型のカーボンプライシングという構想でやっていくことが今の柱です。

 このことは具体的にはカーボンプライシングでは2026年からの排出量取引の本格導入、また2028年からの炭素負荷金、実質上の炭素税のようなものが入り、マーケットメカニズムを活用しながら、国に税収のようなものが入るものの、手当を前提とした国としての債権、国としてのトランジションボンドで20兆円を確保し、どんどん先行的に支援していく。こうしたマーケットメカニズムと政府の支援を抱き合わせたセットのパッケージ。これが今後、本格的にGXを進める上で、途上国などにも参考になる方法だと思います。

 少し大きな絵を考えます。先ほど社会変革が大事だと申し上げました。いまGXということで、脱炭素社会の目標を立てるのは非常に分かり易い世界です。2050年に日本の場合、ゼロにするというコミットメント、これは言ってみますと必要なエネルギーを、地球に負荷をかけない形にするというコミットメントです。それを実現するためにも、あと二つのことと抱き合わせで、三つセットで展開していくことを、環境政策上言っています。

 一つはサーキュラーエコノミー(循環経済)、リニアな発想ではなくすべてが循環する仕組みで経済を変えていこう。もう一つは、ネイチャーポジティブの自然生態系との調和。この三つは、環境の観点からサスティナブルな社会を描いた時の大事な要素です。

 この三つが統合的にインテグレートされ、シナジー効果を上げ、私たちが社会をイメージし、企業の皆さんにも向かう方向をイメージしながら企業活動をやっていただきたい。政府としてもこの三つが同時達成される世界を描くということです。

シンポジウム当日の東京経済大学 大倉喜八郎 進一層館

 それを可能にするためにも、身体で言うと血液に当たるお金の流れを、投資の流れにつなげるSDGs がある。これを日本の政策として言っていますが、世界全体の話になるので、国際的な視点で協力をしていこうという枠組みであります。

 サーキュラーにつきましては、従来の大量生産、大量消費、大量廃棄で、自然資源を使ってやってきた世界が、捨てられてしまうプラスティック問題の典型として、海洋プラスティック問題が起こっています。が、上流の製造の部品の選択や、途中のループが回せるものはどんどん回すというところで、資源を無駄にしない。そういう発想でやりますと、資源へのコストも節約されるし、経済的にもメリットがある中で資源節約ができる。ネイチャーポジティブということになると、劣化している自然環境を回復させる。むしろ人間が関わる企業や政府の活動が、自然に森林を整備したり、海洋の藻場の回復のようなことをやったり、そういうことで、自然の価値が高まる方向に持っていくことが、ネイチャーポジティブということです。これも世界的に今大きなテーマになっています。この三つをしっかりやっていこうということです。

 脱炭素は、地域という目線が非常に大事であるということで、環境省が所管しております日本の1700の自治体は、いま押し並べてエネルギーの収支は赤です。これは大きな電力を、化石燃料として輸入しているものから、電気として各地方が買っております。そういう構造で所得が外に出ている。脱炭素の目標は数字目標ですから分かり易いのですが、それが地域に何の意味があるのかが、逆に問われます。そういう観点から、地域の脱炭素を進めるための再生エネルギーを入れることで、その地域に資源を担う企業ができれば、雇用にもつながります。所得になります。

 また災害が多発する中では、マイクログリッド、再生エネルギー、蓄電システムを整えると、停電にならない。台風が来ても地震が起きても、レジリエンスを高めることになります。省エネの構造の断熱など、いろいろな取り組みは、健康の質を高めます。脱炭素の目標は数字目標なので分かり易いですが、実益、ご利益が目に見える世界を作るということで進めていく。

 そのような三つの概念が合わさった言葉を、英語ではRegional Circular and Ecological Sphere、地域循環共生圏と言い、この構想は閣議決定をした第5次基本計画に出しております。この5月に第6次基本計画がまた閣議決定されましたが、そこでも踏襲されている概念です。いまのような三つの移行、三つのトランジッション、すなわちエネルギーの観点からの脱炭素、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブを同時に進めていく。

 いま既に都市部、農村山村部という構造になっていますが、分かれている中で地域の資源として、エネルギーや食料や水回りをとらえ、観光資源をとらえ、極力自活をしていく、自給していく発想、自立分散型の発想、足りないところは互いのネットワークで補う構想を環境省が出しています。ボトムアップ型でそれぞれの地域のポテンシャルを活用するのにGXやさまざまな技術を使う発想です。

中井徳太郎 元環境事務次官

 冒頭、地球環境を身体に例えましたが、まさしくそういう発想を持っておりまして、人間の身体の37兆個の細胞が一つひとつ有機的につながり血管ができ、心臓ができ、身体の仕組みができている。こういう構造であることは実は地球全体、社会もそうなっている。

