【シンポジウム】周其仁・徐林・安庭・林惠春:中国企業海外進出の原動力と影響

■ 編集ノート:雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たなチャレンジ:イノベーション、集積、海外進出」が2024年12月1日、東京オペラシティで開催された。雲河都市研究院主催、中国インターネット情報センターがメディアサポート。
 北京大学国家発展研究院の周其仁教授、米中グリーンファンドの徐林会長、北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司の安庭会長、北京師範大学一帯一路学院の林惠春教授が登壇し、中国企業の海外進出の過去と現在について議論した。


2024年雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たな旅立ち:イノベーション、集積、海外進出」会場

■ 林惠春:中国企業家の海外事業展開を後押し


 企業海外進出は、中国企業、ひいては社会の発展にとってどのような意味があるか?

 第一に、海外進出の実践者として私が申し上げると、従事するソフトウェア業界には、内在的な要求があった。第二に、私は海外進出の受益者であり、個人だけでなく私の会社も海外進出を通じて国際的な視野を広げ、事業を発展できた。第三に、私は海外進出の提唱者でもあり、グローバル化の下、企業の国際的な視野と事業は不可欠だと痛感し、「CEO国際移動教室」を設立、中国の企業家たちを率いて50カ国以上の国と地域を見学してきた。企業家の視野を広げ、彼らの海外事業の展開を推進している。

 改革開放から40数年経過し、中国が達成した最大の成果の一つは、対外貿易と製造業が世界第1位になったことだ。これは、中国の国際化の進展を示している。では、なぜ近年、中国企業の海外進出が話題になっているのか?中国企業の海外進出をどう定義するのか?それは、中国企業、さらには中国社会の発展にとってどのような重要性があるのかについて議論したい。

林惠春 北京師範大学一帯一路学院教授

周其仁:製造から投資、管理の力量まで問われる海外進出


 海外進出は、かつての国内市場から輸出への転換と比べはるかに困難を伴う。

 2019年に中国企業トップ500と米国企業トップ500の国際比較データが発表された。それによると、中国トップ500の海外売上高比率が20%未満であったのに対し、米国トップ500は60%を超えている。

 広東省佛山の美的集団は中国最大の民間メーカーだ。同社売上高は3,400億元で、そのうち海外売上高比率は41%(1,300億元)だった。海外製造事業による収益は250億元に達し、海外に18の生産拠点を設立している。 

 美的の当初の経営モデルは、中国の工場で生産し、輸出を通じて製品を世界中に販売するものだった。なぜ美的は海外に生産拠点を設立することを決めたのか?彼らは、「中国から世界へ」から「地域から地域へ」の戦略転換にあると説明した。

 市場が拡大し、進出地域が遠くなるにつれ、輸送コスト、関税、現地化ニーズなどの新たな制約要因が生じた。 さらに、美的の経営を引き継いだ同社の方洪波会長は、生産数量の追求を単なる目標とせず、品質向上に重点を置く方針を打ち出した。彼は美的の製品ラインの半分を削減し、高付加価値製品に集中した。

 さらに、美的は海外に生産拠点を設立し、現地の大手販売代理店や消費者を工場に招待することにした。これにより、消費者の品質への理解が深まるだけでなく、ブランド構築にも寄与している。

 美的の創業者である何享健は、早くから「国内の同業他社と争わず、海外市場に進出する」と提唱していた。

 2005年にベトナムにチームを派遣し、2006年には現地に新工場を建設した。これは関税への対応だけでなく、製品を米国市場にアクセスするためだ。 

 中国の対外開放は、まず「輸入」から始まり、次に「輸出」へと進む。中国製品の輸出が一定水準に達すると、さまざまな問題に直面する。これらの問題にどう対応すべきか?過去、製品が輸出されると、それ以降は私たちの責任外となり、残りの業務は仲介業者や海外企業が独自に処理していた。現在、企業は製造能力、投資、管理を海外に移転する必要がある。この転換は、かつての国内市場から輸出への転換よりもはるかに困難であり、特に、ターゲット市場が中国よりも後進の国・地域である場合は、企業や企業家に対してより複雑で厳しい要求が課せられる。

(左)周其仁 北京大学国家発展研究院教授、(右)徐林 中米グリーンファンド会長・中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元司長

■ 安庭:高成長する文化産業は、「輸入」と「海外進出」が両輪


 文化産業の「輸入」と「進出」は相互に補完し合い、両輪の役割を果たしている。

 私は文化産業に従事しており、文化産業の「輸入」と「海外進出」は相互補完的で並行して進むべきだと考えている。中国政府は健全な文化産業と市場の整備を提唱し、重大な文化産業プロジェクトを牽引する戦略を実施し、中華文化の海外展開を推進している。

 昨年の全国人民代表大会期間中、北京は「演芸の都」の目標を掲げ、4つの中心都市建設の一環として、演芸が北京の首都としての文化影響力を大幅に向上させることを目指した。

 中国国家統計局のデータによると、2012年以来、中国の文化産業の付加価値は18,071億元から2020年には44,945億元に増加し、年平均成長率は12.1%で、GDPの成長率を大幅に上回っている。文化産業のGDPに占める割合は3.36%から4.43%に増加している。 これらのデータは、文化産業が活況を呈しており、関連産業の発展を牽引するだけでなく、国民経済発展の新たなエンジンとなっていることを示す。

 文化産業の貢献、特に海外への発信という観点から見ると、その成果は顕著であり、発信力や影響力はますます高まっている。2012年から2022年にかけて、全国の文化産業の企業数は3.6万社から6.5万社に増加し、年間営業収入は56億元から119億元に増加、発展の質も着実に向上している。

 「文化強国戦略」の積極的な推進に伴い、私が属している興行業界がこの戦略の砦となりまた先駆者となるべきだと考えている。

(右)安庭 北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司会長、(左)林惠春 北京師範大学一帯一路学院教授

徐林:中国企業の海外進出は既に大きな流れに


 企業の海外進出という傾向はすでに明らかであり、逆転は不可能である。私は長年政府で政策立案に携わってきた。中国がなぜこの段階に至ったのかをマクロ政策の観点から考察したい。

 過去、中国は全方位の対外開放を推進すると主張してきた。全方位とは、「海外からの企業誘致」だけでなく、「海外進出」も意味し、その目的は国内と国際の2つの市場、および2つの資源をより有効に活用することだ。実際、過去長い間、中国は輸出を主体としていた。

 中国はWTO加盟後、完成品の輸出において顕著な成果を上げた。WTO加盟20周年の際、商務部(省)はWTO交渉に参加した私たちに回顧録の執筆を依頼した。この時、私は過去20年間で中国が米国とEUから得た貨物の貿易黒字は6兆ドルに上ることに気付いた。今後この数字はさらに積み上がるだろう。毎年米国との貿易黒字は4,000億~5,000億ドルを維持しているためだ。このような状況が続くと様々な問題が生じる。果たして世界はこうした状況を受け入れられるだろうか?

中国都市総合発展指標2023」報告書

 昨年10月に米国を訪問し、ピーターソン研究所を訪問した際、同研究所に所属する韓国産業通商資源部元長官と意見交換した。同氏は、中国の現在の貿易モデルは、小国であれば問題はないかもしれないが、中国は規模が大きすぎるため、世界が耐えられないほどになっており、中国は変化しなければならないと述べた。

 現在、アメリカが中国貿易に対して取っている姿勢は、対中貿易の巨大な赤字に端を発している。これまでこのような状況を容認できた国は、おそらく米国だけだった。米国はドルを発行することで貿易赤字を転換できるが、他の国にはその手段がないからだ。したがって、中国の輸出モデルは、ある段階まで進んだ時点で行き詰まり、持続不可能になるだろう。

 浙江省台州市の上場企業である水晶光電は、光学センサーの製造に特化しており、製品の70%をアップルに販売している。近年、アップルは水晶光電に対し、「China+1」を実施するよう要求した。つまり、中国以外にも生産拠点を設置する必要があるということだ。なぜこのような要求がされたのか?先ほど周其仁教授がおっしゃったように、この要求は潜在的なリスクに対応するためだ。アップルは水晶光電に非常に依存しているが、サプライチェーンの安定に影響を与えるような問題を望んでいない。そのため、アップルは水晶光電にベトナムで新たな生産ラインを設立するよう要求した。この要求は水晶光電にとっては受動的だが、実際に問題が発生した場合、企業には代替案が用意されている。このような予防的かつ代替的な海外進出の要求は、現在ますます一般的になっている。これは、中米関係や中国と欧米諸国間の地政学が、企業の意思決定に深刻な影響を与えていることを反映している。

 一方、企業の生産経営やサービスの観点から見ると、例えば電子製品の場合、企業は海外展開が必要だ。これらの企業は製品を販売するだけでなく、アフターサービスを提供し、市場ニーズへの迅速な対応が求められる。すべての部品と生産が中国に集中している場合、製品輸出量が増加すると、海外市場での修理やメンテナンスのニーズに迅速に対応することが困難になる。海外に生産拠点を設置し、現地で充実した部品供給エコシステムを構築できれば、変化に柔軟に対応できる。

 企業が進出する必要性を、マクロ、ミクロ、そして企業レベルまで整理することができる。企業や業界によって出発点やニーズは異なるかもしれないが、この傾向は明確であり、逆転することはあり得ない。

徐林 中米グリーンファンド会長・中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元司長

 この記事の中国語版は2024年12月26日に中国網に掲載され、多数のメディアやプラットフォームに転載された。


■ WEB掲載記事


【日本語版】

チャイナネット『海外進出した中国企業、現地社会に溶け込むのが肝心=中米グリーンファンドの徐林会長』(2025年5月15日)

チャイナネット『企業を主体としたグローバル化を=北京大学国家発展研究院の周其仁教授』(2025年5月15日)

チャイナネット『製造から投資、管理の力量まで問われる海外進出=北京大学国家発展研究院の周其仁教授』(2025年5月15日)

チャイナネット『高成長する文化産業は「輸入」と「海外進出」が両輪=北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司の安庭会長』(2025年5月15日)

チャイナネット『近年、日本市場に進出する中国企業が増加=中国駐日本大使館の郭旭傑経済参事官』(2025年5月15日)

チャイナネット『中国企業の海外進出は世界を再構築=周牧之教授』(2025年5月16日)

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【対談】清水昭 VS 周牧之(Ⅱ):自然と融和する互助社会へ

2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」清水昭氏(左)と周牧之教授

■ 編集ノート:

 清水昭氏は、医師として病院長として常に患者に寄り添った診療をし、また健康医療開発機構の理事長として日本の医療政策を支え続けている。2024年12月19日、東京経済大学にて新型コロナ禍の時の日本の医療体制の特徴と課題について、ご講義いただいた。


ハイパーソニックの人体への好作用


清水昭:私は昭和25年、山梨県甲府に生まれ、東京に出たのは大学からだ。セーリングヨットを学生時代に始め、医者修行の10年間は遠ざかったがその後再開し、続けている。脳神経外科医として40数年働き、いま川越と志木で医療・介護・福祉事業所を数カ所展開するリハビリ病院の医療部門を任されている。

 私が関わっている健康医療開発機構は、研究室内の研究を一般の方に理解いただくため十数年前に立ち上げた。出会いと学び合いと助け合いの精神を学んでいる。もう一つ、もの作り生命文明は、日本人がものを作り職人技を次世代に繋いできた歴史を踏まえ、各地の職人さんと繋がり、次世代に文化を残していく活動をしている。ローカルサミットは15年ほど前から、東京一極集中の東京1人勝ちは、戦略としては間違いであるとの志ある人たちが産官学で集まり、勉強会をスタートさせ、地域に赴き活動している。

 甲府の仲間と話をすると、山梨には何にもないと言うが、山梨は8割が森林でそれが財産 だ。今私の話し声の周波数は0Hzから20kHzだ。大学生の若者は23kHzまで聞こえるが、私の年齢になると19から18 kHzしかない。ところが森に行くと、50kHz、100kHz、200 kHzの、とてつもない高周波が感じられる。 

 その高周波を、大橋力先生が2000年に「ハイパーソニック」と命名し発表した。大橋先生は、脳科学者であると同時に音楽家でもある。森の中の、鼓膜を通しては聞こえないハイパーソニックの存在について、科学者としての興味で研究を続けた。がん、アレルギー、糖尿病などの各疾患やストレスなどの治癒に、森の中の高周波が良い作用を働かせているのを、血液検査や画像診断で、解明した。薬ではない。食べ物でもない。音だ。 

 大橋先生はハイパーソニックの発生源と、どこから人間に入ってくるかについても解き明かした。森の中には音が溢れている。森には鼓膜からは入らない音がたくさん存在し、その高周波は50kHz、100kHz、200 kHzまであると言う。鼓膜から入るのは0から20kHz。それ以上の高周波は皮膚から入る。皮膚は最大の抵抗力を持った防御組織で、細菌やウイルス感染も防ぐ。だが、宇宙服のような服を着せてハイパーソニックの実験をしたところ、音は入らなかった。ハイパーソニックの発生時期は春から秋が多く、広葉樹の森に豊富にあることがわかった。 

 ハイパーソニックを出す発生源は、昆虫だ。コウロギなど音を出す昆虫もいるが、音を出さないその他沢山の昆虫もハイパーソニックを出す。故に、わからないことや見えないこと聞こえないことを無視して森林の伐採をしてはいけない。西洋文明の、われ思うゆえに我ありというのは間違い。人間は思い上がらず、みんなと共に生きていることを再考しなければいけない。 

周牧之:稲作の水田を囲んだ湿潤な生活様式が、交差免疫をもたらす考え方、そしてハイパーソニックの観点から、自然と共生する里山の持つ価値を再考し、これからの生活様式に組み込まなければならない。周ゼミにゲスト講師として来たNHKのチーフディレクターの小野泰洋さんが言うには「里山は自然に対する人間の適度な介入がもたらした、新しい生態系である」。里山の魅力は、その多様性が原始の自然に比べても豊かだ。

 環境省が2010年、「SATOYAMAイニシアティブ」を立ち上げた。今や世界的なコンセプトになっている。しかし里山を支える集落は今、急激に消えつつある。これから10年間で500以上消える。将来さらに、3,000以上の集落が消滅すると予想されている。人口減少下、集落の維持は大きな課題である。

 これからの都市や大都市の進化のあるべき姿も都市の中の里山的な空間、自然を取り入れることが大切だ。

SATOYAMAイニシアティブと地域循環共生圏

自然界に学び自然との共生を


清水:日本人は共同体に生きることを縄文時代からベースにしてきた。海外は、人間が人間以外の動植物、自然までも征服し利用することを今も続けている。それに対して環境考古学者の安田喜憲氏が20年前、生命文明の時代を想像する研究会組織した。自然界を破壊し搾取し、物を大量生産、大量消費、大量廃棄する今の持続不可能な物質文明が旺盛だが、自然界のまだ解らないことを謙虚に学び、伝えていく必要がある。 

 地球は沸騰中だ。温暖化で真夏日が続き、今年も海水温が上昇している。東京経済大学で 2024年11月30日、周先生を中心に日中の頭脳を集めた国際シンポジウムグリーントランスフォーメーションにかける産業の未来が開催された。登壇した中井徳太郎元環境事務次官が述べたように現在、海水温が上がり豪雨、洪水の被害が出ている。 

 「いのち・ちきゅう・みらいプロジェクト」が2024年5月に始まった。2025年4月開幕の大阪・関西万博を契機に、地域循環と共生をテーマとし、地球環境保護を呼びかける事業だ。私はこれを精神的な活動のバックボーンにするために取り組んでいる。 

 これは、地球沸騰の危機からの創生を目指し、日本の自然共生を根幹とする伝統文化や、郷土芸能の偉業を紐解き、広域連携による地域循環共生圏の構築を促進する。未来を託す子供の育成と、そのための現代文明のあり方を問い、現在の社会課題に対応する新たな文化を創造し、次世代に発信する。 

 大阪万博は海外との絆を作る大事なチャンスであり、日本の文化、伝統、歴史を伝える場でもある。

食料自給率向上が重要


清水:G7のうち、フランスは食料自給率140%だ。自分たちの食べるものは自分たちで確保した上に、科学技術、芸術でオールマイティーな展開をしている。日本は食料を60数%海外に依存している。食糧輸入が途絶えたら、コンビニの食料品は3日で消える。2000年のエネルギー危機で中近東から油が来なくなった時、日本は90日間の備蓄しかして来なかった。近々食糧危機が必ずやってくる。ベランダにプランターを置いて野菜を自分で作ることもやった方がいい。CO2削減を含めた森里川海の水と物質循環をもう一度正し、日本の20000以上の河川それぞれの流域を繋げ、各流域で連携して取り組んでいこうとしている。

周:流動化する国際情勢の中で、食料自給率の向上は大切だ。1995年にアメリカの学者レスター・ブラウンが著書『誰が中国を養うのか』を発表した。同氏は、13億人口を持つ中国の食糧供給能力、そして世界の食糧供給網に及ぼす潜在的な影響に対して強い危機感を示した。

 ブラウン氏の主張に刺激され、中国が食糧生産拡大政策を進め、主食である小麦とコメの供給力が国内で満たされ、主食の自給率100%維持を国策としている。その結果、中国は現在世界で最大の農産物輸入国であるが、大豆、トウモロコシ、高粱といった飼料穀物が主体である(中国の食糧問題について周牧之:誰が中国を養っているのか?を参照)。

■ 互助の精神が機能する国民皆保険制度


清水:世界に誇れる国民皆保険制度が日本にはあり、ほぼ全ての人が公的医療保険に加入し、カバーされているのが最大の特色だ。 

 医療保険制度は、自営業者や働いてない人が加入する国民健康保険、企業に勤務する人々が加入する被雇用者保険、75歳以上の高齢者を対象とした後期高齢者医療制度、の3種類がある。 

 北海道に住むAさんが病気になり近くのかかりつけの先生に診てもらったら、大きな病院に行くよう言われた場合、北海道は札幌だと北海道大学病院、札幌医科大学病院あるいは市立病院や日赤など紹介状があれば行ける。その上北海道では無理だという希少疾患で東京に行った方がいいとなると、東京大学病院にかかりたいといえば、日本国民は誰でもかかれ    る。これはすごいことだ。アメリカも病院にかかれるが医療費がたいへん高額で、日本の 10倍から100倍する。イギリスの場合は医療政策が非常に充実しているが、居住地で公的医療機関が決まっており、かかりつけ医が患者を送る病院も決まっていて、専門病院にたどり着くのに相当時間がかかるのが難点だ。 

 そこの医師が、これは大変だとすぐに公的な大病院に紹介してくれれば助かるが、その医師 の見立てで、大丈夫だから二、三日様子を見るよう言われて、帰宅して重症化することが結構多い。大病院にたどり着かずに亡くなる人がいる。医療統計をとると、イギリスでは中規模以上の病院にかかった人の回復率がいい。公的保険でカバーされている日本は自慢していいが、明らかに国の財政を圧迫している。 

 日本は家族も、加入者の扶養家族としてカバーされるのが特色だ。アメリカの例をとると、夫が保険に入っても妻はカバーされない。 

 フリーアクセスで保険証と紹介状を持っていけば、あるいは保険証1枚で医療機関が自由に選べる。制限なくどの医療機関でも診療を受けられる。 

 現物給付制は、窓口負担で、医療費の1割負担の人もいれば2割、3割負担の人もいる。その負担の他は保険がカバーしているのも特色だ。 

 民間中心の医療提供体制病院と診療所の7割以上は個人または医療、医療法人だ。公的なものは3割以下になる。 

 充実した公的制度高額療養費、高額療養費制度は今6万から7万になっているが、重い病気であれば50万100万あるいはもっとかかることもある。が、少なくとも基本的に保険診療でカバーしている病気に関しては、例えば月100万かかるような費用は国が負担あるいは地方公共団体が負担をして、本人は6万か7万でできるのは、互助の精神が機能している制度だ。 

周:1980年代、私は日本に留学してきた時、この国民皆保険制度に感動した。非常に社会主義的な制度だ(笑)。財政負担が大きな課題だが、国民の幸福度はこの制度故に大いに高まっているはずだ。

清水:母子健康手帳も、今東南アジアで日本の制度を真似し始めている。母親が保管し妊娠から出産までの健康管理とその記録としてもすぐれた制度だ。 

周:清水先生もご存知の企業MTIが、母子健康手帳のデジタル化をベースに少子化問題の解決や子育て支援事業に取り組んで大きな成果を上げている(MTIの子育て支援については、前多俊宏:ルナルナとチーム子育てで少子化と闘うを参照)。このような先進事例をアジア諸国に広げていけるといいと思う。

MTIの子育て支援・母子手帳アプリ「母子モ」(『前多俊宏:ルナルナとチーム子育てで少子化と闘う』より)

■ 日本医療体制の課題


清水:日本の医療体制は国民に高品質な医療サービスを提供するため強固な基盤を持っている。だが、急速な社会変化に対応するためには様々な課題に対する具体的な対策が求められている。 

 例えば、急速な高齢化を迎え、医療需要が増加している。年を取ると当然病気が増えるため、お年寄りの数が上がると病気も増える。 

 医療需要状況が逼迫すると医療費高騰や医療資源不足も、深刻な問題になる。慢性疾患を抱える高齢者が増加しているためだ。医療体制の見直しの抜本的な方法は、医療機関で早めに治療が終わった人は在宅にするか、家で保険を使わずに介護保険を使う。介護保険の方が赤字になって、四苦八苦している。 

 高齢化社会への対応はまだ全然答えが出ていない。医療従事者の不足、医師や看護師の人手不足が続いている。私が昭和50年に医大を卒業したときの全国の医者の数は3000人、今は9000人で3倍に増えた。3倍増えたが、医療不足だ。理由はいくつかある。直近で医者になる1割が美容外科に行くと聞いた時は腰が抜けた。私の時は女医の割合は1から2割だったが、今は4割まで上がった。私が強調したいのは、命に関わる診療科目で、助けて欲しい時に日本全国津々浦々で助けてもらえる心臓、内臓、脳外科の医師が増えていない。命に関わらない科の医師が増えている。故に医療従事者の人手不足は、特に地方での医療サービスの提供を困難にしている。 

 私の若い頃は10年間徒弟の生活をした。病院に泊まり込み、家に帰るのは週のうちの1日か 2日ぐらいしかなかった。今の働き方改革を本当に進めると、我々のような医療従事者だけでなく、もの作りの職人さんも技術が身に付かない。厚生労働省の役人さんが時間で区切るのは愚策で、物事に打ち込むときに、自分が好きでやることに関して時間換算で就業を制限するのは間違っている。医療従事者が技術を身につけなかったら不幸になるのは国民だ。ここは本当に深刻に考えなければいけない。 

周:一生懸命にやらないといい仕事は出来ない。働き方改革は本来、一生懸命にやる人たちをもっとサポートする形にするべきだ。

清水:医療機関の機能分担が不十分だ。大病院、中病院、診療所の役割分担がうまく取れている地域もあり、熊本市が好例だが、取れてないところが多い。 

 医療費の持続可能性は、働く世代のお金で医療費の負担をしているので、働く世代の数に比べ、診療を受ける数が今高齢化で増えている。定年の見直しが大事だ。アメリカに定年制度はない。年齢性別人種で差別をしてはいけないので、日本の保険制度のように65歳から前期高齢者、75歳から後期高齢者とするのは、アメリカでは憲法違反だ。 

 私はもう来年後期高齢者になるが、働けるうちは年齢に関係なく働き、社会を支えることは大事だと思う。そのようにこの国も舵を切れば、この問題は速やかに収まると思う。

■ 医療サービスの国際ハブへ


清水:シンガポールに先月、インクルーシブセーリングといって健常者も障害者も一緒にやるヨット大会があり、選手の障害のクラス分けに行ってきた。シンガポールは私が行きたかった国で、まず30年前に作った24時間運用のハブ空港が世界一だと思う。 

 次に、国際金融機関が見事に成功した。私が1989年にニューヨークへ行った時、日本はJALがエセックスホテルを買い、三菱商事がアメリカの象徴のロックフェラーセンターを買い、長谷工が北米の名だたるゴルフ場を買った。東京と神奈川を合わせた地価が、北米の地価と同等だった。そんな時代、世界50の企業の中に、日本企業が沢山あった。今トヨタ1社ぐらいしかない。東京証券市場が、ニューヨークやロンドンの市場に対して一定の力を持ったのが、いまアジアの資本市場のセンターは、香港に移り、上海に移り、シンガポールに移った。さらに、2011年の原発事故のときには、東京にあった海外のヘッドオフィスはまず香港に移り、さらにシンガポールへ移った。国際金融センターは今アジアではシンガポールだ。 

 さらに医療機関も先進的だ。元々イギリスの植民地の影響でシンガポールの人々はイギリスに医学を学びに行っていたが、ここに30年はアメリカに行くようになった。アメリカの一流の医療を勉強してきたため、シンガポールの医療は遥かに日本より上になった。隣の韓国も同様だ。失われた30年は、医療機関にも言える。 

周: シンガポールは、いまや医療サービスの国際ハブになっている。インバウンドが盛んになってきた日本も、医療サービスの国際ハブになったらいい。そのためやらなければいけないことがもちろん沢山ある。

清水:日本の国民皆保険の制度は、ある一定の医療に関しては機能しているので、そんなに悲観的にならなくてもいい。しかしグローバルでは本当に真剣に考えないと非常に厳しいと私は感じている。(了)

2024年12月29日、東京経済大学でゲスト講義をする清水昭氏

※記事前半はこちらから


プロフィール

清水 昭(しみず あきら)/医療法人瑞穂会理事・統括院長、川越リハビリテーション病院院長

 昭和50年順天堂大学医学部卒業、ニューヨーク州立大学医学部脳外科講師、防衛医科大学校講師、同校医学研究科指導教官、自衛隊中央病院診療幹事・脳神経外科部長、兼ねて国家公務員共済組合連合会三宿病院総代、脳卒中センター長を歴任。公立大学法人福島県立医科大学災害医療支援講座特任教授も兼任。急性期の診療・教育・研究に40年以上関わり続けている。

【対談】清水昭 VS 周牧之(Ⅰ):パンデミック対策の日中比較

2024年12月19日、東京経済大学でゲスト講義をする清水昭氏

■ 編集ノート:

 清水昭氏は、医師として病院長として常に患者に寄り添った診療をし、また健康医療開発機構の理事長として日本の医療政策を支え続けている。2024年12月19日、東京経済大学にて新型コロナ禍の時の日本の医療体制の特徴と課題について、ご講義いただいた。


日米欧はウイズコロナ、中国はゼロコロナ


周牧之:新型コロナウイルスが、人々に甚大な被害を及ぼしたのは何故か。私自身、まったくの門外漢ながら、2020年1月から各国の新型コロナ対策について比較研究してきた。私は中国297の地級市及びそれ以上の都市(日本の都道府県に相当)を網羅した都市評価指標「中国都市総合発展指標」を毎年発表してきた。同指標には各都市の医療能力を評価する「医療輻射力」という指標がある。

 最初に新型コロナが起こったのは湖北省武漢市だ。「医療輻射力」から見ると、武漢市は297都市中の第6位。第6位は医療水準としては大変高い。人口1000人当たりの医師数、病院数がほぼ東京都やニューヨーク市と同等レベルだ。なぜこれだけの医療輻射力を持ちながら医療崩壊に至ったのか。調べるうちに、コロナの初期に皆が病院に駆けつけパニックを起こしたことが、徐々にわかってきた。更に、病院の院内感染がそれに拍車を掛けた。中でも医者や看護師らが大勢感染したことが医療崩壊につながった。

 これに対して中国の対策は迅速だった。先ず武漢から、そして全国にロックダウンを実施した。次いで現場の医者、看護師が罹患していたことを受け、全国から4万人を超える医療スタッフを武漢に派遣した。緊急病院を急ぎ多数新設し、患者を重症と軽症に分けて診療した。これが功を奏した。2カ月あまりで武漢、そして全国のコロナ新規患者数をゼロにした。さらにその状況を保つよう努めた。所謂「ゼロコロナ」政策だ。

図1 武漢ロックダウン期間における新規感染者数・死亡者数

出所:中国湖北省衛生健康委員会HPより作成。

 日本もアメリカもヨーロッパも、ロックダウン政策を徹底実施できなかった。日本は最初の緊急事態宣言で、かなり効果が上がったにもかかわらず、経済への憂慮で中途半端に宣言を終了させ、その後コロナの勢いが一気にリバウンドした。コロナパンデミックの中、日本、欧米は所謂「ウイズコロナ」政策を取った。

