【シンポジウム】メガロポリス発展を展望:中国都市総合発展指標2023

■ 編集ノート:2024年雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たな旅立ち:イノベーション、集積、海外進出」が2024年12月1日午後、東京オペラシティで開催された。北京市人民政府参事室と雲河都市研究院が共同主催し、中国インターネットニュースセンターがメディアサポートした。


2024年雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たな旅立ち:イノベーション、集積、海外進出」会場

 郭旭傑駐日中国大使館経済参事官と耿新蕾北京市人民政府参事室副主任の挨拶の後、雲河都市研究院が「中国都市総合発展指標2023」を発表した。 北京は8年連続で総合ランキング第1位、上海は第2位、深圳は第3位となった。広州、成都、杭州、重慶、南京、天津、蘇州は総合ランキング第4位から第10位となった。総合ランキング第11位から第30位の都市は、武漢、厦門、西安、長沙、寧波、青島、鄭州、福州、東莞、無錫、済南、珠海、仏山、合肥、瀋陽、昆明、大連、海口、貴陽、温州となった。

 シンポジウムの出席者は、発表された指標について活発な議論を交わした。

周牧之 東京経済大学教授


 「中国都市総合発展指標2023」は、2016年以降、8回目の発表となる。同指標の専門家チームの主要メンバーが東京に集まったこの機会に、メガロポリスの発展について議論し、展望したい。

 中国の第1次から第10次までの五カ年計画はすべて大都市発展抑制を謳っていた。しかし第11次五カ年計画でいきなりメガロポリス発展戦略を採った。これは中国でアンチ都市化政策から都市化促進政策への大きな転換であった。いまや中国国家発展改革委員会が19ものメガロポリスを指定している。

 これらのメガロポリスの発展をどう評価するかが重要な課題となった。また、中国では一線都市など都市分類の定義を巡り様々な説が行き交い混乱している。これらを踏まえ、昨年より中国都市総合発展指標の総合ランキング偏差値に基づき、都市を一線都市、準一線都市、二線都市、三線都市に分類した。さらに 19のメガロポリスに属する223都市の総合評価偏差値の「箱ひげ図」及び「蜂群図」の分析で、各メガロポリスを評価した。今年も引き続き、こうした分析で各メガロポリスの発展を評価する。

周牧之 東京経済大学教授

 総合ランキング偏差値は、経済、環境、社会の3つの大項目偏差値の合計が300である。偏差値が200以上と定義された一線都市はわずか北京、上海、深圳、広州の4都市である。これら一線都市はすべて長江デルタ、珠江デルタ、京津冀の三大メガロポリスに集中している。

“中国都市総合発展指標2023” 都市分類

 偏差値175~200の準一線都市は9つあり、長江デルタ、京津冀、成渝、長江中流、粤闽浙沿海、関中平原などのメガロポリスに分布している。偏差値150~175の二線都市は43あり、広く分布している。偏差値150以下の三線都市は241あり、その中には銀川、西寧、フフホトの3つの中心都市も含まれている。

“中国都市総合発展指標2023” 都市分類 一線都市(4都市)+準一線都市(9都市)

 メガロポリスを評価する際、まず注目すべきは、そのメガロポリスに中心都市がいくつあるか、そしてそれらの中心都市のランキングがどの程度か、ということである。長江デルタには最も多くの中心都市があるが、一線都市は上海のみである。京津冀の一線都市も北京のみである。これに対して珠江デルタには深圳と広州という2つの一線都市がある。しかしいずれも偏差値では北京や上海とはかなり距離がある。

 次に、メガロポリス内各都市の全体的な発展を分析する必要がある。箱ひげ図中の横線は、サンプルの中央値、箱の上辺は上位四分位点(75%)、箱の下辺は下位四分位点(25%)、箱本体は50%のサンプル分布を示している。蜂群図は、個々のサンプル分布をプロットした図である。箱ひげ図と蜂群図を重ね合わせることで、サンプルのポジションと全体の分布の双方を示せる。この分析から、三大メガロポリスのうち、珠江デルタ内部の都市が最もバランス良く発展し、長江デルタがそれに次ぎ、京津冀では中心都市とそれ以外の都市の発展格差が非常に大きいことがわかる。

■ 楊偉民 中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任


 周牧之教授と私は、長年協力してきた。2001年、周教授は『都市化:中国近代化の主旋律』という本を出版し、中国はメガロポリス発展戦略を採るべきだと提言した。その後、私たちは『第三の三十年』という本を共同主編した。1999年に中国国家発展改革委員会の私の部署が都市化戦略を提唱し、後に「城鎮化」と呼ばれるようになった。 第11次5カ年計画策定時に、私は国家発展改革委員会計画司の司長として、メガロポリス戦略を提案した。当時、指導部は中小都市の発展を望んでいたが、実際には大都市の発展が必要だった。そのバランスを取るため、メガロポリス戦略を打ち出した。実際、私は周教授の著書を読み、メガロポリスの発展という考えに確信を持った。

中国都市総合発展指標2023」報告書

 私は「中国都市総合発展指標」にも一貫して注目してきた。以前、同指標を都市の健康診断書だと述べたことがある。現在、一部の都市や省庁が都市の健康診断報告等に取り組んでいる。しかし、それらは都市建設に偏り、経済問題等まで充分カバーしきれていない。そのため、「中国都市総合発展指標」は環境、社会、経済を網羅し、非常に信頼性が高い。

 中国国家発展改革委員会計画司が何故19のメガロポリスを設定したのか? そこには地域間の政治的なバランスが働いた面がある。しかし今は経済の法則に立ち返る必要がある。 したがって、「中国都市総合発展指標」を用いてメガロポリスの発展を客観的に評価することが大変重要である。

楊偉民 中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任

■ 邱暁華 アモイ都市大学教授、中国国家統計局元局長


 周牧之教授の「中国都市総合発展指標」には、4つの特徴がある。1つ目の特徴は、包括性である。同指標は経済、社会、環境という3つの大項目、9つの中項目、27の小項目から成る。社会の大項目には文化も含まれるため、中国で現在謳われている経済建設、社会建設、生態文明建設、文化建設についてもカバーしている。その意味では同指標は非常に包括的な都市評価となっている。

 2つ目の特徴は定量性である。同指標は定性的だけでなく定量的な視点も重んじている。使用する878の指標は、統計データ、インターネット・ビックデータ、衛星リモートセンシングデータの3分の1ずつで構成されている。これは、ほぼすべての入手可能なリソースから収集したデータに基づく定量的な評価である。マルチ的な定量手法を用いて、中国297の都市の発展具合を示し、説得力がある。

 3つ目の特徴は継続性である。 「中国都市総合発展指標」の研究はすでに10年以上にわたって続けられている。指標評価を一回きりで終わらせるのではあまり意味がない。継続して実施することに大きな意義がある。周教授による継続的な指標評価は戦略的意義が大きく、国家、企業、国民が都市を理解する上で非常に参考になる。国家は戦略を策定し、企業は事業計画を策定し、個人はどの都市を選択するのかの答えを、すべてこの指標評価から見つけられる。この指標評価は、温度を感じさせるデータによる答えを提供している。 私は、これは都市の辞書であり、中国を理解するための都市の辞書であると思う。

 4つ目の特徴は科学性である。指標評価には、データの比較可能性と入手可能性、そして測定可能性と観察可能性が必要である。これらはすべて科学的手法に依存する。周教授はまさしく科学的手法を的確に用いて都市を定量的、視覚的、継続的に評価している。その結果は信頼性が高い。同研究がもたらす多大な貢献は称賛に値する。

邱暁華 アモイ都市大学教授、中国国家統計局元局長

■ 李国平 北京市人民政府参事、北京大学首都発展研究院院長


 周牧之教授の「中国都市総合発展指標」を発表の現場で議論できることを大変光栄に思う。研究分野が近い為、私はずっと周教授の著書を参照し、「中国都市総合発展指標」の関連研究も様々なルートで入手した。「中国都市総合発展指標」は、指標システムの構築にしろ、データサポートにしろ非常に優れている。評価結果も実態に合致している。

 中国では中心都市の輻射力がますます重要になっている。長江デルタメガロポリスには一線都市は一つしかないが、二線都市が数多くある。全体的な地形や各種条件から判断すると、珠江デルタと比べても長江デルタは依然として比較的有利である。長江デルタはボリュームが大きく、その上流には長江経済ベルトがあり、さらにその上には成都・重慶があり、潜在力が非常に強い。

 北京についてはどうだろうか。北京は総合的な強さでは第1位だが、天津や河北のことを考えると、京津冀メガロポリスの協調的発展が重要になる。北京はイノベーション力に強く、北京がイノベイティブな成長の原動力を発揮できれば、京津冀にも希望が持てる。重要なのは、京津冀の産業チェーンとイノベーションチェーンをいかに効果的に結びつけるかだ。現状では長江デルタや珠江デルタほどの域内連携が京津冀ではまだ十分ではない。

李国平 北京市人民政府参事、北京大学首都発展研究院院長

■ 周其仁 北京大学国家発展研究院教授


 集中とは、皆が非常に混雑した場所に押し寄せることを意味し、経済活動が集まることを求める。「人は高い場所に行く」との諺を借りると、人は大勢の人が集まる場所に行く。多くの人が集まることで多くの問題も生じるが、利益は問題を上回る。さらに、人が集まることから生じる問題は、都市建設や技術によって改善することができる。その意味では対処の仕方次第で、人々の都市集中は、うまくいくケースもあればそうでないケースもある。

 「中国都市総合発展指標」のフレームワークは非常に優れているが、最新の人々の流動性の動向について、ぜひ周教授の視野に入れていただきたい。航空運賃が下がり、ネット通信が発展し、AIが進歩している今、人々は将来も都心で働かなければならないのだろうか?今、人々は離れて暮らしながらオンラインで一緒に仕事ができる。上海のオフィスビルの空室問題は長引く可能性がある。新型コロナパンデミックは、人々に新たなつながり方、暮らし方、仕事の仕方を味わわせた。これは必ず空間的に反映していく。

 鍵となるのは、世界で最も生産性が高く、最も活動的で、最もダイナミックな人々が、現在実際にどのように動いているのか、そして空間的にどう影響を与えているのか? ということである。

周其仁 北京大学国家発展研究院教授

徐林 中米グリーンファンド会長、中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元司長


 都市のガバナンスは、特に注目に値する。「中国都市総合発展指標」に都市のガバナンスの評価を加えることを検討すべきである。都市のガバナンスは、その都市の総合評価に影響を与えるはずだ。 このイシューをデータで客観的に表現することは難しいかもしれないが、国内外の都市の比較で主観的な評価を行うことは可能であろう。

 良い都市は、開放的で、包容力があり、便利でなければならない。そして、そのような都市こそが、より魅力的な都市となる。

徐林 中米グリーンファンド会長、中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元司長

 この記事の中国語版は2024年12月26日に中国網に掲載され、多数のメディアやプラットフォームに転載された。

左からディスカッションを行う周牧之教授、楊偉民氏、邱暁華教授

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

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【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

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【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【論文】周牧之:AIブームで沸騰する半導体産業 ― 時価総額から見た日米中の「ムーアの法則駆動産業」(2024-2025)―

The Surging Semiconductor Industry Fueled by the AI Boom — An Analysis of “Moore’s Law-Driven Industries” in Japan, the US, and China by Market Capitalization (2024-2025)

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 AIブームで半導体産業が沸騰している。エヌビディアの時価総額が4兆ドルを超え世界一になっただけでなく、STMC、ブロードコムといった半導体企業も世界時価総額トップ10企業入りした。米中の半導体戦争も激化している。周牧之東京経済大学教授は、論文『時価総額から見た日米中の「ムーアの法則駆動産業」(2024-2025)』で、各国の時価総額トップ100企業のデータを駆使し、日米中半導体産業のパフォーマンスを比較分析した。


 2024年に引き続き[1] 2025年も各国の時価総額トップ100企業を比較し、日米中3カ国の「ムーアの法則駆動産業」パフォーマンスについて分析する。

1.ムーアの法則駆動産業


 後にインテル社の創業者の一人となるゴードン・ムーアは1965年、半導体集積回路の集積率が18カ月間(または24カ月)で2倍になると予測した。これがすなわち「ムーアの法則」である。その後60年間、半導体はほぼムーアの法則通りに今日まで進化した。半導体の急激かつ継続的の進化は、世界の産業構造を激しく変化させている。筆者は、この間の人類社会を「ムーアの法則駆動時代」と定義し、半導体の進化に駆動されて新しい成長パターンを見せる産業を「ムーアの法則駆動産業」とする。

 産業別でいうと、電子産業はまさしく「ムーアの法則駆動産業」として最初に爆発的な成長を見せた。同産業は1980年代以降、サプライチェーンをグローバル展開させ、急成長した。電子産業のこうした性格がアジアに新工業化をもたらしたと仮説し、筆者は『メカトロニクス革命と新国際分業―現代世界経済におけるアジア工業化―』と題した博士論文を書い[2] 同書では中国、NEIS、ASEANの新工業化は電子産業の発展によって引っ張られた側面が大きいと同仮説を立証した。

 電子産業はGICS(世界産業分類基準)[3] の分類では、「情報技術」大分類(セクター)の中分類(産業グループ)「テクノロジー・ハードウェア及び機器」に当たる。同産業の1980〜90年代当時の代表的な製品は家電製品、パソコンであった。現在の代表的な製品は、通信機器、スマートフォンなどである。2025年世界時価総額第1位のアップル(Apple)はその代表的な企業である[4]

図1  世界産業分類基準(GICS)

注1:GICS(世界産業分類基準)は、S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスとMSCIが1999年に共同開発した、先進国及び開発途上国を含む世界中の企業を一貫して分類するように設計された分類基準。
注2:2025年現在、11のセクター(大分類)、25の産業グループ(中分類)、74の産業、及び163の産業サブグループに分類され、産業構造の変化等に伴って定期的に見直されている。
出典:S&P ダウ・ジョーンズ・インデックス「GICS:世界産業分類基準」より 作成。

 図1が示すように、「情報技術」大分類には電子産業たる「テクノロジー・ハードウェア及び機器」だけではなく、さらに「ソフトウェア・サービス」、「半導体・半導体製造装置」の二つの中分類産業も属している。これら産業も典型的な「ムーアの法則駆動産業」である。

 2025年世界時価総額第3位のマイクロソフト(Microsoft)は、「ソフトウェア・サービス」産業の代表企業である。同第2位のエヌビディア(NVIDIA)、第9位のTSMC(台湾積体電路製造:Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)、そして第10位のブロードコム(Broadcom)は揃って「半導体・半導体製造装置」産業の代表的な企業である。

 さらに今、情報通信技術の浸透で「メディア・娯楽」、「一般消費財・サービス流通・小売」、「自動車・自動車部品」など伝統的な産業は、DX(デジタルトランスフォーメーション)で「ムーアの法則駆動産業」へと置き代わっている。

 その代表的な企業として、2025年世界時価総額第5位のアマゾン(Amazon)は「一般消費財・サービス流通・小売」産業を、同第4位のアルファベット(Alphabet)と第7位のメタ(Meta)は「メディア・娯楽」産業を、同第8位のテスラ(TSLA)は「自動車・自動車部品」産業を、それぞれ見事に「ムーアの法則駆動産業」へと置き換えた。

 「ムーアの法則駆動産業」になった分野では、業界の従来秩序が一気に崩れ、多くのスタートアップ企業が新しい製品・サービス、新ビジネスモデルを用いて登場したことで、産業そのものが急速に成長している。「ムーアの法則駆動産業」になったことで、上記産業の製品やサービスの性能は飛躍的に向上している。と同時に、その市場も地球規模へと急拡大し、そのリーディング企業も著しく成長している。

 その結果、図2が示すように2025年世界時価総額トップ10企業に、上述した「テクノロジー・ハードウェア及び機器」、「ソフトウェア・サービス」、「半導体・半導体製造装置」、「メディア・娯楽」、「一般消費財・サービス流通・小売」、「自動車・自動車部品」といった6つの「ムーアの法則駆動産業」から、9つの企業が占めることとなった。

 同9企業の時価総額合計は、19.9兆ドルに達し、世界時価総額の17.4%を占めたことから、世界経済における巨大な存在感を示している。

 本論は2025年各国時価総額トップ100企業のデータを駆使し、これら「ムーアの法則駆動産業」、特に半導体と自動車の両産業に焦点を当て、日米中3カ国の産業構造を分析した[5]

図2  業種で見た時価総額世界トップ10企業(2025)

注1:時価は2025年1月15日時点のものである。注2:ここでの産業分類は、GICS(世界産業分類基準)の中分類(産業グループ)である。注3:サウジアラムコ(Saudi Aramco)を除く時価総額世界トップ10入りの9企業はすべて6大「ムーアの法則駆動産業」に属している。
出典:CompaniesMarketcap.com及びYahoo! Financeのデータなどより作成。

2.日米中3カ国における時価総額トップ100企業の絶大な存在感


 図3が示すように、2025年に米国の時価総額トップ100企業の時価総額合計は、39.1兆ドルに達した。これは米国企業全時価総額の62.9%に相当する。中国の時価総額トップ100企業の時価総額合計は、6.2兆ドルである。これは中国企業全時価総額の52.4%に相当する。日本の時価総額トップ100企業の時価総額合計は、3.6兆ドルである。これは日本企業全時価総額の57.8%に相当する。

 日米中3カ国における時価総額トップ100企業の存在感は極めて大きい。時価総額トップ100企業をピックアップし、各国産業構造の全体像を掴む本論のアプローチは妥当であろう。