 そういう意味で、いま地域循環共生圏で申しているところは、この構想をみなさんに知っていただき、うちの地域、うちの企業も頑張ろう、ポテンシャルを持ってやろう、技術を色々取り入れてやろうと、そういう元気の輪が広がるようなボトムアップアップ型の声がけをしています。

 しかもこの循環のネットワークシステムは、ある意味で階層性になっています。一番ベースの友人、家族、地域から大きなエリア、流域、国全体、アジア全体など適正なところでの循環というものがあると思います。小さい視点、ボトムアップを大事にしていますが究極はアジア全体、グローバル全体です。これは、日本の経験で言っても、かつて国内をかなぐり捨てて世界のことを見るような時が無いわけではありませんでした。いまや国内課題としての技術を使い、循環する発想を持ちながら、世界へ貢献していく、世界のカーボンニュートラルに貢献していく発想です。図式化しますと、この自然生態圏、ネイチャーポジティブの世界は、山から海に至る水の循環に象徴されます。この循環系の中に川から海に行き、蒸発し、また雲から雪や雨になり、降りていく。この中に私たち全ての営みがあるわけです。この循環の中から水回り、食料、エネルギー、観光資源をいただいている発想で、これを調和していくのです。

地域循環共生圏

 この絵は日本の地域にも当てはまりますが、ひょっとしたら大きな意味で中国全土をどう考えるか、アジアの視点ではこれはどうなるか。先ほどの循環の階層性の発想から見ますとボトムアップの、私たちができる回りの循環を考えながらも、どんどん大きくしていくことが大事だろうと思っております。

 そういう意味でいまの構想は、環境省が閣議決定という形で政府全体のサスティナブルな環境の切り口から構想で出しておりますが、それをやるためにも、やはり今日のような日中の協力の場、人と人のイノベーション、オープンな場での交流。そしてデジタルトランスフォーメーション、AIも含めて電気がかかるわけですが、これは賢く使えば、地域循環をやる大事な道具になります。ここでかかる電気自体は、賢く地球に負荷がかからない形で獲得する。

 こういう大きな構想の中で、皆が共有感を持ってそれぞれ頑張る。政府、官、民も頑張る。こういう構想で日本はやっていることをご紹介したいと思います。今日はこれのさらなる展開を期待しております。ありがとうございます。


プロフィール

中井 徳太郎(なかい とくたろう)/日本製鉄顧問、元環境事務次官

 1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官、環境事務次官を経て、2022年より日本製鉄顧問。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。鑓水洋氏は開会挨拶をした。



 ご紹介いただきました環境省の鑓水でございます。本日は、このような機会を頂戴し、大変光栄に思っております。また、国際シンポジウムの開催、誠におめでとうございます。

 私からは、福川さんがご紹介されたように、日本政府が推進しているグリーントランスフォーメーションのコンセプトや今後の方向性についてご紹介させていただきます。その前に、COP29の結果について簡単にご報告いたします。2024年11月11日から24日まで、アゼルバイジャン共和国のバクーで開催されたCOP29では、気候変動に関する新たな数値目標が設定されました。特に、途上国支援については、2035年までに年間約3000億ドルを支援することを目指すと決まりました。さらに、公的資金や民間資金を合わせて、途上国向けの資金を2035年までに年間1.3兆ドル以上に拡大することが求められました。

 また、温室効果ガス排出削減対策としては、地方自治体との連携強化や、都市建物の脱炭素化の重要性が強調されました。日本からは、浅尾慶一郎環境大臣が出席し、1.5度目標の実現に向けて、国が決定する貢献、いわゆるNDCの着実な実施が重要であると訴えました。また、我が国が気候資金支援を2025年までの5年間で、最大700億ドル規模で実施していることや、温室効果ガスの排出削減が着実に進んでいることを報告しました。

鑓水洋 環境事務次官

 さて、GXの経緯やコンセプトについて、少しお話しさせていただきます。日本では、2020年10月、当時の菅義偉内閣総理大臣が、2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。それ以降、脱炭素化に向けた国内の議論が活発化しました。これに関連して、日本におけるグリーン・トランスフォーメーションは2022年5月、GX投資を促進するための新たなイニシアティブを支持することから始まりました。これは、温室効果ガスの排出削減に向けた国際公約と産業競争力の強化、経済成長を同時に達成するために、10年間で150兆円を超える官民投資を実行することを目指しています。その中心となるのが「成長志向型カーボンプライシング構想」です。

 この構想には3つの重要なポイントがあります。1つ目は、GX経済公債という新たな債券を発行し、その資金を調達して、150兆円を超える官民投資を実行するために、国として長期的かつ複数年度にわたる投資促進策を講じることです。具体的には、10年間で20兆円規模の国債を発行する予定で、これは世界初となる「トランジションボンド」として注目されています。今年の2月からは、個別銘柄の「クライメート・トランジション・利付国債」を5回にわたり発行し、合計で約2.65兆円を調達しています。