 中国の「ゼロコロナ」政策と日欧米の「ウイズコロナ」政策をどう評価するかについて、私はゼロ・COVID-19感染者政策Vs.ウイズ・COVID-19政策という長い論文を書いた。

一定の役割を果たした日本の新型コロナ対策


清水昭:日本は2019年12月から2024年11月までの間に、COVID-19に関して多岐にわたる対策を行ってきた。主な政策の一つは、医療体制の強化だ。日本政府は医療機関への支援を強化し、特に新型コロナウイルス患者を受け入れる病床の確保や、医療従事者への支援を行った。これには医師や看護師の派遣支援や診療報酬の特例評価が含まれる。 

 感染症では日本は結核が明治、大正、昭和の戦前、薬ができるまでは不治の病で、国立病院、国立療養所が患者の受け皿になっていた。結核患者が減り、各地の療養所、国立関係の病院は統廃合で数を減らし診療科も感染症はメインでなくなっていた。SARSで一時対策をとったが、今回の新型コロナの対策で医療体制の強化の対象となった。ワクチン接種をすると抑えられるということで接種が重要な政策として位置づけられ、自治体と連携して行われた。現在、G7も含め、ワクチン接種を勧めているのは日本だけだ。 

 経済支援、これも経済的影響は、感染症が起こると経済が停滞するからその影響を受けた事業者に対して、経済支援を政府としては打ってきたということを言っているが、事業者や個人に対して、雇用調整助成金であるとか生活支援金など経済的支援が提供されたと。特に低所得の子育て世帯には一律5万円の給付金が支給されるなど、生活支援策が講じられたが、本当に困っている人が助かったかというとそうではなく、支援しなくてもいい人にも支援していたというアンバランスがあったと思われている。 

 感染症対策はマスク着用や手洗いなどの基本的な感染症対策が推奨され、特に高齢者施設や医療機関では定期的な検査が実施され、感染拡大地域では積極的な検査体制が整えられた。社会的な取り組みとして、自殺防止や児童虐待防止など社会的な問題にも対応するだけの施策が強化された。特に20年前から子供たちの自殺が増えている。夢や希望を世の中に出していかないといけないと強く思っている。 

 コロナの施策は日本国内での感染拡大を抑制し、国民の健康と生活を守るために一定の役割を果たしたと私は思う。

2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」懇親会で挨拶をする清水昭氏。

中国のゼロコロナ対策は迅速かつ徹底


周:2020年1月23日に、中国政府は新しい感染症の爆発を封じ込めるために湖北省の省都武漢を始め3都市をロックダウン(都市封鎖)した。その後、湖北省の全域だけでなく、中国全土においてほぼ全ての地域が封鎖された。

 当時、私は武漢の医療崩壊及びその後の対応について研究し、数少ない情報を収集しながら世界各国の動向を踏まえ、同年4月20日に新冠疫情冲击全球化:强大的大都市医疗能力为何如此脆弱?(新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?)というレポートを中国の大手メディアで発表した。豊かな医療リソースを持つ大都市が、なぜ新型コロナウイルスにより一瞬で医療崩壊に陥ったのかについて解析し、武漢の対策を検証した。同レポートは英語や日本語に翻訳され世界に発信された。当時コロナ対策に困惑する政策当事者に、ある程度参考になったと思う。

 迅速かつ大規模な医療支援、医療リソースの重症者への集中、徹底的なロックダウンなどで、中国は見事にパンデミックを鎮圧し、いち早く普通の生活を取り戻した。その意味で2020年、2021年、中国のゼロコロナ政策は非常に成功した。経済成長率も主要各国の中で最高だった。コロナの被害を測るには、映画興行は一つの有効な指標である。映画館が再び営業し中国の映画興行市場はパンデミックで大混乱に陥った北米を超えて世界第一位をなった(映画大国中国で最も映画好きな都市はどこか? 〜2020年中国都市映画館・劇場消費指数ランキングを参照)。

 3年弱の時間稼ぎができたことで、コロナウイルスが大分弱毒化し、致死率が下がった。欧米諸国と比べ、パンデミックにおいて中国での深刻な被害拡大を食い止めた。

■ マスクや手洗い、身体的距離が要


清水:新型コロナは11波が先月から今月にかけて収束しかけたが、実はもう12波に入った。来年の春に向けて、また波が出てくると思う。 

 日本の新型コロナウイルス対策は感染の減少を目指し、医療体制の確保や検査体制の強化をする。問題はワクチン接種の推進が言われているが、個人レベルでは、マスクの着用や手洗いの徹底、身体的距離の確保が大事だ。 

 注射のワクチンを打ったらいいかどうかを、立場上私は聞かれる。1波、2波、3波の時は、私は打った方がいいと勧めたが、その後ワクチンに問題があるということが様々出てきている。私は「ご自分で打ちたいと思ったら打ち、打ちたいと思わなかったら打たなくていい」と言っている。 

 ワクチン接種率については、2023年までに国内で1回目接種が80%以上、2回目接種が79 %だった。都道府県のデータは、都道府県によって接種率が違い、地域によって接種が進んでいないところもある。 

 高齢者を日本は優先したので優先的に接種して重症化リスクを減少させたのは、一定の効果はあったが、副作用の問題は残っている。 オミクロン株対応ワクチンの接種が進められている。ワクチン供給の遅れやシステムの問題が改善されたのが現状だ。 

 マスクは入ってくるウイルス量を減らす。ある一定の量が入らないと感染症は発症しない。マスクは部分的にワクチンの働きをしている。定点観測すると、波があるときは、電車内の一車両100%の人がみんなマスクしていた。波が落ちてくると8割に、6割に減り、いま4割3割まで減ってきた。今の季節はコロナ対策のときに減っていたインフルエンザや手足口病やその他感染症が広がっており、2割3割ぐらいに増えてきている。 

 学校はマスクを今年はしなくなっており、インフルエンザもコロナも、こどもが感染しても元気だが、お父さんお母さんがうつされて重くなる場合がある。個人と家族の努力が鍵だ。具合が悪い時は無理して仕事をせず、休むことも大事だ。 

■ 低濃度オゾンをコロナ対策に


清水:日本予防医学協会が推奨している感染拡大防止策は、換気を定期的に行い、マスクを着用する。こまめな手洗いと換気は効果がある。こぢんまりした居酒屋、レストランでの食事はうつりやすい。皆マスクを外して話すから病院でうつりやすいのは休憩室。 

 私の職場では休憩室も1人か2人でしか使えないようにし、食べながらの会話は禁止したところクラスターにならなかった。 

周:室内で低濃度のオゾンがかなり役に立つ。私は2020年1月中旬から新型コロナウイルス対策の打つ手となるオゾン研究に取り組んだ。同年2月18日に这个“神器”能绝杀新冠病毒(オゾンパワーで新型コロナウイルス撲滅を)というレポートを中国の大手メディアで発表、新型コロナウイルス対策に、自然界と同じレベルの低濃度オゾンを利用するよう提唱した。この発表は、英語、日本語などに翻訳され瞬く間に多くのメディアに転載され、新型コロナウイルス対策におけるオゾン利用に一役買うこととなった。同発表は同年3月11日のWHOによるパンデミック宣言より3週間早かった。

 低濃度オゾンの有効性について同レポートの発表から半年後の2020年8月26日に、藤田医科大学の村田貴之教授らの研究グループが、低濃度のオゾンガスでも新型コロナウイルスに対して除染効果があることを、世界に先駆けて実験的に明らかにし、私のレポートにとって貴重なエビデンスとなった。

 コンクリートジャングルの大都市では、そもそもオゾン濃度は低い。人が集まる室内ではなおさらそうである。有人空間でのオゾン利用こそ究極の「3密問題」対策だと思う。

■ 患者の仕分け、そして医療支援が重要


清水:高齢者や基礎疾患を持っている人は重症化するが、幸いなことに若者であればインフルエンザ程度の症状で済むようにはなってきている。手洗いの徹底、ソーシャルディスタンスの予防を徹底すれば、あえてワクチンを打たなくてもいいというのが私の意見だ。 

 重症者の受け入れ体制の強化が今の課題で、一定の枠は今とられている。感染症危機管理庁の設置を東京、神奈川、埼玉などが始めている。 

重症患者の急増に対して、ICUの一定の確保は大学病院あるいは病院で取っているが、急にクラスターが出たりすると対応は厳しい。 

 医療従事者の確保については、医療従事者も感染するので、今でもまだ問題として解決していない。医療機関の対応力も病院によっての対応がそれぞれで、病院ごとに任されている。私がいる埼玉県川越市も、大きな大学附属病院があるが、最初は感染症で熱があると病院から診ないと、患者が言われた。 

 地域ごとの医療体制が非常に問題になってきつつあるのは、医療支援が都会に集中し、地域はまだ不十分だからだ。 

 コロナのときに注目された神奈川モデルは、重症患者を入れる高度医療機関と中等症患者を受け入れる重点医療機関を設置して、医療崩壊を防いだ。県が主導で、患者を重症者と中等度を分けたことは一歩進んだモデルだ。 

周:パンデミック初期で武漢への医療支援と緊急病院の建設は功を奏した。2020年1月23日の武漢ロックダウン開始からたった10日という短期間で、重症者向け仮設病院が建設され、1,000床を持つ「火神山病院」の使用が開始された。その3日後、二つ目の重症者向けの「雷神山病院」が稼働した。両病院で病床数は計2,600床に達し、一気に重症患者の治療キャパシティが上がった。また、武漢は体育館などを16カ所の軽症者収容の「方舱病院」へと改装し、2月3日から順次患者を受け入れ、1万3,000床の抗菌抗ウイルスレベルの高い病床を素早く提供し、軽症患者の分離収容を実現させた。私の2020年4月20日のレポート新冠疫情冲击全球化:强大的大都市医疗能力为何如此脆弱?(新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?)ではこれら措置の有効性を取り上げ、「武漢モデル」とした。

■ ファクターXとは?


清水:新型コロナウイルスの致死率はG7の中で日本はダントツで低い。原因はファクターXでまだ突き止められてない。感染拡大の抑制と緊急事態宣言で、経済的には落ち込み、飲食観光業が大打撃を受けた対策だったが、厚生労働省は一定の感染拡大抑制効果があったと発表した。医療体制の課題は重点病棟の不足を含め医療従事者の負担増加が課題として残る。 

 国際比較では、コロナ対策で日本の海外在住ジャーナリストがそれぞれの国について語ったもので、ニュージーランド在住の記者は同国を首相と専門家が毎日会見し早めの対策をとったことで100点満点中、80点をつけた。日本への評価は、「国民への情報が少なく対策らしい対策はない」とした。 

表1 2020-22各年主要諸国新型コロナウイルス感染者数等比較

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 ドイツ在住の日本人記者の同国への評価はほぼ合格点。ワクチン接種の遅れなどはあったが、保障や医療が整っていたことを重視した。同記者の日本への評価は、Go To対策が迷走したとし、かなり低い。 

 観光業が打撃を受けても補助対策などが迷走し国民に我慢を強いたと指摘している。ベルギーは、同地の点数を80点とした。過ちを認め、PCR検査能力や医療資源確保を増強したという。日本は10点以下で具体的で詳細な欧米の政策と比べ、大雑把で生やさしいと評した。 

 イギリス在住の日本人記者は、イギリスの無用なアプリなどが0点で、迅速なワクチン接種を 100点と評した。日本への評価は50点。国民の自制に任せ、他の先進国より感染者が少ないのは幸運だったと結論付けた。 

 アメリカ在住記者は、マスク着用が政治的立場を示すとしたのは最悪だとし、アメリカの対策は20点ぐらいだと評した。日本をかろうじて及第点と評価、対策は観念的とし、感染抑制の面で個人的な衛生観念が貢献したと評価した。 

 G7の中で日本の死者数は少ない。国別のコロナ累計死者数人口100万人当たりのグラフを見ると、日本は一番低く、カナダ、ドイツ、イタリア、フランスと多くなり、イギリスが一番ひどく、アメリカが次に多い。日本はそれに比べたら少ない。東南アジアも低い。 

 麦を食べている国の死亡率が高いと最初に言われたこともあったものの、コメが予防のファクターXではないと判っている。国立感染症研究所の井上栄先生が、「日本人は母音で話し、海外の人は子音で話す。子音で言葉を発する方が、飛沫が表に飛ぶ」とのデータを出した。日本語の発話では、飛沫の発生条件が少なく飛ぶ距離が短いと言っていた。 

 基本的に日本人は口数が少ない、生活習慣でハグや握手をしない。緊急事態宣言時のマスク100%、外出は確かに自粛し、同調しやすい民族であり、集団共同行動をとったとことが、死亡率を低めたファクターの中のいくつかになっている。現状では、1日当たりの平均患者数は先々週、1を切ったが、先週また上がり今2ぐらいに上がってきた。

図2  国別百万人当たりの累積感染者数及び累積死亡者数
(2020年末まで)

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

「ジャレド・ダイヤモンド仮説」と「周牧之仮説」


周:2020年の、日本の10万人あたり新型コロナウイルス死亡者数は2.8人であった。これはスペインの同107.1人、アメリカの同103.8人、イギリスの同109.3人、イタリアの同125.2人、フランスの同95.9人、ドイツの同39.6人と比べ、格段に低い数字であった。同じウイズコロナ政策を取ってきた日本が、欧米先進諸国よりはるかに低い死亡者数に抑えられている理由は、ファクターXとして諸説ある。

 諸説の中で最も説得性があるのは「交差免疫」説である。これまで日本人が持っていた免疫が、新型コロナウイルスにある程度働き、感染予防あるいは感染しても症状を抑えられる、というものである。

 なぜ日本人が交差免疫を持つのだろうか。アメリカの生物学者ジャレド・ダイヤモンド氏が著書『銃・病原菌・鉄』の中で、ユーラシア大陸での家畜との密接な暮らしが、人々にさまざまな病原菌に対する免疫力を持たせたとしている。ヨーロッパ人がアメリカ大陸に進出した際、病原菌を持ち込んだことで、これまで家畜との密接な暮らしを持たず免疫の無い原住民に壊滅的な打撃を与えた。ヨーロッパ人が家畜との長い親交から免疫を持つようになった病原菌を「とんでもない贈り物」と捉えた。

 私は「ジャレド・ダイヤモンド仮説」に賛成する。但し同仮説では、同じユーラシア大陸に位置するヨーロッパ諸国と、日本を含む東アジアの国々の新型コロナウイルスにおける死亡者数の大きな相違を説明仕切れない。2020年の、中国、韓国、台湾、香港、ベトナム、タイの10万人あたりの新型コロナウイルス死亡者数はそれぞれ、0.3人、0.9人、0.03人、1.4人、0.04人、0.09人であった。医療リソースの豊かなヨーロッパ諸国の同死亡者数と比べ、極度に低い。中国など東アジアの国・地域の好成績には、ゼロコロナ政策が果たした役割もあったものの、交差免疫の恩恵も大きいと考えられる。

 私は、稲作の水田を囲んだ湿潤な生活様式こそが、交差免疫をもたらす決定的な要因ではないかとの仮説を立てる。この仮説は2020年11月21日の東京経済大学創立120周年記念シンポジウムコロナ危機をバネに大転換で発表した。

 「周牧之仮説」では、湿潤な稲作地帯の里山は、豊かな生態多様性に恵まれている。里山は、自然に対する人間の適度な介入がもたらした新しい生態系であり、原始の自然に比べ生態の多様性はさらに豊かである。生態の多様性は微生物の多様性を意味する。こうした人間と自然と家畜との密接に影響し合う稲作里山は、病原菌の巨大な繁殖地となることが考えられる。同じユーラシア大陸でも、東アジアの湿潤な稲作地帯はウイルスの多様性に一層富んでいる。さまざまなウイルスと共生してきた稲作地帯の人々は強い交差免疫を持つと推理できる。

 実際、季節性のコロナウイルスは東アジアの湿潤地帯で頻繁に流行を繰り返してきた。季節性コロナウイルスは、新型コロナウイルスに対して交差免疫力をもたらすとすると、まさに稲作地帯の里山暮らしからの「とんでもない恩恵」だと私は考える。

 各国はこのパンデミックにどう対応したのか?それぞれの政策の有効性について、私の論文比較研究:ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策(Ⅰ)2020 ―感染抑制効果と経済成長の双方から検証―」「比較研究:ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策(Ⅱ)2021〜2022 ―感染抑制効果と経済成長の双方から検証―を参照してください。(続)

「ジャレド・ダイヤモンド仮説」と「周牧之仮説」

(※記事後半はこちらから)


プロフィール

清水 昭(しみず あきら)/医療法人瑞穂会理事・統括院長、川越リハビリテーション病院院長

 昭和50年順天堂大学医学部卒業、ニューヨーク州立大学医学部脳外科講師、防衛医科大学校講師、同校医学研究科指導教官、自衛隊中央病院診療幹事・脳神経外科部長、兼ねて国家公務員共済組合連合会三宿病院総代、脳卒中センター長を歴任。公立大学法人福島県立医科大学災害医療支援講座特任教授も兼任。急性期の診療・教育・研究に40年以上関わり続けている。

【論文】周牧之:比較研究:ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策(Ⅱ)2021〜2022 ― 感染抑制効果と経済成長の双方から検証 ―

A comparative study on zero-case policy and coexistence policy from perspectives of COVID-19 control and economic development

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 突如勃発した新型コロナパンデミックは人類社会に大きな災難をもたらした。各国はこのパンデミックにどう対応したのか?それぞれの政策の有効性について、周牧之東京経済大学教授がパンデミック初期から比較研究を行ってきた。本論文はコロナパンデミックの3年間における主要各国の政策を、ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策という軸で比較した。後半では、2021〜2022年の各国のパフォーマンスについて、感染抑制効果と経済成長の双方から、詳細のデータで検証した。


1.2021年各国感染抑制パフォーマンスの比較


 世界は2021年、新型コロナウイルス感染拡大の波を通年で3度も経験した。2月頃には前年度から引き継いだ波が収束に向かったが、その後、変異株「デルタ株」の影響により、世界的に感染拡大が再び始まり、4月に一度目のピークが、8月に二度目のピークが起こった。その後、一旦、収束傾向が見られたが、11月9日に南アフリカで新たな変異種「オミクロン株」が確認された。以降、年末にかけて爆発的に感染者数が拡大した。結果として、2021年世界の累積感染者数は約2.1億人、累積死亡者数は約356万人に及んだ。致死率は約1.7%となり、2020年の同約2.2%をやや下回った。致死率の低下は新型コロナウイルスの弱毒化、治療法の進展、ワクチンの効果などが考えられる。

図1 2021年世界新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 2021年の中国は、ゼロコロナ政策の徹底により、感染拡大の抑え込みに成功した。中国では、感染者が見つかる度に局所的なロックダウン措置等を実施し、感染拡大を防いだ。こうした政策が奏功し、2021年通年の感染者数は1.5万人に留まり、死亡者数はわずか2人であった。中国は同年、新型コロナウイルス致死率を0.01%まで抑え込んだ。

図2 2021年中国新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 日本は2021年、経済重視と感染抑制との間を揺れ動く年となった。通年で3回の新型コロナウイルス感染拡大の波が日本に押し寄せた。それに対応するために、2回目の緊急事態宣言が1月8日から3月21日、3回目の緊急事態宣言が4月25日から6月20日、4回目の緊急事態宣言が7月12日から9月30日まで発出された。特に4回目の緊急事態宣言は、東京オリンピック開催期間と重なり、同大会は無観客での開催を余儀なくされた。10月後半以降にようやく感染状況が落ち着いた。結果として、2021年における日本での累積感染者数は約149.7万人に達し、2020年の24万人の6倍となった。累積死亡者数は約1.5万人に及び、これも前年の0.35万人の4倍であった。致死率は2020年の1.5%から2021年は約1.0%へ下がった。

図3 2021年日本新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 図4は、2021年末までの百万人当たりの新型コロナウイルスによる累積感染者数および累積死亡者数を国別にプロットした。2020年末までの被害を表した図7と比べ、殆どの国・地域の感染者数と死亡者数が増加したことにより、ポジションが全体的に右上方向に移動した。唯一中国は、ゼロコロナ政策の堅持により被害が抑えられたことでポジションにほぼ変わりはなく、最も被害の少ない国となった。 

 2020年末までの状況と比較して、アジア地域と欧米地域との被害の差がより大きくなった。また、アジア地域の中でも、イスラエル、イラン、トルコといった欧州に近接する地域の被害状況は欧米に近く、東アジア地域との差が拡大した。

 国別で見ると、人口当たり感染者数および累積死亡者数が多かったのは、ベルギー、イギリス、イタリア、スペイン、アメリカ等欧米諸国であり、2020年末迄の状況と類似している。

 2021年末迄に世界で累積の感染者数および死亡者数が最も多かった国は、2020年と同様に人口規模の大きいアメリカ、ブラジル、インドであった。

 一方、名目GDP規模の上位30カ国・地域の中で、新型コロナウイルス被害が最も小さかった国・地域は上位から順に中国、ナイジェリア、台湾であった。特に、中国は2021年感染被害を抑え込んだことにより、前年と比べナイジェリアと台湾を引き離した。

図4  国別百万人当たりの累積感染者数及び累積死亡者数
(2021年末まで)

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

2.2021年各国経済パフォーマンスの比較 


(1)2021年各国名目GDPの比較

 コロナウイルス蔓延の中で、2021年の世界経済は回復傾向に向かい、世界の名目GDPは、13%のプラス成長を遂げた。

 図5が示すように、2021年国別GDPランキングトップ10は、アメリカ、中国、日本、ドイツ、イギリス、インド、フランス、イタリア、カナダ、韓国と続く。これら10カ国が世界名目GDPにおいて67.2%のシェアを占める。なかでもアメリカ、中国、ドイツ、イギリス、インド、フランス、イタリア、カナダ8カ国は軒並み2桁台のプラス成長を実現した。一方、日本だけがマイナス成長に陥った。その意味では2021年、日本は新型コロナウイルス蔓延の抑制においても経済成長においてもパフォーマンスは芳しくなかった。

図5 2021年国別名目GDPランキング

出所:IMFデータセットより作成。

 『中国都市総合発展指標2021』における「中国都市GDP2021」ランキングでは、上位から順に上海、北京、深圳、広州、重慶がトップ5を飾った。この5都市の経済規模は他都市を大きく引き離している。6位から10位の都市は、順に蘇州、成都、杭州、武漢、南京の5都市であった。トップ10の順位は2020年から変動はなかった。

 「中国都市GDP2021」ランキングトップ10都市は、中国全国GDPの23.2%を占め、同トップ30都市のシェアはさらに42.8%に達している。2021年にトップ30都市すべてがプラス成長を実現した。うち26都市が2桁台の成長だった。

図6 中国都市GDP2021ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

(2)2021年各国輸出額の比較

 世界経済の回復は、世界貿易に如実に現れる。2021年の世界輸出総額は、前年比26.3%もの大幅なプラス成長を実現した。

 図7が示すように、ドルベースでみた2021年の国別輸出額ランキングで、トップ10は、中国、アメリカ、ドイツ、オランダ、日本、香港、韓国、イタリア、フランス、ベルギーという順位になる。この順位は2020年から変動はない。同トップ10カ国・地域が世界輸出総額に占める割合は51.1%に達した。

 トップ10カ国・地域はすべて2桁台のプラス成長を実現しており、中でも中国の29.9%の成長が目立つ。その結果、第1位の中国と第6位の香港の合計が世界輸出総額に占めるシェアは18.1%に至った。

図7 2021年国別輸出額ランキング

出所:UNCTADデータセットより作成。

 『中国都市総合発展指標2021』で見た「中国都市輸出額2021」ランキングのトップ10都市は、深圳、上海、蘇州、東莞、寧波、広州、北京、金華、重慶、仏山となった。トップ30都市の輸出額はすべて成長を実現し、29位の温州を除く29都市が2桁台成長という快走ぶりだった。

 「中国都市輸出額2021」のトップ10都市が中国全体の輸出総額に占める割合は43.7%、さらにトップ30都市の割合は72.2%にも達した。

図8 中国都市輸出額2021ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

(3)2021年各国映画興行成績の比較

 2021年の世界映画市場は、地域差がさらに鮮明となった。2021年北米の映画興行は回復が鈍く5,100億円となった。一方、映画市場の回復が著しかった中国は、同8,600億円にも達し、北米を大きく引き放した。

 中国では、2021年の春節(旧正月)、映画興行収入が78.2億元(約1,564億円、1元=20円で計算)に達し、同期間の新記録を樹立した。これで、世界の単一市場での1日当たり映画興行収入、週末映画興行収入などでも記録を塗り替えた。2021年中国の映画観客動員数はプラス112.7%と極めて高い回復力を見せた。

 好調なマーケットに支えられ、2021年映画世界興行収入ランキングトップ10においても、中国映画の『長津湖(The Battle at Lake Changjin)』、『こんにちは、私のお母さん(你好、李煥英)』、『唐人街探偵 東京MISSION』がそれぞれ2位、3位、6位にランクインした。

図9 2021年世界映画興行収入ランキング

出所:BoxOfficeMojo.comデータセットより雲河都市研究院作成。

 『中国都市総合発展指標2021』で見た「中国都市映画館・劇場消費指数ランキング2021」のトップ10都市は、上海、北京、深圳、成都、広州、重慶、杭州、武漢、蘇州、長沙となっている。筆者のふるさと長沙が西安を抜いてトップ10入りを遂げた。同ランキングの上位11〜30都市は、西安、南京、鄭州、天津、東莞、仏山、寧波、合肥、無錫、青島、瀋陽、昆明、温州、南通、南昌、福州、済南、金華、南寧、長春となっている。

 市民生活を取り戻したおかげで、映画観客動員数において、同トップ30都市は、軒並み2〜3桁台の高い回復力を見せた。結果、全国で前年度より映画観客動員数が倍増した。

図10 中国都市映画館・劇場消費指数2021ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より。

 2021年、世界経済は新型コロナウイルスショックから回復を見せた。経済規模トップ10カ国の中で日本を除くすべての国が経済成長を実現させた。ゼロコロナ政策により国内で平穏な生活を取り戻した中国は、世界貿易の最大のエンジンとして世界経済を牽引した。中国で感染抑制及び経済成長の両面で、ゼロコロナ政策が功を奏した年となった。

3.2022年各国感染抑制パフォーマンスの比較


 2022年における各国感染抑制パフォーマンスを、本稿締切直前の8月末までのデータで比較する。

 2022年、人類の新型コロナウイルス感染症との闘いは3年目を迎えた。世界の新型コロナウイルス感染状況は、オミクロン株によって2021年末から発生した感染拡大の波が、年を超え引き続いている。図11が示すように、感染拡大は1月にピークアウトし、その後新規感染者数は大幅な減少傾向を見せている。しかし、データ上の新規感染者数減少は実態を反映してはいない。2022年に入ってから、欧米を中心に各国で相次ぎ新型コロナ感染者全数把握が実施されなくなった[1]。6月1日に発表されたWHOの報告は、世界の感染者数が見かけ上減少傾向にあることは、感染者把握数が減少したことに原因があると指摘している[2]。このような原因で2022年から、新型コロナウイルスの感染実態の分析は、非常に困難となった。残念ながら日本でも9月2日から新型コロナ感染者全数把握見直しが宮城、茨城、鳥取、佐賀の4県で始まった。

 新規感染者数が全数把握の見直しで見えづらくなったものの、2022年1月から8月末までの世界の感染者数の公表数だけで3.1億人にも上った。致死率は0.32%へと大幅に下回ったが、同時期死亡者数は101.4万人に達した。

図11 2022年世界新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移(8月末迄)

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 2022年、中国もオミクロン株の驚異的な感染力に曝されている。冬季北京オリンピックが閉幕した2月末頃までは、2021年と同様に感染状況が落ち着いていた。しかし、3月に入ってからは、香港等からの入境者によるオミクロン株の流入が始まった。その被害の激震地は、中国最大の経済都市・上海であった。

 非常に高い感染力を有し、潜伏期間が短いオミクロン株が上海に流入すると、またたく間に市中感染が広がった。世界有数の人口規模と人口密度を抱える上海では、感染者数が爆発的に増加した。上海市政府は、3月28日から6月1日までロックダウンを掛け、2カ月間以上にわたる厳しい行動制限を実施し、感染を封じ込んだ。