 2024年[6] と比べ2025年は、米国、中国共にトップ100企業の時価総額合計が1.2倍になった。しかし日本は横ばいである。後述の分析でわかるように、「ムーアの法則駆動産業」化の進みが遅れたことで、日本のトップ企業の成長性を押し留めている。

 2025年日米中3カ国トップ100企業の時価総額において、アメリカを100%とした場合、中国と日本はそれぞれ僅か15.9%と9.3%となっている。米国の存在感は圧倒的である。

 ここでは、米国と中国のトップ企業時価総額の格差が、米国企業への過大評価と、中国企業への過小評価に因るものもあると特記したい[7] 企業価値で見ると、過大評価される米国と過小評価される中国という構図が底辺にある。

図3 日米中3カ国時価総額トップ100企業(2024-2025)

注:時価は2024年1月15日と2025年1月15日時点のものである。
出典:CompaniesMarketcap.com 、Yahoo! Finance及び世界銀行オープンデータサイト(World Bank Open Data)のデータより作成。

3.「半導体・半導体製造装置」産業: AIブームで大繁盛


 半導体産業はムーアの法則駆動産業の代表格である。この分野における米国の競争力は圧倒的である。2025年に日米中3か国それぞれの時価総額トップ100企業において、「半導体・半導体製造装置」企業は米国11社、中国2社、日本4社となっている。しかしその時価総額の合計で比較すると、米国を100とした場合、日本と中国はそれぞれ僅か3.1%と1.6%に過ぎない。米国の半導体分野での圧倒的な優位性が窺える。

(1)半導体は米国の最大産業に

 時価総額トップ100企業で見ると、「半導体・半導体製造装置」は米国の最大産業で2025年にそのシェアは14.8%に達している。2024年と比べ、4.8%ポイントも上昇した。その結果、世界の時価総額トップ10企業の中で米国の半導体企業がエヌヴィディアとブロードコムの2社も入った。

 AIブームの中で半導体産業は繁栄を謳歌しているものの、同分野における競争は激化し、老舗のインテル(Intel)が同国時価総額トップ100企業から離脱した。パソコンの時代をリードしたCPU(Central Processing Unit)王者、インテルの衰退は、スマホ時代及びAIブームにおける半導体競争の敗北に起因する。巨大企業となったインテルは、時代の大変革に、技術発展の進路を立て続けに読み間違え、エヌビディアのようなスタートアップ企業に、先を越された。

 昨2024年1月15日と比べ、2025年同日に米国の時価総額トップ100企業入りした「半導体・半導体製造装置」企業11社の時価総額合計は、3兆ドルから5.6兆ドルへとほぼ倍増した。同11社に名を連ねるのは、エヌビディア、ブロードコム、AMD、クアルコム(Qualcomm)、テキサス・インスツルメント(Texas Instruments)、アプライド・マテリアルズ(Applied Materials)、マイクロン・テクノロジ(Micron Technology)、アナログ・デバイセズ(Analog Devices)、ラムリサーチ( Lam Research)、マーベル・テクノロジー・グループ(Marvell Technology Group、KLAである。

 半導体産業はいまや米国の経済を牽引するリーディング産業である。データセンター建設ブームの中で、如何にエヌビディア のAIチップGPU(Graphics Processing Unit)を積み上げていくかが、各テック企業のAI計算能力大競争の鍵となっている。故に、エヌビディアの株価は高騰し続け、2025年7月9日に時価総額4兆ドル突破、世界時価総額トップ企業に躍り出た。AIブームの中で半導体産業は世界経済を牽引している。

図4 日米中3カ国時価総額トップ100における「半導体・半導体製造装置」企業(2025)

注:時価は2025年1月15日時点のものである。
出典:CompaniesMarketcap.com及びYahoo! Financeのデータなどより作成。

(2)中国は世界最大の半導体輸出大国に

 中国では、2025年に中芯国際集成電路製造 (SMIC)が、「半導体・半導体製造装置」企業のトップの座を維持したものの、隆基(LONGi)が時価総額トップ100企業から離脱した。代わりに、半導体設備製造の中微(AMEC)がトップ100企業入りした。

 米国は半導体分野における中国の台頭を非常に警戒し、中国への先端半導体の輸出規制だけでなく、半導体生産の設備や技術の対中輸出も厳しく制限している[8] 。さらに米国の対中規制は日本、オランダなど西側諸国を巻き込む形で進んでいる[9]

 これに対して、中国は世界最大の半導体マーケットをベースに国産化を急ピッチで進めている。その結果、中国は半導体を、自動車や携帯電話を超える最大の輸出アイテムに育て、世界最大の半導体輸出大国になった。

 アメリカによる対中半導体制裁を受け、半導体チップの生産をTSMCなど外部へ依存したファーウェイ(HUAWEI:華為)は大打撃を受けた[10] 。ファーウエイの自主設計と外部OEM生産を組み合わせた半導体モデルが崩れ、スマホ用の半導体供給が絶たれた。同社製スマホの売上が、世界第2位[11] から一気に壊滅状態へと陥った。その後、ファーウェイは壮絶な半導体の国産化を進め、2023年から国産の自社設計高性能半導体を搭載したハイエンドスマホを次々と発売した[12] 。この出来事は、中国における最先端の汎用半導体の設計と、生産能力の急激な追い上げを象徴している。

 AI半導体での中国の国産化も急ピッチで進んでいる。ファーウェイや中科寒武紀科技(カンブリコン)は自主開発したAIチップを次々と発売している。アリババも同分野に進出し、最先端のAIチップを開発したと公表した。米中AIバトルの中で、米国のAIチップ無しで中国が自国のソフトウェアとハードウェアの連携でやっていける態勢が整いつつある。中国新興AIのディープシーク(DeepSeak)の大規模言語モデルの開発は、ファーウェイやカンブリコンのチップに支えられている。特にカンブリコンは「中国版エヌビディア」と称され、株価が高騰している。カンブリコンの時価総額は2025年8月22日、SMICを超え、中国の半導体企業の時価総額で首位となった。

 中国企業による急進撃は、すでにAIチップ分野でエヌビディアの覇権を脅かしている。

 昨2024年1月15日に比べ、2025年同日に中国の時価総額トップ100企業入りした「半導体・半導体製造装置」企業の時価総額合計は、484億ドルから755億ドルへと大きく伸びた。その後のカンブリコンの時価総額の急騰を加味すれば、2025年に同産業の時価総額はさらに大きく伸びていくだろう。さらに、ファーウェイ半導体国産化の立て役者である子会社の海思(HiSilicon Technology)を始め、中国の半導体企業の多くは若く、また未上場の場合も多い。その猛成長が、時価総額ランキングに反映されるにはもう少し時間を要する。

中芯国際集成電路製造 (SMIC)

(3)日本は製造装置と素材で健闘

 日本の「半導体・半導体製造装置」企業は現在、半導体の製造装置と素材とで稼いでいる。2025年にレーザーテックがトップ100から離脱した。結果、日本で時価総額トップ100企業入りの「半導体・半導体製造装置」企業は、東京エレクトロン、アドバンテスト、ディスコ、ルネサンスエレクトロニクス4社となった。その時価総額合計は、トップ100企業合計の4.8%である。前年度比で、0.3%ポイント縮小した。中国という最大のマーケットが米国から規制をかけられたことで、半導体の製造装置と素材で優位性を持つ日本企業は、マーケットの縮小を余儀なくされた。さらに、国産化ニーズに潤う同分野での中国企業の台頭も、大きな脅威となっていくだろう。

 昨2024年1月15日に比べ、2025年同日付で日本の時価総額トップ100企業入りした「半導体・半導体製造装置」企業の時価総額合計は、1,877億ドルから1,743億ドルへと下がった。半導体産業が世界的に猛成長する中での日本の主要企業の時価総額の縮小を、厳しく受け止めるべきであろう。

 日本政府は半導体産業の復興を狙い、TMSCの日本版たるラピダスに、巨額の政府支援を行っている。同社は2027年の先端半導体量産開始を目指し、北海道で工場を建設している。しかし巨額の資金調達のみならず生産技術の確立、マーケットの確保など課題が累積している。ラピダスプロジェクトの成功の可否は、日本の半導体産業の命運を左右する。


 本論文は東京経済大学個人研究助成費(研究番号24-15)を受けて研究を進めた成果である。
 (本論文では日本大学理工学部助教の栗本賢一氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『時価総額から見た日米中の「ムーアの法則駆動産業」(2024-2025)』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、327号、2025年。


[1] 周牧之著『時価総額トップ100企業の分析から見た日米中のムーアの法則駆動産業のパフォーマンス比較』、『東京経大学会誌(経済学)』第323号、2024年。

[2] 周牧之著『メカトロニクス革命と新国際分業―現代世界経済におけるアジア工業化―』、ミネルヴァ書房、1997年。

[3] GICS(世界産業分類基準)は、S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスとMSCIが1999年に共同開発した、先進国及び発展途上国を含む世界中の企業を一貫して分類できるよう設計された分類基準である。

[4] 本論文の2025年の時価総額データは、すべて2025年1月15日付のものである。

[5] 「テクノロジー・ハードウェア及び機器」、「ソフトウェア・サービス」、「メディア・娯楽」、「一般消費財・サービス流通・小売」といったその他「ムーアの法則駆動産業」の分析については、周牧之(2024)前掲論文を参照。

[6] 本論文の2024年の時価総額データは、すべて2024年1月15日付のものである。

[7] 周牧之(2024)前掲論文では、米国の株価は過大評価され、日本の株価もやや過大評価され、中国の株価が過小評価されていることについて、バフェット指標を用いて解説した。

[8] 2019年5月、米国商務部は「国家安全」を理由にファーウェイなどの中国企業に半導体関連の製品と技術の輸出規制を発動した。その後、米国による対中規制は厳しさを増し、先端半導体の輸出を規制するだけではなく、半導体関連技術と生産設備の輸出まで広く規制するようになった。

[9] 『中国都市総合発展指標』で使用する「輻射力」とは広域影響力の評価指標であり、都市のある業種の周辺へのサービス移出・移入量を、当該業種従業者数と全国の当該業種従業者数の関係、および当該業種に関連する主なデータを用いて複合的に計算した指標である。

[10] 米国は、露光装置メーカーのASML、薄膜形成用装置メーカーの東京エレクトロンなどオランダ企業、日本企業の対中輸出にも制限を掛けている。中国半導体生産能力の向上を阻止するために半導体サプライチェーンの上流にある装置の対中輸出を実施している。

[11] 2020年、米国は米国技術を使うファウンドリー(TMSC等他社からの委託で半導体チップの製造を請け負う製造専業の半導体メーカー)の、中国企業のOEM受注を禁止した。

[1] 2019年、ファーウェイは17.6%の世界シェアでアップルを超え、サムソンに次ぐ世界第2位の携帯電話メーカーとなっていた。

[12] 2023年8月、ファーウェイは、自社設計の回路線幅7ナノメートル(nm)の高性能半導体を搭載したハイエンドスマホ「Mate 60シリーズ」の発売を皮切りに2024年10月「Mate 70シリーズ」を発売し、ハイエンドスマホ機種への復活を見事に成し遂げた。

【シンポジウム】楊偉民:GXを見据えた中国発展モデルの大転換

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。楊偉民氏は基調講演をした。


楊偉民 中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任

■ 野心的なカーボンニュートラル目標が産業構造変革を


 今回の会議のテーマ「GXにかける産業の未来」は中国にとっても大変重要な課題です。実は、私が策定担当をした第十一次五カ年計画において、当初から強調していた目標があります。それは、GDP当たりエネルギー消費を20%削減すること、そして主要な汚染物質を10%削減することです。この目標は、持続可能な発展に向けた初期の試みとして、当時非常に注目されました。同計画策定から約15年、私たちはさまざまな改革を経て、いま新たな目標、すなわち「カーボンピーク」と「カーボンニュートラル」を掲げています。

 中国の習近平国家主席は、2030年までに二酸化炭素の排出ピークを迎え、2060年までにカーボンニュートラルを達成するという野心的な目標を2020年に発表しました。これは単なる数値目標にとどまらず、中国がグローバルな気候変動対策においてリーダーシップを取るための重要な一歩です。これらの目標は、中国経済の将来を決定づける重要な枠組みとなり、中国の産業構造にも大きな変革をもたらします。

 これまで、中国は風力や太陽光発電などの再生可能エネルギーを急速に拡大してきました。今年のデータによると、中国の風力発電と太陽光発電の設備容量はすでに12億キロワットに達しました。これは当初の目標より6年前倒しでその目標を実現したことになります。現在、中国の発電設備の約40%がグリーンエネルギーとなり、その普及が進んでいます。もちろん、まだ完全な再生エネルギー転換には時間がかかるものの、この分野は確実に進展しています。

楊偉民 中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任

 今日のテーマGXに関連する内容は、私の後に登壇される中国の専門家がさらに深掘りしていきます。そのため、私は中国経済の現状とその将来に向けた課題について、少しご紹介します。

 まず、現在の中国経済についてお話しします。今年、中国政府は中央政治局会議と全国人民代表大会常務委員会という二つの会議を追加開催しました。二つの会議では、中国経済が抱える困難をどう乗り越えるか、また今後の経済政策について重要な議論が交わされました。中国は、世界経済の中で重要な位置を占めており、中国経済の不安定は、世界全体に波及する可能性があります。日本を含む世界各国が、中国経済の動向を注視していることは言うまでもありません。

シンポジウム当日の東京経済大学 大倉喜八郎 進一層館

■ 中国経済の動向と構造的な課題


 現在の中国経済は、短期的、周期的な要因の影響を受けていますが、長期的、構造的な要因によるものもあります。

 まず、短期的な経済状況です。2024年の中国経済は、第1四半期は比較的良好でしたが、その後成長率はやや低下し、第3四半期には4.6%となりました。これにより、当初の目標である5%の成長を達成するためには、かなりの努力が求められています。

 次に、長期的な構造的課題についてです。中国は現在、世界第2位の経済規模を誇る国であり、非常に大きな潜在力を持っています。産業基盤や人材資源、インフラの整備状況など、中国の強みは他国と比べても際立っています。

 しかし、40年近くにわたる経済成長の中で、従来の経済モデルには限界が見え始めています。特に、過去経済成長の原動力であった投資依存型のモデルから、消費中心のモデルへの転換が求められています。加えて、環境問題や社会福祉の充実など、構造的な課題の解決が今後の経済成長にとって重要な鍵となります。

楊偉民 中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任

 産業構造については、過去10年間で最も成長に貢献した産業は、主に3つのカテゴリーに分類されます。1つは金融、不動産、建設です。2つ目は製造業です。3番目は、行政、医療、教育です。特に住宅などの家計消費の増加、政府支出における教育と医療の増加はこれらの産業を牽引しています。

 今後の産業政策の基本的な方向性は、新興産業を積極的に発展させ、未来の産業を育成し、伝統産業をアップグレードすることです。特に消費産業の発展により注力されるべきだと私は考えています。それにより、経済発展のニーズの家計消費へのシフトが加速するでしょう。

 空間構造については、都市化の進展が今後の成長にとって重要です。中国の都市化率はまだ先進国に比べて低く、都市化は今後数十年にわたる経済成長の大きな原動力となります。特にいま約3億人口が都市に移動したにもかかわらず戸籍などの原因で未だ十分な社会福祉や公共サービスを受けられていません。これらの人々の社会福祉の向上や不動産購入などの資産能力の向上は、経済発展に大きな可能性をもたらすでしょう。

 過去10年間の中国の国土構造の変化を見ると、現在、長江デルタ、珠江デルタに中国で最も発展する都市が集中しています。両デルタ地域が中国経済に占める比重が、今も向上し続けています。また過去10年間、新たに7000万人の人口が、メガシティに移動しました。これらの国土構造の変化が中国経済発展の効率を一層高めていくでしょう。

福川伸次・元通商産業事務次官と楊偉民・中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任

■ 改革の加速で、高度な社会主義市場経済体制の構築を


 中国共産党第20期中央委員会第3回会議(以下、三中全会)は、都市・農村の二元構造の緩和を提唱しています。このため、より多くの雇用を創出し、農村人口の都市への移転を促し、人口の都市化率を高めていく必要があります。同時に、農村から来た人々の、都市での就労定住問題にも重点的に取り組みます。さらに、農村の土地制度を改革し、所有権、請負権、請負地の経営権を分離することも必須です。中国独自の財産権制度の改革により、農民が自宅を賃貸し投資できるようにし、住宅用地の価格を下げ、農民の収入も増加できるでしょう。

 中国の構造問題を解決するには、改革を加速し、高度な社会主義市場経済体制の構築を加速することが最も重要であると思います。これは、2024年夏開催の三中全会で出された全体目標です。すなわち市場主導の資源配分と政府の役割をより発揮できる体制を作り上げること。資産権については更なる属性と責任の明瞭化、保護の厳格化、売買のスムーズ化の制度を完備すること。中央政府と地方政府との間に、より明確な財権と責任分担体制を整えること。イノベーションを奨励し、質の高い新たな生産力を持続的に生み出す体制を作ること。新たに、より効果的な生態保護、環境対策を進める体制を整備すること。国際的なルールに則った全面開放体制を整えること。これらの改革を一層進めていきます。


プロフィール

楊 偉民 (Yang Weimin)

 1956年生まれ。中国国家発展改革委員会計画司司長、同委員会副秘書長、秘書長を歴任。中国のマクロ政策および中長期計画の制定に長年携わる。第9次〜第12次の各五カ年計画において綱要の編纂責任者。中国共産党第18回党大会、第18回3中全会、同4中全会、同5中全会の報告起草作業に参与した。同党中央第11次五カ年計画、第12次五カ年計画、第13次五カ年計画提案の起草に関わるなど、重要な改革案件に多数参画した。