鑓水洋 環境事務次官

 2つ目は、カーボンプライシングによる先行投資インセンティブです。これには2028年度からの化石燃料付加金制度の導入、2026年度からの排出量取引制度の本格稼働などが含まれています。これにより、企業が脱炭素化に向けた投資を積極的に行うよう促進しています。

 3つ目は、新たな金融手法の活用です。具体的には、今年設立されたGX機構による債務保証などの官民金融支援を強化し、トランジションへの国際的理解の促進や、グリーンファイナンス市場の発展を目指しています。

 また現在、政府は「GX2040ビジョン」の検討を進めています。これは、エネルギーの量や価格の安定供給、DXの進展、電化に伴う電力需要の増加、そして経済安全保障の要請などを踏まえて、将来に向けた不確実性に対応するためのビジョンです。このビジョンでは、エネルギーの脱炭素化や水素関連産業の集積、GX製品の国内市場の創出などが重要な課題として議論されています。特に、グリーン鉄やグリーンケミカル、CO2吸収コンクリートなどの素材は、性能が変わらないものの、製品のコストアップが課題となっており、これに対応するため、カーボンプライシングを加えてGX製品の価値を見える化し、需要創造や市場創出に取り組んでいくことを目指しています。

シンポジウム当日の東京経済大学キャンパス

 これらの取り組みは、政府としての脱炭素に向けた重要な施策であり、環境省としても積極的にサポートしています。さらに、環境省では「循環経済」や「ネイチャーポジティブ(自然共生)」など、社会の変革に取り組んでいます。循環経済は産業競争力の強化や経済安全保障の確保、地方創生、質の高い暮らしの実現に貢献すると考えており、年内には政策パッケージを取りまとめる予定です。

 また、ネイチャーポジティブについては、優れた自然環境を守りつつ、上質なツーリズムを実現し、自然の保護と利用の好循環を生み出すことを目指しています。この取り組みを通じて、国内外からの観光客を促進し、滞在型観光を推進するための魅力拡大にも取り組んでいます。

 以上、環境省の取り組みと、GXを中心とした政府の政策についてご紹介させていただきました。引き続き、皆さまのご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。本日はご清聴、誠にありがとうございました。


プロフィール

鑓水 洋(やりみず よう)/環境省大臣官房長。

 1964年山形県生まれ。1987年東京大学法学部卒業後、大蔵省入省。大蔵省主計局総務課長補佐、熊本県総合政策局長、財務省大臣官房企画官、主計局主計官、財務省大臣官房付兼内閣官房内閣審議官、財務省大臣官房審議官、理財局次長、国税庁次長等を経て、2021年から現職。

■ シンポジウム掲載記事


GX政策の競い合いで地球環境に貢献
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2024-12/30/content_117632819.htm

気候変動対策を原動力にGXで取り組む
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-01/02/content_117641894.htm

GXが拓くイノベーションインパクト
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-01/02/content_117641551.htm

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。福川伸次氏は開会挨拶をした。



 福川でございます。今日は東京経済大学で、「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」という壮大なテーマのシンポジウムが開催されることを心からお喜び申し上げます。本日は中国側から私の長年の友人である楊偉民先生、日本側からは中井徳太郎元環境次官をはじめ、さまざまな方々が参加し、素晴らしい議論が展開されることを楽しみにしています。COP29の後の状況について、これからどのように展開されていくのか、皆様も注視していることと思います。

 話は少しそれますが、グリーンストランスフォーメーションに加えて、現在進行中のデジタルストランスフォーメーションも非常に重要です。デジタル化が進む一方で、エネルギー消費が増える可能性があり、この点をグリーンストランスフォーメーションとどう調和させるかが大きな課題となります。世界のエネルギー消費の弾性値は1990年代の0.29から2020年代には0.51に上昇しています。デジタル化の進展に伴い、グリーン化の対応が一層求められています。

 国際情勢も厳しく、ロシアのウクライナ戦争やイスラエルとガザ地区の情勢などでエネルギー市場が混乱し、環境問題への関心が薄れている危険性があると感じています。米国ではトランプ氏の再任により、環境問題への関心が薄れる懸念もあります。グローバルサウスの国々は経済成長を重視しており、地球環境問題に対する意識が乏しいのではないかという危惧があります。これにどう対応するかが問われています。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」会場

 産業の発展を振り返ると、産業革命以降、世界は大量生産・大量消費・大量廃棄・大量汚染のシステムで発展してきました。これをどのように解決していくかが今後の重要課題です。このままでは現行の産業活動や生活環境を維持するのは非常に困難です。

 グリーントランスフォーメーションは単に化石燃料をグリーンエネルギーに置き換えるだけでなく、産業社会や構造全体の変革を含む新しい取り組みが必要です。地球社会の存続を考えると、産業のグリーン化をどのように実現するかが重要です。エネルギーの供給・需要面において革新的な技術開発が求められます。