 上海以外の地域でも散発的に感染者が発生し、その都度局所的なロックダウン、あるいはそれに準ずる行動制限が、今現在も多くの都市で行われている。

 2022年1月から8月末迄、中国の新型コロナ感染者数は84.1万人に達し、死亡者数は0.1万人に及んだ。致死率は0.07%となっている。

図12 2022年中国新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移(8月末迄)

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 日本では2022年1月初旬からオミクロン株の襲来で、感染拡大の第6波が押し寄せた。日本政府は、緊急事態宣言を発出せず、強制力に欠けるまん延防止等重点措置[3]で対応した。

 まん延防止等重点措置の効果は定かではないが、2月初旬に感染拡大は一旦ピークアウトした。しかし政府が相次ぐ行動制限の緩和措置を打ち出す中、7月以降、日本では急激に感染者数が増加した。

 結果として、2022年1月から8月末までの感染者数は1,721.7万人にのぼり、8カ月間で前年比約11.5倍の感染者数が生じた。死亡者数も2.2万人と、前年の一年間にほぼ匹敵する数にまで達した。感染者数の母数が大きいこともあり、致死率は0.13%に下がった。岸田政権が行動制限緩和措置を進める中、日本での感染死亡者数をはじめとする人的被害は、昨年を大きく上回っている。

図13 日本新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移(2022年8月末迄)

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

4.新型コロナウイルス被害の地域差


 2022年8月末までに世界では新型コロナウイルス感染者数が累計6億人近くにのぼった。

 世界人口の約7.6%が感染し、649万人もの死亡者を出した。注目すべきは、このパンデミックの被害には、地域的に大きな差が見られることである。

(1)地域別の新型コロナウイルス感染者数比較

 図14が示すように、2022年8月迄に新型コロナウイルス感染者数をWHO管轄地域別で比較すると、ヨーロッパ地域が累計2.5億人と最も多く、次いで北米と南米から成るアメリカ地域が1.8億人と続く。つまり世界の全感染者数のうち、この2地域のシェアは70.6%にのぼった。

 中国、日本、韓国、オセアニアなどから成る西太平洋地域の感染者数は0.8億人で、膨大な人口にしては感染者数が比較的少なかった。これは中国がゼロコロナ政策を採ったことが大きく寄与している。

累計感染者数はさらに、インドと東南アジアから成る南東アジア地域は0.6億人、中東と地中海沿岸から成る東地中海地域は0.2億人、アフリカ地域は0.09億人と続く。アフリカ地域が極端に少ないことは、医療体制の不備で集計が徹底していない為と考えられる。

図14  WHO管轄地域別世界・累計感染者推計数推移(2022年8月末迄)

出所:WHOデータセットより作成。

(2)地域別の新型コロナウイルス死亡者数比較

 新型コロナウイルスによる死亡者数においても、地域差が明らかである。

 図15が示すように、2022年8月迄における新型コロナウイルス死亡者数をWHO管轄地域別で比較すると、アメリカ地域は282万人、ヨーロッパ地域は208万人と続く。また、死亡者数はヨーロッパ地域に比べ、アメリカ地域が高い。すなわち、致死率はアメリカ地域の方がより高い。両地域は世界の新型コロナウイルスによる死亡者数の75.4%を占めた。

同死亡者数は、南東アジア地域が80万人、東地中海地域が35万人、西太平洋地域が26万人、アフリカ地域が17万人と続く。

図15  WHO管轄地域別世界・累計死亡者推計数推移(2022年8月末迄

出所:WHOデータセットより作成。

(3)主要国の新型コロナウイルス感染被害比較

 表1は2020〜22年における主要国の新型コロナウイルス被害状況を表している。この表から各国の被害の違いが確認できる。

 まず認識すべきは現在、新型コロナウイルスの致死率は下がったものの、その被害状況はいまだ深刻であるということだ。2022年は8月迄で、世界の新型コロナウイルスによる死亡者数はすでに101万人を超えた。

 主要各国の3年間に及ぶ新型コロナウイルスによる被害状況は、大きく4つに類型できる。1つ目は、被害状況が世界平均を大きく上回るタイプであり、最も感染者および死亡者を出したアメリカがこれに当該する。アメリカは、2020年のパンデミック初年度から被害が群を抜いて高く、その傾向は3年間継続している。感染者数も死亡者数もその規模は他国と比較して一桁大きい。人口10万人当たり死亡者数で平準化してもその被害は甚大である。また、致死率こそ2020年、2021年は世界平均を下回ったものの、2022年前半は世界平均を超えた。

 2つ目は、被害状況が世界平均を上回るタイプで、これは欧州各国が該当する。欧州各国は、アメリカと比較すると被害は小さいものの、人口10万人当たり死亡者数は、2020年から2022年にかけて、すべての期間で世界平均を上回る。特に、2020年のパンデミック初年度は世界平均を大きく超えた。

 3つ目は、被害状況が世界平均を下回るタイプで、日本が該当する。日本は、致死率、人口10万人当たり死亡者数、いずれも世界平均を下回っている。

 4つ目は、被害状況が世界平均を大きく下回るタイプで、中国が該当する。中国は、致死率、人口10万人当たり死亡者数、いずれも世界平均を大きく下回っている。中国の人口規模を考えると、ゼロコロナ政策の感染抑制効果は非常に高いと言えよう。

表1 2020-22各年主要諸国新型コロナウイルス感染者数等比較

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 図16は、2022年8月末までの百万人当たり新型コロナウイルスによる累積感染者数および累積死亡者数を国別にプロットした。オミクロン株やBA4、BA5等の蔓延で、2021年末までの被害を表した図25と比べ、殆どの国・地域で感染者数と死亡者数が増加し、結果、全体的にポジションが右上方向に移動した。中国は、ポジションは右上方向に若干移動したものの、ゼロコロナ政策の堅持により被害が抑えられ、最も被害の少ない国としての位置は不動だった。

 2021年末までの状況と同様、アジア地域と欧米地域との被害の差が依然としてある。また、アジア地域の中でも、イスラエル、トルコ、イランといった欧州に近接する地域の被害状況は欧米に近い。行動規制緩和などに伴い東アジアの国・地域も被害が拡大し、欧米諸国のポジションに近づいた。

 国別で見ると、人口当たりの累積感染者数および累積死亡者数が多かったのは、依然としてベルギー、イギリス、イタリア、スペイン、アメリカ等欧米諸国である。 

 2022年8月末迄に世界で累積の感染者数および死亡者数が最も多かった国は、2020年そして2021年と同様、人口規模の大きいアメリカ、ブラジル、インドであった。

 目を引くのは、台湾の位置が右上に大きく移動したことである。これは、台湾政府が従来のゼロコロナからウイズコロナへと政策転換したことに起因する。台湾は、ゼロコロナ政策による感染拡大防止の優等生として世界的に大きく注目され、その取り組みは「台湾モデル」と称された。しかし、2022年3月末からオミクロン株による市中感染が爆発的に広がり、ゼロコロナ政策が破られた格好でウイズコロナ政策へ転換した。結果、大勢の感染者を出した。

 日本のポジションは、2021年末と比べ大きく右上に移動している。感染拡大の中で次々と行動制限緩和などの措置を重ねたことによるものが大きい。

図16 2022年8月末迄国別新型コロナウイルス累積感染者数及び累積死亡者数

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

5.中国がウイズコロナ政策で対応していたら?


 これまでの分析で、世界二大経済大国であるアメリカと中国における新型コロナウイルス被害の明暗がはっきりした。人的被害を最も出したアメリカと、被害を最小限に抑え込んだ中国、そこにはウイズコロナとゼロコロナの政策効果の違いが浮き彫りになる。 

 仮に中国がアメリカと同様に、ウイズコロナ政策をとっていたらどのような人的被害を生んだだろうか。本稿は、アメリカの2022年8月末迄の新型コロナウイルスによる被害状況を、そのまま中国に当てはめて試算した[4]。ウイズコロナ政策を採った場合、中国もアメリカと同じ被害に遭うと仮定した極めて簡易な計算である。中国の場合、医療条件には地域差が大きく、また中国とアメリカの医療条件を同等とみなすのは、いささか無理があるものの、ここでは敢えてアメリカと中国の医療条件が同等であると仮定した。人口密度の影響やワクチンの接種率などはここでは考慮しない。

 その結果、表2が示すように中国がウイズコロナ政策を採った場合、全人口の約28.1%の約3.9億人が感染し、同約0.3%の約438万人が死に至る陰惨たる被害が算出された。中国がゼロコロナ政策を選択したことによって、少なくともこのような甚大な被害を回避できたといえる[5]

表2 中国がウィズコロナ政策を選択していた場合の被害試算

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

6.ゼロコロナ政策・中国モデルの特徴と課題


 3年にわたる新型コロナウイルス禍の中で、ゼロコロナ政策を継続してきた国は、中国のみである。本稿では「中国モデル」とも言える中国のゼロコロナ政策の特徴と課題を以下のようにまとめた。

(1)感染症対策の法整備及びマニュアル化

 感染症蔓延に苦しんだ歴史を持つ中国には、感染症に対してある種の大陸的なロジック、あるいは危機感がある。そのためSARSの経験を活かし、ウイルスによるパンデミックに備え、感染症対策の法整備及びマニュアル化を進めた。これが、新型コロナウイルスに対抗する上で、極めて大きな役割を果たした。この点を最も評価すべきである。

(2)感染症対策優先のスピード感

 中国は、感染症対策の法整備及びマニュアル化があるおかげで、感染症対策を優先的且つスピーディに実行できた。ロックダウンなど行動規制による市民生活や経済活動への影響は大きかったものの、結果として市民生活を逸早く取り戻し、ウイズコロナ政策を採った国と比べ、経済パフォーマンスも良かった。

(3)妥協しないゼロコロナへの追及

 中国は、地域ごとに感染者ゼロ目標を徹底したことにより、新型コロナウイルス封じ込めに成功した。

(4)全国総動員医療体制

 武漢などロックダウンが施された地域には、全国から医療従事者が大量に送り込まれ医療体制が迅速に拡充されることで、医療崩壊を食い止め、多くの人命を救った。

(5)テクノロジーの積極的活用

 中国ではスマホアプリ等に代表されるようにITテクノロジーを積極的に活用した。こうした取り組みは、感染抑制に貢献しただけでなく、IT産業の活性化にも寄与した。

(6)漢方医学の積極的活用

 中国は新型コロナウイルスの予防と治療に漢方医学を積極的に活用した。西洋医学と異なるアプローチでの取り組みは大きな成果を上げただけでなく、漢方医学の重要性の再認識につながった。

(7)課題

 一方、中国の新型コロナウイルス対策においても多くの課題は残されている。例えば、無症状を含む感染者を素早く見つけて隔離する「動態清零(ダイナミック・ゼロ)」[6]と呼ばれる手法で、一旦感染者が出れば地域全員にPCR検査をかける。そのスクリーニングの頻度は高く、人々への負担が大きい。また、前述の分析で院内感染が武漢での感染爆発の大きな要因と指摘したように、大勢の人々を集めるスクリーニングは検査場における二次感染の懸念がある。さらに頻繁なPCR検査は地方財政を逼迫させた。

 また、ロックダウンエリアへの支援物資の供給にも問題がある。支援物資が居住地域まで届きながら、住民の自宅にまで効率よく届かない状況が、武漢、上海など至るところで発生した。

 さらに一部の地方ではロックダウンあるいはそれに近い行動制限措置を過剰に実施し、大きな混乱をもたらした。

 いずれにせよ、感染者が出た地域における高い緊張感が経済活動や市民生活に多大な負担をかけていることは言うまでもない。こうした負担を軽減させる工夫が求められる。

7.ゼロコロナ政策研究の真の価値とは


 武漢のロックダウンをはじめとする中国のゼロコロナ政策は、いわば「時間稼ぎ」政策である。それには2つの側面があり、ひとつは「自然に対する時間稼ぎ」、もうひとつは、「イノベーションに対する時間稼ぎ」である。

 多くのウイルスは、時間の経過とともに弱毒化する傾向がある。「自然に対する時間稼ぎ」は、新型コロナウイルスの弱毒化、消滅、あるいは人類との共存までの間に、被害を最小限にする時間稼ぎである。上記の分析で、中国のゼロコロナ政策が、新型コロナウイルスによる感染者や死亡者など人的被害を最小限に留めたことが明らかになった。未だ統計的な分析ができない段階にあるが、感染者数が抑えられたことで後遺症の問題も相対的に少ない。人的被害が抑えられたことが、大いに評価される。さらに、ウイズコロナ政策を採った他国に比べ、中国の経済パフォーマンスが良かったことにも注目すべきである。

 新型コロナウイルスパンデミックから真の安心安全な世界を取り戻すには、科学技術の力に頼ることが必要である。「イノベーションに対する時間稼ぎ」は、新型コロナウイルスの特効薬と有効かつ安全なワクチンの開発までの時間稼ぎである。新型コロナウイルス対策テクノロジーの進化については、mRNA型ワクチンが開発され、世界で普及しているものの、その有効性と安全性は理想的とは未だ言い難い。ワクチンの副作用に対する懸念も高い。また、特効薬については、開発が非常に遅れている。こうした状況下、テクノロジーの新しい方向性にも目を向けるべきである。例えば、漢方医学が中国での抗ウイルス対策で卓越した効き目をみせていることに、より注目する必要がある。また、筆者が推奨するオゾン活用に関しては、オゾンへの偏見を捨て積極的に取り入れることである。

 新型コロナウイルスのような人類史上重大な事態に遭遇した際には、従来の常識にとらわれず、全く新しいテクノロジーも併せて有効利用していくべきである。残念ながらその進展は極めて緩慢に見られる。

コロナ政策についても、これまで採られた措置への検証を怠らず、他国の経験と教訓からの学びが欠かせない。その意味では77日間で新型コロナウイルスを封じ込んだ「武漢の経験」や3年間に及ぶ中国のゼロコロナ政策についての検証には、大きな意義がある。

 SARS後、中国はその教訓から感染症対策に関する法整備やマニュアル化を進めてきた。それが新型コロナウイルス対策に大いに役立った。

 世界にとって、新型コロナウイルスに関する比較研究は、次なる感染症に備えるために極めて重要となろう。

8.追記


 本論文発表後の2022年12月7日、中国国務院は「新十条」を発表し、「動態清零(ダイナミック・ゼロ)」政策を打ち切った。同26日、中国国家衛生健康委員会は、2023年1月8日から新型コロナウイルス感染症を「乙類甲管」から「乙類乙管」に変更し、『中華人民共和国国境衛生検疫法』規定の感染症から外すとした。中国はゼロコロナ政策からウイズコロナ政策へと政策転換した。

 この突如の政策変更で、コロナウイルス感染が一気に広まった。パンデミックの3年間でコロナウイルスは、時間の経過とともに弱毒化する傾向があり、コロナウイルスの致死力は大分弱まったものの、爆発的な感染で医療崩壊現象が全土に広がった。

 なぜこのような状況が起こったのかについて、以下の理由が考えられる。

 初期の徹底したゼロコロナ政策と比べ、「動態清零」政策が莫大な費用を要したにもかかわらず、感染抑制に効果が上がらなかった。頻繁なPCR検査と過度の行動制限に人々も疲弊しきっていた。2021年12月9日、中国で初めてオミクロン株の感染者が確認された。オミクロン株の強い感染力も「動態清零」政策に大きな負担をかけた。

 国産ワクチンの有効性は期待された程ではなかった。中国は逸早く2020年12月15日から医療関係者などを中心に、国産の新型コロナウイルスワクチンを接種し始めた。2021年3月から、無料で18歳以上の全ての国民に接種を開始し、同6月からは3歳以上の児童にまで接種を拡大した。国産のワクチンにはいくつかの種類があったものの、結果的に見るといずれも効果はあまり上がらなかった。

 さらに問題なのは、ゼロコロナ政策で稼いだ3年間のうちに、ワクチン以外のB案を打ち出すことが出来なかったことだ。これがウイズコロナ政策へ移行した時の大きな被害につながった。(了)

(※論文前半はこちらから)


(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『比較研究:ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、315号、2022年。


[1] アメリカ政府は2022年1月14日、事実上「全数把握」を撤廃し、代わりに家庭用迅速検査キット無料配布開始を表明した。しかも検査キットで陽性が出た場合、感染の申告は不要で、病院等での検査で出た陽性者のみを把握するとした。イギリス政府は2022年2月21日、「イングランドにおける新型コロナウイルスとの共生計画(COVID-19 Response: Living with COVID-19)」を発表した(同計画について、詳しくは、https://www.gov.uk/government/publications/covid-19-response-living-with-covid-19を参照)。同計画は、2月24日から段階的に陽性者の隔離義務などを含む新型コロナウイルス関連の法的措置終了の方針を示し、全数把握の撤廃を明言した。同計画に従い、イギリスは2022年4月1日より一般向けの無料検査提供を終了し、全数把握を撤廃した。2022年に入って、欧州、北・南米、アフリカ、アジアの多数の国・地域が、新型コロナウイルスに関する規制緩和を相次ぎ表明、アメリカやイギリスと同様、本格的なウイズコロナ政策に移行している。

[2] WHO「Weekly epidemiological update on COVID-19 – Edition 91」(https://www.who.int/publications/m/item/weekly-epidemiological-update-on-covid-19—11-may-2022)(最終閲覧日:2022年9月6日)。

[3] まん延防止等重点措置とは、2021年2月13日に施行された新型コロナウイルス対策の改正特別措置法によって新設された措置である。緊急事態宣言は「都道府県単位」で適用される一方、まん延防止等重点措置は、「知事が指定する市区町村等の一部地域(区域は知事が指定でき、県内全域に出す事も可能)」となる。例えば、東京都において、緊急事態宣言は、都全域に適用されるが、まん延防止等重点措置では、「23区のみ」というように地域を限定した適用が可能。また、対象期間についても違いがあり、緊急事態宣言は、2年以内(計1年を超えない範囲で延長可能)を限度とするが、まん延防止等重点措置は、6カ月以内(何度でも延長可能)と対象期間が短い。さらに、緊急事態宣言では「休業要請・休業命令」が行えるが、まん延防止等重点措置では「休業要請・休業命令」を行えない。

[4] 2022年8月6日、日本華人教授会公開講座「徹底検証:中国のゼロコロナ政策」にて筆者が中国がウイズコロナ政策を採った場合の被害試算について公開。

[5] 2022年5月10日、米国の医学系学術誌であるNature Medicine(電子版)に公開された米中共同チームによる研究論文“Modeling transmission of SARS-CoV-2 Omicron in China”は、中国がゼロコロナ政策を解除した場合の影響を分析した。同論文はゼロコロナ政策を解除した場合、中国では6カ月間で有症状感染者数1億1,220万人、死亡者数160万人の大惨事になると予測した。詳しくは、(https://www.nature.com/articles/s41591-022-01855-7)(最終閲覧日:2022年9月6日)を参照。

[6] 2021年12月11日、中国国務院ニュースカンファレンスにおいて、中国国家衛生健康委員会の梁万年氏は初めて「動態清零」政策について紹介した。その後、同政策は中国全土に適用された。

【論文】周牧之:比較研究:ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策(Ⅰ)2020 ―感染抑制効果と経済成長の双方から検証―

A comparative study on zero-case policy and coexistence policy from perspectives of COVID-19 control and economic development

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 突如勃発した新型コロナパンデミックは人類社会に大きな災難をもたらした。各国はこのパンデミックにどう対応したのか?それぞれの政策の有効性について、周牧之東京経済大学教授がパンデミック初期から比較研究を行ってきた。本論文はコロナパンデミックの3年間における主要各国の政策を、ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策という軸で比較した。前半では、初期の2020年の各国のパフォーマンスについて、感染抑制効果と経済成長の双方から、詳細のデータで検証した。


始めに


 日本はいまなお新型コロナウイルス感染が猛威を振るっている。筆者が暮らす東京都での累積感染者数は本稿締切直前の2022年8月31日現在で約276万人[1]に及び、都の全人口約1,404万人[2]の約19.7%が新型コロナウイルスに罹患したことになる。さらに6月末から始まった第7波の新規感染者数は、新型コロナウイルスが流行して以来の東京都における感染者数の45.4%%を占めた。しかし、第7波の真最中、政府は敢えて行動規制の緩和を進めた。岸田文雄首相は8月27日、自らのコロナ療養中にも関わらず、「無症状者の外出容認」まで検討していることを認めた。無症状者も感染力を持つことを完全に無視している。

 岸田政権がウイズコロナ政策の色彩を強める中、ゼロコロナ政策を取る中国への批判的報道も数多い。これに対して本稿では、感染抑制と経済パフォーマンスの両面から中国のゼロコロナ政策の有効性について改めて検証を行い、新型コロナウイルス・パンデミックに見舞われた3年間に主要各国が採ったゼロコロナ政策とウイズコロナ政策を比較検証する[3]

1.2020年中国での新型コロナウイルス感染対策の経緯


 2019年末から世界は新型コロナウイルスの脅威に曝された。中国の状況を時系列に追っていくと、2019年12月31日に中国疾病預防控制中心(CCDC)が専門家を湖北省武漢市に派遣し、同市で起こった感染症に関する調査を始めた。2020年1月3日に中国政府は世界保健機構(WHO)に通報、1月20日に新型コロナウイルス感染症を『中華人民共和国伝染病防治法』[4]に適用した。

(1)ロックダウンが武漢から全土へ

 上記法律の適用により、1月23日に武漢市をロックダウン(都市封鎖)した[5]。WHOが「パンデミック」宣言を行ったのは武漢ロックダウンから48日後の3月11日であった。

 中国は武漢ロックダウン翌日の1月24日、湖北省全域に対して「緊急対応(Emergency response)レベル」1級を発令した。緊急対応レベルとは、『国家突発公共衛生事件応急預案』に基づく対応レベルであり、1級(4段階の最高レベル)とは、休業、休校を要請し、交通を遮断し、移動と接触を極力避ける措置である。「預案」とは日本語でマニュアルを意味する。つまり、1級対応で湖北省全域がロックダウンとなった。

 さらに、1月末までに、中国の31省・直轄市・自治区すべてが同1級対応となり、中国全土が実質上、ロックダウンされた。

(2)感染症対策における法整備およびマニュアル化

 中国の感染症対策における法整備は『中華人民共和国伝染病防治法』に基づいている。2002年〜2003年に起きた重症急性呼吸器症候群(SARS)の経験を踏まえ、2003年5月に中国政府は『突発公共衛生事件応急条例』を公布した。2006年1月8日には『国家突発公共事件総体応急預案』を公布した。これは、法律、条例、総体応急預案に基づき、公共衛生に関わる突発的な事態に対して整備されたマニュアルである。2007年8月には『中華人民共和国突発事件応対法』を公布し、上記の法律、条例、応急預案をさらに法的に体系化した。なお、「突発事件」とは、自然災害、 事故災難、公衆衛生事件及び社会の安全に関する事件を意味する。

 中国の新型コロナウイルス対策を議論する場合、感染症対策関連の法整備やマニュアル化がSARS以降体系的に整備されていたことに注目すべきである。こうした体制的な整備がなされていた故に迅速かつ徹底した対応が取れたと言えよう。

(3)「4月周レポート」

 武漢ロックダウン解除直後の4月20日、筆者は「新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?」と題したレポートの中国語版(以下「4月周レポート」と略称)を発表、世界に先駆けて武漢で何が起こり、どのような対策が取られたかについて検証した[6]。「4月周レポート」の英語版[7]。と日本語版[8]。も4月21日、5月12日に公表され、中国国務院新聞弁公室HP、チャイナ・デイリーなど多くの内外メディアに転載された。

4月周レポート(※画像をクリックすると当該記事に移動します)

 武漢市は、東京都と同様に約1,400万の人口を抱える大都市である。「4月周レポート」がまず注目したのは同市の医療資源の豊かさである。

 前述の『中国都市総合発展指標』は、多くの都市評価指標を有し、その中に都市医療能力を評価する「医療輻射力[9]。という指標がある。『中国都市総合発展指標2019』における医療輻射力で、武漢市は全国で第6位と高順位にある。

 海外から見ると武漢市は中国の一地方都市に映るかもしれないが、実際は、先進国の大都市と比較しても医療資源が豊富である。武漢の人口1千人当たりの医師数は4.9人で、東京都の同3.3人、ニューヨーク州の同4.6人より多い。また、人口1千人当たりの病床数でも、武漢市はニューヨーク州の5.1床よりも多く9.5床に達し、病床を多く抱える東京都の12.8床に迫る。つまり、武漢市は世界的に見ても極めて高水準の医療リソースを有する。

1 中国都市医療輻射力2019

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2019』より作成。

(4)武漢医療崩壊の三大原因

 「4月周レポート」は、医療資源の豊富な武漢市が、なぜ新型コロナウイルスでたちまち医療崩壊に陥ったのかに着目した。さらに、新型コロナウイルスによる医療崩壊の三大原因として、①医療現場がパニックに陥った、②院内感染による医療従事者の大幅減員、③病床不足という仮説を立て、その原因を検証した。

 仮説1「医療現場がパニックに陥った」については、感染拡大初期に感染を疑う人々がこぞって医療機関に駆け込み、医療現場が大混乱した経緯を指す。その結果、医療リソースを重症患者に振り向けられなくなり、致死率が上昇するオーバーシュートが発生した。さらに、大勢の人々の病院への駆け込みは院内感染という大災害へ発展していった。2020年における中国の新型コロナウイルス感染死亡者数の累計83.3%が武漢に集中していることから、初期の現場でのパニック被害の甚大さが伺える。

 仮説2「院内感染による医療従事者の大幅減員」は武漢だけでなく、その後世界中で発生した。国際看護師協会(ICN)は、2020年5月6日までに報告された30カ国のデータを元に、医療従事者の大幅減員についてレポートを公表した[10]

 同報告は、少なくとも9万人の医療従事者が新型コロナウイルスに感染したと公表した。個々の状況では、スペインでは5月5日までに、4万3956人(全感染者の18%)の医療従事者が感染した。イタリアでは、4月26日までに、1万9,942人の医療従事者が感染し、150人の医師と35人の看護師が亡くなった。日本では4月末までに、院内感染者は新型コロナウイルス感染者の1割近くにも達し、その中には多くの医療従事者が含まれていた。

 「4月周レポート」は、強力な感染力を持つ新型コロナウイルスは、医療従事者の安全を脅かし、医療能力を弱め、都市の医療システムを崩壊の危機に陥れていると警鐘を鳴らし、医療従事者の安全を如何に最優先に守って行くかが、新型コロナウイルス対策の肝心要であると強調した。

 仮説3「病床不足」については、新型コロナウイルス感染拡大後、マスク、防護服、消毒液、PCR検査薬、呼吸器、人工心肺装置(ECMO)などの医療リソースの枯渇状況が各国で発生し、特に深刻なのは病床の著しい不足であった。感染症用の病床は一般病床と違い、感染力の強いウイルスの拡散防止のため患者は隔離治療しなければならない。とりわけ、重症患者は集中治療室(ICU)での治療が不可欠だ。病床不足が武漢で致死率を高めた主因の一つとなった。

 実際、病床不足はその後各国が悩まされる大きな問題となった。

(5)即効性があった武漢対策

 「4月周レポート」は中国政府が武漢の状況を打開するために取り組んだ対策についても検証した。まず武漢の医療従事者大幅不足を解消するため、中国は全土から武漢へ救援医療従事者を迅速に派遣した。ロックダウン翌日に上海からの救援医療チームが到着した。全土から駆けつけた医療従事者の総数は4万2,000人にまで達した。

 この措置は、武漢の医療崩壊の食い止めに繋がった。しかし、医療従事者の大規模な動員は、日本をはじめ各国ではほとんど実施できなかった。実際、感染拡大地域に迅速かつ有効な救援活動を施せるか否かが、新型コロナウイルス制圧を占う一つの鍵になる。

 次に、病床不足への対策として中国が取り組んだのは、患者を重症者と軽症者とに分けることであった。これによって、医療リソースが重症者に中心的に振り向けられたのである。重軽症者分離収容措置は、後に他の国でも参照されている。