 主な著書に、『中国未来三十年』(2011年、三聯書店(香港)、周牧之と共編)、『第三の三十年:再度大転型的中国』(2010年、人民出版社、周牧之と共編)、『中国可持続発展的産業政策研究』(2004年、中国市場出版社編著)、『計画体制改革的理論探索』(2003年、中国物価出版社編著)。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】索継栓:起業でイノベーションの可能性を拓く

索継栓 中国科学院ホールディングス元会長

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。索継栓氏はビデオでセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」のパネリストを務めた。


周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」

 私は中国科学院の索継栓です。仕事の都合により本日の会議に直接参加できず、大変残念です。ビデオを通じて皆さまと交流し、学べることを光栄に存じます。

 今回の会議テーマはGX、中国語でいう「双碳(カーボンピークアウト、カーボンニュートラル)」です。これは世界が共通して関心を持つテーマで、「双碳」は中国政府が打ち出した地球規模の気候変動に対応する重要な取り組みです。

■ イノベーションでGXと低炭素発展に貢献


 「双碳」の実現は、エネルギー転換、低炭素発展を促進し、経済の高品質で持続可能な発展のための重要な手段です。今後の発展理念と生態文明建設への中国の決意を表し、国際社会への責任ある大国としての姿勢を示すものです。

 中国科学院は、中国の科学技術戦略の主幹として、GXと低炭素発展を推進するため数々の措置をとり、一定の成果を上げてきました。

 「双碳」戦略を実施するため、イノベーションに支えられる行動計画を発表しました。ビックイノベーションの突破にフォーカスし、特に0から1へのイノベーション、すなわち革新的な基盤技術の突破に注力しています。企業と研究機関との協力で、基礎研究から重要技術の突破、そして総合的な実証まで一体化した発展システムを築いています。こうした行動計画のもとで、中国科学院は、化石エネルギーのクリーン化、再生可能エネルギーの核心技術、先進的な原子力システム、気候変動対策、汚染防止と総合的環境管理など、多くの分野で世界的にもオリジナルな成果を挙げました。沢山の重要な実証プロジェクトを実施し、数多くのイノベイティブスタートアップ企業も育成しています。

 中国は「石炭が豊富、石油が不足、天然ガスが少ない」というエネルギー構造を持っています。毎年5億トンを超える石油を輸入する一方で、石炭資源が化石燃料全体の90%以上を占めています。石炭のクリーン且つ効率的な利用は、GXのカギとなります。これは、従来の石油を原料とする化学工業の発展経路をシフトさせる重要課題でもあります。中国科学院は石炭による合成油、オレフィン、エタノーなどの精製に関する多くの技術上の難題を克服しました。

 これら技術に関しては、中国科学院山西石炭化学研究所が長年にわたる研究開発を通じて、多くの技術において、世界をリードする成果を上げました。こうした成果をもとに中科合成油公司を設立し、技術移転と応用を進めています。現在、千万トン規模の石炭による油精製工業装置を建設し、石炭資源の効率的かつクリーンな利用に有効なアプローチを獲得しました。

 また、中国科学院大連化学物理研究所が、石炭によるオレフィン精製技術を数十年にわたって研究してきました。現在、この技術は内モンゴル、陝西、新疆、寧夏といった主要な石炭産地で実用化されています。すでに23基の大規模工業装置が稼働し、オレフィンの年間生産規模は年間3,000万トンを超えました。

 再生可能エネルギーや蓄電技術においても、中国科学院は大きな成果を上げました。再生可能エネルギーの拡大にあたっては、蓄電技術のイノベーションが不可欠です。蓄電技術は、大規模な再生可能エネルギー発電を電力網へ接続する際の不安定性を緩和する基盤です。

中国科学院

 中国科学院物理研究所は、蓄電分野において、長期にわたり研究を積み重ね、特にリチウム電池で顕著な成果を収めています。中国のリチウム電池産業の発展は、同研究所の研究成果に大きく支えられていると言っても過言ではありません。

 2016年に衛藍新能源を設立、固体リチウム電池製品を開発し、電気自動車、ドローン、電気船舶など多くの分野に応用され、広範な将来性を持っています。例えば、衛藍新能源の固体リチウム電池を搭載した蔚来(NIO)の電気自動車は、航続距離が1000キロを超えました。また、低空経済をはじめとする新たな分野においても広い応用の可能性を秘めており、さらに蓄電分野においても大きな発展余地を有しています。

 同時に、中国科学院はナトリウムイオン電池の開発に力を入れ、すでにエネルギー貯蔵産業において大規模な実証を行い、中国エネルギー貯蔵産業の発展に基盤を築いています。

 中国科学院工程熱物理研究所は、圧縮空気エネルギー貯蔵分野で継続的に研究開発を行い、大きな成果を上げました。2021年と2024年には、それぞれ世界初の100メガワット級、300メガワット級の圧縮空気エネルギー貯蔵実証プロジェクトを完成させました。

 さらに、中国科学院は、フロー電池、核融合などのエネルギー技術で大きな成果を上げています。

 中国科学院はイノベーションを通じて、GXと低炭素発展に大きく貢献し、中国の「双碳」目標の実現と、経済社会の持続可能な発展を支えています。

中国EVメーカー 蔚来(NIO)

■ レノボに代表される起業家精神が開花


 中国科学院は、中国の戦略科学技術の主幹として、中国の科学技術進歩を推進し、高水準の科学技術自立自強を実現する重要な使命を担っています。特に起業家精神を発揮し、イノベイティブなスタートアップ企業を奨励するために、一連の取り組みを進めてきました。

 まず中国科学院の投資企業については、中国科学院の研究成果の市場化、産業化という重大な使命を担っており、新たな生産力を育成する重要な「イノベーションの発信拠点」として、また産学研融合を推進する重要な「インキュベーション拠点」としての役割を果たしています。これら企業は、新興産業に焦点を当て、重要なコア技術分野での研究開発に取り組んでいます。そのことによって、中国の経済社会発展を支える科学技術基盤を提供しています。

 中国科学院が出資する企業は1900社を超え、その多くはAI、半導体、ソフトウェア、環境保護などの分野に集中しています。現時点で、そのうち52社が上場しています。これら企業はそれぞれの分野で業界をリードする存在になりつつあります。中国科学院の成果を基盤として設立された企業は、技術を改良・高度化するため、科学院との連携を緊密に保っています。中国科学院高能物理研究所が2021年、国科控股と共同で設立した企業国科中子が一つの好例です。同社は加速器を用いたホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の成果を産業化しました。

 2015年の「科学技術成果転化促進法」の改正が研究者の起業意欲を大いに喚起し、企業と研究機関との人材交流を促進しました。それ以降、中国科学院の直接投資で555社の企業を設立し、そのうち90%が科学技術成果の産業化を目的としたものです。

 起業を促す制度保障、資金支援、人材育成などの政策も打ち出しました。まず人事や評価制度に関する政策を策定し、研究者が科学技術成果の産業化に積極的に参加できるよう奨励し、その権益を保障します。資金支援の面では、科学技術成果の産業化を促す行動計画を立ち上げ、重要な科学技術成果の実用化を後押しします。さらに人材育成と交流の面では、大学や企業と協力し、科学技術産業化の専門人材を育成、各種交流活動を行い、企業と研究機関との交流・協力を強化し、イノベーション企業に人材的支えを提供しています。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2会場

 皆さんもよくご存じのレノボグループ(Lenovo:聯想)は、実は中国科学院から生まれた企業です。1984年、柳伝志氏は中国科学院計算所の研究者10人と共に、わずか20万元の設立資金で、聯想の前身となる「中科院計算所新技術発展公司」を創立しました。創業初期、聯想は主にIBM、HP、SUN などの海外ブランドの販売代理を手掛けました。当時の中国産業はまだ非常に遅れていたため、聯想は積極的に事業を模索しました。同時に、研究開発を強化し、独自に「聯想式漢字カード」を開発、英語のオペレーティングシステムの中国語翻訳に成功しました。これが聯想発展の基盤となりました。

 聯想は2004年、 IBMのパーソナルコンピュータ事業を買収し、本格的に国際化の道を歩み始めました。IBMのPC事業は世界的に大きな影響力を持っていたからです。当時、零細企業聯想が大企業IBMを飲み込んだとして大きな話題になりました。この買収を通じ、聯想はより広大な市場と先進的な技術を獲得し、産業システム化によって国際競争力を一層高めました。

 その後、聯想は 2011年にNECのノートパソコン事業を買収し、さらに2014年にはグーグルからモトローラ・モビリティを買収しました。そして2017年には富士通の完全子会社FCCLの株式51%を取得しました。聯想は一連の国際的な買収を通じて、グローバルな経営体制を整え、世界のPC市場でチャンピオンとなりました。聯想は、国際市場を積極的に開拓し、自ら挑戦し続ける、いまや中国企業の代表的存在となりました。

 レノボグループの発展は、まさに起業精神に満ちた奮闘の歴史です。また中国科学院の成果の産業化、そして国際化への一つの典型的な事例です。これらの企業は、中国のイノベイティブなスタートアップに貴重な経験を提供し、中国の科学技術分野に大きく貢献しました。

レノボ社製品

■ 日中技術交流に更なる可能性拡げるGX


 私は、日中両国が科学技術分野において、広範な協力基盤があると確信しています。日中両国は低炭素・GXに向けて共通の目標とニーズを有し、幅広い共通利益と協力の余地を持っています。

 石油や天然ガスといった化石エネルギーは、その埋蔵量の有限性、地理的依存性、分布の不均衡性から、強い地政学的属性を帯びています。日中両国はいずれも化石エネルギーの対外依存度が高く、輸入先が集中しているため、資源獲得をめぐる競争は不信感やエネルギー安全保障の不安を招きやすい状況にあります。それに対して、風力、太陽光、グリーン水素、原子力といったクリーンエネルギーは、その供給力がイノベーションに依存し、気候変動緩和とエネルギー安全保障の両立を支える柱です。したがってGX分野は、今後さらに両国の産業構造やエネルギー構造に大きな変化をもたらし、相互補完と相互依存を一層強め、技術交流と協力に可能性を拡げるでしょう。GX分野における協力は、日中両国の共通の利益に合致しています。

 中国は広大な市場を有し、再生可能エネルギー設備、省エネ技術、二酸化炭素回収・貯留(CCS)など日本の技術に大きなマーケットを提供できます。中国における社会実装は日本企業に豊富な技術応用シナリオや実証機会を提供し、技術の絶え間ない改善と高度化に寄与します。

索継栓 中国科学院ホールディングス元会長

 水素エネルギーを例に挙げると、日本はいち早く同分野の技術開発に取り組み、高分子電子材料、電磁力、極板などの重要技術において世界をリードしています。他方、中国は重化学工業のサプライチェーンが強く、水素エネルギーの大規模産業化において優位性を持っています。中国政府も現在、水素利用を強力に支援し、大規模な水素利用に必要な条件を備えています。水素産業の発展で、日中両国のカーボンニュートラル目標の達成に大きく寄与するでしょう。

 中国が新たな発展段階に入るにつれて、科学技術分野における日中協力の可能性は更に拡がります。産業協力で両国はそれぞれ強みを持ち、相互補完性も高いです。日本はマテリアルサイエンス、特に高性能複合素材や特殊金属素材の分野で顕著な優位性を持ち、さらに高精度測定機器、光学機器、産業用ロボットなどの先端装備製造においても豊富な蓄積があります。また、省エネ・環境保護技術、エネルギー管理や資源循環利用の分野で豊かな経験を有しています。他方、中国は5G通信やビッグデータなど情報技術の分野で急速に発展し、新エネルギー産業化でも顕著な成果を挙げています。特に太陽光発電や風力発電の設備容量は世界最大規模となりました。EV、リチウム電池、太陽光発電製品はいまや中国の輸出における新“三種の神器”となっています。

 日中両国は、幅広い共通の利益を持ち、広大な協力の可能性を持っています。両国の科学技術分野、とりわけGXでの協力は、必ずやアジアの発展、さらには人類の発展に重要な貢献を果たすものと確信しています。


プロフィール

索 继栓(さく けいせん) 
中国科学院ホールディングス元会長

 1991年中国科学院蘭州化学物理研究所で理学博士号を取得。蘭州化学物理研究所国家重点実験室副主任、精細石油化工中間体国家工程研究センター主任、所長補佐・副所長、中国科学院蘭州分院副院長を歴任。2014年より中国科学院ホールディングス取締役に就き、その後党委書記董事長(代表取締役)を務める。2023年より現職。その他、中国科技出版伝媒集団董事長、北京中科院ソフトウェアセンター董事長、深圳中科院知的財産投資董事長、上海碧科清潔能源技術董事長を兼任し、レノボの非執行董事・監査委員会委員も務めた。蘭州市科学技術進歩賞(二等)、甘粛省科学技術進歩賞(一等賞)を受賞。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】岩本敏男:ビッグイノベーションIOWN計画でGXをリード

岩本 敏男 NTTデータグループ元社長

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。岩本敏男氏はセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」のパネリストを務めた。


周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」

■ センシング技術で世界をカバーするデジタル3D地図


 岩本敏男:NTTデータグループの岩本と申します。今日は、周先生の司会で、小手川さんにコメントをお願いし、石見さん共々このパネルに参加できることを大変光栄に思っています。よろしくお願いします。私は画面を使いながらお話ししますので、画面を見ていただければと思います。NTTデータグループといっても案外ご存知ではない方もおられるので、簡単にご紹介させてください。NTTデータの前身は電電公社の中に出来たコンピュータ開発部隊です。電電公社は1985年に民営化してNTTになり、私どもNTTデータはその3年後に最初に分離独立してできた企業です。

 NTTグループはこの2年ぐらいで大きく集約をしていて、一つはドコモとコミュニケーションズを中心としたグループ。もう一つは地域会社の東日本、西日本の国内通信を手掛けているグループです。そして、最後が私どものNTTデータグループです。つい最近は海外の事業を全てNTTデータグループが引き受けることになりまして、約4.4兆円の売り上げになっている。こういう企業グループになっています。

 私が社長を務めたのは2012年からでありますが、NTTデータは1988年、昭和63年が分離独立の年で、昨年まで35期ありますが一度も減収を経験していません。毎年増収に次ぐ増収で、先ほど申し上げたように2023年度で約4.4兆円です。2025年度が中期の最終年ですが5兆円近い売上まで達成する見込みです。海外の展開も、私が社長の時に思い切ってグローバル化にアクセスを踏みましたので、今ですと50カ国以上、従業員数は20万人に近い数です。日本の従業員が約44,000人なので、4倍くらいが海外、合わせて20万人ぐらい、こういう企業グループになっていると考えてください。

 今日テーマになっているグリーントランスフォーメーションも世界のいろいろなところで非常に重要なことになっています。私たちはITビジネスの観点から、この達成をお手伝いしています。

 一巡目のプレゼンテーションでは、グリーンとは直接は関係ないかもしれませんが、みなさんにお伝えしたいNTTデータグループが持っているイノベーションの例を二つ紹介します

NTTデータグループ売上高推移

 岩本:まず一つ目は、全世界デジタル3D地図の活用です。これはJAXAのだいち、ALOSという衛星を打ち上げそのデータをIT処理し、三次元のデータ地図を作っています。そこに書いてあるように様々な用途で使われます。もちろんセンシング技術が入っていますので、当然GXは大変重要な一つのファクターです。映像を見ながらご説明します。

 これはエベレストです。別に飛行機で撮ったわけではありません。先ほど申し上げた衛星から撮影したものを画像処理し、こうした形にしています。衛星にはいくつものセンサーを積んでありますので、高さ方向のデータも全部撮ることができます。かなり細かい形で立体地図ができます。使われているのはこうした自然災害のビフォー&アフターですとか、或いは鉄道を作る、或いは自動車道路を作るというようなインフラの造成にも役立っています。

 このシステムの分解能ですが、最初は5mでしたが、今は都市部ですと50cm分解能まで可能です。例えば無線通信のアンテナ設置を設計するとき、どのビルのどこに無線アンテナを置くと、5Gがうまく通信出来るかというようなことのシミュレーションに役立ちます。いま世界中125カ国に輸出していて非常に使っていただいています。

 GXでは山林の利用が大変重要です。よくテレビでブラジルのアマゾンの森林がすごいスピードで消滅していることが放映されますが、こうした衛星からの撮影データを画像処理することで、手に取るようにわかってくる事例もあります。

エレベスト3Dデータ

■ バチカン図書館の文化遺産をデジタルアーカイブ


 岩本:もう一つ、これは直接GXとは関係ないかもしれませんが、私自身も携わったのでご紹介したい話があります。バチカン図書館のデジタルアーカイブ・プロジェクトです。バチカン図書館、みなさんご存知だと思いますが、ここには羊皮紙、パピルス、和紙などに書かれたマニュスクリプト、手書きのものが貯蔵されています。手紙もありますし、絵もあります。日本からのものも沢山あります。オペラ発祥の地、イタリアにありますので、楽譜などもあります。そういったものも羊皮紙、パピルス、和紙などに書かれていますから、放っておくと壊れてしまうこともあります。デジタルアーカイブするプロジェクトですが、この下に書いた3行は、私が言ったことではなくバチカンの人が言ったことです。「これらのマニュスクリプトはバチカンのものではない。バチカンの宝ではなく、人類の遺産である。」これをデジタルアーカイブすると、インターネットで世界中の研究者の研究室に届けることができます。それまではローマやギリシャを勉強したい研究者は、バチカン図書館に来て手続きを経て実際に見ていくわけですが、その必要がない。

