【対談】岸本吉生 Vs 周牧之(Ⅵ):グローバリゼーション下の格差拡大には平等思想が大切

講義を行う岸本吉生氏

■ 編集ノート:

 岸本吉生氏は経済産業省の官僚として長年第一線で日本の産業政策、国際交渉を担ってきた。退官後はデザインコンサルタントとして輪島塗、播州織など日本のモノづくり文化の継承と発展に力を注いでいる。

 東京経済大学の周牧之教授の教室では、2025年5月23日、岸本吉生氏を迎え、トランプ関税発動後の国際社会への影響と行方について、また現代日本の社会、文化の様相についてお話しいただいた。

※前半はこちらから


ニヒリズムが蔓延


岸本:『西洋の敗北』の著者エマニュエル・トッド氏の専門は人口と歴史だ。人口数が違えば国の政策は違う。若い人がたくさんいれば未来への希望が溢れる。高齢者が多く若い人が少なければ若い人の負担は大きい。ある国の人口構成がその国の国際政治にどんな影響を与えるかが著者のライフワークだ。

 ウクライナとロシアの戦争後に出したトッド氏の『西洋の敗北』を読むとニヒリズムに注目している。周先生が大学生の頃、中国にニヒリズムはあったか?

周:私が大学生だった時は中国の改革開放直後だったので社会は高揚感に包まれていた。頑張れば夢をつかめられる時代だった。しかし40年後の今はニヒリズムが社会的な現象になっているようだ。「躺平」つまり何もしないという言葉が若い人の間で流行っている。

岸本:私が大学生の頃はニヒリズムがあった。ニヒリズムとは「どうせ俺なんて」ということだ。将来どんな希望があるかを言わない。思っても言わない。「私たちはどうせダメだ。こんな社会で頑張っても無駄だ」と斜に構えた感じだ。とくに2000年前後の日本にはニヒリズムが強かった。

 ニヒリズムが台頭すると他人は他人、私は私になる。前を歩く人が大事なキーホルダーを落としても声もかけない。

 トッド氏が指摘するニヒリズムの要因は高学歴だ。大学に行く人が増えるとニヒリズムが出てくる。大学が好きではない人もいる。大学を出てどうなるという悲観的な思いもある。就職氷河期の世代は、せっかく大学まで卒業したのに報われない結果になった人が百万人以上生まれてしまった。

周:努力しても報われないことが大きい。長期的な不景気や階層の固定化などがニヒリズムをもたらす。

エマニュエル・トッド氏

格差社会になる中で日本の社会システムはなお健全


周:ニヒリズムは格差社会になってきたことに起因している。40年前のNHKの調査で、日本では98%の人が自分は中流だと答えた。1億総中流社会だ。アメリカも1970〜80年代は大半が中流社会だと思っていた。いま日本は格差社会になりつつあるがアメリカほどではない。

 アメリカでは今まで共和党の支持層ではなかった人がトランプ氏を支持している。本来、労働組合に組織されていた労働者が、民主党から離れ共和党支持になるねじれ現象が起きている。グローバリゼーションが進み、もたらされた分裂と格差が激しくなっている。

 さらに深刻な問題は、アメリカの場合、階層社会の底辺にいる人々の生活基盤が崩壊している。バンス副大統領が自身の前半生を描いた小説『ヒルビリー・エレジー』がこの崩壊現象をリアルに描いている。これが今アメリカ社会における政治分裂を引き起こす最大のパワーとなっている。

 日本はそこまで行っていない。東京経済大学はもともと左派的な学校だった。マルクス経済学の一大牙城のような大学とのイメージを持たれていた。私がこの大学に初めて来た時には、マル経の大物教授が沢山いた。

 国際的に見て、日本の社会システムはかなり左派的な社会思想が浸透し、それがアメリカとの違いをもたらしている。この30年、日本は格差がある程度広まったが生活基盤が崩壊する階層がまだそれほど表面化していない。世界的に見ると、グローバリゼーションで富の作り方が更に効率的になったが、分配の仕方がまだよく出来ていない。

 日本は社会のあり方が、アメリカと比べると断然うまくいっている。戦後の日本の社会システムを作るときに左派的な考えが強く働いたからではなかったかと思う。日本社会には格差を是正する社会主義的な思想や仕組みが強く働いている。

岸本:全く同感だ。エマニュエル・トッドの『西洋の敗北』を今日の話題になぜ選んだかというと、周先生が今おっしゃったことを、同書は偏見なく捉えていることに共感を覚えたからだ。トッド氏の結論は周先生とほぼ同じだ。日本は西洋のようには敗北しない。

 『西洋の敗北』の結論は、ヨーロッパとアメリカが敗北するということだ。それは何故か。フランス人研究者である自分がこのことを書くのは辛いとも書いている。欧米に住めない、反逆行為で嫌われるとも書いている。

 同書において、トッド氏はキリスト教の影響を分析している。プロテスタントは「人間は平等ではない、よくできる人間とダメな人間がいる」と教える。西洋が敗北するのは当たり前だと述べている。日本の仏教にそうした考え方はない。お寺のお坊さんは、優秀な人間とあかんたれがいるとは言わない。他人があかんたれと呼んでも、やりようでちゃんとできると教えている。

周:儒学の祖の孔子は「有教無類」、つまりどのような人であってもきちんと教育することを教育理念とした。平等主義の思想だ。日本の仏教は、インドから中国に伝わり中国の道教や儒学と融合され改造された中国仏教が源流だ。そこには、仏教が言う「衆生平等」つまり皆が平等という思想が根底にある。平等主義は中国の政治思想にも深く浸透している。西暦587年、隋文帝から始まった科挙で官僚を選ぶことも、世襲的な貴族支配を排除し、有能な人材を取り入れるためだ。選挙制度が1400年以上続いた中国では、政治的に平等思想が根深くある。そうした平等主義は、左派的な思想に通じ合うところがある。その意味では、マルクス主義が中国で一気に広がったことは決して偶然ではなかった。 

岸本:仏教の平等思想は日本社会においても基盤になっている。

 日本的精神は、神社、お寺、俳句、短歌、平家物語、お茶など沢山ある。集約すると自然崇拝だ。四季折々、今このときに感謝する。これは古来日本の普遍の原理だ。中国には5000年前からそうしたものが沢山ある。その中で、日本人が賛同したものが漢文として輸入された。日本に残る漢文を読めば日本人と中国人の同じ部分がわかる。 

周:平等主義を含め、日本は選択的に中国から取り入れた。

岸本:親しみを感じ尊敬して取り入れた。日本の仏教は自然崇拝という生活慣習が基盤になっている。輸入された経典が日本の文化を作ったわけではない。神社もそうだ。祀られる神様が日本の文化を作ったわけではない。神様は自然と同体だ。日本には先祖崇拝がある。位牌や墓がある。過去の人類は全部先祖だと考えているから、他人は他人のようで他人でない。

周:中華文明の中で、先祖崇拝を確立したのは周王朝だ。殷王朝は、神の崇拝をやり過ぎ大勢の人々を生贄にした。殷王朝を倒した周王朝は、先祖崇拝で人間の優位性を確立した。中国王朝の天命は神から民へシフトした。これは非常に大きな出来事で、それ以降中国では神を絶対視する王朝は誕生していない。大きな宗教戦争の時代もなかった。これは日本を含む東アジアにも大きな影響を与えた。世界の宗教戦争と対立を見渡すと、中華文明が早熟であったことが分かる。

岸本:核家族、集合住宅、学校制度。現在の日本社会を全部かけ合わせたらそんな風になる気がする。集合住宅の頃は友達が自分の家にいるのは普通だった。今は他人の家に行くのは遠慮がある。親の了解が要る。他人の子が夕方遊びに来ていたら夕飯を一緒に食べさせた。よその子は自分の子と変わらなかった。

東京経済大学

■ アメリカ製日本国憲法はなぜうまく機能したのか?


岸本:習近平氏の「歴史決議」では中国共産党結党時の1921年の中国は悲惨だったと書かれている。日本でも明治維新で政府ができた頃は大変だったと書かれている。さらに昭和の前半は、恐慌からはじまる暗黒の時代が続き、自国だけでも300万人以上の犠牲者を出して戦争が終わった。

 『坂の上の雲』という司馬遼太郎氏の小説がある。他人のためを思って一生懸命頑張る。自己中心は否定され、他人のために頑張る人だけがいい人だという社会。それが悲惨な結果を生んだ。江戸時代からつながっていた日本的な精神が否定された。

 私は昭和37年生まれで小学校に入ったのは昭和43年、戦後20年だ。戦争前のことを良かったという同級生がいたら、みんなで意地悪する感じだった。「私の祖父は軍人で偉かった」などと言おうものなら先生も「そんなこと言うものではない」と否定された。

周:日本国憲法を作ったのは日本人ではなく占領軍だ。占領軍の中の左派だ。彼らはアメリカでやれないことをやった。

岸本:占領下において社会運営の方針と制度づくりは占領軍の左派が担当した。労働組合法もGHQが起草した。明治時代にドイツ、フランスの制度を自らの意思で輸入したのとは違う。

周:日本国憲法のもとで日本社会がここまでうまく出来上がって来たのは、日本的な精神があったからだ。

講義を行う岸本氏

日米同盟は瓶の蓋


周:トランプ氏の対日関税交渉の姿勢は何故これほど強いのか?

岸本:トランプは、日米安全保障体制がアメリカにプラスだと思っていないのではないか。日米安全保障条約は瓶の蓋だ。日本はいつかアメリカに復讐するかもしれない。日米安全保障体制がある限り日本の再軍備は必要ない。

 憲法九条の規定がありながら、防衛費に10兆円近くを使うよう日米政府が動いているのは周先生にはどう見えるか?

周:瓶の蓋だ。トランプは日本だけでなくドイツに対しても瓶の蓋を開けた。

岸本:瓶の蓋を開ける。自国を自衛できないようではいけないというのが自民党の一部の主張だ。社会党、共産党は日米安保に反対だ。立場がいろいろあって構わない。アメリカ大統領で日本に防衛費を増やせと言った人は過去何人もいるが、日米安保体制をなくして瓶の蓋を外してあげようかと明言した人はいない。トランプさんも明言はしていない。

 日本の総理大臣が、軍事力を増強し日米安保条約を破棄すると言ったらどうなるか。関税、自動車工場、製鉄所という次元の問題ではない。 

周:トランプ氏はカナダを「51番目の州」にすると言った。日本を52番目の州にするという要求はあり得るのか?

岸本:1950〜60年代はそれに近い要求を受けてきた。日米関係と日中関係を天秤にかけて打開していくのが良い総理大臣だと言う人がいる。アメリカとの関係、中国との関係を天秤にかけることはできない。それぞれが大事だからだ。中国と日本、東アジアの調和と進展。ロシアや北朝鮮との関係もその一部だ。52番目の州を考える前に、このテーマを深めていくことが大切だ。

(了)

講義を行う岸本氏と周牧之教授

プロフィール

岸本 吉生

ものづくり生命文明機構常任幹事

 1985年東京大学法学部卒業後通商産業省入省。経済産業省環境経済室長、中小企業庁経営支援課長、愛媛県警察本部長、中小企業基盤整備機構理事、九州経済産業局長、中小企業庁政策統括調整官、経済産業研究所理事、中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー、中小企業庁国際調整官を経て現職。コロンビア大学国際関係学修士、日本デザインコンサルタント協会会員。


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講義を行う岸本吉生氏

■ 編集ノート:

 岸本吉生氏は経済産業省の官僚として長年第一線で日本の産業政策、国際交渉を担ってきた。退官後はデザインコンサルタントとして輪島塗、播州織など日本のモノづくり文化の継承と発展に力を注いでいる。

 東京経済大学の周牧之教授の教室では、2025年5月23日、岸本吉生氏を迎え、トランプ関税発動後の国際社会への影響と行方について、また現代日本の社会、文化の様相についてお話しいただいた。


■ 米中のグランドデザインの折り合いで決着


周牧之:トランプ大統領は、2025年4月、日本も含めアメリカの貿易相手国に対して「相互関税」として高い関税を課すと発表した。とくに中国に対して145%にのぼる関税をかけるとした。これに対して中国もアメリカへの対等の報復関税を即座に発表した。

 僅か1カ月後の5月12日、米中両国は経済と貿易に関する会談の共同声明を発表し、アメリカが中国に課している相互関税率を大幅に引き下げ、中国側も同様の措置をとるとした。まさにドラマティックな展開だった。アメリカが中国にここまで迅速かつ徹底して関税を引き下げた理由をどう考えるか?