 さらなる取り組みは、ハイスピードで重症者向けと軽症者向けの仮設病院を建設することであった。こうした措置は、SARSの経験が活かされた。

 1月23日のロックダウン開始からたった10日という短期間で、重症者向け仮設病院が建設され、1000床を持つ「火神山病院」の使用が開始された。その3日後、二つ目の重症者向けの「雷神山病院」が稼働した。両病院で病床数は計2,600床に達し[11]、一気に重症患者の治療キャパシティが上がった。また、武漢は体育館などを16カ所の軽症者収容の「方舱病院」へと改装し、2月3日から順次患者を受け入れ、1万3,000床の抗菌抗ウイルスレベルの高い病床を素早く提供し、軽症患者の分離収容を実現させた[12]

 「4月周レポート」が検証した武漢モデルは、後の新型コロナウイルス対策には大きな参考意義を持つ。

(6)オゾン利用

 オゾン利用も、新型コロナウイルス感染対策として挙げられる。この対策には筆者も関わっている。筆者は、新型コロナウイルスの感染拡大初期、オゾンが新型コロナウイルス対策に有効ではないかと考え研究を始めた。武漢がロックダウンされて1カ月足らずの2020年2月18日、筆者は新型コロナウイルス対策としてオゾン利用を提唱するレポート(以下「2月周レポート」と略称)[13]を公表、英語版[14]と日本語版[15]も2月26日、3月19日に公表され、多くの内外メディアに転載された。

2月周レポート(※画像をクリックすると当該記事に移動します)

 「2月周レポート」は3つの仮説で構築される。仮説1は、「自然界の低濃度オゾンが、地球上の細菌やウイルスといった微生物の過度な繁殖と拡散を防いだファクターではないか」という内容である。仮説2は、「強い酸化力を持つオゾンこそが、真の“神の手”である」という内容である。例えば、インフルエンザは季節性があり、要因として主に温度や湿度が論じられてきたが、決定的な要因とは結論付けられていなかった。筆者は、オゾンこそが主要因との仮説を立てた。仮説3は、仮説1と仮説2の上に成り立ち、「自然界と同レベルの低濃度オゾンでも新型コロナウイルスに対して相当の不活性化力を持つ」という仮説である。

 「2月周レポート」はこの3つの仮説を持って、新型コロナウイルスを制圧するため低濃度のオゾンを広く有人空間で使用するよう提唱した。

 筆者の故郷である中国湖南省に本社を置く世界的空調メーカー「遠大科技集団」のオーナー張躍氏がこの説に賛同し、武漢の多くの病院にオゾン発生機能付き空気清浄機を寄付した。特に、武漢青山方艙病院、武漢楠姆方艙病院には、オゾン発生機能付き空気清浄機が大量に導入された。結果として、これら病院では、医療従事者に二次感染は発生しなかった。

 「2月周レポート」公表3カ月後の2020年5月14日には、公立大学法人奈良県立医科大学等研究グループより、世界で初めてオゾンガス曝露による新型コロナウイルスの不活化が確認された[16]。さらに「2月周レポート」公表半年後の同年8月26日には、学校法人藤田医科大学等研究グループより、低濃度(0.05 ppmまたは0.1ppm)のオゾンガスでも新型コロナウイルスに除染効果があるとの実験結果が公表された[17]。実験結果の報告により「2月周レポート」で出した3つ目の仮説「自然界と同じレベルの低濃度のオゾンであっても新型コロナウイルスに対して相当の不活性化力を持つ」について科学的に実証された[18]

(7)状況に即した行動制限レベルの調整

 中国政府は、状況に即して行動制限のレベルの調整を図った。甘粛省は、2020年2月21日に「公衆衛生上の緊急事態対応レベル」を3級に引き下げた。その後、各地域は状況に即して相次ぎ対応レベルの引き下げを行った。

 武漢ではゼロコロナ政策が徹底的に実行された。3月18日に新規感染者がゼロになった後もさらに14日間ロックダウンが継続された。4月8日の解除で、ロックダウン期間は最終的に77日間に及んだ。2020年武漢の感染者数は、51,042人、死亡者数は3,869人、致死率は7.6%に至った。

 6月13日には、中国全土のすべての地域が「公衆衛生上の緊急事態対応レベル」3級になった。中国は世界に先駆けて日常生活を取り戻すことに成功した。

 その後、感染事例が発生した地域には、再度、緊急事態対応レベルを引き上げる措置も行っている。例えば、2020年6月16日には、北京で感染クラスターが発生し、同市の「公衆衛生上の緊急事態対応レベル」を3級から2級に引き上げて対応、1カ月後の7月20日に3級に引き下げた。

図2 武漢ロックダウン期間における新規感染者数・死亡者数

出所:中国湖北省衛生健康委員会HPより作成。

(8)2020年中国各都市における新型コロナウイルス感染状況

 新型コロナウイルス感染抑制を優先する中国は、まず武漢を始めとするホットスポットを迅速に抑え込み、さらに全国にも強い行動制限をかけた。その後状況が沈静化した地域で制限を順次緩和した。再び感染事例が発生すると、同地域に行動制限をかけ、モグラ叩きのように感染を局所に封じ込めて全国への拡大を阻止してきた。

 こうした状況について、『中国都市総合発展指標2020』は、中国各都市の新型コロナウイルス新規感染者数(海外輸入感染症例と無症状例を除く)をモニタリングし、評価した。

 図3が示すように、2020年に最も新型コロナウイルス感染者数が多かった10都市は、武漢とその周辺に集中した。同10都市は、武漢、孝感、黄岡、荊州、鄂州、随州、襄陽、黄石、宜昌、荊門で、すべて湖北省の都市であった。

 最も感染者数が多かった11位から30位都市の中には、中国GDP規模トップ10都市である上海、北京、深圳、広州、成都、重慶、杭州のほか、ハルビン、長沙、南昌、合肥、ウルムチ、寧波、温州などの省都や地域経済の中心都市[19]が含まれた。経済や社会活動の中心都市は感染度合いが比較的高かった。

 2020年の新規感染者数は、武漢市1都市に中国の62.8%、最も多かった10都市が中国の80.8%、同30都市が中国の90.1%を占めた。また、中国全土新規感染者数の82.5%が、湖北省全12都市に集中した。これらの数字は、中国が迅速なロックダウン措置とゼロコロナ政策で流行を逸早く収束させ、湖北省以外の都市で爆発的な感染拡大が起きなかったことを示している。結果、湖北省以外の都市では、局地的に感染者が時折出るものの感染爆発はなく、生産活動や市民生活は早期に回復している。

図3 中国都市新規感染者数2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。

2.2020年各国感染抑制パフォーマンスの比較


(1)ロックダウン政策に関する先行研究

 ロックダウン措置に対して、2020年3月16日に発表された理論疫病学者ニール・ファーガソン英国インペリアル・カレッジ・ロンドン教授等のレポート『Report 9』[20]が大きな話題を呼んだ。

 同レポートは、イギリスで何も対策を講じない場合、4カ月で人口の約8割が感染し、51万人の死者が出ると予測した。また、対策として、ロックダウンを実施した場合は、死者は2万人まで抑え込むことが可能と分析した。ファーガソン教授は、下院科学技術委員会で、ある程度の感染を許しながら経済と医療のバランスを保てるか、については否定的で、長期のロックダウン以外の選択肢はないと明言した。レポート発表1週間後の3月23日、イギリス政府は事実上の外出禁止令、すなわち、ロックダウン政策に踏み切った。

 また、同レポートはアメリカについても最大220万人の死者が出ると予測した。トランプ政権は同レポートの影響を受け、連邦政府により国民に社会距離を保つためのガイドラインを4月30日まで延長した。

 世界各地域で2020年1月末〜3月にかけて多くの国が次々と非常事態を宣言し、ロックダウン措置が実施されていった。

 ロックダウン政策の効果について、経済学者ソロモン・ハシアン米カリフォルニア大学教授等のレポートがある[21]。このレポートは、中国、韓国、イタリア、イラン、フランスそして米国の6カ国で実施されたウイルス封じ込め政策の効果を分析し、(1)旅行制限、(2)イベント・教育・商業・宗教行事の停止、(3)隔離とロックダウン、(4)緊急事態宣言等の封じ込め政策で、2020年1月〜4月6日の3カ月弱で、6カ国だけでも億単位の人のCOVID-19感染を防いだと試算した。

 しかし、ロックダウンなどの厳しい行動制限政策の有効性が明確であったにも関わらず、社会経済にかけるストレスの大きさから反発も大きく、多くの国ではこうした政策は途中で緩めざるを得なかった。

11月周レポート(※画像をクリックすると当該記事に移動します)

(2)ウイズコロナ政策に関する先行研究

 欧米の対コロナ政策に影響を与えた研究として、ドイツのIFO経済研究所とヘルムホルツ感染研究センターが公表したレポートがある[22]。同レポートは、前述した2つの研究とは真逆の方向性を示している。同レポートでは、経済と感染拡大制御との両立を論じた。実効再生産数Rt(1人の感染者から何人に感染が広がるかを示す数値)を0.75に抑えれば、経済への影響を最小限に留めながら感染を早期に終息できると結論づけた。

 これは、いわゆるウイズコロナ政策の提唱である。しかし、感染力が極めて強い新型コロナウイルスに対してどうRtを0.75に抑え、維持するのか、具体的な施策にまで論じていない。同レポートが提唱した黄金のバランスの実現の保障がないまま、欧米諸国では、同レポートのような学術的な「お墨付き」を得た形で、感染拡大の再来という禍根を残しながら、ウイズコロナへと政策を切り替えた。

 その結果、ウイズコロナ政策を取った諸国は、ロックダウン措置を繰り返しながら感染拡大状況に喘ぐこととなった。

(3)ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策の比較研究

 筆者は、2020年11月11日に『ゼロ・COVID-19感染者政策 Vs. ウイズ・COVID-19政策』というレポートの中国語版(以下「11月周レポート」と略称)を公表し、ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策を取った国の比較分析を行った[23]。このレポートは、後に日本語版が11月13日に[24]、英語版が12月3日に公表され[25]、多くの内外メディアに転載された。

 「11月周レポート」最大の特徴は、感染抑制効果と経済成長の双方から検証し、ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策における国際比較研究を行ったことである[26]。本稿では、「11月周レポート」の延長線で、2020年、2021年そして2022年の各年における中国と日本をはじめ各国コロナ政策のパフォーマンスを比較する。

 2020年世界で新型コロナウイルス累計感染者数は約8,375万人、累計死亡者数は約188万人に及んだ。致死率は約2.2%であった。まさに致死率の高いパンデミックである。

図4 2020年世界新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 2020年中国の新型コロナウイルス累計感染者数は87,071人、累計死亡者数は4,634人に及んだ。致死率は約5.3%であった。武漢で初期に大勢の死亡者を出したことが致死率の高さにつながった。幸い、中国は、ロックダウンにより感染者数を抑え込むことに成功した。

図5 2020年中国新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移

出所:中国国家衛生健康委員会HPなどにより作成。

 2020年、日本では緊急事態宣言が4月7日から5月25日の合計49日間発出され、初期の感染拡大は抑え込んだ。しかし、新規感染者がゼロにならないうちに宣言を解除してしまった。同年後半には「Go Toトラベル」キャンペーンに代表される人流の活性化を促す施策が講じられ、新型コロナウイルスの感染再拡大につながった。結果、2020年日本での累積感染者数は約24万人、累積感染死亡者数は約0.35万人に及んだ。保健所による入院整理で医療崩壊を辛うじて防いだ。致死率は1.5%と世界平均を下回った。

図6 2020年日本新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移

出所:厚生労働省HP『新型コロナウイルス感染症について・陽性者データセット』、NHK『特設サイト新型コロナウイルス・日本国内の死亡者数』などにより作成。

 表1は、2020年末までの国・地域別および都市別における累積感染者数、累積死亡者数、致死率、人口10万人当たり累積死亡者数を比較した。ゼロコロナ政策を取った中国では、2020年累積感染者数および累積死亡者数は低く抑えられ、人口10万人当たり累積死亡者数も欧米各国と比較して非常に少なかった。

 一方、欧米諸国はロックダウン措置を講じたものの、ゼロコロナには拘らなかった。その結果、非常に大勢のコロナ犠牲者を出し、致死率も高かった。日本は、欧米各国と同じくゼロコロナには拘らなかったものの被害は相対的に抑えられた。

 都市別にみると、東京都とニューヨーク州に比べ、武漢の致死率の高さは際立った。新型コロナウイルス感染拡大初期の被害に見舞われた武漢の混乱状況が、そのまま致死率に表れた。また、世界で最も累積感染者数および累積死亡者数が多かったアメリカで、特に被害が大きかったニューヨーク州は、致死率がアメリカ平均の2倍以上にも上った。武漢とニューヨークに比べ、東京都は医療崩壊を懸命に食い止めた結果、致死率を1%に抑え込んだ。

表1 2020年中国、日本、欧米主要諸国新型コロナウイルス被害比較

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』、 Our World in Dataデータセットより作成。

 図7は、人口で平準化した各国の新型コロナウイルス被害状況を示したグラフである。2020年末まで百万人当たりの新型コロナウイルス累積感染者数および累積死亡者数を国別にプロットし、各国の新型コロナウイルスによる被害を表している。同図では、2020年名目GDP規模の上位30カ国・地域に二重丸をつけ、色分けして地域区分している。グラフの右上に位置する程、人口当たりの感染者数が多く、死亡者数が多い。

 同図から分かるように2020年、欧米地域はアジア地域と比べて新型コロナウイルス被害が突出している。同図が対数ベースのグラフであることからすれば、その差は甚大である。

 国別で、人口当たりの感染者数および死亡者数が多かったのは、ベルギー、イギリス、イタリア、スペイン、アメリカ等欧米諸国であった。

 2020年末迄の累積の感染者数および死亡者数で最も被害が大きかった国は、人口規模の大きいアメリカ、ブラジル、インドであった。

 一方、名目GDP規模の上位30カ国・地域の中で、新型コロナウイルス被害が最も小さかったのは上位から順に台湾、タイ、中国であった。

 2020年アジア地域では、中国だけでなく台湾、韓国などもゼロコロナ政策を取った。こうした政策が、欧米諸国との被害差を生んだ大きな理由と考えられる。とくに感染蔓延初期で甚大な被害を出した中国が、人口大国でありながらここまで新型コロナウイルスの被害を食い止めたのはゼロコロナ政策が奏功した故である。

図7  国別百万人当たりの累積感染者数及び累積死亡者数
(2020年末まで)

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

3.2020年各国経済パフォーマンスの比較


 新型コロナウイルス対策における政策評価には、感染症抑制効果だけではなく、経済へのショックをどれだけ食い止められたかについての評価も必要である。本稿は、「11月周レポート」が感染抑制効果と経済成長の双方から検証したスタンスを引き継ぎ、中国と主要国との経済パフォーマンスを年次ごとに検証する。

(1)2020年各国名目GDPの比較[27]

 新型コロナウイルスパンデミックは、世界経済に大きく影を落とした。2020年の世界経済の成長率は2018年の6.3%、2019年の1.6%から、一気に-2.6%とマイナス成長に転じた。

 図8が示すように、2020年国別名目GDPランキングトップ10は、アメリカ、中国、日本、ドイツ、イギリス、インド、フランス、イタリア、カナダ、韓国と続く。世界名目GDPの67.7%を占めるこれら10カ国が、中国を除き、軒並みマイナス成長に陥った。逆風の中で中国が3.6 %の成長率を実現したのは、ゼロコロナ政策によるものが大きい。

図8 2020年国別名目GDPランキング

出所:IMFデータセットより作成。

 『中国都市総合発展指標2020』で見た「中国都市GDP2020」ランキングでは、上から順に上海、北京、深圳、広州、重慶がトップ5を飾った。この5都市の経済規模は他都市を大きく引き離している。6位から10位は、順に蘇州、成都、杭州、武漢、南京の5都市であった。新型コロナウイルス蔓延で激震した武漢は9位にランクインした。

 「中国都市GDP2020」ランキングにおけるトップ10都市は、中国全国GDPの23.3%を占め、同トップ30都市のシェアはさらに43%に達している。ゼロコロナ政策で逸早く日常生活を取り戻したお蔭で、トップ30都市のうち武漢だけが-4.7%のマイナス成長であったが、他の都市はすべてプラス成長を実現した。中国経済の上位都市への集中が鮮明になると同時に、中国主要都市の強靭さが中国経済成長を支えている。

図9 中国都市GDP2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。

(2)2020年各国輸出額の比較[28]

 新型コロナパンデミックは、世界貿易にも大きな影響を及ぼした。2020年の世界の輸出総額は、前年比-7.2%もの大幅なマイナス成長に陥った。

 コロナ禍によるロックダウンや米中貿易摩擦の激化で、中国の輸出産業も大きな打撃を被った。中国の輸出産業は、2020年前半には輸出額が落ち込んだが、後半には力強い回復を見せた。その結果、中国の輸出総額はドルベースで前年比3.6%増を実現した。

 図10が示すように、2020年における世界の輸出額をドルベースで国別にみると、上位10カ国・地域は、中国、アメリカ、ドイツ、オランダ、日本、香港、韓国、イタリア、フランス、ベルギーの順になる。これらトップ10カ国・地域の世界輸出総額に占める割合は52.1%にのぼる。2020年トップ10カ国・地域のうち、輸出がプラス成長できたのは、中国と香港のみであった。これは、中国におけるグローバルサプライチェーン型産業集積の強靭さとゼロコロナ政策の成功を象徴している。ちなみに第1位の中国と第6位の香港の合計が、世界輸出総額の17.8%のシェアを占め、アメリカの2.2倍の規模にも相当する。

図10 2020年国別輸出額ランキング

出所:UNCTADデータセットより作成。

 『中国都市総合発展指標2020』で見た「中国都市製造業輻射力2020」ランキングのトップ10都市は、上から順に深圳、蘇州、東莞、上海、寧波、仏山、成都、広州、無錫、杭州となった。輻射力とは都市の広域影響力の評価指標である。製造業輻射力は都市における工業製品の移出と輸出そして、製造業の従業者数を評価した。同10都市のうち、蘇州、東莞、無錫の3都市の輸出額が若干マイナス成長だったのに対して、他の都市は輸出増を実現した。コロナショックの中で、これら製造業スーパーシティの輸出力の強靭さが際立った。

 「中国都市製造業輻射力2020」のトップ10都市が中国全体の輸出総額に占める割合は44.2%、さらにトップ30都市の割合は71.7%にも達している。中国の輸出産業はこれら製造業スーパーシティに高度に集中している。

図11 中国都市製造業輻射力2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。

(3)2020年各国コンテナ輸送の比較[29]

 新型コロナウイルス・パンデミックで海運は世界的に大きな混乱を生じ、現在に至ってなお収まってはいない。その影響で2020年世界のコンテナ取扱量は-1.2%減であった。これに対して、中国はゼロコロナ政策が奏功し、社会活動がいち早く正常に戻ったことでコンテナ取扱量も1.2%のプラス成長を実現させた。

 図12が示すように、2020年の国別港湾コンテナ取扱量ランキングで見ると中国は圧倒的な第1位である。同2位から10位までは順に、アメリカ、シンガポール、韓国、マレーシア、日本、アラブ首長国連邦、トルコ、ドイツ、香港と続いた。

 これら10カ国・地域の港湾コンテナ取扱量は世界に占めるシェアが59.8%に達した。とりわけ中国は、世界港湾コンテナ取扱量におけるシェアが30.1%に達し、群を抜いている。第1位の中国と10位の香港を合わせたコンテナ取扱量は、香港を除いた2位から12位の10カ国合計を上回り、世界シェアは32.3%に達する。この数字は中国がグローバルサプライチェーンの中核的な存在である実態を捉えている。

図12 2020年国別港湾コンテナ取扱量ランキング

出所:UNCTADデータセットより作成。

   『中国都市総合発展指標2020』で見た「中国都市港湾コンテナ取扱量2020」ランキングのトップ10都市は、上から順に上海、寧波、深圳、広州、青島、天津、廈門、蘇州、営口、大連となり、第1位の上海の突出ぶりが著しい。

 2020年には、上記トップ10都市で唯一、大連のコンテナ取扱量がマイナス成長に陥った。新型コロナウイルス禍にあっても、中国の大多数の港湾都市がコンテナ取扱量のプラス成長を実現させた背景には、製造業輸出力の強靭さがある。

 図13が示すように、「中国都市港湾コンテナ取扱量2020」のトップ10都市が中国全体の港湾コンテナ取扱量に占める割合は70.8%、同トップ30都市の割合は92.6%にも達している。中国のコンテナ輸送が特定の港湾都市に高度に集中している実態が浮き彫りになった。

図13 中国都市港湾コンテナ取扱量2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。

(4)2020年各国映画興行成績の比較[30]

 新型コロナウイルスパンデミックで最も打撃を受けた分野の1つは映画興行であった。中国では、2020年の映画興行収入が前年比68.2%も急落した。だが幸いなことに、中国では新型コロナウイルスの蔓延を迅速に制圧したことで、映画市場は急速に回復した。

 一方、これまで世界最大の興行収入を誇ってきた北米(米国+カナダ)は、新型コロナウイルスの流行を効果的に抑えることができず、2020年には映画興行収入が前年比80.7%も急減した。その結果、中国の映画市場が、映画興行収入で世界トップに躍り出た。

 2020年は、中国映画の躍進が非常に目を引く年であった。「Box Office Mojo」[31]によると、2020年の世界興行ランキングで中国映画『八佰(The Eight Hundred)』が首位を獲得した。また、同ランキングのトップ10には、第4位にチャン・イーモウ監督の新作『我和我的家郷(My People, My Homeland)』、第8位に中国アニメ映画『姜子牙(Legend of Deification)』、第9位にヒューマンドラマ『送你一朶小紅花(A Little Red Flower)』の中国4作品がランクインした。また、歴史大作『金剛川(JingangChuan)』も第14位と好成績を収めた。中国映画市場の力強い回復により、多くの中国映画が世界の興行収入ランキングの上位にランクインした。

図14 2020年映画世界興行収入ランキング

出所:BoxOfficeMojo.comデータセットより作成。

 『中国都市総合発展指標2020』で見た「中国都市映画館・劇場消費指数2020」ランキングのトップ10都市は、上海、北京、深圳、広州、成都、重慶、杭州、武漢、蘇州、西安となっている。これら中国で最も映画興行収入が多かった都市は、9位の蘇州を除き、すべて直轄市、省都、計画単列市からなる中心都市である。同ランキングの第11位から第30位の都市は、鄭州、南京、長沙、東莞、天津、仏山、寧波、合肥、無錫、瀋陽、昆明、青島、温州、南通、南昌、長春、石家荘、ハルビン、済南、南寧で、ほとんどが中心都市である。中国の映画興行は若者が集まる中心都市や製造業スーパーシティに集中している。

 映画館・劇場興行収入について、「中国都市映画館・劇場消費指数2020」ランキングのトップ10都市が全国に占める割合は32.1%、トップ30都市は53.9%を占めている。上位10都市に興行収入数の3分の1が集中し、上位30都市に半分以上が集中している。

 注目すべきは、中国では新型コロナウイルスパンデミック下も、スクリーン数や映画館数が減るどころか増えていたことである。2019年10月から2021年5月にかけて、全国297都市のうち203都市で映画館の数が増加、この間、映画館は中国全土で826館も純増した。

図15 中国都市映画館・劇場消費指数2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。

(5)2020年中国IT産業の成長[32]

 IT産業は21世紀のリーディング産業である。世界経済を牽引しグローバリゼーションや社会の変革を推し進めている。2020年末の企業世界時価総額トップ10ランキングはまさにこれを反映している。同トップ10に、ネットビジネスをベースにしたIT企業は、アップル、マイクロソフト、アマゾン、グーグル、フェイスブックといったアメリカのGAFAM5社と、中国のテンセントとアリババで、7社も含まれている。

図16  2020年末企業世界時価総額ランキング トップ10

出所: value.todayデータセット、各社WEBサイトより作成。

 2020年は、中国のIT業界にとって大発展の年であった。デジタル感染症対策、在宅勤務、オンライン授業、遠隔医療、オンライン会議、オンラインショッピングなどが当たり前になり、新型コロナウイルス禍で産業や生活のあらゆる分野のデジタル化が一気に進んだ。

 『中国都市総合発展指標2020』で見た「中国都市IT産業輻射力2020」ランキングのトップ10都市は、北京、上海に、テンセントの本社所在地である深圳、アリババの本社所在地である杭州が続き、広州、成都、南京、重慶、福州、武漢が後を追う。IT産業輻射力は都市におけるIT企業の集積や上場状況、従業者数を評価した。これら中国のIT産業スーパーシティは、すべて直轄市、省都、計画単列市からなる中心都市である。同ランキングの上位11〜30都市もほとんどが中心都市である。

 「中国都市IT産業輻射力2020」ランキングを分析することで、特定都市におけるIT産業の凄まじい集中度がわかる。IT産業従業者数で、「中国都市IT産業輻射力2020」ランキングのトップ5都市が全国に占める割合は41.9%、トップ10都市は58.3%、トップ30都市は76.4%をも占める。

図17 中国都市IT産業輻射力2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。

(5)2020年各国別自動車産業の比較[33]

 新型コロナウイルスパンデミックにより、世界の自動車産業も大きな打撃を受けた。2020年の世界自動車生産台数は前年比-15.8%の約7,762万台にまで大幅に落ち込んだ。

 図18が示すように、世界自動車生産台数ランキングトップ10の国は2020年、すべてマイナス成長に陥った。但、他9カ国が二桁のマイナス成長だったのに対して、中国は−1.9%に留まった。

 現在、世界の自動車産業における中国の存在は大きい。2020年国別自動車生産台数ランキングをみると、中国の生産台数は2,523万台に及び、圧倒的なトップを飾った。中国の生産台数は、世界の約約32.5%に当たり、2位アメリカの約約2.9倍の規模である。これは、2〜5位のアメリカ、日本、インド、韓国の合計よりも多い。

図18 2020年国別自動車生産台数ランキング

出所:国際自動車工業連合会(OICA)データセットより作成。
注:インドは一部メーカーの生産台数が含まれていない。ドイツは乗用車・小型商用車のみ。

 『中国都市総合発展指標2020』で見た「中国都市自動車産業輻射力2020」ランキングトップ10都市は、上海、長春、重慶、広州、武漢、蘇州、北京、十堰、天津、襄陽となった。特に、トップ3都市の上海、長春、重慶の輻射力は抜きん出ている。同ランキング上位11〜30都市は、瀋陽、柳州、無錫、成都、南京、蕪湖、寧波、南昌、常州、杭州、揚州、長沙、深圳、済南、温州、西安、青島、仏山、合肥、鎮江である。これら都市には中国の自動車メーカの本社機能や主要工場が立地している。

 「自動車産業輻射力」は都市における自動車産業の従業員・企業集積状況や企業資本・競争力を評価した[34]。同ランキングの分析で、自動車産業における特定都市への集中集約が浮かび上がる。

 図19が示すように、自動車産業従業者数において、「中国都市自動車産業輻射力2020」ランキングトップ10都市が全国に占める割合は39.5%、トップ30都市は70.6%を占める。

 自動車産業営業収入で、同ランキングのトップ10都市が全国に占める割合は51.3%、トップ30都市は81.1%を占める。従業者数と比較して営業収入の集中度が高いことは、ランキングトップの都市に収益力の高い企業が多く集積していることを裏付ける。

図19 中国都市自動車産業輻射力2020 トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。

(7)2020年各国鉄鋼産業の比較[35]

 世界の鉄鋼産業も新型コロナウイルスパンデミックの影響を受けている。世界粗鋼生産量成長率は、2018年が5.3%、2019年が2.7%だったことに対して、2020年は0.3%にまで減速した。図20が示すように、2020年国別粗鋼生産量ランキングトップ10の国の中で、第1位の中国が7%の成長を維持した。これに対して、第2位のインド、第3位の日本、第4位のアメリカ、第5位のロシア、第6位の韓国、第8位のドイツ、第9位のブラジルがマイナス成長となり、なかでもインド、日本、アメリカ、ドイツは二桁の落ち込みであった。

 世界の鉄鋼生産における中国の存在は圧倒的である。中国の粗鋼生産量はいまや10.3億トンにも達している。これは、世界粗鋼生産量の約52.9%に当たり、2〜30位の国・地域の合計値の約1.2倍に達している。かつて「鉄は国家なり」という格言があり、鉄鋼産業が国力を表した。時代は変われども中国の圧倒的な粗鋼生産量は、現在の中国における経済規模とその活力を如実に表している。