 私はローマに行って塩野七生さんともいろいろお話しをしましたが、彼女もここでいろいろな文献にあたった上で、ローマ人の物語、ギリシャ人の物語を書いているわけです。

 これがバチカン図書館の中の様子でありまして、私は何回も入っていますが素晴らしい美術館のようなところです。一般の人は入れませんが、私は仕事柄入ることができました。実はここにこういうものがあります。何だかお分かりですか?そんな大きなものではありませんが、和紙に金箔が張ってありました。金箔はかなり無くなっていましたが、ラテン語が書いてあり、右下に伊達陸奥守政宗と書いて花押が押してあります。

 2011年の大震災は大変でしたが、400年前、まったく同じところで、月は違いますが1611年12月に大地震と大津波が起こっています。そしてその時の領主が伊達陸奥守政宗です。彼が実はローマ法王パウロ5世にあてて親書を出し、遣いを出しています。それが支倉常長という男です。彼は太平洋を渡ってアカプルコからメキシコに上陸し、その後スペインに渡り、国王に会おうとしました。なかなか会えなかったのですが。そして、地中海を抜けてローマに行くわけです。

 これは伊達政宗がローマ法王パウロ5世に当てた手紙です。実はこれのレプリカが仙台の博物館にあり、私はラテン語で書かれた横書きの手紙を見ていたのです。伊達陸奥守政宗は達筆だったので、祐筆を使っていません。いろいろな手紙をほとんど全部自ら書いていました。ラテン語が書けるわけがありませんので、横書きの親書は政宗が書いているわけではありません。実はバチカンに行ってみると、縦書きの和文があったのです。

 つまり、縦書きの和文と、横書きのラテン語の手紙が2通あったのです。いずれも伊達政宗の直筆のサインと花押が押されていました。

 伊達政宗の直筆の書に何と書いてあるか。伊達政宗が支倉常長をパウロ5世に派遣したのは、震災復興プロジェクトです。彼は実はメキシコと貿易をやりたかった。メキシコはスペインの植民地でしたから、スペイン国王に、ぜひメキシコとの貿易をさせてくれということを頼みたかった。

 パウロ5世には何と書いたか。嘘もいっぱい書いてあり、「もしこれを認めてくれたら仙台に教会を建て宣教師を迎える」と書いてあります。でもその頃、徳川幕府はキリスト教禁止令を出していますからあり得ないのですが、「ローマ法王パウロ5世もスペイン国王のフィリップ3世に、ぜひ日本との貿易をするように促して欲しい」ということが書かれていて、もし助力してくれたら先程のようなことをすると書いてある手紙ですね。こういったものを、デジタルアーカイブしたことが、私にとっても大変記憶に残ることです。

バチカン図書館所蔵・伊達政宗がローマ法王パウロ5世に当てた手紙

■ GHG排出量の可視化C-Turtleプラットフォームで排出量削減を


 岩本:NTTデータグループが、GXでどんなことをしているか、そして将来どういうエネルギー分野でどんなビジネスを考えていかなければいけないか、ということについてお話ししてみたいと思います。先ずGXで当社がやっていることは国と同じく、2050年カーボンニュートラルを達成するということを公表したのですが、2023年に10年早めて2040年にはカーボンニュートラルが出来るということを公表しています。

 これからお話しをする様々な取り組みは当社自身もそうですが、当社のサプライチェーンの上下流には多くのIT企業がいますので、そういうメンバーを巻き込みながらやれるかなということです。

 カーボンニュートラルは、はっきり言うとCO2を排出することと、CO2を吸収することとの差分を実質ゼロにすればいいと言うことになるわけですので、この原則を見ながら議論する必要があるかなと思います。

 排出量の概要をいまさらお話しするわけではありませんが、GHG(温室効果ガス)は二酸化炭素だけでなく、他にもさまざまなものがあります。これらを二酸化炭素に換算すると、最近の統計では日本は11億トンレベルまで削減しているはずです。これを算定するのが重要なので、繰り返しで恐縮ですが、GHG排出量は活動量と排出原単位をかけたものだということを確認しておきます。

 企業のGHG削減計画は、国の指導もあって大体は2050年カーボンニュートラル、2030年はその半分ということです。このことをサステナブル報告書で公表しているのが日本のほとんどの大企業です。

 お分かりの通り、「Scope1」と「Scope2」は、いい悪いは別にして、分かりますし、やればいいんじゃないかと。「Scope1」と「Scope2」だけで十分だという人もいます。皆がやれば全部なくなるのだからということですが、でもそれだけでは十分ではないので、上流と下流のいわゆる「Scope3」というのがあり、これにどう対応するかが企業として一番悩んでいるところです。

NTTデータの温室効果ガス削減目標

 岩本:どうやって計算するのか、本当にそれで削減につながるのか、というのが大変な課題になっているのは皆さんもご存知だと思います。

 二種類のGHG排出量の可視化、見方が違うと言ってもいいわけですが、一つは企業全体の排出量を可視化するということと、もう一つは企業が生み出す製品やサービス別の排出量の可視化。これはどちらも重要です。

 この右側は、カーボンフットプリントと言われるわけですが、どちらも重要です。さらに言うと、それぞれには良い点と悪い点があります。目的によっていろいろ使い方を変えなければいけないのですが、いずれにせよ全社ベースで出すものと、其々の製品或いはサービスごとに出すフットプリントをちゃんとやらないとわからない、ということです。

 そこで、可視化のプラットフォームをNTTデータはかなり前からご提案して、多くの企業に使っていただいています。

 つまり、先程申し上げた上流から下流にいくサプライチェーン、原料を買ってきて、自分の資本材を作る、自分のところでいろいろなScope1或いはScope2で出すのと、実際製品として出荷した後、それを消費する人、或いは最後は廃棄まで行くわけですが、そこでどのくらいCO2が排出されるか、このトータルをマネージしないと本当の意味でカーボンニュートラルにならないのです。

 とはいえ、企業にはさまざまな課題があります。つまり、どう算定方法を出せばいいのか。細かくやればやるに越したことはないが、それをやる人の事務負担はたいへんで堪らない。

 それから、何のために可視化をするのかと言えば、CO2削減するためにやるわけですが、2次データを使って、この製品で大体このくらいの排出量だと計算するわけです。

 例えばパソコンを購入する例です。先ほどのレノボの話もありましたが、単にコストや能力だけでパソコンを買ってくるのではダメです。パソコンメーカーがカーボンフットプリントの観点で、自分のところのパソコンはこうだと出してくれると、それによってコストは高いがこちらの製品を買うかという判断ができます。

 鉄もそうです。水素還元で製造した鉄を買うと値段は高いがカーボンニュートラルの観点からはそちらを買うか、ということが出来るのでCO2削減ができる。

 Scope1或いはScope2はもちろん大きな意味があります。問題なのはScope1、Scope2ではなくScope3です。私たちが提案しているC-Turtle のプラットフォームを使うと、自分のところ以外で排出される温室効果ガス、先ほど申し上げたように活動量✕排出原単位15カテゴリーがあることを皆さんご存知でしょうけれど、これが簡単に算出できます。  

 重要なのは一番上と二つ目です。買ってくる製品・サービス、或いは自分のところの資本材を作る。ここが凄く大きいので、これをどうやるかということですが、さきほど申し上げたように算出のやり方はさまざまですし、最初は皆さんエクセルなんかでやっていたのですが、とてもやり切れないわけです。従って私共のC-Turtle を提供することになったわけです。

 ちょっと簡単にまとめてみましたが、左側に書いてあるのは、N年度のサプライヤーの排出量です。このScope3をきちんと計測できるようになると、次の年にはサプライヤーからそれぞれ自分のところがこれだけ排出量が減りましたということが出てくる訳です。

 そうすると、それが自分のところのScope3の排出量削減につながるので、この仕組みを大きな負荷をかけないでやれるようにする。しかもこれが国際的なプラットフォーム、例えばCDPとかいろいろなところと連携をしながら、単に日本だけの独りよがりでは無い形にしていく。これが私どものC-Turtleのプラットフォームです。現在、多くの方々にご利用いただいています。

 実際に私どもでやってみると平均の排出原価単位が40%くらい改善できました。これは我々のサプライチェーンにつながる方々と、こういうことを理解してもらい、そうしたソフトプラットフォームをやってもらわないと出来なかったことです。

NTTデータグループでの削減実績

■ 膨大な電力を消費するAI時代への対処


 岩本:二つ目。我々はデータセンターを山のように持っています。先ほどもNVIDIAの話がありましたけれど、AIもあり今データセンターは世界中で物凄い需要があります。NTTデータグループは、延べ床面積がたぶん世界でNo.3のデータセンターを世界中に保有しています。このデータセンター自身をグリーンにしていくというのは、大切なことです。

 東京都三鷹市に私が社長時代に建てたデータセンターがありますが、このデータセンターは最初から自然界のエネルギーを最大限に使う。もちろん太陽光パネルもそうですが、外気温が低い時は自然の外気温の冷却空気をうまく使う。ホットアイルとコールドアイルを上手く使うということが仕掛けられています。

 さらに、これはうちのデータセンターだけではありませんが、いろいろなデータセンターの中にサーミスタを置き、ワイヤレスでこの温度センサモジュールをコントロールすると、データセンター全体で、どこがどのくらいの温度になっているかが、可視化出来ます。これが可視化できれば、何故そういうことになるのか手を打つことが出来るので、こういう地道なところからデータセンターのグリーン化が進められています。

 もう一つ、最近のAIの使用にも関係して、一般的に空調は実際の負荷がどのくらいあるかということとあまり関係なしに、ある一定の冷媒を流すようなことをやっています。つまり冷房用の消費電力が高止まりしているのですが、実際の温度は先ほどセンサーにサーミスタを付けると、どこがどのくらい時間別に発熱しているか分かるので、出来ればそれに合った形で、実際の冷媒を出すという形がいいわけです。こうしたことによってかなりの削減効果が得られてきています。

 それから、ショートサーキットも、ちょっと専門的ですがお話しします。データセンターの中にラックがあり、そこにいろいろなパネルが入っているのですが、全部埋まっていないで空いているところがあると、(排熱が)漏れてきてしまい、冷房能力が低下します。簡単な話、そこのブランクを詰めてしまうと、いわゆるショートサーキットが起こらない。こうした地道な事もやりながら、データセンターの電力を下げる努力をしています。これがショートサーキットの防止で、付ける前の状態と、付けた後の状態では大きな差があります。

 それからもう一つは、オンプレミスで、自分のところでデータセンターを構築したり、自分のところでプライバシークラウドを作ることがあるのですが、最近は、いわゆるオープンクラウドに移ってきています。この時も、出来るだけカーボンニュートラルが進んでいるパブリッククラウドへの移行をしていくとか、或いは、消費電力効率の高い最新のデータセンターを選択する、ここには当然ディザスタリカバリの装置なども考える必要がありますが、こういったこともトータルのカーボンニュートラルを削減する意味では大きな効果があると思います。

世界のIT関連機器の消費電力予想

 岩本:このデータセンターの電力消費で面白い仮説をお話しします。2016年の全世界の電力使用量は、せいぜい1ペタワット(1000テラワット)くらいです。ペタは1000倍ですから。これはIT関係の電力使用量ですからデータセンターだけでなく、いろいろな通信に使う設備などを全部入れています。

 これが2030年だと、たぶん42ペタワットくらいになるのではないかと言われています。さらに、2050年には桁違いに使うのではないかと言われています。消費電力がIPトラフィックに単純に比例したらという前提ですが。

 実際は、こんなことは起こらないです。何故かというと、2016年が1.1ペタワットくらいだと言いましたが、実際に世界中で発電される量は2016年が25ペタワットくらいで、2023年度は29.7ペタワットくらいです。だから2030年の世界発電量は多分伸びて、おそらく40ペタワット位まで行くのかもしれません。それでも2030年には世界発電量の全てをITだけで使うということになり、そんなことはあり得ません。現在、全世界の発電量の中で、ITでの使用率はせいぜい数%くらいです。

 ただ、トラフィックは間違いなく伸びますし、データ量も圧倒的に伸びていきます。いまのは単純な試算値ですので、ITで全世界の発電量全てを使うなどということは起こらないですが、このくらいIT系、デジタル系で使う電力が増加していくということです。

 最近は、AIのデータセンターの電力使用量がものすごく多いと言われています。チャットGTP-4o(オムニ)は、公式な発表はありませんがパラメータ数が1兆を超えてきています。GTP3は1750億個のパラメータでしたが、そんなに時間がかからず人間の脳に匹敵する10兆、あるいはそれ以上なると思います。AIは大量のデータを学習させます。チャットGTPもそうですが、学習させるというのはNVIDIAなどの半導体を駆使し、大量のコンピュータパワーを必要とします。つまり、電力をものすごく必要とします。大体、原発1基分です。

 さきほど周牧之先生が、NVIDIAがなぜ急激にL字型で伸びたかと言いましたが、元々彼らはゲーム用の半導体メーカーです。ゲーム用の画面処理をするので、パラレルコンピュータ、パラレルプロセッシングできるように考案されたグラフィックプロセッサーです。GPU(Graphics Processing Unit)というのです。CPUと言わないです。ところが、AIが登場して爆発的に伸びてきたのです。AIの学習もかなり並列的な処理ですので、これが使えるということです。

 AIは膨大な電力を消費することがわかってきています。学習だけでなく、使うときもそうです。例えば、皆さんがGoogleで一つ検索を出すと大体0.3ワットくらいです。だがチャットGTPでやると10倍くらい、3ワットくらいかかるのです。

講演を行う岩本敏男氏

■ IOWNで究極のデータセンターGXを


 岩本:冒頭申し上げたように、世界中で、日本でもそうですが、DC(データセンター)の需要はものすごい勢いで増えてきています。世界中で要請があります。たぶんDCを次々と構築しても足りないくらいです。DCの構築には電力問題を解決していかなければいけない。電力会社からの必要電力の供給を保証してもらうことが重要です。

 結論、電気を使うからいけないのです。電気を使わなければいいのでは、というので、NTTグループが提唱しているのが「IOWN(アイオン)(Innovative Optical and Wireless Network)」計画です。つまり、光を使う。

 皆さん方も、通信に光が使われているのは、当たり前のように知っています。FTTH(ファイバー・ツー・ザ・ホーム)で、家までも光で入ってきています。光はそれほど電力は必要としません。でも昔は光で通信するとき、途中でルートを変更して中継するとき、一旦電気に落として、また電気から光というステップを踏みました。いま通信は中継なども含めて全部光で行います。

「IOWN(アイオン)(Innovative Optical and Wireless Network)」計画

 岩本:最近出たIOWNの1番目のステージは、もうすでにサービス開始しましたが、これは遅延も少なく、大変素晴らしいネットワークです。次のような実験しています。東京に指揮者がいて、大阪のオーケストラを振る。ここには音楽に詳しい人がいると思いますが、ちょっとした遅延があっても、音楽家は絶対だめです。ところが、IOWNを使うと、音楽家の敏感な耳ですら、違和感を覚えないほどの低遅延ですので、東京の指揮者が大阪のオーケストラを指揮することができるということです。  

 ここまでだったら、なんだ、通信の話か、ということになると思うのですが、従来の銅線を使った通信もそうですが、電気通信技術でした。それを光と電子を融合する技術、光電融合技術(フォトエレクトロニクス)を使うと、とんでもない良い事が出てくる、ということになります。

 IOWN計画は、さきほど申し上げたように大容量、低遅延、低消費電力などを実現するのですが、IOWN1.0、オールフォトニクスネットワークは、すでに動き出しています。これができると、データセンター同士をつないで、ディザスタリカバリをやるのでも、遅延問題がなかなか大変でしたが、問題なく解決できるようになります。

 遅延問題では金融取引所でも数十ミリ秒くらいの遅延ですら問題になっていました。だから取引所サーバーの横に、其々の証券会社のサーバーを置かしてもらって取引をすることが起こっています。

「IOWN(アイオン)(Innovative Optical and Wireless Network)」計画

 岩本:IOWN1.0でも凄いのですが、ステージは2.0、3.0、4.0と上がります。2.0はサーバーの中のボードとボードの間を光で結ぶ。これも出来るかもしれません。3.0はボードの中の半導体のチップのパッケージ同士を光で結びます。最後は、チップ中も光でやってしまう。つまり光半導体を作ることですが、技術的には出来る見込みです。ただ問題は、製造技術であるとか、品質のコントロールとか、コストとか、そこまで考えると私は実現までには2つ3つまだ課題があると思っています。

 ここまで行くとエネルギーは電気の100分の1になります。ということは、先ほどこんなことは絶対ありませんと言ったものの、100分の1なので、IT分野でのコンピュータパワーの大幅な伸びがあっても、電力はそれほど伸びないということになりますので、十分賄えるということになります。

 これは大きなイノベーションを起こすということです。周先生の先ほどの指摘とちょっと違うのは、大企業だってやれます。ベンチャー企業だけがやるのではありません。とくに日本の場合は、大企業はやります。日本製鐵ですら、水素還元を頑張ってやっています。まだ出来ていませんが、技術的には実現可能です。でも将来はコスト的にも実用化できるレベルに達すると思いますので、ぜひ頑張っていただきたいと思います。

「IOWN(アイオン)(Innovative Optical and Wireless Network)」計画

 周牧之(司会):大企業でもやれるというのは、岩本さんのような方がいるからこそやれるのです。こういうチャレンジャーのリーダーシップのもとで、大企業のリソースが十分使えるのです。