 まず、エネルギー供給構造の革新が重要です。太陽光や風力の利用拡大、安全性が確認された原子力の拡大、水素やアンモニアなどの利用も必要です。さらに、産業活動や生活の省エネルギーを加速し、電気自動車や自動運転システム、ドローン配送システムの導入が期待されています。将来的には、高速道路におけるソーラー発電と自動走行充電道路の融合なども検討すべきです。

福川伸次 東洋大学総長、元通商産業事務次官

 次に、排出権取引の国際展開が重要です。過去の経験を生かし、どのように活用するかを模索すべきです。そして、資金調達の問題もあります。グリーントランスフォーメーションには膨大な資金が必要です。発展途上国への資金援助や技術革新には資金が不可欠で、どのように調達するかが大きな課題です。私は、温暖化ガスの排出に応じた資金供給メカニズムの検討が必要だと考えています。経済成長と排出量がある程度相関しているなら、排出量に応じた資金供給を行い、その資金を技術開発や発展途上国への支援に充てるべきです。

 日本では1970年代から取り組みが始まり、現在ではCOP21の合意を実現するため、2030年までにCO2排出量を46%削減する目標を掲げています。その一環として、2023年にはグリーントランスフォーメーション関連の2法案が成立しました。排出取引制度の本格稼働や炭素付加金制度の導入が検討されています。また、原子力発電の再開、洋上風力発電の促進、水素エネルギーの拡大も進められています。現在、政府はエネルギー基本計画の再検討を行っています。

シンポジウム会場・東京経済大学「進一層館」

 アジアでは多くの国が脱炭素社会実現を表明していますが、未だに石炭や天然ガスに依存している国が多いのが現状です。2050年までのカーボンニュートラル実現を目指していますが、経済成長を重視する中でそれをどう実現するかが大きな課題です。2023年12月には、アジアゼロエミッション共同体(AZEC)の首脳会議が開催され、脱炭素に向けた原則や政策策定が議論されました。日本としてどのように支援していくかが問われます。

 中国は二酸化炭素の最大排出国ですが、ソーラーパネルや電気自動車、風力発電の分野では世界をリードしています。中国の地球環境改善に期待しています。また、日中両国は脱炭素に向けて協力を強化しています。技術革新、政策協力、サプライチェーン強化、環境教育・人材育成、第三国への協力など、さまざまな形で協力が進んでいます。

福川伸次 東洋大学総長、元通商産業事務次官

 私は、日中協力が今後大いに発展することを期待しています。この分野での成功は、GXの実現にかかっており、それが世界の産業発展の中心となると考えています。このシンポジウムが有益な成果をもたらし、日中協力が進展することを心より期待しています。


プロフィール

福川 伸次(ふくかわ しんじ)/東洋大学総長、地球産業文化研究所顧問

 通商産業事務次官、神戸製鋼所代表取締役副社長・副会長、電通顧問、電通総研代表取締役社長兼研究所長、日本産業パートナーズ代表取締役会長、東洋大学理事長、機械産業記念事業財団会長、日中産学官交流機構理事長、日本イベント産業振興協会会長など歴任。


■ シンポジウム掲載記事


GX政策の競い合いで地球環境に貢献
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2024-12/30/content_117632819.htm

気候変動対策を原動力にGXで取り組む
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-01/02/content_117641894.htm

GXが拓くイノベーションインパクト
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-01/02/content_117641551.htm

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】中国企業海外進出のチャンスと課題

■ 編集ノート:雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たなチャレンジ:イノベーション、集積、海外進出」が2024年12月1日、東京オペラシティで開催された。主催は雲河都市研究院、メディアサポートは中国インターネット情報センター。 
 中国駐日本大使館の郭旭傑経済参事官、北京大学国家発展研究院の周其仁教授、中米グリーンファンドの徐林会長、北京希肯琵雅国際文化発展株式会社の安庭会長、北京師範大学一帯一路学院の林惠春教授が登壇し、中国企業海外進出のチャンスと課題について議論した。


2024年雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たな旅立ち:イノベーション、集積、海外進出」会場

林惠春:中国企業海外進出の2つの課題


 きょうの中国企業海外進出に関する討論の議題は2つある。1つは、米国トランプ政権の逆グローバル化で、中国企業は海外進出をどう図るべきか。2つ目は、中国の一帯一路が中国企業の海外進出にとってどのような意味と役割があるかだ。

林惠春 北京師範大学一帯一路学院教授

郭旭傑:中国企業はどう包囲網を打ち破り、足場を固めるか


 トランプ政権二期目が始まり、世界自由貿易体制と経済グローバル化に対する懸念が世界的に高まっている。中国経済が直面するこれらの課題は、結局のところ中国企業の肩にかかってくる。新しい時代において、中国企業が国際舞台で包囲網を打ち破り、足場を固めることが重要な課題となっている。