図20 2020年国別粗鋼生産量ランキング

出所:世界鉄鋼協会(WSA)データセットより作成。

 図21より、『中国都市総合発展指標2020』で見た「中国都市鉄鋼産業輻射力2020」ランキングのトップ10都市は、唐山、邯鄲、天津、蘇州、無錫、済南、常州、本渓、包頭、武漢となった。特に、トップの唐山の輻射力は抜きん出ている。同ランキングの上位11〜30都市は、太原、馬鞍山、安陽、上海、中衛、嘉峪関、攀枝花、日照、新余、営口、ウルムチ、石家荘、南京、運城、廊坊、柳州、玉溪、許昌、漳州、仏山である。これらの都市には中国主要鉄鋼メーカの本社や主力工場が立地している。

 「鉄鋼産業輻射力」は都市における同産業の従業員・企業集積状況や企業資本・競争力を評価したものである[36]。同ランキングを分析することで、鉄鋼産業における特定都市への集中集約が浮かび上がる。

 鉄鋼産業従業者数において、「中国都市鉄鋼産業輻射力2020」ランキングのトップ10都市が全国に占める割合は34.3%、トップ30都市は58.4%に達している。

 また、鉄鋼産業営業収入において、同ランキングのトップ10都市が全国に占める割合は38.1%、トップ30都市は63.5%に達している。

 従業者数と比べ、営業収入におけるトップ都市の集中度がさらに高いことが、トップの都市に収益力の高い大企業が多く集積していることを窺わせる。

図21 中国都市鉄鋼産業輻射力2020 トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。

 新型コロナウイルスパンデミックによって2020年は世界経済にとって大変ショッキングな年となった。主要国の中で中国は、GDP及び輸出で唯一成長を実現させた。他の主要国が深刻なマイナス成長に陥った中、中国は世界経済を力強く支えた。最も早く新型コロナウイルスに叩かれた中国がこれ程の経済パフォーマンスを見せたことは、ゼロコロナ政策によるところが大きい。この事実は、ゼロコロナ政策と経済成長とを対立的にとらえる考え方を根底から覆す。(続)

(※論文後半はこちらから)


(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『比較研究:ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、315号、2022年。


[1] YAHOO! JAPAN「東京都新型コロナ関連情報」2022年8月31日(https://news.yahoo.co.jp/pages/article/covid19tokyo)(最終閲覧日:2022年9月1日)より計算。

[2] 東京都HP「東京都の人口(推計)」(https://www.toukei.metro.tokyo.lg.jp/jsuikei/js-index.htm)(最終閲覧日:2022年9月12日)による。

[3] 本稿で中国の分析は、データシステム『中国都市総合発展指標』を活用する。同指標は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、内外で発表してきた同指標は、環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。評価対象は、中国297地級市以上都市(日本の都道府県に相当)全てをカバーし、評価基礎データは882個に及ぶ。『中国都市総合発展指標』は2016年以来毎年、中国都市ランキングを内外で発表してきた。同指標は環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。同指標の構造は、各大項目の下に3つの中項目があり、各中項目の下に3つの小項目を設けた「3×3×3構造」で、各小項目は複数の指標で構成される。これらの指標は、合計882の基礎データから成り、内訳は31%が統計データ、35%が衛星リモートセンシングデータ、34%がインターネットビッグデータである。その意味で、同指標は、異分野のデータ資源を活用し、「五感」で都市を高度に知覚・判断できる先進的なマルチモーダル指標システムである。現在、中国語(『中国城市総合発展指標』人民出版社)、日本語(『中国都市ランキング』NTT出版)、英語版(『China Integrated City Index』Pace University Press)が書籍として出版されている。『中国都市総合発展指標』について詳しくは、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―大都市圏発展戦略』、NTT出版、2020年10月10日を参照。

[4] 『中華人民共和国伝染病防治法』は、1989年2月21日に制定された後、SARSが大流行した翌年の2004年12月1日に改定された。詳しくは、中国中央人民政府HP(http://www.gov.cn/banshi/2005-05/25/content_971.htm)(最終閲覧日:2022年9月6日)を参照。

[5] 中国交通運輸部(省)『交通运输部关于做好进出武汉交通运输工具管控全力做好疫情防控工作的紧急通知』、2020年1月23日を参照。

[6] 周牧之「新冠疫情冲击全球化:强大的大都市医疗能力为何如此脆弱?」、中国網(China.com.cn)、2020年4月20日(http://www.china.com.cn/opinion/think/2020-04/17/content_75944655.htm)(最終閲覧日:2022年9月6日)。

[7] Zhou Muzhi, “COVID-19: Why is the medical system in metropolises so vulnerable?” In China.org.cn, 21 April 2020(http://www.china.org.cn/opinion/2020-04/21/content_75957964.htm?from=singlemessage&isappinstalled=0)(最終閲覧日:2022年9月6日)。

[8] 周牧之「新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?」、In Japanese.China.org.cn、2020年5月12日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2020-05/12/content_76035553.htm)(最終閲覧日:2022年9月6日)。

[9] 『中国都市総合発展指標』で使用する「輻射力」とは広域影響力の評価指標であり、都市のある業種の周辺へのサービス移出・移入量を、当該業種従業者数と全国の当該業種従業者数の関係、および当該業種に関連する主なデータを用いて複合的に計算した指標である。

[10] レポートの詳しくはICNのHP(https://www.icn.ch/news/new-icn-report-shows-governments-are-failing-prioritize-nurses-number-confirmed-covid-19-nurse)(最終閲覧日:2022年9月6日)を参照。

[11] 重症患者専門病院が武漢で迅速に建設され、火神山病院(1,000床)で2月3日に、雷神山病院(1,600床)で2月8日に使用開始。

[12] 武漢は体育館を16カ所の軽症者収容病院へと改装し、素早く1.3万床の抗菌抗ウイルスレベルの高い病床を提供し、軽症患者の分離収容を実現した。この病院は「方艙(方舟)病院」と呼ばれた。

[13] 周牧之《这个“神器”能绝杀新冠病毒》中国網(China.com.cn),2020年2月18日(http://opinion.china.com.cn/opinion_84_217684.html)(最終閲覧日:2022年9月6日)。

[14] 「2月周レポート」の英語版:Zhou Muzhi, “Ozone: a powerful weapon to combat COVID-19 outbreak” In China.org.cn, 26 February 2020(http://www.china.org.cn/opinion/2020-02/26/content_75747237.htm)(最終閲覧日:2022年9月6日)。

[15] 「2月周レポート」の日本語版:周牧之「オゾンパワーで新型コロナウイルス撲滅を」、In Japanese.China.org.cn、2020年3月19日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2020-03/19/content_75834590.htm)(最終閲覧日:2022年9月6日)。

[16] 詳しくは、奈良県立医科大学プレスリリース(https://www.naramed-u.ac.jp/university/kenkyu-sangakukan/oshirase/r2nendo/documents/press_2.pdf)(最終閲覧日:2022年8月18日)を参照。また、実験結果の詳細は、Hisakazu Yano, Ryuichi Nakano, et al., “Inactivation of severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) by gaseous ozone treatment”, in Journal of Hospital Infection, 106(4), 5 Oct 2020, pp.837-838を参照。

[17] 詳しくは、藤田医科大学プレスリリース(https://www.fujita-hu.ac.jp/news/j93sdv0000007394.html)(最終閲覧日:2022年8月18日)を参照。また、実験結果の詳細は、Takayuki Murata, Satoshi Komoto, et al., “Reduction of severe acute respiratory syndrome coronavirus-2 infectivity by admissible concentration of ozone gas and water”, in MICROBIOLOGY and IMMUNOLOGY, 65(1), 24 Nov 2020, pp.10-16を参照。

[18] 「2月周レポート」はその後、「オゾン利用で新型コロナウイルス対策を」と題した論文としてまとめ、『東京経大学会誌 経済学』第307号、2020年12月に掲載。

[19] 中心都市とは、中国にある4つの直轄市、22の省都、5つの自治区首府、5つの計画単列市、合計36都市を指す。

[20] Ferguson NM, Laydon D, Nedjati-Gilani G, et al., “Report 9: Impact of non-pharmaceutical interventions (NPIs) to reduce COVID-19 mortality and healthcare demand”, in Imperial College London HP , 16 Mar 2020

[21] Solomon Hsiang, et al, “The effect of large-scale anti-contagion policies on the COVID-19 pandemic”, in Nature, 08 June 2020

[22] Wohlrabe Klaus, Peichl Andreas, Link Sebastian ,Leiss Felix, Demmelhuber Katrin, “Die Auswirkungen der Coronakrise auf die deutsche Wirtschaft”, in ifo Schnelldienst Digital, No.7, 18 May 2020

[23] 周牧之「全球抗击新冠政策大比拼:零新冠感染病例政策 Vs. 与新冠病毒共存政策」、中国網(China.com.cn)、2020年11月11日(http://www.china.com.cn/opinion/think/2020-11/11/content_76899914.htm)(最終閲覧日:2022年9月6日)。

[24] 周牧之「ゼロ・COVID-19感染者政策 Vs. ウイズ・COVID-19政策」、In Japanese.China.org.cn、2020年11月13日(http://japanese.china.org.cn/life/2020-11/13/content_76908703.htm)(最終閲覧日:2022年9月6日)。

[25] Zhou Muzhi, “Global COVID-19 responses: ‘Zero COVID-19 Case Policy’ vs. ‘Coexisting with COVID-19 Policy’” In China.org.cn, 3 December 2020(http://www.china.org.cn/china/2020-12/03/content_76974524_5.htm)(最終閲覧日:2022年9月6日)。

[26] 「11月周レポート」はその後、「新型コロナパンデミック:ゼロ・COVID-19感染者政策 Vs ウイズ・COVID-19政策」と題した論文としてまとめ、『東京経大学会誌 経済学』第309号、2021年2月に掲載。

[27] 2020年各国経済成長パフォーマンスについて、詳しくは雲河都市研究院「中国で最も経済規模の大きい都市はどこか?〜2020年中国都市GDPランキング」(https://cici-index.com/3524/)(最終閲覧日:2022年9月6日)を参照。

[28] 2020年各国輸出パフォーマンスについて、詳しくは雲河都市研究院「中国で最も輸出力の高い都市はどこか?〜2020年中国都市製造業輻射力ランキング」(https://cici-index.com/3888/)(最終閲覧日:2022年9月6日)を参照。

[29] 2020年各国港湾コンテナ取扱量比較について、詳しくは雲河都市研究院「世界で最も港湾コンテナ取扱量が多い都市はどこか?〜2020年中国都市コンテナ港利便性ランキング」、In Japanese.China.org.cn、2020年7月12日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2022-07/12/content_78319078.htm)(最終閲覧日:2022年9月6日)を参照。

[30] 2020年各国映画興行収入パフォーマンスについて、詳しくは雲河都市研究院「映画大国中国で最も映画好きな都市はどこか?〜2020年中国都市映画館・劇場消費指数ランキング」、In Japanese.China.org.cn、2020年8月31日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2022-08/31/content_78398350.htm)(最終閲覧日:2022年9月6日)」を参照。

[31] Box Office Mojo「2020 Worldwide Box Office」(https://www.boxofficemojo.com/year/world/2020/)(最終閲覧日:2022年9月6日)。

[32] 2020年各国IT産業パフォーマンスについて、詳しくは雲河都市研究院「中国IT産業スーパーシティはどこか?〜2020年中国都市IT産業輻射力ランキング」(https://cici-index.com/3957/)(最終閲覧日:2022年9月6日)を参照。

[33] W9992020年各国自動車産業パフォーマンスについて、詳しくは雲河都市研究院「自動車大国中国の生産拠点都市はどこか?〜2020年中国都市自動車産業輻射力ランキング」、In Japanese.China.org.cn、2020年7月29日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2022-07/29/content_78347946.htm)(最終閲覧日:2022年9月6日)を参照。

[34] W999「中国都市自動車産業輻射力2020」は、2019年から2020年にかけて中国各都市で公表された「第4回全国経済センサス(第四次全国経済普査)」をベースに算出した。

[35] W9992020年各国鉄鋼産業パフォーマンスについて、詳しくは雲河都市研究院「鉄鋼大国中国の生産拠点都市はどこか?〜2020年中国都市鉄鋼産業輻射力ランキング(https://cici-index.com/4107/)(最終閲覧日:2022年9月6日)」を参照。

[36] 「中国都市鉄鋼産業輻射力2020」は、2019年から2020年にかけて中国各都市で公表された「第4回全国経済センサス」をも参照し算出した。

【講義】志田崇・中井徳太郎・周牧之:竜宮礁で海を再び豊かに

2024年11月21日、東京経済大学の進一層館前で、左から周牧之教授、志田崇氏、中井徳太郎氏

■ 編集ノート:

 志田崇氏は、青森で建設業を営みながら、海でアマモの保全活動をしている。昨夏、志田氏の案内で青森の海に潜った。大変に豊かな海で、アワビが獲れた。アマモは、ブルーカーボンとしてCO2を吸収し、豊かな海を育む。東京経済大学の周牧之ゼミは2024年11月21日、志田氏をゲストに迎え、中井徳太郎元環境事務次官に加わっていただき、海における脱炭素と環境保全の取り組みについて語り合った。


八甲田山のミネラルでホタテ養殖


志田崇:青森県陸奥湾でアマモという海草の保全をやっている。青森県は本州の最北端にあり、大間のマグロ、夏のねぶた祭、世界遺産となった縄文の三内丸山遺跡や、都市伝説だがキリストの墓もある。温泉が豊かで、海産物、畜産も豊富、コメも日本酒もいい。野菜は人参、牛蒡が沢山獲れる。

 私は青森市内で建築や土木工事、砕石を行う建設業を営みながら、サステナブル事業室で豊かな海作りや、アマモの保全活動をしている。

 青森県は三方に四つの海域を持つ。まず日本海だ。潮の流れが早い津軽海峡、太平洋、そして陸奥湾がある。海岸線の距離は約796kmで、陸奥湾は、津軽半島と下北半島に囲まれているため閉鎖的で、穏やかな海域となっている。2016年にはホタテの養殖で日本一になった。八甲田山から川を伝って森のミネラルがたっぷり陸奥湾に注がれるためホタテ養殖が栄え、漁業の中心となった。ミネラルで植物プランクトンがよく育ち、ホタテの餌になっているためだ。

2024年11月21日、東京経済大学でゲスト講義をする志田崇氏

ブルーカーボンを担う海藻類


志田:アマモ保全のきっかけは、26歳で青森に帰り家業の建設業を継いで漁港の整備に携わり、漁業者からアマモの重要性を聞き知ったことだ。

 子供のころ海水浴に行くと足に絡んで邪魔な奴だと思っていたアマモが、とても重要だと気づいた。陸奥湾は波が穏やかで、栄養が堆積しアマモが沢山生い茂っている。

 アマモは、昆布やワカメとは違う海草(うみくさ)で、種子植物だ。根があり、茎があり葉がある。生殖花を年に1回出し、雄花と雌蕊が花になり、種をつけて種子を作る。茎の部分を噛むと甘いからアマモと言われ、白い花を咲かせている。

 種は米粒かゴマのような形をしている。昔はアマモの種をネイティブアメリカンが食べていたとの伝説もある。アマモの種類は四つ。陸奥湾に多く分布しているアマモはコアマモで、幅がマッチ棒ぐらいの細い草だ。スゲアマモは、草むらや小砂利によく生息している。アマモは茎が横に伸びるのに対してスゲアマモは縦方向に伸びて繁殖していくので、斑状(むらじょう)に生育する。タチアマモは高さ7mを超えるような世界で最長級のものが陸奥湾に生えている。

 これらアマモがまとまって生えているのがアマモ場だ。光合成をするので、二酸化炭素を吸って酸素を供給する役割を持つ。最近ようやく耳にするようになったブルーカーボンの役割を果たしている。ブルーカーボンは、海洋の生物によって大気中の二酸化炭素が取り組まれ、海域に貯蔵された炭素のことを言う。

 大気中の二酸化炭素が海に溶け込み、それをアマモが吸い海中に溜め込むことをブルーカーボンという。アマモに限らず昆布、わかめ、マングローブ等、海草藻類全てがブルーカーボンの対象となる。森など陸上でCO2を吸収するのがグリーンカーボン、海の海草藻類が吸収するのがブルーカーボンと言われる。

2024年夏のねぶた祭

ブルーカーボンが最も二酸化炭素を吸収


志田:二酸化炭素が1年間で95億トン排出されるうち、陸上のグリーンカーボンが約20億トン、海洋のブルーカーボンが約28億トン吸収する。海洋の方が、より多くの二酸化炭素を吸収している。中でも浅い海域の海底で貯蔵されるブルーカーボンは海洋全体の約80%で、海藻がよく生える浅瀬の海が、CO2を沢山吸収してくれている。

 海藻類は光合成をして生育する際に、葉や根に二酸化炭素を溜め込む。海藻や昆布はヌルヌルしている。それはポリフェノールで、分解されにくい物質になりCO2を溜め込む。

 吸収係数の研究によると、アマモは1年間1ヘクタールで4.9トンのCO2を吸収する。ブルーカーボンは2050年のカーボンニュートラルに貢献できると今期待されている。水質浄化の効果もあり、生活排水の栄養があるアンモニア、リン酸、窒素などを栄養分として吸収し、赤潮を防いでくれる。小魚たちの住処にもなっている。

ゲスト講義にて中井徳太郎氏、周牧之教授、志田崇氏(左から)

■ アマモ場は漁業生産基地を支援


志田:私がアマモの活動を始めたのは生物多様性の漁業支援からだ。漁港を整備し漁港が賑わうため何が出来るか考えた時に、アマモを増やし、イシダイ、クロダイなど好きな魚を増やして食べられるようにし、漁港を盛り上げたいというのがアマモ活動の始まりだった。

 アマモ場にはマコガレイ、カワハギ、ハゼ類、アイナメ、キヌバリ、クロダイ、マダイ、カラスミにして食べるとうまいボラ、コウイカ、シャコ、石ガニ、ウスメバルの稚魚、クロソイの幼魚たちも沢山いる。

 アマモは、小さな魚が大きな魚に食べられないよう隠れる場所になり、また、アマモ自体が波を揺らせてとても居心地の良い場所となり、海のゆりかごと呼ばれている。餌を食べる場所にもなっていて、スゲアマモにナマコは張り付くように生息している。卵を産む場でもあり、アオリイカはアマモに卵を産む。ホタテが発生する場所として、ホタテの稚貝が、アマモの葉について発生している。

 アマモ場が多いほど、カレイやアイナメの漁獲量が多いという研究のデータもある。アマモ場は、漁業生産の基地支援になっている。漁業者にとって、そして我々魚を食べる人の生活にとっても、大変重要な場所である。

陸奥湾沿いの海鮮食堂

■ 陸奥湾のアマモ場が急減


志田:陸奥湾のアマモ場は環境省の1990年の調査では、海域が日本最大規模で、6,862ヘクタールあった。但し1978年の調査に比べて369ヘクタール消滅しており、消滅面積も日本一だった。

 2020年の環境省の調査では、陸奥湾は2,068ヘクタール減ってしまった。調査方法が違うので何とも言えないが確かに減少している。1990年の調査より4,794ヘクタール減ってしまったことになる。アマモの吸収係数は、前述のように年間、1ヘクタール毎に4.9トン吸収してくれる。2,068ヘクタールの面積でCO2の吸収量を換算すると、年間約1万133トン、CO2を吸収してくれていることになる。

 2023年、1世帯あたりCO2が2.52トン発生するとのデータで換算すれば、大体4,021世帯分のCO2を陸奥湾のアマモが吸収してくれていることになる。但し1990年にアマモ場が6,862ヘクタールあった時は、1万3342世帯分ものCO2を吸収してくれていた。

釜臥山展望台からの陸奥湾の眺め

■ アマモを保全するコンクリート構造物「竜宮礁」を開発


志田:アマモが減った原因は、東京と同様に埋立地を作り砂地がなくなったことにある。港湾、漁港に海岸工事をする建設業者としては耳が痛いが、これで潮流や水質が変化し砂地がなくなり、濁りが出来て光合成ができずに、消滅した。

 水温が高くなったのも原因だ。水温が30度を超えるとアマモは枯れて死んでしまう。

 また陸奥湾で特徴的なのが、ホタテの桁引き操業でアマモを刈り取ってしまうことだ。桁引き網は底曳網で、爪を常に引っ掛けてナマコやホタテを浮かせ、後から追ってくるかごに入れる漁法だ。ナマコやホタテを取るのと同時にアマモも削ってしまう。ナマコとアマモが混合して取れるため、漁師さんたちも仕分けるのは大変だ。

 とはいえ私が青森に帰って2、3年後の平成19年、漁獲量が大きく増え漁獲金額が30億円以上になった。漁師さんたちはお金を稼ぎたい、獲りたい。当時の青森県の漁獲金額のデータで、スルメイカが漁獲金額の28.1%を占めて第1位。次いで帆立貝、3番手はナマコの5.9%で、マグロに勝っている。

 問題解決のため、桁引き操業の邪魔にならないようスゲアマモの地下茎をほぐし、ナマコの育成場にもなるような堅牢な構造物の開発を2007年からスタートした。

 出来上がったのが穴開きのドーム型のコンクリート構造物だ。特許も取り、「竜宮礁」と名付けて商標登録した。最初に潜って調査したときに魚やナマコが沢山来て、まるで竜宮城のようだったから付けた名だ。

ゲスト講義で竜宮礁の仕組みを紹介する志田崇氏

■ モニタリングで効果を実証し事業化を推進


志田:竜宮礁は直径1.5m、高さ30センチで、流体の抵抗を受けにくいドーム型にした。流れを可視化し、陸奥湾内に150基ぐらい設置し、実証実験を2年かけて行った。ナマコは夏に寝るので、その仮眠場となり、冬は動きが活発になるので表面に付いた。1カ所からナマコが最大23個体出て、小さいナマコも見られた。スゲアマモを穴の中に移植し桁引きをしたところ、底引網の通った爪跡の残る中でスゲアマモがきちんと守られていた。様々なメバル、アイナメなどが見られている。

 この成果が県に認められ、青森県の水産環境整備事業に2013年度から取り入れられ、これまで4万機以上、陸奥湾に設置されている。1機当たり5万5000円で販売し、22億円以上になった。設置しただけでなく、実際に効果が出て、仕事として続けていけることが重要だ。私も潜り、ナマコ、アワビが生息し住み替えしているのを確認し、きちんとモニタリングして効果を確かめている。

 さらに面白いことにヤリイカが、竜宮礁の天井裏に産卵しており、多機能な効果を生むことが確認できた。その他にも、アマモの保全だけでなく、表面に昆布、アワビ、サザエの餌になるフシスジモクがついて、アマモ場の効果も確認した。

 陸奥湾のアマモ場の動向は、1990年から2020年まで約2,000ヘクタールで、2010年が最少だった。竜宮礁設置を2013年にスタートしてからアマモ場が増えてきたのは、漁師さんたちが竜宮礁の場所を禁漁区にするなど工夫しアマモ場を守ることに協力してくれるおかげでもある。

 竜宮礁は、閉鎖的で波が穏やかという波浪条件が優しい陸奥湾用なので、直径1.5m高さ30センチだった。実際の効果を踏まえ、日本海、津軽海峡、太平洋に持っていくために大型化をした。

 直径4.5m高さ1.1mで15トンの重いものを、青森県の津軽海峡と日本海に設置し、実証したところ、見る影もなかった昆布が付着し、水ダコがいて、ヤリイカが産卵し、シマダイが1機あたり30匹いた。日本海の方は、マダイや、10センチ程のサビハゼが3,000匹ぐらい上にいて、それを捕食しようとヒラメ、マダイ、ウマヅラハギがいる効果を実証した。

獲れたての陸奥湾アワビ

■ 風力発電で揚水し、アマモを育成


志田:青森の日本海の南側ではいま洋上風力の公募が行われている。洋上風車が立つと恐らく禁漁区になり、安全の面から漁ができなくなる。それなら、魚礁をおき、藻場を増やし、生物を増やし、ブルーカーボンの効果が出るようにしたい。事業者が決まったらアプローチしていきたい。

 2008年から魚礁をつくるだけでなく、実際にアマモ移植を実施してきた。

 ドームに入れるアマモの種子を生産し、漁師さんと一緒に種ができるものを取り陸上の水槽で保管、選別し、砂を敷いた陸上水槽で種を植え、種苗を作り、青森駅前干潟にも移植した。

 移植1年後に、アマモがすくすくと成長して伸び、3年後には2メーター程のアマモ棚を作り、5年後には2.5m〜4mぐらいの広さのアマモ棚を形成し、その脇にカレイが生息するようになった。このような取り組みをしていたところ、5年前の2019年、日本テレビ「鉄腕DASH」のロケ地になり話題を呼んだ。

 ブルーカーボン効果がある種苗を生産するのに、化石燃料で発電された電気を使うことに疑問を感じていたため、再生可能エネルギーの風力エネルギーである垂直軸の風車を利用し、漁港内の海水をくみ上げ、陸上の水槽に入れ、スゲアマモの種を育てて生産した。出来た種苗は漁港内の海底に移植した。移植後の9カ月後、生育を確認し、3年後にはスゲアマモの群落を作ることができた。出来た種苗は竜宮礁の中にも移植している。

ゲスト講義で洋上風力との連携構想を紹介する志田崇氏

■ 民間のブルーカーボンクレジットを活用


志田:人が介入し、アマモ場を作り、海藻養殖をし、吸収したCO2を定量化して売買することが可能になった。ジャパンブルーエコノミー技術研究組合JBE は、独自の Jブルークレジットを創設した。

 国が主体となったJクレジット制度は2013年に開設されたが、取引は、省エネ設備の導入、再生可能エネルギーの導入、適切な森林管理が主体で、海草藻場の造成保全が入っていない。

 これに対してJブルークレジットは国主体ではなく、ボランタリークレジットつまり民間のクレジット制度だ。創設した者、使う者にとって互いに良い取引となっている。

 NPO市民団体等が、アマモ場の造成保全をし、どの大きさの藻場でどの程度CO2を減らし吸収しているかの算定を、 JBEにプロジェクトとして申請する。一方、企業団体等クレジット購入者、とくに大企業はCO2を削減しろと社会的責任を問われているものの、工夫してもなかなか全部ゼロにはできない。そうした時、プロジェクトで創出したクレジットを買うことが、CO2削減になる仕組みだ。

 市民団体が活動するためにはボランティアだと長続きしない。ある程度買ってもらいお金に換えて活動することで、持続的なアマモ場、海藻の造成ができる。売る方も買う方もCO2の削減を担うことになり、互いにウィンウィンの制度になっている。

ゲスト講義でブルーカーボンについて解説する志田崇氏

■ 暮らしの真ん中に海を


志田:青森駅前干潟が拡大し、2021年4月に青森駅前ビーチという海浜公園が開園した。そこでもJブルークレジットを利用し、アマモ場を作った。規模は小さく、砂浜3,500平方メートル、干潟が1,500平方メートル、海中2,000平方メートルで、端から端まで100m程の小さなビーチだが、青森駅前ビーチは青森駅から走って30秒の近さと、青森ウォーターフロントエリアという観光施設、クルーズ客船の停泊場の一角であることが魅力だ。

 昔の青森港は、明治末期には家があり、子供たちが海で戯れる場所だった。大正末期も漁業者が魚を捕ってくると100人200人の人だかりができ、漁獲されたものを見ている風景があり、まさに海に寄り添った暮らしをしていた。それが、昭和になり北海道の函館と青森を結ぶ青函連絡船、人と物を運ぶ重要な連絡船ができたことで、岸壁が増え、砂地を壊し、人よりは船にとって良い場所になった。1940年頃には青函連絡船で貨車をそのまま船に乗せて行く形になった。当時は岸壁が三つあった。

 1988年に青函トンネルができ青函連絡船は廃止された。岸壁があり柵があり、ただ眺めるだけの海で、利用価値が全くない海になった。そこで県が2014年から2015年にかけて、青森港を元のように人が行き交い潤いのある空間にしようと、第1岸壁を干潟に造成した。

 さらに、魚が住む砂浜を作ろうということになり、海洋専門家の木村尚さんの助言を受け、青森駅前ビーチを作った。キャッチコピーは、「暮らしの真ん中に海を」となった。

 2021年7月にオープンし、私たちが県からの要請で管理している。キャッチフレーズは「人と水生生物が共存する居心地の良い空間作り」にした。陸奥湾の中でも風向きによってゴミが溜まり、海草藻類が流れ着く場なので、日常的に海岸を清掃している。保全活動してきた中でアマモが増え、青森駅前ビーチにはアマモに寄り添うカレイの幼魚、ハゼ類、ボラなど魚も増えてきた。

 アマモの移植活動には大人だけでなく子供たちも巻き込み、アマモの種を上から撒いてもらっている。針のない注射器のシリンジでアマモの種を海底に打ち込むやり方だ。子供たちには網を引かせ、生物調査をやり、アマモの大切さを座学でも行っている。

ゲスト講義でアマモ場を紹介する志田崇氏

■ 地域の課題をクリアしながら持続展開


志田:2021年7月から活動を続け2023年6月、ベイブリッジの上から撮った写真を見るとアマモが沢山生息しているのを確認できた。200平方メートル以上ある同地の面積でJブルークレジット認証を申請することにし、ドローンで空撮し、正確な面積を把握し、どのくらいの密度でアマモが生えているか調べた。Jブルークレジット申請の手引きにあった計算式に、調査から得られた数字を当て、1年間で0.3トンのCO2を吸収していることがわかった。

 JBSに申請したところ、確実性の評価で、いろいろ差し引かれ、青森駅前ビーチでは1年間で0.2トンのCO2を吸収していると証明された。

 津軽海峡の青森と函館を結ぶ青函カーフェリーが購入してくれた。クレジットの1トンあたりの取引金額は約7万円で結構高い。私達は0.2トンなので1万4000円換算になるところを、0.1トンを5万円、すなわちトン当たり50万円で購入してくれた。我々の行動活動を応援してくれた。

 Jブルークレジットで実感したのが、同制度ができて、購入者から資金を得ると、持続可能な活動が展開できることだ。二酸化炭素の取引以外に、生物多様性の創出、水産振興、食料供給、水質浄化につながった。   

 ビーチには子供から大人まで観光客もいろいろ訪れる。人と人のコミュニティの場として、新たな価値が取引価格にも反映されている。創出者も購入者もこの制度によってカーボンニュートラルに貢献し、気候変動対策をし、豊かな海作りに貢献できる。地域の課題をクリアしながらお金を回していける。

議論する中井徳太郎氏、周牧之教授、志田崇氏(左から)

■ 自然共生サイトに登録し生物多様性向上を


志田:青森駅前ビーチは、生物多様性のポイントの自然共生サイトに登録を申請している。自然共生サイトは、2021年G7サミットで日本が国内外に向けて約束した2030年までに国土の30%以上を自然環境エリアとして保存する「30by30」という取り組みがある。海も陸上もどちらも30%以上、自然環境エリアとして保全する。

 国が認定した自然共生サイトは、OECMすなわち「民間の取り組み等によって生物多様性の保全が図られる」と国が認定する区域だ。認定区域は、国立公園などを除いた地域で、保護地域との重複を除き、「OECM」として国際データベースに登録される。

 国立公園などの保護区ではない地域のうち、生物多様性を効率的かつ長期保全を集中して行う地域を、国際的に登録する。国際的なデータベースに載せる。例えば青森駅前ビーチが自然共生サイトそしてOECMになると、環境保全エリアとして世界的に発信できる。Jブルークレジットとは違い、まだクレジットにはなっていないが企業や団体が、生物多様性の取り組みを明示化することで、企業の投資家や一般消費者、利用者にPRでき、事業の価値を高めるメリットがある。

 青森駅前ビーチも価値を高めていきたい。自然共生サイトのポイントは、生物多様性の向上であるため青森駅前ビーチでリストを作り実践している。

 ブルーカーボン、自然共生サイトへの登録を通じて、地域の自然環境を保全することで様々な価値を上げていきたい。と同時に、継続的な活動をするために資金を回していきたい。地域の環境問題対策、地域経済、豊かな自然、幸せな未来に向けて、歯車が合えばいいと思う。

青森駅前ビーチ

■ 海を豊かにする再生事業


周牧之:アマモを選んだ理由を伺いたい。砂地や温度が関係してくるということだが、成長のスピードは? 