 岸本さんは現役官僚の時、国際交渉をされていた。大半のアメリカの経済学者が反対する中で、トランプは何故高関税を発動したのか?自由貿易を提唱してきたアメリカは、何故ここまで高い関税を武器に世界を相手に喧嘩を売るのか?

岸本吉生:周先生と私は同い年だ。私が大学を出て日本政府の職員になった時、周先生は大学を出て中国政府に入った。私は通商産業省、周先生は機械工業省に入省した。周先生は入省3年で来日し、研究者になられさまざま研究及び社会活動をされている。1990年代から今までの30年、数多くの問題解決に貢献されている。

 私が周先生に出会った頃、中国の社会問題で一番大きいのは三農問題だった。中国に8億人ぐらいの農民がいた。日本では農民は1,000万人以下しかいない。農民を農業以外の仕事に就けるようにすることは、中国社会で最大の問題だった。これに対して、周先生はメガロポリスの政策を提唱し、中国の政策当事者と協力して都市化を推し進めた。

 2023年1月5日、習近平主席の「歴史決議」について周先生と対談した。中国共産党の「歴史決議」は3つしかない。毛沢東と鄧小平、習近平が其々一回ずつ出している。習近平氏の歴史決議は、共産党結党100年目の2021年に発表された。習近平氏は自身の社会運営、グランドデザインを渾身の力で書いたのだと思う。関税が下がったのは、習近平氏のグランドデザインと、トランプ氏の社会運営に折り合いがついたからだと思う。

周:トランプ氏のスローガンはMake America great againだ。習近平氏は「中華民族の偉大なる復興」を掲げている。英語に訳せば「Make China great again」だ。19世紀の初頭、中国は世界最大の経済大国だった。世界経済におけるシェアは1990年にはわずか1.7%であるが19世紀初めは33%を超えていた。

岸本:中国の経済規模はかつて世界最大だった。清朝末期から西洋に侵略された。

周:習近平氏の「共同富裕」もトランプ氏と共通点がある。

岸本:「皆でいい暮らしをしよう」だ。2050年には皆がそう感じるようにしようというのが習近平氏のビジョンだ。トランプ氏は悠長なことは言えず4年の任期を考えて急進的にやるしかない。

1945年「若干の歴史問題に関する決議」と1981年「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」報告書

産業の勝ち負けが大事


岸本:トランプ氏は移民を合法の移民に制限する。製造業を力強いものにすると言っている。アメリカの製造業を弱くしている国は中国だ。その前は日本だった。私が通産省に入った時に、日本のアメリカに対する貿易黒字は毎年10兆円以上、GDPの5%くらいだった。

周:対米黒字GDP比から見ると、その時の日本は今の中国より更に凄かった。

岸本:日本が戦後得た産業技術の大半はアメリカから得たものだ。アメリカの技術を工業生産に結びつけてアメリカに輸出した。アメリカにとって安全保障上問題が大きい産業は鉄、半導体、飛行機だ。鉄と半導体を日本に依存するのは怖い。

周:アメリカは意外に恐怖心の強い国だ。

岸本:コンピューターネットワークにおいてコンピューターは他国のものでもいいがネットワークは他国のものでは怖い。自動車と繊維産業は、労働者を多く使うため他国に依存したくない。アメリカはこれらの産業競争力を守りたい。中国との間でも同じだ。

トランプ大統領

■ 製造業を取り戻す為のトランプ関税


岸本:アメリカ人の勤労者の家庭の日常は仕事が終わったらテレビだった。スポーツ観戦だ。野球、アイスホッケー、アメフト、バスケットボール。アメリカに生まれた人の望みはいろいろあるが、人並みで暮らせたら十分だという人は、仕事が終わったらバドワイザーを飲みテレビを見る。夫婦でおめかしして音楽やダンスに興じる。

 日本はどうか。食品も着る物も中国製、衣食住を担う仕事がなくなっている。

 トランプ大統領は関税を上げる。驚きだ。経済学の教科書と逆だ。物価が上がり貧しくなる。しかし、関税が高くなればアメリカに工場を作ろうかとなる。アメリカは自由貿易を標榜していた頃、ヨーロッパは失業率25%で深刻な不景気だった。12カ国がEUを始めた1992年の合言葉は、Fortress Europeだ。関税はメンバー間にはゼロ、外に対してだけかける。アメリカもかつてのEUと同じことをやろうとしていた。

周:1992年にアメリカ、カナダ、メキシコ3カ国は自由貿易協定(NAFTA: North American Free Trade Agreement)を結んだ。 

岸本:ヨーロッパは12カ国で人口3億人ぐらい。アメリカとカナダ、メキシコ3国のNAFTAは内には自由貿易、外に対しては関税だ。

周:NAFTAは5億人を抱えている

2018年7月19日「『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティ」にて、前列左から岸本吉生、中井徳太郎(環境省総合環境政策統括官)、清水昭(葛西昌医会病院院長)(※肩書きは2018年当時)

アメリカへの工場誘致は進むのか


岸本:トランプはカナダに「51番目の州」になることを提案している。

周:カナダをさらに取り込もうとしている。

岸本:日本が提唱したのはアジア太平洋経済協力(APEC:Asia-Pacific Economic Cooperation)だ。アメリカも中国もはいっている。

 トランプ大統領は自国だけの関税政策でMake America great againを成し遂げようとしている。うまくいくかどうか分からない。工場が増えるのには何年もかかる。アメリカの政策の先行きを懸念して海外から投資が進まないかもしれない、中間選挙や次の大統領選挙まで信頼が続かないかもしれない。

周:トランプ関税は、世界最大の市場を武器に出来るからやれるが、その効果は狙い通りになるのか誰も分からない。

岸本:共和党が自由貿易を放棄した理由は何か?かつて共和党は自由貿易を提唱し企業が黒字になれば失業は構わないというスタンスだった。労働者を守るのは民主党と労働組合の仕事だった。これが逆転している。いまや民主党が自由貿易と言い、共和党が関税政策を提唱している。

周:グローバリゼーションで繁栄を謳歌する大都市をベースにした民主党に対し、トランプは見捨てられた旧工業地帯や田舎を抱き込む為にそうした挑戦をせざるを得ない。

アジア太平洋経済協力(APEC)2025

■ マンネリ化を産む高関税


周:そもそも高い関税で国を豊かにできるのか? 

岸本:いま皆さんの毎日に、仕事が終わったらプロスポーツをテレビで見るという感覚はないのではないか。見たいものがあれば見たい時間に見る。柔軟だ。働き方もそうではないか?決まった時間に決まった服を着て職場に行き終業時間になれば帰宅するのではなく、インターネットを使い、いろいろな人とコミュニケーションして仕事をする。

周:多様性の時代は選択肢が広がる。グローバリゼーションは一部の人の仕事を奪うと同時に、大勢の人の選択肢を広げる。

岸本:先進国には大学が沢山あり、子供を大学に通わせる余裕がある。大卒は先進国に多くバングラデシュやアフリカには少ない。先進国では大学生が余っている。全ての品目を同率の高関税にするトランプ大統領のやり方は、私のように通商政策に携わった人間からすると、良い雇用や産業競争力の向上に効果があるか疑問もある。

周:トランプ氏は孤立主義だ。輸出するつもりはないかもしれない。

岸本:輸入がなく輸出をしないとなると経済活動が停滞する。製造業がアメリカに戻るようにというトランプ大統領のメッセージに各国は協力できるだろうか。

周:トランプ大統領の4年間の任期でどこまでやれるか。

岸本:戦後80年間誰も思いつかなかったことだ。効果はあるかもしれない。

周:一定の効果はあるはずだがマンネリ化は避けられない。

※後半に続く

講義を行う岸本氏と周牧之教授

プロフィール

岸本 吉生

ものづくり生命文明機構常任幹事

 1985年東京大学法学部卒業後通商産業省入省。経済産業省環境経済室長、中小企業庁経営支援課長、愛媛県警察本部長、中小企業基盤整備機構理事、九州経済産業局長、中小企業庁政策統括調整官、経済産業研究所理事、中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー、中小企業庁国際調整官を経て現職。コロンビア大学国際関係学修士、日本デザインコンサルタント協会会員。


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【シンポジウム】周牧之:こくベジーGXの波をいかに大変革に繋げるか

講演を行う周牧之・東京経済大学教授

編集ノート:第10回東京経済大学・国分寺地域連携推進協議会フォーラム「国分寺市GXスタートアップシンポジウム」が2024年5月30日に開催された。東京経済大学の周牧之教授が基調講演し、都市農業こくベジプロジェクトについて語った。


 産業革命の前からの世界の平均気温上昇を2℃未満に抑えるというパリ協定が採択されたのは2015年の12月12日。実はその1週間後に東京経済大学が「環境とエネルギーの未来 国際シンポジウム」を行いました。同シンポジウムに中井徳太郎さん、安藤晴彦さん、和田篤也さんという当時霞が関の環境政策と資源政策の最先端を推進するお三方が登壇し、周ゼミの学生と真剣に議論したことは、学生にとっては忘れられない経験だったと思います。

 このグラフから分かるように、1750年から今日までの累積のCO2排出量から見て、世界各国にとってCO2の削減は大きな責任ある課題となっています。2020年10月26日、菅義偉首相が所信表明演説で2050年のカーボンニュートラル宣言をしました。その大決断の裏で、当時環境事務次官を務めていた中井さんが大きな役割を果たしました。

 中井さんは元財務官僚で、GXや環境政策には大きなコストがかかるという当時のネガティブな考え方に対してNOを言い、これが新しい変革、新しい産業、新しい技術のイノベーションにつながるとの信念を持つ人です。私もこの考え方に大いに賛同し、今日のテーマ「GXの波をいかに大変革につなげるか」は私どものフィーリングに全くマッチしていると思っています。

 GXは今大変革に繋がってきています。事例を二つ申し上げます。

 ひとつは電気自動車(EV)。日本ではまだそれ程走っていませんが、中国は2024年すでに電気自動車が新車販売の割合で50%を超えています。さらに、電気自動車の時代を牽引しているのがアメリカのテスラです。テスラの販売台数はトヨタと比べ、ずっとまだ少ないのですが、時価総額からみるとトヨタの数倍になっています。要するに、世界の資本から見ると非常に評価される立場になっていまして、さらに面白いのは、中国のBYÐという会社です。もともとバッテリーを作っていた会社ですが、電気自動車生産に参入し、2023年に販売台数と生産台数が共にテスラを超えています。中国の自動車の輸出台数が2023年、日本を超えて世界一になったことは、GXの大変革に繋がった事例だと思います。

 もうひとつ申し上げたいのは、東京都についてです。東京都の2030年目標は非常に野心的で、カーボンハーフ、二酸化炭素排出を5割落とすと言っています。目標だけでなく、実際さまざまなアプローチも取られています。中でも私が一番注目しているのは、電源を地産地消に切り替えることです。屋根の上に太陽光パネル設置を義務化し、確実にやっていく。世界最大の都市のひとつ東京で、この大変革が起こっていることを、皆さんに大いに知っていただきたいと思います。