 APEC首脳非公式会合期間中、習近平主席は石破茂首相と会談し、両国首脳が戦略的互恵関係を全面的に推進し、新しい時代に適した建設的で安定した日中関係を構築することを再確認した。経済貿易、グリーン成長、医療・介護などの分野で協力を強化し、グローバルな課題に共同で対応していくと強調した。石破茂首相は施政演説で、両国間のあらゆるレベルでの交流を推進し、中日関係が改善・発展の重要な時期を迎えることを表明した。

 近年、日本市場に進出する中国企業も増加している。日本貿易振興機構の統計によると、2023年末時点で、中国の対日投資残高は80億米ドルに達し、2015年の4倍に増加した。主な分野は貿易、投資、金融、物流、観光、人材派遣など多岐にわたり、地域的には東京、大阪、名古屋の3大都市圏に集中している。 日本に投資する中国企業では、BYD、TEMU(テム)、SHEIN(シーイン)、ハイアールなどのブランドが好調で、日本において中国の良いブランドイメージを確立している。

郭旭傑 中国駐日本大使館経済参事官

安庭:輸出と進出の促進で、文化の運命共同体創りを


 中国の文化公演の海外進出について、私はいくつかの展望を持っている。

 第一に、文化公演と国際市場との有効な連携を強化し、エンターテインメントの優良作品がスムーズに海外進出できるよう推進する必要がある。

 第二に、情報交流の強化は、中国の舞台芸術の傑作を海外に進出させる上で最も重要な課題となっている。

 第三に、積極的に海外へ作品を紹介し、理解を深めることが必要だ。そこを国家レベルで支援する必要がある。

 国家間、都市間の文化の相互理解、産業連携、社会の融合を促進し、海外からの輸入と海外進出を促し、文化の運命共同体を作り上げよう。

安庭 北京希肯琵雅国際文化発展株式会社会長

徐林:一帯一路は中国企業の海外進出を支援し、開かれたプラットフォームに


 グローバル化には多様な側面がある。経済分野では逆グローバル化の傾向が見られるが、経済だけを見てはいけない。他の多くの分野ではグローバル化は逆行していない。

 第一に、中国企業は国際資本市場への進出を奨励する必要がある。先ほど周牧之教授が述べたように、企業の上場は資金調達手段であるだけでなく、国際投資を誘致し、透明性を高め、認知度を高める重要な手段でもある。

 過去数年間、一部の海外上場の中国企業は上場廃止とされたが、私はこれは間違っていると思う。より多くの中国企業が海外資本市場に上場し、外国投資家が中国企業について理解を深め、中国企業の成長による利益を外国投資家が共有できるようにする必要がある。

 第二に、現在、中国の海外での利益は10兆ドルを超えている。中国政府は、海外のこの利益をどう保護するのか?何によって保護するのか?

 従来、中国の外交は他国の内政に干渉しない方針だったが、中国は現在、世界中のあらゆる地域で利益分配がある。他国の内政に干渉しない方針で海外の利益を保護できるのか?外交の手段や戦略を変更する必要はないのか?

 他国の内政に干渉しない方針を堅持するには、国際ルールや協定に依拠する必要がある。そのためには、主要な利害関係者と早期に協定を結び、制度を確立する必要がある。そうすることで、中国の海外利益を保護することができる。実際、中国は現在これらの点で不十分だ。

 第三に、ますます増加する企業の海外進出のニーズをどう管理するか。資本は海外へ流出するが、政府はその流出に対してどのような態度を取るべきか?どのようなルールを設けるべきか?

 多くの中国の名高い企業が海外進出の際に、資本規制などさまざまな障害に直面している。こうした問題は、中国企業の海外進出の波の中で、政府が解決しなければならない課題だ。

 第四に、中国の金融サービス業は企業の海外進出のニーズに対応できるだろうか?

2024年雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たな旅立ち:イノベーション、集積、海外進出」会場

 海外の金融機関は、自国の企業とともに海外に進出し、多くの優れたサービスを提供している。しかし、中国の金融システムは、こうした要求に対応できていない。多くの中国企業は、海外で海外の金融機関のサービスを利用できない時、中国の金融機関は彼らに十分なサービスを提供できていない。

 私は、一帯一路は地理的な概念と理解している。しかし、欧米人は一帯一路を地政学的な概念として捉える傾向がある。実際、中国が一帯一路を最初に提唱したのは、地政学的な考慮ではなかった。

 当時、中国は多額の外貨を稼いでおり、その外貨をより有効に活用するため、アジアインフラ投資銀行(AIIB)やBRICS銀行を設立し、一帯一路を提唱した。日本を見習い、その外貨を利用し、多額の収益を得た後に黒字を国内に還流させ、一帯一路参加国の発展を促進したいと考えていた。

 しかし、その後、これは地政学的な戦略と解釈された。そのために中国では「一帯一路戦略」と呼ばず、「一帯一路イニシアチブ」と呼ぶようになった。

 私は、一帯一路が真に影響力を持つためには、中国企業の海外進出を支援し、開かれたプラットフォームとして構築すべきだと考える。もちろん、中国の対外姿勢は依然として開かれたものであり、閉鎖的でなく、中国が完全に主導するものではない。第三者の参加も歓迎する。