志田:多年草なので成長は早い。定着してくると地下茎を通って繁殖していく。生育地は砂地、砂利場が多く、昔は青森の海が日本一のアマモ場だったポテンシャルもあって、アマモを選んだ。アマモが生物多様性に貢献していることで、造成を進めた。 

周:アマモと昆布やワカメとの棲み分けは?

志田:昆布やワカメは硬い所に吸着し生育していくので砂地ではない。竜宮礁は表面が硬いコンクリートなので、胞子が吸着し、昆布が増えているところもある。日本製鉄でもやっていると思うが、着底気質を持つものを入れ、昆布やワカメを増やすことも可能だ。 

周:竜宮礁を作ったことで海が豊かになった。その点、漁業者としてのメリットは数値化されているのか?例えばナマコがものすごく増えたとか、

志田:何とも言えない。藻場があると密漁があって獲られたりすることもある。青森のナマコは輸出できていない。

周:中国人はナマコが大好きだ。高く売れる。

志田:いまは原子力排水の問題があり、輸出は出来ない。

中井徳太郎:ナマコを獲る桁引き網はいまもやっているのか?

志田:やっているところもある。潜って獲ることもある。竜宮礁を作ったところは桁引きの邪魔にならない。実際、漁師さんたちは、竜宮礁を保護区にするため漁はしない。海藻類もついているので発生場として保護しようということだ。

周:ナマコは養殖しているのか?

志田:していない。種苗は生産している。完全養殖は中国でやっていると思うが日本はまだやっていない。

中井:青森の人はナマコをよく食べるか?

志田:買って食べることはしない。貰って食べる。青森ではりんご、ホタテ、ナマコは貰って食べる。買うことはしない。

周:ナマコはアマモの落ちた枯葉を食べる?

志田:相性がいい。ムラ状に生えるので、ナマコは木の下で寄り添っているような形で枯葉を食べている。 

周:ナマコも美味しく食べられる。レシピ次第かもしれない(笑)。アマモ場を活用し、今の手法で、養殖場として使えるのか?先日実際に潜ってみて、陸奥湾が実に豊かな海だと実感した。今後、漁業よりは養殖のウエイトが大きくなるのでは?海の再生の話と、養殖のことを絡めていくのも一つの筋ではないか?

志田:海の使い方、漁業経営のあり方が違う。海岸線は自由に使えない。

周:藻場を入れる場所はどのように決めているのか? 

志田:業者さんと、どこに入れるかをヒアリングし、ここに設置してほしいという希望のあった場所に入れる。

中井:そこは本来、漁場だったのか?漁業者が魚を獲っていた場所か?

志田:そうだ。漁場だったのが、桁引きをし過ぎて砂地になってしまったところなどがある。

中井:それを漁場に戻す必要がある。 

志田:竜宮礁を入れた結果を漁師さんに見てもらい、また入れようという話になる。それが漁獲量と、漁獲金額にどれだけ反映されているのかわからない部分もあるが、評判はいい。

ゲスト講義で議論する中井徳太郎氏

■ 竜宮礁の更なる展開と課題


周:地方自治体の意識の高さも影響しそうだ。他の地域でやっているのか?

中井:酒田でやった?

志田:酒田で竜宮礁を設置した。アカモクの母藻を表面に付けた。アマモも移植したが根付かなかた。

中井:アカモクは根付いて広がったのか?

志田:全部で6基入れた中で、なぜか一つだけに付いた。徐々に広がっている。他の竜宮礁のところにも広がってくる。他の単体の方にも流れていっているかもしれない。

中井:陸奥湾以外でやっているのは?

志田:酒田と佐渡でやった。佐渡もとてもいい結果が出ている。ナマコが豊富で、ナマコのために設置してくれと言われて設置した。マメタワラ、ホンダワラが表面に付いた。

中井:全国展開のポテンシャルがある。海の状態に合わせて、バリエーションのある展開を考えていける。

周:アマモは海を再生する力を持っている。竜宮礁は陸奥湾だけでなく、全国展開、世界展開もできそうだ。特許は取ったのか?

志田:あと5年くらいで切れる。

周:私は若い時、政府開発援助(ODA)に携わった。20数年前に東南アジアで調査した時に、養殖が海岸に深刻なダメージを与えたのを目にした。

志田:養殖で海が汚れる。

周:竜宮礁で、海が修復できるのではないか。

志田:ナマコはホタテの下にいて、糞を食べてくれると言われている。 

周:竜宮礁を使い海の環境がかなりの面積で改善されるかもしれない。

学生:竜宮礁は太平洋に置いているか?

志田:置いてない。太平洋は岩盤が多いからだ。震災前は昆布など海草も生い茂っていたが、震災でそれらがなくなってしまった。竜宮礁を設置してみないかという話もあったが、太平洋は岩盤が多く起伏があるため、置いても安定しないことから設置してない。砂地に置いて、海藻の付着や魚のすみかを作っている。

学生:脱炭素化を目指す上で、洋上の風力風車をしている海に竜宮礁を設置する際の課題はなにか?

志田:洋上風車をしているところは風がいい。風が強いので波も立ち、海底の砂も移動してしまう。置いた竜宮礁が、砂の移動で埋没することもあるため、身長を高くするといった課題がある。

ゲスト講義で学ぶ周牧之ゼミ学生

■ 竜宮礁事業を支える仕組み


周:竜宮礁事業は地方自治体が資金を出して実施している?

志田:そうだ。公共事業で、水産庁と青森県の資金が入っている。 

周:アマモは1年間1ヘクタールで4.9トンものCO2を吸収する。それが大きな宣伝効果を生むはずだ。海上風力とのセットでやるのはいいアイディアだ。標準化すればよいのでは? 

志田:海草が生えるところなので10〜15mぐらいの水深だ。水深が浅い所の風車とセットにするのがいい。 

中井:アマモは多年草だから、一度認定された0.2トンのクレジットは、毎年続くのか? 

志田:毎年続く。毎年1年間で吸収したCO2の量をクレジット化する。

中井:1回申請して認定されたら、毎年買ってもらえるのか?

志田:毎年買ってもらえるかどうかは、わからない。津軽海峡フェリーが来年また買ってくれたとしても金額が低くなるかも知れない。

中井:ブルークレジットを取ったとき申請事業主体はどこか?

志田:私が所属しているNPO団体として私の会社も入って出した。

中井:竜宮礁として展開するのと、地道にアマモ場を作って再生していくのと、両方やっている? 

志田:そうだ。竜宮礁の設置にお金がかかるので民間団体だけでは難しい。

中井:4.5mの外海洋の竜宮礁は、志田内海が製品化しているのか?

志田:製品化している。 

中井:日本海側と津軽海峡側で出したのは?

志田:自前でやったのも洋上風車の事業者のスポンサーがついたのもある。

中井:竜宮礁は、真ん中のところにアマモを付ければそれを保全できるが、アマモだけではない? 

志田:昆布は自然に付いたが、昆布の補草を他から持ってきて付けて促すこともした。竜宮礁の中はアマモで、表面に他の生物がつく。

中井:まさに森里川海的だ。陸奥湾は鉄分の問題などはないのか。 

志田:ミネラルが流れてきていると思う。陸奥湾の外海はわからない。鉄分が不足しているかもしれない。

中井:鉄分が原因で、藻場が枯れているところもある。そこは竜宮礁と合わせてやればいい。

 JブルークレジットはCO2を金に変えてくれる点で非常にいいことだ。志田さんが元々、生物多様性を戻そう、自然を戻そうという問題意識を持っている。それはいま世の中の潮流になっている。脱炭素のカーボンニュートラルが大きなテーマであると同時に、もう一つ、ネイチャーポジティブで自然を戻そうということが世界的潮流になっている。

 ネイチャーポジティブ的なことで何ができるか考えたときに、海の再生にとって藻場の話はド真ん中だ。CO2をカウントしたクレジットが高く売れるのは二つの意味合いがある。単に削減する価値のクレジットは、買う側の企業からしても、自分が削減するのが本来だが、削減しきれないから他の人の分を買うという話で捉えられる。

 一方で吸収は、自然を戻すという付加価値になっている。CO2を吸収してくれるのでお金になるというわかりやすい世界がある。海の再生に企業が協力しているという企業イメージを出すことが重要だ。

 森林再生も同様で、森林吸収クレジットも4、5万円で高額だ。森林吸収への取り組みを説明したい大企業のニーズがある。

カーボンニュートラルは2050年までにゼロという目標が立っている。サーキュラーエコノミーとネイチャーポジティブとの三つを全部統合する青森のアマモは、大事なプロジェクトだ。

議論する周牧之教授、中井徳太郎氏、志田崇氏(左から)

プロフィール

志田崇(しだ たかし)/志田内海株式会社代表取締役会長

 1980年生まれ。青森県青森市出身。建設業に携わる一方、海の環境保全活動に尽力している。コンクリート製の海草アマモ増殖礁「竜宮礁」を開発して特許を取得。弘前大学大学院理工学研究科の社会人大学院で学んだ。
 2022年第10回 環境省グッドライフアワード環境大臣賞受賞。

中井 徳太郎(なかい とくたろう)/日本製鉄顧問、前環境事務次官

 1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官、環境事務次官を経て、2022年より日本製鉄顧問。

【北京】政治・文化・科学技術でひときわ輝く「帝都」【中国都市総合ランキング】第1位

中国都市総合発展指標2022〉第1位


 北京は7年連続で総合ランキング第1位を獲得した。 首都としての強みをもつ北京は、「社会」大項目がダントツ全国第1位である。「社会」大項目の「ステータス・ガバナンス」「伝承・交流」「生活品質」の3つの中項目は、北京は他の都市と比べ、 飛び抜けて優れている。

 同大項目の9つの小項目の中で北京は、「都市地位」「人口資質」「歴史遺産」「文化娯楽」「居住環境」「生活サービス」の実に6項目で第1位を獲得している。「社会」大項目では58の指標データを採用しており、北京はそのうち24の指標データにおいて全国第1位であった。

 北京の「経済」大項目は、2020年度と同様、第2位である。中項目で見ると、「発展活力」は第1位を獲得した。「経済品質」「都市影響」ではともに上海に遅れ第2位であった。9つの小項目のうち、「経済構造」「ビジネス環境」「イノベーション・起業」「広域輻射力」の4つが第1位となっている。

 「環境」大項目で北京は2020年度と同様、第9位を獲得している。3つの中項目の中で「空間構造」が第3位、「環境品質」が第37位となったものの「自然生態」が依然として遅れをとり 第235位に甘んじている。これは北京が環境保全においていまだ多くの課題を抱えていることを示している。

 中国都市総合発展指標2022について詳しくは、中心都市がメガロポリスの発展を牽引:中国都市総合発展指標2022を参照。


■ 行政副都心計画と人口抑制政策


 首都・北京市は、中国の政治、経済、教育、文化の中心地であり、四大直轄市の1つである。元、明、清の三大王朝の都として、万里の長城、故宮、頤和園、天壇、明・清王朝の皇帝墓群、周口店の北京原人遺跡、京杭大運河といった7つの世界遺産をもつ北京では、胡同と呼ばれる明・清時代の路地を残した街区等、多くの歴史的建造物が存在している。一方では現代的な高層ビルが次々と建設され、新旧が入り交じった独特の街並みを形成している。2008年には夏季オリンピック、2022年には冬季オリンピックが相次ぎ開催された。北京市の常住人口は2,152万人で、2010年からの4年間で約191万人も増加した。世界屈指のメガシティである。

 世界的に本社機能が最も集中している都市の一つとして北京市は改革開放以降、繁栄を極めてきた。一方で、膨らむ人口が慢性的な交通渋滞や水不足、大気汚染等「大都市病」をもたらした。2017年9月に発表された「北京市総体計画(2016—2035年)」では、人口抑制政策を大々的に打ち出し、市内から一部の人口を市外へ転出させ、同市の常住人口を2,300万人に抑えるとしている。北京市政府は、自ら行政機能を郊外の「行政副都心」に移転させた。

 2017年11月、北京市は、出稼ぎ労働者が多数住むエリアでの火災事件を契機に、違法建築を取り壊すなどして10万人単位の出稼ぎ労働者らを市外へ追い出し、物議を醸した。結果、2017年末の北京市の常住人口は1997年以来、20年ぶりに減少した。その後も北京市の人口抑制政策は引き続いている。

■ 世界三大科学技術クラスターの一つ


 世界知的所有権機関(WIPO)は2022年9月、「グローバル・イノベーション・インデックス(以下、GII)」報告書を公開し、世界の科学技術クラスター(以下、クラスター)のランキングを発表した。これは、各国・地域における技術革新の集積を評価するものである。同年、東京-横浜、広州-深圳-香港、そして北京がこの評価でトップ3に名を連ねたことは、アジア地域の技術革新における力の増大を物語る。

 GIIによる「科学技術クラスター」評価は2017年に始まり、以来、毎年公表されている。東京-横浜、広州-深圳-香港の2つのクラスターは、これまでのランキングでも常に1位と2位を維持してきた。一方、北京は2017年の7位から2021年の3位へと大きく順位を上げている。

 GIIランキングは、PCT出願件数と科学論文出版数という2つの指標に基づいている。

 GIIランキングは、発明者や科学論文著者の所在地情報から各科学技術クラスターを評価しているのが特徴である。具体的には、WIPOの「特許協力条約(PCT)」下の特許出願件数と、クラリベイト・アナリティクスが提供する「Science Citation Index Expanded」ウェブサイトに掲載されている科学論文数が主要な指標として使用されている。

 GII の2017年版では、PCT出願件数のみが評価の基準として採用されていた。2018年から科学論文の指標が追加された。

 首都としての北京は、中国のイノベーションセンターであり、科学論文の発表において圧倒的な強みを持っている。

 2018年には、北京の科学論文発表数が197,175件に達し、2.5%の世界シェアで、東京-横浜の1.4倍であり、世界第1位だった。2022年には、北京の科学論文発表数は2018年に比べて24%増加し、世界シェアを3.7%に伸ばし、世界第1位を維持した。

 これに対して、北京の特許申請はまだ追い上げ途上にある。2018年のPCT出願件数は18,041件で、1.9%の世界シェアで、世界第8位だった。2022年には世界シェアを2.8%に伸ばし、世界第6位に上昇した。

 中国科学院、清華大学、北京大学など一流の大学と研究機関が、北京の科学論文力の強固な基盤となっている。科学論文発表数の持続的な増加が、北京の世界的な科学技術クラスターとしての地位を固めている。

 

■ 研究開発強度は北京が最大


 国や地域の経済規模が異なるため、研究開発費を比較する際、研究開発費とGDPの比率、即ち「研究開発強度」という指標が利用されることが多い。研究開発強度とは、国や企業が研究開発に投じる資金の規模を示す指標である。具体的には、研究開発費をGDPや売上高などの経済指標で割った値として表される。この指標は、研究開発への投資意欲や技術革新への取り組みの度合いを示すものとして、企業の競争力や国の技術力を評価する際の参考とされる。高い研究開発強度を持つ企業や国は、新しい技術や製品の開発に積極的であると言える。

 世界三大科学技術クラスターの中で、北京の研究開発費の総額は最も少ないにも関わらず、その研究開発強度は6.5%と最も高く、東京-横浜をわずかに上回り、広州-深圳-香港を1.2ポイント上回る。

 研究開発を推進する上で、人員の投入は非常に重要な要素である。世界三大科学技術クラスターの中で、広州-深圳-香港と東京-横浜の研究開発人員数はそれぞれ643,000人、629,000人と、大きな差は見られない。北京の同人員数は473,000人で、他の2つのクラスターの四分の三に過ぎない。

 研究開発人員1人当たり研究開発費から見ると、東京-横浜が最も多い1,684万円(約84.2万元)である。広州-深圳-香港の約1,368万円(68.4万元)が続き、北京は約1,112万円(55.6万元)と最も少なく、東京-横浜の66%にすぎない。

図 三大クラスター研究開発人員・研究開発費・研究開発強度比較

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

■ アジア随一の大学を持ちながら大学数と大学生数は北京が最少


 大学はイノベーション人材を育成する“ゆりかご”であり、同時に研究開発の重要な拠点である。世界三大科学技術クラスターの大学リソースには下記の特色がある。

(1)大学数:東京-横浜が最多
 東京-横浜には、大学が159校あり、世界三大科学技術クラスターの中で大学数が最も多い。次いで広州-深圳-香港が113校、北京は92校で東京-横浜の58%に過ぎない。

(2)大学生数:広州-深圳-香港が最多
 広州-深圳-香港は、在籍する大学生数が170.2万人と最も多い。東京-横浜は85.1万人、北京は59万人で広州-深圳-香港の35%に過ぎない。これは、中国が北京での大学設置と定員数を厳しく制約していることを反映している。

(3)北京:トップ500の大学数は最少 
 タイムズ・ハイアー・エデュケーションが2022年に発表した「世界大学ランキング」によれば、トップ500にランクインした大学数では、東京-横浜が42校で、広州-深圳-香港の16校、北京の14校を圧倒した。

 北京は同ランキング内でアジアトップ10大学第1位の清華大学と第2位の北京大学を有している。東京-横浜は、同アジアトップ10大学に東京大学が第6位と1校がランクインしている。広州-深圳-香港は、第4位に香港大学、第7位に香港中文大学、第9位に香港科技大学の3校が入った。

 すなわちアジアトップ10大学には世界三大科学技術クラスターから6校も占めている。

図 三大クラスター大学数・在籍大学生数・世界トップクラス大学数比較

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』等より作成。

■ 北京のフォーチュン・グローバル500企業数:広州-深圳-香港の8倍


 世界三大科学技術クラスターに立地する2022年版「フォーチュン・グローバル500」企業には下記の特色がある。

 フォーチュン・グローバル500の企業数は、北京が最も多く、56社にのぼる。広州-深圳-香港は20社で、二つのクラスターの同企業数は中国全体145社の半分を占めている。

 一方、東京-横浜の同企業数は36社で、日本全体47社の77%を占めている。

 すなわち、三大クラスターの中で、北京のフォーチュン・グローバル500企業数は最多である。

 

■ 北京のユニコーン企業数:東京-横浜の12倍


 ユニコーンとは、企業の評価額が10億ドル以上に達する、上場していないスタートアップ企業を指す。ユニコーン企業の数は、地域が新興企業やベンチャーキャピタルを引き付ける能力を示す指標として注目されている。

 世界三大科学技術クラスターに立地するユニコーン企業には下記の特色がある。

 ユニコーン企業数では、北京が圧倒的に多く、61社に達している。広州-深圳-香港地域は30社である。両クラスターが、中国のユニコーン企業全168社の約54%を占めている。東京-横浜のユニコーン企業は5社にとどまり、北京の8%に過ぎない。


■ 中国で最も映画におカネを掛ける都市


 中国の映画市場は、いま世界最大となっている。〈中国都市総合発展指標〉に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市以上の都市(日本の都道府県に相当)をカバーする「中国都市映画館・劇場消費指数」を毎年モニタリングしている。

 『中国都市総合発展指標2021』で見た「中国都市映画館・劇場消費指数2021」ランキングのトップ10都市は、上海、北京、深圳、成都、広州、重慶、杭州、武漢、蘇州、長沙となっている。長沙が西安を抜いてトップ10入りを遂げた。同ランキングの上位11〜30都市は、西安、南京、鄭州、天津、東莞、仏山、寧波、合肥、無錫、青島、瀋陽、昆明、温州、南通、南昌、福州、済南、金華、南寧、長春となっている。

 なかでも最も映画におカネを掛ける都市、即ち一人当たりの映画興行収入トップ10都市は、北京、上海、深圳、杭州、珠海、南京、武漢、広州、三亜、海口である(詳しくは【ランキング】世界で最も稼ぐ映画大国はどこか?を参照)。

図 2021中国で最も映画におカネを掛ける都市ランキング トップ30
(一人当たり映画興行収入)

■ 中国で最も科学技術輻射力が高い都市・北京


 現在、世界で最も研究者を抱えているのは中国である。中国で最も研究者の多い都市は北京である。〈中国都市総合発展指標〉に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市(地区級市、日本の都道府県に相当)以上の都市をカバーする「中国都市科学技術輻射力」をモニタリングしている。輻射力とは特定産業における都市の広域影響力を評価する指標である。科学技術輻射力は都市における研究者の集積状況や国内外特許出願数、商標取得数などで評価した。

 図より、〈中国都市総合発展指標2020〉で見た「中国都市科学技術輻射力2020」ランキングのトップ10都市は、北京、深圳、上海、広州、蘇州、杭州、東莞、南京、寧波、成都となった。特に、トップ2の北京、深圳両都市の輻射力は抜きん出ている。同ランキングの上位11〜30都市は、天津、仏山、西安、武漢、無錫、合肥、長沙、青島、鄭州、紹興、温州、廈門、済南、嘉興、重慶、福州、台州、南通、大連、珠海である。これらの都市には中国の名門大学、主力研究機関、そしてイノベーションの盛んな企業が立地している(詳しくは『【ランキング】科学技術大国中国の研究開発拠点都市はどこか?』を参照)。

図 中国都市科学技術輻射力ランキング2020 トップ30

■ IT産業スーパーシティ


 IT産業は21世紀のリーディング産業である。世界経済を牽引するだけでなくグローバリゼーションや社会の変革を推し進めている。

 中国でIT産業の輻射力が最も高い都市は北京である。

 〈中国都市総合発展指標〉に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市(地区級市、日本の都道府県に相当)以上の都市をカバーする「中国都市IT産業輻射力」を毎年モニタリングしている。輻射力とは広域影響力の評価指標である。IT産業輻射力は都市におけるIT企業の集積状況や企業力、そして、IT産業の従業者数を評価したものである。

 2020年は、IT業界にとって大発展の年であった。デジタル感染症対策、在宅勤務、オンライン授業、遠隔医療、オンライン会議、オンラインショッピングなどが当たり前になり、新型コロナウイルス禍で産業や生活のあらゆる分野におけるデジタル化が一気に進んだ。

 〈中国都市総合発展指標2020〉で見た「中国都市IT産業輻射力2020」ランキングのトップ10都市は、北京、上海、深圳、杭州、広州、成都、南京、重慶、福州、武漢となった。これら中国のIT産業スーパーシティは、すべて直轄市、省都、計画単列市からなる中心都市である。同ランキングの上位11〜30都市もほとんどが中心都市である(詳しくは『【ランキング】中国IT産業スーパーシティはどこか?』を参照)。

図 2020年中国都市IT産業輻射力ランキングトップ30都市

冬季オリンピック開催により、ウィンタースポーツ人口が3億人に


 2022年冬、ゼロコロナ政策の中で北京冬季オリンピックが開催された。〈中国都市総合発展指標2022〉で「文化・スポーツ・娯楽輻射力」全国第1位に輝く北京市では、市民のウィンタースポーツ熱がさらにヒートアップした。

 北京冬季オリンピックは北京だけでなく中国全土でウィンタースポーツの普及に火をつけた。元々ウィンタースポーツが余り普及されなかった中国で、いまやウィンタースポーツを楽しむ人口が3億を超えた。一度の五輪開催によりこれほど多くのウィンタースポーツ人口を増やしたことはかつてなかっただろう。

 中国のウィンタースポーツ産業の全体的な規模は2015年の2,700億元(約5.4兆円、1元=20円で計算)から2020年には6,000億元(約12兆円)と2倍以上の規模に増加し、2025年には1兆元にまで拡大する見込みである。

 2021年初めの時点で、全国には標準的なスケート場が654箇所あり、2015年に比べて3倍以上増加した。屋内外の様々なスキー場も803箇所に上り、2015年に比べて4割増加している。

北京第二国際空港が竣工


 首都・北京では現在、世界最大級の国際ハブ空港の建設が進められている。新国際空港は「北京大興国際空港」、または「北京第二国際空港」と呼ばれる。2019年7月末に完工し、同年9月末に運営を開始した。

 新国際空港は北京市の大興区と河北省廊坊市広陽区との間に建設され、天安門広場から直線距離で46 km、北京首都国際空港から67 km、天津浜海空港から85 kmの位置にある。総投資額は約800億元(約1.3兆円)にのぼる。

 計画では、2040年には利用客は年間約1億人、発着回数は同80万の規模となり、7本の滑走路と約140万 m2のターミナルビル(羽田国際空港の約6倍)が建設される。2050年には旅客数は年間約1.3億人、発着回数は同103万、滑走路は9本にまで拡大予定である。空港には高速鉄道や地下鉄、都市間鉄道など、5種類の異なる交通ネットワークが乗り入れ、新空港が完成すれば、中国最大規模の交通ターミナルになる。空港の設計は、日本の新国立競技場のコンペティションで話題となったイギリスの世界的建築家、ザハ・ハディド氏(2016年没)が設立したザハ・ハディド・アーキテクツが担当しており、空港の規模だけではなく、ヒトデのような斬新なデザイン案も国内外から大きな注目を集めている。