 こくベジという話を聞いた時に、私の頭の中で最初に浮かんだのは半世紀前のローマクラブの『成長の限界』というレポートです。これは、増え続ける世界の人口に対して、これ以上増えると大変な食料問題になってくるという警告を発したレポートとして有名です。

 実際どうなったか。これは私が1961年から今日までの穀物の生産量と、人口、穀物の用地のデータを集めて作ったグラフです。ここからわかるように、世界の人口は1961年から2021年までの60年間で+158%になっています。穀物生産はそれを上回って増産してきたので+250%になっています。興味深いのは、穀物用地はそれほど増えていないことです。この60年間、世界の穀物用地は14%しか増えていないのです。

 ではなぜ、このように食料事情に恵まれているかというと「緑の革命」のおかげです。化学肥料、農薬、品種改良、灌漑施設、機械化、組織化などが世界的に浸透したことで生産効率が良くなり、増え続ける人類を養えるようになった。しかし、同時に食の安全・安心問題が発生しました。過度に使われる農薬や肥料は大きな問題になっており、この課題をどう克服していくか。こくベジが、われわれの目の見えるところであまり農薬を使わない、化学肥料を使わない都市農業であることが、私は非常にいいアプローチだと思っています。

 さらに、世界の食料事業を支えるもうひとつのシステムがあります。それは世界の農産物の貿易です。これによって世界の食の供給システムが保障されていますが、世界で最も農産物を輸入している国のトップ5は、多い順に中国、アメリカ、ドイツ、オランダ、日本です。しかし、この5番目の日本の食糧自給率が38%と大変に低いわけです。日本が世界経済にここまで依存しているのは非常に素晴らしい数字として見えるかもしれません。が、いまロシアによるウクライナ侵攻が穀物価格の乱高下をもたらし、久しぶりに食の安全保障問題が世界の話題となっています。その意味からも、日本において、都市農業という身の回りで食の供給システムが努力して作られていることは魅力的だと思っているところです。

 国分寺市の話を続けます。2年前に私ども周ゼミで東経大の学生を対象にアンケート調査をやりました。そのアンケート調査の中で、国分寺に関してもいくつかの話がありまして、ひとつは「国分寺市に愛着を抱いていますか?」という問いに、「ある」とはっきり答えている学生は16.4%しかいなかった。「ない」はそれを上回る22.1%。これ自体、われわれにとって非常にショッキングなことで、若い人たちにどう国分寺の魅力を伝えていくかが大きな課題ではないか、という問題提起になりました。若い人たちにどういった仕掛けが必要か、で言えば、こくベジは非常に魅力的であり、大いに期待しています。

 最後にこくベジとGXとの関係をまとめます。世界のCO2の排出量の1/4以上は食の供給システムから発生しています。皆さん普通はあまりそういう認識がないのですが、実際1/4以上は食の供給システムから排出されています。こくベジGXプロジェクトが素晴らしいと思うところは、野菜の栽培だけでなく、栽培から食卓、レストラン、そして廃棄物まで全部カバーしようとするプロジェクトの構想、コンセプトです。これが成功できれば、世界に対し一つの先進事例として提供できるのではないかと思っています。

 こくベジの可能性は、CO2の削減はもとより、GXを盾にして新たな成長やイノベーション、社会的なイノベーションを含め、緑の革命がもたらした課題をも乗り越えられるのではないか。さらに食の安全保障にも貢献できる。そういう意味で、この地産地消型の都市農業のGXがまさしく国分寺をさらに魅力的にする大きなパンチになる可能性があると信じています。



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【シンポジウム】周其仁:地球環境問題には先ず各自の取り組みが肝要

周其仁 北京大学教授

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。周其仁氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」のコメンテーターを務めた。



■ 日中を含む各国GX経験の情報開示こそ鍵


 第1グラウンドの議論は大変有意義でした。先ず南川先生は鋭い問題を提起されました。気候問題は、被害が深刻であると同時に全人類に及びます。同問題は非常に難しいです。地球温暖化の加害主体と被害主体との間には、この問題に対する見解に大きな相違があります。発展段階の違いにより、先進国と新興工業国、そして後進開発途上国では、同問題に対する見解が大きく異なります。したがって、この問題は人類が直面する非常に大きな難題です。

 続いて邱暁華局長、徐林先生、田中先生、そして南川先生は、中国と日本による気候変動への対応、GX(グリーントランスフォーメーション)の経験について紹介しました。これは非常に印象深いものでした。この2カ国は、国家戦略目標、国民意識、政策措置、そして培ってきた経験のすべてにおいて、GXの分野で、人類全体にとって有益且つ具体的な経験を数多く生み出しています。

 シンポジウムに参加いただいている皆様も私と同様、日中を含む国々がこの分野で積極的な措置を講じた結果、地球温暖化に対して、どう影響を及ぼし、どの程度の効果を生んだのか、高い関心をお持ちだと思います。これらの情報の開示こそが、この問題に対してまだ積極的でない国や人々を説得し、積極化させるための鍵となるでしょう。 同時に、私たち自身がGXを継続する自信を強化することにもなります。

会場風景

■ 具体的な成果を見せることで環境問題への関心向上を


 皆さんのお話を聞くと、最大の努力を払い、気候変動やCO2排出問題を国際経済政治の摩擦・衝突のテーマにならないようにしていくべきです。最大の努力で、国際経済協力のテーマや、国際共同のイノベーションに変え、新たに挑戦に向き合わなければなりません。徐林さんが先ほど述べたプロジェクトは非常に重要です。最終的に各国の人々にこの取り組みに参加するよう説得が必要です。発展途上国にしても先進国においても、です。効果の見えるプロジェクトが重要です。より多くの人々の説得に役立ちます。

 また、田中先生が先ほど紹介した国や国際機関の取り組みも、非常に深い印象を受けました。一国が自らの努力で成果を上げると同時に、できるだけ他国を説得し、多くの国が共同で努力することが大切です。例えば、ゼロエミッションの共同体では、共に目標を設定し共に新しい技術を活用し目標を達成する。このようなアプローチは説得に役立ちます。これは人類の挑戦だからです。

 しかし、全人類が今のところ一斉に同じ行動をとることは不可能です。このようなことを調整する世界政府も存在しません。部分的なことから始めるしかありません。部分だからこそ効率重視でスタートすべきです。効果をもってより多くの国と人々を、こうした取り組みに参加するよう説得できます。

周其仁 北京大学教授

■ 気候問題、まず大国間で協力模索を


 トランプの再任で、気候変動や炭素削減について一体どの程度の衝撃と影響があるのでしょうか?これはオープンクエスチョンです。短期的にはっきりとした結論が出る問題ではありません。

 例えば田中さんが、大国のリーダーの間でよく話し合ってほしいとおっしゃったことは私もそう望みます。問題は、大国の指導者の中で、とある非常に大きな国の指導者は、地球温暖化の傾向を根本から信じていません。これをナンセンスだとさえ思っています。これで指導者同士がどう話し合って意見をまとめることができるでしょうか?主要大国が合意できなければ、世界的な合意にいたることは不可能です。

 この問題に与えるトランプの衝撃を緩和させるには、別の方法が考えられます。グローバルな枠組みの合意達成に向けた期待を、あまり高く持たないことです。

ディスカションを行う南川秀樹・元環境事務次官(左)、周其仁・北京大学教授(右)

 人類は、大きな問題を協議で解決するようにはなっていません。まだそこまで進化していません。いま局地的な戦争が起こっています。こうした局地的な戦争よりさらに解決の難しい環境問題について、すぐに合意に至ることはあまり期待できません。国連があっても世界各地で戦争が絶えません。万人単位の命が消えていっています。戦争問題も解決できないのに、どうやって地球環境のような長期的な問題を解決できるのでしょうか?

 世界的な合意に対する期待を抑え、どの国、どの国民、どの団体も、この問題の解決が必要だと思ったらすぐに取り組むべきです。効果が出たら、それが現実的な解決策になるかもしれません。

 これは昨晩、皆さんがお酒を飲んでいる場面を見た時の感じと似ています。私は飲めませんから皆さんが飲んでいるのを見て、「他人に飲ませず、先ず自分が先に飲んでしまう飲み方を賞賛したい」と思ったわけです。皆さんありがとうございました(会場爆笑)。


プロフィール

周 其仁(Zhou Qiren)

 1950年生まれ。中国社会科学院、中国国務院農村発展中心発展研究所での勤務を経て、英国及び米国へ留学し、UCLAにて博士学位取得、1995年帰国。北京大学中国経済研究中心教授、同中心主任、北京大学国家発展研究院院長、中国人民銀行貨幣政策委員会委員など歴任。

 主な著作に、『発展的主題:中国国民経済結構的変革』(1987年、四川人民出版社(中国))、『農村変革与中国発展 1978−1989 』(1994年、オックスフォード大学出版社(香港))、『中国区域発展差異調査1978−1989』(1994年、オックスフォード大学出版社(香港))、『数網競争:中国電信業的開放和改革』(2001年、三聯書店(中国))、『産権与制度変遷』(2004年、北京大学出版社(中国))、『挑灯看剣:観察経済大時代』(2006年、北京大学出版社(中国))、『真実世界的経済学』(2006年、北京大学出版社(中国))、『収入是一連串事件』(2006年、北京大学出版社(中国))、『世事勝棋局』(2007年、北京大学出版社(中国))、『病有所医当問誰:医改系列評論』(2008年、北京大学出版社(中国))、『中国做対了什么』(2010年、北京大学出版社(中国))、『貨幣的教訓』(2012年、北京大学出版社(中国))、『競争与繁栄』(2013年、中信出版社(中国))、『改革的逻辑』(2013年、中信出版社(中国))、『城郷中国』(上)(2013年、中信出版社(中国))、『城郷中国』(下)(2014年、中信出版社(中国))。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】徐林:中国経済成長の新たな原動力となったGX

徐林 中米グリーンファンド会長

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。徐林氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」のパネリストを務めた。



■ 中国はイノベーションで太陽光・風力発電コストが削減、政府補助金が不要に


 中国は、GXを「生態文明」という高い次元にまで引き上げた国です。このような取り組みは、他の国では多く見られません。中国は単にスローガンを掲げているわけではなく、実際に行動を起こしています。2024年7月に開催された中国共産党第20回三中全会では、中国の生態文明建設に関する内容に新たな表現が出されました。第一に緑を増やす、第二に汚染を減らす、第三に二酸化炭素を削減、第四には成長という4つの目標を一纏めにして掲げました。これは大変重要だと思います。

 過去10数年間、中国は環境改善と炭素排出削減のために、非常に厳しい措置を採ってきました。実際、企業の発展に犠牲を強いることもありました。経済成長にも影響を与えました。第20回三中全会の新しい表現は、過去のやり方を修正する非常に重要な一歩だと私は考えています。

 環境政策において中国は一体具体的に何をしたのでしょうか?これについて先ほど楊偉民主任と邱暁華局長から紹介がありました。例えば、緑を増やすことでは、中国は森林カバー率を上げ続けてきました。ご存じのように日本の森林カバー率は非常に高いです。約68%です。アメリカは約35%です。中国は目下、25%しかありません。これは、過去40年かけてようやく約12%から25%まで増加させたのです。森林面積は倍増しました。つまり、過去40年かけて100万平方キロメートルのグリーン空間を増加させました。これは、日本の国土面積(約38万平方キロメートル)の約3倍に相当します。仕事量も投資量も非常に大きかったです。現在、中国の森林による二酸化炭素の吸収は12億トンに達し、それは中国の年間二酸化炭素排出量の10分の1に相当します。緑を増やすこと自体が炭素排出削減に大きく貢献しています。