 また、一帯一路には、基本的なルールや制度が不可欠だ。それがない場合、一帯一路の投資はリスキーなものになる。

(右)徐林 中米グリーンファンド会長、中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元司長(左)周其仁 北京大学国家発展研究院教授

■ 周其仁:企業を主体としたグローバル化を


 現実の世界は非常に興味深く、地政学の本質は異なる地域間の利益衝突を表わす。

 人類は動物から進化し、狩猟文明と農耕文明を経てきた。動物界にも領土意識があり、生存のために生物は自分の領土を広く、豊かに、強くしたいと考える。隣接する2つの勢力はしばしば矛盾や衝突を起こす。これが地政学的紛争の根源のひとつである。

 人類社会は21世紀にまで発展したが、戦争や紛争は絶えず発生し、これは根深い競争が依然として存在していることを示している。

 一方、国境で囲まれた国家は存在しているものの、企業の海外進出は政治体制と直接には関係がない。顧客さえあれば、企業はさまざまな政治体制の国に容易に進出できる。企業は契約を結ぶ組織であり、契約は人類の経済的利益と文化的利益をネットワークで結びつけている。

 このように地域紛争が絶えない一方、市場のグローバル化とネットワーク化で企業の活動は世界中に広がっている。この両者は世界に矛盾なく共存している。

 2019年に北京大学での講演で、私は「国本位のグローバル化は重大な挫折に直面しているが、市場本位のグローバル化はまさに台頭しつつある」と述べた。この市場本位とは企業本位である。

 米大統領は対中の貿易戦争と技術戦争を発動したが、テスラは上海にスーパー工場を建設した。国家間の政治関係がどうであれ、企業は複数の、時には対立する顧客と取引を行うことが可能だ。

 今日、ナショナリズムや貿易保守主義が台頭し、国家安全保障が極限まで拡大しているが、最終的に勝利するのは企業中心のグローバル市場というネットワークである。そのネットワークの相互作用が、人類が古くから抱える地域紛争を克服するだろう。

(左)周其仁 北京大学国家発展研究院教授/(右)周牧之 東京経済大学教授

 中国の希音(SHEIN)社は、オンラインでZARAのようなビジネスを展開している。世界には、少ないお金で新しい服を着たいという消費者層が存在する。同社は、この需要をターゲットに、インターネットを通じて欧米市場に週5万点の新しい商品の電子サンプルをアップし、注文が入ると佛山、番禺一帯の中小企業で大量生産し、需要に応えている。オンラインでヒット商品が出ると、生産システムが迅速に対応する。彼らのネットワークを通じて数十機の飛行機で世界中に輸送される。

 先ほど周牧之教授が述べたように、希音の日本での売上高はユニクロに迫っている。しかし、中国国内の大多数の人々は、この会社の存在すら知らない。

 私の学生にアマゾンで働いている者がいるが、彼はアマゾンの株価が中国の2つのアプリに圧迫されていると言う。一つは拼多多(ピンドゥオドゥオ)、もう一つが希音だ。これらの企業の頭の中の世界地図は、私たちが目にする世界地図とは異なっている。私たちは境界が明確な国家として国々を見ているが、彼らはサプライチェーン、顧客チェーン、中間サービスプロバイダーでつながった商業ネットワークの世界を見ている。

中国都市総合発展指標2023」報告書

 この記事の中国語版は2024年12月26日に中国網に掲載され、多数のメディアやプラットフォームに転載された。


■ WEB掲載記事


【日本語版】

チャイナネット『海外進出した中国企業、現地社会に溶け込むのが肝心=中米グリーンファンドの徐林会長』(2025年5月15日)

チャイナネット『企業を主体としたグローバル化を=北京大学国家発展研究院の周其仁教授』(2025年5月15日)

チャイナネット『製造から投資、管理の力量まで問われる海外進出=北京大学国家発展研究院の周其仁教授』(2025年5月15日)

チャイナネット『高成長する文化産業は「輸入」と「海外進出」が両輪=北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司の安庭会長』(2025年5月15日)

チャイナネット『近年、日本市場に進出する中国企業が増加=中国駐日本大使館の郭旭傑経済参事官』(2025年5月15日)

チャイナネット『中国企業の海外進出は世界を再構築=周牧之教授』(2025年5月16日)

■ 関連記事


【シンポジウム】メガロポリス発展を展望:中国都市総合発展指標2023

■ 登壇者関連記事


 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【シンポジウム】中国企業の海外進出の経験と教訓

■ 編集ノート:雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たなチャレンジ:イノベーション、集積、海外進出」が2024年12月1日、東京オペラシティで開催された。主催は雲河都市研究院、メディア協力は中国インターネット情報センター。
 北京大学国家発展研究院の周其仁教授、米中グリーンファンドの徐林会長、東京経済大学の周牧之教授、北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司の安庭会長、北京師範大学一帯一路学院の林惠春教授が登壇し、中国企業の海外進出の経験と教訓について議論した。


2024年雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たな旅立ち:イノベーション、集積、海外進出」会場

林惠春:中国企業の海外進出の成功と教訓


 中国企業の海外進出にはどのような経験と教訓があるか?中国企業の海外進出熱は高まり、成功例も失敗例も出ている。その経験と教訓は?