 岩本さんが言っているIOWNは、最先端の技術です。いまは世界的にAIブームです。AIブームはいま投資競争です。NVIDIAのチップを買って、ガンガン皆投資しています。何に投資しているかというと、データセンターです。これが「AI軍備」大競争です。

 アメリカはNVIDIAのチップすら中国に買わせないようにしているんです。この大競争の中で大問題が浮上していまして、エネルギー問題です。膨大な電力が必要とされます。かつデータセンターは熱をバンバン出して、冷やすのも大変です。これは計算していくと仕方がない程のエネルギー規模になっていきます。原子力復活論に繋がってきていまして、原子力ブームにまで繋がる大問題です。

 これを解決するには、岩本さんたちがいまやっているIOWNは、光技術を使いエネルギーはあまり消耗しない。究極のデーターセンターのGXです。

 これは人類の歴史をひっくり返すくらいのインパクトを持つビックイノベーションです。私はこれが実現できれば、実際マーケットに投入してうまくいけば、NTTはもう一回時価総額世界一のカンパニーになる。平成元年から30数年後に、もう一回世界一の時価総額カンパニーになるのは間違いない。何故かというと今、NVIDIAはいま時価総額で世界一です。IOWNがうまく出来たらNVIDIAがひっくり返される。NTTデータが世界一になります。期待しましょう。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2会場

民間ベースでの協力とルール作りを


 岩本:私自身、中国との歴史は30年ほど前に世界銀行の50億円くらいの融資を使い、中国人民銀行さんの決済システムのパイロット版を作ったことから始まりました。そして今日まで、100数十回ぐらい中国を訪問しています。今でも、中国には10カ所くらい拠点があり、4千人くらいの従業員がいますので、ついこの間も、北京、上海、無錫に行ってきました。来週、周先生もよくご存知の、今年で第20回目になる「東京―北京フォーラム」というフォーラムが東京で開催されます。今回、中国側からもかなりの大物の方々が来られて、20回目の大会ということもあるのでしょうけれど、色々なテーマで議論をします。私はそこではデジタル分科会で、AIのガバナンスについて、議論させていただくことになっています。 

 私の長年の中国との個人的なつきあいも含めて考えてみますと、このGXにおいても、基本的には双方のルールをお互いにどう認識し合うのかということだと思います。いろいろな政府同士の取り決めもあるでしょうが、ベースは民間だと思っています。民間ベースがいろいろなビジネスをする上で、必要なものは契約に書かれてくる訳ですが、さきほど言いましたようにサプライチェーンの問題もありますから、それなりに手を突っ込んだ議論をしなければならないところもあります。互いにこういうことをしようと言うルールをagreeすることが第一歩だと思います。

講演を行う岩本敏男氏

 岩本:ルールをagreeすることは、そのルールを互いに守っているよねということを認め合う、或いは、場合によっては、検証するようなことも必要になります。モニタリングといってもいいですが、こういった仕組みを、双方の政治体制が違うことも前提の上で、agree出来るかどうか。私はできると思います。

 それから、さっき小手川さんからも何回も出ているように、世界中で、今年は選挙の年で1月から毎月のように、インドネシアがあり、ロシアがあり、インドがあり、フランスがあり、イギリスがあり、今回のドイツもあり、他にもいくつもありますが、本当に選挙の年です。日本もありましたが。

 こういう世の中が大きく変わる年に、私は昔からこれをパラダイムシフトといっているのですが、凄い大きなパラダイムシフトの来る時代だからこそ、民間ベースのルールを作ってお互いに認め合って、それをモニタリングして検証していくという、こういうプロセスをお互いが尊重し合う。これが一番だなと思っています。私の今までの付き合いから見ても、充分、中国のさまざまな企業との間では出来ると思っています。


プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

 1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】周牧之:起業家精神でムーアの法則駆動時代GXを加速

周 牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論、未来に向けた提言をした。周牧之氏はセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」の司会を務めた。


周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」

■ ムーアの法則駆動時代


 周牧之:1965年、後のインテル創業者のひとりになったゴードン・ムーアが、半導体集積回路の集積率が18カ月間ごとに2倍になる、そしてその価格が半減すると予測をしました。これが所謂「ムーアの法則」です。

 ムーアの法則は、物理的な法則ではありません。一つの目標値に過ぎないです。しかしムーアの法則を信じ、多くの技術者出身の企業家が半導体産業に沢山投資し続けてきました。その結果、半導体はその後60年間今日まで、ほぼムーアの法則通りに進化しました。これまで無かった製品やサービス、産業が生まれました。既存の産業も大きな変化を余儀なくされました。

 私はこの間の人間社会を「ムーアの法則駆動時代」と定義しています。ムーアの法則駆動時代では、ハイテクをベースにしたイノベーションが社会発展の原動力となります。

ムーアの法則

■ ムーアの法則駆動産業が世界経済をリード


 周:「ムーアの法則駆動時代」で、世界の産業構造はがらっと変化しています。時代が昭和から平成に切り替わった1989年、当時の世界時価総額ランキングトップ10企業の中で日本企業は7社も占めていました。GICSという世界産業分類基準の中分類から見ると、これらトップ10企業は、「銀行」の中分類は日本興業銀行、住友銀行、富士銀行、第一勧業銀行、三菱銀行5社が入っています。「石油・ガス・消耗燃料」に、エクソン(Exxon)、シェル(Shell)の2社が入っています。「電気通信サービス」はNTTの1社。「公益事業」は東京電力の1社、「ソフトウェア・サービス」はIBMの1社が入っていました。この第6位のIBMが、当時トップ10企業の中で唯一のテックカンパニーでした。

 これに対して、35年後の2024年1月のデータでは、世界時価総額ランキングトップ10企業の構成は完全に塗り替えられました。テックカンパニーの存在感は一気に高まり、GICS産業中分類で見ると、首位のマイクロソフト(Microsoft)は「ソフトウェア・サービス」の中分類に分類され、第2位のアップル(Apple)は「テクノロジー・ハードウェア及び機器」です。第6位のエヌビディア(NVIDIA)が「半導体・半導体製造装置」です。この三つはいずれもGICSでは、「情報技術」という大分類に属しています。つまり、この3社は典型的な「ムーアの法則駆動産業」のリーディングカンパニーです。

世界時価総額ランキングトップ10企業(1989年・2024年)

 周:「メディア・娯楽」に中分類される第4位のアルファベット(Alphabet、グーグル)と第7位のメタ(Meta、旧Facebook)は歴然としたIT企業です。第5位のアマゾン(Amazon)は「一般消費財・サービス流通・小売」に中分類されていますが、ネット販売、データセンター、OTTのリーディングカンパニーです。第9位のテスラ(Tesla)は「自動車・自動車部品」に分類されていますが、この4つの企業は、すべて実は情報技術を使って既存産業の在り方を転換させたテックカンパニーです。なぜかというと、テスラは自動車メーカーというよりは自身をIT企業だと一生懸命アピールしています。実際もトップ級のIT企業です。つまりこの4社は、まさしくDXでこれら伝統的な産業を「ムーアの法則駆動産業」へと置き換えたリーディングカンパニーです。

 これらテックカンパニー7社の時価総額は、いま12兆ドルを超え、世界の時価総額合計の13%弱を占めています。これはどのくらいの規模かというと、東証の全ての企業の時価総額の合計の約2倍に相当します。

「Magnificent 7」時価総額

■ スタートアップテックカンパニーがパラダイムシフトの主役


 周:このテックカンパニー7社は圧倒的存在感から、アメリカでは「Magnificent 7」(マグニフィセント・セブン)と表現されています。注目すべきは、マグニフィセント・セブンがすべてスタートアップテックカンパニーだったことです。

 ムーアの法則のもとでの成功は、斬新な製品・サービス及びビジネスモデルを描く想像力が必要です。また、開発に膨大な時間とリソースが要るため、企業を起こし、自分でリスクを引き受けられるリーダーシップと、それを支えるチーム力が欠かせません。

 対する大企業は、日本だけでなく国を問わず、何故かムーアの法則駆動時代でのパフォーマンスが、精彩に欠けています。

 これは大企業が組織の性格上、リスクテイクが苦手であること、また個人をベースにした想像力、リーダーシップの発揮がしにくいからでしょう。

 スタートアップテックカンパニーは、リスキーで長いトンネルを抜けた後、ようやく成功にたどり着きます。マグニフィセント・セブンは全てに、いまこのエヌビディアの株価で見られるパターンがあります。長い間非常に低迷し、急に伸びてくる。これは、(成功に至るまでの株価曲線が)左側に倒れた“L”字に見えるため、私はこれを「L字型成長」と定義しています。

「NVIDIA」時価総額推移

 周:1989年の世界時価総額ランキングトップ10企業で、第6位のIBMは、当時は唯一のテックカンパニーでした。しかし当時IBMはすでに100歳に近い巨大な古参企業で、斬新な製品・サービス及びビジネスモデルにチャレンジできる体質を持っていませんでした。世界に君臨したIBMは沢山のチャンスを逃し、業績が低迷し、現在、世界時価総額ランキングで、第79位に後退しました。

 これに対し、マグニフィセント・セブンは鮮度が高い。創立順で見ると、マイクロソフトは1975年、アップルは1976年、エヌビディアは1993年、アマゾンは1994年、アルファベット1998年、テスラは2003年、一番若いメタが2004年です。7社の平均年齢は32歳です。特に創業者がCEOを務めるテスラ 、エヌビディア、メタの 3社は勢いがすさまじい。これら企業の鮮度の良さは、イノベイティブな体質を保つカギだと私は思います。

 日本、米国、中国3カ国それぞれの時価総額トップ100企業を最近私は比較分析しました。この分析で3カ国の企業の鮮度に大きな違いがあると判明しました。

 日本は、2024年の時価総額トップ100のうち1980年以降の創業は僅か5社。その中に岩本さんのNTTデータが入っています。しかし、21世紀創業の企業はゼロでした。大企業の官僚化で、リスクのある新規事業に消極的になりがちです。ですから結果、ムーアの法則駆動産業の発展が遅れ、日本は海外のテックカンパニーに支払うデジタル赤字が、2023年5.5兆円にまで膨らんだ。5年間で2倍増となりました。

 対照的に、米国トップ100企業のうち、1980年以降の創業は何と32社にのぼります。そのうち21世紀創業の企業は、8社もあります。これら鮮度の高いスタートアップカンパニーこそ、ムーアの法則駆動産業を牽引しています。

 中国はトップ100企業のうち1980年以降の創業は82社にも達しています。そのうち21世紀創業の企業は、4分の1の25社にものぼります。中国のトップ企業の鮮度の良さは極めて顕著です。創業者のリーダーシップでイノベーションや新規事業への取り組みが素早いです。

 つまり、今日の世界における企業発展のロジックは完全に変わりました。技術力と起業家精神に秀でたイノベーティブなスタートアップ企業が、世界経済パラダイムシフトを起こす主要な勢力となっています。

各国トップ100企業のうち、1980年以降及び2000年以降に創業した企業数

■ なぜ欧州では環境政策に逆風が


 小手川大助(パネリスト):私から、環境問題について若干、地政学的な観点から説明します。2024年11月9日にドイツの政権が破綻しました。理由は、財務大臣を務めていた自由民主党のリントナーが、環境予算の継続と、ウクライナに対する支援の継続の二つに最後まで反対したことで、ショルツ首相がその財務大臣を解任した。結果、ドイツ政府は瓦解し、2025年1月中旬に総選挙になりました。

 実はこの問題が生じる前に、ドイツでは2024年9月に3つの州で州選挙があった。そこでこれまで極右と言われていたドイツのための選択肢(AFD)と、その半年前に出来たばかりの新しい党で極左と言われるザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)という新しい政党BSWの、二つの党が大勝利しました。

 この極右・極左二つの政党に共通している政策があります。一つは、ウクライナの戦争反対、ドイツはウクライナに対して支援をするべきではない。もう一つは、行き過ぎた環境政策をすぐに止めるべきである。

 なぜかと言うと、この環境政策のために、実はドイツの主要企業の60%が海外へ行ってしまいました。それで、ドイツは、環境政策やウクライナ支援よりは、やはり経済であると大きく舵を切っていますので、これは非常に注目しなければいけないと思います。

 周:環境問題と国内産業の競争力を両立できるかどうかが鍵です。ヨーロッパもアメリカも、いまうまく両立できずに大変に揺れ動いています。

 中国では、EV(電気自動車)、そして自然エネルギー等々の環境関連産業がいま大ブレイクし、国際競争力がかなり身についた。むしろ、環境問題と国内産業の競争力が両立できるような形になりつつあります。

ディスカッションを行う小手川氏(右)と周牧之教授(左)

ビックイノベーションIOWNはゲームチェンジャーに


 岩本敏男(パネリスト):NTTグループが提唱している「IOWN(アイオン)」計画が、大容量、低遅延、低消費電力などを実現するのです。IOWN1.0、オールフォトニクスネットワークは、すでに動き出しています。ステージは2.0、3.0、4.0と上がります。2.0はサーバの中のボードとボードの間を光で結ぶ。3.0はボードの中の半導体のチップのパッケージ同士を光で結びます。最後は、チップそのものも光でやってしまう。つまり光半導体を作ることが、テクニカルには出来ています。

 IOWNプロジェクトが成功すれば、データセンターの電気消費は100分の1になります。周先生のご指摘とちょっと違うのは、大企業だってイノベーションをやれます。ベンチャー企業だけがやるのではありません。とくに日本の場合は、大企業はやります。日本製鐵ですら、水素還元を頑張ってやっています。まだ出来ていません。技術的には出来ています。でもコスト的にも出来ると思っているのでぜひ頑張っていただきたいと思います。

 周:大企業でもやれるというのは、岩本さんのような方がいるからこそやれるのです。こういうチャレンジャーのリーダーシップのもとで、大企業のリソースが十分使えるのです。岩本さんが言っているIOWNは、最先端の技術です。いまは世界的にAIブームです。AIブームはいま投資競争です。NVIDIAのチップを買って、ガンガン皆投資しています。何に投資しているかというと、データセンターです。これが「AI軍備」大競争です。

 アメリカはNVIDIAのチップすら中国に買わせないようにしているんです。この大競争の中で大問題が浮上していまして、エネルギー問題です。膨大なエネルギーが必要とされます。かつデータセンターは熱をバンバン出して、冷やすのも大変です。これは計算していくと仕方がない程のエネルギー規模になっていきます。原子力復活論に繋がってきていまして、原子力ブームまで繋がる大問題です。

 これを解決するには、岩本さんたちがいまやっているIOWNは、光技術を使いエネルギーはあまり消耗しない。究極のデーターセンターのGXです。

 これは人類の歴史をひっくり返すくらいのインパクトを持つビックイノベーションです。私はこれが実現できれば、実際マーケットに投入してうまくいけば、NTTはもう一回時価総額世界一のカンパニーになる。平成元年から30数年後に、もう一回世界一の時価総額カンパニーになるのは間違いない。何故かというと今、NVIDIAはいま時価総額で世界一です。IOWNがうまく出来たらNVIDIAがひっくり返される。NTTデータが世界一になります。期待しましょう。

ディスカッションを行う岩本敏男氏(左)と石見浩一氏(右)

■ ムーアの法則で水平分業加速


 周:2007年から2009年の間に、私はアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で客員教授をやっていました。その時、小手川さんはIMFの日本代表理事だったので、アメリカでも交流を重ねていたのですが、ちょうどその時、オバマが大統領選に出ていたんです。非常に面白かったです。オバマに使いきれない程の金が集まった。相手の共和党のマケインは、最後は金が底をついてコマーシャルが出せなくなった。一方、オバマは金を残してもしょうがないので、ばんばんと分単位でなく30分単位でコマーシャルを流していたんです。民主党政権の変質がひしひしと感じられた経験だった。

 近年、小手川大助さん、田中琢二さんとも、本学のゲスト講義で議論を重ねてきたのですが、やはりアメリカという世界の唯一の覇権国家のブレ、選挙によるブレの、世界に対する影響は極めて大きい。おそらく、中国の国内にいる皆さんが感じる以上に、世界に対する影響が非常に大きく、それがGXに如何に影響されてくるのか。おそらく周其仁先生の仰る通りに、我々は乾杯して飲むべきものは飲んでいくしかない。GXに関しては、我々はやれることからやるしかないと痛感しているところです。

 産業というのは、ムーアの法則駆動型になっていくと、実はその成長が大きく加速していくんです。さらに投資も巨大化し、世界市場とグローバル分業に依存せざるを得なくなってきます。つまり、ムーアの法則駆動産業は、グローバリゼーションを後押しします。

 私の分析では、ムーアの法則に沿った半導体の60年間の進化と世界の貨物商品輸出拡大との相関関係は一致しています。要するに、グローバリゼーションがいわばムーアの法則で急拡大しています。私はグローバリゼーションの本質は、ムーアの法則が駆動していると結論付けています。しかし今の話の中で出てきていますが、アメリカが中国に対するハイテク分野、そしてGX分野での貿易規制などを発動し、いま中国の電気自動車がアメリカになかなか入れない。太陽光パネルなどの輸出にもいろいろな制約をかけています。

 すなわちアメリカ自らグローバリゼーションに急ブレーキをかけています。世界の一番政治力を持っている国が、グローバリゼーションに急ブレーキをかけています。

 とはいえ、温暖化という地球規模の課題に、世界が一丸となって対処すべきなんです。

 石見浩一(パネリスト):エレコムブランドの93%は中国で作っています。私たちはファブレスメーカーです。ですので、私たちで開発、デザインをし、中国のメーカーと一緒になってモノを作る。その営業をエレコムが担うことで、日本の量販店や、B to Bの市場で売っている形です。