 汚染削減の角度から見ると、先ほど楊偉民主任が紹介されたように、中国は第11期五カ年計画で汚染物質排出削減を拘束性のある目標として以来、毎回の五カ年計画で新たな削減目標を掲げてきました。幾度の五カ年計画の努力を重ねた結果、中国の生態環境状況は、大きく改善されました。水の澄み具合、空気の清浄度、各種汚染物質の排出状況のいずれも顕著に改善されました。

会場風景

 二酸化炭素削減の角度から見ると、非常に困難を伴います。中国は、イノベーションを進め、主な領域でそのペースを加速させています。先ほど邱局長はエネルギーGXに関する数字を沢山紹介しました。実際、中国は水力、原子力、風力、太陽光をグリーンな低炭素電力と見做しています。現在、これら電力設備の容量は全国電力の55%以上を占めるようになりました。これらの発電量の合計は今年末には35%に達すると見られています。今後も、風力や太陽光、原子力の発電能力の建設スピードは更に加速される予定です。

 しかし、この新エネルギー設備の建設スピードは、現在の電力需要の増加に十分に追いついていません。DXの加速により、中国の電力消費の増加は顕著だからです。例えば、2024年全国の電力消費量は5〜6%増加したのに対して、デジタル経済とインターネット関連の電力消費量は約30%以上増加しています。中国は将来的にグリーン低炭素電力への転換スピードを非常に速くしなければなりません。言い換えれば、グリーン電力に置き換えるスピードは、電力消費拡大を上回る必要があります。これについて中国の今後には期待できます。なぜなら中国の太陽光発電技術と風力発電技術は絶えず進歩し、コストも下がり続けています。これらの分野での投資は、既に利益を出すことが出来ています。いかなる政府補助金も不要です。商業投資に多くの機会をもたらしています。

 成長の角度から見ると、かつてGXを成長圧力と見做していましたが、現在ではイノベーションが進み、グリーン電力投資のコストダウンで益々多くの投資家が、中国ではGXが圧力ではなく投資と成長の相当大きなチャンスをもたらすと判ってきました。GXは未来の中国にとって新たな経済成長の原動力となっています。

ディスカッションを行う邱暁華・中国統計局元局長(左)、徐林・中米グリーンファンド会長(中央)、田中琢二・IMF元日本代表理事(右)

■ 中国の新エネ技術、発展途上国でも商業的に成功の可能性


 中国は一貫して地球気候問題において積極的な姿勢を示しています。もちろん中国は発展途上国として、先進国と共同且つ区別のある責任を果たすと言い続けています。しかし私は中国がより多くの事ができると思います。なぜなら中国は世界で最も多くの二酸化炭素(CO2)を排出している国であり、これは世界の排出量の約30%を占めています。世界の3分の1のレベルです。もし、中国が自身のCO2削減がうまく出来れば、実際に世界全体のCO2削減に対して巨大な貢献となります。だから、中国は先ず自身の二酸化炭素排出コントロールを更に進める。目下の中国の進展をみると、私個人の見方はポジティブです。中国は早期にピークアウトを、さらにはカーボンニュートラルを実現できると思います。

 中国は発展途上国により多くの貢献が出来ると思います。中国自身も発展途上国ですが、小さな発展途上国と比べると比較的工業化の進んだ国です。CO2削減及び新エネルギーなどの分野で中国は優れた技術があります。これらの技術は発展途上国のグリーン低炭素エネルギーへの移行に大いに活用できると思います。

 私はいま投資家でありビジネスマンです。ビジネスマンの観点からすると、中国の新エネルギーの技術を他の発展途上国のグリーン低炭素エネルギー代替に活用することは、投資の良いチャンスがあります。必ずしも政府の援助資金を使って発展途上国の二酸化炭素削減を支援する必要はありません。たとえば、最近私のところに、とある太平洋の島国における太陽光発電プラス蓄エネルギーのプロジェクトが持ちかけられました。この島国は現在、ディーゼルを燃焼させて電力供給を満たしています。電気のコストは非常に高いです。もし中国の太陽光発電技術と蓄エネルギー技術を利用し、エネルギー代替をすれば、現在の電力コストの三分の一で済みます。これでグリーン低炭素エネルギーへの転換を実現でき、この国の電力供給において大幅なコストダウンが出来ます。ですからこのような領域において中国は更に多くの努力を発揮できる機会がたくさんあります。

 もちろん中国は気候基金においても先進国と共同で気候関連プロジェクトに融資を提供できます。未来において中国はより多くの努力と貢献ができると確信しています。ありがとうございます。

徐林 中米グリーンファンド会長

■ EUの国境炭素税で中国企業が炭素削減を


 欧州連合(EU)の国境炭素税にしろ、アメリカのインフレ抑制法案にしろ、いずれも貿易保護主義の考え方が含まれています。しかし、実際アメリカは完全にそうではない。たとえば、アメリカは以前、中国からアメリカへ輸出する太陽光パネルに関税をかけましたが、最近その関税を撤廃しました。その理由は、アメリカがAIビッグモデルの開発で多くの電力を使うため、電力不足で新しい発電能力が必要だからです。しかし、新しい電力を火力に依存すると二酸化炭素が出てしまいます。

 中国は世界で最も変換効率の高い太陽光パネルを作っているので、アメリカは妥協しました。この件を見てもわかるようにアメリカは、自分の利益を考えると同時に、他の要素にも配慮しています。ですから、私はここで直接アメリカが利己的だと批判したくありません。但し総体的にアメリカの気候変動に対する態度にはブレがあります。世界最大の先進国としてこうした態度はあまり評価できません。

 EUの国境炭素税については二つ問題があります。1つは、保護貿易をするために炭素税をもってEUの産業を守ろうとします。あるいは他国の産業をEUに誘致します。しかし実際には、多くの産業がEUに集まることでEU内での二酸化炭素の排出が増やします。工業企業は多くのエネルギーを消費し、そのような側面もあります。

 貿易にはマイナスの影響が出ることは間違いありません。もちろん域内への生産力の移転をもたらしますが、炭素削減に必ずしもプラスとは言えません。その意味で国境炭素税の性格は複雑です。

 中国の立場からすると、EUの国境炭素税の貿易へのマイナスの影響をより重く見ています。しかし私は投資家としての観点からすると、EUの国境炭素税は中国の多くの企業に既に制約を与えています。多くの中国企業はサプライチェーンのカーボンフットプリント問題を益々意識するようになりました。自分のサプライチェーンのカーボンフットプリントを削減していきたいのです。

東京経済徐林 中米グリーンファンド会長

 その影響として、中国の工業生産能力の一部は西部地域に移りつつあります。なぜならこれらの企業は、グリーン低炭素電力を使いたいです。中国で低炭素電力が最も豊富なのは西部地域です。昔、私が中国国家発展改革委員会で楊偉民主任と共に西部大開発戦略に取り組んだとき、中国の一部の企業を西部へ投資するよう推し進めました。しかし、企業はほとんど行きませんでした。いまEUは国境炭素税をかけることで、企業は自ら西部に投資するようになりました。こうしたEUの国境炭素税は、制約条件として中国の産業に、他の国の産業にも、より良い技術あるいは生産拠点シフトで、炭素削減していく契機となりました。その意味では(EUは国境炭素税)も積極的な好影響があります。

 この問題には公平性も関わってきます。炭素税は生産者にかけるべきか、それとも消費者にかけるべきか?工業製品が二酸化炭素を多く出して作られている場合、消費者も責任を持つべきではないでしょうか?それともすべて生産者に責任があるのでしょうか?これは真に公平公正なのか?この点について私の考えはまだまとまっていません。しかし、生産者だけに負担させ、消費者の責任を考えずに、そうした製品を消費することで炭素排出に貢献している責任を負わなくていいのか?この問題も私は議論するに値すると思います。

 日本も中国も工業製品を多く輸出する国です。実際、同じ問題に直面しています。私は、少なくとも私たち日中両国は下記の分野で協力すべきだと思います。

 例えば、気候変動問題が全人類共通の課題である以上、我々はWTOの枠組みの下で、地球気候変動に対処するための技術や製品、サービス、投資も含め、貿易の自由化と投資の利便化を推し進める制度の確立に努力すべきです。実際は、いまはまだこうした制度は存在していません。

 アメリカの関税措置を見てください。すべての新エネルギー関連製品が含まれています。こうした行為は、地球気候変動対策にはマイナスです。日中両国はさまざまな分野で協力して手を携え、地球気候変動対策の制度作りを推し進めることができます。


プロフィール

徐 林Xu Lin

 1962年生まれ。南開大学大学院卒業後、中国国家計画委員会長期計画司に入省。アメリカン大学、シンガポール国立大学、ハーバード・ケネディスクールに留学した。中国国家発展改革委員会財政金融司司長、同発展計画司司長を歴任。2018年より現職。
 中国「五カ年計画」の策定担当部門長を務め、地域発展計画と国家新型都市化計画、国家産業政策および財政金融関連の重要改革法案の策定に参加、ならびに資本市場とくに債券市場の管理監督法案策定にも携わった。また、中国証券監督管理委員会発行審査委員会の委員に三度選ばれた。中国の世界貿易機関加盟にあたって産業政策と工業助成の交渉に参加した。

 編書:『環境・社会・経済 中国都市ランキング—中国都市総合発展指標』(2018年、NTT出版、周牧之と共編著)、『中国城市総合発展指標2016』(2016年、人民出版社〔中国〕、周牧之と共編著)。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

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【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】田中琢二:地球気候変動対策に貢献し国の経済成長を図る

田中琢二 IMF元日本代表理事

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。田中琢二氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」のパネリストを務めた。



社会的弱者、地域への配慮必要


 私は2年前までワシントンにあるIMFの日本代表理事をしていました。そこでやはり環境問題が非常に議論されました。私は今日、日本の取り組みと国際的な見方、どんな事が焦点になっているのかを中心にお話ししたいと思います。

 また、今日は邱先生、徐先生、周先生とご一緒させていただけることを喜びとしています。ありがとうございます。

 まず、これまでの気候変動問題への対応についてですが、日本で2030年度の温室効果ガス削減目標はマイナス46%であり、2050年にはカーボンニュートラルを実現するという話を中井次官、鑓水次官からいただいたところです。こうした中、ウクライナにおける戦争や中東での紛争を背景に、旧来型の資源に頼ることなく、再生エネルギーを始めGXの実現に向けて早期に取り組む必要がより高まったことがみなさんお分かりだと思います。

 日本政府は新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画において、GXの投資が盛り込まれ、先ほどの話のように昨年2月に、GX実現に向けた基本方針が出されました。

 これについて話します。IMFあるいは世銀で議論する時の環境問題は、グローバルには「ミティゲーション(抑制)」「アダプテーション(適応)」「トランジション(移行)」の3つが要素だと言われます。司会の南川先生から適応についてコメントするようお話をいただきましたので申し上げたいです。この基本方針に三要素が非常にうまく組み込まれています。

 最初のGX実現に向けた基本方針は、エネルギー安定供給の確保を大前提にし、まずは中小企業の省エネ支援強化、住宅の省エネ化支援などを徹底した省エネの推進です。これは1970年代以降日本の得意ワザだと思います。そして二番目、系統整備の加速、洋上風力の導入拡大、再エネの主力電源化、これも非常に急速に行われています。そして、次世代核革新炉への建て替え具体化、運転期間の延長等、これは国民的な理解が必要ですが原子力の活用、そして水素、アンモニア、これは今コストが非常に高いですが、これの研究開発、そして余剰LNGの確保といった重要な事項を行うこととしたのが基本方針です。

 二番目、成長志向型カーボンプライシング構想等を実現するとしているが、日本政府の成長志向型カーボンプライシング構想は経済成長と脱炭素化社会の実現を同時に目指すという政策だということは中井次官、鑓水次官からお話があったところです。