(左)周牧之 東京経済大学教授、(右)林惠春 北京師範大学一帯一路学院教授

周牧之:中国企業の海外進出は世界を再構築


 周其仁教授と私は其々1980年代末、留学という形で「個人的な海外進出」をした。現在、中国企業の海外進出は、1980年代以降3度目の大きな変革と捉えられる。1度目は改革開放、2度目は中国の都市化、3度目が中国企業の海外進出だ。最初の2つの大変革は、中国の運命を大きく変えただけでなく、世界にも影響を与えた。

 中国企業の海外進出は始まったばかりだが、その影響力は無視できないほど大きい。中国経済の巨大な経済規模を盾に、強力な成長力と驚異的な推進力を持つ中国企業の海外新出は、かつてないほどの衝撃力で世界を再構築している。

周牧之 東京経済大学教授

■ 徐林:現地社会に溶け込むのが肝心


 中国企業は海外に進出後、海外社会に溶け込む必要がある。海外進出は、中国企業にとって既知の環境から未知の環境へ移り、生存し、経営していくことであり、多くの課題に直面することは確実だ。

 私が中国国家発展改革委員会財政金融司の司長を務めていた際、ちょうどリーマンショック金融危機の時期だった。当時、中国国務院で海外進出に関する会議が開かれた。国務院のある指導者が、企業の海外進出に一定の規制があるため、多くの企業が海外進出の陳情に来ると述べた。

 彼は企業が海外進出ですぐに成功すると安易に考えてはならないと指摘し、それは海外と中国国内の経営環境が異なるためだと言った。特に国内の民間企業の場合、地方政府は企業に大きな支援を提供し、企業が直面する様々な問題解決の手助けをする。しかし、企業が海外に進出すると、状況は大きく異なる。海外の労働争議に直面するだけでなく、現地政府は国内政府のように企業の問題解決を支援しない。

 さらに、中国企業が海外に進出した後、どう現地社会と融合し、現地従業員に中国企業への帰属意識と誇りを持ってもらえるかは、容易ではない。

 金風科技を例に挙げたい。同社は新疆の風力発電設備メーカーで、ドイツ企業を買収し、研究開発を海外に拡大した。派遣したチームと現地従業員との距離を縮めるため、同社は様々なイベントを企画した。皆で円になって座り、中国の火鍋を食べながら酒を飲むことで、中国人と現地社員の距離が一気に縮まった。

 今後、政府はこうした面でより多くサポートし、企業の問題解決を支援するべきだ。

徐林 中米グリーンファンド会長、中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元司長

■ 安庭:相手の立場に立って問題を考える


 まず友人になり、相手の立場に立って問題を考えることで合意に達し易くなる。北京希肯琵雅国際文化発展有限公司は2000年9月に設立され、全国初の外国合弁企業として新三板に上場したエンタメ企業だ。当社は、日本のぴあと合弁会社を設立する過程で、いくつかの困難に直面した。

 ぴあは日本最大のチケット販売会社である。同社の矢内廣社長は日本で非常に有名で、中国に深い親しみを持ち、特に中国での事業展開を強く希望していた。彼らは中国の数多くの都市や企業を訪問し、保利も訪問した。当時、当社は保利と合弁会社を設立していたため、保利からぴあとの合弁会社設立を勧められたのが経緯だ。

 当社は、日本企業との協力を希望し、このプラットフォームを活用し中国のコンテンツを日本や他のアジア諸国に輸出したいと考えた。しかし、言語の違い、特に物事の認識や考え方の違いから、合弁会社の設立交渉には2年の時間を要した。

 その間、私は頻繁に日本を訪れ、彼らも中国に頻繁に来て、皆で酒を酌み交わし、まず友人となり、その後、物事を話し合うことで、相手の立場に立って問題を考えることができ、合意に達した。

(右)安庭 北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司会長、(左)林惠春 北京師範大学一帯一路学院教授

周牧之:上場で企業ガバナンスの規範、透明性を高める


 私は安庭の希肯琵雅国際の取締役であり、同社に投資するぴあの顧問でもある。ある時期、双方のコミュニケーションに問題が生じた。私は安庭に、新三板に上場する提案をした。企業が上場すると、証券会社による経営ガバナンスの監督と指導を受けることになり、企業はより規範化され、透明性が高まる。

 実際、上場することにより、合弁企業の双方が問題について議論する際に、的を射た議論ができるようになる。新三板は流動性に欠けるが、多くのスタートアップ企業を規範化した多大な功績がある。この経験から中国企業の海外市場の上場も、非常に大切なステップだと思う。