 新国際空港が建設されたのは、北京の空港の処理能力が限界に達していることが背景にある。中国中心都市総合発展指標2022によれば、現在、北京の「空港利便性」は全国第2位であり、旅客数も第2位である。新空港が完成すれば北京は上海から同首位の奪取も視野に入る。京津冀(北京・天津・河北)エリアの一体化的な発展を推進する起爆剤ともなるだろう。

ユニバーサル北京リゾートが開業


 2021年9月、「ユニバーサル北京リゾート」(Universal Beijing Resort)がオープンした。同リゾートは通州文化観光区の中心部に位置している。中心エリアの面積は120ヘクタール、リゾートエリア全体の面積は280ヘクタールにおよぶ世界最大規模のユニバーサルスタジオである。リゾート内にはテーマパーク、デパートやレストラン、ホテルなどの様々なエンターテインメントコンテンツが整備されている。また、中国の豊かな文化遺産を反映したユニークなテーマパークも設けられている。

 2015年11月に起工式が行われ、新型コロナウイルス禍の影響で工事が一時中断していたものの、2021年のオープンに向け急ピッチで工事が進められた。建設ゴミの削減や中水の再利用など、環境に配慮したインフラが設けられたことも注目を集めている。ユニバーサル北京リゾートに直通する地下鉄2路線も開通し、交通利便性も良い。

 2018 年5月付のウォール・ストリート・ジャーナル紙は、中国のテーマパーク産業が米国を抜いて世界一の市場になる時期を2020年と予測した。実際はまだアメリカに及ばないものの、2021年には中国テーマパーク産業の市場規模は367.1億元(約7,342億円、1元=20円)に達した。

 中国中心都市総合発展指標2022では、「社会」大項目中の中項目「文化娯楽」において北京は全国第1位である。ユニバーサル北京リゾートのオープンによって、その地位は、ますます揺るぎないものとなるだろう。

市庁舎が副都心に正式移転


 2019年1月、北京市政府の庁舎が市の中心部から通州区の行政副都心に正式に移転した。副都心は天安門広場から南西約25キロに位置し、すでに市政府の一部機能が移転を終えており、新たな所在地では、移転した当日に業務が始まった。

 北京では首都機能および市の行政機能の一極集中が課題とされ、その是正が議論されてきたが、この度、副都心の建設によって市政府行政機能の分散化が実現した。河北省で建設が進む「雄安新区」もその流れを後押ししている。北京都心、通州副都心、雄安新区、の3エリアを核とし、京津冀(北京・天津・河北)メガロポリスの一体化的な発展を目指している。

 問題は本来、北京市民のための市政府機能が人口集中地区から離れた遠隔地に移され、大きな弊害が起こり得ることである。また、市政府に勤務する人々も、長い通勤時間を強いられる。

 2019年末には通州副都心に直結する地下鉄も試験営業を開始し、2020年3月には、「2020年北京副都心重大工程行動計画」が発表され、総投資額約5,225億元(約7.8兆円、1元=15円として計算、以下同)を費やし、インフラや生活環境の整備など197の重大プロジェクトを推し進めると発表された。 

 北京では人口抑制政策が行われており、〈中国都市総合発展指標2018〉では、北京の「常住人口規模」は全国第3位であったが、2018年の常住人口データでは、2017年に比べて人口は16.5万人減少した。

 現在、東京、ロンドン、パリ、ニューヨークなど世界の大都市の中心部が、再開発によって大きく変貌し「再都市化」が進む中、北京では逆行するように「反都市化」の動きを見せている。

2018年は227日が青空に


 北京市の大気汚染が改善しつつある。北京市は2018年、年間で計227日、大気質が基準値をクリアし、青天だった。「重度汚染」の基準を超えた日数は15日まで減少し、3日以上連続で「重度汚染」の日が続かなかったのは、大気汚染の悪化が著しくなった2013年以降、初めてのことであった。

 〈中国都市総合発展指標2018〉では、「空気質指数(AQI)」は第50位で前年度から213位上昇、「PM2.5指数」は第42位で前年度から224位上昇した。

 「PM2.5指数」は、2018年度に年平均濃度が減少したトップ20都市のうち、第1位は北京であり、前年比で40.4%濃度が減少した。第5位の天津は濃度が8.3%改善した。北京に隣接する河北省においても同様の傾向がみられ、河北省は10都市中、4都市が20位以内にランクインした。

 北京に大気汚染をもたらす要因の1つは、周辺の工場群や発電所などから発生する大気汚染物質である。中国当局は工場移転を促し取り締まりを強化し、また燃料の石炭から天然ガスへのシフトを進めることで、以上の成果を上げた。ただし、大気汚染のもう1つの原因は自動車の排気ガスである。排気ガス削減の道のりは依然として遠く、問題はまだ解決の途上にある。

京津冀エリアの大動脈「北京大七環」が全線開通


 北京首都エリアの高速環状線、通称「北京大七環(北京七環路)」が2018年に全線開通した。東京の環状七号線は全長約53 kmであるのに対して、「北京大七環」はなんと全長940 kmにものぼる。「北京大七環」の完成によって、北京市内で深刻化する渋滞問題の緩和が期待される。河北省の発表では、全線開通後は、1日あたりの通行量は2.5万台に達した。同環状線の開通は、京津冀エリア、特に北京市の郊外エリアや衛星都市とのネットワークを大いに強化し、物流や人の流れを促進させる。〈中国都市総合発展指標2017〉では、北京市の「道路輸送量指数」は全国第4位であり、「都市幹線道路密度指数」は全国第12位であるが、今後この順位は上がっていくであろう。

京津冀協同発展、新首都経済圏、雄安新区


 中国政府は三大国家戦略のひとつとして「(北京・天津・河北)協同発展」を打ち出している。北京の都市輻射力を発展のエンジンとした「新首都経済圏」の構築を目指す構想である。

 2017年4月、中国政府はその一環として、河北省の雄県、容城県、安新県の3県とその周辺地域に「雄安新区」の設立を決定した。雄安新区は中国における19番目の「国家級新区」となり、「千年の計」と位置づけられた習近平政権肝いりのプロジェクトである。雄安新区は北京市から南西約100km、天津市から西へ約100kmに位置し、その計画範囲は、初期開発エリアが約100km2、最終的には約2,000km2(東京都の面積と同程度)にまで達するとされている。雄安新区は北京市の「非首都機能」を移転することで、同市の人口密度の引き下げ、さらには京津冀地域の産業構造の高度化等を目指している。

北京市の突出した本社機能とスタートアップ機能


 米『フォーチュン』誌が毎年発表する世界企業番付「フォーチュン・グローバル500」の2017年度版によると、500社にランクインした企業のうち、北京市に本社を置いている企業数は56社もあった。

 企業の内訳を見ると、第三次産業の企業が4分の3を占め、そのうち国有企業は52社、民営企業は4社であった。中国全体では前年より7社多い105社がランクインしており、その半数以上が北京市に本社を置いていることになる。第2位の上海市が8社、第3位の深圳市が6社ということからみても、北京市の本社機能は突出している。

 また、中国フォーチュン(財富)が発表した「フォーチュン・チャイナ500(中国500強企業)」ランキングの2017年度版によると、第1位の北京市には100社、第2位の上海市には31社、第3位の深圳市には25社が本社を置いている。北京市政府は2017年に本社機能をより強くする方針を打ち出しており、同市への本社機能の集約は今後さらに進むであろう。

 また、北京市政府はスタートアップ機能の促進にも力を入れており、同市は今や中国最大のベンチャー企業集積地となっている。2017年に市内で新たに上場した企業数は1450社にのぼり、第2位の上海市の878社と第3位の深圳市の686社の合計にほぼ相当する。北京市政府発表によれば、同市内に拠点を構えるネット系ベンチャー企業の数は、中国全土の約40%を占めている。


【上海】中国最大の経済規模を誇る「魔都」【中国都市総合ランキング】第2位

中国都市総合発展指標2022〉第2位


 上海は7年連続で総合ランキング第2位を獲得した。

 上海の「経済」大項目は7年連続で第1位を保持している。中項目で見ると、「経済品質」「都市影響」の2つが堂々の第1位であった。「発展活力」は第2位であった。小項目では「経済規模」「開放度」「広域中枢機能」の3つが2016年から連続で全国第1位の好成績を収めている。

 「社会」大項目で上海は7年連続で第1位を保持している。「生活品質」「伝統・交流」「ステータス・ガバナンス」の3つの中項目は、2017年から引き続き第2位であった。小項目から見ると、「人的交流」「社会マネジメント」「消費水準」は北京を越え第1位を勝ち取った。「都市地位」「文化娯楽」「居住環境」「生活サービス」の4つの小項目指標では、第2位となっている。

 「環境」大項目で上海は2年連続で第2位を保持している。3つの中項目指標の中で「空間構造」は首位の座を守ったが、「環境品質」「自然生態」は、それぞれ第14位と第123位であった。小項目指標から見ると、「環境努力」「コンパクトシティ」「都市インフラ」は第2位、「交通ネットワーク」は第3位となった。一方で「水土賦存」「気候条件」「自然災害」「汚染負荷」などの小項目のパフォーマンスは芳しくなかった。

 中国都市総合発展指標2022について詳しくは、中心都市がメガロポリスの発展を牽引:中国都市総合発展指標2022を参照。


■ 世界に誇る一大商業都市


 上海市は中国四大直轄市の1つで、長江デルタメガロポリスの中枢都市である。同市の面積は約6,340平方キロメートルで群馬県とほぼ同じ大きさであり、常住人口は約2,489万人と東京都の人口の約1.8倍の規模を誇る。GDPは4.32兆元(約86.4兆円、1元=20円)で中国の地級市以上の297都市の中で堂々第1位、国別で比較すればそのGDP規模は世界25位であるベルギー一国のGDPを超えている。

 世界有数の金融センターに成長した上海浦東エリアは、ほんの20数年前まではのどかな田舎だった。1992年に「浦東新区」に指定されたことを契機として摩天楼が次々と建設され、「中国の奇跡」と讃えられるほど急速に発展していった。

 現在、上海市内には証券取引所、商品先物取引所、そして合計8カ所の国家級開発区と、自由貿易試験区、重点産業基地、市級開発区等が設置されている。〈中国都市総合発展指標2021〉の「金融輻射力」においても、上海市は第2位の座に輝いている。

 同市の広域インフラ機能も突出しており、本指標の「空港利便性」、「コンテナ港利便性」において上海は第1位となっている。上海虹橋国際空港と上海浦東国際空港を合わせた2021年の旅客輸送者数は約6,500万人に達し、航空貨物は約437万トン取り扱われ、いずれも中国随一の処理能力を持つ。港湾機能では、コンテナ取扱量が世界で12年連続第1位に輝き、その規模は4,703万TEU(20フィートコンテナ1個を単位としたコンテナ数量)(2021年)に達している。

 上海市の流動人口(戸籍のない常住人口)は約987.3万人に達し、常住人口の約4割が外からの流入人口となっている。本指標の「人口流動」項目で、上海市は第1位となっている。2015年末時点では、外国人は約17.8万人、日本人は約4.6万人が居留している。短期滞在者も含めると約10万人もの日本人が暮らしており、日系企業も約1万社が上海に居を構えている。

 2018年1月、市政府は「上海市都市総体計画(2017—2035年)」を発表した。計画の特徴の1つに人口抑制政策が挙げられる。人口集中による弊害を懸念する同市政府は人口を厳しく抑制し、2020年までに常住人口を2,500万人にまで抑え、2040年までその水準を保つことを打ち出した。上海市政府は以前から人口抑制政策を進めており、同市政府発表によると、2017年末の市内の常住人口は2016年末に比べ約1万人減少した。

■ ラグジュアリーブランド消費を牽引


 過去20年間、グローバリゼーションは世界の富を急速に増やし、国際的な高級品消費も前例のない成長を遂げた。2022年、世界の個人向け高級品市場は2000年の3倍に膨れ上がった。なかでも中国の経済成長による高級品消費益は際立っている。2019年には、中国が世界の個人向け高級品市場の33%を占めた。新型コロナウイルスのパンデミック下ではそのシェアが若干減少したものの、中国のシェアは2030年までに世界の40%に達すると予測されている。

 中国都市総合発展指標に基づき、雲河都市研究院は毎年、全国297の地級市以上の都市を対象にした「中国都市ラグジュアリーブランド指数」を発表している。この指数は、エルメス、ルイ・ヴィトン、グッチ、カルティエ、プラダ、フェンディ、コーチ、シャネル、ディオール、バーバリー、ブルガリの、世界の11のラグジュアリーブランドをサンプルとし、これらのブランドが中国各都市で持つ店舗数を指数化し分析を行っている。

 「中国都市ラグジュアリーブランド指数2022」のトップ10都市は、上海北京成都杭州西安深圳天津重慶瀋陽武漢で、同10都市の国際的なトップブランド店舗数は全国の53.8%を占める。特に上海と北京の店舗数の多さが目立っている。両都市は中国のラグジュアリーブランド消費を牽引している(詳しくは『【ランキング】誰がラグジュアリーブランドを消費しているのか?』を参照)。

図 中国都市ラグジュアリーブランド指数2022ランキング

■ 映画大国の先頭に立つ


 中国が世界最大の映画市場になる中、上海は映画観客動員数と映画興行収入の先頭を走っている。

 中国都市総合発展指標に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市以上の都市(日本の都道府県に相当)をカバーする「中国都市映画館・劇場消費指数」を毎年モニタリングしている。

 『中国都市総合発展指標2021』で見た「中国都市映画館・劇場消費指数2021」ランキングのトップ10都市は、上海、北京、深圳、成都、広州、重慶、杭州、武漢、蘇州、長沙となっている。長沙が西安を抜いてトップ10入りを遂げた。同ランキングの上位11〜30都市は、西安、南京、鄭州、天津、東莞、仏山、寧波、合肥、無錫、青島、瀋陽、昆明、温州、南通、南昌、福州、済南、金華、南寧、長春となっている。

 ゼロコロナ政策で市民生活を取り戻したおかげで、映画観客動員数において、同トップ30都市は、軒並み2〜3桁台の高い回復力を見せた。結果、映画観客動員数は中国全土で前年度より倍増した。

図 2021中国都市映画館・劇場消費指数ランキング トップ30

 「中国都市映画館・劇場消費指数2021」からは、さらに次のような都市と映画興行の関係が見えてくる。

 中国で映画興行収入の最多都市:映画興行収入のトップ10都市は、上海、北京、深圳、成都、広州、重慶、杭州、武漢、蘇州、長沙である。

 中国で映画鑑賞者数の最多都市:映画鑑賞者数が多いトップ10都市は、上海、北京、成都、深圳、広州、重慶、武漢、杭州、蘇州、西安である(詳しくは『【ランキング】世界で最も稼ぐ映画大国はどこか?』を参照)。

図 2021中国で最も映画好きな都市ランキング トップ30
(一人当たり映画館での鑑賞回数)

2021映画興行収入世界ランキングトップ10入り中国映画

■ エンターテインメント産業が爆発


 所得水準が向上したことにより、中国の消費者の関心はモノ消費からコト消費に向かっている。一例として中国のテーマパーク産業の急激な発展がある。現在、国内には2,500カ所以上のテーマパークがあり、とりわけ5,000万元(約8.5億円)以上を投資したテーマパークは約300カ所もある。2016年6月、中国で初のディズニーパークとなる「上海ディズニーランド」が開園した。総工費は「東京ディズニーシー」の約2倍となる約55億ドル(約6,500億円)、面積は約390ヘクタールで、これも「東京ディズニーランド」(200ヘクタール)の約2倍の広さを誇る。入場者数は開業1年で1,100万人を動員、黒字を実現し、現在も拡張工事が進められている。

■ 自動車産業


 中国は現在、世界最大の自動車生産大国、消費大国、そして輸出大国となっている。上海は中国の自動車大国を牽引している。

 中国都市総合発展指標に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市(地区級市、日本の都道府県に相当)以上の都市をカバーする「中国都市自動車産業輻射力」をモニタリングしている。輻射力とは特定産業における都市の広域影響力を評価する指標である。自動車産業輻射力は都市における自動車産業の従業員・企業集積状況や企業資本・競争力を評価したものである。「2020年中国都市自動車産業輻射力」は、2019年から2020年にかけて中国各都市で公表された「第4回全国経済センサス(第四次全国経済普査)」をベースに算出した。

 中国都市総合発展指標2020で見た「2020年中国都市自動車産業輻射力」ランキングの上位10都市は、上海、長春、重慶、広州、武漢、蘇州、北京、十堰、天津、襄陽となった。特に、トップ3都市の上海、長春、重慶の輻射力は抜きん出ている。

 同ランキングの上位11〜30都市は、瀋陽、柳州、無錫、成都、南京、蕪湖、寧波、南昌、常州、杭州、揚州、長沙、深圳、済南、温州、西安、青島、仏山、合肥、鎮江である。これらの都市には中国自動車メーカの本社機能や主要工場が立地している。

図 2020年中国都市自動車産業輻射力ランキング

 近年、環境問題が世界的な課題となる中で、電気自動車(EV)が注目を集めている。自動車大国となった中国では、猛烈な勢いでEVの普及と生産に官民一体となって取り組んでいる。

 2023年、中国は世界のEV販売台数と生産台数のダントツ1位である。中国の自動車輸出もEVの貢献度が高い。世界的なEV大手テスラの最初のメイン工場も上海にある(詳しくは『【ランキング】自動車大国中国の生産拠点都市はどこか?』を参照)。

■ 世界で最も港湾コンテナ取扱量が多い都市


 2020年世界における都市港湾コンテナ取扱量ランキングのトップ30には、アジアの都市が21も含まれている。特に中国は、香港、高雄を含み12都市もランキングされている。アジアの時代を彷彿とさせる同順位のトップに立つのが上海である。

 ランキングのトップ10は、順に上海、シンガポール、寧波―舟山、深圳、広州、青島、釜山、天津、香港、ロッテルダムとなり、トップ10都市のうち、中国は香港を含み7都市(寧波と舟山をひとつにカウント)がランクインしている。コンテナ輸送における中国の圧倒的なパワーが浮かび上がる。

 同ランキングトップ30の中で、中国以外には唯一アメリカが複数の都市をランクインさせている。それは17位のロサンゼルス、19位のロングビーチ、20位のニューヨーク―ニュージャージーである。なお、日本は21位の京浜港(東京―横浜―川崎をひとつにカウント)だけがランクインした。

図 2020年世界における都市港湾コンテナ取扱量ランキング

 グローバリゼーションが加速する中、サプライチェーンの根幹である港湾機能は、国や都市にとって極めて重要な機能である。中国都市総合発展指標では、港湾機能を評価する「コンテナ港利便性」を採用し、毎年各都市でモニタリングを実施している。

 「コンテナ港利便性」は、都市における港湾へのアクセスおよび港湾処理機能を指数化した指標であり、都市中心部から港湾までの直線距離やコンテナ取扱量等のデータを合成し、独自に利便性を算出している。

 「2020年中国都市コンテナ港利便性」のトップ10都市は、順に、上海、深圳、寧波、青島、天津、広州、廈門、日照、蘇州、舟山となり、第1位の上海の突出ぶりが著しい。

 2020年には、上記トップ30都市で唯一、大連のコンテナ取扱量がマイナス成長に陥った。新型コロナウイルス禍で、中国の大多数の港湾都市がコンテナ取扱量のプラス成長を実現させた背景には、製造業輸出力の強靭さが窺える(詳しくは『【ランキング】世界で最も港湾コンテナ取扱量が多い都市はどこか?』を参照)。

図 2020年中国都市コンテナ港利便性ランキングトップ30都市

■ 中国で最も空港利便性が高い都市


 交通ハブ機能は、都市にとって極めて重要な機能であり、他の中枢機能を強化・増幅する基盤となる。中国都市総合発展指標では、空港機能を評価する「空港利便性」を採用し、例年各都市でモニタリングを実施している。

 「空港利便性」は、その都市における空港のアクセスおよび空港処理機能を指数化した指標であり、都市中心部から空港までの直線距離、空港旅客数、空港貨物取扱量、年間フライト数、遅延率、滑走路距離等のデータを合成し、独自に利便性を算出している。

 「2020年中国都市空港利便性ランキング」上位10都市は、上海、北京、広州、深圳、成都、重慶、昆明、西安、杭州、廈門であり、いずれも中心都市である。同上位10都市の順位は、2019年度から不動であった。

 「2020年中国都市空港利便性ランキング」の11位から30位都市は、鄭州、南京、海口、貴陽、長沙、青島、天津、三亜、瀋陽、武漢、ウルムチ、ハルビン、大連、済南、南昌、太原、寧波、フフホト、蘭州、南寧であり、海南島のリゾート地・三亜を除き、すべて中心都市であった。東京経済大学の周牧之教授は「コロナ禍の影響により国際旅行が中断され、国内旅行が中心となり、観光名所を抱える鄭州、貴陽、長沙、三亜等の都市が順位を上げた」と見ている(詳しくは『【ランキング】中国で最も空港利便性が高い都市はどこか?』を参照)。

図 2020年中国都市空港利便性ランキングトップ30都市

■ G60科学技術イノベーション回廊(G60上海松江科創走廊)で産業振興を


 現在、上海をはじめとした長江デルタエリアでは、G60科学技術イノベーション回廊(G60上海松江科創走廊)という目玉プロジェクトが進行している。2016年に発足した同プロジェクトは、米国ボストン周辺のルート128にハイテク企業を集積させたことに因み、高速道路G60の上海市松江区から浙江省金華市までの区間沿いに、イノベーション関連企業を集積させる試みである。その後、構想はさらに松江区から外側へ延びる他の高速道路や高速鉄道の沿線に広がった。現在、同プロジェクトに参加する都市は、上海(松江)、嘉興、杭州、金華、蘇州、湖州、宣城、蕪湖、合肥の9都市に及ぶ。

 この9都市の人口、GDPの合計は、それぞれ約5,672万人、約7.4兆元(約147.5兆円、2021年)にも達する。同構想は、9都市における環境、ロボット、自動車部品など基幹産業の連帯的な発展を促すために、産業パークの設置や、金融サービスの提携、人材の交流などの施策を打ち出した。また、長江デルタメガロポリスにおける地域協力のモデルとして、9都市間の通勤、通学、物流などを推し進めるインフラ整備や制度整備なども行っている。

 雲河都市研究院は同プロジェクトから要請を受け、「長江デルタG60科学技術イノベーション回廊ハイクオリティ発展指数」、「長江デルタG60科学技術イノベーション回廊一体化発展指数」の両指標を開発、プロジェクトの進捗状況を明らかにすると同時に、その方向性づくりに協力している。

中国各都市の科学技術発展の実態について詳しくは、【ランキング】科学技術大国中国の研究開発拠点都市はどこか?」を参照されたい。

■ 66日間に及んだ長期ロックダウン


 上海にとって2022年は新型コロナウイルスに苦しめられた一年であった。3月28日〜6月1日の間ロックダウン(都市封鎖)が実施され、その封鎖期間は66日間に及んだ。2020年の武漢のロックダウンに11日短いだけの長期戦であった。

 上海は中国最大の経済規模を誇る国際都市である。その上海で新型コロナウイルスの流行は、2022年1月中旬に始まった。最初は毎日数人の新規感染者が出る程度で、それが2月末まで続いた。しかし、3月初めからは、日々の新規感染者が数十人から数百人にまで急増し、3月下旬には1日あたり千人を超えた。ピークに達した4月28日は、1日で5,487人もの新規感染者が出た。

 ロックダウン期間の66日間、上海市でのべ57,486人の陽性感染者が報告され、1日あたり平均871人の新規感染者が出た計算になる。また中国では症状のある新規感染者と別途に、無症状感染者数の集計をしている。上海のロックダウン期間の無症状感染者数は773.7万人に達し、1日あたりでは平均11.7万人となった。

 全域でロックダウンを実施した武漢とは違い、上海のロックダウンは部分的に実施された。3月27日に上海市新型コロナ感染予防抑制活動指導グループ弁公室が通知を発表し、3月28日から4月5日まで、黄浦江を境に地区を分割し、PCRスクリーニング検査を実施するとした。公告によると、最初の封鎖地域には浦東、奉賢、金山、崇明の4地区と、閔行区が管轄する2つの街道、松江区が管轄する4つの町が含まれた。その時点での対象面積は約4,000平方キロメートルで、上海市全体の面積の60%以上を占め、対象人口は800万人まで広がった。

 その後、ロックダウンはさらに2カ月ほど伸び、6月1日まで長期に至った。ロックダウンの実施により新型コロナ感染状況は一時沈静化されたものの、年末のゼロコロナ政策の解除で再び感染が爆発して医療崩壊も起こり、人的損害が膨らんだ。

 結果、新型コロナ感染症は2022年の上海経済に大きな負の影響を及ぼした。

■ 上海自由貿易試験区臨港新片区


 上海で進む1つの目玉プロジェクトは「上海自由貿易試験区臨港新片区」(以下、新片区)開発プロジェクトである。2019年8月に発足した新片区は、上海中心部から南東へ約70キロメートルに位置し、総面積873平方キロメートルの巨大国家プロジェクトである。

 新片区は投資・貿易・資本・輸送・人材の自由化を進め、質の高い外資を誘致し、産業と都市の融合発展を目指す。まずは、スタートエリアとして120平方キロメートルの開発を計画中だ。

 新片区には、すでに、テスラ(Tesla)、シーメンス(Siemens)、キャタピラー(Caterpillar)、そして日本からYKKなどの国際的に名高い企業が進出している。

 なお、新片区は、上海臨港経済発展(集団)有限公司が開発を担っているが、2019年11月下旬、雲河都市研究院は当該集団と戦略提携を結び、同プロジェクトを支援している。

■ 改革開放40周年を迎える中国と上海


 中国は2018年、改革開放40周年を迎えた。この40年間で、中国経済の規模は世界第2位に躍進し、1978年に世界11位だった経済規模が、2009年には日本を抜いて堂々世界第2位に達した。2017年のGDPは12.3兆ドル(約1,381兆円)に膨れ上がり、世界経済全体の約15%を占めるまでに成長した。

 改革開放の象徴的な都市は何と言っても「GDP規模」で全国第1位の上海であろう。その上海の中でもとりわけ経済発展を牽引したのが、上海浦東新区である。

 1990年から建設が始まった浦東新区は、わずか28年間で、何もなかっただだっ広い畑が高層ビルの立ち並ぶ国際金融センターへと様変わりした。また、全国ではじめて保税区、自由貿易試験区、保税港区が設置され、浦東新区の経済規模は設立以来およそ160倍にまで拡大した。

 今後も上海は対外開放拡大の牽引役として、またグローバルシティとして、絶えず新しい活力を放出し続けるだろう。

■ 第15回上海書展(上海ブックフェア)が開催


 上海市民に人気の恒例「第15回上海書展(上海ブックフェア)」が2018年8月、上海市政府主催により「上海展覧中心」で開催された。展示面積2.3万 m2という巨大規模で、参加した出版社は500社以上、15万冊の書籍展示に加えて読書イベントが1,000回以上行われ、展覧会での売上は5,000万元(約8.1億円)を記録した。このブックフェアは年々評判を増し、今年は30万人以上の来場者があった。

 中国の出版産業は好調である。2016年、中国の書籍小売り市場の規模は701億元(約1.1兆円)で前年比12.3%増の成長であった。そのうち、実店舗での販売規模は336億元(約5,438億円)で前年比2.3%減、 オンラインでの販売規模は365億元(約5,907億円)で前年比30%増であった。2016年に、はじめてオンラインでの書籍販売が実店舗での販売額を超え、特に大型サイトでの書籍販売は年々増加の一途をたどっており、今後もこの勢いは続いていくとみられている。

 大手オンライン書籍販売サイト「当当網」の2017年度書籍販売のフィクション部門トップ10には、海外の翻訳書が7作品ランクインした。第1位には太宰治『人間失格』の翻訳本、第2位には東野圭吾『ナミヤ雑貨店の奇蹟』の翻訳本、第10位には同じく東野圭吾の『白夜行』の翻訳本が入り、日本人作家の人気の高さを示した。近年、村上春樹、綾辻行人、新海誠など日本の人気小説が次々と中国語に翻訳され出版されている。中でも東野圭吾は絶大な人気があり、『容疑者Xの献身』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』は中国で映画化もされているほどである。マンガやアニメに小説が加わり、日本のコンテンツには中国から熱い視線が送られている。