 この構想の実現には、成長志向型カーボンプライシングによるGX投資インセンティブに加えて、GX経済公債などの金融商品を通じて脱炭素化に向けた投資を促進する新たな金融手法の活用が大事です。こういう形で金融というキーワードが出てくるわけです。

 このGX経済公債とは政府が発行する債券を利用し、企業や地方自治体が再生可能エネルギーや省エネ技術に投資できる資金を調達する仕組みです。これによって、民間投資をさらに引き出していく。そして全体としてGX を加速するためのインセンティブあるいは資金を得るということになります。

 先ほど福川先生よりお話があったように、途上国の資金需要は非常に高い、これをどういう形で金融的なアプローチで解決していくのか。これがこれからの問題です。

田中琢二 IMF元日本代表理事

 次に、国際的な戦略です。日本そして中国は、国際的な気候変動対策に貢献して自国の経済成長をはかるための枠組みを構築することが求められます。これには国際的なカーボンプライシング制度との連携や、海外市場への再生可能エネルギー技術の輸出促進が含まれます。この点について中国は非常に進んだ国だということは先ほどのお話から伺えます。

 そして公正な移行という言葉がございますが、とくに社会的弱者や地域経済への配慮が重要です。脱炭素化による影響を受ける労働者や地域に対して、適切な支援策を講じることで、経済的格差を縮小しながら、持続可能な成長を実現することが求められています。中小企業の支援も大事だと思います。こういった要素は相互に関連していて、日本政府はこれを統合的に推進し、さらに進捗状況を評価することも大事です。こういう形で成長志向型カーボンプライシング構想を実現していこうではないか。というのが日本の今の状況だと是非みなさんお分かりいただけたらと思います。

 次に、具体的には令和6年度の予算では、こういったようなことを実現しようと環境省を中心に、国民のみなさんにどんどん知っていただこうということかと思います。

 具体的には蓄電池の製造サプライチェーンの強靱化、次世代型太陽電池のサプライチェーンの構築、あるいは鉄、化学等製造業の製造プロセスの転換、こういったところに予算を振り向けていることをぜひご理解いただきたいと思います。

 先ほど46%という話をしていました。2030年度の温室効果ガス削減目標は、2013年が14億トンだったのを2030年度に7.6億トンに減らす計画です。これは、その中で、最も比重が高いのがエネルギー起源のCO2であり全体として39.8%を占めています。46%と比較しますと、39.8%というのは86%を占めているので、エネルギー関連のCO2削減が一番メインになることがお分かりいただけると思います。それをさらに分解すると、電力由来が25.1%、電力由来以外が14.6%で、これを46%と比較すると、電力由来の25.1%というのは、電力由来のCO2削減が全体の半分を占めていることがお分かりいただけると思います。日本の電力の電源構成は2022年ベースで天然ガス、石炭、再生エネルギーの順になっています。2030年には再生エネルギーが一番の電源構成になる計画になっています。こういう電源構成というようなことも一つ頭に入れながら、みなさんにご理解を深めていただきたいと思います。

■ 日本は二国間クレジットや新技術で貢献


 私からは日本の国際的な取り組み、そしてアジア全体でどういうことが行われているか、さらには国際機関、世界銀行、IMFでどういうことが行われているか。この3点についてお話ししたいと思います。

 1点目、日本の二国間クレジット制度があります。Joint Crediting Mechanism(JCM)は、気候変動対策の一環として、途上国との協力を通じて温室効果ガスの削減を目指す重要な取り組みです。JCMの基本的な概念は、日本が提供する技術や資金を活用し、途上国での温室効果ガスの削減を実現し、その成果を日本とパートナー国で分かち合う仕組みです。

 優れた脱炭素技術や製品、システム、サービス、インフラの普及を通じて、途上国の持続可能な開発に貢献するのが理念です。このプロセスによって逆に日本も自国の温室効果ガス削減目標の達成にも寄与するのではないかという精神で行われているのがJCMです。

 2024年時点で、日本は29カ国との間でJCMに関する二国間文書を締結しています。これはモンゴル、バングラデシュ、エチオピア、ケニアなどが含まれています。これらの国々との協力を通じて、日本は2030年度までに累積で1億トンCO2相当の排出削減・吸収量を確保することを目指しています。

 最近の進展として、2024年10月には地球環境センター(GEC)がJCMを通じて水素などの新技術導入事業において一定のプロジェクトを採択されたと伺っています。また今月19日にはタイでJCMを通じたGHG(温室効果ガス)排出削減の貢献をテーマにしたセミナーが開催されるとも伺っています。このセミナーでは、日本とタイの政府関係者が集まり、JCMの最新情報やタイ国内におけるT-VER(タイ voluntary emission reduction)について共有することになっているそうです。

田中琢二 IMF元日本代表理事

 また、アジア全体では、AZECがあります。これは、アジアゼロエミッション共同体で、アジア地域全体の気候変動対策において効果が期待できる枠組みです。AZECは日本が主導する国際的な協力の枠組みとも自負しており、参加国が連携してカーボンニュートラル社会の実現を目指していこうというものです。

 AZECの主な取り組みには、再生可能エネルギーの普及促進、エネルギー効率の向上、グリーン技術の開発と導入などが含まれ、地域全体の脱炭素化を加速することを目的としています。2050年までのカーボンニュートラル達成を目指して参加国間での技術協力あるいは知識共有を促進します。

 特に日本が持つ先進的な環境技術が新興国に移転されることで、各国の脱炭素化が加速していくというビジョンを描いています。例えば、インドネシアやベトナムでは、日本企業との協力によって再生可能エネルギーや低炭素技術の導入が進行中だと伺っています。

 最後に、世界銀行(WB)と国際通貨基金(IMF)の融資制度です。IMFと世界銀行は、長い説明は省きますが、世界銀行はいろいろな形のプロジェクト融資をしています。IMFは国の短期的な国際収支支援が役目でしたが、IMFもちょっと変わり気候変動や自然災害など割と長期的な取り組みに対して融資制度を作ろうということで、Resilience and Sustainability Trust(RST)という新しい融資制度を2年前に発足させました。これは気候変動対策をやろうということで、再生可能エネルギーへの投資に対する融資、あるいは先ほど話しましたミディゲーション、アダプテーション、トランジッションでいきますと、アダプテーションの気候適応インフラ整備、あるいはトランジション、移行ファイナンスに対する知識の普及に対して、積極的に取り組んでいこうと。

 もともと世銀は非常に積極的でしたが、国際通貨基金(IMF)もこうした取り組みにいま、協力あるいはコミットしていこうとしています。もともとはマクロエコノミックだけ、経済の本流の政策は大事だといっていたIMFですが、気候変動そのものが経済の本流の政策になってきていることがお分かりいただけると思います。私からは以上です。

田中琢二 IMF元日本代表理事

■ 金融移行債の拡大が必要


 いまの徐林さんのカーボンプライシングの公平性は勉強になりました。ありがとうございます。気候変動対策を進める上で、先ほど南川さんがおっしゃったアメリカのインフレ抑制法が何故環境と関係があるのか。インフレを抑制するために、国内の補助金をどんどん出し、その補助金が気候変動に対処するところに出すというのがインフレ抑制法です。非常に大量のお金があってそれを国内産業保護に充てているという問題があります。さらに欧州のカーボン国境調整措置(CBAM)が、内向きの投資の政策として批判されることがあります。

 さらに、2024年9月に欧州委員会は「ドラギレポート」という欧州競争力報告書を出しました。これにおいて環境問題のリーダーだった欧州が、成長とのバランスで、ちょっとこのスピード感を調整するのではないか、それを意図する報告書だったのではないかとの見方も出ています。そういう意味で環境問題全体のスピード感がこれからどうなるか。これはいま南川さんがおっしゃったように、トランプ新政権がどうなっていくかということで、非常にわれわれは注目していかなければいけない話だと思います。

 ただし、気候変動あるいは自然災害への対応の問題、パンデミックへの対応の問題は、一般的な経済問題とは違い、本当に国際的な、人類全体に関わる問題です。ここをどう共通の課題として全人類が認識し対応していくのか。ここが非常にトップレベルでの対話が必要です。そういう意味で、リーダーである中国、そしてアメリカの、トップクラスでの議論、対話を我々としても期待しますし、それを日本としても、或いは他の国々もぜひバックアップしていきたいと、個人的に念願しています。

 いずれにしても国連気候変動枠組み条約あるいはパリ協定といった国際的な、いままで必死に環境省を中心に日本で頑張ってきた国際的な枠組みを、是非とも堅持していくことが重要です。その中で、民間サイドでは、どういうことかというと、先ほど出た金融サイドの取り組み、「金融移行債」などの市場をどんどん大きくしていくことが、実は政治的な影響力をより緩和する方向にいく、ある種の抑止力となると思います。いろいろな形での移行債、金融の新たな仕様をどんどん考えていこうとの流れも必要です。

 特に途上国ではこれからの資金需要が大きいですから、これをどういう形で市場と先進国政府が協力して対応をしていくのか考えたいと思います。

 最後に、一つちょっとお見せしたい資料があるのですが、これから太陽光発電やタービンが必要となってきます。その時に要るのが希少資源です。グリーンエネルギーの移行問題については、いろいろな形で鉱物希少資源が必要です。銀、リチウム、コバルト、ニッケル、マンガン、この上位三カ国生産国の割合を右横に書いているが、50%から90%を超える希少資源が多いです。その中で中国が生産する鉱物資源が比較的多いです。従って、例えばパンデミック時に見られたように供給途絶があると、一生懸命リチウム電池を作ろう、或いは太陽光の羽を作ろうとしても作れない事態が起こりかねない訳です。

 従ってここは中国の方も充分に認識されていると思いますが、いろいろな形での鉱物資源の相互利用にもご配慮いただき、全世界的な気候変動対策に向けた技術、生産力を維持向上していったらいいのではないか。


プロフィール

田中琢二(たなか たくじ)/IMF元日本代表理事

 1961年愛媛県出身。東京大学教養学部卒業後、1985年旧大蔵省入省。ケンブリッジ大学留学、財務大臣秘書官、産業革新機構専務執行役員、財務省主税局参事官、大臣官房審議官、副財務官、関東財務局長などを経て、2019年から2022年までIMF日本代表理事。

 現在、同志社大学経済学部客員教授、公益財団法人日本サッカー協会理事。

 主な著書に『イギリス政治システムの大原則』第一法規、『経済危機の100年』東洋経済新報社。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】邱暁華:中国炭素排出量ピークアウトは早くも2025年に?