 私はこれまで、北京市政府に対して、北京の証券市場を活性化させるべきだと提案してきた。これは資金調達に有利なだけでなく、企業ガバナンスの規範、透明性を高める点で非常に重要だ。

 中国企業が海外に進出する際には、現地のパートナーと相互に認め合う仕組みを構築する必要がある。証券取引市場は、その点で非常に重要だ。

 私は安庭を説得すると同時に、日本側も説得した。これまで日本側は、合弁会社がどれだけ利益を上げるかに注目し、上がった利益を日本へ持ち帰りたいと考えていた。これは通常の考え方だ。私は、短期的な利益に過度に注目すべきではないと説いた。日本の上場企業として、海外にこのような優良な合弁企業を持つこと自体が、金融市場での企業価値向上につながる。

 世界は広く、多くの要素を融合させる必要がある。中国企業が海外に進出する場合も、外資を中国に誘致する場合も、よりオープンで広い視野を持つ必要がある。

中国都市総合発展指標2023」報告書

■ 周其仁 現地の文化習慣の尊重、順応が大切


 輸出から海外進出への転換は大きな飛躍だ。しかし、顧客を掴む必要がある。自分たちで地図を広げ「ここに行きたい」と計画を立て、雄大な野望を持つだけではなく、顧客を求めて歩むべきだ。

 例えば、逸早く雄大な野望を持って海外進出した美的集団は、挑戦に直面するのも早かった。海外に出ると、顧客をゼロから探す必要があり、その難度は非常に高い。中国一の家電メーカーだと自負していても、美的が東南アジアに行くと、現地の消費者はそうは思っておらず、日本やアメリカのブランドが浸透していたことが身に染みて判った。

 2006年に美的はベトナムに工場を建設したが、9年経っても黒字化できず、2014年には現地の暴動に巻き込まれた。美的はこれを教訓とし、安易にグリーンフィールド(未開拓の土地)で工場を建設するのではなく、まずアメリカや日本の現地企業の株式の一部を取得し、参入するようになった。これら歴史のある現地企業は現地での経験が豊かで、客層もサプライチェーンも有しているからだ。

 グリーンフィールドでの工場建設を避け、優秀な企業を選別するようになった美的は、その後の海外展開が順調に進んだ。

 海外進出時には現地の文化習慣を尊重し、順応することも重要だ。一部の企業は自国文化を誇張する傾向がある。例えば、中国系企業がベトナムの工場の入り口に石造りの獅子や関羽の像を置いたところ、獅子の歯が壊された事例がある。多くの中国企業は現地で関羽の像を置いたり、国旗を掲げたりする。相手もそれを好むのであれば問題はないが、文化の異なる場所では節度が必要だ。

 ベトナムの暴動以降、中国系企業の外観は現地の欧米企業とほぼ同じになり、外見上ベトナム語と英語のみとなっている。このような現地化は、もちろん、中国文化への愛着に影響はない。ドアを閉め、好きなように飾ればよいのだから。

周其仁 北京大学国家発展研究院教授

林惠春:海外進出の4つの法則


 海外進出にはいくつかの法則がある。私はそれを4つの言葉でまとめた。1つ目は「外に出ていくこと」だ。海外に出ていかなければ、外の世界は判らない。2つ目は「深く入り込むこと」だ。海外に出てただ見物するだけでなく、必ず深く調査しなければならない。3つ目は「融合していくこと」だ。4つ目の言葉は「現地化すること」だ。例えば、長虹ヨーロッパ社はチェコに拠点を置き、13人の中国人が400人以上の現地従業員を管理している。実際の管理はほぼ現地人に任せており、非常にうまくいっている。

(右)林惠春 北京師範大学一帯一路学院教授

 この記事の中国語版は2024年12月26日に中国網に掲載され、多数のメディアやプラットフォームに転載された。


■ WEB掲載記事


【日本語版】

チャイナネット『海外進出した中国企業、現地社会に溶け込むのが肝心=中米グリーンファンドの徐林会長』(2025年5月15日)

チャイナネット『企業を主体としたグローバル化を=北京大学国家発展研究院の周其仁教授』(2025年5月15日)

チャイナネット『製造から投資、管理の力量まで問われる海外進出=北京大学国家発展研究院の周其仁教授』(2025年5月15日)

チャイナネット『高成長する文化産業は「輸入」と「海外進出」が両輪=北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司の安庭会長』(2025年5月15日)

チャイナネット『近年、日本市場に進出する中国企業が増加=中国駐日本大使館の郭旭傑経済参事官』(2025年5月15日)

チャイナネット『中国企業の海外進出は世界を再構築=周牧之教授』(2025年5月16日)

■ 関連記事


【シンポジウム】メガロポリス発展を展望:中国都市総合発展指標2023

■ 登壇者関連記事


 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題