 エレコムでGXを推進するとき、私自身が一番重要だと思うのは「協働」です。グループ会社や、中国の製造会社と、どれくらい私たちの目的、やるべきこと、実際やることによって得られるものが協働できるか、そこがGXを進める上で一番重要な要素だと思います。

ムーアの法則駆動時代

■ 企業の成長にはリーダーシップと支援者が必要


 周:起業家精神とは、企業を興す起業家精神です。GX時代も、まさしく起業家精神の有る無しに、かかっています。

 このセッション登壇者の皆さまのNTTデータ、そしてエレコム、また中国科学院ホールディングス傘下のレノボ(Lenovo)は、すべて1980年代に創業したテック企業です。

 石見: きょうは学生さんが結構いらっしゃるので、起業家精神を私なりにまとめました。

 私自身が起業の時にすごく重要だと思ったのは、やはりビジョン、何になりたいのか。10年後20年後に何になりたいのか。それは何の目的のためにやっているのか。そして使命は何なのか。その企業の、要するにカルチャーも作る企業の将来の方向性なしでは、起業家精神が本当の形では生まれないです。

 さっき周牧之先生の文献も読ませていただいたのですが、「L字型の成長は、新しい製品やサービス及びビジネスモデルを開発し、そして既存の産業の再定義をする。それによってL字型の成長が生まれてくる」。これは要するに変わり続けることです。市場の動向、市場の状況、競合の動き、そういう部分でチェンジマネージメントをしない限り、優位性は出ない。ベンチャーはお金がないから、変わり続けたスピードで勝つしかないです。 

 周:石見さんは若い時に香港で最初のスタートアップ企業を自分で作ったんです。企業を創業した経験も、また普通の企業を巨大企業に育てた経験もおありです。さらに200社以上の企業の面倒を見ている。沢山のスタートアップ企業を育成しています。その気力もすごいなと思います。私はとても200社は頭に入らないと思います。日本のスタートアップがいまちょっと少ないという、ある意味で日本社会の大問題がある中、一番大事なのは彼のような存在です。スタートアップの面倒を見て、育てていく。本当に貴重な存在です。

 岩本さんも、大企業の社長はみんなが岩本さんのような方ではないので、日本においても世界においても貴重な存在です。

 私の隣の小手川さんも、貴重な存在です。財務省の高級官僚でした。財務省は、中国では財務部と国家発展改革委員会を足したような役所です。財務官僚時代に産業再生機構を作り、バブル以降問題となっていた大企業、ダイエーなど40社を再生させた実績があります。退官された後も、中国の日本に進出している企業を含め沢山の企業の面倒を見てこられた。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2会場

■ 交渉好きのトランプとどう付き合う?


 小手川:トランプは商売人です。戦争が大嫌いです。オバマやバイデンと違い、人権、民主主義、それからLGBTQなどへのドグマはありません。とにかく商売が好きで、しかも彼は自分の経験から一対一での交渉が大好きです。マルチの交渉、マルチの機関、IMFや世界銀行は大嫌いです。

 従って彼はとにかく一対一の交渉の場に出れば、自分が絶対に勝てると思っていますので、とにかく彼にとっては、どう相手を交渉の席に引っ張り出すかが最大の課題になります。

 そのため彼は物凄く高いボールを投げます。ところが実際に交渉の席につきますと、非常に話のわかる人に変わってしまい、とにかくディールをしたいというふうになってきます。

 周:トランプが交渉好きということは、中国の皆さんもよくその話を議論していまして、実は中国人ほど交渉好きな民族もあまりないです。市場のおばあちゃまからビックカンパニーの社長たちまで、政治家まで、みんな交渉が大好きです。問題は、交渉の相手が信用できるかどうか。交渉した後は信用できないで、また全部違う話になってくると、これは信用できません。信用出来ない人間とは交渉してもしょうがありません。

 小手川:さっきのセッションで、徐林先生がおっしゃったことで、アメリカは、最後は物凄く利己的になります。例えば、いまウクライナの関係で(ロシアに)経済制裁をやっているのですが、経済制裁にもかかわらずアメリカはずっとロシアから輸入しているものが三つあります。一つはウラニウムの鉱石、二つ目はディーゼルオイル、三つ目は化学肥料の原料になるケイ酸というやつです。とにかくアメリカは常に自分中心ですので、ルールとかはあまり考えない方がいいと思います。

周 牧之 東京経済大学教授

■ 日中、交流進化が問題を解決


 周:アメリカは、ユーラシア大陸から見ると「島国」なんです。彼らの対ユーラシア政策は、島国、といっても日本ではなくイギリスという島国の伝統的な考え方、戦略でやっています。

 日中関係もアメリカの影響をかなり受けます。GXもアメリカの影響をかなり受けます。我々はやはり周其仁先生がきょうおっしゃっていたように、やるべきことをやっていくしかないです。

 私は日中関係を非常に楽観的に見ています。今回のシンポジウムに、中国から70名くらいの企業家、政府関係者、学者が来ています。泊まるところが大変でした。ホテルニューオータニに数十名入れるというのはとんでもなく予約が取れない。最後は中国大使館の力を借りて、ようやくニューオータニに無事泊まることができました。

 何故かと言うといま日本には沢山の中国の皆さんが来ています。おそらく今年は1,000万人を超えるでしょう。日本と中国の人と人との交流を重ねていくと、まったく話が違ってきます。3,000万人になった場合、5,000万人になった場合、これはかなり近い将来の話です。

 5,000万人の中国の皆さんが毎年日本を訪ねてきた時に、日中関係のいままで我々が憂鬱になっていた話は、全部ふっとんでしまうと私は信じています。

 きょうは素晴らしいパネリストとコメンテーターに恵まれ、イノベーションや企業家精神、そして国際協力に至るたいへん示唆に富んだ話をしていただきました。

 GXに取り組む若い世代、あるいはこれからのグローバリゼーションに取り組む若い世代には、大変参考になります。


プロフィール

周 牧之(しゅう ぼくし)
東京経済大学教授

 1963年生まれ。(財)日本開発構想研究所研究員、(財)国際開発センター主任研究員、東京経済大学助教授を経て、2007年より現職。財務省財務総合政策研究所客員研究員、ハーバード大学客員研究員、マサチューセッツ工科大学(MIT)客員教授、中国科学院特任教授を歴任。〔中国〕対外経済貿易大学客員教授、(一財)日本環境衛生センター客員研究員を兼任。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】小手川大助:激動の世界を見つめたGXを

小手川 大助 IMF元日本代表理事

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。小手川大助氏はセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」のコメンテーターを務めた。


周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」

周牧之(司会):このセッションの登壇者三人(岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事)には共通の特徴が一つあります。それは、御三方がいずれも日本のグローバル化を推し進める旗手であるということです。国際人であるだけでなく、それぞれの企業グループのグローバル化を、猛烈に推し進めてきた方々です。

■ 環境対策と産業競争力の両立が鍵


小手川大助:私の方から、環境問題について若干、地政学的な観点から説明申し上げます。先ほど話に出た2024年11月8日がアメリカ大統領選挙でしたが、それと同じくらい重要だったのが、2024年11月9日にドイツの政権が破綻したことでした。理由は、財務大臣を務めていた自由民主党党首のリントナーが、環境予算の継続と、ウクライナに対する支援の継続の二つに最後まで反対したため、ショルツ首相がその財務大臣を解任したからです。

 その結果、ドイツ政府は瓦解し、2025年1月中旬に総選挙になりました。実はこの問題が生じる前に、ドイツでは2024年9月に3つの州で州選挙があった。そこでこれまで極右と言われていたドイツのための選択肢(AFD)と、半年前に出来たばかりの新しい党で極左と言われているザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)という、女性が作った新しい政党BSWの、二つの党が大勝利しました。そして、三つの州全てで。緑の党と自由民主党の議席がゼロになりました。

 いま言いました極右・極左の二つの政党に共通している政策があります。一つは、ウクライナ戦争反対、ドイツはウクライナに対して支援をするべきではないということ。もう一つは、行き過ぎた環境政策をすぐに止めるべきである、という二つでした。

 なぜかと言うと、この環境政策のために、ドイツの主要企業の60%が海外へ行ってしまったからです。先週ドイツの有名企業フォルクスワーゲンが中国の工場を閉めると発表しましたが、いよいよ今晩のうちに合意をしなければ、明日からフォルクスワーゲンの組合はストライキに入ります。

 そういうことで、ドイツは、環境政策やウクライナ支援より経済重視に大きく舵を切ってきていますので、これは非常に注目しなければいけないと思います。

 ちなみに2025年1月に総選挙があったらどうなるか。予想ですが、もともと政権を持っていたキリスト教社会民主同盟(CDU)はおそらく第一党で残るだろう。一方で、緑の党と自由民主党はほぼ議席はゼロになると言われています。それに代わってドイツのための選択肢(AFD)がおそらく社会民主党を抜いて第二党になる。それから新しい政党であるBSWも、下手をすると社会民主党を抜くかもしれないと言われています。

 まず、ヨーロッパの環境政策の一つの中心であるドイツが、大きく変わっていきそうだということになります。

周:環境問題と国内産業の競争力を両立できるかどうかが鍵です。ヨーロッパもアメリカも、いまうまく両立できずに大変に揺れ動いています。

 一方、中国ではEV(電気自動車)、そして自然エネルギー等々の環境関連産業がいま大発展し国際競争力がかなり身についた。むしろ、環境問題と国内産業の競争力が両立できるような形になりつつあります。

北京市内を走るEVタクシー

■ 大口献金者から見えるトランプ政権の政策志向


小手川:第1ラウンドでヨーロッパの中心であるドイツの話をしましたので、第2ラウンドでは当然ながら、アメリカの話しになります。2024年11月8日、私どもが思っていた通り、圧倒的にトランプが勝ちました。

 実は、2016年の時も、私とフジテレビの木村太郎さんの二人だけが当時トランプが勝つと言っていました。日本に比べると、アメリカの選挙は物凄くお金がかかります。前回2020年の大統領選挙、上院議員選挙、下院議員選挙で使われたお金は2兆2000億円です。

 これは、日本でキックバックの問題になっている安倍派が使ったとされるお金が5年間で5億円というのと比較すると、アメリカの選挙資金の莫大さがお分かりになると思います。

 アメリカの場合、政治活動委員会「PAC」ポリティカル・アクション・コミッティがあり、PACは、どのような趣旨のお金がどう使われたかを、一応全部発表しています。

 しかも、PACはどんな団体がお金を入れてきたかも発表します。ところが、いまアメリカで何が行われているかというと、PACにお金を入れる団体が、殆ど免税団体になっています。いわゆるNPOです。NPOにどういう人たちがお金を出しているかは全く匿名です。大口の献金者等の名前は全然出てこない。

シンポジウム当日の東京経済大学キャンパス

小手川:2020年のときと比較すると、バイデンの献金者はほとんどが大口です。軍事産業とウォール街の銀行で、面白いのは、2020年の時から、トランプの献金者はほとんどが小口です。献金者の数が多いのです。今回もその傾向は基本的には変わっておりません。ところが、その中にひとりだけ大口献金者がいました。これは有名なテスラのイーロン・マスクではなく、日本では全然名前が知られていない石油関係の方で、中東と非常に良い関係があった方です。

 いますでに交渉が水面化で始まっていまして、2025年1月20日にトランプが大統領に就任したら、現在ロシアが占領している地域と、ウクライナとの間にいわゆる朝鮮半島形式で約5キロメートルの緩衝地帯を置き、そこにPKO(平和維持軍)を入れる。いま交渉しているのは、PKOを誰にするかという話と、それからウクライナが将来も含めてNATOに入るか入らないか、そこのところの文言を水面化で交渉している状況です。

 ウクライナとの停戦が行われると、何が起こるかというと、いま経済制裁の関係で、一般のマーケットに出てきていないロシアの石油天然ガスがどんどん出てきます。

 従って、基本的に一般のマーケットでは石油価格が下がります。そうすると困るのが、いま言ったような中東の国です。しかも今度の政権のエネルギー長官の第一候補は、アメリカのシェール産業の一番のリーダーです。当然、シェール産業の生産も増えます。そうすると石油の供給量が世界的に増えますから、ほっておけば当然価格は下がっていきます。

 それでは最大の献金者も困るだろということで、政府の唯一の方法は消費を増やすことです。アメリカの国内の石油の消費は相当に増えると思います。

 その延長線上に、アメリカがパリ協定から脱退する話が決められてくるので、そこがこれから非常に注目に値するところではあるとは思います。

ディスカッションを行う小手川氏(右)と周牧之教授(左)

 周:2007年から2009年の間に、私はアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で客員教授をやっていました。当時、IMF日本代表理事をお務めだった小手川さんと、アメリカでも交流を重ねていたのですが、ちょうどその時、アメリカではオバマが大統領選に出ていて非常に面白い現象が起こった。オバマに使いきれない程の金が集まった。

 相手の共和党のマケインは、最後は金が底をついてコマーシャルが出せなくなった。一方のオバマはコマーシャルを分単位でなく30分単位でバンバン流していました。民主党政権の変質がひしひしと感じられた経験でした。

 小手川さんとは、ここ数年、本学のゲスト講義で議論を重ねてきたのですが、やはりアメリカという世界の唯一の覇権国家のブレ、選挙によるブレの、世界に対する影響は極めて大きいと痛感しています。このブレはおそらく、中国国内にいる皆さんが感じる以上に、世界的な影響が非常に大きい。それがGXにどう影響されてくるのか?

 周其仁先生の仰る通り、我々は飲むべきものを乾杯して飲んでいくしかない。GXに関しては、我々はやれることからやるしかないと痛感しているところです。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2会場

トランプ氏は個人的な交渉や取引を重視


 小手川:やはり日中は、地理的にも近いですし、経済的な関係も非常に深いので、当然今後仲良くやっていく必要があります。が、残念ながら日本の後ろには怖い怖い姑さんがいます。姑さんは、日本は自分の最大の同盟国とは言っているのですが、なかなか難しい人ですから、どうしてもこの姑さんがどういうことを考えているのかを、しっかり捉えていくことが重要だと思います。

 そんな観点からいうと、トランプさんは商売人です。戦争が大嫌いです。オバマやバイデンと違い、人権、民主主義、それからLGBTQなどへのドグマはありません。とにかく商売が好きで、しかも彼は自分の経験から一対一での交渉が大好きです。マルチの交渉、マルチの機関、IMFや世界銀行は大嫌いです。

 従って彼はとにかく一対一の交渉の場に出れば、自分が絶対に勝てると思っていますので、とにかく彼にとっては、どうやって相手を交渉の席に引っ張り出すかが最大の課題になります。

 そのため彼は物凄く高いボールを投げます。ところが実際に交渉の席につきますと、非常に話のわかる人に変わってしまい、とにかくディールをしたいというふうになってきます。

 トランプはニューヨークのちょっと東のクイーンズ地区の出身です。クィーンズ出身の人のことをニューヨークの人たちはどう言っているかというと、「Don’t listen to him」彼が言うことには耳を傾けるな。「Watch what he does」彼が何をするかを見ておけ、です。

 要するにトランプが色々な事を言っても全然気にする必要はない。実際彼が何をやってくるかが一番重要です。

 もう一つ付け加えますと、私も1980年代から90年代にかけて、アメリカを相手とした二国間交渉を嫌というほどやりました。相手は米財務省やUSTRで、当時のUSTRは、大体75名くらいいました。

 ところが2016年にトランプ大統領になり、ライトハイザー等がやってきて交渉に入ったのですが、その当時のUSTRは、なんと25名しかいませんでした。それで、どうなるかと言いますと、日本の外務省が作った合意案文を全部ほぼ丸呑みで、少しだけ変えてくるのですが、充分検討するような人間もいないようで非常に簡単に交渉がまとまりました。当時の外務省の人たちは万々歳だったことだけちょっと申し上げたいと思います。

講演を行う小手川氏

 周:トランプの交渉好きについては、中国の皆さんもよく議論しています。実は中国人ほど交渉好きな民族もあまりないです。市場のおばあちゃまからビックカンパニーの社長、そして政治家まで、中国人はみんな交渉が大好きです。問題は、交渉の相手が信用できるかどうかです。交渉した後、交渉とは全部違う話になってくると、これは信用できません。信用出来ない人間とは交渉してもしょうがありません。

 小手川:最後にひとこと。先ほどのセッションで徐林先生がおっしゃったことに関係しますが、アメリカは、最後は物凄く利己的になります。例えば、いまウクライナの関係で(ロシアに)経済制裁をやっているのですが、経済制裁にもかかわらずアメリカはずっとロシアから輸入しているものが三つあります。一つはウラニウムの鉱石、二つ目はディーゼルオイル、三つ目は化学肥料の原料になるケイ素です。とにかくアメリカは常に自分中心ですので、ルールとかはあまり考えない方がいいと思います。

 周:アメリカは、ユーラシア大陸から見ると「島国」なんです、彼らの対ユーラシア政策も、イギリスという島国の伝統的な考え方、戦略でやっています。日中関係もアメリカの影響をかなり受けます。GXもアメリカの影響をかなり受けます。やはり周其仁先生がきょうおっしゃっていたように、我々はやるべきことをやっていくしかありません。


プロフィール

小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事 

 1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
 1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
 IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
 1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】石見浩一:アジアのバリューチェーンでGXを推進