邱暁華 中国統計局元局長

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。邱暁華氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」のパネリストを務めた。



■ 中国経済の「三大変革」


 再び美しい東京経済大学に来る機会を得て、大変嬉しいです。

 先ほど楊主任が中国経済について、既に紹介されました。私のテーマは元々「中国経済とGXの実践」です。中国経済についてはこれ以上あまり触れません。いくつかのポイントだけをお伝えします。

 一つ目は、本日のテーマと関わるもので、中国は「三大変革」の只中にあります。これは「デジタル化」「スマート化」「グリーン化」の3つです。これらの変革の中で、中国経済は高品質な発展を目指しています。これは中国経済全体の大きな流れです。三大変革の過程で、中国の経済は以前とは全く異なる姿を見せています。

 一方では、中国経済が現在置かれている国際環境は大きく変わっています。100年一度の世界大変局は、二つの方面で中国に挑戦とチャンスをもたらしています。一つは、地政学的な変化が進み、中国とアメリカを始めとする西洋諸国との経済・政治関係に、大きな変化をもたらしました。中国は、アメリカを始めとする西洋諸国から強い競争圧力を受けています。他方、中国は新興経済や発展途上国の従来型産業の市場、資源、資金を巡り、競争に直面しています。三大変革の過程で、国際的に二重の競争圧力を受けています。

 第一に、中国の人口構造の変化については、よくご存知だと思います。中国の人口は成長傾向から縮小傾向へとシフトしました。中国人口は2022年に85万人、2023年に208万人減少しました。恐らく2024年もこの縮小傾向が続くでしょう。目下、中国の結婚人数は、昨年と比較し500万カップル減少しました。もちろん今年は特別な年です。中国伝統の農暦(旧暦)では今年は「春のない年」です。今年の立春は春節(旧正月)の前です。中国の農村、あるいは中小都市など多くの地方では、結婚に相応しい年とはされていないのです。今年は「未亡人の年」とされています。結婚者数の減少はこれと大きく関係があるかもしれません。

 大都市はこれとは関係ないでしょう。大都市ではむしろ子育ての条件、環境、ストレスと関係しています。いま大都市では若い人たちの間に、「四つの不(NO)」現象があります。不恋(恋愛しない)、不婚(結婚しない)、不育(子供を産まない)、不買(家を買わない)の現象です。人口構造の大きな変化の中で、中国の従来型産業の成長は大きな挑戦を受けています。

 第二に、中国経済は従来の数量拡張が主な成長要因だった段階から、品質と収益で成長追求する段階になりました。数量拡張の段階では、資本投入と消費に依存するのに対して、品質を求める段階では創新(イノベーション)が必要です。中国のイノベーションは大きな進展を見せていますが、同時に新しい挑戦にも直面しています。イノベーションの進展に国内外の影響を受けています。一方では国際的な影響を受けています。他方では中国のミクロ経済主体の生産経営上の困難が影響しています。これは二番目の変化です。

セッション1の会場風景

 第三に、中国の市場も大きく変化しています。過去には中国は、モノ不足の市場でした。現在はモノが相対的に過剰な市場となっています。市場環境の変化で中国がいま直面している最も大きな課題は内需の不足です。さきほど楊主任が、経済成長率が5.3%から4.6%へ減速したと紹介しました。その最大の原因は、内需不足にあります。内需不足は主に今年以来、中国の企業も家庭も自ら銀行融資を減らしていることに現れています。ミクロの主体の銀行融資の削減は、マクロ的な消費不足をもたらしています。これは大きな変化です。目下中国では企業の融資額、家庭の融資額共に鈍化しています。この鈍化は、資産バランスシートの圧力が主な要因で、銀行融資の減少をもたらしています。従ってマクロでは、中国の国内消費、国内投資共に鈍化しています。これは第三の変化です。

 また、中国経済は、高速成長から高品質成長への転換の中で、従来型産業の勢いが弱まり、新しい産業や業態の発展がこれを充分に補ってはいません。これが、経済成長鈍化の圧力となっています。つまり新産業や新業態が生み出す新しいエナジーは、従来型産業の減速にヘッジできていません。これが中国経済の減速をもたらしています。中国経済は、過去の高度成長から中速成長に移り、いまや5%の成長率を達成するために大変な努力が必要です。つまり中国経済発展の内部環境も大きな変化がありました。

 このような状況を踏まえ、中国政府は2024年9月に短期と中長期を組み合わせた政策を発表しました。中長期的には、「デジタル化」、「スマート化」、「グリーン化」を進め、新しい生産力と競争力のある産業の発展を目指しています。また、短期的にはミクロ的な主体を救済する、つまり、企業により良い経営環境、家庭により良い生活環境を作り出そうとする政策を実施しています。

 2024年9月24日から中国が発表した政策として第一に資本市場の振興、第二に不動産市場の安定、第三に消費拡大の推進、第四にイノベーションの推進で、経済成長を維持しようとしています。いま、これらの政策パッケージは徐々に実行され効果が出始めています。最大の変化は、中国の資本市場の人気がさらに増し、ミクロ主体の自信が回復したことです。多くの企業家は、ようやくマクロ政策にもたらされた温度を感じ始めたと言っています。これまで存在していたミクロ主体とマクロとの体感温度の差異に、ようやく変化が見られています。こうした状況を踏まえ、中国経済の第4四半期の成長は皆の予想を超える可能性が高いです。いまの状況から見ると、5%前後になります。第1四半期は5.3%、第2四半期は4.7%、第3四半期は4.6%という減速の傾向を変え、上昇傾向になるでしょう。これが目下の中国経済に関する私の報告です。

邱暁華 中国統計局元局長

■ 中国のGX実践


 次に、中国のGXについてお話しします。中国のGXは、過去10数年間で最も大きな変革の一つだと思います。国内外の環境変化、国際社会および中国の民衆の期待に応じ、中国政府はGX政策を明らかに加速させました。政府は、2030年に二酸化炭素排出をピークアウトし、2060年には排出量の実質ゼロを目標に掲げています。GXにおいて一連の政策措置を打ち出しました。炭素排出の二重制御制度のシステム構築の推進、再生可能エネルギーの推進や、低炭素省エネ投資の推進などを含みます。経済発展を実現させると同時に、生態保護を重視し、経済構造とエネルギー構造のグリーン化を推進します。環境に優しい省エネ社会を構築します。これらの政策は、多領域の協力とイノベーション、汚染物質の排出減少、生態破壊の抑制、資源利用効率の向上、持続可能な社会への邁進などの効果をもたらしています。いま中国は、空がより青くなり、水がより澄み、空気がより新鮮になり、人々の生活や職場環境が不断に改善されています。

 GXにおいて、中国はどのような努力をしてきたのでしょうか?第一にエネルギー構造の高度化を進め、非化石燃料の比重を高め、特に風力や太陽光などの再生可能エネルギーを発展させています。第二に産業構造の高度化も進めています。循環経済発展、グリーン低炭素の生産と生活を提唱し、さらに生態環境保護を強化させます。重点地域、重点産業、重点企業の汚染防止措置を実施します。さらに政府は、環境保護関連の法整備や、環境標準の引き上げ、グリーン技術イノベーションの奨励、グリーン金融の発展、グリーン発展の長期メカニズムの構築などにおいて、力を入れています。第14次五カ年計画以来、中国の非化石燃料の発電設備規模は累積で78.5%増加しました。(非化石燃料)発電設備の比重も継続して増えてきました。2020年の44.8%から2024年8月末時点の56.2%になりました。今年8月末時点で、中国の再生可能エネルギーの発電設備規模は、風力発電、太陽光発電、バイオマス発電を含め、12.7億キロワットに達し、全発電容量の40.7%に達しました。6年半前倒しで、12億キロワットの目標を達成しました。これは新エネルギー発電の急速な発展を示しています。炭素削減目標達成のための重要なキャリアとして、新しい電力システムの建設も進展し、新エネルギー発電の高効率な吸収を支え、電力のグリーン化を推し進めています。グリーン電力の取引規模は急速に増大しています。10年間で、中国の非化石エネルギー消費の増加における世界の貢献は40%を超えました。非化石エネルギーの年間発電量は、2.2兆キロワット増加しました。約20億トンの二酸化炭素の排出量減少に相当します。社会全体の二酸化炭素の排出増加傾向も顕著に抑制されてきました。国際エネルギー機関のデータによると、いまから2030年まで世界の再生可能エネルギー新設設備容量において中国は約60%に達すると予測されています。これは、なんと誇らしいことでしょう。

ディスカッションを行う邱暁華・中国統計局元局長(左)、徐林・中米グリーンファンド会長(中央)、田中琢二・IMF元日本代表理事(右)

■ 発展途上国へどう支援をしていくか?


 中国政府の立場は非常に明確であり、GXを実現するため各国と協力し推進していきます。中国は国際的な場で、各国が発展段階や経済水準の違いに基づいた対策を進めるべきであると繰り返し強調しています。数字だけで見ると、確かに中国は、世界第2位の経済大国であり、最大の温室効果ガス排出国です。しかし、一人当たりの経済水準とCO2排出量はまだ発展途上国のレベルであり、先進国の水準には達していません。このため、中国の政策と態度は引き続き堅持します。一方で中国は国際社会からの要求や呼びかけに積極的に応じ、出来る限りのことを実施しています。他方、中国は積極的に自分の能力に見合う支援を、一部の発展途上国の新エネルギー開発、環境改善、新産業発展などに行なっています。第三に、人材育成の分野で中国は国際社会とりわけ発展途上国への支援を惜しみません。

 先進国の態度について、中国は様々な国際的な場で、アメリカがイニシアティブを取るべきだと繰り返し呼びかけています。アメリカは世界第2位の温室効果ガス排出国であり、また最大の経済体です。先進国は歴史上、国際社会に多くの環境問題を残してきました。国際社会が環境問題を解決するにあたり、堆積してきた環境問題の歴史を忘れてはいけません。歴史的な観点からすると、先進国は多くの責任を負うべきです。道義的な観点からもそうするべきです。

 経済的な能力の観点からも、先進国はより強い経済力を持っています。先ほど日本の事務次官は日本が200億ドルの国際社会の炭素削減取り組みを支援する予定だと紹介しました。これは大変素晴らしいことです。中国も、(このような支援を)賞賛すると同時に、自身の経済力に応じて国際共同の取り組みに参加します。パリ協定を中国は一貫して積極的に支持し賛同しています。

東京経済大学

中国炭素排出量のピークアウトは2025年か?


 先ほども簡単にお話ししたように、中国は二酸化炭素の排出削減に対する姿勢は明確です。新エネルギーの発展から、産業構造の向上、環境の改善、そして法律の整備までの四つの分野で、多くのGX政策を実施し、実践を重ねてきました。中国はすでにこの分野において世界に多大な貢献をしています。

 中国の国際的な立場は、応対、イニシアティブ、支援であると明確にしています。国際社会の提唱に中国は応対し、GXにおいてイニシアティブを発揮し、できるだけ他の国を助けます。中国の新エネルギー産業発展自体はCO2削減への国際貢献です。

 将来について、先ほど南川先生がご指摘されたトランプの再登板で何が起こるかについて、実際トランプの一度目の政権で既にパリ協定から脱退しました。二度目の政権で再びパリ協定から脱退するのか?恐らく脱退するでしょう。これまでのトランプ政策に関する分析から見ると、恐らく第一に、国内において減税するでしょう。第二に国際的に関税を引き上げるでしょう。第三はアメリカの製造業の再建でしょう。第四は金融規制及び他の規制の緩和でしょう。トランプがこれらの措置を取った場合、国際社会で展開する炭素削減の動きにはマイナスの影響を与えるに違いありません。中国は世界第2位の経済体として責任を持つ大国として国際社会と共に引き続き協力しながら、中国の2030年に炭素排出量のピークアウト、そして2060年のカーボンニュートラル実現という二つの目標を堅持します。決して逆戻りはしません。

 目下の状況から見ると、国際社会は、中国の現在の努力を高く評価しています。昨日、私は冗談を交えてある新聞で読んだことについて話しました。中国は炭素排出量のピークアウトは来年あるいは再来年達成できるだろうとありました。これ国際調査会社による33人の国内専門家と11人の国際専門家への調査で、そのうち44%の答えで、来年中国はピークアウトを実現できると予想しています。来年、中国の石炭消費量がピークに達し、その後下がっていきます。国際社会は、こうした中国の実際の努力を評価しています。

 他方、トランプのパリ協定脱退の可能性もあり、国際社会は中国がイニシアティブを発揮するよう更に高い期待をしています。

 中国、日本、ヨーロッパの大きな経済体が協力して行動し、GXを堅持し続ければ、トランプはパリ協定を脱退しても、国際社会のGXは継続すると確信しています。


プロフィール

邱 暁華(Qiu Xiaohua)

 1958年生まれ。アモイ大学卒業後、国家統計局で処長、司長、局長を歴任。その間、安徽省省長補佐、全国政治協商会議委員、全国青年連合会副主席、貨幣政策委員会委員などを務めた。現在、マカオ都市大学経済研究所所長。経済学博士。

 主な著書に、『中国的道路:我眼中的中国経済』(2000年、首都経済貿易大学出版社)、『中国経済新思考』(2008年、中国財政経済出版社)。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

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【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

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【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】南川秀樹:ブロック経済化に向かわない形でどう気候変動対策を進めるか?