■ 第1回中国国際輸入博覧会


 2018年11月、第1回中国国際輸入博覧会が上海市政府ほかの主催により市内「国家会展中心」で開催された。この博覧会は習近平国家主席肝煎りの一大イベントであり、貿易の自由化と経済のグローバル化を推進させ、世界各国との経済貿易交流・協力の強化を促進するための見本市と位置づけられている。博覧会には100数カ国・地域から出品され、中国内外から15万社のバイヤーが参加した。

 世界最大の人口を持ち世界第2位の経済体にまで成長した中国は、消費と輸入が急伸し、すでに世界の第2位の輸入と消費を誇るまでに成長している。今後さらに5年間で10兆ドル以上の商品・サービスを輸入する巨大市場にまで成長することが見込まれている。

 その巨大市場の中心地の一つが上海である。上海は世界最大クラスのメガロポリス「長江デルタ」の中心都市であり、巨大な人口と経済規模を兼ね備え、中国国内で最もサービス業が発達している都市の一つであり、いまや世界中の資源が上海に集中していると言っても過言ではない。上海港のコンテナ取扱量は7年連続世界一を記録し、〈中国都市総合発展指標2017〉では「コンテナ港利便性」は全国第1位を獲得。空港の旅客数は1億人を超え、直行便は世界282都市にまで広がり、「空港利便性」も全国第1位を獲得している。内需主導型経済への移行を目指す中国にとって、上海市での同イベントの成功は、今後の中国にとって一つのシンボルとなるだろう。


【深圳】中国シリコンバレーになった新興メガシティ【中国都市総合発展指標】第3位

中国都市総合発展指標2022〉第3位



 深圳は7年連続で総合ランキング第3位を獲得した。

 大項目で深圳のパフォーマンスが最も優れているのは、第1位を獲得した「環境」であった。3つの中項目の中で「空間構造」「環境品質」は第1位、「自然生態」では第16位となっている。総合ランキングトップ10都市の多くは、「環境」大項目のパフォーマンスが芳しくない中、深圳は「環境」「社会」「経済」の3つの大項目でバランスの取れた発展パターンを示した。「環境」大項目の小項目を見ると、「コンパクトシティ」「資源効率」は第1位、「交通ネットワーク」は第2位、「環境努力」は第3位であった。なお、人口集積は高い一方、利用可能国土面積が小さいため、「水土賦存」が第293位であった。

 「経済」大項目で深圳は7年連続で第3位を獲得した。中項目の「経済品質」「発展活力」「都市影響」いずれもで第3位であった。小項目から見ると、「経済効率」「広域中枢機能」が第2位を勝ち取り、「経済規模」「経済構造」「開放度」「イノベーション・起業」「都市圏」「広域輻射力」は第3位、「ビジネス環境」は第4位となり、9つの小項目はすべてトップ4位に入っている。

 「社会」大項目で深圳は、2年連続で第5位を維持した。中項目の中で「生活品質」のパフォーマンスは良好で第5位、「ステータス・ガバナンス」「伝承・交流」は第7位となった。「社会」大項目の9つの小項目の中で、深圳は、8つの小項目指標が全国平均を上回っているが、新興都市であるが故「歴史遺産」だけが第248位と引き離された。


■「世界の工場」から「中国のシリコンバレー」へ


 深圳市は広東省の南部に位置し、香港に隣接する新興都市である。面積は約1,997平方キロメートルで大阪府と同規模、2021年の常住人口は約1,768万人で中国第6位である。

 深圳市はかつて人口規模わずか3万人の漁村だったが、1980年に中国初の「経済特区」に指定されたことをきっかけに、「中国のシリコンバレー」と呼ばれるまでに飛躍的な発展を遂げた。わずか40年間強で人口は600倍近くに拡大。その世界史上類を見ない発展ぶりは「深圳速度」と称される。2021年のGDPは約3.1兆元(約62兆円、1元=20円換算)に達し、中国国内では第3位の規模となった。国別で比較すれば、これは世界32位のナイジェリアを上回る経済規模である(詳しくは、【ランキング】世界で最も経済リカバリーの早い国はどこか? 中国で最も経済成長の早い都市はどこか?を参照)。

 経済特区に指定されて以来、深圳市は輸出加工拠点として急速に発展し「世界の工場」と称されるまでになった。「中国都市製造業輻射力2021」で深圳は第1位となっている(詳しくは、【ランキング】中国で最も輸出力の高い都市はどこか?を参照)。

 「中国都市製造業輻射力」のトップ10都市は成都を除き、すべて大型コンテナ港を利用できる立地優位性を誇る。深水港、すなわち、大型コンテナ港は、グローバルサプライチェーンを支える基盤である。深圳はコンテナ港の発展も著しく、中国都市総合発展指標2022における「コンテナ港利便性」においても第2位となっている(詳しくは、【ランキング】世界で最も港湾コンテナ取扱量が多い都市はどこか?を参照)。2022年の深圳港のコンテナ取扱量は前年比4.4%増の約3,004万TEUに達し、開港以来最高の取扱量を記録した。世界の港湾別コンテナ取扱量ランキングでも第4位に輝いた。

 「世界の工場」としての地位を築き上げてきた深圳だが、現在では新興ハイテク企業が次々と生まれるイノベーション都市へと脱皮している。「中国都市IT産業輻射力2022」で深圳は第3位に上り詰めた。深圳にはアメリカの対中制裁で有名になった企業が数多く本社を構える。例えば、通信機器の中興通訊(ZTE)と華為技術(ファーウェイ)、そしてウィチャットの親会社の騰訊(テンセント)、ドローンの世界トップシェアを持つDJIである。これらは全て深圳発のITベンチャー企業である。これら企業の群生は、深圳が「世界の工場」たる製造業スーパーシティから、IT産業スーパーシティへと脱皮していることを示している(詳しくは、【ランキング】中国IT産業スーパーシティはどこか?を参照)。

■ “移民都市”


 深圳市は典型的な“移民都市”である。2021年に同市の戸籍を持たない常住人口、いわゆる「流動人口」は、約1,137万人にも達し、その規模は中国の都市の中で最大である。ちなみに流動人口規模の2位は上海、3位は広州、4位は北京であった。上海と広州では流動人口の常住人口に占める割合は4〜5割前後なのに対し、深圳の同シェアは64.4%に達している。 

 深圳の人口を年齢別で見ると、15歳未満人口(年少人口)は15.1%、15歳以上65歳未満人口(生産年齢人口)は79.5%、65歳以上人口(老年人口)はわずか7.4%である。外部から大量の生産年齢人口を受け入れているゆえに、このような若い人口構成となっている。若い人口構成と“移民都市”としてのバイタリティーが深圳の奇跡をもたらした。

■ 経済規模で広州、香港を超え


 深圳の経済規模は2018年に広州を超え、2019年には香港を超えた。いまや「アジアの奇跡」とも呼ばれる一大IT都市となった。

 しかし、「1人当たりGDP」で見ると、2022年に深圳は約18.3万元(約366万円、1元=20円換算)であるのに対して、香港は約35.3万元(約706万円)となっている。深圳と香港の格差はまだ大きい。なお、深圳は広州の同約15.4万元(約308万円)を抜いている。

 2017年に「粤港澳大湾区(広東省・香港・マカオのビッグベイエリア)構想」が公表され、深圳、広州、香港の「3都物語」の展開に注目が集まっている。米中競争ムードがヒートアップする中で、国際大交流をベースとするビッグベイエリア構想の行方が取り沙汰されている。

IT産業スーパーシティ


 中国都市総合発展指標に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市(地区級市、日本の都道府県に相当)以上の都市をカバーする「中国都市IT産業輻射力」を毎年モニタリングしている。輻射力とは広域影響力の評価指標である。IT産業輻射力は都市におけるIT企業の集積状況や企業力、そして、IT産業の従業者数を評価したものである。

 2020年は、IT業界にとって大発展の年であった。デジタル感染症対策、在宅勤務、オンライン授業、遠隔医療、オンライン会議、オンラインショッピングなどが当たり前になり、新型コロナウイルス禍で産業や生活のあらゆる分野におけるデジタル化が一気に進んだ。

 中国都市総合発展指標2022で見た「中国都市IT産業輻射力2022」ランキングのトップ10都市は、北京、上海、深圳、杭州、広州、成都、南京、重慶、福州、武漢となった。これら中国のIT産業スーパーシティは、すべて直轄市、省都、計画単列市からなる中心都市である。同ランキングの上位11〜30都市もほとんどが中心都市である(詳しくは【ランキング】中国IT産業スーパーシティはどこか?を参照)。

図1 2022年中国都市IT産業輻射力ランキングトップ30都市

■ 研究開発大国を牽引


 現在、世界で最も研究者を抱えているのは中国である。2020年国・地域別研究者数ランキングをみると、トップとしての中国の存在が圧倒的である。中国の研究者数(FTE)は2位のアメリカ、3位の日本と比較すると、それぞれ約1.4倍、約3.3倍の規模にまで達している。さらに8.1%という驚異的な伸び率のもと中国の研究者数は増え続けている。

 科学技術発展の実力を示すアウトカム指標として、科学論文数が挙げられる。2020年の国・地域別科学論文数ランキングでは、1位中国、2位アメリカと続く。両国の論文数は3位以下を突き放し、論文総数は両国で世界論文数の38.3%を占め、3位インドから15位イランの総論文数に相当する。中国の論文数は、世界論文数の22.8%を占めるまでに増えた。論文数の伸び率も9.7%と驚異的である。このままでは今後さらに他国・地域との差が拡大していくに違いない。

 なお、2003年までは論文数で世界2位を誇った日本は、いまや同6位に後退し、且つ論文数は伸び悩んでいる。

 科学技術発展の国際的な実力を示すアウトカム指標として、国際特許出願件数も挙げられる。2020年の国・地域別国際特許出願件数ランキングでは、1位中国、2位アメリカ、3位日本と続く。国際特許出願件数は、このトップ3が他国・地域を突き放し、3国で世界シェア64.7%を占める。なかでも、中国はその世界シェアが25.1%に達した。さらに、中国は16.5%という驚異的な伸び率でそのシェアを拡大し続けている。

 日本はこれに対して、国際特許出願件数が−4.0%とマイナス成長に陥っている。国際特許出願件数トップ10では、ドイツ、フランス、オランダも同様にマイナス成長にある。

 〈中国都市総合発展指標〉に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市(地区級市、日本の都道府県に相当)以上の都市をカバーする「中国都市科学技術輻射力」をモニタリングしている。輻射力とは特定産業における都市の広域影響力を評価する指標である。科学技術輻射力は都市における研究者の集積状況や国内外特許出願数、商標取得数などで評価した。

 〈中国都市総合発展指標2020〉で見た「中国都市科学技術輻射力2020」ランキングのトップ10都市は、北京、深圳、上海、広州、蘇州、杭州、東莞、南京、寧波、成都となった。特に、北京、深圳両都市の輻射力は抜きん出ている。深圳は民間企業をベースに巨大な研究開発力を持ったことが特記される。

同ランキングの上位11〜30都市は、天津、仏山、西安、武漢、無錫、合肥、長沙、青島、鄭州、紹興、温州、廈門、済南、嘉興、重慶、福州、台州、南通、大連、珠海である。これらの都市には中国の名門大学、主力研究機関、そしてイノベーションの盛んな企業が立地している(詳しくは【ランキング】科学技術大国中国の研究開発拠点都市はどこか?を参照)。

図 中国都市科学技術輻射力ランキング2020 トップ30

■ 輸出大国をリード


 2000年以降、中国の輸出は10倍以上も伸び世界第一位の輸出大国となっている。〈中国都市総合発展指標〉に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市(地区級市、日本の都道府県に相当)以上の都市をカバーする「中国都市製造業輻射力」を毎年モニタリングしている。輻射力とは都市の広域影響力の評価指標である。製造業輻射力は都市における工業製品の移出と輸出そして、製造業の従業者数を評価したものである。

 〈中国都市総合発展指標2020〉で見た「中国都市製造業輻射力2020」ランキングのトップ10都市は、深圳、蘇州、東莞、上海、寧波、仏山、成都、広州、無錫、杭州となった。深圳を始めとするこれら製造業スーパーシティの輸出力が世界的に見ても際立っている。特にこれらトップ10都市のうち、深圳、蘇州、東莞、寧波、仏山、無錫の6都市は改革開放前は、工業の蓄積を殆ど持たない小さな町であった。とりわけ深圳は、都市ですらない村であった。これらの町を製造業スーパーシティに仕立てたのは、グローバルサプライチェーンの躍動であった(詳しくは【ランキング】中国で最も輸出力の高い都市はどこか?を参照)。

図 2020年中国都市製造業輻射力ランキングトップ30都市

■ 米中貿易摩擦で逆風


 2018年から顕在化した米中貿易摩擦が深圳を直撃している。中国都市総合発展指標2022によると、深圳は「フォーチュントップ500中国企業」第3位、「中国トップ500企業」第3位、「中国民営企業トップ500」第3位、「中国都市製造業輻射力2022」第1位を誇る中国を代表する経済都市である。

 深圳は中国における加工貿易の先駆けの都市であり、輸出額ランキングで20年以上全国第1位の座を守り抜いている。深圳にとって米国は2番目に大きい輸出先であった。輸出型経済で成長してきた深圳は、昨今の米中貿易摩擦や新型コロナウイルスショックの逆風を受けている。

 しかし、こうした危機は、新たなチャンスの訪れとも捉えられる。それは、よりオープンな国際都市になることで実現可能だ。

 深圳が特区になってから40年間、その成果は抜きん出ていた。中国都市総合発展指標2022で同市は「経済」の「ビジネス環境」中項目では第4位、「開放度」中項目で第3位、「社会」の「人的交流」中項目で第4位を勝ち取り、高い開放性や国際性を誇る。

 広域インフラ整備についてもコンテナ港だけでなく「空港利便性」も中国で第3位の立場を築き上げた(詳しくは【ランキング】中国で最も空港利便性が高い都市はどこか?を参照)。

 深圳の、隣接する香港との国際都市としての競演が楽しみである。

■ イノベーション都市を目指して


 近年、深圳はアジアを代表するイノベーション都市としても名声が上がっている。中国都市総合発展指標2022において、「経済」の「イノベーション・起業」小項目は北京、上海に続いて全国第3位であった。大学や研究機関のストックが少ない新興都市にしては快挙である。

 しかしながら、トップ2都市と比較すると同項目の成績には、まだ大きな開きがある。その原因の1つは、やはり大学にある。中国の名門大学のほとんどは、改革開放以前に創立された。一漁村から加工貿易で身を起こし、爆発的な成長を遂げてきた深圳はこれまで、高等教育機関との縁が薄かった。現在は財力を駆使し、大学誘致に励んでいるが、旺盛な人材需要と高等教育キャパシティとのギャップはまだ大きい。「中国都市高等教育輻射力2022」ランキングにおいて同市は36位に甘んじている。

 また、国立の研究機関もあまり立地がなく、北京中関村に国の研究機関が林立するような風景は深圳では見られない。

 それにしても、経済特区としての開放感の中で、全国から集まった人々が研究に励み、次から次へと起業している。ファーウェイや、中興通訊はその代表格だ。深圳のイノベーションは、民間企業中心で進んでいる。

 優秀な人材は成功をつかもうとするだけでなく、生活のクオリティも求める。豊かになったいま、生活の質における深圳の後進性が際立つ。例えば「中国都市医療輻射力2022」のランキングは第21位と、深圳の医療態勢はかなり遅れを取っている。

 新興都市深圳は、これから都市アメニティ(都市の魅力や快適さ)でも勝負に出なければならない(都市アメニティについて詳しくは【対談】アフターコロナの時代、国際大都市は何処へ向かう? 周牧之 VS 横山禎徳対談、また【コラム】都市のアメニティを参照)。

■ 広深港高速鉄道と港珠澳大橋が開通


 2018年9月、広州・深圳と香港を結ぶ初の高速鉄道「広深港高速鉄道」の香港域内区間が正式に開通した。深圳から香港までは最速で14分、広州から香港までの走行時間も以前の100分から48分へと半分に短縮された。香港は中国本土の高速鉄道網と直接連結し、北京までの所要時間は9時間に短縮した。中国都市総合発展指標2022では深圳の「鉄道利便性」は全国第9位だが、第2位の広州に順位が近づいていくだろう。

 広深港高速鉄道の全面開通により、中国政府が進めている巨大ベイエリア構想「粤港澳大湾区(広東・香港・マカオビックベイエリア)計画」に内包される深圳、広州、香港といった主要都市がすべて高速輸送ネットワークでつながった。これにより、今後エリア内外の人的交流がさらに加速していく。

 同高速鉄道の開通に加え、「港珠澳大橋(香港・珠海・マカオ大橋)」も2018年10月23日開通した。これでベイエリア内の交通ネットワークがさらに強化され、ヒト・モノ・カネ・情報の流れが増大している。中国都市総合発展指標2022ではすでに「広域中枢機能」は深圳が全国第2位、広州が第3位であり、この順位は今後も揺るがないだろう。大ベイエリアでは、「奇跡の発展」を遂げた深圳が牽引役となっている。


【広州】世界に誇る交易都市【中国都市総合発展指標】第4位

中国都市総合発展指標2022
第4位



 広州は7年連続で総合ランキング4位を獲得した。

 「社会」大項目で、広州は6年連続中国第3位であった。中項目の「ステータス・ガバナンス」「伝承・交流」「生活品質」は、いずれも第3位となった。小項目から見ると、「都市地位」「文化娯楽」「人的交流」「消費水準」「生活サービス」は揃って第3位、「人口資質」「居住環境」は第4位と、9つの小項目のうち、7つの指標がトップ5に入った。なお、「歴史遺産」は第21位、「社会マネジメント」は第22位と、全国平均を上回るものの、順位は他の7項目と比較すると目立たない。

 広州の「経済」大項目は、7年連続で中国第4位を維持した。3つの中項目の中で「経済品質」「発展活力」「都市影響」は、いずれも第4位となった。9つの小項目のうち、8つの指標がトップ10に入り、その中でも「ビジネス環境」「広域中枢機能」が第3位と優れ、「イノベーション・起業」は第4位、「経済規模」「経済構造」「開放度」「広域輻射力」は第5位となった。なお、「都市圏」は第6位、「経済効率」は第29位となっている。

 「環境」大項目で広州は、2年連続で第3位を維持した。3つの中項目指標 の中で「空間構造」は第4位を維持したものの、「環境品質」は第15位となり、「自然生態」は第21位に甘んじた。小項目から見ると、「コンパクトシティ」は第3位、「資源効率」「交通ネットワーク」は第4位、「都市インフラ」は第10位と、4項目はトップ10入りしているものの、「環境努力」は第19位、「気候条件」は第20位、「汚染負荷」は第89位に留まった。「自然災害」は第163位、「水土賦存」は第227位と、いずれも全国平均を下回った。

 広州は、ごく一部の小項目が全国平均を下回っているものの、環境・経済・社会の各項目の成績は非常に高く、トリプルボトムラインのバランスもよく取れている。


■ 開放感溢れる貿易都市


 広東省の省都である広州は、同省の東南部、珠江デルタに位置し2000年以上にわたり交易の中心地として繁栄してきた。特に明朝と清朝では数百年にわたって中国対外貿易の唯一の窓口で、世界最大の貿易大国を支えた。

 新中国建国後もその交易機能を活かし、厳しい国際環境のなか1957年に始まった広州交易会(中国輸出商品交易会)は一時、中国の輸出の半分までを稼いでいた。

 広州の2022年GDPは2.88兆元(約57.6兆円、1元=20円換算)に達し、前年比1.0%の伸びを実現した。これは、北京、上海、深圳、重慶に続き中国第5の経済規模である(詳しくは、【ランキング】世界で最も経済リカバリーの早い国はどこか? 中国で最も経済成長の早い都市はどこか?を参照)。

 2022年広州の常住人口は約1,873万人で、中国第5位となっている。改革開放後、広州は外部から多くの人口を受け入れてきた。広州の戸籍を持たない常住人口、いわゆる「流動人口」は約870万人に達し、中国第3位の規模である。

■ 珠江デルタメガロポリスの交通ハブ


 中国政府は広州を中国の重要な総合交通ターミナルと位置づけている。中国都市総合発展指標2022における陸・海・空の交通パフォーマンスはいずれも全国トップクラスの成績を収めている。

 鉄道・道路において、「鉄道利便性」は中国で第2位、「道路輸送指数」は同第5位である。なかでも、広州南駅は中国最大クラスの旅客輸送量を誇る鉄道駅であり、北京―広州高速鉄道、広州―深圳―香港高速鉄道をはじめとした鉄道網の重要なハブ駅となっている。中国の国家戦略「一帯一路」は、広州を国際貨物輸送ハブとし、粤港澳ビッグベイエリアはもちろん、東南アジア、中東、さらには欧州向けの一大交通拠点になることを目指している。

 市内の交通インフラ整備は進み、2021年末には市の地下鉄営業距離が合計622キロメートルに達した。この距離は中国で第4位である。

 港湾では、「コンテナ港利便性」が中国で第6位、「コンテナ取扱量」が年間2,460万TEU(20フィートコンテナ1個を単位としたコンテナ数量)で、中国第6位、世界第5位である(詳しくは、『【ランキング】世界で最も港湾コンテナ取扱量が多い都市はどこか?を参照)。

 2018年4月には、広州白雲国際空港の第二ターミナルが運用開始した。同新ターミナルの総面積は65.9万平方メートル(羽田国際空港の約2.8倍)、カウンター数は339カ所。2022年に広州白雲国際空港の利用客2,611万人にのぼり、北京首都国際空港、上海浦東国際空港を抜いて中国第1位となった。郵便貨物取扱量は188万トンに達し、中国で第2位である。中国都市総合発展指標2022でも広州の「空港利便性」は全国第2位である(詳しくは【ランキング】中国で最も空港利便性が高い都市はどこか?を参照)

■ ずば抜けた都市輻射力


 省都としての広州市は、文化、生活、教育などの面で周辺地域にさまざまな都市機能を提供している。珠江デルタメガロポリスの二大中心都市である広州と深圳の「輻射力」を比較すると、広州の優位性が明らかである。

 例えば、「医療輻射力」では広州が中国第2位であるのに対して深圳は同21位である(詳しくは【レポート】新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?を参照)。

 また、「高等教育輻射力」では、広州が中国第4位に対して深圳は同36位。文化・スポーツ・娯楽輻射力」では、広州が中国4位、深圳が同7位となっている。いずれの分野でも広州がより高い順位を獲得している(詳しくは【レポート】中日比較から見た北京の文化産業を参照)。

 このように、広州は交通インフラ、経済規模、人口規模、教育文化輻射力などの面で優れ、珠江デルタメガロポリスの発展を牽引している

■ 粤港澳ビッグベイエリア発展が加速


 中国政府は2019年2月に、現在推進中の粤港澳大湾区(広東省・香港・マカオ・ビッグベイエリア)構想の発展計画綱要を発表した。これは中国で初めて香港とマカオを国の地域発展計画に組み入れたものである。同計画は2035年までの長期計画で、対象都市は香港・マカオの2特別行政区と広東省9都市(広州、深圳、珠海、佛山、惠州、東莞、中山、江門、肇慶)の合計11都市となっている。

 ビックベイエリアの総面積は5.6万平方キロメートルで、ニューヨーク、サンフランシスコ、東京大都市圏の3つの都市圏を合わせた面積よりも大きい。ビッグベイエリアのGDP総額は2022年、約13.0兆元(約260兆円)に達し、その経済力はすでにイタリアの名目GDPを上回り、世界第8位の規模に当たる。

 ビッグベイエリアは「世界の工場」として、中国で最も開放的で活気に満ちた地域である。産業の発展が加速する中、人口集積も進み、現在の総人口は約8,600万人を超えている。

 同計画における広州、深圳、香港、マカオの4つの中心都市の位置づけはそれぞれ異なる。広州は、「国際経済センター」「総合交通ハブ」「科学技術・教育・文化センター」として位置づけられている。

 世界最大のベイエリア構想がどう実現していくか、その行方を世界が注目している。

■ 広仏都市圏の形成


 中国都市総合発展指標2022総合ランキング第4位の広州と同23位の仏山は、地理的に隣接し、その人口密集エリアもかなり絡み合っている。行政区画は異なっていても人口密集エリアにつながりのある点で、東京都と千葉、神奈川、埼玉各県との関係に似ている。

 中心都市として発展してきた広州と、製造業を中心に成長してきた仏山との一体化は現在進んでいる。

 周牧之教授は、早くから広州と仏山を1つの都市圏として整備していくべきだと提唱していた。しかし、つい最近まで中国では都市圏の概念もなく、そういった政策もなかった。

 中国国家発展改革委員会は2019年2月19日、「現代化都市圏の育成発展に関する指導的意見」を公布し、初めて都市圏政策を打ち出した。これを追い風に、広州と仏山は行政区域を超えた1つの都市圏としての形成が期待される。

 広州と仏山を「広仏都市圏」として捉えた場合、その面積は11,232平方キロメートルで、東京大都市圏(一都三県)の8割程度の大きさになる。その経済規模は、2022年で約4.15兆元(約83.0兆円)となり、深圳を超えて北京とほぼ同等の中国第3位となる。また、常住人口規模は約2,829万人となり、上海と北京を超えて第1位になる。

 広仏都市圏の一体化は、地域経済の活性化やインフラ整備、産業の高度化に寄与し、広東省や粤港澳ビックベイエリア構想の重要な要素となると期待されている。

■ 一大国際コンベンションシティ


 1957年から始まった「広州交易会(中国輸出入商品交易会)」は、当時中国の輸出の半分を稼ぎ出し、新中国経済の救手になっていた。

 広州は今も中国でコンベンション経済が最も活発な都市の1つである。中国都市総合発展指標2022で、広州は「社会」大項目の「国際会議」「コンベンション産業発展指数」で中国第3位の成績を誇っている。

 コンベンション産業は、様々なコンテンツを網羅した高収益の交流経済である。会議、イベント、展示会、フェスティバルは、都市にさまざまな利益をもたらす。

 しかし、新型コロナウイルスパンデミックは、国際コンベンションの開催に大きな影響を与えた。2020年以降、多くの国際会議が延期、中止、またはオンライン開催へと切り替わった。国際会議協会(ICCA)によると、2019年に世界で13,269件開催された国際会議は、2020年は763件、2021年は534件と急激に縮小した。

 「広州交易会」も例外ではなかった。2020年はオンライン開催となった。ハイテクを駆使し、仮想現実(VR)の展示が世界各地で閲覧できたことで、出展者を維持した。こうした新しい試みは、広州交流経済の新たな展開にもつながるだろう。

■ ECの一大拠点都市


 広東省の越境EC(電子商取引)市場は、持続的かつ急速な成長を遂げている。2015年から2022年にかけて、広東省の越境EC取引の輸出入額は148億元(約2,960億円)から6,454億元(約12.9兆円)へと増加し、その規模は約43倍にも拡大した。また、この期間の年平均成長率は72%に達し、全国の越境EC取引規模の31%を占めるに至った。

 この急成長の中心にあるのが、広州である。2013年に「国家越境電子商取引サービス試験都市」としての指定を受けて以来、広州の越境EC取引の輸出入額は93倍に増加し、2022年には1,376億元(約2.8兆円)に達し、初めて千億元の大台を突破した。

 現在、広州に位置する白雲国際空港や南沙港は、天猫、京東、唯品会、アマゾン、小紅書、得物、洋葱など、一流の越境EC企業を引き寄せており、越境EC関連企業は1,200社を超え、世界的に見ても顕著な越境EC産業の集積地を形成している。

 2022年、広州の「卸売・小売業輻射力」は中国で第5位となったが、特にECを通じた小売総額は2,518億元(約5.0兆円)に達し、前年比で13.4%の増加を見せている。このECの急速な発展は、広州の宅配業にも大きな影響を与えており、2022年の宅配業務量は101.31億件に達し、浙江省金華(義烏を含む)に次ぐ国内第2位の成果を上げている。

 ECが地域経済に与える影響は顕著であり、広州は今後も中国、さらには世界の越境EC市場におけるリーダーシップを拡大していくことが期待されている。