石見 浩一  エレコム社長、トランス・コスモス元共同社長

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。石見浩一氏はセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」のパネリストを務めた。


周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」

■ THINK ECOLOGYでGXを


 石見浩一:周牧之教授の文献を読ませていただいて、実際1979年までの世界CO2排出量が、現在の蓄積の約54%に相当し、1980年から99年の増加分は現在の蓄積の15.3%、2000年から2019年までの20年間の増加分は現在の蓄積の30.7%を占め、もう世界は至急の状態になっていることが分かります。また中井徳太郎さんによると0.03%くらいが産業革命時の全大気の中のCO2量だったのが、今もう0.04%を超え、(CO2濃度)400ppmを超えて急激に進んでいるとのことです。実際GXの取り組みはマクロの部分では大勢の方が話していただいたので、私は1100億円くらいの企業のトップですから、そういう企業がこうしたことを積み重ねないとより良くならないのではないかという、何かヒントになるような話が出来たらと思います。

図 世界におけるCO2排出量拡大の推移

 石見:私の簡単な自己紹介から入らせていただきます。私自身は味の素とトランス・コスモスとエレコムの3社に在籍し、新しい事業の創造や海外事業の発展、経営に携わってきました。実質156カ国にビジネスとして訪問しその市場を見、事業を作ってきました。CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)や関係会社の経営や取締役を200社近くさせていただき、いろいろな形で上場企業も含め経営を見てきた経験があります。よりGXのグローバル化への取り組みは重要だと身をもって感じます。

 エレコムは、創業38年周年目に入り、葉田順治という創業者と共に経営を一緒にしています。エレコム自身はPC、モバイルなどの製品を開発、発売し、BtoCからBtoBへ事業拡大し、今はグローバル事業への発展を取り組んでいる企業です。最近、調理家電やペット家電、ドライヤーなど通電系の事業も広がりを見せ始めています。

 エレコムブランドの70%以上は中国で製造しています。私たちはファブレスメーカーですので、私たちが開発、デザインをし、中国のメーカーと一緒になってモノを製造する。そして販売、営業をエレコムが担うことで、日本の量販店、B to B市場へ販売しているという事業プロセスです。

 石見:エレコムの企業の目的である「Better Being」とその取り組みとしてここで書いています。ポイントでは、製品開発、調達面はエレコムが担い、よりお客様にご満足いただける製品やソリューションを提供する。中国も含めたサプライチェーンを一緒にきちんと実行することにより、より価値の高い製品やコスト効率の良い製品を生産する。そしてそれらの製品を日本のみならずこれからグローバル市場という成長の高い市場に提供していきたい。海外市場販売はまだ全体の3%の売上です。次の5年間でグローバル市場を20%まで持っていきたいと考えています。事業の根幹である従業員、「人」が一番重要だという経営感を私は持っています。Better beingをパーポスにし、これからもより良い製品、より良いアクションを続けていきたいと思っています。

 エレコムグループが最初にGX活動らしく進めていることの一つに、森を再生することです。これは結構時間がかかります。2009年と2012年に海辺と山に対して、再度森林を再生の取組を実施しています。10年、15年単位で森を、防風林を、再生していく。これを実際進めることによって、他の場所にも広げられるパターンを作りつつあり、各自治体とも話をし、エレコム自身のノウハウとして今後も進めていきたいとと考えています。

 また、棚田100選に選ばれた丸山千枚田という景観を維持、広げる活動も実施しています。この棚田は熊野にあります。実際自治体へ寄付する中でこの素晴らしい景観をより早く、継続的に再生していきたいと感じ取り組んでいます。実際行っているときに知見のある方が言われていたのは、棚田を守ることだけが答えではない。棚田と上流にある山、森が繋がっているのでその森、山からどの様に水が下りてきて、棚田と連携しているかの循環を見据えて設計しないといけない。森の適宜伐採も含め進めていかないと丸山棚田がきちんと管理出来ていることにならないと指導を受けました。森からつながって、田んぼがあり、結果としてお米ができるという点を私自身が認識しました。

 石見:現在のエレコムがGXの主流が、CO2排出を吸収できる取組、森をつくる、棚田を再生する活動を中心に進めています。今後さらにサステイナビリティを考える上で、強力に実現していけないと考えていることが、(エレコムグループGX活動)2と3です。

 2と3は実際私たちが再生エネルギーを使って、モノを作っていく。日本にも松本と伊那に工場があり、湘南国際村に研修所があるので、そこは太陽光の発電パネルを中国から仕入れ、そこで再生エネルギーを使って動く取組を進めています。

 また石油由来のプラスチックをなるべく減らしたいということから、2021年に、「THINK ECOLOGY」というブランドをエレコムとして作りました。そのTHINK ECOLOGYが付く製品をより多く出していこうということを、凄く今考えてやっています。例えば、ケーブルですが、このケーブルは土に還ります。とうもろこし由来のプラスチック再生を使っています。ただ、こういう製品にかかるコストが1.3倍から1.4倍くらいになるので、製品の意味を伝えて高く製品を販売できる消費者を作るとか経済的な形をどう作っていくかが、大きな課題だと思います。

 「THINK ECOLOGY」ブランドで、パッケージやプラスチックの再生や、マニュアルのWeb化を、2021年と比して、10%、20%落とした製品であればこのマークを付けて良いと決めて、いま全型番の52%まで来ています。これが100%になっていくことを目指し、そして従来より今プラスチック74トン分くらいは効率化で使わなくなってきていますので、そうしたことを迅速に実行していくことが企業として大切に考え、動いてる最中です。

周牧之(司会):ありがとうございます。このセッションの登壇者三人(岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事)には共通の特徴が一つあります。それは、御三方がいずれも日本のグローバル化を推し進める旗手であるということです。国際人であるだけでなく、それぞれの企業グループのグローバル化を、猛烈に推し進めてきた方々です。

起業家精神の極意


 周:今日の世界における企業発展のロジックは完全に変わりました。技術力と起業家精神に秀でたイノベーティブなスタートアップ企業が、世界経済パラダイムシフトを起こす主要な勢力となっています。

 ここでいう起業家精神とは、企業を興す起業家精神です。GX時代も、まさしく起業家精神の有る無しに、かかっています。

 NTTデータ、そしてエレコム、また中国科学院ホールディングス傘下のレノボ(Lenovo)は、すべて1980年代に創業したテック企業です。

 石見:いま岩本敏男さんがおっしゃっていたScope1と2、これは自社内なので、ある程度出来ます。どうしてかというと私たちがルールを決めて、私たちが測って、私たちが課題に対して対応策を取れるからです。

 一番重要なのは、PPTの右側の小さいものですが、(CO2)90%はメーカー、中国、台湾、ベトナムのメーカーで出てきます。ですから、この90%のScope3に手を付けないと、結局ファブレスのようなメーカーは最終的な答えが充分出ないです。そこをどういうやり方、どういう取組、ルール化を進めていくかは将にこれからが重要だと思って進めていきます。

 ですので、メーカーを選ぶ時に、原料から全部指定して対応するとか、製造工程をきちんと見させていただいてから動くなど、私たちは深圳の福田区にR&Dセンターを作りました。そこからきちんと中国メーカーと共にScope3に対応を進めていきたいと思っています。

 石見:きょうは学生さんが結構いらっしゃるので、起業家精神を私なりに、全部英語で書きました。私が経営を携わり200以上の企業と関わる中で、重要なことを記しました。前職のトランスコスモスでは、中国にもメンバーが7000人くらいいましたから、投資をした様々な企業の方々にもお会いし、中国でも上場企業の社外取締役を勤めました。

 当時日本で最短で一部上場までいったマクロミルという会社が、2003年から従業員が数10人ぐらいだった時から社外取締役をやり、その経営のプロセスをみてきました。当時どういうことが起きていたかを考えた時に、Entrepreneurship、起業家精神は、どういうことかとで、最初に僕が浮かんだのは、経営は実行であるということです。Discipline of Getting things done、実行ができなかったら経営ではない。ここが私の中では一番重要なポイントです。

 実行をするためにどうするのかを、起業家精神の中では考え続けることが重要です。

 これは左と右に分けています。左は、計画策定など考えること、起業をするときに、企業を大きくするときに考えること、プランニングするところです。もちろん市場調査、戦略戦術を練るところもあります。

 私自身が起業の時に重要だと思ったのは、ビジョン、何になりたいのか。10年後20年後に何になりたいのか。何の目的のためにやっているのか。そして使命は何なのかです。その企業の、カルチャーも作る企業としての将来の方向性なしでは、起業家の精神が本当の形では生まれない。そればかり話していたのが、マクロミルを始め重要な成功しているベンチャー企業の経営陣でした。

 石見:その部分があってStrategy、タクティクス(戦術)があり、そして、なおかつ市場は動き、テクノロジーも動きますから、そこを考えていくところが計画です。

 それにも増して一番重要なのは右側です。Executionです。これは実行力、実行あるのみという部分で、先ず浮かぶ四つの言葉は、リーダーシップです。

 中国の企業家でもあった、中国のマイクロソフト代表と会い、マイクロソフトと上海最大ベンチャーキャピタルと一緒になってウィクルソフトとJV会社を作り、その後そのCSサポートを実施するJVを作った会社を買い取り、その後大きくなり5000人を超える会社になったとき、彼らの優秀さと、彼らの権限移譲されたディシジョンの速さに、リーダーシップの強さ、その場で決める力は、日本の企業を凌駕していることを感じました。そこがEntrepreneurshipの中で重要なポイントです。

 あとは、ベンチャーをスタートして3年5年のときに、さっき周先生の文献も読ませていただいたのですが、L字型の成長は、新しい製品やサービス及びビジネスモデルを開発し、既存の産業の再定義をすることで生まれてくる。

 要するに変わり続けることです。市場の動向、市場の状況、競合の動きのところでチェンジマネージメントをしない限り、優位性は出ない。ベンチャーはお金がないから、変わり続けたスピードで勝つしかないです。

シンポジウム当日の東京経済大学キャンパス

 石見:チェンジマネージメントのスピードをやりながら、どうビジネスのスケールをアップしていくか。この市場に入るとこのスケールがある程度取れるから、インターネット市場調査をやって大手企業に食い込んでいこうか等、スケーリングを大きくするためにすることが次の成長を考える上で重要です。

 チャレンジと変革、そしてもう一つ、レジリエンスをやっていても、事業というのは失敗します。ときに転びます。転びながらも復活力、回復力で強い意志を持ち続け、次のステップにいく。それはリーダーシップの重要な取組の一つでもあります。

 エレコムでGXを推進するところで、私自身が一番重要だと思うのは「協働」です。GXを実現するには意味があるわけで、グループ会社や中国の製造会社と、どれくらい私たちの目的、やるべきこと、実際やることによって得られるものが協働できるか。そこがGXを進める上で、一番重要な要素だと心から思っています。この協働がきちんとすべてのScopeで対応できていくことが重要だと思います。

国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」セッション2会場

 石見:政府のレギュレーション、政府の助成金、政府の考えている項目は、企業にとっては重要です。そこにきちんとキャッチアップし対応していく。あとはビジネスの機会への発想、ビジネスの機会があるから、このGXを進めていく、また、CSRやコストの効率化で持ち続けること。そして経済との新しい価値の連動、エレコムの中ではGPIFもそうですし、再生材のコストでより高い価値の製品を作ることもそうです。

 そうした発想を、経済と新しい価値の創造をしていかないと、なかなか価格の転換はできないので、この三つの協働、ビジネスの機会への発想転換と行動、そして経済との新しい価値創造を視点に、私自身がGXをより進めていきたいと思います。

パネリストの岩本敏男氏、石見浩一氏

日中協力でアジアのバリューチェーンを


 周:最後に、GXそして二酸化炭素削減に向けて、日中の協力の可能性についてお話ください。

 石見:中国は、私たちのビジネスには欠かせないので、逆に言うと、どう一緒にやらせていただくのかが一番重要なイシューです。

 前述の通り、90%近い製造を中国のメーカーさんに担ってもらっている。深圳に私たちは新しくR&Dセンターを作り、いまどんどん中国との取引、ビジネスも広がっています。そこで多くの製品の品質を検証する。そしてその製品を持って日本市場、もしくはアセアン市場、その他の市場、米国市場に持っていく形もあります。

 これは笑い話ですが、脱中国だということで中国メーカーではないところに形を作ろうと言っても、中国の技術は圧倒的なので、アセアン、ベトナムやフィリピンへ行っても、中国メーカーがそこで製造している、そういう状況がほとんどです。

 石見:ですから逆に、どう一緒に世界の市場を開拓していくか、そして(世界の)GDP も大体60%くらいはアジア、インドを含むところから今後出てきますから、アジアの市場は、やはり中国と共に、より形を作っていく。グローバリゼーションは、いろいろな事が起きても最終的には続くと私は思っています。

 ですから、其の時に、アジアで、中国と日本、日本と中国で、どうバリューチェーンを作り、そして実際アジアの市場で戦っていくのか。グローバル市場で戦っていくのか。そこを模索し続けること。いろんなことは起きても、模索し続けることが結果としてGXの取り組みを協働することが重要です。

 再生可能エネルギーやエネルギーの使用量減はすぐできますし、いまも太陽光パネルは中国から調達し進めています。蓄電も、リチウムも圧倒的です。2月に私たちも中国の技術を使ってナトリウム電池を初めて発売しますが、リチウムとナトリウムの電池を中国で開発し、アジアで販売を強化していく。

 最終的にはグローバル化につながって、私たちはよりアジアの市場できちんとプレゼンスを残していきたいと考えています。

 エレコムのパーポスは、「Better being」です。より良き製品、より良きサービス、より良き会社、より良き社会を一緒になって作っていきます。


プロフィール

石見 浩一(いわみ こういち)

1967年生まれ。92年イリノイ大学院 修了、93年4月味の素入社。2001年3月トランスコスモス入社、02年6月同社取締役、03年6月同社常務取締役、05年6月同社専務取締役、06年6月同社取締役副社長、20年6月同社代表取締役副社長、22年6月同社代表取締役共同社長、23年4月同社顧問(現任)。23年7月エレコム副社長執行役員(現任)、24年1月ELECOM KOREA CO.,LTD. 代表理事(現任)、ELECOM SINGAPORE PTE.LTD. Managing Director(現任)、ELECOM SALES HONGKONG LIMITED. Director(現任)、ELECOM(深せん)商貿有限公司 董事(現任)、24年2月groxi代表取締役社長(現任)。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

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【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

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【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【対談】岸本吉生 Vs 周牧之(Ⅵ):グローバリゼーション下の格差拡大には平等思想が大切

講義を行う岸本吉生氏

■ 編集ノート:

 岸本吉生氏は経済産業省の官僚として長年第一線で日本の産業政策、国際交渉を担ってきた。退官後はものづくり生命文明機構常任幹事として輪島塗、播州織など日本のモノづくり文化の継承と発展に力を注いでいる。

 東京経済大学の周牧之教授の教室では、2025年5月23日、岸本吉生氏を迎え、トランプ関税発動後の国際社会への影響と行方について、また現代日本の社会、文化の様相についてお話しいただいた。

※前半はこちらから


ニヒリズムが蔓延


岸本:『西洋の敗北』の著者エマニュエル・トッド氏の専門は人口と歴史だ。人口数が違えば国の政策は違う。若い人がたくさんいれば未来への希望が溢れる。高齢者が多く若い人が少なければ若い人の負担は大きい。ある国の人口構成がその国の国際政治にどんな影響を与えるかが著者のライフワークだ。

 ウクライナとロシアの戦争後に出したトッド氏の『西洋の敗北』を読むとニヒリズムに注目している。周先生が大学生の頃、中国にニヒリズムはあったか?