南川秀樹 元環境事務次官

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。南川秀樹氏はセッション1「GXにおける日中の取り組み」の司会を務めた。



 私自身、しばらく前にここ東京経済大学で4年間、客員教授をさせていただきました。国分寺に来ると、富士山が近いことをいつも感じています。今日も先ほど、きれいな富士山が見えて、大変幸せな気分になりました。

 まず気候変動問題は大問題です。皆さんもご承知ですし、これまでの方からもお話がありました。気候変動の問題は、これまでの環境問題とは大きく異なります。これまでの環境汚染は、誰かが問題があり、人々が影響を受けるということでした。気候変動問題について言えば、CO2やメタンを排出する人がいる、国があり、影響は全ての人、全ての国が同じように受けるということで、原因者と被害者が全く切り離されているというところで、非常に対策のプレッシャーがかかりにくい分野であることが大きな特徴です。

 そうした中で、先日COP29がありましたが開発が進んでいない多くの発展途上国から、「CO2をたくさん出して経済成長した国が、自分たちのことを応援してくれない」という不満が沢山聞こえました。

発展途上国の側から見て、先進国は自分達でCO2などの汚染物質を出す、途上国は経済発展はしないのに被害だけを受ける、これについて発展途上国は自分達が対策をとる資金を応援してほしい、被害の補償もしてほしいというリクエストが非常に強いです。今回のCOP29もほとんどそれに議論が終始しています。

南川秀樹 元環境事務次官

 そういった中で、私も10月に北京へ行き議論してきました。中国ではベルトアンドロードイニシアティブ(BRI)の中で、発展途上国の応援もし、その中にエネルギー対策も大いに入っていると伺いました。また、日本でもJCM(Joint Crediting Mechanism)というクレジットメカニズムを使い、お金を出し削減を応援していますし、またアジア全体のゼロカーボン化を進めようとの構想もあります。

 またさまざまな国際的な金融機関やアジア会議をはじめとしたところの機能もこれから大事だと思います。

 私自身、毎年何回か中国を訪れ、世界的な国連機関或いはNGOの方を含め一緒に議論をしています。その中で、中国に対する評価、また日本に対する評価もいただいていますが、かなり環境NGOの方からも、中国もしっかりやっているし日本もやっているとの話をいただいています。特に中国の場合で申しますと、実際これまで国際的な取り組みの中で大きなステップとなったCOP21のパリ協定、それから昨年のCOP28で出た化石燃料からの移行というトランジッションアウェイについて、事前に中国の解振華さんとアメリカの担当トップが事前に調整をする中で世界的なフレームが出来ました。中国が果たした役割も非常に大きいというのが、多くの方々の評価です。

 日本についても、ありがたいことに京都議定書を生み出した国であり、尚且つ震災があったにもかかわらず頑張ってCO2を減らしているということも評価を受けているところであります。

南川秀樹 元環境事務次官

 只、いま非常に最近の動きで多くの環境の問題に取り組む関係者が悩んでいるところが、ヨーロッパの動きでありアメリカの動きです。

 アメリカについては、インフレ抑制法という法律が出来、それに基づいて環境対策、とくに気候変動対策が進められていますが、その内容があまりにも極端に言うとアメリカ生産のものを使え、それを使うものだけを優遇すると。それを使って気候変動対策をしようとしている。従って海外から輸入しない。(自国の)製品でCO2を減らすことを強く謳っています。

 また、EU(欧州連合)も最近動き出している「国境環境税」をかけることにより、EU並みの対策を採っていない国からの製品については、EUに入る時に関税をかけるということで対応すると言われています。それにより、EUで真面目に炭素削減に取り組む企業が、EUの外に出ていくことがないようにしようとしています。

ディスカッションを行う南川秀樹・元環境事務次官(左)と周其仁・北京大学教授(右)

 それについて言いますと、環境面から見ると心配だ、要は環境という名前を使いながら半分は自国産業を守るということで、ある意味でブロック経済化に向かっている、その手段として環境対策が使われているのではないかという議論が、相当強く出てきています。

 そういった中でこれからトランプ政権も動き出します。どうやって日本も中国も努力し全世界的にブロック経済化に向かわない形でいかに環境保全を進めていくか、気候変動対策を進めていくか。とても難しい課題です。


プロフィール

南川秀樹 (みなみかわ ひでき)

 東京経済大学元客員教授、日本環境衛生センター理事長、中華人民共和国環境に関する国際協力委員、元環境事務次官

 1949年生まれ。環境庁(現環境省)に入庁後、自然環境局長、地球環境局長、大臣官房長、地球環境審議官を経て、2011年1月から2013年7月まで環境事務次官を務め、2013年に退官。2014年より現職。早稲田大学客員上級研究員、東京経済大学客員教授等を歴任。地球環境局長の在職中は、地球温暖化対策推進法の改正に力を尽くした。また、生物多様性条約の締約国会議など多くの国際会議に日本政府代表として参加。現在、中華人民共和国環境に関する国際協力委員を務める。

 主な著書に『日本環境問題 改善と経験』(2017年、社会科学文献出版社、中国語、共著)等。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

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【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

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【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

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【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】中井徳太郎: GX政策は産業政策や経済政策との連携で

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。中井徳太郎氏は基調講演をした。



 ご紹介いただきました中井です。老朋友の楊偉民先生をはじめ中国の先生方、企業の方々をお迎えし国際シンポジウムが出来ますことを、心からお喜び申し上げます。

 冒頭、鑓水環境事務次官に日本のGX政策の各論をかなりご説明いただきましたので、その部分も触れますが、私は大きく日本のGXを取り巻く大きなグランドビジョンについて、環境という切り口から、どうサステナブルな社会を描いていくかを、皆さんと共有できればと思います。

 その前提として、気候変動の世界の厳しい現状について、地球の温度はこの100年で0.7度上がっている、二酸化炭素(CO2)の濃度は2000年を超えたら濃度が400ppmを超えるなど、考えられないことが本当に起こっています。これはまさしく、いままでOECD諸国が主に出してきたCO2が、現在ではアジア、グローバルサウスが蓄積しているということになります。この結果、温暖化、気候変動において我々が日々困難に立ち向かっています。

 日本の状況は、台風、梅雨の時期の線状降水帯の豪雨、暴風雨で人災が起こっています。農業、一次産業においての大きな影響がいま出ています。作柄が悪化する、魚が獲れなくなる。そして珊瑚のような海の自然の生態系も影響を受けています。デング熱という熱帯性の蚊が媒介する伝染病が来ることにも繋がっています。3年を超え苦しんだCOVID-19も環境省では環境問題という捉え方をしています。

 この気候変動自体、日本は非常に厳しい認識をしていて、2020年に環境省が気候危機宣言をしまして、日本では国会において非常に厳しい認識を世界に出しております。このCOVID-19を含め気候変動の荒くれた状況、これが大きく環境問題だという捉え方ですが、これはSDGs(持続可能な開発目標)の考え方にもなってくるわけで、私たちの人間の活動が社会の経済システムに支えられ、そのベースに自然、生態系、地球そのものがあります。

 私たちの産業革命以降の営み、活動がまさしく地球に負荷をかける形で来た澱が溜まった結果としての今の状況です。気候変動や生物の絶滅、廃棄物の問題、これを人間の体に例えますと、肝臓、腎臓に負担がかかります。地球を人間に例えますと、人口が100億を目指して増えていく中では、人間の肺に当たるような機能のCO2を、酸素で、光合成で出してくれている。だが都市化の弊害で、熱帯雨林を切ってきている。これで身体が痛む、内臓が痛むという慢性病の状況です。

 従って、慢性病に対する症状を改善するには、抜本的な体質改善、地球という規模で人類が地球生態系についての抜本的な体質改善ができるかにかにかかっています。社会変革という大きなテーマをやりつつ症状は慢性病ですから続きます。症状と付き合いながら体質改善をはかる。これが21世紀の局面で出来るのか、という問題になっていると思います。

 パリ協定の2015年COP21はCOPメイキングの年でした。「2度目標」に続き、「1.5度」を目指そうという方向になりました。2018年にIPCCのスペシャルレポートが出てからは、世界で何としても1.5度に食い止めたいという機運が高まり、COPなどで議論になっています。

中井徳太郎 元環境事務次官

 日本はそういう状況の中で、2020年、先ほど鑓水次官から報告がありましたが、前の前の菅政権の下で、2050年までにカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする)を国家目標として掲げ、国際公約いたしました。そして、その本気度が試される2030年の目標は、温室効果ガスを46%2030年までに減らす。できれば50%の動議をする。こういうコミットメントをしていきます。

 しかも従来の日本の環境政策的な発想ですと、産業発展するものに対するコストとして環境対策を考えるというやり方でした。これが大きく転換いたしまして、このような体質改善をはかる産業への投資、イノベーション、こういうもので成長する、いわば環境GX政策で経済を成長させる。こういうコミットメントを政府として明確にしているのが特色です。

 そしてこの約束を真面目に守るのが日本という国柄であり、2030年の46%に向かってオントラックで減っているのが現状であります。2020年の後に岸田政権になり、先ほど鑓水次官から報告があった日本の政策、GXが展開します。法律も通し、当面10年間、官民合わせて約150兆円のGX投資、政府としては20兆円の先行支援を、成長志向型のカーボンプライシングという構想でやっていくことが今の柱です。

 このことは具体的にはカーボンプライシングでは2026年からの排出量取引の本格導入、また2028年からの炭素負荷金、実質上の炭素税のようなものが入り、マーケットメカニズムを活用しながら、国に税収のようなものが入るものの、手当を前提とした国としての債権、国としてのトランジションボンドで20兆円を確保し、どんどん先行的に支援していく。こうしたマーケットメカニズムと政府の支援を抱き合わせたセットのパッケージ。これが今後、本格的にGXを進める上で、途上国などにも参考になる方法だと思います。

 少し大きな絵を考えます。先ほど社会変革が大事だと申し上げました。いまGXということで、脱炭素社会の目標を立てるのは非常に分かり易い世界です。2050年に日本の場合、ゼロにするというコミットメント、これは言ってみますと必要なエネルギーを、地球に負荷をかけない形にするというコミットメントです。それを実現するためにも、あと二つのことと抱き合わせで、三つセットで展開していくことを、環境政策上言っています。

 一つはサーキュラーエコノミー(循環経済)、リニアな発想ではなくすべてが循環する仕組みで経済を変えていこう。もう一つは、ネイチャーポジティブの自然生態系との調和。この三つは、環境の観点からサスティナブルな社会を描いた時の大事な要素です。

 この三つが統合的にインテグレートされ、シナジー効果を上げ、私たちが社会をイメージし、企業の皆さんにも向かう方向をイメージしながら企業活動をやっていただきたい。政府としてもこの三つが同時達成される世界を描くということです。

シンポジウム当日の東京経済大学 大倉喜八郎 進一層館

 それを可能にするためにも、身体で言うと血液に当たるお金の流れを、投資の流れにつなげるSDGs がある。これを日本の政策として言っていますが、世界全体の話になるので、国際的な視点で協力をしていこうという枠組みであります。