周:私が大学生だった時は中国の改革開放直後だったので社会は高揚感に包まれていた。頑張れば夢をつかめられる時代だった。しかし40年後の今はニヒリズムが社会的な現象になっているようだ。「躺平」つまり何もしないという言葉が若い人の間で流行っている。

岸本:私が大学生の頃はニヒリズムがあった。ニヒリズムとは「どうせ俺なんて」ということだ。将来どんな希望があるかを言わない。思っても言わない。「私たちはどうせダメだ。こんな社会で頑張っても無駄だ」と斜に構えた感じだ。とくに2000年前後の日本にはニヒリズムが強かった。

 ニヒリズムが台頭すると他人は他人、私は私になる。前を歩く人が大事なキーホルダーを落としても声もかけない。

 トッド氏が指摘するニヒリズムの要因は高学歴だ。大学に行く人が増えるとニヒリズムが出てくる。大学が好きではない人もいる。大学を出てどうなるという悲観的な思いもある。就職氷河期の世代は、せっかく大学まで卒業したのに報われない結果になった人が百万人以上生まれてしまった。

周:努力しても報われないことが大きい。長期的な不景気や階層の固定化などがニヒリズムをもたらす。

エマニュエル・トッド『西洋の敗北』

格差社会になる中で日本の社会システムはなお健全


周:ニヒリズムは格差社会になってきたことに起因している。40年前のNHKの調査で、日本では98%の人が自分は中流だと答えた。1億総中流社会だ。アメリカも1970〜80年代は大半が中流社会だと思っていた。いま日本は格差社会になりつつあるがアメリカほどではない。

 アメリカでは今まで共和党の支持層ではなかった人がトランプ氏を支持している。本来、労働組合に組織されていた労働者が、民主党から離れ共和党支持になるねじれ現象が起きている。グローバリゼーションが進み、もたらされた分裂と格差が激しくなっている。

 さらに深刻な問題は、アメリカの場合、階層社会の底辺にいる人々の生活基盤が崩壊している。バンス副大統領が自身の前半生を描いた小説『ヒルビリー・エレジー』がこの崩壊現象をリアルに描いている。これが今アメリカ社会における政治分裂を引き起こす最大のパワーとなっている。

 日本はそこまで行っていない。東京経済大学はもともと左派的な学校だった。マルクス経済学の一大牙城のような大学とのイメージを持たれていた。私がこの大学に初めて来た時には、マル経の大物教授が沢山いた。

 国際的に見て、日本の社会システムはかなり左派的な社会思想が浸透し、それがアメリカとの違いをもたらしている。この30年、日本は格差がある程度広まったが生活基盤が崩壊する階層がまだそれほど表面化していない。世界的に見ると、グローバリゼーションで富の作り方が更に効率的になったが、分配の仕方がまだよく出来ていない。

 日本は社会のあり方が、アメリカと比べると断然うまくいっている。戦後の日本の社会システムを作るときに左派的な考えが強く働いたからではなかったかと思う。日本社会には格差を是正する社会主義的な思想や仕組みが強く働いている。

岸本:全く同感だ。エマニュエル・トッドの『西洋の敗北』を今日の話題になぜ選んだかというと、周先生が今おっしゃったことを、同書は偏見なく捉えていることに共感を覚えたからだ。トッド氏の結論は周先生とほぼ同じだ。日本は西洋のようには敗北しない。

 『西洋の敗北』の結論は、ヨーロッパとアメリカが敗北するということだ。それは何故か。フランス人研究者である自分がこのことを書くのは辛いとも書いている。欧米に住めない、反逆行為で嫌われるとも書いている。

 同書において、トッド氏はキリスト教の影響を分析している。プロテスタントは「人間は平等ではない、よくできる人間とダメな人間がいる」と教える。西洋が敗北するのは当たり前だと述べている。日本の仏教にそうした考え方はない。お寺のお坊さんは、優秀な人間とあかんたれがいるとは言わない。他人があかんたれと呼んでも、やりようでちゃんとできると教えている。

周:儒学の祖の孔子は「有教無類」、つまりどのような人であってもきちんと教育することを教育理念とした。平等主義の思想だ。日本の仏教は、インドから中国に伝わり中国の道教や儒学と融合され改造された中国仏教が源流だ。そこには、仏教が言う「衆生平等」つまり皆が平等という思想が根底にある。平等主義は中国の政治思想にも深く浸透している。西暦587年、隋文帝から始まった科挙で官僚を選ぶことも、世襲的な貴族支配を排除し、有能な人材を取り入れるためだ。選挙制度が1400年以上続いた中国では、政治的に平等思想が根深くある。そうした平等主義は、左派的な思想に通じ合うところがある。その意味では、マルクス主義が中国で一気に広がったことは決して偶然ではなかった。 

岸本:仏教の平等思想は日本社会においても基盤になっている。

 日本的精神は、神社、お寺、俳句、短歌、平家物語、お茶など沢山ある。集約すると自然崇拝だ。四季折々、今このときに感謝する。これは古来日本の普遍の原理だ。中国には5000年前からそうしたものが沢山ある。その中で、日本人が賛同したものが漢文として輸入された。日本に残る漢文を読めば日本人と中国人の同じ部分がわかる。 

周:平等主義を含め、日本は選択的に中国から取り入れた。

岸本:親しみを感じ尊敬して取り入れた。日本の仏教は自然崇拝という生活慣習が基盤になっている。輸入された経典が日本の文化を作ったわけではない。神社もそうだ。祀られる神様が日本の文化を作ったわけではない。神様は自然と同体だ。日本には先祖崇拝がある。位牌や墓がある。過去の人類は全部先祖だと考えているから、他人は他人のようで他人でない。

周:中華文明の中で、先祖崇拝を確立したのは周王朝だ。殷王朝は、神の崇拝をやり過ぎ大勢の人々を生贄にした。殷王朝を倒した周王朝は、先祖崇拝で人間の優位性を確立した。中国王朝の天命は神から民へシフトした。これは非常に大きな出来事で、それ以降中国では神を絶対視する王朝は誕生していない。大きな宗教戦争の時代もなかった。これは日本を含む東アジアにも大きな影響を与えた。世界の宗教戦争と対立を見渡すと、中華文明が早熟であったことが分かる。

岸本:核家族、集合住宅、学校制度。現在の日本社会を全部かけ合わせたらそんな風になる気がする。集合住宅の頃は友達が自分の家にいるのは普通だった。今は他人の家に行くのは遠慮がある。親の了解が要る。他人の子が夕方遊びに来ていたら夕飯を一緒に食べさせた。よその子は自分の子と変わらなかった。

孔子とその弟子たち

■ アメリカ製日本国憲法はなぜうまく機能したのか?


岸本:習近平氏の「歴史決議」では中国共産党結党時の1921年の中国は悲惨だったと書かれている。日本でも明治維新で政府ができた頃は大変だったと書かれている。さらに昭和の前半は、恐慌からはじまる暗黒の時代が続き、自国だけでも300万人以上の犠牲者を出して戦争が終わった。

 『坂の上の雲』という司馬遼太郎氏の小説がある。他人のためを思って一生懸命頑張る。自己中心は否定され、他人のために頑張る人だけがいい人だという社会。それが悲惨な結果を生んだ。江戸時代からつながっていた日本的な精神が否定された。

 私は昭和37年生まれで小学校に入ったのは昭和43年、戦後20年だ。戦争前のことを良かったという同級生がいたら、みんなで意地悪する感じだった。「私の祖父は軍人で偉かった」などと言おうものなら先生も「そんなこと言うものではない」と否定された。

周:日本国憲法を作ったのは日本人ではなく占領軍だ。占領軍の中の左派だ。彼らはアメリカでやれないことをやった。

岸本:占領下において社会運営の方針と制度づくりは占領軍の左派が担当した。労働組合法もGHQが起草した。明治時代にドイツ、フランスの制度を自らの意思で輸入したのとは違う。

周:日本国憲法のもとで日本社会がここまでうまく出来上がって来たのは、日本的な精神があったからだ。

講義を行う岸本氏

日米同盟は瓶の蓋


周:トランプ氏の対日関税交渉の姿勢は何故これほど強いのか?

岸本:トランプは、日米安全保障体制がアメリカにプラスだと思っていないのではないか。日米安全保障条約は瓶の蓋だ。日本はいつかアメリカに復讐するかもしれない。日米安全保障体制がある限り日本の再軍備は必要ない。

 憲法九条の規定がありながら、防衛費に10兆円近くを使うよう日米政府が動いているのは周先生にはどう見えるか?

周:瓶の蓋だ。トランプは日本だけでなくドイツに対しても瓶の蓋を開けた。

岸本:瓶の蓋を開ける。自国を自衛できないようではいけないというのが自民党の一部の主張だ。社会党、共産党は日米安保に反対だ。立場がいろいろあって構わない。アメリカ大統領で日本に防衛費を増やせと言った人は過去何人もいるが、日米安保体制をなくして瓶の蓋を外してあげようかと明言した人はいない。トランプさんも明言はしていない。

 日本の総理大臣が、軍事力を増強し日米安保条約を破棄すると言ったらどうなるか。関税、自動車工場、製鉄所という次元の問題ではない。 

周:トランプ氏はカナダを「51番目の州」にすると言った。日本を52番目の州にするという要求はあり得るのか?

岸本:1950〜60年代はそれに近い要求を受けてきた。日米関係と日中関係を天秤にかけて打開していくのが良い総理大臣だと言う人がいる。アメリカとの関係、中国との関係を天秤にかけることはできない。それぞれが大事だからだ。中国と日本、東アジアの調和と進展。ロシアや北朝鮮との関係もその一部だ。52番目の州を考える前に、このテーマを深めていくことが大切だ。

講義を行う岸本氏と周牧之教授

プロフィール

岸本 吉生

ものづくり生命文明機構常任幹事

 1985年東京大学法学部卒業後通商産業省入省。経済産業省環境経済室長、中小企業庁経営支援課長、愛媛県警察本部長、中小企業基盤整備機構理事、九州経済産業局長、中小企業庁政策統括調整官、経済産業研究所理事、中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー、中小企業庁国際調整官を経て現職。コロンビア大学国際関係学修士、日本デザインコンサルタント協会会員。


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講義を行う岸本吉生氏

■ 編集ノート:

 岸本吉生氏は経済産業省の官僚として長年第一線で日本の産業政策、国際交渉を担ってきた。退官後はものづくり生命文明機構常任幹事として輪島塗、播州織など日本のモノづくり文化の継承と発展に力を注いでいる。

 東京経済大学の周牧之教授の教室では、2025年5月23日、岸本吉生氏を迎え、トランプ関税発動後の国際社会への影響と行方について、また現代日本の社会、文化の様相についてお話しいただいた。


■ 米中のグランドデザインの折り合いで決着


周牧之:トランプ大統領は、2025年4月、日本も含めアメリカの貿易相手国に対して「相互関税」として高い関税を課すと発表した。とくに中国に対して145%にのぼる関税をかけるとした。これに対して中国もアメリカへの対等の報復関税を即座に発表した。

 僅か1カ月後の5月12日、米中両国は経済と貿易に関する会談の共同声明を発表し、アメリカが中国に課している相互関税率を大幅に引き下げ、中国側も同様の措置をとるとした。まさにドラマティックな展開だった。アメリカが中国にここまで迅速かつ徹底して関税を引き下げた理由をどう考えるか?

 岸本さんは現役官僚の時、国際交渉をされていた。大半のアメリカの経済学者が反対する中で、トランプは何故高関税を発動したのか?自由貿易を提唱してきたアメリカは、何故ここまで高い関税を武器に世界を相手に喧嘩を売るのか?

岸本吉生:周先生と私は同い年だ。私が大学を出て日本政府の職員になった時、周先生は大学を出て中国政府に入った。私は通商産業省、周先生は機械工業省に入省した。周先生は入省3年で来日し、研究者になられさまざま研究及び社会活動をされている。1990年代から今までの30年、数多くの問題解決に貢献されている。

 私が周先生に出会った頃、中国の社会問題で一番大きいのは三農問題だった。中国に8億人ぐらいの農民がいた。日本では農民は1,000万人以下しかいない。農民を農業以外の仕事に就けるようにすることは、中国社会で最大の問題だった。これに対して、周先生はメガロポリスの政策を提唱し、中国の政策当事者と協力して都市化を推し進めた。

 2023年1月5日、習近平主席の「歴史決議」について周先生と対談した。中国共産党の「歴史決議」は3つしかない。毛沢東と鄧小平、習近平が其々一回ずつ出している。習近平氏の歴史決議は、共産党結党100年目の2021年に発表された。習近平氏は自身の社会運営、グランドデザインを渾身の力で書いたのだと思う。関税が下がったのは、習近平氏のグランドデザインと、トランプ氏の社会運営に折り合いがついたからだと思う。

周:トランプ氏のスローガンはMake America great againだ。習近平氏は「中華民族の偉大なる復興」を掲げている。英語に訳せば「Make China great again」だ。19世紀の初頭、中国は世界最大の経済大国だった。世界経済におけるシェアは1990年にはわずか1.7%であるが19世紀初めは33%を超えていた。

岸本:中国の経済規模はかつて世界最大だった。清朝末期から西洋に侵略された。

周:習近平氏の「共同富裕」もトランプ氏と共通点がある。

岸本:「皆でいい暮らしをしよう」だ。2050年には皆がそう感じるようにしようというのが習近平氏のビジョンだ。トランプ氏は悠長なことは言えず4年の任期を考えて急進的にやるしかない。

1945年「若干の歴史問題に関する決議」と1981年「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」報告書

産業の勝ち負けが大事


岸本:トランプ氏は移民を合法の移民に制限する。製造業を力強いものにすると言っている。アメリカの製造業を弱くしている国は中国だ。その前は日本だった。私が通産省に入った時に、日本のアメリカに対する貿易黒字は毎年10兆円以上、GDPの5%くらいだった。

周:対米黒字GDP比から見ると、その時の日本は今の中国より更に凄かった。

岸本:日本が戦後得た産業技術の大半はアメリカから得たものだ。アメリカの技術を工業生産に結びつけてアメリカに輸出した。アメリカにとって安全保障上問題が大きい産業は鉄、半導体、飛行機だ。鉄と半導体を日本に依存するのは怖い。

周:アメリカは意外に恐怖心の強い国だ。

岸本:コンピューターネットワークにおいてコンピューターは他国のものでもいいがネットワークは他国のものでは怖い。自動車と繊維産業は、労働者を多く使うため他国に依存したくない。アメリカはこれらの産業競争力を守りたい。中国との間でも同じだ。

“MAKE AMERICA GREAT AGAIN”キャップとホワイトハウス

■ 製造業を取り戻す為のトランプ関税


岸本:アメリカ人の勤労者の家庭の日常は仕事が終わったらテレビだった。スポーツ観戦だ。野球、アイスホッケー、アメフト、バスケットボール。アメリカに生まれた人の望みはいろいろあるが、人並みで暮らせたら十分だという人は、仕事が終わったらバドワイザーを飲みテレビを見る。夫婦でおめかしして音楽やダンスに興じる。

 日本はどうか。食品も着る物も中国製、衣食住を担う仕事がなくなっている。

 トランプ大統領は関税を上げる。驚きだ。経済学の教科書と逆だ。物価が上がり貧しくなる。しかし、関税が高くなればアメリカに工場を作ろうかとなる。アメリカは自由貿易を標榜していた頃、ヨーロッパは失業率25%で深刻な不景気だった。12カ国がEUを始めた1992年の合言葉は、Fortress Europeだ。関税はメンバー間にはゼロ、外に対してだけかける。アメリカもかつてのEUと同じことをやろうとしていた。

周:1992年にアメリカ、カナダ、メキシコ3カ国は自由貿易協定(NAFTA: North American Free Trade Agreement)を結んだ。 

岸本:ヨーロッパは12カ国で人口3億人ぐらい。アメリカとカナダ、メキシコ3国のNAFTAは内には自由貿易、外に対しては関税だ。

周:NAFTAは5億人を抱えている

2018年7月19日「『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティ」にて、前列左から岸本吉生、中井徳太郎(環境省総合環境政策統括官)、清水昭(葛西昌医会病院院長)(※肩書きは2018年当時)

アメリカへの工場誘致は進むのか


岸本:トランプはカナダに「51番目の州」になることを提案している。

周:カナダをさらに取り込もうとしている。

岸本:日本が提唱したのはアジア太平洋経済協力(APEC:Asia-Pacific Economic Cooperation)だ。アメリカも中国もはいっている。

 トランプ大統領は自国だけの関税政策でMake America great againを成し遂げようとしている。うまくいくかどうか分からない。工場が増えるのには何年もかかる。アメリカの政策の先行きを懸念して海外から投資が進まないかもしれない、中間選挙や次の大統領選挙まで信頼が続かないかもしれない。

周:トランプ関税は、世界最大の市場を武器に出来るからやれるが、その効果は狙い通りになるのか誰も分からない。

岸本:共和党が自由貿易を放棄した理由は何か?かつて共和党は自由貿易を提唱し企業が黒字になれば失業は構わないというスタンスだった。労働者を守るのは民主党と労働組合の仕事だった。これが逆転している。いまや民主党が自由貿易と言い、共和党が関税政策を提唱している。

周:グローバリゼーションで繁栄を謳歌する大都市をベースにした民主党に対し、トランプは見捨てられた旧工業地帯や田舎を抱き込む為にそうした挑戦をせざるを得ない。

アジア太平洋経済協力(APEC)2025

■ マンネリ化を産む高関税


周:そもそも高い関税で国を豊かにできるのか? 

岸本:いま皆さんの毎日に、仕事が終わったらプロスポーツをテレビで見るという感覚はないのではないか。見たいものがあれば見たい時間に見る。柔軟だ。働き方もそうではないか?決まった時間に決まった服を着て職場に行き終業時間になれば帰宅するのではなく、インターネットを使い、いろいろな人とコミュニケーションして仕事をする。

周:多様性の時代は選択肢が広がる。グローバリゼーションは一部の人の仕事を奪うと同時に、大勢の人の選択肢を広げる。

岸本:先進国には大学が沢山あり、子供を大学に通わせる余裕がある。大卒は先進国に多くバングラデシュやアフリカには少ない。先進国では大学生が余っている。全ての品目を同率の高関税にするトランプ大統領のやり方は、私のように通商政策に携わった人間からすると、良い雇用や産業競争力の向上に効果があるか疑問もある。

周:トランプ氏は孤立主義だ。輸出するつもりはないかもしれない。

岸本:輸入がなく輸出をしないとなると経済活動が停滞する。製造業がアメリカに戻るようにというトランプ大統領のメッセージに各国は協力できるだろうか。

周:トランプ大統領の4年間の任期でどこまでやれるか。

岸本:戦後80年間誰も思いつかなかったことだ。効果はあるかもしれない。

周:一定の効果はあるはずだがマンネリ化は避けられない。

※後半に続く

講義を行う岸本氏と周牧之教授

プロフィール

岸本 吉生

ものづくり生命文明機構常任幹事

 1985年東京大学法学部卒業後通商産業省入省。経済産業省環境経済室長、中小企業庁経営支援課長、愛媛県警察本部長、中小企業基盤整備機構理事、九州経済産業局長、中小企業庁政策統括調整官、経済産業研究所理事、中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー、中小企業庁国際調整官を経て現職。コロンビア大学国際関係学修士、日本デザインコンサルタント協会会員。


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