 サーキュラーにつきましては、従来の大量生産、大量消費、大量廃棄で、自然資源を使ってやってきた世界が、捨てられてしまうプラスティック問題の典型として、海洋プラスティック問題が起こっています。が、上流の製造の部品の選択や、途中のループが回せるものはどんどん回すというところで、資源を無駄にしない。そういう発想でやりますと、資源へのコストも節約されるし、経済的にもメリットがある中で資源節約ができる。ネイチャーポジティブということになると、劣化している自然環境を回復させる。むしろ人間が関わる企業や政府の活動が、自然に森林を整備したり、海洋の藻場の回復のようなことをやったり、そういうことで、自然の価値が高まる方向に持っていくことが、ネイチャーポジティブということです。これも世界的に今大きなテーマになっています。この三つをしっかりやっていこうということです。

 脱炭素は、地域という目線が非常に大事であるということで、環境省が所管しております日本の1700の自治体は、いま押し並べてエネルギーの収支は赤です。これは大きな電力を、化石燃料として輸入しているものから、電気として各地方が買っております。そういう構造で所得が外に出ている。脱炭素の目標は数字目標ですから分かり易いのですが、それが地域に何の意味があるのかが、逆に問われます。そういう観点から、地域の脱炭素を進めるための再生エネルギーを入れることで、その地域に資源を担う企業ができれば、雇用にもつながります。所得になります。

 また災害が多発する中では、マイクログリッド、再生エネルギー、蓄電システムを整えると、停電にならない。台風が来ても地震が起きても、レジリエンスを高めることになります。省エネの構造の断熱など、いろいろな取り組みは、健康の質を高めます。脱炭素の目標は数字目標なので分かり易いですが、実益、ご利益が目に見える世界を作るということで進めていく。

 そのような三つの概念が合わさった言葉を、英語ではRegional Circular and Ecological Sphere、地域循環共生圏と言い、この構想は閣議決定をした第5次基本計画に出しております。この5月に第6次基本計画がまた閣議決定されましたが、そこでも踏襲されている概念です。いまのような三つの移行、三つのトランジッション、すなわちエネルギーの観点からの脱炭素、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブを同時に進めていく。

 いま既に都市部、農村山村部という構造になっていますが、分かれている中で地域の資源として、エネルギーや食料や水回りをとらえ、観光資源をとらえ、極力自活をしていく、自給していく発想、自立分散型の発想、足りないところは互いのネットワークで補う構想を環境省が出しています。ボトムアップ型でそれぞれの地域のポテンシャルを活用するのにGXやさまざまな技術を使う発想です。

中井徳太郎 元環境事務次官

 冒頭、地球環境を身体に例えましたが、まさしくそういう発想を持っておりまして、人間の身体の37兆個の細胞が一つひとつ有機的につながり血管ができ、心臓ができ、身体の仕組みができている。こういう構造であることは実は地球全体、社会もそうなっている。

 そういう意味で、いま地域循環共生圏で申しているところは、この構想をみなさんに知っていただき、うちの地域、うちの企業も頑張ろう、ポテンシャルを持ってやろう、技術を色々取り入れてやろうと、そういう元気の輪が広がるようなボトムアップアップ型の声がけをしています。

 しかもこの循環のネットワークシステムは、ある意味で階層性になっています。一番ベースの友人、家族、地域から大きなエリア、流域、国全体、アジア全体など適正なところでの循環というものがあると思います。小さい視点、ボトムアップを大事にしていますが究極はアジア全体、グローバル全体です。これは、日本の経験で言っても、かつて国内をかなぐり捨てて世界のことを見るような時が無いわけではありませんでした。いまや国内課題としての技術を使い、循環する発想を持ちながら、世界へ貢献していく、世界のカーボンニュートラルに貢献していく発想です。図式化しますと、この自然生態圏、ネイチャーポジティブの世界は、山から海に至る水の循環に象徴されます。この循環系の中に川から海に行き、蒸発し、また雲から雪や雨になり、降りていく。この中に私たち全ての営みがあるわけです。この循環の中から水回り、食料、エネルギー、観光資源をいただいている発想で、これを調和していくのです。

地域循環共生圏

 この絵は日本の地域にも当てはまりますが、ひょっとしたら大きな意味で中国全土をどう考えるか、アジアの視点ではこれはどうなるか。先ほどの循環の階層性の発想から見ますとボトムアップの、私たちができる回りの循環を考えながらも、どんどん大きくしていくことが大事だろうと思っております。

 そういう意味でいまの構想は、環境省が閣議決定という形で政府全体のサスティナブルな環境の切り口から構想で出しておりますが、それをやるためにも、やはり今日のような日中の協力の場、人と人のイノベーション、オープンな場での交流。そしてデジタルトランスフォーメーション、AIも含めて電気がかかるわけですが、これは賢く使えば、地域循環をやる大事な道具になります。ここでかかる電気自体は、賢く地球に負荷がかからない形で獲得する。

 こういう大きな構想の中で、皆が共有感を持ってそれぞれ頑張る。政府、官、民も頑張る。こういう構想で日本はやっていることをご紹介したいと思います。今日はこれのさらなる展開を期待しております。ありがとうございます。


プロフィール

中井 徳太郎(なかい とくたろう)/日本製鉄顧問、元環境事務次官

 1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官、環境事務次官を経て、2022年より日本製鉄顧問。

■ シンポジウム掲載記事


【シンポジウム】GX政策の競い合いで地球環境に貢献

【シンポジウム】気候変動対策を原動力にGXで取り組む

【シンポジウム】GXが拓くイノベーションインパクト

【シンポジウム】福川伸次:技術革新で挑む地球環境問題

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

【シンポジウム】鑓水洋:脱炭素化と経済成長の同時達成を

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事、周牧之東京経済大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。鑓水洋氏は開会挨拶をした。



 ご紹介いただきました環境省の鑓水でございます。本日は、このような機会を頂戴し、大変光栄に思っております。また、国際シンポジウムの開催、誠におめでとうございます。

 私からは、福川さんがご紹介されたように、日本政府が推進しているグリーントランスフォーメーションのコンセプトや今後の方向性についてご紹介させていただきます。その前に、COP29の結果について簡単にご報告いたします。2024年11月11日から24日まで、アゼルバイジャン共和国のバクーで開催されたCOP29では、気候変動に関する新たな数値目標が設定されました。特に、途上国支援については、2035年までに年間約3000億ドルを支援することを目指すと決まりました。さらに、公的資金や民間資金を合わせて、途上国向けの資金を2035年までに年間1.3兆ドル以上に拡大することが求められました。

 また、温室効果ガス排出削減対策としては、地方自治体との連携強化や、都市建物の脱炭素化の重要性が強調されました。日本からは、浅尾慶一郎環境大臣が出席し、1.5度目標の実現に向けて、国が決定する貢献、いわゆるNDCの着実な実施が重要であると訴えました。また、我が国が気候資金支援を2025年までの5年間で、最大700億ドル規模で実施していることや、温室効果ガスの排出削減が着実に進んでいることを報告しました。

鑓水洋 環境事務次官

 さて、GXの経緯やコンセプトについて、少しお話しさせていただきます。日本では、2020年10月、当時の菅義偉内閣総理大臣が、2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。それ以降、脱炭素化に向けた国内の議論が活発化しました。これに関連して、日本におけるグリーン・トランスフォーメーションは2022年5月、GX投資を促進するための新たなイニシアティブを支持することから始まりました。これは、温室効果ガスの排出削減に向けた国際公約と産業競争力の強化、経済成長を同時に達成するために、10年間で150兆円を超える官民投資を実行することを目指しています。その中心となるのが「成長志向型カーボンプライシング構想」です。

 この構想には3つの重要なポイントがあります。1つ目は、GX経済公債という新たな債券を発行し、その資金を調達して、150兆円を超える官民投資を実行するために、国として長期的かつ複数年度にわたる投資促進策を講じることです。具体的には、10年間で20兆円規模の国債を発行する予定で、これは世界初となる「トランジションボンド」として注目されています。今年の2月からは、個別銘柄の「クライメート・トランジション・利付国債」を5回にわたり発行し、合計で約2.65兆円を調達しています。

鑓水洋 環境事務次官

 2つ目は、カーボンプライシングによる先行投資インセンティブです。これには2028年度からの化石燃料付加金制度の導入、2026年度からの排出量取引制度の本格稼働などが含まれています。これにより、企業が脱炭素化に向けた投資を積極的に行うよう促進しています。

 3つ目は、新たな金融手法の活用です。具体的には、今年設立されたGX機構による債務保証などの官民金融支援を強化し、トランジションへの国際的理解の促進や、グリーンファイナンス市場の発展を目指しています。

 また現在、政府は「GX2040ビジョン」の検討を進めています。これは、エネルギーの量や価格の安定供給、DXの進展、電化に伴う電力需要の増加、そして経済安全保障の要請などを踏まえて、将来に向けた不確実性に対応するためのビジョンです。このビジョンでは、エネルギーの脱炭素化や水素関連産業の集積、GX製品の国内市場の創出などが重要な課題として議論されています。特に、グリーン鉄やグリーンケミカル、CO2吸収コンクリートなどの素材は、性能が変わらないものの、製品のコストアップが課題となっており、これに対応するため、カーボンプライシングを加えてGX製品の価値を見える化し、需要創造や市場創出に取り組んでいくことを目指しています。

シンポジウム当日の東京経済大学キャンパス

 これらの取り組みは、政府としての脱炭素に向けた重要な施策であり、環境省としても積極的にサポートしています。さらに、環境省では「循環経済」や「ネイチャーポジティブ(自然共生)」など、社会の変革に取り組んでいます。循環経済は産業競争力の強化や経済安全保障の確保、地方創生、質の高い暮らしの実現に貢献すると考えており、年内には政策パッケージを取りまとめる予定です。

 また、ネイチャーポジティブについては、優れた自然環境を守りつつ、上質なツーリズムを実現し、自然の保護と利用の好循環を生み出すことを目指しています。この取り組みを通じて、国内外からの観光客を促進し、滞在型観光を推進するための魅力拡大にも取り組んでいます。

 以上、環境省の取り組みと、GXを中心とした政府の政策についてご紹介させていただきました。引き続き、皆さまのご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。本日はご清聴、誠にありがとうございました。


プロフィール

鑓水 洋(やりみず よう)/環境省大臣官房長。

 1964年山形県生まれ。1987年東京大学法学部卒業後、大蔵省入省。大蔵省主計局総務課長補佐、熊本県総合政策局長、財務省大臣官房企画官、主計局主計官、財務省大臣官房付兼内閣官房内閣審議官、財務省大臣官房審議官、理財局次長、国税庁次長等を経て、2021年から現職。

■ シンポジウム掲載記事


GX政策の競い合いで地球環境に貢献
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2024-12/30/content_117632819.htm

気候変動対策を原動力にGXで取り組む
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-01/02/content_117641894.htm

GXが拓くイノベーションインパクト
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2025-01/02/content_117641551.htm

■ 登壇者関連記事(登壇順)


【コラム】福川伸次:日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜

【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

【刊行によせて】楊偉民:全く新しい視点で中国都市の発展状況を評価する

【講演】中井徳太郎:カーボンニュートラル、循環経済、自然再生の三位一体のイノベーション—地域循環共生圏構想

【フォーラム】中井徳太郎:分散型自然共生社会を目指して

【刊行によせて】中井徳太郎:生態環境社会への移行に寄与

【ディスカッション】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に 

【ディスカッション】中井徳太郎・安藤晴彦・和田篤也・周牧之:省エネ・再生可能エネルギー社会への挑戦と自然資本

【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か

【コラム】邱暁華:高度成長からハイクオリティ発展へシフトする中国経済

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅰ):誰がグローバリゼーションをスローダウンさせた?

【ディスカッション】小島明・田中琢二・周牧之(Ⅱ):ユーラシア大陸を視野に入れた米中関係

 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?